November 25, 2009

2012

監督:ローランド・エメリッヒ
製作総指揮:ローランド・エメリッヒ、ウテ・エメリッヒ、マイケル・ウィマー
音楽:ハラルド・クローサー、トマス・ワンダー
脚本:ローランド・エメリッヒ、ハラルド・クローサー
出演:ジョン・キューザック、キウェテル・イジョフォー、アマンダ・ピート、オリヴァー・プラットほか

「メインディッシュだけがそこそこ美味い店」

2012です。リーマンショックによる世界的な経済危機の影響の余波なのか、今年はショボい映画が多かったような気がするのですが、呪縛が解けたようにここに来てようやく観たくなる映画が増えてきました。2012もその1つ。壮大なCGを駆使しどのような映画になるのか、果たしてCinemaXの評価やいかに。

この映画は、マヤ文明では2012年の冬至あたりで週末を迎えるということをヒントにノアの方舟を絡めて描かれています。予言や周期的な天変地異を扱った映画はSF映画として鉄板なのですが、1999年7月を過ぎても地球は滅びず、ハレー彗星が戻ってくるのも遥か先、地球温暖化は映画の題材として陳腐さが漂うようになっている昨今、このようなマイナーなエピソードを引っ張り出すのは、それだけ題材に困っていたということなのかもしれません。

その2012をいざ鑑賞してみると、前半はどうでもいいような展開です。どうして天変地異が起きるのか能書きを垂れ、脇役はおろか端役級の登場人物までエピソードを紹介するLOSTのようなだらだらぶり。中盤まで「こいつ、誰?」というような登場人物が平然とあらわれます。そもそも、天変地異の理由も劇中の科学者が驚いているばかりで観ている側にはピンと来ないものでした。

前半がこのようなだらだらぶりですから、予告編に多用されている迫力あるCGは中盤から。そのCGも主人公があまりにもタイミング良くピンチを切り抜けていくので緊迫感もクソもありません。何度も見せられれば観客だって学習します。「どうせギリギリで切り抜けるんでしょ?」という意識が働いているので、崩壊する街の中、崩れ落ちてくるビルや高架橋を避けながら疾走したり、地割れする滑走路から飛行機で逃げたり、火山弾を避けながら車を走らせたり、崩れ落ちるビルをかすめるように貨物機を飛ばしても緊迫感はゼロです。

2012年が少しだけ面白くなるのは、ノアの箱舟のような脱出船に乗り込んだ後です。観客はSF映画に対して「少し手の届かない程度の非日常体験」を期待しています。あまりにも日常とかけ離れると感情移入が出来ませんから、例えば2012年では脱出船のデザインや機能が大きなポイントになるわけです。逆に言えば、天変地異に見舞われる街や津波に呑まれる船の映像は、一昔前なら目新しさもあったでしょうが、CGが当たり前になった現在では、そこはあまりウリにはなりません。

ノアの箱舟と脱出するまでの顛末は、息を呑む緊迫感がありました。ハッチが閉じずに主人公が奮闘するシーンも、中盤で展開されたレール見え見えの展開で次から次へと災難を乗り越えるシーンよりは遥かに緊迫感に溢れていました。

一方で残念なのは、ストーリーに絡む登場人物がやたら多く、予定調和のように主人公に遠い脇役から殺されていくことです。まるでアルマゲドン。そして、家族愛、兄弟愛と米国大統領への妙な賛美。ろくな悪役も配さず奇麗事ばかりで組みあがった映画のどこに感動のツボがあるのでしょうか。
評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・3点
何となく天変地異を乗り越えようとする男の話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・3点
地球滅亡モノはよほどの理由付けをしないと陳腐なものになってしまうことに留意する必要がある。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・3点
脱出船とその格納庫は壮観だったが、肝心の天変地異の理由は劇中の科学者が勝手に納得しているだけ。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・3点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・3点
主人公は家族を守っているようで、実はそうでもない。貨物機を元妻の恋人と富豪の手下に操縦させといて、自分は富豪と談笑し、家族を抱きしめて「大丈夫だ」と。あほか。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・3点
貨物機を操縦して死んだ富豪の手下、ギアに挟まれて死んだ主人公の元妻の恋人。脇役が主人公以上に味を出してしまうのは、ダメな脚本の典型。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・0点
脱出船にも乗らず、最後まで国民を気遣う米国大統領の美しい行動に反吐が出そうになった。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
米国大統領と娘の会話で周囲の鼻すすり音を確認。脇役のそのシーンだけの行動に涙させるのはダメな設定の典型。アルマゲドン方式。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
冗談をちょいちょい繰り出されると殺意すら抱く。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
大統領補佐官と富豪はもっと悪役に成り得たのに、中途半端に良い人にしてしまった。例えば通勤時間帯に電車が止まっただけでも人の心はささくれ立ってしまうのに、地球滅亡を前にほとんどパニックが起きないのが異常。何を描きたいのかが分からなかった。

【減点項目】

筋違いのPRが行われている(-10点)
・-3点
前半は少なくとも予告編のような緊迫感は描かれていない。

話に絡むキャラクターが多すぎる(-10点)
・-8点
殺す用に生かしているようなキャラクターが多すぎる。

無意味なシーンが多すぎる(-10点)
・-3点
話に絡む登場人物が多く、それぞれが家族愛をさらけ出すのでシーンがやたら膨らむ。とにかく性善説に立って作られたような蕁麻疹の出そうな映画。

基礎点(15)+技術点(15)+芸術点(3)×1.5-減点(14)=CinemaX指数(21)

「F」評価(59点以下)

2012は後半だけそこそこ面白いものの、そこに至るまでに観客は延々と待たされます。エンドロールも無駄に長くて曲もピンと来ない…皮肉にもこの映画を象徴しているかのようです。久々の巨大クソ洋画に出会い、別の意味で興奮しています。

2009年11月23日/シネプレックス新座
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November 23, 2009

マイケル・ジャクソン THIS IS IT

監督:ケニー・オルテガ
出演:マイケル・ジャクソンほか

6月に急逝したマイケル・ジャクソンが目前に控えていたコンサートのリハーサル映像などを収録した作品です。当初は2週間の期間限定上映だったのが、1ヶ月程度に拡大されています。リーマンショック以降の映画制作の停滞が解けたのか、比較的観る意欲の起こる映画が増えてきた中でこれだけのしわ寄せを作ってしまうのは配給会社もあたふたしているかもしれませんが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

「高級松坂牛ロース切り落とし」

この映画、どこを観るかで人それぞれに評価が変わるかもしれません。マイケル・ジャクソンのファン、ダンスに興味がある人、ステージの演出に興味のある人、映像に興味のある人。実際に映画をご覧になれば分かるのですが、幻に終わったロンドンのコンサートは、様々な演出が盛り込まれ、史上最大ともいうべき規模となるはずでした。そもそもコンサートがこれだけの強烈な内容なのですから、この映画自体もそれぞれの期待をカバーしているように思いました。万人が満足する映画ではないものの、万人が納得出来る映画です。

残念なのは、素材が揃わないありものの料理になっていると言うことです。残されたフィルムで製作されたブルース・リーの死亡遊戯もありものの料理といえますし、黒澤明の死後、残された脚本で作られたいくつかの映画も一種のありものの料理といえるでしょう。THIS IS ITは、マイケル・ジャクソンが記録用として個人的に撮影させていた映像を中心にまとめられ、あとはメイキング用に撮影していたと思われるスタッフのコメント、恐らくステージで流そうとしていたであろう映像などが盛り込まれています。メインの映像はサイドからの映像ばかりで、センターは粗い映像しか残っていないようでしたが、幸いにも分量が多かったので「前向きな」ドキュメンタリー映画となりました。

恐らく、サイドの映像はハイビジョンカメラ、センターは会場備え付けのカメラか、旧タイプのデジタルビデオカメラの映像なのでしょう。本編中、画像が粗く黒枠で囲まれている映像が後者です。メイキング用に撮影されていた映像も今となっては哀愁が漂っています。マイケル・ジャクソンと同じ舞台に上がれると興奮するダンサー、ミュージシャンの思いも幻に終わり、さらに気の毒なのは、コンサートのスクリーンに流す映像やポールダンスなどの演出を担当していたスタッフたち、そして衣装作りを行っていたスタッフたち。彼らは同じ舞台に絶つことなく、コンサートは幻に終わってしまいました。

映像などの素材は、今あるものしかない訳ですから、監督としての手腕にも限界があるのでしょうが、亡くなった後の映像をどこにも入れないというところに、監督のこだわりを感じました。日本のドキュメンタリーではマイケル・ジャクソンの死後、落胆するスタッフのコメントを入れがちですが、そういうシーンも見受けられませんでした。だからこそ、マイケル・ジャクソンの死後、数日間は完全に停滞してしまったであろうスタッフたちの落胆ぶりやそこからやっと立ち上がり、今はそれぞれ活躍の場を移して頑張っているのだろうなとか、観客に映像の裏まで慮らせるような内容になっているのだと思います。

これは、ありものの量が多いので成し得た訳で、もしもっと早い時期にマイケル・ジャクソンが亡くなっていれば、このような映画は製作出来なかったでしょうし、無理矢理映画にしようとすれば、死後のスタッフの落胆振りを織り交ぜた、全く評価の異なる後ろ向きの映画となったことでしょう。残された映像の多さと壮大なコンサートの計画が、この映画の成功の原動力になっているのでしょう。マイケル・ジャクソンが生きていたなら、こんな強烈なコンサートも当たり前のように消化されていたであろうというのは、驚きでもありますが。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・0点
コンサートのリハーサル映像。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・0点

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・10点
史上最大級のコンサートが計画されていたこと。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・10点
ファンでなくともこのコンサートが幻で終わったことが残念でならない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
完璧を求めるマイケル・ジャクソンとスタッフたちの意気込み。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・10点
女性ギタリスト、オリアンティ・パナガリス。強烈な演奏技術とルックスとのギャップが強烈。主役が亡くなり過去を振り返る要素しかない映画の中で、この人だけは前に向かって羽ばたくと思われる。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・10点
リハーサルにも間に合わなかったシーンをCGで再現していた。驚くことにステージにブルドーザーが飛び出すことも計画していた。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・8点
泣けないが、ファンでなくとも故人を偲ぶ気持ちは抱かせる内容。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
スタッフに対するマイケル・ジャクソンの謙虚な姿勢は興味深かった。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点

【減点項目】

・減点なし。

基礎点(15)+技術点(30)+芸術点(31)×1.5-減点=CinemaX指数(92)

「C」評価(80~99点)

私はマイケル・ジャクソンのファンではありませんが、もしDVD化されたら買ってみてもいいかなあと思いました。マイケル・ジャクソンのファンならなおさら、今のうちに大きなスクリーンで、迫力のある音響で何度でも楽しむべき映画だといえます。

2009年11月21日/シネプレックス新座
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November 08, 2009

イングロリアス・バスターズ

監督:クエンティン・タランティーノ
製作総指揮:エリカ・スタインバーグ、ロイド・フィリップスほか
脚本:クエンティン・タランティーノ
出演;ブラッド・ピット、クリストフ・ヴァルツ、メラニー・ロランほか

「バカみたいな映画」

イングロリアス・バスターズです。監督はクエンティン・タランティーノ。実は初タランティーノだったりします。キル・ビルとか、キル・ビルとか、観ようかなと思いつつこれまで劇場まで足を運ぶに至らなかったところに防御本能のようなものを感じるのですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

イングロリアス・バスターズは、いくつかのエピソードで構成されています。わざわざエピソードに分類することもないのですが、音楽の絡め方を含めて古臭い映画の雰囲気を漂わせています。そして、時代に逆行するような残虐なシーンのオンパレードも、古臭い要素の1つといえるのかもしれません。

舞台挨拶でタランティーノ監督曰く「血がドバドバ出る」と言っていた通り、ナチス兵をバットで殴り殺すわ、頭の皮は剥ぎまくるわ、額を切り刻むわで、かなりショッキングです。残虐なシーンだけでは、ホラー映画のようになってしまうのですが、困ったことにイングロリアス・バスターズは中途半端にまともな映画だったりします。

例えば、死の真逆に生が存在するというのは近代以降の小説家にもみられる手法で、映画でも北野武監督作品に顕著にみられます。つまり、死の要素があれば、同じ分だけ生がある。残虐の真逆には、愛があるというように、その間でどのように振り子を動かすかが、脚本家や監督の手腕の見せ所ということになります。

ところが、イングロリアス・バスターズの振り子は壊れているようで、ひたすら残虐なだけ。たまに持ち込むユーモアに殺意さえ抱いてしまいます。監督が「脚本はかなり書き込んだ」と言っている通り、エピソード1の登場人物のやりとりとか、無駄に時間をかけながら心理作戦のようなストーリーが展開します。シーンごとの人物のやりとりは面白く、見応えもあるのですが、残念ながらシーン止まり。全体のテイストにはなっていません。

全体のストーリーの展開はメチャクチャです。舞台はナチス占領下のフランス。当時の歴史や人物を織り交ぜているのですが、殆どが創作。どこかに誰もが知っている歴史上の事実や事件を絡めれば、リアリティが増してさらに面白くなったかもしれませんが、そんなことをやらないのがこの監督のポリシーなのかもしれません。もう、さっぱり分かりません。

シーンごとの登場人物のやりとりで感じたのですが、この人は監督としてアクション映画とかやらずに、じっくり人物を描くような映画の脚本家になったほうが活躍できるのかもしれません。メチャクチャなストーリーでも、B級映画としてこき下ろされる一方で何週か全米トップに位置するというのは、タランティーノ監督の脚本家としての腕が良いからなのでしょう。まあ、これからも監督を続けるのでしょうが。

格好つけて自分の才能によって意味不明の映画を撮るような監督よりも、タランティーノ監督のように吹っ切れておかしなものを作ってしまうほうが、潔い感じがします。世の中に面白くない映画、つまらない映画は数多いものの、バカみたいな映画は少なかったりします。そういう作品を生み出すということでは、この監督は貴重な存在なのかもしれません。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
連合軍の極秘部隊の男やユダヤ人の女がヒトラーを暗殺しようとする話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・5点
集合体の中でのマインドコントロールの怖さは感じた。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・5点
ドイツ人の「3」の指の立て方はちょっと違う。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・5点
バカみたいな要素だが、小さなことが大事件になる展開は面白い。

主人公に貫通行動があるか(10点)
・10点
秘密部隊のメンバーたちは、ナチス兵をぶっ殺して頭の皮を剥ぐ。
もう一人の主人公、ユダヤ人の女はヒトラーを暗殺する強烈な動機がある。
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・8点
ユダヤ人の女、ショシャナ。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・9点
2人残ったナチス兵の1人を殺して頭の皮を剥ぐラストシーン。バカみたいなストーリーに毒されてしまったのか、最初のショッキングな印象が薄れ笑ってしまった。これも術中にハマっているのかもしれない。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
泣く要素は皆無。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
クスクス笑いの多い映画。極秘部隊がイタリア人の振りをするのは、バカバカしくて、それでいて笑ってしまうので悔しくなる。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・2点
残虐なナチス兵でさえ、組織に動かされていることが分かるので人物に対する怒りは意外にも感じられない。観客にこういう印象を抱かせるのも脚本の手腕か。

【減点項目】

・減点ゼロ。
ただし、よく見かける画像(下部参照)は本編とはあまり関係ない。映像のバックに流れるデビッド・ボウイの「キャット・ピープル」を含め、このシーンは監督の趣味と見た。

基礎点(15)+技術点(33)+芸術点(22)×1.5(0)-減点=CinemaX指数(81)

「C」評価(80~99点)

舞台挨拶でのブラッド・ピットのフロンタレた態度でやや不快だったのですが、一方で横に通訳を付けず日本語で挨拶もしたジュリー・ドレフュスは印象的でした。彼女は今回、タランティーノ監督の脚本の当て書きで出演を受けたものの、チョイ役(ゲッペルスの愛人通訳)という微妙な立場。何故今回、来日したのかピンと来ないのですが、あれだけ日本語の発音が綺麗なのですから、お茶のCMなんかに出演出来そうです。濁音もばっちりですし。

監督も監督で、日本の風習とかも悪乗りで理解している感もあるのですが、日本に興味を寄せる表現の仕方としては、それはそれでいいのでしょう。

2009年11月4日:東京国際フォーラム
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October 20, 2009

きみがぼくをみつけた日

監督:ロベルト・シュヴェンケ
製作総指揮:ブラッド・ピット、リチャード・ブレナー、ミシェル・ワイス、ジャスティス・グリーン
原作:オードリー・ニッフェネガー
音楽:マイケル・ダナ
脚本:ブルース・ジョエル・ルービン
出演:エリック・バナ、レイチェル・マクアダムス、アーリス・ハワード、ロン・リヴィングストンほか

「安普請」

「きみがぼくを見つけた日」です。ベストセラー小説を「ゴースト/ニューヨークの幻」の脚本化が担当したという売り込みで今週末、封切られる映画です。原題の「THE TIME TRABELEAR’S WIFE」がどうしてこんな邦題になったかと言えば、ヒロインが「きみに読む物語」のレイチェル・マクアダムスだから。また「きみ読む」みたいに「きみぼく」とか略して売ろうとするのが目に見えて腹立たしいのですが、実はそんなにヒットしないような気もする今日この頃。果たしてCinemaXの評価やいかに。

タイムスリップを扱った映画は山ほどありますが、ほとんどが失敗に終わります。何故か。それは現在との接点がないからです。はるか未来を扱った映画もまあタイムスリップのようなものですが、この場合は現在、つまり現代と共通するテーマがあるかないかなどが成否を分けます。いずれにせよ、現代人がしっかりと理由もなくいきなりタイムスリップした時点で、どう面白く描こうとしてもそれはB級映画になってしまいます。

タイムスリップの好例が、バック・トゥ・ザ・フューチャーでしょう。変人だから行くなと言われた博士の家に少年が行ってしまい、イベントに巻き込まれてしまいます。この映画は同じ土地で祖先から子孫まで、現在としっかりと繋がっているからこそ、観客は引き込まれてしまう訳です。「戦国自衛隊1549」もタイムスリップものですが、あちこちの時空がねじれているとかタイムスリップの伏線を描いているのですが、いかんせん日常生活で時空がねじれるなどということはありませんから、観客はおいてけぼりを食らってしまいます。

「きみぼく」(?)の主人公、ヘンリーは意思に関係なくタイムスリップを繰り返すのですが、その理由を「血縁」によるものとしています。ある意味、それで完結した理由にはなりますから、まあ仕方ない?でしょう。いわゆる「なぐり」で始まる冒頭シーンは印象的ですが、実は後のストーリーには大きく関係しないのが残念です。

そのヘンリーは、過去にタイムスリップして、幼い頃のクレアと出会います。そのクレアが大人になってヘンリーと結婚してしまうのですが、ヘンリーの記憶がなかったりとか、巧みな設定でボロを隠しています。結婚のきっかけはヘンリーが手を出すのではなく、クレアが探し当てると言う設定なのですが、それは純愛のようで、実は見方を変えれば教師が世間の男を知らないうちに教え子に手を出すような不純さも感じられます。

ヘンリーは幼少時に事故死した母親と、後にクレアが産む娘とも出会います。タイムスリップは本人の意思に関係なく時代や場所も関係なく起きるので、都合よく誰とでも会うことが出来ます。冒頭の「なぐり」のシーンは母親が事故死するエピソードなのですが、大人になったヘンリーと生前の母親が出会うシーンなどは、感涙ポイントにも成り得るので、もっと丁寧に描いたほうがよかったのかもしれません。

逆に、後に生まれる娘と出会ってしまうシーンはいりません。名前が分かった程度ですから。根無し草でタイムスリップを繰り返しているわけではないと楔を打つためか、父親も登場するのですが、この必要性もよく分かりませんでした。

タイムスリップを題材にした映画の殆どが、時空間を説明出来ないという矛盾を抱えています。例えば1分前にタイムスリップしたなら、現在の自分に加えて1分前の自分、その間には無数の自分が存在することになります。時間を輪切りにしたように世界が存在するのですから、都合よくいろんなことが出来る反面、飛び道具ばかりで話をぶち壊してしまいねない部分もあります。「ぼくきみ」にも矛盾がごろごろしていますが、恋愛に主眼を置いているためか観客の意識が逸らされ、ギリギリセーフといった感じになっています。

「ぼくきみ」は、シーンごとに感動の要素が含まれていますが、全体を見渡せばボロがあちこちにボロが隠れています。安普請の建物のようです。小説形式で長い期間読者を虜にする場合はそのボロも人間の曖昧な記憶力に救われて覆い隠されてしまうのでしょうが、2時間弱に凝縮するとそうはいきません。例えばヘンリーの父親のエピソード、ヘンリーと娘が最初に会うエピソードは、恐らく原作に引っ張られたのでしょうが、逆にストーリーの際立ち加減を打ち消す要素になってしまったようです。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・7点
意思に関係なくタイムトラベルを繰り返す男が、定点で生きる女性と結ばれる話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・7点
愛は不変のもの。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・0点
ない。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・3点
話の途中からヘンリーは受動的にクレアを愛し始める。
貫通行動はむしろこのクレアにある。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・3点
クレア。演じるレイチェル・マクアダムスはハイシーLの頃の牧瀬里穂を髣髴とさせる。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・2点
最後のシーン。ヘンリーは死後、残されたクレアと娘に会いにタイムトラベルをするのだが、意思に関係ないとはいえ「いつかまた来れる」という要素が残ってしまうので泣けなかった。巧いこと工夫してここに「もう二度と会えない」というカセをつければ泣けたのかもしれないが、恐らく原作ではこういう終わり方をしているのだろう。小説の読後感を映画で表現するのは難しい。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・2点
最後のシーンはもったいない。あと、ヘンリーが娘と出会うタイミングをもう少し遅くすれば、感涙ポイントは際立ったと思う。タイムスリップをして母親と会うシーンも同じ。ところどころが雑でもったいない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・2点
本人の意思に関係なくタイムスリップをしてしまうヘンリーは面白い。替え玉の結婚式、間に合わなかったクリスマス。面白い要素が沢山あるが、ストーリーの中に活かしきれていない。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
この映画には悪い人が出ない。そのせいか昨今のケータイ小説を原作にした映画のような草食感が漂う。女性好みの雰囲気かもしれないが、パンチがないとやがて忘れさえられてしまう。

【減点項目】

・減点なし。
ただし「ゴーストの脚本化が手がけた、きみ読むのヒロイン主演の映画」というのはどこか引っかかる。「ニモのスタッフが贈る(ただし監督抜き)」という表現と同じ。どこがどう影響されているかは、洋服作りでいうパタンナーの違いを見破るようなもの。脚本やスタッフが同じでも、監督や原作が違えば、全く別物になってしまう。この触れ込みに騙されないように。

基礎点(15)+技術点(17)+芸術点×1.5(14)-減点(0)=CinemaX指数(46)

「F」評価(59点以下)

原題をそのまま訳すと「タイムトラベラーの夫」みたいな感じでしょうか。もしウィル・フェレルが主人公だったら邦題は「俺たちタイムトラベラー」だったのでしょうか。きみに読む物語は「THE NOTEBOOK」で味気ないものでしたから、「きみ読むファンを巻き込もう」という配給会社の下心は見え見えでも、原題をそのままカタカナにして邦題にしてしまうよりはましなのかもしれません。

2009年10月5日/一ツ橋ホール
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September 24, 2009

ウルヴァリン:X-MEN ZERO

監督:ギャヴィン・フッド
製作総指揮:スタン・リー、リチャード・ドナー
音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
脚本:デヴィッド・ベニオフ、スキップ・ウッズ
出演:ヒュー・ジャックマン、リーヴ・シュレイバー、リン・コリンズ、ダニー・ヒューストンほか

「鼎立の妙」

一時期流行ったアメコミやハリウッド映画のいわゆるビギンズのもですが、遅ればせながらX-MENにも登場しました。アメコミ独特のどぎついエッセンスが日本には馴染まないような気もする中で、X-MENは比較的柔らかい感じもしますが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

ヤフーの映画サイトで検索したところ、ビギンズと名の付く映画は7件、そのどれもが2003年以降です。ビギンズものの潮流を生み出した映画の1つが、スターウォーズといえるのですが、ジョージ・ルーカスがどうしてエピソード4からスタートしたかというと「物語は途中からが面白い」から。ということでビギンズものは本来は面白くない部分を扱うはずなのですが、キャラが立っていた場合だけ例外になります。

スターウォーズも最初のシリーズ(エピソード4~6)のような輝かしさはないのですが、おなじみのキャラクターがどうやって産まれたかは観客にとっても興味があるもの。ということで、いくつかのビギンズものは成功しています。スパイダーマンデアデビルも誕生の経緯が描かれているので、初回作そのものがビギンズものといえるかもしれませんが。

X-MEN ZEROのポイントは、鼎立です。対立ではなくて鼎立。正義と悪という単純な対立ではなく、必ず第三者が絡んでいます。ウルヴァリン誕生の経緯は、まるで仮面ライダーなのですが、もともと不思議な能力を宿した兄、ビクターと弟、ローガン(ウルヴァリン)の兄弟が協調し、対立していきます。前半はあちこちの戦争に参加して殺戮を繰り返すという、ちょっと過激なシーンも含まれるのですが、これがローガンの性格をより強調する好材料になっていきます。

ローガンは戦いを避け、恋をするのですが、これもまた鼎立の構図に崩され、ウルヴァリンが誕生します。誕生した後からもつねに鼎立の状態は続き、どうしてウルヴァリンには過去の記憶がないのかとか、X-MENシリーズに続くエピソードへと展開します。これも悲しいエピソードを絡める周到ぶり。

対立の構図を複雑にすると、ストーリーの厚みは増すのですが、観客にストレートに説明する技量が必要になってきます。多くの映画がコケてしまうのは、この手順を雑に扱ってしまうために、作り手だけが理解しているだけの自己満足的な設定になってしまうからです。

ところがX-MEN ZEROは一見、ややこしく思える設定をすんなりと描き、観客をストーリーへと引き込みます。まるできつねにでもつままれたような気分です。このストーリーの原作があるのかないのか分かりませんが、仮にあるとしても映画化にあたりパワーダウンする作品も多い中でストーリーにきちんと反映された映画といえるでしょう。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
超人的な能力を持った男、ウルヴァリンが誕生するまでの話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・3点
世の中から争いごとはなくならない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・3点
個性に富んだミュータントたちの能力は面白い。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・5点
今回は直接相手に触って催眠術をかけるミュータントがキーとなっている。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
兄、ビクターをこの手で殺す。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・8点
ウルヴァリンが思いを寄せる女性、ケイラ。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・9点
終盤のシーン。記憶を消されたウルヴァリンが横たえるケイラを前…。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・3点
前述のシーン。だけど泣けはしなかった。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
意外と笑えるシーンも少ない。ずっと身体を強張らせてしまうような緊張感のある映画。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・3点
敵の目的が曖昧(説明はしているが理解出来ない)なので、心の底から怒りを感じるほどでもなかった。

【減点項目】

・減点なし。

基礎点(15)+技術点(27)+芸術点(26)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(81)

「C」評価(80~99点)

アクションもさることながら、ストーリにおいても作り手の巧さを感じる映画でした。X-MENはエンドロールの間にもシーンを挟むことが多いので、速攻で席を立つせっかちな人は大損することもある映画なのですが、今回もちゃんと挟まれています。ただ、どうでもいいようなシーンなので、左右の座席の人を蹴散らしてでもいち早く劇場を出たいという貧乏臭い人も安心出来る映画といえます。

2009年9月20日/シネプレックス新座
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August 28, 2009

13日の金曜日

最近の試写会には、劇場公開を前にした試写だけでなく、DVD発売を記念してという風変わりなものもありますが、今回行ってきたのはブルーレイディスク発売記念イベント『13日の金曜日新・旧対決!超豪華13金マニアによる副音声試写会』です。単なる試写会ではなく、コメンテーターが最前列であれこれ薀蓄を垂れながら、映画を観るという世界初(?)の試みです。果たしてCinemaXやいか…といいたいところですが、CinemaXではリバイバル上映を含む劇場公開の映画を対象にしているので、今回は前例にならって番外編ということでご紹介します。

「副音声」を発信するコメンテーターは、清水崇、山口雄大、石原まこちん、須田剛一、ジャンクハンター吉田の各氏。彼らが最前列に座り、13日の金曜日(以下、13金)の全シリーズにわたる薀蓄が語られるわけですが、実はシリーズに出演予定で話が途中まで進んでいたとか、瞬間的に監督としてのオファーが来ていたとか、コメンテーターの方々がきっとこの日まで温めてきたのであろう爆弾発言も飛び出しました。

肝心の本編は、2009年にリメイクされた13金を上映、13分の休憩を挟んで1980年のオリジナル版を上映するという強行スケジュールでした。マニアの方にとっては、劇場の大画面でオリジナルの13金を観る最後のチャンスかもしれないということで満席になるかと思いきや…5分の1も埋まっていない程度。オークションの出品状況(違反です!)をみても人気があるとは思えない落札水準…ということで、13金ファンの方にはたまらないが、一般には浸透しないという相当マニアックなイベントだったといえるでしょう。

シリーズ通じて13金を観たのは初めてなので、「副音声」付きで観るのは不安だったのですが、内容があまりにもマニアックすぎて全くついていけず、逆に映画に集中出来てしまいました。リメイク版は若者のノリの軽さとシリーズとしての存在感を示したい意気込みが感じられるのですが、一方でさまざまな制約があるためか、殺戮シーンは何となく歯切れが悪いように感じられました。それでも女性が桟橋の下で息を潜め、殺されていくシーンは圧巻です。

オリジナル版は、後にホラー映画の金字塔を打ち立てただけあって、見ごたえがありました。低予算で作られたオリジナル版は、リメイク版に比べて照明やセットなど貧相な感じがするのですが、逆にそれがスリリングな雰囲気を助長しているようでした。加えて、オリジナル版は音楽を絡めて恐怖心を煽る手法が巧みにとられているうえに、当時の観客は犯人がジェイソンだとは知らないまま次々と登場人物が殺されていくので、かなりの迫力だったことと思います。

また、「副音声」ではペギー葉山に似ていると連発していたジェイソンの母親の微妙な強さも印象的でしたが、主人公がやっとのことで生き延びて朝を迎えた後の展開は、初めて小説で「リング」を読んだ後の恐怖心に似たようなものを感じました。「らせん」や「リング2」などリング以降のシリーズはどれも微妙ですが、ある種の時代を作り、その後もシリーズ化されていくようなホラー映画の源流は、出来合いの演出だけで恐怖心を煽るものではないのだなということが分かりました。

2009年版
監督マーカス・ニスペル
製作総指揮:ブライアン・ウィッテン、ウォルター・ハマダ、ガイ・ストーデル
音楽;スティーヴ・ジャブロンスキー
脚本:ダミアン・シャノン、マーク・スウィフト
出演:ジャレッド・パダレッキ、ダニエル・パナベイカー、アマンダ・リゲッティほか

1980年版
監督:ショーン・S・カニンガム
製作総指揮:アルヴィン・ゲイラー
音楽:ハリー・マンフレディーニ
脚本:ヴィクター・ミラー
出演:ベッツィ・パルマー、エイドリアン・キング、ハリー・クロスビー、ケヴィン・ベーコンほか

せっかくなので採点してみましょう。必ずしもリメイク版はオリジナル版をそのままリメイクしたものではないので①リメイク版(2009年版)②オリジナル版(1980年版)に分けて評価します。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
①15点
②15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
①7点…キャンプに来た人々が次々と謎の男、ジェイソンに襲われる話。
②9点…キャンプに来た人々が、何者かに次々と襲われていく話。

恐怖心は犯人が分からない②のほうが勝る。例えば、貞子の存在を知らないまま展開を見守らなければならないリングと、ネタばれして恐怖心を煽るだけのその後のシリーズのような違いがある。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
①3点
②3点

①②とも、キャンプ場によそ者が来て荒らすなと警告するという動機がある。一方で現実世界では動機のはっきりしない事件も多く、まさに事実は小説より奇なり。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
①0点
②2点

キャンプに訪れた若い男女が何者かに殺されていくという設定は、今では使い古された展開だが、オリジナル版の当時は目新しかったのではないか。コメンテーター曰く「13金は、ホラー映画の地位を上げた初めての映画」とも。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
①0点
②2点
キャンプがどれほどの娯楽だったかは分からないが、オリジナル版の当時は、若い男女が連れ立ってキャンプに行くという設定だけで魅力的だったはず。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
①3点…ジェイソンに囚われた妹を探し出し、救出する。
②1点…逃げる。時に戦う。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
①4点…桟橋の下で殺される若い女性。この部分の殺され方はオリジナルより衝撃的。
②6点…何といってもジェイソンの母親。これで若い男を殺したのかと思えるほど動きが…。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
①5点…前述の若い女性が桟橋の下で殺されるシーン。
②6点…ケビン・ベーコンがベッドの上で殺されるシーン、そして、誰もが驚く最後の湖上のシーン。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
①0点
②0点
主要人物の多くが恋人や兄妹がいるのだが、オリジナル版よりリメイク版の方が相手を思う情のようなものが薄れている感じがして興味深い。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
①2点
③4点
リメイク版は、別荘の持ち主の息子であり潔癖で高飛車な男が登場するが、観客に「こいつ、ひどい死に方をすればいい」という気持ちを抱かせるような描写をしているのが巧み。ところが殺され方は拍子抜け。これは直接的な笑いではない、ホラーならではの笑いの要素なのかもしれない。
オリジナル版は、何といってもジェイソンの母親。恐ろしく動きが鈍く、ヒロインとの白兵戦?は、これで何人もの男女を殺したの?と突っ込みどころ満載で笑える。ただし、これには裏があるわけで…。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
①0点
②0点

【減点項目】

①0点
②0点

①基礎点(15)+技術点(13)+芸術点(11)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(45)

②基礎点(15)+技術点(17)+芸術点(16)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(56)

①②とも「F」評価(59点以下)。

ホラー映画は、CinemaXでは評価が低くなりがちです。リメイク版は、銀座シネパトス風味の映画なのですが、オリジナル版はやはりこれから歴史が始まるのだなという重厚さのようなものを感じました。

2009年8月21日/シネマート六本木
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August 26, 2009

ナイトミュージアム2

監督:ショーン・レヴィ
製作総指揮:トーマス・M・ハメル、ジョシュ・マクラグレン、マーク・ラドクリフ
音楽:アラン・シルヴェストリ
脚本:ロバート・ベン・ガラント、トーマス・レノン
出演:ベン・スティラー、エイミー・アダムス、ロビン・ウィリアムズ、オーウェン・ウィルソンほか

ナイトミュージアム」の続編です。前作は博物館で夜中に展示物が動き出したらどうなる?という発想の元に無理やりストーリーを肉付けした感じなのですが、これが意外に面白く、これまでにない映画として楽しめましたが、続編は、ちょっとかしこまりすぎたのかなあという印象でした。

今回は舞台をニューヨーク自然史博物館からスミソニアン博物館に移すのですが、その経緯(ニューヨーク自然史博物館が経営難でスミソニアンへの移転を余儀なくされる)とエンディング(匿名のお金持ちが「展示物をそのままに」という条件で寄付をする)のため、主人公のラリーがビジネスで成功しているという設定がなされました。前作は家庭問題などラリーの抱える問題から警備員の仕事を余儀なくされ、動き回る展示物に遭遇するという、ほとんどが博物館の中の出来事でした。

ところが今回は、ラリーは外に飛び出し、展示物もスミソニアン博物館に移して、そこの展示物も交えてドタバタを繰り返すのですが、ストーリーの広がりは全く感じられませんでした。とってつけたような主人公の設定、やたら拾いスミソニアン博物館の地価倉庫を探すためにインターネットを利用するというお手軽さ、そもそもスミソニアン博物館のドタバタの大半が倉庫でという致命的な抜けの弱さなどご都合主義が目立ちすぎました。

さて、評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・10点
博物館で夜な夜な展示物が動き回る話。今回は舞台をスミソニアン博物館に移す。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・2点
夢はある。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・5点
続編とはいえど石版の魔力で博物館の展示物が夜な夜な動き回るというアイデアにはやはり魅力がある。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・5点
同上。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・1点
展示物を守ろうとする姿勢は一貫しているが、弱い。あとは仕事に対する姿勢といい、ヒロインに対する態度といい、ブレブレ。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・5点
前回のヒロインはネイティブアメリカンの女性だったが、今回は1932年に初の大西洋単独横断飛行を果たしたアメリヤ・イヤハート。あまり魅力は感じられないが、ラリーとの別れ際、ラリーが生まれ変わりのような女性に出会った時のときめきなど描き方を工夫すれば感涙ポイントになったはず。アメリヤは人類初の大西洋単独横断飛行を果たしたリンドバーグに隠れた存在だが、アメリカには冒険や宇宙開発において世界初あるいは2番目の人がゴロゴロいるので扱ってみるのは面白い。アメリヤは「方向オンチなの」というセリフを繰り返すが、恐らく後に世界一周飛行の途中で行方不明になり、今なお安否不明の状況を説明しているのかもしれない。このエピソードも、アメリヤそのものも日本人に馴染みがないのは致命傷かもしれない。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・3点
ラリーとアメリヤとの別れ。雑に扱わなければ感涙ポイントになったはず。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・1点
同上。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・2点
仕草やセリフで笑えるものはあったが、ストーリーの積み重ねで笑わせる要素は少ない。サルとラリーがいがみ合うなど前作から引き継いでいる設定もあるが、観客は恐らくそれほど思い入れて観ていた訳ではないので、空振りの感も。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
敵役のスミソニアンのファラオにも理由があり、新の悪人ではない。お子様も安心。

【減点項目】

・減点なし。

基礎点(15)+技術点(23)+芸術点(11)×1.5(0)-減点=CinemaX指数(55)

「F」評価(59点以下)

テーマは面白いので、それを無理矢理ストーリーに仕立てると面白いのは言うまでもないのですが、既に観客が映画の手の内が分かっている中で、続編も同じような手法を用いると斬新さが欠けてしまいがちです。果敢に挑戦した心意気は評価しますが、新たな展開が始まるなどストーリーやシーンに抜けを設定しないと怠惰な映画になってしまうのでしょう。ハリーポッターのようにストーリーが続いている映画は別ですが、ナイトミュージアム2は続編映画の難しさを感じた映画でもあります。

2009年8月17日/シネプレックス新座
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August 25, 2009

ディズニーネイチャー/フラミンゴに隠された地球の秘密

監督:マシュー・エバーハード
日本語版ナレーション:宮崎あおい

「無味無臭」

ディズニーネイチャーというカテゴリの映画らしいです。手っ取り早く言えばNHKのドキュメンタリーのような映画。果たして劇場で観る意味があるのかないのか、CinemaXの評価やいかに。

日本では良くも悪くも「ディズニー映画=安心して子供に観せられる映画」という意識が根付いているので「フラミンゴ…」ももちろん、子供が見ても何の害もありません。ただし、高い受信料で製作されているだけあって、NHKのクオリティの高いドキュメンタリーには足元にも及ばない雰囲気がします。それは何故なのか、考えてみます。

①現在との接点がない。
「フラミンゴ…」は、アフリカ・タンザニア北部のナトロン湖周辺に生息するフラミンゴの一生を追った映画なので、我々がおおよそ日常生活で出会うことのない風景が目白押しです。その一方で環境破壊によるフラミンゴの減少も暗に訴えていますが…ずっと湖とフラミンゴの映像ばかりなので今ひとつ伝わってくるものがありません。

②粘り強く撮影した感がない。
ちょっと行ってパッと撮影したような雰囲気が漂います。NHKの場合はあざとく「これだけ苦労しました」と言わんばかりにクルーの撮影風景などを挟み込むことも少なくはないのですが、それだけのクオリティの高い映像を見せてくれますが、「フラミンゴ…」は何故かそのような雰囲気が感じられません。

③ストーリーが不鮮明。
ドキュメンタリーといえどもシナリオは存在し、演出(ヤラセとは違う)がないとただ漠然と撮影した風景を見せられたのでは、単なる環境ビデオのようになってしまいます。「フラミンゴ…」は、「あの雛」が主人公なのですが、鑑札があるはずもなく、成長の過程で「あの雛」と紹介されてもどの雛なのか分からなかったりします。中途半端な演出が、鑑賞にあたっての壁になっているような感じです。

評価に移ります。

解説: アメリカのウォルト・ディズニーによる環境や自然にスポットを当てた新レーベル“ディズニーネイチャー”の第1作目となるドキュメンタリー。アフリカ・タンザニア北部のナトロン湖に毎年雨季になると飛来する、150万羽にもおよぶフラミンゴの生態に迫る。この奇跡の鳥たちを描いた物語のナレーションを務めるのは、テレビドラマ「篤姫」で今や国民的女優に成長した宮崎あおい。フラミンゴの親たちが子を敵から守り、必死に生き抜く姿に感動する。
シネマトゥデイ(外部リンク)

あらすじ: 雨季になると、タンザニア北部のナトロン湖は150万羽ものフラミンゴの群れによって真っ赤に染まる。乾期中は湖の水は干上がり、雨期には潤うものの湖水は毒性が強く、そこでは生き物はほとんど生命を育むことができない。だが、フラミンゴたちは毎年“死の湖”と呼ばれる場所で子を産み育て、やがてまたさっそうと飛び立って行くのだった。

【基礎点】

動物や子供を扱った映画(10点)
・10点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・9点
ナトロン湖に生息するフラミンゴの一生を追う。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・6点
環境問題に訴えるという点では、今の時代にマッチしているが、意外とメッセージ性が弱い。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
塩分濃度が高く生物を寄せ付けない真っ赤な湖で生まれ育つフラミンゴ。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・8点
一見、優雅なフラミンゴがどれだけ苦労して生きているのかという点は、興味深いものがある。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・1点
生きるために必死に走るフラミンゴの行動は、貫通行動というより本能。「あの雛」と無理矢理主人公を仕立て上げる必要はないのかもしれない。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・3点
人物ではないが、フラミンゴの雛を食い散らすアフリカハゲコウ。残酷な部分もシーンに収めたのは評価出来るが「ディズニー=安心」と過信している父兄には刺激的過ぎるかもしれない。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・4点
前述のシーン。これより前は退屈で度々寝入ってしまったが、フラミンゴがアフリカハゲコウに襲われて以降は、大移動など見ごたえのあるシーンが多くなる。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・1点
道半ばで死んでしまうフラミンゴの無念な思いは映像を通して伝わってくる。ちなみに、赤い湖に浮かぶ老いたフラミンゴの死体はヤラセじゃないかと思うぐらい絵画的。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
オオフラミンゴとコフラミンゴの雛が交じり合い、小学生の全校生徒が走りまくるように大移動する風景はやや滑稽。話によると、大フラミンゴと小フラミンゴが何千羽も終結してコロニーを作っていることが多いとのこと。同じ生活空間の中でどうして中フラミンゴが発生しないのかが不思議。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
とにかく雛の数が多すぎるので、ちょっとぐらい他の鳥や動物に食べられても食物連鎖だから仕方ないと思ってしまうのは、製作者の意図するところではないのではないか。ありのままを伝えたいのなら別だが、40年もの寿命の間につがいで2羽残せば充分と言うほどの低い生存率が映像を通して全く伝わってこなかったのは残念。

【減点項目】

寝てしまった(-30点)
・-30点
前半は抑揚のない大自然の映像と宮崎あおいさんのナレーションで睡魔に耐えるのに必死。

基礎点(10)+技術点(32)+芸術点(8)×1.5-減点(30)=CinemaX指数(24)

「F」評価(59点以下)

試写会場では、本編が短い(79分)をカバーするためか、専門家の大学教授によるトークショーが行われましたが、フラミンゴの生態がよく分かっていないのを物語るように、この先生は分からないことは分からないと正直に言うので、かえって好感がもてました。驚くべきは20人足らずの観客の中に実際にアフリカに行ってフラミンゴを見たという人が数人いたこと。動物園でも定番ですし、世界の王の打法に冠しているだけあって、日本ではメジャー級の知名度を誇る鳥といえるのかもしれませんね。

2009年8月18日/ウォルト・ディズニー試写室
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August 24, 2009

南極料理人

監督:沖田修一
原作:西村淳
音楽:阿部義晴
脚本:沖田修一
出演:堺雅人、生瀬勝久、きたろう、高良健吾、豊原功補、西田尚美ほか

「微妙な料理人」

「南極料理人」です。主演の堺雅人さん人気か、南極への憧れか、上映劇場が少ない割に毎回、超満員の映画です。劇場内が中高年の男女で埋め尽くされる「剱岳 点の記」の人気も凄まじいものがありましたが、南極料理人は上映劇場が少ないとはいえ、鑑賞したテアトル新宿では立ち見も発生。まるで身体を押し合いながら日活映画を観ていた往年の勢いを感じます。

昨年の「おくりびと」人気といい、これから劇場公開が予定されている「沈まぬ太陽」といい、味のある邦画が増えるのは日本の映画業界にとって好ましいことです。ここはひとつ、監督や出演者の話題性ばかりが先行するばかりでストーリーは思いつきで作ったようなクソ映画が撲滅されることを祈ってやみません。

南極観測隊といえば、思いつく映画は南極物語程度。あとは、紅白歌合戦の時の応援電報。今はFAXやテレビ電話に変わり風情がなくなった感もありますが、南極に昭和基地があって日本人がいるということは、恐らく日本人なら誰もが知っているほど知名度の高い題材です。ただし、テレビのドキュメンタリーで扱われるのは極地の過酷な天候や研究に奔走する隊員の姿ばかり。南極料理人のように食を扱ったものはほとんどありません。

ということで、強烈な「観光要素」を有する南極料理人なのですが…美味しい部分を切り落として脂身だけになったような映画でした。評価に移ります。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・2点
南極観測隊の面々がドタバタする話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・2点
室内ロケが主体なので「抜け」がない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・4点
南極観測隊には調理担当という人がいて、料理に試行錯誤していること。観光要素は強いが、隊員たちのドタバタに埋もれてしまい映画での取り扱われ方が弱い。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・4点
多くの人々が興味を持つ未知なるもの(南極)と身近なもの(食)を扱っているというのは観光要素として鉄板。ただし、前述の通り隊員たちのドタバタに終始してしまい観光要素が薄れてしまった。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・5点
観測隊員に料理を提供する。原作には、この料理を南極で作るにはとか、南極であの料理のようなものを再現するにはどうするかとか、試行錯誤する部分がかなり描かれていたのだが、映画化にあたって描かれたのはピーナッツとラーメン程度。ただしかんすいを合成してラーメンを作るのは興味深かった。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・3点
・隊員の中で最も若い男「兄やん」。彼女を残し南極に来てしまい、すれ違いに悩む。登場人物全体の中で変化があったのはこのキャラクターぐらい。ストーリーの引き立て役にもなり得たはずの主人公の妻子の描き方も無味無臭で味気なかった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・0点
たとえ網走で撮影しても南極の壮大さはもっともっと描けたはず。隊員が箱の中に入ってドタバタするだけでは臨場感がない。最大の欠点は、肝心なシーンの締めをフェードアウトで有耶無耶にしてしまう点。例えば、国際電話は金がかかる(本編では1分740円と表示)ので、砂時計をひっくりかえすのだが、兄やんが東京の彼女に電話する最初のシーンでもフェードアウトしてしまう。1分で受話器を置かなければならない動揺とか、切なさとかをきちんと描いていれば、後の2人のすれちがいが浮き彫りに出来たはず。肉の美味い部分を次々とカットしていっているようなもの。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・1点
兄やんのエピソードは泣けるようでも前述の通り積み重ねが雑すぎて泣けない。主人公の妻子が登場するシーン(主人公の娘が匿名で観測隊員たちと話し、父親とも話す)は、それまでの積み重ねが曖昧で多少ジーンとするだけ。娘の描写はリアリティがあるといわれれば、あるかもしれない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・1点
ショートコントを集めたような映画なので、笑える部分は多い。ただし積み重ねで笑わせる部分は極めて少なかった。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
この映画に悪人は出てこない。

【減点項目】

寝てしまった(-30点)
・-30点
前半のドタバタがあまりにも退屈すぎて寝てしまった。

基礎点(12)+技術点(25)+芸術点(5)×1.5-減点(30)=CinemaX指数(15)

「F」評価(59点以下)

原作の「面白南極料理人」を少しだけ読んだのですが、この小説の肝は、主人公が日本にいる間にどんな食材を南極に持っていこうとあれこれ考えていく部分が興味深かったりします。例えば、卵をどうやって持っていくのかとか、気圧が低く沸点が下がる中でどんな料理が可能なのかとか、人々の興味を引きそうなテーマをもっと引き出せたはずです。CinemaXでは原作を読んでいないものとして評価するのでこの部分は加味されていないのですが、残念でなりません。

また、原作には日本での訓練やドームふじの位置、昭和基地の人とのやりとり、交替のときにどうしてヘリコプターを使うのかとか、料理以外に興味深いものが描かれています。制作費の問題もあるかもしれませんが、映画化にあたり反映されたのは官民ごちゃまぜになっている隊員の構成やトイレが大小に分かれていたり、浄化が不完全な風呂の水を飲むと死んでしまう可能性があるという点。しかもさらっと触れているだけでした。

南極観測隊の人たちって南極観測船だけで移動するわけじゃないんだとか、昭和基地以外にも基地があるんだとか、観客が「へー」と思いそうな部分もちょこっと食いついただけで切り捨てです。しかも隊員が日本に戻ってくる時は隊員や家族の気持ちを描くことが出来るシーンのはずなのに、隊員の感情も切り捨て、空港での出会いのシーンはコントのようなエピソードをちょこっと挟んだだけでフェードアウトしてしまい、残尿感が残るような締めになってしまいました。それでいてエンディングは隊員たちが夏の砂浜でビーチバレー。同窓会気分で挟み込んだのでしょうが、シーンできちんと締めていない映画なので、頭の中が混乱してしまいました。

「おくりびと」は、納棺夫という観光要素だけが強烈な短い原作を映画監督などが上手く肉付けして映画化したケースといえますが、南極料理人は逆に映画化にあたり重要で美味しい部分を切り捨ててしまっています。シーンそれぞれは俳優たちに独特の間があって一見、楽しいような感じのする映画のですが、中身はからっぽになってしまっているのが残念でなりません。

2009年8月22日/テアトル新宿
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August 06, 2009

レスラー

監督:ダーレン・アロノフスキー
製作総指揮:ヴァンサン・マルヴァル、アニエス・メントレ、ジェニファー・ロス
音楽:クリント・マンセル
脚本:ロバート・シーゲル
出演:ミッキー・ローク、マリサ・トメイ、エヴァン・レイチェル・ウッドほか

「課長仕事」

間もなく上映が終了する「レスラー」です。ミッキー・ロークに思い入れがある人は枯れ具合がショックなのかもしれませんが、私にはそんな先入観はありません。有名人やYahoo!のレビューで絶賛されればされるほど斜に構えてしまう今日この頃、果たしてCinemaXの評価やいかに。

「レスラー」は、良く出来た映画です。主人公のランディの家族を振り返らないプロレス人生、それを悔い、娘と再会し、関係が修復できそうなところでタイミング悪く(良く?)失敗する。でも…決め手がないんです。

レスラーが筋書きのある格闘技だということは誰もが認めるところですが、この作品の中では「ああやって、こうやって、ここで決めるから」と対戦相手が和気藹々と相談をしてリングに上がります。「ホッチキスを使うと痛みは僅かで血がドバッと流れて大げさに見える」と相談して、レスラーたちは迷うことなくリングでその演出を実行します。

そんな感じで前半はプロレスのシーンが続きます。勝ち負けは大体決まっていて、控え室に戻ると対戦相手をはじめ血だらけのレスラーが笑顔で迎える…このギャップは凄いです。前半が嘘っぽく見えないところは、ミッキー・ロークをはじめキャストが本当に身体を張っているからだと言えるでしょう。

主人公のランディは、もう少し枯れたレスラーの役かと思いきや、年齢から来る衰えは隠せないものの今でも人気のあるレスラーという設定でした。この辺りの設定は、「ロッキー・ザ・ファイナル」のようにどう考えても出演者(シルヴェスター・スタローン)の体力に難があるだろうと感じるのですが、少なくともミッキー・ロークの若い頃を知っている人は別として、いま現在の俳優として見れば、演技力といい体力といい、全く違和感を感じないのが不思議です。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・15点
病に倒れたレスラーが、リングで生き続けようとする話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・8点
当たり前の世界が残酷だと感じる人もいるという視点は面白い。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・7点
プロレス会場の控え室でのレスラーたちの和気藹々とした雰囲気は見物。この設定が丁寧に描かれているからこそこの映画の存在価値が増したと言ってもいい。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・8点
同上。前半は痛いシーンが多いが、時間軸を入れ替えたり、シーンを細かくカットしたりと変化球を織り交ぜながら丁寧に仕上げていて面白い。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・7点
病に倒れた主人公は、長く裏切り続けた娘に頼ったり、ストリッパーに恋したり、仕事に熱中したりと迷走しているように見えるが、実はプロレスを捨てきれないという気持ちをベースに行動しているので支離滅裂な展開にはなっていない。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・4点
ストリッパーのキャシディ。若くない設定なので、例えば若いダンサーを前にして敗北感が漂えばもっと面白くなっていたであろうキャラクターだが、雑に扱ってしまっているのが残念。特にエンディングのグチャグチャな切り方は雑すぎて残念だった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・7点
俗世で娘に勘当?されたり痛い目に遭った主人公は、病を押してリングに上がることを決意する。直前でキャシディの引き止られた時に「俺にとっては現実の世界が辛い」吐くシーン。リングに上がれば痛い思いをするのに、現実の世界の方が痛いというのは世間の一般的な認識と逆になっていて面白い。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・2点
泣ける映画と言われているが、そのような要素は少ないように思えた。娘との再会、和解、別離は感涙ポイントともとれるが、人工的に展開しすぎて感情移入出来なかった。「あーあ感」が漂うシーンとして仕組まれているはずなのに、全く「あーあ」と思わないのは、展開が突拍子過ぎるからだと思われる。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・4点
前述の通り、控え室で和気藹々と流れを相談して、その通りにリングで血だらけになるのは不思議と笑える。例えば、対戦相手がホッチキスの話をし始めて「痛いぞ、痛いぞ」と構えていると、主人公と対戦相手の2人とも針をあちこちに刺して流血。控え室に戻って怪我を心配しながらも笑顔でハイタッチ…この落差は凄い。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
この映画は悪人が出ない。特に主人公の良い人ぶりが際立っている。「レスラー」は中途半端な終わり方で致命的なダメージを受けていると言えるが、悪人が出ないところも物足りなさを感じる要素となっているのかもしれない。

【減点項目】

・原点なし。

基礎点(15)+技術点(45)+芸術点(17)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(86)

「C」評価(80~99点)

映画として必要な設定やストーリー展開は、上手いこと仕組んである作品なのですが、前半のプロレスシーンに時間を割きすぎたのか、人間ドラマの部分に継ぎはぎが見えてしまっていること、何よりもこんな終わり方はないだろう?と言いたくなるほどの雑なエンディングが気になりました。せめてこの部分だけでもくどくない程度に引っ張れば、名作になったはずです。もったいない。

2009年8月3日/TOHOシネマズシャンテ
The757947

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