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青木選手の背番号1

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東京ヤクルトスワローズの青木宣親選手が今年から背番号1を背負ってグランドに立ちます。

スワローズの背番号1は、もともと選手生命が短い選手が多く、失踪して引退する選手もいたりとあまり良い番号ではなかったようなのですが、この人が出てからは栄光の背番号といわれるようになります。

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小さな大打者、若松勉さんです。昔の巨人のように永久欠番を連発するようなチームだったら、若松さんが引退した1989年に永久欠番になってしまったことでしょうが、背番号1を引き継いだのはこの人でした。

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池山隆寛さんです。背番号36でバットを振り回すブンブン丸の印象が強かったのですが、1992年に背番号1を継承しました。右打者ということもあり若松さんとは雰囲気の全く違う背番号1でした。そして2001年、背番号1を引き継いだのはこの人です。

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岩村明憲選手です。2007年にメジャー移籍するまでラミレス、ペタジーニなど後に巨人に強奪される助っ人に混じり3番打者として活躍しました。ハイアベレージヒッターの印象が残る若松さんは220本の本塁打記録を残すなど強打者の一面もあったのですが、岩村選手はまさにその印象でした。そして2010年からは青木選手が栄光の背番号1を背負います。
 
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今年のスワローズの応援は異例といえるほどアグレッシブな感じです。開幕2試合だけでは判断しにくいのですが、恐らくチャンスの時の応援を前半(1~3回、ルパン三世)、中盤(4~6回、錨を上げて)、終盤(7~9回、夏祭り)に分けているようです。そして、青木選手のチャンス時は別の曲を使うようです。

「闘牛士のマンボ」

必殺仕事人のトランペットの次に演奏される闘牛士のマンボは、若松選手の引退以降、選手に演奏されることはなかったと思います。私が神宮球場で聞いたことがあるのは、広島東洋カープの応援団が、最終戦後のエール交換で若松監督(当時)のために演奏した時だけ。カープの応援団は最終戦に団長がライトスタンドに挨拶に来たりと本当に粋な人たちです。

過去、若松2世と呼ばれた選手はごろごろいるのですが、背番号1を背負い、ハイアベレージヒッターであり強打者でもある青木選手は、まさにその称号を背負うに相応しい、素晴らしい選手となることでしょう。それが闘牛士のマンボにも込められているのだと思います。

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コメント

杉浦の応援歌にも使われていたような気がしますが、、、おそらく「仕事人」とセットで記憶していたのでしょう

それにしてもこんな短い期間によくぞこれだけの好打者たちに引き継がれたものです

投稿: col | 2010年7月25日 (日) 11時00分

杉浦選手の必殺仕事人はバージョンが違います。応援歌は稲葉選手(現北海道日本ハム)に引き継がれましたので今後、左の長距離打者が育てば使われるでしょう。

投稿: はつものクラブ管理人 | 2010年7月29日 (木) 07時43分

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