November 08, 2009

イングロリアス・バスターズ

監督:クエンティン・タランティーノ
製作総指揮:エリカ・スタインバーグ、ロイド・フィリップスほか
脚本:クエンティン・タランティーノ
出演;ブラッド・ピット、クリストフ・ヴァルツ、メラニー・ロランほか

「バカみたいな映画」

イングロリアス・バスターズです。監督はクエンティン・タランティーノ。実は初タランティーノだったりします。キル・ビルとか、キル・ビルとか、観ようかなと思いつつこれまで劇場まで足を運ぶに至らなかったところに防御本能のようなものを感じるのですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

イングロリアス・バスターズは、いくつかのエピソードで構成されています。わざわざエピソードに分類することもないのですが、音楽の絡め方を含めて古臭い映画の雰囲気を漂わせています。そして、時代に逆行するような残虐なシーンのオンパレードも、古臭い要素の1つといえるのかもしれません。

舞台挨拶でタランティーノ監督曰く「血がドバドバ出る」と言っていた通り、ナチス兵をバットで殴り殺すわ、頭の皮は剥ぎまくるわ、額を切り刻むわで、かなりショッキングです。残虐なシーンだけでは、ホラー映画のようになってしまうのですが、困ったことにイングロリアス・バスターズは中途半端にまともな映画だったりします。

例えば、死の真逆に生が存在するというのは近代以降の小説家にもみられる手法で、映画でも北野武監督作品に顕著にみられます。つまり、死の要素があれば、同じ分だけ生がある。残虐の真逆には、愛があるというように、その間でどのように振り子を動かすかが、脚本家や監督の手腕の見せ所ということになります。

ところが、イングロリアス・バスターズの振り子は壊れているようで、ひたすら残虐なだけ。たまに持ち込むユーモアに殺意さえ抱いてしまいます。監督が「脚本はかなり書き込んだ」と言っている通り、エピソード1の登場人物のやりとりとか、無駄に時間をかけながら心理作戦のようなストーリーが展開します。シーンごとの人物のやりとりは面白く、見応えもあるのですが、残念ながらシーン止まり。全体のテイストにはなっていません。

全体のストーリーの展開はメチャクチャです。舞台はナチス占領下のフランス。当時の歴史や人物を織り交ぜているのですが、殆どが創作。どこかに誰もが知っている歴史上の事実や事件を絡めれば、リアリティが増してさらに面白くなったかもしれませんが、そんなことをやらないのがこの監督のポリシーなのかもしれません。もう、さっぱり分かりません。

シーンごとの登場人物のやりとりで感じたのですが、この人は監督としてアクション映画とかやらずに、じっくり人物を描くような映画の脚本家になったほうが活躍できるのかもしれません。メチャクチャなストーリーでも、B級映画としてこき下ろされる一方で何週か全米トップに位置するというのは、タランティーノ監督の脚本家としての腕が良いからなのでしょう。まあ、これからも監督を続けるのでしょうが。

格好つけて自分の才能によって意味不明の映画を撮るような監督よりも、タランティーノ監督のように吹っ切れておかしなものを作ってしまうほうが、潔い感じがします。世の中に面白くない映画、つまらない映画は数多いものの、バカみたいな映画は少なかったりします。そういう作品を生み出すということでは、この監督は貴重な存在なのかもしれません。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
連合軍の極秘部隊の男やユダヤ人の女がヒトラーを暗殺しようとする話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・5点
集合体の中でのマインドコントロールの怖さは感じた。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・5点
ドイツ人の「3」の指の立て方はちょっと違う。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・5点
バカみたいな要素だが、小さなことが大事件になる展開は面白い。

主人公に貫通行動があるか(10点)
・10点
秘密部隊のメンバーたちは、ナチス兵をぶっ殺して頭の皮を剥ぐ。
もう一人の主人公、ユダヤ人の女はヒトラーを暗殺する強烈な動機がある。
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・8点
ユダヤ人の女、ショシャナ。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・9点
2人残ったナチス兵の1人を殺して頭の皮を剥ぐラストシーン。バカみたいなストーリーに毒されてしまったのか、最初のショッキングな印象が薄れ笑ってしまった。これも術中にハマっているのかもしれない。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
泣く要素は皆無。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
クスクス笑いの多い映画。極秘部隊がイタリア人の振りをするのは、バカバカしくて、それでいて笑ってしまうので悔しくなる。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・2点
残虐なナチス兵でさえ、組織に動かされていることが分かるので人物に対する怒りは意外にも感じられない。観客にこういう印象を抱かせるのも脚本の手腕か。

【減点項目】

・減点ゼロ。
ただし、よく見かける画像(下部参照)は本編とはあまり関係ない。映像のバックに流れるデビッド・ボウイの「キャット・ピープル」を含め、このシーンは監督の趣味と見た。

基礎点(15)+技術点(33)+芸術点(22)×1.5(0)-減点=CinemaX指数(81)

「C」評価(80~99点)

舞台挨拶でのブラッド・ピットのフロンタレた態度でやや不快だったのですが、一方で横に通訳を付けず日本語で挨拶もしたジュリー・ドレフュスは印象的でした。彼女は今回、タランティーノ監督の脚本の当て書きで出演を受けたものの、チョイ役(ゲッペルスの愛人通訳)という微妙な立場。何故今回、来日したのかピンと来ないのですが、あれだけ日本語の発音が綺麗なのですから、お茶のCMなんかに出演出来そうです。濁音もばっちりですし。

監督も監督で、日本の風習とかも悪乗りで理解している感もあるのですが、日本に興味を寄せる表現の仕方としては、それはそれでいいのでしょう。

2009年11月4日:東京国際フォーラム
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October 20, 2009

きみがぼくをみつけた日

監督:ロベルト・シュヴェンケ
製作総指揮:ブラッド・ピット、リチャード・ブレナー、ミシェル・ワイス、ジャスティス・グリーン
原作:オードリー・ニッフェネガー
音楽:マイケル・ダナ
脚本:ブルース・ジョエル・ルービン
出演:エリック・バナ、レイチェル・マクアダムス、アーリス・ハワード、ロン・リヴィングストンほか

「安普請」

「きみがぼくを見つけた日」です。ベストセラー小説を「ゴースト/ニューヨークの幻」の脚本化が担当したという売り込みで今週末、封切られる映画です。原題の「THE TIME TRABELEAR’S WIFE」がどうしてこんな邦題になったかと言えば、ヒロインが「きみに読む物語」のレイチェル・マクアダムスだから。また「きみ読む」みたいに「きみぼく」とか略して売ろうとするのが目に見えて腹立たしいのですが、実はそんなにヒットしないような気もする今日この頃。果たしてCinemaXの評価やいかに。

タイムスリップを扱った映画は山ほどありますが、ほとんどが失敗に終わります。何故か。それは現在との接点がないからです。はるか未来を扱った映画もまあタイムスリップのようなものですが、この場合は現在、つまり現代と共通するテーマがあるかないかなどが成否を分けます。いずれにせよ、現代人がしっかりと理由もなくいきなりタイムスリップした時点で、どう面白く描こうとしてもそれはB級映画になってしまいます。

タイムスリップの好例が、バック・トゥ・ザ・フューチャーでしょう。変人だから行くなと言われた博士の家に少年が行ってしまい、イベントに巻き込まれてしまいます。この映画は同じ土地で祖先から子孫まで、現在としっかりと繋がっているからこそ、観客は引き込まれてしまう訳です。「戦国自衛隊1549」もタイムスリップものですが、あちこちの時空がねじれているとかタイムスリップの伏線を描いているのですが、いかんせん日常生活で時空がねじれるなどということはありませんから、観客はおいてけぼりを食らってしまいます。

「きみぼく」(?)の主人公、ヘンリーは意思に関係なくタイムスリップを繰り返すのですが、その理由を「血縁」によるものとしています。ある意味、それで完結した理由にはなりますから、まあ仕方ない?でしょう。いわゆる「なぐり」で始まる冒頭シーンは印象的ですが、実は後のストーリーには大きく関係しないのが残念です。

そのヘンリーは、過去にタイムスリップして、幼い頃のクレアと出会います。そのクレアが大人になってヘンリーと結婚してしまうのですが、ヘンリーの記憶がなかったりとか、巧みな設定でボロを隠しています。結婚のきっかけはヘンリーが手を出すのではなく、クレアが探し当てると言う設定なのですが、それは純愛のようで、実は見方を変えれば教師が世間の男を知らないうちに教え子に手を出すような不純さも感じられます。

ヘンリーは幼少時に事故死した母親と、後にクレアが産む娘とも出会います。タイムスリップは本人の意思に関係なく時代や場所も関係なく起きるので、都合よく誰とでも会うことが出来ます。冒頭の「なぐり」のシーンは母親が事故死するエピソードなのですが、大人になったヘンリーと生前の母親が出会うシーンなどは、感涙ポイントにも成り得るので、もっと丁寧に描いたほうがよかったのかもしれません。

逆に、後に生まれる娘と出会ってしまうシーンはいりません。名前が分かった程度ですから。根無し草でタイムスリップを繰り返しているわけではないと楔を打つためか、父親も登場するのですが、この必要性もよく分かりませんでした。

タイムスリップを題材にした映画の殆どが、時空間を説明出来ないという矛盾を抱えています。例えば1分前にタイムスリップしたなら、現在の自分に加えて1分前の自分、その間には無数の自分が存在することになります。時間を輪切りにしたように世界が存在するのですから、都合よくいろんなことが出来る反面、飛び道具ばかりで話をぶち壊してしまいねない部分もあります。「ぼくきみ」にも矛盾がごろごろしていますが、恋愛に主眼を置いているためか観客の意識が逸らされ、ギリギリセーフといった感じになっています。

「ぼくきみ」は、シーンごとに感動の要素が含まれていますが、全体を見渡せばボロがあちこちにボロが隠れています。安普請の建物のようです。小説形式で長い期間読者を虜にする場合はそのボロも人間の曖昧な記憶力に救われて覆い隠されてしまうのでしょうが、2時間弱に凝縮するとそうはいきません。例えばヘンリーの父親のエピソード、ヘンリーと娘が最初に会うエピソードは、恐らく原作に引っ張られたのでしょうが、逆にストーリーの際立ち加減を打ち消す要素になってしまったようです。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・7点
意思に関係なくタイムトラベルを繰り返す男が、定点で生きる女性と結ばれる話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・7点
愛は不変のもの。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・0点
ない。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・3点
話の途中からヘンリーは受動的にクレアを愛し始める。
貫通行動はむしろこのクレアにある。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・3点
クレア。演じるレイチェル・マクアダムスはハイシーLの頃の牧瀬里穂を髣髴とさせる。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・2点
最後のシーン。ヘンリーは死後、残されたクレアと娘に会いにタイムトラベルをするのだが、意思に関係ないとはいえ「いつかまた来れる」という要素が残ってしまうので泣けなかった。巧いこと工夫してここに「もう二度と会えない」というカセをつければ泣けたのかもしれないが、恐らく原作ではこういう終わり方をしているのだろう。小説の読後感を映画で表現するのは難しい。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・2点
最後のシーンはもったいない。あと、ヘンリーが娘と出会うタイミングをもう少し遅くすれば、感涙ポイントは際立ったと思う。タイムスリップをして母親と会うシーンも同じ。ところどころが雑でもったいない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・2点
本人の意思に関係なくタイムスリップをしてしまうヘンリーは面白い。替え玉の結婚式、間に合わなかったクリスマス。面白い要素が沢山あるが、ストーリーの中に活かしきれていない。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
この映画には悪い人が出ない。そのせいか昨今のケータイ小説を原作にした映画のような草食感が漂う。女性好みの雰囲気かもしれないが、パンチがないとやがて忘れさえられてしまう。

【減点項目】

・減点なし。
ただし「ゴーストの脚本化が手がけた、きみ読むのヒロイン主演の映画」というのはどこか引っかかる。「ニモのスタッフが贈る(ただし監督抜き)」という表現と同じ。どこがどう影響されているかは、洋服作りでいうパタンナーの違いを見破るようなもの。脚本やスタッフが同じでも、監督や原作が違えば、全く別物になってしまう。この触れ込みに騙されないように。

基礎点(15)+技術点(17)+芸術点×1.5(14)-減点(0)=CinemaX指数(46)

「F」評価(59点以下)

原題をそのまま訳すと「タイムトラベラーの夫」みたいな感じでしょうか。もしウィル・フェレルが主人公だったら邦題は「俺たちタイムトラベラー」だったのでしょうか。きみに読む物語は「THE NOTEBOOK」で味気ないものでしたから、「きみ読むファンを巻き込もう」という配給会社の下心は見え見えでも、原題をそのままカタカナにして邦題にしてしまうよりはましなのかもしれません。

2009年10月5日/一ツ橋ホール
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September 24, 2009

ウルヴァリン:X-MEN ZERO

監督:ギャヴィン・フッド
製作総指揮:スタン・リー、リチャード・ドナー
音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
脚本:デヴィッド・ベニオフ、スキップ・ウッズ
出演:ヒュー・ジャックマン、リーヴ・シュレイバー、リン・コリンズ、ダニー・ヒューストンほか

「鼎立の妙」

一時期流行ったアメコミやハリウッド映画のいわゆるビギンズのもですが、遅ればせながらX-MENにも登場しました。アメコミ独特のどぎついエッセンスが日本には馴染まないような気もする中で、X-MENは比較的柔らかい感じもしますが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

ヤフーの映画サイトで検索したところ、ビギンズと名の付く映画は7件、そのどれもが2003年以降です。ビギンズものの潮流を生み出した映画の1つが、スターウォーズといえるのですが、ジョージ・ルーカスがどうしてエピソード4からスタートしたかというと「物語は途中からが面白い」から。ということでビギンズものは本来は面白くない部分を扱うはずなのですが、キャラが立っていた場合だけ例外になります。

スターウォーズも最初のシリーズ(エピソード4~6)のような輝かしさはないのですが、おなじみのキャラクターがどうやって産まれたかは観客にとっても興味があるもの。ということで、いくつかのビギンズものは成功しています。スパイダーマンデアデビルも誕生の経緯が描かれているので、初回作そのものがビギンズものといえるかもしれませんが。

X-MEN ZEROのポイントは、鼎立です。対立ではなくて鼎立。正義と悪という単純な対立ではなく、必ず第三者が絡んでいます。ウルヴァリン誕生の経緯は、まるで仮面ライダーなのですが、もともと不思議な能力を宿した兄、ビクターと弟、ローガン(ウルヴァリン)の兄弟が協調し、対立していきます。前半はあちこちの戦争に参加して殺戮を繰り返すという、ちょっと過激なシーンも含まれるのですが、これがローガンの性格をより強調する好材料になっていきます。

ローガンは戦いを避け、恋をするのですが、これもまた鼎立の構図に崩され、ウルヴァリンが誕生します。誕生した後からもつねに鼎立の状態は続き、どうしてウルヴァリンには過去の記憶がないのかとか、X-MENシリーズに続くエピソードへと展開します。これも悲しいエピソードを絡める周到ぶり。

対立の構図を複雑にすると、ストーリーの厚みは増すのですが、観客にストレートに説明する技量が必要になってきます。多くの映画がコケてしまうのは、この手順を雑に扱ってしまうために、作り手だけが理解しているだけの自己満足的な設定になってしまうからです。

ところがX-MEN ZEROは一見、ややこしく思える設定をすんなりと描き、観客をストーリーへと引き込みます。まるできつねにでもつままれたような気分です。このストーリーの原作があるのかないのか分かりませんが、仮にあるとしても映画化にあたりパワーダウンする作品も多い中でストーリーにきちんと反映された映画といえるでしょう。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
超人的な能力を持った男、ウルヴァリンが誕生するまでの話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・3点
世の中から争いごとはなくならない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・3点
個性に富んだミュータントたちの能力は面白い。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・5点
今回は直接相手に触って催眠術をかけるミュータントがキーとなっている。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
兄、ビクターをこの手で殺す。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・8点
ウルヴァリンが思いを寄せる女性、ケイラ。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・9点
終盤のシーン。記憶を消されたウルヴァリンが横たえるケイラを前…。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・3点
前述のシーン。だけど泣けはしなかった。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
意外と笑えるシーンも少ない。ずっと身体を強張らせてしまうような緊張感のある映画。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・3点
敵の目的が曖昧(説明はしているが理解出来ない)なので、心の底から怒りを感じるほどでもなかった。

【減点項目】

・減点なし。

基礎点(15)+技術点(27)+芸術点(26)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(81)

「C」評価(80~99点)

アクションもさることながら、ストーリにおいても作り手の巧さを感じる映画でした。X-MENはエンドロールの間にもシーンを挟むことが多いので、速攻で席を立つせっかちな人は大損することもある映画なのですが、今回もちゃんと挟まれています。ただ、どうでもいいようなシーンなので、左右の座席の人を蹴散らしてでもいち早く劇場を出たいという貧乏臭い人も安心出来る映画といえます。

2009年9月20日/シネプレックス新座
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August 28, 2009

13日の金曜日

最近の試写会には、劇場公開を前にした試写だけでなく、DVD発売を記念してという風変わりなものもありますが、今回行ってきたのはブルーレイディスク発売記念イベント『13日の金曜日新・旧対決!超豪華13金マニアによる副音声試写会』です。単なる試写会ではなく、コメンテーターが最前列であれこれ薀蓄を垂れながら、映画を観るという世界初(?)の試みです。果たしてCinemaXやいか…といいたいところですが、CinemaXではリバイバル上映を含む劇場公開の映画を対象にしているので、今回は前例にならって番外編ということでご紹介します。

「副音声」を発信するコメンテーターは、清水崇、山口雄大、石原まこちん、須田剛一、ジャンクハンター吉田の各氏。彼らが最前列に座り、13日の金曜日(以下、13金)の全シリーズにわたる薀蓄が語られるわけですが、実はシリーズに出演予定で話が途中まで進んでいたとか、瞬間的に監督としてのオファーが来ていたとか、コメンテーターの方々がきっとこの日まで温めてきたのであろう爆弾発言も飛び出しました。

肝心の本編は、2009年にリメイクされた13金を上映、13分の休憩を挟んで1980年のオリジナル版を上映するという強行スケジュールでした。マニアの方にとっては、劇場の大画面でオリジナルの13金を観る最後のチャンスかもしれないということで満席になるかと思いきや…5分の1も埋まっていない程度。オークションの出品状況(違反です!)をみても人気があるとは思えない落札水準…ということで、13金ファンの方にはたまらないが、一般には浸透しないという相当マニアックなイベントだったといえるでしょう。

シリーズ通じて13金を観たのは初めてなので、「副音声」付きで観るのは不安だったのですが、内容があまりにもマニアックすぎて全くついていけず、逆に映画に集中出来てしまいました。リメイク版は若者のノリの軽さとシリーズとしての存在感を示したい意気込みが感じられるのですが、一方でさまざまな制約があるためか、殺戮シーンは何となく歯切れが悪いように感じられました。それでも女性が桟橋の下で息を潜め、殺されていくシーンは圧巻です。

オリジナル版は、後にホラー映画の金字塔を打ち立てただけあって、見ごたえがありました。低予算で作られたオリジナル版は、リメイク版に比べて照明やセットなど貧相な感じがするのですが、逆にそれがスリリングな雰囲気を助長しているようでした。加えて、オリジナル版は音楽を絡めて恐怖心を煽る手法が巧みにとられているうえに、当時の観客は犯人がジェイソンだとは知らないまま次々と登場人物が殺されていくので、かなりの迫力だったことと思います。

また、「副音声」ではペギー葉山に似ていると連発していたジェイソンの母親の微妙な強さも印象的でしたが、主人公がやっとのことで生き延びて朝を迎えた後の展開は、初めて小説で「リング」を読んだ後の恐怖心に似たようなものを感じました。「らせん」や「リング2」などリング以降のシリーズはどれも微妙ですが、ある種の時代を作り、その後もシリーズ化されていくようなホラー映画の源流は、出来合いの演出だけで恐怖心を煽るものではないのだなということが分かりました。

2009年版
監督マーカス・ニスペル
製作総指揮:ブライアン・ウィッテン、ウォルター・ハマダ、ガイ・ストーデル
音楽;スティーヴ・ジャブロンスキー
脚本:ダミアン・シャノン、マーク・スウィフト
出演:ジャレッド・パダレッキ、ダニエル・パナベイカー、アマンダ・リゲッティほか

1980年版
監督:ショーン・S・カニンガム
製作総指揮:アルヴィン・ゲイラー
音楽:ハリー・マンフレディーニ
脚本:ヴィクター・ミラー
出演:ベッツィ・パルマー、エイドリアン・キング、ハリー・クロスビー、ケヴィン・ベーコンほか

せっかくなので採点してみましょう。必ずしもリメイク版はオリジナル版をそのままリメイクしたものではないので①リメイク版(2009年版)②オリジナル版(1980年版)に分けて評価します。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
①15点
②15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
①7点…キャンプに来た人々が次々と謎の男、ジェイソンに襲われる話。
②9点…キャンプに来た人々が、何者かに次々と襲われていく話。

恐怖心は犯人が分からない②のほうが勝る。例えば、貞子の存在を知らないまま展開を見守らなければならないリングと、ネタばれして恐怖心を煽るだけのその後のシリーズのような違いがある。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
①3点
②3点

①②とも、キャンプ場によそ者が来て荒らすなと警告するという動機がある。一方で現実世界では動機のはっきりしない事件も多く、まさに事実は小説より奇なり。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
①0点
②2点

キャンプに訪れた若い男女が何者かに殺されていくという設定は、今では使い古された展開だが、オリジナル版の当時は目新しかったのではないか。コメンテーター曰く「13金は、ホラー映画の地位を上げた初めての映画」とも。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
①0点
②2点
キャンプがどれほどの娯楽だったかは分からないが、オリジナル版の当時は、若い男女が連れ立ってキャンプに行くという設定だけで魅力的だったはず。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
①3点…ジェイソンに囚われた妹を探し出し、救出する。
②1点…逃げる。時に戦う。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
①4点…桟橋の下で殺される若い女性。この部分の殺され方はオリジナルより衝撃的。
②6点…何といってもジェイソンの母親。これで若い男を殺したのかと思えるほど動きが…。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
①5点…前述の若い女性が桟橋の下で殺されるシーン。
②6点…ケビン・ベーコンがベッドの上で殺されるシーン、そして、誰もが驚く最後の湖上のシーン。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
①0点
②0点
主要人物の多くが恋人や兄妹がいるのだが、オリジナル版よりリメイク版の方が相手を思う情のようなものが薄れている感じがして興味深い。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
①2点
③4点
リメイク版は、別荘の持ち主の息子であり潔癖で高飛車な男が登場するが、観客に「こいつ、ひどい死に方をすればいい」という気持ちを抱かせるような描写をしているのが巧み。ところが殺され方は拍子抜け。これは直接的な笑いではない、ホラーならではの笑いの要素なのかもしれない。
オリジナル版は、何といってもジェイソンの母親。恐ろしく動きが鈍く、ヒロインとの白兵戦?は、これで何人もの男女を殺したの?と突っ込みどころ満載で笑える。ただし、これには裏があるわけで…。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
①0点
②0点

【減点項目】

①0点
②0点

①基礎点(15)+技術点(13)+芸術点(11)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(45)

②基礎点(15)+技術点(17)+芸術点(16)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(56)

①②とも「F」評価(59点以下)。

ホラー映画は、CinemaXでは評価が低くなりがちです。リメイク版は、銀座シネパトス風味の映画なのですが、オリジナル版はやはりこれから歴史が始まるのだなという重厚さのようなものを感じました。

2009年8月21日/シネマート六本木
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August 26, 2009

ナイトミュージアム2

監督:ショーン・レヴィ
製作総指揮:トーマス・M・ハメル、ジョシュ・マクラグレン、マーク・ラドクリフ
音楽:アラン・シルヴェストリ
脚本:ロバート・ベン・ガラント、トーマス・レノン
出演:ベン・スティラー、エイミー・アダムス、ロビン・ウィリアムズ、オーウェン・ウィルソンほか

ナイトミュージアム」の続編です。前作は博物館で夜中に展示物が動き出したらどうなる?という発想の元に無理やりストーリーを肉付けした感じなのですが、これが意外に面白く、これまでにない映画として楽しめましたが、続編は、ちょっとかしこまりすぎたのかなあという印象でした。

今回は舞台をニューヨーク自然史博物館からスミソニアン博物館に移すのですが、その経緯(ニューヨーク自然史博物館が経営難でスミソニアンへの移転を余儀なくされる)とエンディング(匿名のお金持ちが「展示物をそのままに」という条件で寄付をする)のため、主人公のラリーがビジネスで成功しているという設定がなされました。前作は家庭問題などラリーの抱える問題から警備員の仕事を余儀なくされ、動き回る展示物に遭遇するという、ほとんどが博物館の中の出来事でした。

ところが今回は、ラリーは外に飛び出し、展示物もスミソニアン博物館に移して、そこの展示物も交えてドタバタを繰り返すのですが、ストーリーの広がりは全く感じられませんでした。とってつけたような主人公の設定、やたら拾いスミソニアン博物館の地価倉庫を探すためにインターネットを利用するというお手軽さ、そもそもスミソニアン博物館のドタバタの大半が倉庫でという致命的な抜けの弱さなどご都合主義が目立ちすぎました。

さて、評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・10点
博物館で夜な夜な展示物が動き回る話。今回は舞台をスミソニアン博物館に移す。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・2点
夢はある。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・5点
続編とはいえど石版の魔力で博物館の展示物が夜な夜な動き回るというアイデアにはやはり魅力がある。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・5点
同上。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・1点
展示物を守ろうとする姿勢は一貫しているが、弱い。あとは仕事に対する姿勢といい、ヒロインに対する態度といい、ブレブレ。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・5点
前回のヒロインはネイティブアメリカンの女性だったが、今回は1932年に初の大西洋単独横断飛行を果たしたアメリヤ・イヤハート。あまり魅力は感じられないが、ラリーとの別れ際、ラリーが生まれ変わりのような女性に出会った時のときめきなど描き方を工夫すれば感涙ポイントになったはず。アメリヤは人類初の大西洋単独横断飛行を果たしたリンドバーグに隠れた存在だが、アメリカには冒険や宇宙開発において世界初あるいは2番目の人がゴロゴロいるので扱ってみるのは面白い。アメリヤは「方向オンチなの」というセリフを繰り返すが、恐らく後に世界一周飛行の途中で行方不明になり、今なお安否不明の状況を説明しているのかもしれない。このエピソードも、アメリヤそのものも日本人に馴染みがないのは致命傷かもしれない。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・3点
ラリーとアメリヤとの別れ。雑に扱わなければ感涙ポイントになったはず。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・1点
同上。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・2点
仕草やセリフで笑えるものはあったが、ストーリーの積み重ねで笑わせる要素は少ない。サルとラリーがいがみ合うなど前作から引き継いでいる設定もあるが、観客は恐らくそれほど思い入れて観ていた訳ではないので、空振りの感も。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
敵役のスミソニアンのファラオにも理由があり、新の悪人ではない。お子様も安心。

【減点項目】

・減点なし。

基礎点(15)+技術点(23)+芸術点(11)×1.5(0)-減点=CinemaX指数(55)

「F」評価(59点以下)

テーマは面白いので、それを無理矢理ストーリーに仕立てると面白いのは言うまでもないのですが、既に観客が映画の手の内が分かっている中で、続編も同じような手法を用いると斬新さが欠けてしまいがちです。果敢に挑戦した心意気は評価しますが、新たな展開が始まるなどストーリーやシーンに抜けを設定しないと怠惰な映画になってしまうのでしょう。ハリーポッターのようにストーリーが続いている映画は別ですが、ナイトミュージアム2は続編映画の難しさを感じた映画でもあります。

2009年8月17日/シネプレックス新座
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August 25, 2009

ディズニーネイチャー/フラミンゴに隠された地球の秘密

監督:マシュー・エバーハード
日本語版ナレーション:宮崎あおい

「無味無臭」

ディズニーネイチャーというカテゴリの映画らしいです。手っ取り早く言えばNHKのドキュメンタリーのような映画。果たして劇場で観る意味があるのかないのか、CinemaXの評価やいかに。

日本では良くも悪くも「ディズニー映画=安心して子供に観せられる映画」という意識が根付いているので「フラミンゴ…」ももちろん、子供が見ても何の害もありません。ただし、高い受信料で製作されているだけあって、NHKのクオリティの高いドキュメンタリーには足元にも及ばない雰囲気がします。それは何故なのか、考えてみます。

①現在との接点がない。
「フラミンゴ…」は、アフリカ・タンザニア北部のナトロン湖周辺に生息するフラミンゴの一生を追った映画なので、我々がおおよそ日常生活で出会うことのない風景が目白押しです。その一方で環境破壊によるフラミンゴの減少も暗に訴えていますが…ずっと湖とフラミンゴの映像ばかりなので今ひとつ伝わってくるものがありません。

②粘り強く撮影した感がない。
ちょっと行ってパッと撮影したような雰囲気が漂います。NHKの場合はあざとく「これだけ苦労しました」と言わんばかりにクルーの撮影風景などを挟み込むことも少なくはないのですが、それだけのクオリティの高い映像を見せてくれますが、「フラミンゴ…」は何故かそのような雰囲気が感じられません。

③ストーリーが不鮮明。
ドキュメンタリーといえどもシナリオは存在し、演出(ヤラセとは違う)がないとただ漠然と撮影した風景を見せられたのでは、単なる環境ビデオのようになってしまいます。「フラミンゴ…」は、「あの雛」が主人公なのですが、鑑札があるはずもなく、成長の過程で「あの雛」と紹介されてもどの雛なのか分からなかったりします。中途半端な演出が、鑑賞にあたっての壁になっているような感じです。

評価に移ります。

解説: アメリカのウォルト・ディズニーによる環境や自然にスポットを当てた新レーベル“ディズニーネイチャー”の第1作目となるドキュメンタリー。アフリカ・タンザニア北部のナトロン湖に毎年雨季になると飛来する、150万羽にもおよぶフラミンゴの生態に迫る。この奇跡の鳥たちを描いた物語のナレーションを務めるのは、テレビドラマ「篤姫」で今や国民的女優に成長した宮崎あおい。フラミンゴの親たちが子を敵から守り、必死に生き抜く姿に感動する。
シネマトゥデイ(外部リンク)

あらすじ: 雨季になると、タンザニア北部のナトロン湖は150万羽ものフラミンゴの群れによって真っ赤に染まる。乾期中は湖の水は干上がり、雨期には潤うものの湖水は毒性が強く、そこでは生き物はほとんど生命を育むことができない。だが、フラミンゴたちは毎年“死の湖”と呼ばれる場所で子を産み育て、やがてまたさっそうと飛び立って行くのだった。

【基礎点】

動物や子供を扱った映画(10点)
・10点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・9点
ナトロン湖に生息するフラミンゴの一生を追う。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・6点
環境問題に訴えるという点では、今の時代にマッチしているが、意外とメッセージ性が弱い。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
塩分濃度が高く生物を寄せ付けない真っ赤な湖で生まれ育つフラミンゴ。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・8点
一見、優雅なフラミンゴがどれだけ苦労して生きているのかという点は、興味深いものがある。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・1点
生きるために必死に走るフラミンゴの行動は、貫通行動というより本能。「あの雛」と無理矢理主人公を仕立て上げる必要はないのかもしれない。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・3点
人物ではないが、フラミンゴの雛を食い散らすアフリカハゲコウ。残酷な部分もシーンに収めたのは評価出来るが「ディズニー=安心」と過信している父兄には刺激的過ぎるかもしれない。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・4点
前述のシーン。これより前は退屈で度々寝入ってしまったが、フラミンゴがアフリカハゲコウに襲われて以降は、大移動など見ごたえのあるシーンが多くなる。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・1点
道半ばで死んでしまうフラミンゴの無念な思いは映像を通して伝わってくる。ちなみに、赤い湖に浮かぶ老いたフラミンゴの死体はヤラセじゃないかと思うぐらい絵画的。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
オオフラミンゴとコフラミンゴの雛が交じり合い、小学生の全校生徒が走りまくるように大移動する風景はやや滑稽。話によると、大フラミンゴと小フラミンゴが何千羽も終結してコロニーを作っていることが多いとのこと。同じ生活空間の中でどうして中フラミンゴが発生しないのかが不思議。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
とにかく雛の数が多すぎるので、ちょっとぐらい他の鳥や動物に食べられても食物連鎖だから仕方ないと思ってしまうのは、製作者の意図するところではないのではないか。ありのままを伝えたいのなら別だが、40年もの寿命の間につがいで2羽残せば充分と言うほどの低い生存率が映像を通して全く伝わってこなかったのは残念。

【減点項目】

寝てしまった(-30点)
・-30点
前半は抑揚のない大自然の映像と宮崎あおいさんのナレーションで睡魔に耐えるのに必死。

基礎点(10)+技術点(32)+芸術点(8)×1.5-減点(30)=CinemaX指数(24)

「F」評価(59点以下)

試写会場では、本編が短い(79分)をカバーするためか、専門家の大学教授によるトークショーが行われましたが、フラミンゴの生態がよく分かっていないのを物語るように、この先生は分からないことは分からないと正直に言うので、かえって好感がもてました。驚くべきは20人足らずの観客の中に実際にアフリカに行ってフラミンゴを見たという人が数人いたこと。動物園でも定番ですし、世界の王の打法に冠しているだけあって、日本ではメジャー級の知名度を誇る鳥といえるのかもしれませんね。

2009年8月18日/ウォルト・ディズニー試写室
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August 24, 2009

南極料理人

監督:沖田修一
原作:西村淳
音楽:阿部義晴
脚本:沖田修一
出演:堺雅人、生瀬勝久、きたろう、高良健吾、豊原功補、西田尚美ほか

「微妙な料理人」

「南極料理人」です。主演の堺雅人さん人気か、南極への憧れか、上映劇場が少ない割に毎回、超満員の映画です。劇場内が中高年の男女で埋め尽くされる「剱岳 点の記」の人気も凄まじいものがありましたが、南極料理人は上映劇場が少ないとはいえ、鑑賞したテアトル新宿では立ち見も発生。まるで身体を押し合いながら日活映画を観ていた往年の勢いを感じます。

昨年の「おくりびと」人気といい、これから劇場公開が予定されている「沈まぬ太陽」といい、味のある邦画が増えるのは日本の映画業界にとって好ましいことです。ここはひとつ、監督や出演者の話題性ばかりが先行するばかりでストーリーは思いつきで作ったようなクソ映画が撲滅されることを祈ってやみません。

南極観測隊といえば、思いつく映画は南極物語程度。あとは、紅白歌合戦の時の応援電報。今はFAXやテレビ電話に変わり風情がなくなった感もありますが、南極に昭和基地があって日本人がいるということは、恐らく日本人なら誰もが知っているほど知名度の高い題材です。ただし、テレビのドキュメンタリーで扱われるのは極地の過酷な天候や研究に奔走する隊員の姿ばかり。南極料理人のように食を扱ったものはほとんどありません。

ということで、強烈な「観光要素」を有する南極料理人なのですが…美味しい部分を切り落として脂身だけになったような映画でした。評価に移ります。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・2点
南極観測隊の面々がドタバタする話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・2点
室内ロケが主体なので「抜け」がない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・4点
南極観測隊には調理担当という人がいて、料理に試行錯誤していること。観光要素は強いが、隊員たちのドタバタに埋もれてしまい映画での取り扱われ方が弱い。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・4点
多くの人々が興味を持つ未知なるもの(南極)と身近なもの(食)を扱っているというのは観光要素として鉄板。ただし、前述の通り隊員たちのドタバタに終始してしまい観光要素が薄れてしまった。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・5点
観測隊員に料理を提供する。原作には、この料理を南極で作るにはとか、南極であの料理のようなものを再現するにはどうするかとか、試行錯誤する部分がかなり描かれていたのだが、映画化にあたって描かれたのはピーナッツとラーメン程度。ただしかんすいを合成してラーメンを作るのは興味深かった。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・3点
・隊員の中で最も若い男「兄やん」。彼女を残し南極に来てしまい、すれ違いに悩む。登場人物全体の中で変化があったのはこのキャラクターぐらい。ストーリーの引き立て役にもなり得たはずの主人公の妻子の描き方も無味無臭で味気なかった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・0点
たとえ網走で撮影しても南極の壮大さはもっともっと描けたはず。隊員が箱の中に入ってドタバタするだけでは臨場感がない。最大の欠点は、肝心なシーンの締めをフェードアウトで有耶無耶にしてしまう点。例えば、国際電話は金がかかる(本編では1分740円と表示)ので、砂時計をひっくりかえすのだが、兄やんが東京の彼女に電話する最初のシーンでもフェードアウトしてしまう。1分で受話器を置かなければならない動揺とか、切なさとかをきちんと描いていれば、後の2人のすれちがいが浮き彫りに出来たはず。肉の美味い部分を次々とカットしていっているようなもの。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・1点
兄やんのエピソードは泣けるようでも前述の通り積み重ねが雑すぎて泣けない。主人公の妻子が登場するシーン(主人公の娘が匿名で観測隊員たちと話し、父親とも話す)は、それまでの積み重ねが曖昧で多少ジーンとするだけ。娘の描写はリアリティがあるといわれれば、あるかもしれない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・1点
ショートコントを集めたような映画なので、笑える部分は多い。ただし積み重ねで笑わせる部分は極めて少なかった。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
この映画に悪人は出てこない。

【減点項目】

寝てしまった(-30点)
・-30点
前半のドタバタがあまりにも退屈すぎて寝てしまった。

基礎点(12)+技術点(25)+芸術点(5)×1.5-減点(30)=CinemaX指数(15)

「F」評価(59点以下)

原作の「面白南極料理人」を少しだけ読んだのですが、この小説の肝は、主人公が日本にいる間にどんな食材を南極に持っていこうとあれこれ考えていく部分が興味深かったりします。例えば、卵をどうやって持っていくのかとか、気圧が低く沸点が下がる中でどんな料理が可能なのかとか、人々の興味を引きそうなテーマをもっと引き出せたはずです。CinemaXでは原作を読んでいないものとして評価するのでこの部分は加味されていないのですが、残念でなりません。

また、原作には日本での訓練やドームふじの位置、昭和基地の人とのやりとり、交替のときにどうしてヘリコプターを使うのかとか、料理以外に興味深いものが描かれています。制作費の問題もあるかもしれませんが、映画化にあたり反映されたのは官民ごちゃまぜになっている隊員の構成やトイレが大小に分かれていたり、浄化が不完全な風呂の水を飲むと死んでしまう可能性があるという点。しかもさらっと触れているだけでした。

南極観測隊の人たちって南極観測船だけで移動するわけじゃないんだとか、昭和基地以外にも基地があるんだとか、観客が「へー」と思いそうな部分もちょこっと食いついただけで切り捨てです。しかも隊員が日本に戻ってくる時は隊員や家族の気持ちを描くことが出来るシーンのはずなのに、隊員の感情も切り捨て、空港での出会いのシーンはコントのようなエピソードをちょこっと挟んだだけでフェードアウトしてしまい、残尿感が残るような締めになってしまいました。それでいてエンディングは隊員たちが夏の砂浜でビーチバレー。同窓会気分で挟み込んだのでしょうが、シーンできちんと締めていない映画なので、頭の中が混乱してしまいました。

「おくりびと」は、納棺夫という観光要素だけが強烈な短い原作を映画監督などが上手く肉付けして映画化したケースといえますが、南極料理人は逆に映画化にあたり重要で美味しい部分を切り捨ててしまっています。シーンそれぞれは俳優たちに独特の間があって一見、楽しいような感じのする映画のですが、中身はからっぽになってしまっているのが残念でなりません。

2009年8月22日/テアトル新宿
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August 06, 2009

レスラー

監督:ダーレン・アロノフスキー
製作総指揮:ヴァンサン・マルヴァル、アニエス・メントレ、ジェニファー・ロス
音楽:クリント・マンセル
脚本:ロバート・シーゲル
出演:ミッキー・ローク、マリサ・トメイ、エヴァン・レイチェル・ウッドほか

「課長仕事」

間もなく上映が終了する「レスラー」です。ミッキー・ロークに思い入れがある人は枯れ具合がショックなのかもしれませんが、私にはそんな先入観はありません。有名人やYahoo!のレビューで絶賛されればされるほど斜に構えてしまう今日この頃、果たしてCinemaXの評価やいかに。

「レスラー」は、良く出来た映画です。主人公のランディの家族を振り返らないプロレス人生、それを悔い、娘と再会し、関係が修復できそうなところでタイミング悪く(良く?)失敗する。でも…決め手がないんです。

レスラーが筋書きのある格闘技だということは誰もが認めるところですが、この作品の中では「ああやって、こうやって、ここで決めるから」と対戦相手が和気藹々と相談をしてリングに上がります。「ホッチキスを使うと痛みは僅かで血がドバッと流れて大げさに見える」と相談して、レスラーたちは迷うことなくリングでその演出を実行します。

そんな感じで前半はプロレスのシーンが続きます。勝ち負けは大体決まっていて、控え室に戻ると対戦相手をはじめ血だらけのレスラーが笑顔で迎える…このギャップは凄いです。前半が嘘っぽく見えないところは、ミッキー・ロークをはじめキャストが本当に身体を張っているからだと言えるでしょう。

主人公のランディは、もう少し枯れたレスラーの役かと思いきや、年齢から来る衰えは隠せないものの今でも人気のあるレスラーという設定でした。この辺りの設定は、「ロッキー・ザ・ファイナル」のようにどう考えても出演者(シルヴェスター・スタローン)の体力に難があるだろうと感じるのですが、少なくともミッキー・ロークの若い頃を知っている人は別として、いま現在の俳優として見れば、演技力といい体力といい、全く違和感を感じないのが不思議です。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・15点
病に倒れたレスラーが、リングで生き続けようとする話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・8点
当たり前の世界が残酷だと感じる人もいるという視点は面白い。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・7点
プロレス会場の控え室でのレスラーたちの和気藹々とした雰囲気は見物。この設定が丁寧に描かれているからこそこの映画の存在価値が増したと言ってもいい。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・8点
同上。前半は痛いシーンが多いが、時間軸を入れ替えたり、シーンを細かくカットしたりと変化球を織り交ぜながら丁寧に仕上げていて面白い。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・7点
病に倒れた主人公は、長く裏切り続けた娘に頼ったり、ストリッパーに恋したり、仕事に熱中したりと迷走しているように見えるが、実はプロレスを捨てきれないという気持ちをベースに行動しているので支離滅裂な展開にはなっていない。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・4点
ストリッパーのキャシディ。若くない設定なので、例えば若いダンサーを前にして敗北感が漂えばもっと面白くなっていたであろうキャラクターだが、雑に扱ってしまっているのが残念。特にエンディングのグチャグチャな切り方は雑すぎて残念だった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・7点
俗世で娘に勘当?されたり痛い目に遭った主人公は、病を押してリングに上がることを決意する。直前でキャシディの引き止られた時に「俺にとっては現実の世界が辛い」吐くシーン。リングに上がれば痛い思いをするのに、現実の世界の方が痛いというのは世間の一般的な認識と逆になっていて面白い。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・2点
泣ける映画と言われているが、そのような要素は少ないように思えた。娘との再会、和解、別離は感涙ポイントともとれるが、人工的に展開しすぎて感情移入出来なかった。「あーあ感」が漂うシーンとして仕組まれているはずなのに、全く「あーあ」と思わないのは、展開が突拍子過ぎるからだと思われる。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・4点
前述の通り、控え室で和気藹々と流れを相談して、その通りにリングで血だらけになるのは不思議と笑える。例えば、対戦相手がホッチキスの話をし始めて「痛いぞ、痛いぞ」と構えていると、主人公と対戦相手の2人とも針をあちこちに刺して流血。控え室に戻って怪我を心配しながらも笑顔でハイタッチ…この落差は凄い。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
この映画は悪人が出ない。特に主人公の良い人ぶりが際立っている。「レスラー」は中途半端な終わり方で致命的なダメージを受けていると言えるが、悪人が出ないところも物足りなさを感じる要素となっているのかもしれない。

【減点項目】

・原点なし。

基礎点(15)+技術点(45)+芸術点(17)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(86)

「C」評価(80~99点)

映画として必要な設定やストーリー展開は、上手いこと仕組んである作品なのですが、前半のプロレスシーンに時間を割きすぎたのか、人間ドラマの部分に継ぎはぎが見えてしまっていること、何よりもこんな終わり方はないだろう?と言いたくなるほどの雑なエンディングが気になりました。せめてこの部分だけでもくどくない程度に引っ張れば、名作になったはずです。もったいない。

2009年8月3日/TOHOシネマズシャンテ
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July 30, 2009

サンシャイン・クリーニング

監督:クリスティン・ジェフズ
脚本:ミーガン・ホリー
出演:エイミー・アダムス、エミリー・ブラント、ジェイソン・スペヴァックほか

「鶏口牛後」

「サンシャイン・クリーニング」です。女の子が自分探しをする内容なので、売り方によっては女の子がキャッキャキャッキャ飛びつきそうな映画なのですが、いまいちパッとしない感があります。それは何故なのか、果たしてCinemaXの評価やいかに。

このストーリーは、主人公のローズのキャリアと妹、ノラの幼い頃の体験がポイントです。学生時代は人気者だったのに、今はシングルマザーで周囲は健全な結婚生活を営んでいることに劣等感を抱くローズが始めた仕事は、自殺や殺人などの現場の清掃。ただしこの仕事自体は日本でも取り上げられるようになり、観光要素は薄れているのですが、ノラの幼い頃の体験に絡むことでストーリーに厚みが増してきます。

特に、ノラの幼い頃の体験は最初から説明せず、後半になってやっと分かります。見知らぬ人の自殺現場に残された女性の写真を何故、本人に届けようとするのか、それでいてどうしてすんなり渡せないのか、後半になってパズルが組みあがります。その決定的なシーンも、観客にはセリフなどで直接的に説明せず、自殺現場の光景とそこに清掃のために踏み込んだノラの表情で映像的に分からせるという高等な手段を用いています。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
姉妹が殺人あるいは自殺現場の清掃を通じて過去と離別しようとする話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・6点
自分探しは人間の永遠のテーマだが、映画の題材としてストレートに扱うのは陳腐な時代になっている。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・3点
殺人や自殺現場を清掃する仕事があること。この仕事自体は日本でも割りと知られるようになっている。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・2点
観光要素にもなっている仕事が、単なる金儲けの手段のようになっているのが残念。仕事自体はノラの幼い頃の体験を引き出すきっかけとして切り離せない部分だが、誰かが尻拭いを買って出なければ世の中は回らないということを表現すればもっと内容の濃い映画になっていたと思う。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・7点
シングルマザーで貧しい生活を余儀なくされているローズが、健全な結婚生活を営む友人を見返そうという気持ちにはカタルシスがあるが、単なる光景のように切り取っただけなので深みが足りないように思えた。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・7点
隻腕の男、ウィンストン。周囲に馴染めないローズの子供の数少ない友人のような存在になっている。気軽に腕がないことに触れる子供の無邪気さも描かれ、きっとウィンストン自身も劣等感を跳ね除けて生活しているのだなと理解できるが、姉妹とその一家との絡みが中途半端で遊び半分で設定を加えたようになってしまったのが残念。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・8点
今は亡き姉妹の母親がチョイ役で出演した映画の1シーン(ペカンパイがお勧めです)。映画の後半、不意に再放送されていて姉妹は初めて観ることが出来るのだが、観客はこれまでのシーンの中で姉妹(特に妹、ノラ)の母親への想いが刷り込まれているため、映像の神々しく感じられた。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・3点
印象に残るシーンと同じく、「ペカンパイがお勧めです」のシーン。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・8点
ノラのちょっと外れた性格はあちこちに笑いを起こす。この映画は、ローズよりもノラが主役だともとれる。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・3点
健全な結婚生活を送る友人たちが、意図的でなくともローズに幸せを押し付けようとするのは、どこか怒りのようなものを感じた。

【減点項目】

・減点なし。

基礎点(5)+技術点(34)+芸術点(14)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(60)

「E」評価(60~69点)

姉妹の性格の差を追いかけて観れば、面白い映画といえます。小洒落た映画なので恵比寿ガーデンシネマやシネスイッチ銀座などで単館映画として上映されれば、自分探しが大好きな女の子がキャッキャキャッキャ飛びつく映画としてロングラン上映も叶ったかもしれませんが、この映画は、過去のそれらの単館映画に比べてクオリティが高いのが致命傷になっています。

「サンシャイン・クリーニング」のクオリティの高さは、米国の興行収入トップ10に何週か続けて入ったことでも証明されています。つまり、中途半端に面白く、メジャーになったことで日本でも小さな配給会社が買い付けるのではなく、メジャーの配給になってしまいました。単館映画の中には話題だけ一人歩きして内容がクソの映画も少なくない中で、「サンシャイン・クリーニング」が、中途半端にメジャーになったばかりに寿命が早く尽きてしまう(上映が終了する)ことになったのはあまりにも皮肉です。

鶏口牛後、例えば「アメリ」は鶏口、「サンシャイン・クリーニング」は牛後。映画の体を成しているのは圧倒的に後者なのですが…。

2009年7月21日/TOHOシネマズシャンテ
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July 25, 2009

ボルト

監督:バイロン・ハワード、クリス・ウィリアムズ
製作総指揮:ジョン・ラセター
音楽:ジョン・パウエル
脚本:ダン・フォーゲルマン、クリス・ウィリアムズ
声の出演:ジョン・トラヴォルタ、マイリー・サイラス、スージー・エスマン、マーク・ウォルトンほか
日本語吹替:佐々木蔵之介、江角マキコ、天野ひろゆきほか

「消化不良」

ボルトです。映画業界にとって特別料金が稼げて美味しい3D映画第2弾。犬と猫とハムスターが駆け回るコメディ。今回はディズニーという上げ底に加えて動物と子供は間違いない(ヒットする)と言われる中で果たしてCinemaXの評価やいかに。

ボルトは、自分が物語の中で演じているスーパー犬?のまま、日常生活を生きています。犬版「」といった感じです。序盤はボルトのスーパーぶりが紹介されるのですが、ここだけを引っ張って映画にすればいいんじゃないかと思えるぐらい面白いです。このような劇中劇は、作品の中の人々が感動していることにすれば説明出来るので雑になりやすいのですが、リアルの観客をも惹き付けます。この部分が雑だったら「ボルト」の映画としての存在価値はなかったとも思えるほどです。

物語の中で飼い主を演じている女の子と離れ離れになったボルトは、「女の子は自分のことを心配している」と信じて猫とハムスターとともに女の子を捜します。ボルトは途中、自分の能力が物語の中だけだったと知り、女の子は本当に自分のことを思っているのかどうかも悩みます。このあたりの描き方は面白いと思いました。女の子はずっとボルトのことを想っているのですが、この女の子の気持ちは、最後まで隠しておくと見ごたえが出たのかもしれません。

後半、ボルトは女の子と再会します。リアルでも女の子を救い、猫とハムスターと一緒に暮らすようになるのですが、この大団円の終わり方がこの映画の大欠点です。最近のハリウッドCGは子供に迎合しようと目線を下げたのかもしれませんが、志村けんが「子供だと思ってバカにしてコントをやると、子供たちは絶対に笑ってくれない」と言っているように、子供は難しい設定でもきちんと理解するはずですし、今分からなくても成長するにつれて「あの話はそういう意味だったのか」と知ることで二度美味しい映画になるはずです。このチャンスを自ら逃しているように思えてなりません。

具体的には、ボルトは猫とハムスターとの生活か、女の子との生活かを選ぶ必要がありました。猫とハムスターとの出会いがあり、少しづつ融和するという積み重ねがあったわけですから、主人公を選ぶことにより猫とハムスターと別れざるをえないという設定にすれば、泣けたはずです。後に一緒に住もうとも、少なくとも猫とハムスターとの別れのシーンは必要です。ところが実際には、ちょこちょこっと別れただけですぐに合流、大団円に終わってしまいました。垂れ流しの味気ないストーリー展開が、全ての感動の芽を摘んでしまうように思えました。

評価に移ります。

【基礎点】

アニメーション(ジブリ以外)(5点)
・5点
アニメーション+動物の超上げ底なので本当は0点にしたいぐらい。

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
犬が、自分のことを想ってくれているかどうか分からないまま別れた主人公を探す話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・6点
信じて努力すれば必ず報われるということは多くの人を勇気付けるはず。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・2点
劇中とリアルを分離せず犬を買うと、こういう犬になっちゃうかもなという「ああ、そうかも」感は若干ある。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点
ただし、劇中劇の部分は秀逸。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
主人公を探し続ける。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・10点
猫のミトンズは、人間社会に詳しいところを見せ続け、実は捨てられたということを話す。ちなみにいつの間にかボルトのことが好きになり、ハムスターと3人で空き地で暮らし続けようと準備をして、得意げに話すシーンは健気で泣ける。このシーンは「印象に残るシーンはあったか」「泣けたか」にも共通。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・10点
「印象に残る人物はいたか」に共通。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・5点
「印象に残る人物はいたか」に共通。ここから先、ボルトと猫、ハムスターが別れていれば、そのシーンが最も泣けたシーンとなったはず。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
鳩の仕草やセリフは笑えるが、それ以上にあちこちのシーンでキーになっているところで評価。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
本格的な悪者が出ない。例えば主人公の母親を悪人にしてもストーリーは壊れず、見ごたえのあるシーンが作れたのではないか。母親=悪人というのは教育上良くないと考えるのかもしれないが。

【減点項目】

・減点なし。

基礎点(5)+技術点(26)+芸術点(29)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(75)

「D」評価(70~79点)

プレミア試写会は、同じ会場の中なのに一番観やすい中央の座席に座る芸能人などの招待者、サイドや前に座る下々の者に分かれるので、現在の封建制度を現しているようで妙な感じがします。

2009年7月23日/TOHOシネマズ日劇
Bolt01

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July 24, 2009

モンスターVSエイリアン

監督:ロブ・レターマン、コンラッド・ヴァーノン
音楽:ヘンリー・ジャックマン
脚本:ロブ・レターマン、マイア・フォーブス、ウォーリー・ウォロダースキーほか
声の出演:リース・ウィザースプーン、セス・ローゲン、キーファー・サザーランドほか
日本語吹替:ベッキー、日村勇紀(バナナマン)ほか

「3D疑問」

「モンスターVSエイリアン」略してモンエリ。遅れてやってきた「ハリーポッター」に戦いを挑んでしまったためか、いまいち存在感が薄いような気もします。3D映画時代に向けた先陣という感じで日本にやってきたモンエリ、果たしてCinemaXの評価やいかに。

SF映画がヒットするか否かは、現実世界との接点にかかっています。宇宙人が攻めてくるのなら、理由は何なのかをきちんと説明しないと、映画としての魅力は著しく損なわれます。ちなみに「未知との遭遇」や「E.T」では何故、宇宙人が地球に来たのかは説明されていませんし、「スターウォーズ」は別世界の話ですが、これらの映画がヒットしたのは、映像に誰も観たことがないほどのインパクトがあったからであり、特例中の特例といえます。

例えば「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は現在との接点があります。周りの人が近寄るなといった博士のもとに少年が行ってしまったことで物語がスタートします。時空を超えるために高速移動が必要なら改造車でやろうとするのは「ああ、あるかも」と観客の感情移入を促すことが出来ます。「機動戦士ガンダム」は未来の話ですが、地球を中心とした現在と同じような世界が舞台です。人々の感情を惹きつけたのは、生々しいほどの生き様を演じる主人公をはじめとするキャラクターたちと、ミノフスキー粒子により白兵戦を余儀なくされるという「ああ、あるかも」という設定でモビルスーツが戦っているなど、地に足のついた設定にあります。当時は異質のロボットアニメと受け取られ視聴率は散々でしたが。

ところがモンエリには現実世界との接点に乏しく、舞台こそ現在の地球であり、いつもエイリアンに攻められるアメリカですが、エイリアンが何のために地球にやってきたのか、何が原因でスーザンは巨大化してしまったのか、地球を奪いにやってきたというだけでは、魅力のかけらもありません。モンスターを秘密裏に保護していたというのは「ああ、あるかも」と思いますが、一方で使い古されたものでもあります。映画は長い歴史がありますが、アイデアが出尽くしたということもないはずです。どこかに「おや?」と思わせる部分があると、楽しいキャラクターが揃っているのですからモンエリの魅力は増すはずです。

評価に移ります。

【基礎点】

アニメーション(ジブリ以外)(5点)
・5点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・3点
モンスターたちが地球を守る。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・0点
現在との接点がないので魅力を感じなかった。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・0点
ない。「マーズアタック」を思わせる火星人や半魚人のデザインは、日本人は馴染めないと思う。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点
ない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・4点
地球を守り、男を捨てて、モンスターと生きていこうと決意する。最近のハリウッドCGはこういう大団円のようなストーリーが目立つ。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・3点
ムシザウルス。モ○ラを連想させるモンスターだが案の定、成虫になったのは笑えた。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・2点
巨大化したスーザンが結婚相手に会いに行き拒絶されるシーン。「そんな男、捨てちゃえ」と観客は思う。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
泣けるシーンはなかったが、ひたむきに戦うスーザンには感動の芽は少しだけあった。例えば巨大化したばかりに悩むシーンがあれば、再び巨大化することを決意する時に感動が生まれたと思う。この辺の描き方が弱いのが残念だった。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・1点
ラストシーン、スーザンが結婚相手を捨てるシーン。爽快感が少しだけあった。人物の掘りが浅いのも最近のハリウッドCGの特徴か。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
本格的な悪人が出ないので怒りの芽がない。これも最近のハリウッドCGの特徴か。大人のストーリーでも子供は理解出来る。目線を下げるのと、子供をバカにするのは違う。

【減点項目】

・減点なし。
ただし、退屈な時間は結構ある。

基礎点(5)+技術点(7)+芸術点(6)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(21)

「F」評価(59点以下)

3D映画の肝はアクションにあるはずですが、モンエリは今ひとつでした。これから積極的に導入しようとする3Dの入門編のような映画なのに、恐らく3Dの魅力を最も引き出せるはずのアクションシーンが陳腐です。普段メガネを掛けない人間にとっては、3Dメガネ自体が気を散らす原因にもなっていますから、より魅力ある映画が求められるようになるでしょう。3D上映は今後も恐らく特別料金(前売り券の場合も差額を支払う)を続けるでしょうから、金づるとして確立するのなら、もっと面白い映画を提供してみたいものです。そうなると3D映画として上映を控えている「ボルト」「クリスマス・キャロル」の出来が非常に気になるところです。

ちなみに今回は日本語吹替を鑑賞しました。俳優はともかくタレントには声優などやらせるべきではないと思うのですが、最初はセリフ棒読みで心配したベッキーの声優ぶりは、意外と素直に受け入れられました。下手くそだと映画に集中出来ませんから。

2009年7月18日/ワーナーマイカルシネマズ板橋
2009052802

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July 23, 2009

剱岳 点の記

原作:新田次郎
脚本:木村大作、菊池淳夫、宮村敏正
音楽:池辺晋一郎
出演:浅野忠信、香川照之、松田龍平、仲村トオル、宮崎あおい、夏八木勲、役所広司ほか

「玉蜀黍」

「剱岳 点の記」です。中高年比率がやたら高い映画で、平日休日問わず午後の回などは、中高年の男女がゾロゾロ劇場に入る新宿コマ状態です。テレビでも出来そうな映画ばかりが目立つ邦画の中で、実は日本人は硬派な映画を待ち望んでいるのではないかと思える今日この頃、果たしてCinemaXの評価やいかに。

「剱岳 点の記」は、日本地図を完成させるために最後に残った三角点を設置するという話です。原作は新田次郎。誰もが一度は見たことがある三角点に等級があること、それを設置した人、日時や経緯まで詳細に記す点の記というものが存在することなど観光要素に満ちた映画です。それなのに…作りが雑な印象を受けました。いや、作り方そのものは丁寧です。

監督は名カメラマンと評される木村大作氏。そのせいか昭和40年代全盛だったカメラワークやシーンの繋ぎを随所で確認することが出来ます。例えばシーンの途中でズームをしたり、ストップモーションでゆっくりと次のシーンを重ねたり。古き良き日本映画の雰囲気を感じることが出来ます。さすがは東映。アニメと特撮の影で密かに古臭い映画を作り続けているだけのことはあります。

今どき「順撮り」(ストーリーの時系列に沿って撮影)を行うのも驚きです。映画はシーンごとに分けて、時系列に関係なくまとめ撮りをすれば労力は少なくてすみます。ところが、役者はいきなりラストシーンを演じるのと、順撮りでクランクアップに合わせてラストシーンを撮影する場合では役に対する思い入れが著しく異なるはずです。順撮りはリアルな演技を期待出来る方法なのですが、恐ろしく手間が掛かります。一方、順撮りを行わないと「ナルニア国物語」のように、第二次成長期の子供を起用したために、キャストの1人が短期間でやたら背が伸びすぎて困ったというようなこともあります。

「剱岳 点の記」の順撮りは、通常の順撮りではありません。舞台は山。つまり、主人公たちが剱岳を攻める方法を考えるための下見のシーンから撮影して、翌年、本番の撮影をします。しかも剱岳山頂のシーンは、実際に役者やスタッフを登らせて撮影しています。剱岳は日本一登ることが困難といわれる山ですし、明治40年に主人公の柴崎芳太郎がやっとのことで杭だけ立て、その後平成16年まで本格的な三角点が設置出来なかったほどの険しい山です。木村監督はキャストの集め方から上から目線で厳しい印象が残りますが、撮影に対する情熱は「映画バカ」の一言に尽きるのかもしれません。

ところが、リアルさばかり追及していると、観客に伝わりにくい部分が発生します。地図で解説すれば分かりやすいのに、登場人物のセリフや行動で展開するので地理関係がなかなかとらえられません。一方で人物設定が雑で、特に松田龍平演じる生田信の人物設定はぶれすぎて、ストーリーをぶち壊しにしています。他にもあまり意味のないシーンが挟まれるためにテンポが悪くなり、せっかくのいい素材(観光要素)を抱えた映画なのに、時間が経ちすぎてどんどん腐っていくような印象です。良くも悪くも木村監督の思うがままに作られた映画といえます。

評価に移ります。


【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・10点
明治時代、日本地図を完成させるために剱岳山頂に三角点を設置しようとする男の話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・8点
宇宙、海底、高山と人類が到達しつくしたと思われる時代の中で、こうした挑戦を扱った映画は魅力がある。特に剱岳山頂に正式な三角点が設置されたのはつい5年前だったというのは驚き。また、メンツだけで人を動かす陸軍参謀本部の横暴さは、現代の企業社会に通じるものがあるかもしれない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・10点
境目にカタルシスがあると仮定すると、剱岳は人間が足を踏み入れてはならない境目のエリアといえる。智頭を見たり、実際に足を運べば、立山連峰は何も目的がない人間が立ち入ってはならない場所だと言うことが分かるはず。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・10点
身近なものの延長線上にあるのが観光要素。誰もが見たことがある三角点にそのようなエピソードがあるというのは驚き。そしてまた、やっとのことで剱岳に登頂したら、遥か1000年前に装備も何もない修験者が登っていた痕跡があったというオチも秀逸。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
実直に物事に取り組む主人公、柴崎芳太郎の行動は一貫していた。修験者の痕跡を隠せばいいものを正直に話したために剱岳初登頂という栄光を逃し、歴史の中に消えた生き方も面白い。ただし題材を見つけ小説にした新田次郎の手腕であり、映画に上手く反映されたかは疑問が残る。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・8点
香川照之演じる測量隊案内人、宇治長次郎。霊峰として立ち入ってはいけない剱岳の登頂を手伝うという板ばさみにあう立場が面白い。ただし原作にあるか分からないが、親子の和解まで描いたのは、かえって映画を陳腐にさせてしまった感がある。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・4点
登頂シーンのいくつか。順撮りで実際にその場で撮影したとあって迫力がある。映像的価値があるのではないかと思う。大画面の劇場のスクリーンで味わうべき。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
これも原作にあるかは分からないが、長次郎の親子の和解、柴崎の夫婦愛、生田の家族愛など中途半端に心情を織り交ぜてしまったことで映画のテンポが落ちてしまった。例えば「新幹線大爆破」は前半は緊迫感に満ち溢れているものの、後半は犯人の心情ばかりを追いかけてぶち壊しになったように、これは古き良き日本映画のクセなのかもしれない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・8点
前人未踏のはずなのに先人(1000年前の修験者)がいて栄光がフイになり、歴史上なかったことのようになってしまったことは、皮肉にも似た悲しい笑いを秘めている。
ちなみに評価とは関係ないが、最後のシーンで測量隊の観測時にタイミング良く山岳隊が登頂するのはまるでコント。双方が手旗信号で合図をし合うのもコント。このシーンが原作にあるかは分からないが、せっかくのリアリティがぶち壊し。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
敵はいるが、憎しみをぶつけられるような存在ではないので評価が出来ない。大山鳴動して鼠一匹のような内容で悪人がいないのはどこか物足りないが、壮大なストーリーを犠牲者を(ほとんど)出さずに描いたのはある意味、凄いと思う。

【減点項目】

・減点なし。
人物の心情を追いかけるシーンが重なる時間帯は睡魔に襲われた。

基礎点(20)+技術点(48)+芸術点(20)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(98)
「C」評価(80~99点)

映像は珠玉、ストーリーは凡庸。ただ題材の観光要素に魅力が溢れているので、全体的には面白い映画といえます。玉蜀黍(とうもろこし)は、熟成させて食べる肉と違い、とれたてが一番美味しく、収穫の瞬間から劣化が始まるそうです。「剱岳 点の記」はまさに玉蜀黍で、心情を描こうとか余計なことをしたばかりに鮮度が落ちてしまった感があります。挑戦するということ自体、カタルシスがあるのですから、徹底的に描けば心情など自ずと描けてくるはずです。映像が秀逸なだけにもったいない映画といえます。

2009年7月20日/新宿バルト9
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July 21, 2009

サマーウォーズ

監督:細田守
音楽:松本晃彦
脚本:奥寺佐渡子
声の出演:神木隆之介、桜庭ななみ、谷村美月、永井一郎、富司純子ほか

「既視感」

「サマーウォーズ」です。「時をかける少女」を観逃して3年、作品の内容や細田守監督についての情報が全くないままに試写会に行ったのですが、会場周辺は長蛇の列。東京厚生年金会館という大箱で立ち見まで発生しました。果たしてこの人気は何なのか?エンドロールでも観客はほとんど席を立たず、場内が明るくなるとにこやかにスタンディングオベーション。鳴り響く拍手にどこか新興宗教的な雰囲気を感じてしまう「サマーウォーズ」ですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

不景気や多チャンネル化により広告収入が激減したテレビ局では、「そうだ、映画で稼ごう!」という傾向が強まっているようです。「ROOKIES-卒業-」のゴリ押しロングランはもちろん、最近では「ごくせん THE MOVIE」のようにテレビでやれるようなものをわざわざ劇場公開したり、「アマルフィ 女神の報酬」は、「パティオ」のようにバブリーで時代錯誤な雰囲気を漂わせるなどクオリティは必ずしも一定ではありませんが、テレビという公共の電波を使用して見境なくPRしているのが特長です。例えばテレホンショッキングでは一時期、改編期になるとテレビドラマの番組宣伝のために縁もゆかりもない芸能人を数珠繋ぎにするという状況が続きました。さすがに視聴者から批判が集中したのか、このような傾向は暫く見られなくなっていましたが、さすがにもうそんな悠長なことを言ってられないのでしょう。

「サマーウォーズ」も映画で稼ごうという臭いがします。長らくジブリとタッグを組んで来た日テレですが、宮崎駿監督は昔のように作品を量産出来るわけでもなく、周囲が担ぎ上げたジュニアは「ゲド戦記」で沈没したため、新たな金蔓が必要になってくるわけです。そこで目をつけたのが細田監督。筒井康隆の「時をかける少女」という強烈な原作をエンジンに使った前作で助走を始め、次第にオリジナル作品を発表しながら、ポストジブリ、つまり第2の黄金期を目指すという流れなのでしょう。

宮崎氏と細田氏は、アニメーターから演出へと実績を積み重ねてきたという共通点があるようですし、それぞれが演出を担当すると抜群に面白くなるという傾向にもあるようです。ただし細田氏には「風の谷のナウシカ」のような強烈なインパクトのある作品はありません。もちろん当時と今では時代背景も映画業界をとりまく環境も違います。事実上のオリジナル一発目でナウシカのような作品を送り出すことこそが異常だったのかもしれませんが、細田氏には次回あるいは次々回の作品で結果を出していくことが重要なのかもしれません。

「サマーウォーズ」は、良く出来た作品でした。特にのんびりとした夏の田舎の風景とネット上の仮想空間のスピード感の対比は見物で、後に続く人々にさまざまな影響を与えることになるでしょう。インターネットは映画の題材としては一見、機動力に溢れる万能薬のように見えますが、スピード感を映像で表現するのは極めて難しく、雑に扱うと登場人物がちまちまパソコンに向かうだけでストーリーが展開するだけの陳腐な設定に陥りかねません。

ネット上の仮想空間を表現する映像は、実際に映画をご覧頂ければ分かりますが「ありえない」ものです。ただし、不思議とウソっぽく感じないのは、我々の予想を遥かに超えるクオリティだからといえるでしょう。見た目だけでなく内容のともなったクオリティなので、「あるかも」と思ってしまうのかもしれません。人々の想像を超えたクオリティを生み出すためには、作り手が天才であるか、そうでなければ血の滲む努力が必要です。「超える」と「外れる」は違います。仮想空間のCGはド派手ですが、同じド派手でも人間が生活することを微塵にも考えず天守閣を並べただけの「GOEMON」とは全く異なります。

CG自体は、ルイ・ヴィトンや六本木ヒルズなど芸術家の村上隆氏がばら撒いたアニメーションを彷彿とさせますが、それもそのはず監督は細田氏でした。「サマーウォーズ」は、ちょいちょい笑いを込めています。この監督、コントもいけるのではないかと思うぐらい。それと、秀逸なのは高校野球の長野県予選とのモンタージュ。緊張感のあるシーンだけを並べたのでは観客は飽きてしまいます。そこで野球の試合を絡めるわけです。全く違ったことをしているのにリンクしているのが笑えます。他にも暗いストーリーなのに明るいシーンを織り交ぜたりと巧みに対位法を駆使しています。

評価に移ります。

【基礎点】

アニメーション(ジブリ以外)(5点)
・5点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・10点
田舎に帰った高校生が世界を守るために戦う話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・10点
インターネットは世界中に繋がっているということを分かりやすく説明している。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・2点
目新しい要素はないが、田舎の夏という雰囲気は良く出ていた。よく考えたらリアルの世界はほとんど家の周辺だけで展開していたという職人芸のような渋い設定。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・2点
細田監督のアニメーションは、田舎と夏が合うようだ。もっと山や川の風景を見てみたい。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
主人公、小磯健二は数字好きが高じて世界を守るはめに。数字が好きという性格が毒にも薬にもなる設定は面白い。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・0点
印象に残る人物はいないが、やたら多い登場人物を上手く回している。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・0点
シーン、キャラクターデザインなど既視感を抱くものが多かった。特にキャラクターは「ジブリ?」と勘違いするか、そうでなくても今様の画風を脱していないためどうしても既視感が残った。これを脱皮しなければ、日テレが目論むポストジブリにはなれない。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・4点
大おばあちゃんが死ぬシーンは、それ以前のシーンも厚みがなくその場限りなので泣いてはだめ。むしろ終盤でドイツの子供のアバターがちょこんと登場するシーンの方がジーンと来る。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・10点
高校野球の試合に絡めた巧みなモンタージュは笑える。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
敵はいるが、憎しみをぶつけられるような存在ではないので評価が出来ない。大山鳴動して鼠一匹のような内容で悪人がいないのはどこか物足りないが、壮大なストーリーを犠牲者を(ほとんど)出さずに描いたのはある意味、凄いと思う。

【減点項目】

・減点なし。

基礎点(5)+技術点(34)+芸術点(14)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(60)
「E」評価(60~69点)

細田監督にとっては「既視感」が大きな壁になりそうです。諸手を挙げて「ジブリ全て良し」と賞賛するようなファンが増えるのは考え物ですが、「細田監督の映画だから観よう」と思わせるファンを固定していくことが必要です。「サマーウォーズ」は、インターネット上の仮想空間における「スピード感」を初めて表現出来た映画と言えるのかもしれません。例えば「(ハル)」は、今は廃れたパソコン通信を題材として活用した映画として評価されています。大して面白くもない映画なのですが、離れた場所に住む主人公同士を繋ぐというパソコン通信の特徴を巧みに取り入れているので、これ以降にパソコン通信を扱った映画は「(ハル)みたいな映画」と評価されてしまうわけです(電子メールを題材にすれば、「ユー・ガット・メール」のような映画という評価になります)。

「サマーウォーズ」は、一時期の指標となるような映画といえるでしょう。ただし劇場に足を運んだり、DVD化後にわざわざ借りるような観客を惹き付ける誘引力があまり感じられないのが残念です。もちろんファンの方々は別として。細田監督の今後の作品に期待します。

2009年7月20日/東京厚生年金会館
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July 09, 2009

コネクテッド

監督;ベニー・チャン
製作総指揮:アルバート・リー
音楽:ニコラ・エレラ
脚本:アラン・ユエン、ベニー・チャン
出演;ルイス・クー(アボン)、バービー・スー(グレイス・チャン)、ニック・チョン(ファイ刑事)、リウ・イエ(誘拐犯)

「プロの綱渡り」

ハリウッド映画「セルラー」を香港でリメイクした作品です。「セルラー」を観たことはありませんし、香港映画に強い思い入れもありません。頭がからっぽのまま観た久々の香港映画、しかも香港映画初の「ハリウッド映画のリメイク」というおまけまでついて、果たしてCinemaXの評価やいかに。

「コネクテッド」は、本家の「セルラー」からも連想出来る通り、電話を「繋ぐ」ことを意味しているようです。ある事件に巻き込まれて密室に閉じ込められたヒロイン、グレイスが、ぶっ壊されてしまった電話を修理して通じたのが主人公、アボンの携帯電話だったというところから物語は始まります。ストーリーそのものは他のブログなどで詳しく書く人もいるでしょうからそちらを見ていただくとして、とにかくアクションが見応えがあり、小さい頃観た香港映画のスピード感を髣髴とさせる、まさにジェットコースタームービーでした。

物語は3本の筋で展開します。携帯電話を介したアボンとグレイスのストーリーにアボンと家族のエピソード、左遷されて冷や飯食いになっているファン刑事のエピソード。ところがこの3つのストーリーは、鼎立ではありません。携帯電話を介した本筋があって、その他のエピソードはエッセンス程度。その結果、1本のストーリーで綱渡りをしながらアクションシーンを重ねるという、不安定な状態が最後まで続きます。この設定は誰かに追いかけられるという類のPVにありがちなもので、映画に導入するとご都合主義ばかりが目立って観客の感情移入を阻害することが少なくありません。

ところが、「コネクテッド」は、絶妙なバランスで次から次へとアクションが繰り返されます。そして、その多くが実写。ハリウッドなら簡単にCGに頼ってしまいそうな映像も、とにかく実写にこだわっているようです。この爽快感は、北朝鮮の怪獣映画「プルガサリ」を観た時に似たものがあります。ハリウッド映画はもちろん日本ではウルトラマンでさえCGに頼るような状況の中で「プルガサリ」はセット。紫禁城の模型がプルガサリに襲われて土煙を上げながらぶっ壊れていく映像は圧巻でした。

「コネクテッド」のストーリーは、二転三転していきます。登場人物の1人が「この世の中で、正義を見つけるのは難しい」と言ったように、勧善懲悪ではないストーリーになっています。「セルラー」のストーリーや設定がどれだけ反映されているのかは分かりませんが(いずれ本家も観てみようと思います)、最後まで観客を飽きさせないストーリー展開とアクションは見物です。日本では韓流映画やドラマが根付いてしまいましたが、香港映画はまだまだ捨てたものじゃないなと思いました。

ただ1つ、気になったのは、主人公のアボンの家族の設定です。最後は救出されてヒロイン、グレイスと良い雰囲気になる(ハリウッド映画なら恋愛関係に発展しているはず)のですが、そこにアボンの妻子が現れてエンディングを迎えます。お色気シーンに全く頼らない硬派な設定は評価出来るのですが、この2つの設定が重なってしまうことで感動の上塗りのようになってしまいました。もう少し工夫すれば観客の涙を誘うことが出来る印象的なエンディングになっていたのかもしれません。

評価に移ります。

【基礎点】

日本・アメリカ以外の映画(25点)
・25点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・9点
見知らぬ2人が切ると二度と繋がらない電話を介して危機を脱する話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・7点
IT社会で映像が溢れるようになった今、音声だけで伝えられること、伝えられないことの「壁」を上手くストーリーに絡めたことは意味があるかもしれない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・1点
舞台は香港。設定などもこれと言って興味を惹くものは少なく観光要素には乏しい。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点
目新しさはない。面白く観ると絶対に後悔しない映画だが、劇場に足を運んでもらうまでが問題。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
普通の生活をしていた人間が事件の深みにはまっていく王道の設定だが、主人公のアボンの性格をエピソードを通じて丁寧に描いているので、観客も一緒に巻き込まれていくことが出来る。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・5点
主人公のアボン。周囲の登場人物をよくよく考えてみると、かなり無理のある設定が目立つことに気付くが、立ち止まらず突っ走る映画なので、観ている間は気付かないのかもしれない。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・6点
主人公の運転する車が缶詰満載のトラックに突っ込んでしまうシーン。片付けるの大変だろうなあと思ったと同時に、このシーンの前後を含め香港映画のテイストが凝縮された部分でもあると感じた。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・3点
相手を見失ったのに追いかけ続ける主人公にヒロインが電話の向こうで「ありがとう」と言うシーン。それでも強がる主人公に少々じんわり来る。お涙頂戴風のエンディングは逆に泣けない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
アクションシーンは随所に笑いが散りばめられているが、ストーリーの流れとは関係ないので評価外。ただし、おまけのように笑いを付け足してくれるのは、作り手は苦労するだろうが、観ている側は嬉しい。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
一連の事件の焦点(ビデオカメラの映像)が抽象的なので、どうしてそれを追いかけるのかは頭では理解出来ても感情移入の材料にはなりにくかった。人は何人か殺されているが、実は観客が憎しみを抱くような悪人はいなかったように思う。

【減点項目】
・減点なし。

基礎点(25)+技術点(25)+芸術点(14)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(71)

「D」評価(70~79点)

評価は思ったより低くなりましたが、フラッと劇場に立ち寄ったり、DVDをふと借りて観ても絶対に後悔はしない映画です。キャストでも設定でもストーリーでも何でもいいのですが、劇場に足を運ばせる「何か」がないのが「コネクテッド」の最大の弱点といえるでしょう。興行収入はそんなに伸びないと思いますが、じんわりと口コミで育っていくような作品になることだと思います。

2009年7月8日/ブロードメディア・スタジオ試写室
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July 07, 2009

いけちゃんとぼく

監督:大岡俊彦
原作:西原理恵子
音楽:川嶋可能
脚本:大岡俊彦
出演または声の出演:蒼井優、深澤嵐、ともさかりえ、萩原聖人、モト冬樹、蓮佛美沙子ほか

「裏ドラ」

西原理恵子原作「いけちゃんとぼく」です。原作は読んだことがないのですが、週刊SPA!にたまに掲載される彼女の漫画などからストレートな話ではないのは雰囲気で感じていました。前の座席には2人の小さな子供とその母親が座っていました。西原理恵子ファンの母親なのか、いけちゃんのほのぼのさに惹かれて子供もろとも面白いかもと飛びついただけなのか、面白くないと子供がぐずりはじめた訳は?果たしてCinemaXの評価やいかに。

「いけちゃんとぼく」は、最後に強烈なネタバレがある映画です。このネタバレが実に切なくて、この映画に対する評価そのものになっています。ただし「千の風になって」に便乗したように「象の背中」を世に送り出したり、「着信アリ」を何度もしつこく作ってジャパニーズホラーブームの甘い汁を残り一滴まで吸い尽くした秋元康とは全く異なり、西原理恵子さんは大人の恋愛と子供の視点とを組み合わせることで、これまでにないタッチのストーリーを生み出しました。「いけちゃんとぼく」は、大人向けの話なのです。

「いけちゃん」の正体は最後に分かるのですが、主人公の小学生の話し相手になってもピンチの時には助けてくれません。のび太にとってのドラえもんではないのです。ドラえもんは、ピンチになるとすぐに手助けしてしまうのでのび太が成長しないと揶揄されます。これは故・藤本弘(藤子・F・不二雄)氏には本意ではないでしょう。本来は空想的なひみつ道具を通じて、子供たちに夢を与えるという設定が、当人が亡くなりストーリーがシステム化されたこと、あるいはひみつ道具の先進性に世の中が追いついてきてしまったことなどが挙げられるでしょう。

周りの評価で歪曲されたのは最近、生誕100周年でやたら盛り上がっている太宰治も同じです。作品はともかく生き方まで神格化されていることに大きな疑問を感じます。自殺未遂を繰り返して最後は自殺未遂をしそこなって死んだともとれるからです。この過程で何人も道連れに殺していることを踏まえると、決して生き方まで賞賛する訳にはいかないことが分かります…話が逸れました。

ちなみに、ドラえもんが未来の世界に帰ってしまった単行本6巻~7巻には、のび太が成長したと強く印象付けられるシーンがあります。ドラえもんがいなくてもジャイアンに勝たなければならないと、ボロボロになりながらジャイアンを倒す(というより逃げられる)シーンです。「さようならドラえもん」「かえってきたドラえもん」の2話は、心に残る秀逸な作品と評価されることが多いのですが、この話があるからこそ、ドラえもんの存在がのび太の成長を阻害するという、作者の本意ではない論点を生み出す結果になってしまったのではないのでしょうか。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点
いけちゃんはCGだが、れっきとした実写の邦画。

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・10点
いけちゃんが、最愛の人の過去を探りに来る話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・10点
ストーリーの根底には恋愛に年齢は関係ないという要素があるので、奥が深い。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・2点
風景や題材としての観光要素は少ない。懐かしい田舎の風景程度。西原理恵子作品の映画化というのは一種の観光要素か。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・2点
見た目での観光要素は少ないが、誰しもが少年時代に抱いた気持ちは描かれている。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
泣かない。暴力に屈しない。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・10点
いけちゃん。蒼井優の声がびっくりするぐらいハマっている。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・10点
いけちゃんが正体をばらすシーン。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・10点
決して唐突ではなく、これまでいろんなシーンでタネを撒いてあるだけに、ストーリーとして泣ける。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・10点
登場人物の性格に裏付けられた行動、人物の表と裏など、割と脇役に近い人物まできちんと描かれている。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
悪の要素がない。主人公が喧嘩をしていた仲間と最後は大団円になってしまうところはやや鼻にかかるが、流れは自然で違和感はない。

【減点項目】
・原点なし。

基礎点(20)+技術点(32)+芸術点(40)×1.5-減点=CinemaX指数(112)

「B」評価(100~119点)
間違いなく泣ける映画なのですが、劇場に足を運ぶまでの魅力に乏しいのが残念です。口コミで評判になる映画にはなるでしょう。

恐らく、クラスメートをいじめまくっていた相当なガキ大将でもない限り、この主人公の子供に感情移入出来ることでしょう。ちなみに私は幼い頃、ベッドの下に人々?がいて、夜な夜なからかいに出てくるのが嫌でたまらなかったという経験があります。何度も洗濯機や浴槽に落ちて死に掛けたという主人公の子供と似たような経験があったので、最初から感情移入が出来ました。この主人公が見ていた光景は、プールの底や台風の大波が押し寄せる海水浴場の砂底から見たものと同じです。

そういう親近感のようなものを抜きにしても、泣ける映画です。出来れば劇場で、近くで上映されていなければDVD化されるのを待ってもご覧になることをお勧めします。

2009年7月5日/シネプレックス新座
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July 06, 2009

トランスフォーマー/リベンジ

監督:マイケル・ベイ
製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ、マイケル・ベイ、ブライアン・ゴールドナー、マーク・ヴァーラディアン
音楽:スティーヴ・ジャブロンスキー
脚本:アーレン・クルーガー、ロベルト・オーチー、アレックス・カーツマン
出演:シャイア・ラブーフ、ミーガン・フォックス、ジョシュ・デュアメル、タイリース・ギブソンほか

「カップラーメン1年分」

一昨年に上映された「トランスフォーマー」の続編です。前作、CinemaXはハチャメチャナ映像を評して「トマト投げ祭り」としていますが、実は人類との関わりなど嘘を絶妙に織り交ぜてそれなりに説得力のある映画でした。

ところが続編は、そんなストーリーなどどうでも良く、ただひたすらアクションの連発でした。前作は動きは迫力があるものの、動き回るのは街の中だけという箱庭の中でロボットがドタバタと走り回るような内容でしたが、続編は前作の舞台の裏側、エジプトに舞台を移したものの結局、ピラミッドの周りでドタバタ走り回っているだけのような映画でした。

CGのアクションは物凄く、たった2年でこれだけ進歩するのかを思い知らされる映画ではあります。ちなみにスターシップ・トゥルーパーズ(1997年)は、当時の最先端のCG技術を導入した映画なのですが、これと「トランスフォーマー/リベンジ」と見比べると隔世の感があることが分かるでしょう。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
主人公がロボットをもう一度生き返らせようとする話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・1点
地球を救おうとする若者がいるのは立派だと思うが、動機がいまいち伝わらない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・5点
ロボットたちのトランスフォーム(変身)は見所満載。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・2点
オプティマス・プライム(コンボイ司令官)などのオートボット(サイバトロン)あるいはディセプティコン(デストロン)のトランスフォームに熟練していたどんな子供も追いつけないような早さで変身するのは圧巻。まず、無理。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・3点
オプティマス・プライムを生き返らせようと物凄い冒険をしてそうだが、何故か箱庭の中で走り回っている感じがするのが不思議。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・5点
主人公を誘惑する美女。性に乱れるB級映画のようなキャンパスライフのテイストは笑えた。アメリカの大学はどこもこんな感じと錯覚してしまいそう。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・2点
ひたすらロボットがドタバタするだけなので、主人公の母親がドラッグでハイになるあたりは逆に印象に残る。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
前作、唯一泣けそうな要素だったバンブルビー(主人公が所有?するオートボット)は続編でもいい味を出している。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・2点
バンブルビーが主人公と離れ離れになるのが嫌だとロボットのくせに泣きまじゃくるシーン。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
よく考えると意外と悪の要素が少ない映画だったりする。

【減点項目】
・減点なし。
人間とロボットがエジプトの箱庭の中で戦うシーンは、主人公がオプティマス・プライムになかなか近づかず、かつ飽き飽きするほどアクションの連続で1年間ずっとカップラーメンを食べさせられるような感じだったが、CGはそれなりに見応えがあるのでここでは減点を行わなかった。

基礎点(15)+技術点(19)+芸術点(9)×1.5-減点=CinemaX指数(48)

「F」評価(59点以下)

ストーリーが直線的に展開する映画はCinemaXでは必然的に評価が下がってしまうので「トランスフォーマー/リベンジ」は割を食ってしまいます。前作のストーリーから引っ張った部分もあるのですが、よく考えたら前作はどんな話だったかも記憶にありません。何も考えず、単にアクションを楽しめばいいのですが、それにしては時間が長すぎます。途中、トイレで席に立つ観客の方も多いところに、時間の長さやストーリーのどうでもよさが現れているのかもしれません。

エンディングは、当たれば次もあるかもみたいな感じなのですが、その時点の最先端のCGを楽しむという感じなら、そう悪くはない映画なのかもしれません。製作総指揮はスティーブン・スピルバーグですが、もうさすがにスピルバーグの映画なら何でもかんでも面白いという幻想を抱いている人も少なくなっていることでしょう。

2009年7月4日/ワーナーマイカルシネマズ板橋
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July 05, 2009

幼獣マメシバ

監督:亀井亨
音楽:野中“まさ”雄一
脚本:永森裕二
出演:佐藤二朗、安達祐実、渡辺哲、高橋洋、志賀廣太郎ほか

「ネコマタギ」

動物と子供を扱った映画は必ず当たるいわれるほど鉄板の要素なのですが、この「幼獣マメシバ」は少し様相が異なるようです。果たしてCinemaXの評価やいかに。

「幼獣マメシバ」は「ネコナデ」のスタッフや脚本で製作されたようです。「幼獣マメシバ」も「ネコナデ」もメジャーの系列に属さないローカル局が集って雑草根性で頑張って、まるで田舎の高校球児が甲子園で準々決勝ぐらいまで勝ち上がったような映画です。ちなみに「ネコナデ」は、テレビ版は堅物サラリーマンや周辺の人々がたった1匹の子猫に振り回されるという見応えのあるものだったのですが、映画版になるとストーリーを変にいじりすぎて駄作になってしまった感があります。

早速、評価に移りましょう。

【基礎点】

動物や子供を扱った映画(10点)
・10点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
35歳の親離れ、子離れ。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・8点
親離れ出来ない子、子離れ出来ない親が増えているといわれる中で1つのヒントにはなる。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・2点
諏訪湖周辺、富士山などの雰囲気は味わえた。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・1点
そうでもない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・7点
母親を探し続ける。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・3点
メチャクチャな行動をする登場人物が多い中で、安達祐実演じる女性は、それなりの過去を背負っていて行動にも説得力があった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・1点
強いて言えばうまい棒だらけの主人公の部屋。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
行き当たりばったりのストーリーでは泣けない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・4点
主人公の35歳のニートの行動やセリフは笑えるが、主人公の設定に微妙な部分を含むためテレビで放映されることは絶対にないと思う。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
悪い人が1人も出ない子供用はみがきのような設定。

【減点項目】

寝てしまった(-30点)
・-30点
前半から中盤にかけてかなりテンポが落ちる。冒頭と終盤だけを見れば事足りてしまう映画。

基礎点(26)+技術点+芸術点(8)×1.5-減点(30)=CinemaX指数(8)

「F」評価(59点以下)

35歳の親離れ、子離れという視点は面白く、行き当たりばったりのストーリーはくたびれるもののそれなりに魅力はあり、子犬にかき回される登場人物たちの行動も別に面白くないわけではないのですが、主人公の設定が先天的なものなのか、親が子供を抑圧するが故に陥ったことなのかがよく分かりませんでした。ここの設定の中途半端さがこの映画の致命的欠陥のような気がします。前者ならタッチーであり、投げかけた問題を拾って観客に考えさせるような要素が必要で、後者なら、両親の性格をもっと描き込むとか、あるいはニートという設定だけが必要だったのなら他の描き方もあったはずです。

いずれにしてもメジャー系の映画では絶対に扱わない設定なので、勇気は評価出来るのですが、例えば周りの人々が自分のことを軽蔑していると思い込んでしまうという、向こう側から見たこちら側の世界は良く描けていたのに、ここを中途半端に扱ったために、重要な設定が単なる道具のようになくなってしまった感がありました。これでは恋愛ドラマのカリスマと称されるあの女性脚本家のいくつかのテレビドラマと同じです。残念。

2009年6月27日/ワーナーマイカルシネマズ大宮
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June 12, 2009

ディア・ドクター

監督:西川美和
原作:西川美和
音楽:モアリズム
脚本:西川美和
出演;笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、井川遥、香川照之、八千草薫ほか

「カルピス」

西川美和監督作品です。この映画を知ったのは「鶴瓶噺2009」で鶴瓶さん本人がこの映画の話をしたからでした。余貴美子さんなど共演者のエピソードも面白くて、興味のある映画でもありました。不景気の中でハリウッド映画の製作スピードも鈍っているようで、日本ではテレビ局が小遣い稼ぎのように映画を作るようになってしまった今日この頃。、果たしてCinemaXの評価やいかに。

「ディア・ドクター」は、会場の音響が悪いのか、セリフが聞きづらく冒頭から置いてけぼりをくらってしまいました。主人公の医者が行方不明になったのは分かるのですが、どうしてここまでシーンを引っ張る必要があるのかと疑問に感じました。

したがって前半はとにかく睡魔との闘いです。シーンごとの小ネタは面白いのですが、ストーリーをひねったものではなく撮影現場で生まれたアドリブのようなもの。無医村に赴任して3年半の医師のもとに研修医がやってくるという話なのですが、この2人の対立はほとんどありません。研修医は外車を乗り回すボンボンなので「こんなド田舎来たくなかった」と反発すれば面白みもあるはずなのに、演ずる瑛太さんのイメージをそのままにしたように無味無臭。これではせっかくいい演技をしてもキャラクター自体に魅力がないのですから、飼い殺しです。

「ディア・ドクター」は、いい役者を揃えています。この人がいなければ「おくりびと」の魅力が半減したともいわれる余貴美子さん。そして、八千草薫さん、香川照之さん。監督が原作者なのですが、この映画、物凄く不利な点があるのです。

まるで「Dr.コトー診療所」ということです。

診療所には医師と勝気な看護師がいて、MR(たぶん)が時に医師の補助をしながら、設備が乏しい中で処置をする。もちろんそれぞれのキャラクターの職業や年齢設定が違いますが、観客に「Dr.コトー診療所」を連想させた時点で、この映画は負けです。

麦畑?が風に揺れたり、アイスキャンディーがどろっと溶けたり、つなぎのように流れるシーンは確かに面白いのですが、無駄なシーンが多く、シーンの中身も無駄ばかりで、まるで時間稼ぎをしているようでした。ところが、睡魔と闘いながら中盤にたどり着いて、井川遥さん演じる女医があわられると、いきなり面白くなります。

主人公の医者が、患者と結託して医者である娘をあざむこうとする話、医者が隠しきれなくなって、患者に白衣(つまり白旗)を振るシーン。娘が母(患者)の病気を知るシーン。そして、検査を受けて欲しいと遠回りに言うシーン。母が娘の気持ちを察知して受け入れるシーン。この一連のストーリーだけ、やたらと見応えがあります。キムタクと初共演したテレビドラマではわがまま邦題でキムタクが本気で怒っていた井川遥さんですが、この映画ではこれまでのイメージを一新するようなインパクトがありました。

これだけストーリーの密度が偏っているのことを考えると、もしかすると西川監督はこのエピソードだけを書きたくて、後は話を薄めたのかもしれません。まるでカルピスのような映画です。

評価に移ります。一部ネタバレなのでご注意ください。

【基礎点】

一般の邦画(20点)

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・10点
ニセ医者が無医村で医者のふりをする話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・4点
無医村、都市に集中する医師、医師が希望する科目が偏るなど現在の医療問題を切り取っているように見えて、実はストーリーがスカスカ。もったいない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・3点
診療所の医師の給料は2000万円。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・3点
意外な話ではあったが、ストーリー全体には関係ない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・0点
主人公の医師はタコのようにフラフラしている。つい最近赴任したならともかく、就任して3年半が経過しているとは考えにくい。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・4点
余貴美子さん演じる看護師は存在感があったが、後半はスクリーンからほとんど消えてしまう。井川遥さん演じる女医も魅力はあったが、結局は脇役。全て中途半端な感じがした。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・8点
主人公の医師が白衣を振るシーン。これは白旗だったと受け止めて評価。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・8点
娘が母に自分の病院での検診を勧めるシーン。それぞれが真実を察知しながら、遠まわしに心を通じ合わせるところは見所がある。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・2点
小ネタは多いが、ストーリーの展開の中で笑わせるシーンは少ない。最後のオチとそのオチで映画が終わってしまうところは賛否両論か。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
この映画は悪人が出ない。目立った対立もない。そのことが中途半端な映画という印象を招いているのかもしれないが、全体のテイストとしては悪くないと思う。

【減点項目】

寝てしまった(-30点)
・-10点
寝ていてさらに減点するのはひどい評価方法と思うが、前半は0回以上はウトウトしてしまった。

基礎点(20)+技術点(20)+芸術点(22)×1.5-減点(10)=CinemaX指数(63)

「E」評価(60~69点)

終わってみれば、前半の退屈さは何だったんだろうと思える映画です。例えば、研修医は反発しつつも主人公の医師の行動を見て、再びこの診療所に舞い戻ることを決意すればいいのに、決意するきっかけを示すようなシーンもないまま「俺、戻ってきます」と突然言ってみたり。無医村の問題、延命治療など興味深く膨らませられそうなタネが多い作品だけに「離島じゃないコトーの話」みたいな映画になってしまったのは極めて残念な気がします。ストーリーそのものは何も解決していないように、食い散らかしっぱなしの映画という印象です。

ちなみに、この映画の核心である、主人公の医師はニセ医者という設定は「鶴瓶話2009」で既に聞いていたのですが、知らないままに観た人はどのような印象を抱くのか興味があるところです。ストーリーでニセ医者と分かるのは中盤です。それまでは怪しいなと思える部分が散りばめられているのですが、テンポが悪くて見逃されがちのような感じがしました。もしかすると最初から観客にニセ医者であることをバラしておいて、医師と観客が葛藤を共有する設定の方が、もっと見応えのある映画になっていたのかもしれません。

2009年6月10日/一ツ橋ホール
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June 08, 2009

ハゲタカ

監督:大友啓史
原作:真山仁
音楽:佐藤直紀
脚本:林宏司
出演:大森南朋、玉山鉄二、栗山千明、高良健吾、遠藤憲一ほか

「機動戦士Zガンダム」

ハゲタカです。NHKが絡んでいるからか、ROOKIESのように露骨な宣伝もないのですが、もとは同名のNHKのテレビドラマがベースになっています。とすると「ハゲタカ」のライバルは封切られてもなおダメ押しのように宣伝が続く青春映画でもトム・ハンクスがローマを駆けずり回るあの映画でも、乳がん健診のPRには大きく貢献したものの、ドキュメンタリーの足元にも及ばなかった感のあるあの映画でもなく、テレビドラマ版「ハゲタカ」なのではないかと思う今日この頃、果たしてCinemaXの評価やいかに。

テレビドラマ版「ハゲタカ」との出会いは衝撃的でした。その日は友人が集っての鍋パーティ。ふとチャンネルを回して目に入った青色がかった映像。一同はあっという間に話しに引き込まれ、胃がキリキリするような緊張感でドラマが終わった時には鍋が煮詰まっていたのでした。同じようなテレビドラマ版が先行して映画化された作品の中には「クライマーズ・ハイ」があるのですが、映画化に当たり身構えてしまうのか、制作費にも差があるはずなのにテレビドラマの足元にも及ばない出来になっていることが少なくありません。

このほか「リング」もNHK版が秀逸で、映画版はオカルトなテイストが話題となり鈴木光司氏をホラー作家で飯を食わせる結果にはなったものの、主人公の性別を変えるなど工夫した割にはテレビドラマ版を超えることが出来なかったのが皮肉です。後の民放のテレビドラマ版は論外ですが。

このほか、離島の高校が甲子園でベスト8に進出するぐらいのインパクトはあった「ネコナデ」は、テレビドラマ版のチープな作りが帰って視聴者が親近感を抱く結果となり、隠れたヒットとなっています。一方でテレビドラマが話題となり映画化に踏み切ったらしい映画版「ネコナデ」は、キャストが豪華になった割には「堅物サラリーマンが野良猫をかくまいながら丸くなる」というポイントがボケてしまい、最悪の作品になりました。

話を映画版「ハゲタカ」に戻します。

映画版「ハゲタカ」は、出来る限りテレビドラマを観ていないと、分からない部分が多いかもしれません。そのことを説明するようなお人良しな映画ではないので。それでもこの作品の不思議なところは、分かったような感じになってしまうことです。それは、トヨタの規模とホンダの野心と日産のデザイン性を足したようなアカマ自動車が題材になっているからかもしれません。日本の基幹産業の1つである自動車産業は、日本そのものなのですから、その企業を狙う赤いハゲタカから守る…リーマンショック前、つまり去年の今ごろならよりリアリティのある映画として話題になっていたかもしれません。

折りしも、株価や原油価格が上がり始めました。投機資金の再び流入しはじめたことによるものという見方もありますが、「ハゲタカ」でも触れられていたように、国家が民間企業の顔をして参入すれば、潤沢な資金で市場をどうにでも動かせるという出来レースが可能になります。例えば原油価格の上昇による現金収入を狙うため、産油国が第三国や民間企業を迂回して投機資金を流入させても尻尾を掴むことは極めて困難といえます。

昨年7月以降、原油価格が急落したのは、米国商品先物取引委員会というところが「原油先物取引で変なことをしていないか監視するぞ」と睨みを利かせたからでした。こりゃヤバいと投資家が手を引いたため、プレイヤーが減り、原油価格は急落するのですが、それはヤバい国や人をバックに暗躍していた投資家が多かったということにもなります。国内でも経済紙の社員や記者、銀行員などがインサイダー取引をするぐらいですから、100%クリーンな市場は夢のまた夢ということになります。

また話が脱線してしまいました。

テレビドラマ版では、元銀行員の芝野とハゲタカこと鷲津の対立が大きなポイントでした。ところが対立したままでエンディングを迎えるわけにはいかず、多くのテレビドラマと同様にそれなりに融和してシリーズは終了しました。映画を作りにあたり、ポイントは対立軸です。例えば、踊る大捜査線はもともと青島と室井の対立軸がありましたが、最後は融和します。映画で再び対立させるのは馴染まないので、青島と室井の対立軸として新城を登場させ、2作目では同じような対立軸として女性キャリア、沖田を登場させます。

これはストーリー展開で隠されてしまいがちですが、段々と対立軸が薄まっていることが分かります。

例えば、「機動戦士ガンダム」は、ロボットアニメで初めてと言っていいほどやたら登場人物の心情を描き続けられたのは何故か、視聴者が複雑な心情にのめりこむことが出来たのは何故か…それは、連邦軍対ジオン軍という、わかりやすい対立軸があったからです。ただし、アムロとシャアがどこかで心を通じ合わせるように、いわゆるファーストガンダムも打ち切り同然なのですが、それなりの融和でエンディングを迎えます。

その後、機動戦士Zガンダム、機動戦士ガンダムZZでは敵味方が入り乱れて対立軸が段々と増えていき、視聴者は登場人物の心情を追いかける余裕がなくなります。ガンダムシリーズは近年も高い人気を誇りますが、ファーストガンダムだけ突出しているのは、対立軸がシンプルであったことの一言に尽きるでしょう。

前置きが長くなりましたが、映画版「ハゲタカ」は対立軸がブレてしまっています。芝山と鷲津の対立はなく、鷲津と赤いハゲタカ、劉の対立軸もはっきりとはしない。TOB価格の引き上げ合戦が見応えがあるようで緊迫感がないのは、対立軸がはっきりとしていないからといえるでしょう。加えて原作にあるのかは分かりませんが、派遣切りのエピソードを無理に入れたことでストーリーが崩れてしまいました。

テレビドラマ版の導入部は、貸しはがしでした。身近にあるであろう出来事から壮大な企業買収にまで話が発展していくため、ややこしい話でも視聴者はついていくことが出来るわけです。ところが映画版では売上高5兆円の雲の上の大企業からスタート。これではなかなか感情移入をすることが出来ません。劉が派遣社員とタバコを吸いながら身分の差を語るところ、脇役になってしまった東洋テレビ記者、三島の過去など一般人に身近に感じることが出来るエピソードのほうがカタルシスがあるのでしょう。

映画版では、この身近な視点を丁寧に引き出すと見応えのある映画になっていたのかもしれません。例えば、劉の素性と貧しい生活を経験した故に、高給取りになってもつい出てしまう行動などは興味があります。せっかく面白いタネがあるのですから、ここを丁寧に伸ばせばもっと面白い映画になったはずです。例えば赤い車の落書きなどは、途中で見せる意味は全くない。最後にパッと見せることで、劉はハゲタカになりきっていなかったのだなと分かるわけです。ところがこれをセリフで説明してしまう。本当にもったいない映画です。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・7点
中国が日本そのものともいえる大企業を買収しようとする話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・3点
1年前なら8点ぐらい。例えば「デイトレーダーで2億円の資産を蓄えた主婦がいる」と言われても嘘臭く聞こえるような現在では、封切りのタイミングは良くない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・2点
企業買収合戦は目新しくなく、むしろ国家が絡む、あるいは国家そのものが企業に投資する流れが本当にあることを描くと面白いのかもしれない。中国の話は噂、中東の話は実話。でもこれも観光要素としては乏しい。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・2点
雲の上の話は観光要素にならないことを知った。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・4点
鷲津、劉ともに企業買収に走るが…鷲津は主人公としては存在が薄く、劉は軽過ぎる。芝山は脇役。結局全部中途半端。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・5点
劉。中国から日本に来るエピソードがもっと欲しかった。赤いハゲタカになりきれなかったことがわかる断片がもっと早い段階で欲しかった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・10点
冒頭のシーン。貧富の差を一発で描く冒頭のシーンは、戦艦ポチョムキンを髣髴とさせるインパクトがあった。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
赤い車の壁画は、途中で見せる必要はなかった。、劉が赤いハゲタカになりきっていないことが、視聴者が後になって「ああ」と分かるようなシーンを散りばめていれば、エンディングに一発この絵を見せると感動出来たはず。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
笑ったような記憶があるようで…ない。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
鷲津が「この国は何も変わらない。バカな国民が政治家の行動をヘラヘラ笑ってみているだけ」というようなセリフは全くその通りで腹立たしさを感じた。確かにこの10年間だけでもみても規制緩和、自由化といっても何も変わっていない現実。小泉改革の中身も知らず自民党に投票した連中が増税で生活が苦しくなったと不満を言う現実。ただしストーリーの流れでの怒りではないので、CinemaXの評価外。

【減点項目】
・減点なし。

基礎点(20)+技術点(18)+芸術点(13)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(61)

「E」評価(60~69点)

テレビドラマ版に引き続き演技派の役者揃いですが、玉山鉄二も埋没することなく頑張っていました。大森南朋はこれから先ずっと楽しみな俳優です。

2009年6月7日/シネプレックス新座
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May 24, 2009

天使と悪魔

監督:ロン・ハワード
製作総指揮:トッド・ハロウェル、ダン・ブラウン
原作:ダン・ブラウン
音楽:ハンス・ジマー
脚本:デヴィッド・コープ、アキヴァ・ゴールズマン
出演:トム・ハンクス、アイェレット・ゾラー、ユアン・マクレガー、ステラン・スカルスガルドほか

「エヴァンゲリヲン」

ダ・ヴィンチ・コードの」続編です。「ダ・ヴィンチ・コード」の時は、憑き物のようにみんな原作本を買って読み、「?」のまま劇場に足を運び、さらに「??」になった今を思い返しても「???」の印象しか残らない状態なのですが、原作本の時点でも圧倒的に「天使と悪魔」のほうが面白いという評価のようですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

「天使と悪魔」は、「ダ・ヴィンチ・コード」よりは遥かに判りやすい内容となっています。「ダ・ヴィンチ・コード」の時はこぞって解説本や解説番組のようなものが乱発され、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品の解釈などあれこれ説明された割に映画の意味が理解出来ず、まるで死海文書だなんだのと解釈が乱発された割にヤケクソのような終わり方になってしまった「エヴァンゲリヲン」のような空振り感があったのですが、「天使と悪魔」ではややこしい設定も割と丁寧に観客に説明しています…というより、キャラクターが一方的に喋りまくるだけなのですが。

「天使と悪魔」の舞台は、現在のローマとその一角にあるバチカン市国が舞台です。数年前にも実施された次期ローマ教皇を選出するコンクラーベに絡んだ殺人事件を主人公、ラングドン教授が解明していくというものです。バチカン市国内では未だ腐れ縁のようにスイスの衛兵が、レトロでユーモラスな制服で警備を続けていることをエッセンスとして扱っていたり、密室で行われるコンクラーベの内部を映像化していることは、それだけで観客を惹きつける観光要素になり得ます。

また、「ダ・ヴィンチ・コード」ではややこしくて重すぎた設定が、「天使と悪魔」では一言で説明出来るように簡素になっていることが分かります。前作ではあまり伝わってこなかったラングドン教授の象形学者という設定が、やっと分かったような気もします。何故、研究者は中性子を作ろうとしていたのかとか、ストーリーを二転三転させるための都合のいい設定など気になる部分もあるのですが、前作のようにルーブル美術館の中をちまちま走っていた展開と違って、ローマ市内を縦横無尽に走り回る設定は、動きがあって飽きさせませんし、一種の観光要素にもなっているように思えます。

さて、評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・10点
コンクラーベに絡む殺人事件を解決する象形学者の話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・9点
政権闘争はいつの世にもあるもの。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・10点
密室のコンクラーベを描いたこと。現在のローマ市内に残る遺跡を紹介していること。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・10点
題材としては見応えがあった。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・9点
ラングドン教授は、事件を解決しようと終始奔走した。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・5点
カメルレンゴ、警備隊長、枢機卿など。観客は見事に騙される。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・4点
強いてあげるならば、ラングドン教授が枢機卿を救出しようとするいくつかのシーン。時間との戦いという設定は見応えがあった。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
泣けるシーンはなかった。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
ラングドン教授演じるトム・ハンクスの喋りは、賛否両論あれど面白いが、CinemaXでは評価外。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・3点
悪に立ち向かうという要素に欠けるように思えた。「真犯人」にそれだけの行動をさせるだけの動機が足りないのかもしれない。

【減点項目】

・減点なし。

基礎点(15)+技術点(45)+芸術点(12)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(81)

C評価(80~99点)

ややこしい話も、ラングドン教授と研究者など周囲の人々が勝手に喋りまくるので原作本を読んでいない人、サスペンスが苦手な方にも安心です。ただし、一緒に謎解きしている雰囲気は全くないので、推理が好きな方には物足りなさを感じる映画なのかもしれません。

「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」を観ていると、ラングドンを主人公にして、歴史的な象形に対して謎解きをするという設定なら、場所は問わないようなので、例えば、東西南北に四神を配した京都を舞台にしたりとか、天海が江戸城を中心に渦を巻くように街づくりをした東京を舞台にしても面白いかもしれません。

2009年5月16日/ワーナーマイカルシネマズ板橋
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May 18, 2009

チェイサー

監督:ナ・ホンジン
音楽:キム・ジュンソク、チェ・ヨンラク
脚本:ナ・ホンジン
出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ソ・ヨンヒ、チョン・インギ、パク・ヒョジュ、キム・ユジョンほか

「箸休めなし」

韓国のテレビドラマはもとより、韓国のコメディ、ラブストーリーなどの映画は全く見る気はしないのですが、サスペンスは別です。韓国には北朝鮮に対する社会の緊迫感と日本の高度経済成長期を思わせるような得体の知れない猟奇的な事件が発生するという土壌があるため、サスペンス映画は恐ろしくシリアスな雰囲気になるという特徴があります。

猟奇的な事件は日本でも起こるのですが、どういうわけか近年は安易に社会の闇として解決しがちな傾向にあり、映画や小説などの題材としては扱いがたいものも少なくないようです。もちろん日韓の映画に対するファンの趣向の違いと、ハリウッド映画に飲み込まれてしまったか否かという、両国の国内映画業界の温度差というものもあるのかもしれませんが、それらの要素を鑑みても緊迫感に差がありすぎるような気がします。

恐らく、日本映画だと愛だの恋だの箸休めを入れてしまうので、スピード感がなくなってしまうのかもしれません。これはハリウッド映画にも共通するかもしれませんが。

チェイサーは、10ヶ月間に21人を殺害した「殺人機械」ユ・ヨンチョル事件をベースにした作品です。同じく実話をベースにした「殺人の追憶」と並べて評価するむきもありますが、方や未解決の事件に挑戦した「殺人の追憶」と方や犯人がわかっている「チェイサー」とでは、多少なりとも趣向が異なるといってもいいでしょう。果たしてCinemaXの評価やいかに。

【基礎点】

日本・アメリカ以外の映画(25点)
・25点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・9点
デリヘル経営者の男、ジュンホが、従業員の女性、ミジンを凶悪殺人犯から助け出そうとする話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・2点

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・3点
犯人が人を殺す時の方法。邦画ではここまでストレートに描くのは難しいはず。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
主人公、ジュンホが何故、下心なしに命がけで従業員の女を助けようとするのか、しっかりと動機付けと説明がなされている。元刑事のジュンホは①風邪を引いて休んでいる従業員のミジンに出勤を頼んだばかりに囚われの身になってしまった②ミジンの娘と行動をともにするはめになってしまったことなどで、引くに引けず犯人探しに突っ走るようになる設定は絶妙。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・10点
ミジンの娘。252に出てくる女の子に激似で同じ俳優かと思ったほど。252の女の子は耳が不自由な設定でセリフがないため「ああ、韓国の子役だったんだ」と勝手に思い込んだが、別人のよう。日本と韓国は近いのだなと妙に納得してしまった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・10点
ミジンの娘が車の中で泣いているシーン。この映画は実話をどこまで扱ったかはわからないが、事件周辺のシーン作りの丁寧さが目立つ。特にミジンの娘が真実を知るまでの流れと、音声もなく豪雨に霞むフロントガラス越しに泣いているシーンは秀逸。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・8点
ミジンが殺されるところ。映画の重要な要素である「あーあ」感が漂う。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・2点
最近は流れが変わってしまったが、韓国は主役級の男優にチョイぶ男を選ぶ傾向にある。それだけに仕草などで笑える部分も多いのだが、ここでは評価外。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・5点
上部からの理不尽な命令で凶悪犯を釈放したばかりに新たな被害者を生んでしまうところ。最近、日本では親子殺傷事件で犯人を取り逃がしたり、人為的なミスで問題が発生するのはどこの国でも同じ。

【減点項目】

・減点ゼロ。

基礎点(25)+技術点(24)+芸術点(35)×1.5(0)-減点=CinemaX指数(102)

「B」評価(100~119点)

チェイサーは、殺人の追憶に比べて作りの粗さは目立ちますが、見ごたえのある映画と言えます。どこまでが実話かはわからないのですが、主人公が架空の人物設定で良ければ、刑事役のほうが設定上は楽だったはず。これをあえて元刑事の民間人としたのなら、評価されるべき挑戦であり、実話負けしない映画たりうる大きな要因と
言っても過言ではないでしょう。愛だの恋だの箸休めもない硬派な映画を観たい方は、おすすめです。

2009年5月1日/ユナイテッド・シネマ豊洲
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May 17, 2009

サスペリア・テルザ 最後の魔女

監督:ダリオ・アルジェント
製作総指揮:クラウディオ・アルジェント、カーク・ダミコほか
音楽:クラウディオ・シモネッティ
脚本:ダリオ・アルジェント、ジェイス・アンダーソンほか
出演:アーシア・アルジェント、クリスチャン・ソリメノ、アダム・ジェームズほか

「若気の至り」

点数制の新基準を導入して約20作品を評価してきましたが、もう一度観たいような映画が最低の評価になったり、二度と観たくないような映画がそこそこの評価だったり、ジャンルによって向き不向きがあるようなのですが、「ホラーでも通用するかどうか」ということを確認するため、今回は「サスペリア・テルザ 最後の魔女」を評価してみました。

映画ファンが劇場に回帰してきたおかげで、東京都内にも単館系の映画館が増加しました。単館映画でも面白いかどうかはともかく、綺麗系の映画を扱ってきた恵比寿ガーデンシネマ、そこまでお高くはない映画を扱うシネスイッチ銀座、アングラ臭が漂う銀座シネパトスなど特色がある映画館があるのも楽しみの1つです。人口が多いからこそこういう映画館が生き残れる訳なのですが、やはり最も激戦区といわれるのは渋谷です。

渋谷には、メジャー系の映画館のほか、単館系の映画館が点在しています。道玄坂には単館系の映画館を集めたシネコンのようなところもあります。単館系の映画館は、マイナーな邦画などが劇場公開の実績作りのために利用されているような部分もあるのですが、やはり上映作品で勝負しなければ潰れてしまいます。

シアターN渋谷も同じく競争に晒されており、若者向けのB級映画を中心に上映することで生き残りを図っています。サスペリア・テルザもそうですが、これから上映予定の作品を見ると、さらにこの流れは加速しているようです。

さて、この映画は、1977年の『サスペリア』、80年の『インフェルノ』に続く魔女3部作の完結編という位置づけのようです。前2作を観ていないのですが、さっそく評価してみましょう。

【基礎点】

日本・アメリカ以外の映画(25点)
・25点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
復活した最後の魔女「涙の母」を再び闇に葬ろうとする女の話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・2点
いつの時代も変わらないという視点なら、マッチする部分もあるのかもしれない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・2点
ローマ観光みたいな気分になる部分はある。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・1点
観光要素といっても、残虐なシーン(電車のドアで魔女の手下の女の頭をガンガンつぶすとか)込みです。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・1点
主人公の若い女性は周りに言われるがままに行動しているので、真に貫通行動としての要素は薄い。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・3点
腸を首に巻かれて死んでしまう主人公の女友達と電車のドアに頭を挟まれて脳みそが飛び出してしまう日本人?の若い女。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・3点
棺おけから箱を見つけ出すシーン。掘る方も彫る方だが、家に持って代える神父?もどうにかしている。「そんなことやっちゃって、いいの?」と思わせるシーンから悪の連鎖が始まるのはホラー映画の常套手段か。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
バタバタ人が死ぬ映画だが、プロレスの流血を観ているのと同じような印象。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
残虐な死に方をするキャラクターが何人かいるが、どれも観客を喜ばせようという作り手の意図が感じられ笑えた。ただしストーリーの流れで笑えたわけではないので、評価外。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
主人公の家系と涙の母との因縁みたいなのはストーリーに込められていたが、前2作を観ていないのでわからなかった。

【減点項目】
・0点

基礎点(25)+技術点(14)+芸術点(6)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(48)

「F」評価(59点以下)

開場の際に楽しみにしていた!と言わんばかりに嬉々として座席に座る観客も多く、人気のある監督なのだなと伝わってきました。残念なのは、前半の執拗で笑える残虐シーンから一転して後半は魔女たち?によるシリアスなシーンばかりになってしまうので、特にホラー好きでもない私にも物足りなさが感じられました。言い方をかえれば失速したような。この映画の監督は御年68歳のようですが、この失速はもしかすると年齢から来ている部分もあるのかもしれません。みんな大好きジブリ作品の宮崎駿監督でも同じ傾向がみられるわけですから。

ただし、主要なキャラクターが観客の期待を裏切らず脱いだり、最後には主人公を肥溜めに落として糞尿まみれにしてしまうところなどは、観客の要望に応えた、趣味の世界とも言えるでしょう。これはこれでアリ、の映画だと思います。

4月30日/シアターN渋谷
The_mother_of_tears

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April 29, 2009

グラン・トリノ

監督:クリント・イーストウッド
製作総指揮:ジェネット・カーン、ティム・ムーア、ブルース・バーマン
音楽:カイル・イーストウッド、マイケル・スティーヴンス
脚本:ニック・シェンク
出演:クリント・イーストウッド、ビー・ヴァン、アーニー・ハー、クリストファー・カーリーほか

「優等生」

クリント・イーストウッド監督がここ数年産み出す作品は鬼気迫るものがあります。歳を重ねたからこそ描ける世界もあるのでしょうが、逆に考えるとあと20年若ければと思います。ただ、少なくとも10年前に観た「トゥルー・クライム」は面白くなかったので、やはり年齢と経験によって生み出されたものなのでしょう。80歳を目前にして最も脂の乗った監督による「グラン・トリノ」、CinemaXの評価やいかに。

グラン・トリノは観れば観るほど緻密に仕上がった作品です。まずは、主人公、コワルスキーの偏屈ぶり。人物の性格を周囲の人に言わせる手法は、記憶違いでなければ「欲望という名の電車」へのオマージュでしょうか。脚本で悪い人や偏屈な人を主人公にするのはかなり難しいのですが、セリフや行動でこれだけひねくれた性格を見せられると、どこか愛嬌すら感じてしまいます。「恋愛小説家」の主人公もそうでしたね。ひねくれ者。

グラン・トリノは隣人に越してきたモン族とのふれあいを通じた物語です。1970年代までの映画なら、白人の世帯が暮らす静かな街が、移民によって変化する状況を上手く描いています。時代を切り取ったような映画なのですが、それをひけらかすようなあざとさは感じられません。

「ドラマは変化である」(新井一氏)とあるように、良い映画の多くが主人公の心の変化を巧みに描いています。グラン・トリノもそうです。差別用語を連発していたコワルスキーもモン族と触れ合うことで心が変化し、下心みえみえの息子やその家族よりも身近な存在として受け入れるようになります。脚本のセオリーの中には登場人物の性格をあらわすために喧嘩をさせる手法があるのですが、偏屈なコワルスキーもしっかりと喧嘩させています。

グラン・トリノの秀逸なところは、ストーリーの本筋に絡む登場人物が少ないというところにあります。主人公のコワルスキーとモン族の姉弟、スーとタオです。本編では弟のタオの心の変化をしっかり描くことでストーリーの重厚感が増しているのですが、実は姉のスーの存在が、トロい弟との対比とコワルスキーの心の変化を生むタネになっていることに注目すべきでしょう。

グラン・トリノが優等生たる所以はまだまだあります。モン族のチンピラという、分かりやすい悪役を使っていることです。ストーリーが秀逸でも悪役が出ないために大団円の二流作品になった映画も少なくないのですが、グラン・トリノではこれでもかというぐらい悪い奴が設定されています。シンプルな悪役なので、観客が揃ってこの連中への憎しみを共有することが出来ますし、コワルスキーが長く心の中に抑えていた朝鮮戦争時代の心の傷を引き出す要素ともなります。

また、このチンピラはタオを巻き込もうとすることでトロいが真面目な性格と、スーの勝気で頭の回転が早い特徴を上手く引き出すエッセンスにもなっています。

グラン・トリノの秀逸な点はまだまだあります。例えばイタ公の床屋のシーン。コワルスキーと床屋の店主がタオに妙な修行させるシーンは笑えるのですが、ストーリーも後半に入りいきなりこの床屋が出てきたのではご都合主義と受け取られかねません。ところが、この床屋は前半にさらっと紹介されています。しかもコワルスキーの偏屈ぶりを補強する意味のあるシーンとして、さりげなく伏線を仕掛けているわけです。

この床屋のシーンでは、コワルスキーが「俺が大人のやりとりを教えてやる」とタオを連れて行くわけですが、コワルスキーがこの床屋に行けば店主と悪口の言い合いになることを観客は学習しているので、しっかりとした笑いを拾えるわけです。おまけに、このシーンに限ったことではないのですが、良い意味で期待を裏切られます。床屋のシーンでは「コワルスキーと店主が言い合いになってタオには参考にならない」という予想を裏切るシーンになっていました。

ベターよりもベストのシーンを繋いでいくことが良い映画作りの絶対条件ともいわれますが、恐らく私や多くの観客の方が予想していたシーンはベター、でも実際にはクリント・イーストウッド監督は苦労しながらベストの選択を見出したのでしょう。グラン・トリノは、あちこちに観客の喜怒哀楽の感情を発揚させてくれますが、そういった感情の繰り返すうちに我々は映画のストーリーに惹き込まれ、コワルスキーやモン族の姉弟などに親しみを感じるようになるのです。これはストーリー作りの王道ともいえます。

観客が映画に感情移入できるからこそ、最後のシーンにもコワルスキーと一緒にその場に行くことが出来るわけです。ただし衝撃のラストという説明もありますが、個人的にはそんなに衝撃的でもありませんでした。裏を返せば、コワルスキーが生身の人間として実在するならば、自然な行動であったということかもしれません。登場人物の心の変化を描くとは綱渡りのようなものです。怖いからといって綱を進まなければ映画としての魅力も薄れ、逆に人格が変化するほどの心の変化を遂げてしまえば、別人ということで観客の心は離れ、綱から落ちてしまいます。

きちんと着地したからこそ、衝撃のラストと感じられなかったのかもしれません。

【基礎点】

一般の洋画(15点)

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・10点
偏屈な白人至上主義のじいさんが、隣人の少数民族の子供を守る話。見事な対位法。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・8点
多民族国家、人種の坩堝といわれる米国だが、融和はまだまだ。人口が減少に転じた日本でも例外ではない問題。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
モン族という存在。これを期にベトナム戦争のモン族の立場を調べてみるとあまりにも悲しかった。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・8点
モン族は華やかな民族衣装が特徴のよう。本編にもきちんと出てくる。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
コワルスキーが隣人を守ろうとするのはストーリーでの必然的な流れ。貫通行動は朝鮮戦争での心の傷を清算するほうにウェイトが置かれているのかもしれない。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・10点
スーの勝気で頭の回転の早さは魅力的。コワルスキーが心を開くのは理解出来る。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・9点
コワルスキーが医師に診断してもらい、家族に電話をするシーン。セリフで診断結果を言うこともなく、カルテも遠巻きに移すので結果は分からない。だが、シーンを観ていれば観客にも通じる。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・8点
個人的には衝撃のラストとは思わなかったが、このシーンは心が泣いた感じ。むしろ葬式に参列するスーの派手な民族衣装が対比されているようで泣けた。グラン・トリノは誰にあげるかは分かっていたし、そういう意味ではニュー・シネマ・パラダイスは衝撃だった。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・9点
偏屈なコワルスキーの行動はかなり笑える。もはや絶滅してしまった感のある身内や町内に必ず1人はいた近所の頑固なおじさんを見ているよう。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・8点
モン族のチンピラは分かりやすい悪なので、シンプルに怒りを抱くことが出来る。

【減点項目】

・減点なし。
ただし、神父の存在は微妙だった。個人的な立場だったら復讐(チンピラをぶっ殺す)も辞さないという神父は斬新だったが、そこまでストーリーに絡む設定は必要ではなかったのではないかとも感じた。

基礎点(15)+技術点(42)+芸術点(44)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(123)

「A」評価(120点以上)

シナリオを勉強している方々にとっては、お手本のような映画と言えるでしょう。クリント・イーストウッドの渋い演技と声も魅力です。

ちなみに、スーがコワルスキーにモン族の特徴を説明するシーンで「相手と視線を合わさない、叱られるとニヤニヤする」と言っていますが、これは日本人のアルカイックスマイルにも共通するものです。欧米では今にも死ぬという緊迫した場面でもニヤニヤする日本人を理解出来ないので、アジア人共通の行動パターンなのかもしれません。

2009年4月29日/シネプレックス新座
Torino

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April 27, 2009

消されたヘッドライン

監督:ケヴィン・マクドナルド
製作総指揮:ポール・アボット、ライザ・チェイシンほか
音楽:アレックス・ヘッフェス
脚本:マシュー・マイケル・カーナハン、トニー・ギルロイ、ビリー・レイ
出演;ラッセル・クロウ、ベン・アフレック、レイチェル・マクアダムス、ヘレン・ミレンほか

「GOEMON」

「消されたヘッドライン」を観て来ました。原題は「STATE OF PLAY」ヤホーで翻訳すると「遊びのありさま」と出るのですが、「報道のありよう」という感じなのでしょうか。「STATE OF PLAY」をそのまま邦題にする方法もあったのでしょうが「消されたヘッドライン」のほうが意味が通るのかもしれません。

ヘッドラインとは、大見出し、つまり新聞のトップ記事やニュース番組のトップニュースです。トップを飾る情報は、マスメディアが無作為に選んでいる訳ではなく、その日その時点で入手しているニュースのうち、最も話題性のあるものをトップに並べます。同業他社を出し抜いた情報だと特ダネやスクープ、スッパ抜きなどと言いますが、例えば全国紙の場合は大手企業のリークが多いといわれる経済紙を除いて、横並び報道が中心なので一年のうち目にするのは数回といったところでしょうか。逆に同業他社から一社だけ情報が抜け落ちてしまうことを特オチと言います。

この映画では「巨大権力vs.新聞社」をうたっていますが、実際にはそんなに単純ではなく事件の背景がゴチャゴチャしすぎていて理解出来ませんでした。前半20分のアメリカンジョークを並べたような退屈な時間を乗り越えると、やっと本編に突入します。主人公、カル・マカフィーの相棒になったデラ・フライが鋭い視点でセリフをはき始めるとやっと見応えが出て来るのですが、それでも本格的に感情移入をするまでに至らないのは、事件の背景を知っているのが作り手だけということにあるのかもしれません。

例えば、刑事コロンボでは、視聴者に先に事件を見せておいて、刑事と一緒に謎解きを楽しむ方法をとっています。ここまでやれとは言わないのですが、少なくとも序盤で殺されてしまう女性の行動を含めた周囲の人物の行動を整理すべきだと思います。記者が主人公の映画ですが、謎を解く主体が刑事でも探偵でも同じです。作り手だけが分かったような設定になっているので、記者が「ああ、もしかして」と行動をしても、観客は「何で?」と理解出来ないまま次のシーンに強制的に移動させられてしまうのです。映画そのもののテイストを壊してしまうのかもしれませんが、記者と観客が一緒に謎解きをするような設定にしなければ、この映画の言いたいことを観客は一生理解することは出来ないでしょう。

中盤は緊迫するシーンもありますが、基本は鬼ごっこなので緊迫するのが当たり前。後半はさらにひどく、事件が二転三転してしまい、観客はポツンと取り残されたまま、エンドロールが流れるような感じです。

「消されたヘッドライン」は、2003年に英国でテレビドラマとして放映されていたものが元ネタとなっています。テレビドラマと映画の差異は分からないのですが、どちらも同じ事件を扱っているとすると6年も経てばニュース性もドラマの制作手法色あせます。この映画の難点は展開が二転三転して観客が置いてけぼりをくらうところにあるのですが、もしかするとテレビドラマのもともとの設定(二転三転する設定)をそのまま映画に持ち込んでしまったのではないかと勘繰ってしまうほどでした。例えば「24」をそのままの設定で2時間の映画にしたらこんな感じになってしまうのでしょう。

作り手の独りよがりのような展開は「GOEMON」に共通します。キャストにも魅力があり、マスメディアの習性とかを扱えば面白くなったであろう映画のはずなのに、無茶な展開が全てを台無しにしてしまいました。

ちなみに、マスメディアの習性をよくあらわしている映画に「クライマーズ・ハイ」があります(実は映画よりもNHKが制作したテレビドラマの方が緊迫感に溢れているようです)。「クライマーズ・ハイ」の舞台は地方紙の新聞社ですが、締め切り時間や取材、記事の伝達方法、編集を巡る社内での攻防など緊迫する雰囲気がよく描けています。映画に登場するワシントン・グローブにも締め切りという概念はあるのですが、実際には誰も何時だとか説明しないので、登場人物がいくら「あと6時間待つ」とか「4時間も待ったのに」とカリカリしても観客には緊迫感は伝わってきません。

時間が命の新聞社を扱いながら、時間の概念が全くないので、全体で3日経った話なのか、1週間経った話なのか、最後の日は今何時で、締め切りは何時なのかがさっぱり分からないのが残念でした。最後の原稿を送ったのは、感覚的に朝方かな?と思いきや、画面の中にちょっとだけ写った時計は1時40分頃でした(多分)。この差が作り手と観客の差なのかもしれません。

余談ですが、新聞には締め切り時間があります。日本では全国紙朝刊の場合は確か午前2時前(1時50分?)で同じ日付の新聞でも離島などに配達するために早めに作っておかなければならない1版から、都内の一部しか届かない13版ぐらいまであり、特ダネで同業他社を出し抜く場合や、ぎりぎりまで粘らなければ分からないニュース(WBCの結果など)は遅い版に掲載されることがよくあります。

Web上でも特ダネは午前2時に更新される場合が多いようなので、午前2時に新聞社などのホームページにアクセスしてチェックしてみると楽しいかもしれません。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・2点
事件の謎を解こうとする新聞記者の話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・1点
ペンの力で権力に立ち向かうというのは、今の日本社会では葬られた理想的なマスメディアの姿ではあるが、この映画は二転三転し過ぎて意味不明になってしまった。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・0点
どういうシステムで新聞が発行されるのかとか、ディティールを説明すれば観光要素になったのかもしれない。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・4点
真実を伝えようとする姿勢に貫通行動はあるが、伝えるニュースの内容が二転三転し過ぎてぶち壊しになってしまった。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・4点
主人公の助手、デラ・フライは本編に絡む登場人物の中で人格がブレなかった唯一とも言うべき存在。時に鋭いセリフを吐くので、主人公に取り立てられる能力があることが充分、伝わる。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・2点
公聴会で議員が軍事企業の疑惑を指摘するシーン。この時は面白くなりそうな雰囲気もあったのだが。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
主人公は親友の妻を抱いたという過去があるので、周りからそのことをつつかれるシーンは笑えるが、そればっかりなのでだんだん飽きてくる。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・1点
軍事企業の存在は怒りの対象だが、本編では活かしきれていないので効果は薄い。

【減点項目】

減点ゼロ。ハリウッドお得意の恋愛の要素がこの映画には全くないという、ある意味挑戦的な映画。題材は映画を面白くさせる可能性はあったのに、料理人がまずかった。「スラムドッグ$ミリオネア」とは対極にある映画といえるのかもしれない。


基礎点(15)+技術点(7)+芸術点(10)×1.5-減点=CinemaX指数(37)

「F」評価(59点以下)

ちなみにケヴィン・マクドナルド監督は「ラストキング・オブ・スコットランド」の監督でもあります。ドキュメンタリーに造詣の深い監督のようで、ラストキング・オブ・スコットランドもドキュメンタリー風のタッチが魅力でもありました。それなのに「消されたヘッドライン」は、あってもおかしくないような事件を題材にしたにもかかわらずウソっぽい印象を受けます。最後の二転三転の展開をみると、策に溺れたのかと勘繰ってしまいます。

見所をあえてあげるならば、油断したように太り「LOST」のハーリーのような容姿のラッセル・クロウが、ドタドタ走ったりするあたりでしょうか。太ったり痩せたりが激しい俳優なので「グラディエーター」「シンデレラマン」あたりを観て劇場に向かうと楽しいかもしれません。

5月22日ロードショー!

2009年4月26日/スペースFS汐留
State

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April 26, 2009

スラムドッグ$ミリオネア

監督:ダニー・ボイル
製作総指揮:ポール・スミス、テッサ・ロス
原作:ヴィカス・スワラップ
音楽:A・R・ラーマン
脚本:サイモン・ボーフォイ
出演:デヴ・パテル、マドゥル・ミッタル、フリーダ・ピントほか

「料理人の腕」

アカデミー賞を席巻した「スラムドッグ$ミリオネア」です。

この映画は、インドの身分制度がベースになっています。未だ残る身分差別、宗教の対立、貧富の格差、その後の高度成長期の到来などを鋭く描いています。この時代背景をベースに一方で主人公、ジャマールのひたむきなまでのラティカへの想い、時に反目しつつ、時に助け合う兄、サリームとの兄弟愛がストーリーに常に影響し続けているという、レールがしっかりした映画です。

恐らくジャマールが恋愛を貫いた部分だけをストーリーにして映画を製作しても、内容自体は重みがあるのでまずまずの映画になっていたのかもしれません。恐らく日本でも恵比寿ガーデンプレイスで上映されるような単館系映画になっていたことでしょうが、そこにクイズ$ミリオネアを絡めたのが、この映画の成功の肝と言えるわけです。

クイズ$ミリオネアは、英国発のクイズ番組で世界各地に広がりました。日本でもみのもんた司会で放送されましたが、日本人が一攫千金を夢見るということを忘れたのか、タレントばかりが出演するクイズ番組に変貌し没落、今は特番のみで放送されるようになっていますが、インパクトのある番組ではあります。

いきなりインドの話をされても、日本でもピンと来ないのですから、欧米ではなおさらです。そこにクイズ$ミリオネアを絡めることで親近感とストーリーに厚みが増すわけです。ジャマールが番組に出ることで身分差別がさらに浮き彫りになりますし、知識は学校でなくとも学べるというメッセージ、そして問題と絡めてジャマール自身の人生を振り返るという、一見複雑なようで実はシンプルな構成が可能となるわけです。

ジャマールと警察との駆け引きもクイズ$ミリオネアがないと成立しませんし、最後のシーンも番組なしに成立させるのは無理ではないでしょうが、著しく困難でしょう。例えば、インドの時代背景や人間関係など、さまざまに絡んだストーリーを1つのビルとするとそこに登る(観客が理解する)のは非常にややこしくて困難かもしれませんが無理なことではない。でも、クイズ$ミリオネアという非常階段を作ることで、ストーリーを理解するのが容易になったというイメージです。

クイズ$ミリオネアを除いた部分のストーリーはしっかりと作られていますが、目新しいわけではない。そこにクイズ$ミリオネアを持ち込んだ料理人(製作者)の勝ちともいえる映画でしょう。

【基礎点】
一般の洋画(15点)
・15点
インド映画のようだが、製作国は英国・米国。

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・9点
スラム街出身の子供がクイズ番組に出演し全問正解する話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・8点
小が大を食うことに人間が爽快感を感じるのは永久不変のことかもしれない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・10点
インドのスラム街。真逆だが「ローマの休日」のローマの街にも似た観光要素。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・9点
映像が美しい。音楽と合わせた編集も相乗効果を高めている。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
ジャマールは意固地なまでにラティカを想い、追い続ける。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・9点
ジャマールの兄、サリームとジャマールの取調べで彼の言い分に耳を貸す刑事。刑事の心の変化は地味なようで実は大きな見所。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・7点
サリームが、ジャマールが手に入れた俳優のサインを売り飛ばしてしなうシーン。兄弟の性格と後の運命の縮図になっている重要なシーンといえる。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・7点
ジャマールのクソ真面目さにも泣けるが、ラティカのジャマールへの想いはあるものの、自分の運命を受け入れて諦めている一連のシーン。ラティカはそれでも結局、ジャマールのクソ真面目さに心を動かされていく。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・8点
ジャマールやラティカ、ジャマールが街角で再会する子供など、健気で正直で笑えるシーンはあるが、これは一方で泣けるシーンでもある。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・6点
貧者を食い物にする人々。いつの時代も変わらない。

【減点項目】
・減点なし。
ただし、CMなどで放映されている映像は、ストーリーと直接的に関係がなかったり、あまり重要でないものが多かったりする。

基礎点(15)+技術点(46)+芸術点(37)×1.5-減点=CinemaX指数(117)

「B」評価(100~119点)

「諦めなければ夢は叶う」みたいなメッセージもあるので、教育映画として使えるかもしれません。たったフレンチキス程度でもキスシーンが云々とかガチャガチャ言われそうな時は、最後の数秒をカットすればいいのですから。

他にもエンドロールの踊りはインド映画のテイストがあって興味深く、オープニングやエンドロール、途中のPVのような映像、見たこともない製作会社などのロゴなど目新しいものばかりでした。

2009年4月24日/ワーナーマイカルシネマズ板橋
Slumdog_millionaire

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April 25, 2009

おっぱいバレー

監督:羽住英一郎
原作:水野宗徳
音楽:佐藤直紀
脚本:岡田惠和
出演;綾瀬はるか、青木崇高、仲村トオル、大後寿々花ほか

「ウソをつかない映画」

「おっぱいバレー」です。実話をもとにした原作があるので、原作を読んだ人と、読んでいない人では感想が異なるかもしれません。CinemaXでは原作を読んでいない立場で評価を行います。原作はいつのどの時代かは分かりませんが、映画では設定を1970年代の北九州に変更したようです。

この映画を知ったのは、昨年の27時間テレビでした。夜中の時間帯に電話に出た綾瀬はるかが「おっぱいバレーの撮影をしています」とさらっ答えて、明石家さんまが混乱していたのが印象的でした。後に明らかになるのですが「おっぱい」という、口にするには恥ずかしい単語は、ロケ現場では慣れてくると挨拶のように使われていたようなので、綾瀬はるかが臆面もなく答える理由はここにあったのかもしれません。

冒頭は、弱小バレー部の5人(後に6人になる)が当時の中学生なら恐らく誰でも知っていたであろう、時速100キロで走って手をかざす試みからスタートします。他にも「道程」(高村光太郎)の響きだけで興奮したり、部室に穴を開けて女子の着替えを覗こうとしたり、典型的な中学生ぶりを発揮します。そこに赴任してきたのが綾瀬はるか演じる女教師、寺嶋です。バレー部員は、大会で1勝すれば教師のおっぱいを見せてもらうという約束を取り付けて、発奮します。

予告やレビューを見るとスポ根もののようですが、バレー云々のくだりはだいたい4割ぐらい。例えばバレーだけで全編通してしまうと、無駄撃ち邦画の1つになっていたかもしれません。ポイントは残りの6割です。何故、寺嶋が教師を志したか、何故、バレー部員の約束をするはめになったのか、枷や伏線がたっぷり敷かれた見応えのある映画に仕上がっています。

良い映画の条件の1つには、主人公が追い詰められて、そこでどんな行動に出るか、どんなことを言うか、観客の期待を一心に集めるというものがあります。寺嶋は、クソ真面目という性格が常に影響して、教師になり、この学校に来て、約束をするはめになるわけです。その後もこれまでの枷や伏線が影響していて、最後の最後まで人格として際立った映画になっています。

一言でいえば、丁寧な映画です。

序盤で寺嶋に喧嘩をさせたり、しかも理由がクソ真面目故の理由だったり、生徒と教師で乗り越えてはいけない壁(恋愛とかではない)についてどう考えるべきかとか、実はメッセージ性の強い堅い映画なのです。一見、おっぱいというオブラートにくるんでいるのでコメディととられがちですが、油断して観ると良い意味で痛い目に逢う映画でした。

この映画では、誰もが共通して持っている想い出を引っ張り出して共有するという、恐ろしい隠し玉を秘めています。「自分の人生で影響を受けた先生」です。小中高あるいは大学でも何でもいいのですが、影響を受けた先生というのが必ずいるはずです。どっぷり付き合った担任かもしれませんし、ある教科だけを教える先生、部活の顧問、あるいは接点はほとんどなかったものの、ある期間だけ大きな影響を受けた先生など、この映画を観ると必ず誰かが頭の中に浮かぶことだと思います。

これは、ラジオドラマのように、音声だけの情報で聴取者それぞれの頭の中で映像を再生し、共有化するということにも共通します。鉄板です。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・6点
おっぱいを目的にバレーに青春をかけた中学生たちの話。
(裏テーマ:今度こそウソをつかないと決めた女教師の話)

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・6点
頑張ることに、理由なんか関係ない。
(裏テーマ:どんな仕事も信念がないと必ず狂いが生じる)

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・4点
中途半端に古くて泥臭さが残る北九州(特に八幡)の街を見ることが出来る。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・3点
北九州の泥臭い雰囲気はあるが、東京とは少し違うので懐かしいという感じはしないかもしれない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
女教師、寺嶋の人格は全くブレがない。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・9点
女教師、寺嶋の中学時代の回想シーン。教師、原田の行動はわずか1週間で荒んでいた寺嶋の心を変化させ、教師の道へと導くきっかけとなる。この1週間の回想のくだりは、大後寿々花を起用。1週間の後日談を含め、このシーンがないと映画全体の魅力は半減すると言ってもいい。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・10点
女教師、寺嶋の中学時代の教師、原田との1週間。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・10点
1週間のくだりの後日談。冒頭で寺嶋が登場するシーンにも繋がるので、是非本編を見て欲しいところ。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・10点
教師という立場と、生徒にウソをつきたくないという立場で葛藤する寺嶋のクソ真面目さはかなり笑える。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・4点
何でも頭ごなしに決めつめる学校現場の陰険さには怒りを覚える人が多いと思う。

【減点項目】

筋違いのPRが行われている(-10点)
・-2点。
序盤はテンポ良くおっぱいで釣って、中盤以降はしみじみと泣かせる映画。おっぱいは肝だが、かこつけてテレビなどでおっぱいグッズなどを引き合いに出して観客を集めようとしたあざとさが感じられたのは残念だった。口コミでも必ず高評価を得られる映画になると思う。

基礎点(20)+技術点(29)+芸術点(43)×1.5-減点(-2)=CinemaX指数(112)

「B」評価(100~119点)

実話をもとにした映画は、殆どが実話負けしてしまう中で「おっぱいバレー」が面白く仕上がったのは、実話=無難に面白いと安心することなく、オリジナル作品のようにキャラ設定をしっかり行い、丁寧な構成を心がけた賜物といえるでしょう。バレー部員はオーディションであえて冴えない雰囲気の役者を選んだようですが、見ていて段々とかっこよく見えてくるのが不思議です。丁寧な設定は、脚本がオリジナルドラマ全盛の頃から活躍を続ける岡田惠和氏ということもあるのかもしれません。

2009年4月23日/丸の内TOEI1
Opv_4

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April 21, 2009

GOEMON

監督:紀里谷和明
音楽:松本晃彦
脚本:紀里谷和明、瀧田哲郎
出演:江口洋介、大沢たかお、広末涼子、ゴリ、要潤ほか

「2ミリ前進」

史上最悪の映画「CASSHERN」を生み出した紀里谷監督が帰ってきました!何の因果か試写会が当たってしまい、行ってきました「GOEMON」CinemaXの評価やいかに。

まずは気になった点をあげると…。

・シナリオが悪い。
とにかく何もかも喋りすぎ。「さてと」「あいつ遅いな」など喋らずともすむものをいちいち喋る。こんなにセリフに詰め込むのなら映像を隠して音声だけにしてもいいぐらいです。CASSHERNに引き続き陳腐なセリフばかりで俳優も感情移入がしにくいのか、大沢たかおや平幹二朗など演技派の俳優を除きみんな広末涼子みたいになっちゃってます。劇場でご覧になる方は、いちいち喋る登場人物たちのセリフに注目してください。

・ストーリーが悪い。
とにかく意味が分かりません。人物相関図を頭に入れておいたほうがいいかもと言われても、ほとんど役に立ちません。信長を光秀が殺して、三成と家康が戦うことぐらい。あとはキャシャーンと同じく行き当たりばったりで思いついた映画のストーリーを寄せ集めたような展開です。光秀と秀吉が結託して信長を殺したという陰謀説も目新しくもなく、映像にしろストーリーにしろ、目新しさは全く感じられない映画でした。パンドラの箱なんか意味が全く分かりませんし、最後もさっぱり分かりません。最初の30分と最後の30分は不要で、1時間弱の内容を水で薄めたような映画です。

・カットが悪い。
カットに一貫性がありません。カットやシーンを変えると観客は大なり小なり衝撃を受けるので、出来るだけスムーズにしなければなりません。一方でショックを意図的に与えるために奇抜なカットを入れるなどの方法もあるのですが、GOEMONのカットは計画性があるとは思えず、いちいち中途半端に電気ショックが走るような衝撃を受けてしまいます。ほかにもカットの前後で突然、登場人物の髪の色が変わっていたりとか、自主映画でも気をつけるようなミスを平然と繰り返す素人仕事も大いに気になりました。

・シーンが悪い。
シーンの繋ぎも最悪です。カットと同様にシーンの繋ぎは観客に衝撃を与えます。これはちょっと早めだった、もう少し遅い方がよかったなど、バラエティ番組のディレクターでさえ気にするような大事なことをあまりにも適当にやっつけてしまっています。まるで鼻くそをほじりながら適当に繋いでいるような粗い仕事で感情移入が出来るはずもありません。

・CGに艶がない。
紀里谷監督はプロモーションビデオで売り出した人なので、SAKURAドロップスばりのCGがウリといえばウリなのですが、のっぺりした映像になるので、高所から落ちたりしてもサッと血の気が引く感じにもなりません。アニメなのにジェットコースターに乗っているかのような感覚をともなう宮崎アニメよりもリアルさに欠けるということになります。CGのくせに情けない。お金がかかるので仕方がないのかもしれませんが、グーグルアースで詳細な航空写真がない地方の画像を無理矢理拡大しているようなピンボケの背景も気になりました。綺麗なのか誤魔化されているのかは分かりませんが、やはりPVはPV、CASSHERNと同じく2時間以上も見続ける類の映像ではないのかもしれません。

・デザインに品がない。
滝とか、ホタルとか、天守閣とか、数が多けりゃいいってものではありません。街もそう。これで創造性溢れると思っているのかもしれませんが、架空の街にせよ、人が暮らしているわけですからどこにどのように誰が生活しているかぐらいは考えないと、全くリアリティのない街になってしまいます。例えば「戦国自衛隊1549」では、現代人が戦国時代の人々に文明を伝えてしまったため、天守閣などが奇異な発展を遂げてしまうのですが、前述のバックボーンがあるからこそこういう光景になるのだということが観客にも伝わってきます。ところがGOEMONはやっつけもいいとこ。こんな街に行きたくも住みたくもない。

・らしさがない。
CASSHERN、GOEMONの両方に共通するのですが、どこかで見たような映像やストーリーを寄せ集めたような映画になってしまうのが気になります。阿修羅城の瞳?スパイダーマン?300?さらば宇宙船間ヤマト?セブン?ナルニア国物語?スターウォーズ?パロディ映画と思えるようなシーンもあります。おまけに登場人物の着物も庭も建物も鎧も街並みも何かの映画で見たようなものばかり。綺麗といえば綺麗ですが、目新しさはありません。ストーリーも同じく目新しさゼロ。せっかくお客さんが高いお金を出して劇場に足を運んでくれるのですから、そろそろ本気になって紀里谷監督「らしさ」を出すことを考えた方がいいのかもしれません。。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・0点
パンドラの箱は何だったのか。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・0点

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・1点
武将それぞれに忍者がついていて代理戦争のようになっている設定は面白かったが、あまりにも構成が悪く台無し。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・0点
生きろと言ってみたり、強くなれといってみたり、これで最後にしろと言ってみたりGOEMONの別人格ぶりが気になったが、これでもCASSHERNよりはマシ。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・5点
大沢たかお演じる霧隠才蔵。

印象に残るシーンはあったか(10点)
・5点
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
大沢たかお演じる霧隠才蔵のかまゆでの刑での演技は見物です。一瞬で終わる中村橋之助演じる織田信長の舞と並んで本編中で数少ない見所のあるシーンかもしれないので、前後のストーリーがグチャグチャじゃないかとか、一体何を言いたいシーンなのかとか、細かいことを気にせず楽しむのがコツです。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
霧隠才蔵やその妻が死ぬシーンでズルズル泣いている人がいたが、言うまでもなく人が死ねば悲しいもの。その場限りの泣かせはCinemaXでは評価の対象にならない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
クスッと笑いかける部分が2ヵ所ほどあるが、その場限りの笑いなので評価外。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・1点
霧隠才蔵の子供までかまゆでにする秀吉に怒りを感じるが、それまでの積み重ねがほとんどないので評価は低い。

【減点項目】

今回は宇多田ヒカルの援護射撃もなく減点ゼロ。CASSHERNより若干我慢できる映画にはなっているので寝ることもありませんでした。

基礎点(20)+技術点(1)+芸術点(11)×1.5-減点=CinemaX指数(38)

「F」評価(59点以下)

GOEMONの「こんな時代劇、見たことない。」というコピーはその通り!こんなの時代劇じゃありませんから!

どうか、これでもう最後にしてください。

2009年4月21日/九段会館
Goemon

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April 19, 2009

レッドクリフ PartⅡ―未来への最終決戦―

監督:ジョン・ウー
製作総指揮:ハン・サンピン、松浦勝人、ウー・ケボ、千葉龍平ほか
音楽:岩代太郎
脚本:ジョン・ウー、チャン・カン、コー・ジェン、シン・ハーユほか
出演:トニー・レオン、金城武、ヴィッキー・チャオ、リン・チーリンほか

「今さら羊頭羊肉」

レッドクリフPartⅠから半年、PartⅡが帰ってきました。赤壁の戦いを扱いながら、PartⅠでは戦いすら始まらなかったレッドクリフです。よほど観客動員を稼ぎたいのか、各球場のバックネットに広告を出して封切日から「大ヒット上映中」とか、「女と女の戦い」とか、半ばヤケクソのような内容でローズマリー兄弟がぐちゃぐちゃ話すだけのCMとか、見境のないPRが目立つレッドクリフですが、極めつけは「PartⅠを見なくてもOK」というコピー。素直に解釈すると「こんな映画、観ても観なくても一緒」という風にとれるのですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

PartⅠが上映された昨年10月はリーマンショックで世界的な経済危機が始まった時期でしたが、それから半年、PartⅡが公開される現在はさらに深刻な状況にあります。おそらく映画館に足を運ぶファンも減少しているはずで、損をしない製作委員会方式でクソ映画を量産していた邦画も製作のスピードが鈍り、これは経済危機の震源地である米国も例外ではありません。テレビ朝日を中心にレッドクリフⅡを血眼になってPRするのは、興行成績がDVD化やテレビでの放映権で大きく影響することも1つの要因なのですが、見境のないPRが行われるほど「大ヒット上映中」という言葉が嘘っぽく聞こえてきます。

ところが、意外や意外、PartⅡはきちんとした映画なのです。

PartⅠのイメージで観にいくと、良い意味で期待を裏切られるかもしれません。観客をおちょくるようなイントロのテーマ曲が、一転して壮大な物語の序章であるように感じるぐらい、この映画のイメージが変わりました。

PartⅠでは、ズームを多用する昭和40年代っぽいカメラワークと、人がバッサバッサ殺されるばかりの映画でしたが、PartⅡではちゃんとした脚本で映画が撮影されているようです。伏線もきちんと張られていて、例えば急に登場人物が死んだりとか、そのシーンだけで泣かせるのではなく、それまでのシーンの積み重ねで観客を泣かせるという脚本のセオリーも守られています。喜怒哀楽もきちんと用意されていて、映画の体を成しているのです。

バレバレのワイヤーアクションが気になったり、女性が戦場に向かうというナンセンスな設定もありますが、そういう無理矢理さも脚本のテクニックや丁寧な人物設定であまりボロが目立たなくなっています。PartⅠとPartⅡの撮影が同時だったのか、少し時間が空いたのかは分かりませんが、脚本やカメラワークなど明らかに別の人が絡んだような映画に仕上がっています。何度も繰り返しますが、これは本当に意外でした。

ところが、時すでに遅し。PartⅠの時に大々的なPRに乗せられて劇場に足を運んだ割に無駄なシーンが多く、人の手足がちぎれるような過激な映像を延々と見せられ、結局は入門編のような状態で「PartⅡ」に続くというような映画を観た観客の中には、PartⅠを羊頭狗肉のような映画と感じた人も少なくはなかったのかもしれません。

ところが一転してPartⅡは映画の基本を抑えていて、羊頭羊肉の映画なのですが、PartⅠで狗肉を喰らって騙されたと感じた観客は、PartⅡを観ようとなかなか劇場に足を運ぼうとはしないでしょう。見境のないPRが繰り返されればなおさらです。

これと同じことが邦画全体でも起こっています。テレビ局や広告代理店はスポンサーが減ってアップアップですから、映画での集金に走る傾向が強まる可能性があります。ただ、クソ映画ばかり作っていると、騙されたと一度離れた観客はなかなか戻らないことを肝に銘じるべきといえます。

【基礎点】

日本・アメリカ以外の映画(25点)
・25点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
3つの国の武将が命をかけて戦う。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・8点
戦争は決してなくならないものなのでいつの時代にも当てはまる。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・0点
PartⅠでの多彩な陣形は目を見張るものがあったが、PartⅡでは戦場での生活や戦闘は多くの戦争映画で見慣れたものであり、中国の三国時代「らしさ」もほとんど感じられなかった。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
周瑜や孔明を主人公とするならば、約束を守り、君主に仕え続ける行動は一貫している。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・10点
地味だけど実は主役だった周瑜。PartⅠでは役者の顔が趙雲と似ていてさらに地味だったが、今回は主役らしさが感じられた。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・10点
最後に周瑜が「この戦争の勝者はいない」というシーン。戦争は日常生活で築き上げた人間の倫理観が往々にして崩壊してしまうため、善悪を突き詰めると答えが出ないことを一言で表現している。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・10点
孫権の妹、尚香がスパイとして乗り込んでいた時に出会った兵士と戦場で再会し、死別するシーン。尚香が「おバカさん」と呼ぶ見た目の通り純朴な兵士があざといまでに描かれていて、伏線は丸見えなのだが、単に死ぬというその場限りのイベントだけでなく、きちんと組み立てられているので泣ける。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・6点
笑えるシーンはいくつかあるが、前述の兵士の純朴さは、悲しみを帯びた笑いだった。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・6点
・疫病で死んだ自軍の兵士を敵に贈りつけるなど曹操の血も涙もない行動は一貫している。

【減点項目】

筋違いのPRが行われている(-10点)
・-10点
女と女の戦いというPRの意味が分からなかった。「―未来への最終決戦―」というサブタイトルもいらない。

基礎点(25)+技術点(26)+芸術点(42)×1.5-減点(10)=CinemaX指数(104)

「B」評価(100~119点)

2009年4月18日/シネプレックス新座
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April 14, 2009

フロスト×ニクソン

監督:ロン・ハワード
製作総指揮:ピーター・モーガン、マシュー・バイアム・ショウほか
音楽:ハンス・ジマー
脚本:ピーター・モーガン
出演:フランク・ランジェラ、マイケル・シーン、ケヴィン・ベーコンほか

「森喜朗」

物心ついた頃の米国大統領はニクソンでした。ロンパールームは酒井ゆきえ、おかあさんといっしょは、トムトム、チャムチャム、ゴロンタでした。

「フロスト×ニクソン」は、ニクソン元大統領のウォーターゲート事件を探ろうとした英国テレビ司会者、デビッド・フロストとのトークバトルが中心の映画です。事件を探るといってもといっても政治的に切り込むのではなく、成り上がり精神溢れるフロストがスポンサーも決まっていないままに米国に乗り込んで、ニクソン大統領との会談に挑むというものです。

実話をもとにした映画は、実話負けしてしまうことが多いのですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

そもそも私はウォーターゲート事件自体をよく知らなかったので、おさらいしてみると…1970年代、ニクソン大統領が野党、民主党に盗聴マイクを仕掛けたことなどを発端に大統領辞任に至った事件のようです。政権闘争はいつの時代でも、どこの国でもある話です。それは現在の日本も例外ではなく、政敵潰しの疑いのある動きもみられます。

フロスト×ニクソンは、ニクソン大統領の辞任から話がスタートします。英国のテレビ司会者、フロストがニクソンに会談を申し込むとあっさりと承諾されます。政治家というのは本来、自分にとって不利になる場には決して出てこないのですが、フロストの挑発に乗ったのは、人気司会者の番組で自分の功績を語ることが出来れば混乱の責任を取って大統領を辞任した自身の復権が図れると踏んだからです。

見せ場はインタビューにおけるトークバトルなのですが、それ以前にもニクソンのケチな性格や、ウォーターゲート事件について触れることのない退屈なディナーショーなど、ニクソンの不人気ぶりの一方、女好きのフロストの軽さ、行動力、そして、何も考えていないようでしっかりと考えているというアンバランスさゆえの雰囲気が人々を惹きつける魅力など、両者の違いを徹底的に描き出しています。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点。

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
英国の人気テレビ司会者が、元大統領のスキャンダルを引き出すべくインタビューを挑む。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・10点
・権力闘争にマスメディアが切り込む動きは、今の日本には皆無なので貴重。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・6点
この頃も米国は契約国家なのだなということ。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・4点
むしろ奇異に感じる。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
フロストはニクソンからスキャンダルの真相を切り出そうとする。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・10点
フロストとニクソン。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・8点
インタビューの核心のシーン。言い合いになるかと思いきや、逆に静かに淡々と進行していたのが印象的。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・2点
何をやっても人気が出ないニクソンは、フロストとの対比もあって気の毒な感じがした。だからこそ、大統領時代は疑心暗鬼になって政敵潰しに奔走したのかもしれない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
ニクソンのセコさをあらわすいくつかのシーンは面白い。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・2点
一見、フロスト=善、ニクソン=悪なのだが、見ているうちに善悪で判断することが出来なるところは怒りにも似た無情さを感じる。

【減点項目】

・減点なし。

基礎点(15)+技術点(38)+芸術点(25)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(91)

「C」評価(80~99点)

フロストの人気とニクソンの不人気は、小泉元首相は何をやっても人気が出るのに、森元首相は何を言っても揚げ足を取られて批判されるのと似ています。ただし、国民の人気と権力は関係なく、森氏は一昔前の政治家に比べて小粒といえどキングメーカーとして暗躍しているようです。
2009年4月2日/TOHOシネマズシャンテ
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April 05, 2009

ヤッターマン

監督:三池崇史
製作総指揮:佐藤直樹、島田洋一
原作:竜の子プロダクション
音楽:山本正之、神保正明、藤原いくろう
脚本:十川誠志
出演;櫻井翔、福田沙紀、生瀬勝久、ケンドーコバヤシ、阿部サダヲ、深田恭子ほか

『秀忠』

ヤッターマンの映画化です。アニメのリニューアルや1年かけて深田恭子のダイエットだの種を撒き続けた甲斐あって春の映画では好調な観客動員を記録しているようです。一方で面白くない映画を無理に売りたい時や観客動員が落ちてきた時に「大ヒット上映中」というカンフル剤的なCMも早々に打ちはじめました。ハリー・ポッターの新作が半年以上も延期されて、昨年末から上映作品の組み立てが崩れてしまっている日本の映画業界ですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

私がこの映画を観ようと思ったきっかけは「タイムボカンシリーズ」に思い入れがある…それだけです。

映画化に当たってはアニメのリニューアルがきっかけとなったのでしょうが、個人的には①過去のアニメや映画のリニューアル②アニメの映画化やドラマ化などは知的財産の二次使用、三次使用のようなもので、いわば「枯れた技術の水平思考」(横井軍平)だと思います。それでも強行するのなら、強行するなりの「意味が必要」ということになります。

例えば、藤本弘(藤子・F・不二雄)亡き後、「ドラえもん」は声優を総入れ替えしたり、若手の脚本家を入れて新たな展開を試みたりと迷走しています。関係者はサザエさんのようなずっと食えるメシの種にしようと考えているのかもしれませんが、映画が三発連続してリニューアルという、最近の野放図な方針に閉口してしまいます。

「のび太の恐竜」をリニューアルして公開した「のび太の恐竜2006」は、映画ドラえもん25周年というこじつけに加えて、声優を総とっかえした後の再スタートという意味がありました。まあまあ意味としては納得出来るのですが、驚くことに2匹目のドジョウを追いかけて、そのドジョウに何を思ったのか「のび太の魔界大冒険」をリニューアルした「のび太の新魔界大冒険~7人の魔法使い~」を選びました。

2匹目のどじょうを追うこと自体が、「枯れた技術の水平思考の再利用」というダビングを繰り返したカセットテープのようなものですし、あえて追いかけるなら当「のび太の宇宙開拓史」が相応しいはずです。その理由は今回の「ヤッターマン」にも共通します。

歴史上、幕府や政権が長続きするかは、2代目将軍や執権にかかっています。現在に当てはめると、オーナー企業の2代目社長にも共通するのですが、突然変異のように現れた初代の才能や強運を、2代目がいかに堅実に守り、3代目に伝えるかにかかっています。

例えば、江戸幕府が長らく維持出来たのは、秀忠の存在が大きいと言われています。長兄が殺され、次兄は養子に出されて廻ってきた将軍の座を引き継ぎ、歴史上の評価は可もなく不可もなく、生まれながらの将軍、家光に引き継ぐことで、江戸幕府は磐石なものとなったといえるでしょう。

2代目が重要なのです。

ドラえもんで考えると、2作目の「のび太の宇宙開拓史」が、キーとなります。ストーリーも分かりやすく、本編の仲で出逢いがあって別れがあるという、構成も秀逸な映画です。「のび太の恐竜」は東宝では鉄板といえる「モスラ対ゴジラ」を再登板させて同時上映するという、補助ロケットを要した一方、「のび太の宇宙開拓史」は怪物くんの同時上映があったにせよ、事実上、ひとり立ちした初めてのドラえもん映画と言えるでしょう。

「のび太の宇宙開拓史」でコケていれば、映画ドラえもんは現在まで続くことはなかったかもしれません。

他の事例で考えてみます。

例えば仮面ライダーは、地味な1号、2号をひとまとめとして考えて、事実上の2代目、V3で人気が爆発したと考えると、この成功がシリーズをストロンガーまで導き、その後も数年おきに細々とシリーズが誕生し、日本人に定期的に仮面ライダー免疫を植え付け、石乃森章太郎の死後、弾けまくってしまった平成シリーズが受け入れられる地盤が整ったといえるでしょう。

また、ウルトラマンは、ずっとウルトラQのような暗い内容のままだと絶滅していた可能性が高いといえます。シリーズ2作目のウルトラマンで巨大な宇宙人が地球人の代わりに怪獣や宇宙人と戦うスタイルが確立したことでウルトラマンレオまで一連のシリーズが続き、その後は仮面ライダーと同様に現在までさまざまなバリエーションに繋がったと言っても過言ではありません。

そう考えるとゴジラも第1作を観た中村真一郎、福永武彦、堀田善衛ら錚々たる作家が「面白い、俺にもアイデアが浮かんだ」と食いついて「モスラ対ゴジラ」が生まれていなければ、ゴジラはずっと第1作の暗い雰囲気を引き摺っていた可能性があり、その後のゴジラシリーズはおろか、ガメラ、ガッパなど大手映画会社の怪獣映画ブームも存在し得なかったかもしれません。

ヤッターマンは、タイムボカンシリーズの方向性を生み出したキーとなるアニメです。正義の味方は2人の男女、悪玉は3人組というスタイル(シリーズの中には例外もある)を確立したのもヤッターマンで、後半には小型メカ対小型メカなど無尽蔵にアイデアを駆使できるシステムも生み出しました。

個人的にタイムボカンシリーズで面白いのは、オタスケマン、イッパツマンなのですが、もちろんヤッターマンがなければ存在し得なかったでしょうし、シリーズも視聴率低迷で朽ち果てたイタダキマンまで8年に及ぶことはなく、物理的に今回のアニメのリニューアルも映画化もあり得ないことになります。

ただし、タイムボカンシリーズが秀逸なのは、第1作目のタイムボカンでかなりのスタイルが固まっていたというところにあります。ここにヤッターマンを遺作に45歳の若さで亡くなったタツノコプロ初代社長、吉田竜夫氏の非凡な才能が伺えます。

さて、本編なのですが、アニメの話を3つぐらい束ねた話で、三池崇史監督のヤッターマンに対する思い入れが伝わってくる内容でした。たてかべ和也、小原乃梨子らドロンボーの声優2人と演出家としてタイムボカンシリーズを支えた笹川ひろし氏を引っ張り出したり、オリジナルの主題歌を歌っていた山本正之氏を引っ張り出したりと様々なこだわりが感じられました。

特にアニメのリニューアルの主題歌に関してひと悶着あった山本氏の「ヤッターマンの歌2009」は感動モノです。この歌に相応しいのは、山本氏の明るい声以外考えられません。

また、監督のこだわりは、短い本編の中でヤッターキングまで登場させる点にあります。ヤッターゾウはあまり愛着がないので、その点も共感出来たりします。「ヤッターキング」は山本氏が自身を慕う甲本ヒロト氏に「ヤッターキング2009」として譲りました。原曲を崩してしまうほどのアップテンポですが、この歌をうたえる甲本氏の嬉しさが伝わってくるようでした。

さらにさらに監督のこだわりは、2曲のドロンボーの歌を含めてこれら4曲をフルコーラスで観客に押し付けるところにもあらわれていますが、ここまでこだわりを見せるなら、昭和の名声優、富山敬氏の音源を使用して欲しかったように思います。アニメのリニューアルや今回の映画でもナレーションなどを務めている山寺宏一氏は頑張っているのですが、ちびまる子ちゃんの2代目おじいちゃんの声優を務める青野武氏同様、やはり物足りなさを感じてしまいます。

ほんの少しでも富山敬氏の声が流れれば、「ヤッターマン」がいくらストーリーが間延びして面白くなかろうが、泣いてしまうでしょう。

【基礎点】

アニメーション(ジブリ以外)(5点)
・5点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・5点
正義の味方と悪玉3人組がドクロストンを奪い合う。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・2点
よく分からない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
海上を移動するヤッターワンの横で水しぶきを浴びるヤッターマン1号、2号はいかにもリアル。他にもヤッターキング内部の回転するスペースで乗り物酔いを起こしたり(アニメではグー子とチョキ子、パー子が回るスペースと思われる)、当時感じていた疑問を丁寧に映像化していたのはある意味目新しかった。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・6点
当時、オリジナルのアニメを観ていた世代には魅力的に感じるかもしれない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
ドロンボーを主人公と考えると、ドクロストンを集めるという貫通行動はある。
(こんなことを真面目に考えている自分に何となく違和感を感じる)

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・5点
海江田博士(阿部サダヲ)。海江田博士と娘のエピソードは本編においてクソのような設定だが、博士とドクロベエの一人二役を演じる阿部サダヲの演技力は見所。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・6点
アニメの声優2人とオリジナルアニメの演出家が出演していたシーン。小原乃梨子(ドロンジョ)とたてかべ和也(トンズラー)の両氏は、ドラえもん(テレビ朝日版)の初代のび太、ジャイアンのため顔出しするのは珍しくないが、八奈見乗児(ボヤッキー)氏は顔出しNGなので3人目にボヤッキーの声を期待すると普通の声(笹川ひろし氏)なので観客が拍子抜けする演出は面白かった。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
山本氏の歌声は懐かしさで泣いてしまいそうだが、ストーリーとは関係ない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
「ヤッターマン」に瞬間的以外の笑いを求めるのは酷なのかもしれない。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点

【減点項目】

無意味なシーンが多すぎる(-10点)
・-10点
海江田博士のエピソードは間延びしすぎ。


基礎点(5)+技術点(29)+芸術点(11)×1.5-減点(-10)=CinemaX指数(41)
「F」評価(59点以下)

「ヤッターマン」は、思い入れが強すぎるせいか、ストーリー自体は面白くありません。特に終盤のドクロベエとの対決。ヤッターマン1号とドロンジョの恋は、オリジナルアニメでもエッセンス程度に盛り込まれているのですが、引っ張りすぎたことで全体のバランスが破綻しています。海江田博士と娘のエピソードも間延びしすぎです。

恋愛とか、親子愛とかのエッセンスを織り交ぜて映画っぽくしたかったのかもしれませんが、オリジナルの雰囲気に不釣合いな味付けをしてしまったことで、一度は見たいが二度見るまでもない映画になってしまいました。

くれぐれも、ドラえもんのように調子に乗って他のシリーズも映画化しないことを祈るばかりです。

2009年3月28日/シネプレックス新座
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March 29, 2009

ホルテンさんのはじめての冒険

監督:ベント・ハーメル
音楽:コーダ
脚本:ベント・ハーメル
出演;ボード・オーヴェ、ギタ・ナービュ、ビョルン・フローバルグほか

「ハートウォーミングストーリー?」

「ホルテンさんのはじめての冒険」です。「勤続40年のまじめな運転士ホルテンさんが、定年退職日に人生初の遅刻をしたことから巻き起こる騒動を描くハートウォーミング・ストーリー」(Yahoo!Japan)という解説なのですが、とんでもない犯罪ばかりを繰り返すおじさんの映画でした。

この映画は、冒頭から見所です。というより、冒頭しか見所がなかったりします。それは、オープニングのシーン。主人公のホルテンさんが運転する機関車がいくつものトンネルを通り抜けるのですが、トンネルに入るたびにキャストやスタッフのテロップが流れるのはなかなか楽しいです。そのシーンだけで、雪深くて山の多いノルウェーの特性が説明されるわけですから。

本編では退職を明日に控えたホルテンさんの不運が次々と押し寄せる(しかも平面的に)という、面白くないプロモーションビデオのような内容なのですが、クソ真面目さ故の行動なのだなと納得出来るのは、最終日の勤務に遅刻して逃げてしまうところだけ。あとは、故意でないにせよ住居侵入(子供のいる家に侵入する)、保護責任者遺棄致死(運転中突然死した友人をほったらかして逃げる)、住居侵入+窃盗(友人の家に侵入し友人の犬やスキー板を盗む)などの犯罪を繰り返すとんでもない人の映画です。

これのどこがハートウォーミングストーリーなのでしょうか。

ちなみに、ホルテンさんが友人から盗んだ犬が、カンヌ映画祭のパルムドッグ賞(パルムドール賞ではない)を受賞しているのですが、本編にはほとんど関係のない犬です。詳細はよく分からないのですが、監督が巨匠なので悪ふざけで贈った賞なのかもしれません。逆に言えば、脇役以下の犬ぐらいしか褒めるところがない映画ということを暗に示しているのかもしれません。

ちなみに、「ホルテンさんのはじめての冒険」は、「おくりびと」で話題になったアカデミー賞外国語映画賞のノルウェー代表映画なのですが、代表なら何でも凄いと考えるのは危険で、女の子がキャッキャキャッキャ騒ぐだけの「キャラメル」もレバノン代表映画です。おまけに「ハートウォーミング・ストーリー」(Yahoo!Japan)の評価も。レバノンの殺風景な街よりは、ノルウェーの街や電車のデザインのほうが観ていて楽しいのですが、これもストーリーとは何の関係もありません。

思えば、邦画も学ランで喧嘩をするような学園モノの映画か、タイトルだけではピンと来ないハートウォーミング・ストーリーだらけになっています。この手の映画は波風が立たないだけに印象に残らないものが多いような気がします。安心して観ることが出来るジャンルなのかもしれませんが、こんな映画ばかり上映していると、映画業界に再び斜陽の時代が訪れますよ。

【基礎点】

日本・アメリカ以外の映画(25点)
・25点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・1点
真面目なおじさんが退職当日にさまざまな不運に巻き込まれる話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・1点
狙いは面白いが、展開が行き当たりばったり過ぎる。ただし団塊世代の退職の最中にある日本に当てはめると面白い設定になるかもしれない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・0点
ない。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点
ない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・0点
主人公がフラフラし過ぎ。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・2点
目隠しで運転出来ると言ったホルテンさんの友人。弟の話を自分のプロフィールとして話していた点は印象に残るが、何故そんな嘘をつくのかは全く描かれていないのが残念。思いつきのキャラクターか。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・3点
オープニングの運転席からの風景。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
泣けない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・2点
ホルテンさんの送別会。鉄ちゃんだらけの鉄道会社職員は笑えるが、ストーリーとは全く関係ない。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
ホルテンさんの無計画な行動に怒りのようなものは感じるが、評価外。

【減点項目】

筋違いのPRが行われている(-10点)
・-10点
犬は全く関係ない。

基礎点(25)+技術点(2)+芸術点(7)×1.5-減点(-10)=CinemaX指数(28)
「F」評価(F…59点以下)

ウオッチメン」と同じF評価ですが、全く次元が違います。「ウォッチメン」は良くも悪くも劇場で必見クラスの映画。「ホルテンさんのはじめての冒険」は、よほどの映画好きの方でない限り、人生で接点がなくても全く問題ない映画です。同じお金をかけるなら「ウォッチメン」を観ましょう。

2009年3月13日/ル・シネマ
Holten

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March 28, 2009

ウオッチメン

監督:ザック・スナイダー
製作総指揮:ハーバート・W・ゲインズ、トーマス・タル
原作:デイヴ・ギボンズ
音楽:タイラー・ベイツ
脚本:デヴィッド・ヘイター、アレックス・ツェー
出演:マリン・アッカーマン、ビリー・クラダップ、マシュー・グード、カーラ・グギーノほか

「水の味」

「ウォッチメン」です。アメコミの映画化が長らく続いていますが、日本人に縁遠いものも多くなりました。ウォッチメンはその最たるもので、実際に作品を観るまではスーパーマンやバッドマン、ハルクが出てくる、手塚治虫のスターシステムのような内容なのかと思いましたが、ウォッチメンという独立したアメコミが元ネタでした。

ところが、これまでのアメコミとは違い、何故ウオッチメンが誕生したか、何故今のように社会から追われる立場となっているか、詳細に実社会と絡んでいるのが興味深いです。ダークナイトがヒットしたように、社会と関わっているようで実際にいるとは思えない完全無欠のヒーローより、人間臭いヒーローがウケるようになっているのかもしれません。

ストーリーは「ウォッチメン」というタイトルの通り、終末時計がモチーフになっています。ソ連など東欧社会が健在だった冷戦時代は、度々終末時計が話題になっていました。東西が核ミサイルを構えて睨み合いをしていた1980年代の終末時計は、最も緊張が高まった1984年に23時57分、世界の終わりの深夜0時の3分前でした。ウォッチメンはその数年後に描かれたようです。

終末時計はその後、ソ連が崩壊した1991年には23時43分まで遡りましたが、現在は地球温暖化やイランや北朝鮮など第三国の核の対等で23時55分まで針が進んでいます。

「ウオッチメン」は、ストーリーを理解しようとすればするほど頭が混乱するのですが、不思議なことに何も考えないとすんなり浸透してきます。まるで水のようです。例えば、終盤は新たな敵の登場で米国とソ連は結束し、東西冷戦は解消に向かうのですが、第3の敵を相手にすると、これまで反目していた者同士が団結するということは多くの場面で見られるように、これは争いの歴史ばかりの人間の本質を突いているといえます。

「ウォッチメン」は他にも人間の死生観、正義に対する本音と建前など、テーマはどれも難解ながら本質を突いています。ただし、それを具体的に言葉で説明するのは難しく「水の味を説明しろ」というようなものです。厄介な映画に遭遇してしまいました。

「ウォッチメン」は、多くのアメコミの映画化で弱められている性描写のシーンがかなり含まれています。他にもグロいシーンが多く、それ故にR-15指定になったようなのですが、細かくて面白いカットが多く、シーン作りも丁寧なため、映像を勉強している人には参考になる部分が多いと思います。冒頭の長い長いオープニングや、後半の刑務所のトイレでのロールシャッハの報復シーンなどは、地味ですが注目すべきポイントです。

他にも、歴史上の人物にそっくりな人を登場させることで実社会と接点をもたせたり、音楽もいかにもアメリカというような選曲で、映像化不可能といわれた「ウォッチメン」の映画化に強いこだわりのあるスタッフが集って、よってたかって作品を作り上げたのだなという意気込みは伝わってきます。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・0点
元ヒーローが水面下であれこれ騒ぎながら、当面の世界平和に貢献するっぽい話。

これだけでは全く魅力はないものの、本質を突くテーマのようなものをピックアップすると…
・立ち向かう敵が現れることで人間は団結する。
・正義を貫くことだけで平和は生まれない。
・大きな犠牲を避けるには、小さな犠牲が必要なことがある。
・人間はどう生まれたかが問題ではない。生まれたこと自体が一大事なのだ。
…などなど一言で説明不能だが、どれも本質を突いている。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・2点
小ネタで突いている人間の本質は、いつの時代にも当てはまる。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・0点
ない。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点
ない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
それぞれの人間に貫通行動はあるが、その行動の理由がちゃんと説明されているのはロールシャッハだけ。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・8点
最後まで正義を貫いたロールシャッハ。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・0点
意外とない。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
泣けない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
笑えない。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
それもない。

【減点項目】

寝てしまった(-30点)
・-30点
中盤の前半、ひどく退屈なシーンがある。不覚にも少し寝てしまった。

基礎点(15)+技術点(10)+芸術点(8)×1.5-減点(-30)=CinemaX指数(7)
「F」評価(59点以下)

CinemaXの評価基準では極端に低い指数となるのですが、クソ映画ではありません。
・序盤にヒーローたちが活躍している姿を映像できちんと描く。
・ヒーローたちの誰が主人公なのかはっきりさせる。
この部分がきちんと補われていればもっともっと面白い映画になったはずです。

アクションシーンとCG、効果音や音楽など五感で楽しむ映画なので、DVDでちまちま観るのではなく、劇場で楽しむことをお勧めします。

2009年3月19日/一ツ橋ホール
Silk5

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March 08, 2009

チェンジリング

アカデミー賞ノミネート作品「チェンジリング」です。実話を扱った作品は、実話負けしてしまうことが多いだけに、作品の完成度が注目されます。果たしてCinemaXの評価やいかに。

「日本人にちょうどいい」

冒頭にも述べたとおり、実話を取り上げた作品は数多くあります。「アポロ13」「エリン・ブロコビッチ」「クイズ・ショウ」「パッチ・アダムス」など挙げればきりがないのですが、割と知られたエピソードを取り上げているという共通点があります。最近の邦画では「旭山動物園物語 ペンギンが空を飛ぶ」や少し脚色を加えていますが「クライマーズ・ハイ」などが挙げられますが、これも知られたエピソードを取り扱っています。

実話をもとにした映画は、実話負けしてしまうことが多いように思います。実話が面白いから映画も面白いと短絡的に考えるのは、周りから作品を批判されると「これは実話だから面白いんです」と言うシナリオ教室の生徒と同じです。

事実は小説より奇なりと言うように、人間の想像力は限られています。その想像を超えた実話を題材にするわけですから、あとは人間の想像力でしっかり構成を考えなければなりません。ところがこの部分をサボってひたすら実話だけを垂れ流し続けたり、明らかに作り話だろうと分かるエピソードを加えた、木に竹を継ぐような脚色をするケースも見られます。

あとは、時代にマッチしているかどうか。例えば、旭山動物園ネタは既にテレビドラマやドキュメンタリーで何度も目にしているので何を今さらということにもなりますし、クライマーズ・ハイは、数年前にNHKが製作したドラマが秀逸なので、あのドラマを観た人間にとっては、何を今さらという感じになってしまう訳です。

チェンジリングのエピソードは、米国内のどこかの役所に眠っていた資料から発掘したらしく、誰にも知られていないエピソードということになります。どこまでが実話でどこからが脚色かは分かりませんが、子供のすり替え事件と当時のロサンゼルス市長と警察幹部の癒着と腐敗ぶりを絡めてしっかりと人物を描いています。

事実というのは、リアルな話ですから何よりも説得力があり、実話の周囲に嘘を塗り固めていくとしっかりとしたリアリティが生まれます。チェンジリングは、このリアリティという部分で高い完成度を誇っていると言えます。決して実話負けしていない作品です。

監督は、クリント・イーストウッドです。晩年の黒澤明監督を前にして、直立不動で顔を真っ赤にして少年のように話を聞いていた彼は、俳優と監督を兼ねる形で数多くの作品を生み出してきましたが、ここ数年は鬼気迫るものが感じられます。クリント・グレーとも呼ぶべき暗いトーンの映像は、彼の作品のトレードマークとも言えるでしょう。

4月に公開予定のグラン・トリノのように、クリント・イーストウッドは自分に合った配役があれば主演も兼ねるようですが、たとえ出演が叶わぬようになっても、監督として1作でも多く作品を残して欲しいように思います。人生において現在進行中(つまり生存しなおかつ活躍している)の偉人を目にすることはなかなかないと思うのですが、クリント・イーストウッドはその1人となり得る人物と言えるでしょう。

チェンジリングは、すりかえられてしまった子供の行方を捜す主人公の行動がもとで凶悪事件が発覚し、腐敗していたロサンゼルス市役所と市警の浄化が進んでいきます。主人公は、女性のくせにでしゃばるなという偏見に耐えながら、官憲に対して、自分たちに歯向かう人間を安易に精神病院に放り込むなど人権無視の捜査方法の改善などを勝ち取ります。その要請が子供を捜索する中での間接的ともいえる裁判であること、社会が近代化に向かう中で必要不可欠…つまり人間生活の身の丈に合った権利を勝ち取ったということで、多くの人の共感を呼ぶはずです。

女性が訴訟を起こしたエピソードを取り扱った映画には「エリン・ブロコビッチ」があるのですが、主人公はもともと相手に責任がある交通事故の訴訟で金を取れずやけくそになって以降、必死に訴訟のタネを探し、訴訟をスタイルのようにしていたという点で日本人にはなかなか受け入れられない内容になっていたような気がします。

この女性の行動は、後に史上最大の賠償を勝ち取り、企業の公害に対する危機意識を生み出すきっかけになった歴史上重要な人物といえるにせよ、控えめな日本人の心理には「そこまでやらなくても」というひっかかりが残ることでしょう。チェンジリングは、良くも悪くも日本人にちょうどいい設定であったといえるでしょう。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・9点
官憲に息子をすりかえられた母親が真相を追及する話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・9点
家族が北朝鮮にいるのが分かっていながら国益と天秤にかけて動かない政府と当てはまる部分はある。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・7点
訴訟国家と呼ばれ、警察機能が発達しているアメリカでさえ、つい80年前までは汚職まみれだったという事実。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・7点
主人公の行動に影響されて、社会が浄化された。その変化にカタルシスがある。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
主人公は周囲の忠告や圧力に屈服することなく我が子を探し続けている。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・8点
主人公。周囲のキャラクターは引き立て役なのか、特に主人公の周囲のキャラクターは驚くほど味気ない設定になっている。上司に逆らって捜査を行う刑事は、脇役中の脇役だが、世の中捨てたもんじゃないという光を差す存在として印象に残った。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・7点
弁護士が法廷で激怒するシーン。これも脇役中の脇役だが、同じように警察の怠慢で娘を失っていて、そのエピソードを事前にサッとまいているので「あなた方(警察)が(ろくに捜査もせず)時間を無駄にしたから、こんなことになった」というようなセリフを吐いて激怒するのは説得力があり、印象に残った。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・8点
ネタばれになるが、後に発見されたほかの子供の証言で、主人公の息子が優しさを見せたばかりに命を落としたのかもしれないと分かるシーン。巧みな「あーあ」感は、観客を作品の中に引き込む重要なエッセンスになる。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
笑えるシーンはほとんどなく、逆に緊張感で常に身体に力が入る。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・8点
地位にしがみつき自分に不必要なことはしない、トップは自分に責任が降りかからないように常に誰かのせいにして問題を有耶無耶にしようとする。それらの問題が発生する原因も自分たちの怠慢が原因だというのに。

【減点項目】

筋違いのPRが行われている(-10点)
・0点
結末を話すと面白さが半減する映画といえるので、それを覆い隠すPRをしなければならない。予告編しか観ていない方は、その部分は単に序章だと把握する必要があると思う。減点ゼロ。

基礎点(15)+技術点(42)+芸術点(34)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(123)

「A」評価(120点以上)

補足ですが、主人公は電話会社で電話交換士のマネージャーのような仕事をやっているのですが、交換台にずらりと並ぶ交換士の抱えたトラブルを次々に解決していく仕事に不可欠なアイテムは、何とローラースケートでした。移動距離しやすいという利点があるのでしょうが、オンとオフがごっちゃになったようなアイテムを使っていたというエピソードは、直接ストーリーとは関係ないにせよ観光要素として大きな魅力があります。

当時のハイカラ?な衣装とともに、アンジェリーナ・ジョリーがローラースケートで颯爽と交換台の後ろを滑るシーンは、アメリカらしさを一瞬にして示すまさに「つかみ」のシーンと言えるでしょう。

2009年2月28日/ワーナーマイカルシネマズ板橋
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March 01, 2009

キャラメル

監督:ナディーン・ラバキ
音楽:ハレド・ムザンナル
脚本:ナディーン・ラバキー
出演;ナディーン・ラバキー、ヤスミン・アル=マスリー、ジョアンナ・ムカルゼル、ジゼル・アウワードほか

「人大杉」

レバノン映画「キャラメル」が日本で公開されています。しかも自国内6ヵ月ロングラン、しかもアカデミー賞レバノン代表という、まるで「おくりびと」のような映画です。女の子がキャッキャキャッキャする映画は、若い女性ウケするせいか、ネット上の評価は高いようですが、CinemaXの評価やいかに。

「キャラメル」は、東京、名古屋、大阪の3館しか公開されていない典型的な単館映画です。

単館映画の特徴を考えてみると…
①面白くないが、多少話題性がある。
②配給会社が小さい。
③面白いが、内容に問題がある。
④知名度が低い。
あたりに集約されそうです。

①は、「アメリ」「オール・アバウト・マイ・マザー」など。本筋から離れたPRをすることで大化けしますが、内容は面白くないので、タイトルの知名度の割にははっきりとストーリーが思い出せないのが特徴です。
見分け方は、パンフレットがやたら高いこと。ただしバイヤーの目利きが良いのか、恵比寿ガーデンシネマとシネスイッチ銀座の単館系映画は、思いがけず面白い映画に出会うこともあります。

②は、スタッフが持ち出しで作ったような映画も含みます。最近の邦画製作における大多数を占める製作委員会方式では、ショボい映画を作っても大損害をこうむることはないのですが、劇場公開ということが大前提となるため、ほんの一週間の間だけでも上映する必要があります。ただ、公開される劇場の少なさと面白さが比例するとも限らず「おくりびと」のような大化けする映画もあります。見分け方は、単館系の劇場でモーニングショーあるいはレイトショーでのみ公開されていること。

③の代表は、「シュリ」です。韓流映画という言葉が生まれるはるか前、しかも南北朝鮮の対立が題材なので、最初は多くの劇場が敬遠していた映画なのですが、口コミで話題が広がり、今の「おくりびと」ブームのように上映劇場が増加しました。他には、あまり面白くなかったのですが「太陽」も各方面からの抗議を警戒して上映に踏み切ったのは銀座シネパトスなど国内で僅かな劇場だけ。ただし内容が過激なものではないためか、シネコンなどが後追いで上映に踏み切りました。

④は、「ククーシュカ/ラップランドの妖精」が挙げられるでしょう。他にも単館系とはいえませんが、上映される劇場が少なく、人知れず終了した「エニイ・ギブン・サンデー」や「マッチ・ポイント」という名作も亜種として含めてもいいかもしれません。

さて、キャラメルですが、人が多すぎます。
・不倫にケリをつけたい主人公の女。
・いつまでも女でありたいと思うオーディション熟女。
・処女に戻りたいと思う結婚間近の女。
・ちょいレズに走りそうなボーイッシュ女。
・母親を見捨てることが出来ない仕立て屋の未婚老女。

これらのエピソードがブツギ切りになって挿入されているのですが、テンポも悪く、特に前半は誰に目を向けていいのか分からなくなります。何で「キャラメル」なのかと分かるのが後半という致命的な問題もあります。

ただし、ストーリーが後半に進み少しづつ話が見えてくるにつれて、ちょっと面白そうな芽が見え始めるのですが、余計なエピソードがいちいち芽の出た畑を踏み荒らすので、感情移入がほとんどなされないまま話が終わってしまいます。

主人公の女のエピソードは残すとして、結婚間近の女のエピソードはそっくりそのまま削除してもいいと思いますし、オーディション熟女のエピソードはなかなか面白いのですが、敢えて削除して全く別の映画として再生するといいでしょう。ということでボーイッシュ女のエピソードを少し伸ばせばストーリーはぐっと面白くなるはずです。

何より、最も深いドラマを秘めているエピソードが、脇役の未婚老女というあたりが構成上の問題といえるのかもしれません。

映像があまり綺麗ではないせいか、せっかくヨーロッパと中近東が混在するベイルートの街のエキゾチックな雰囲気も生かせないのが残念でした。絵的に魅力的だったボーイッシュ女に髪を洗ってもらおうと通いつめる女性も素材として台無しです。ショートカットにして照れながら街を走るシーンなんかはこの映画の一番の見せ所ともなり得たかもしれないのに。

「キャラメル」は全体では面白くはありませんが、種も撒かずにきちんと芽が出ているような、ある意味で奇跡的な映画と言えるのかもしれません。

評価に移ります。

【基礎点】

日本・アメリカ以外の映画(25点)
・25点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・3点
女にこだわる女たち。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・5点
構成はまずいが、この作品の言いたいことは一理も二理もある。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・2点
ベイルートの街がもっと見たかった。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・2点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・4点
主人公の行動が一方的すぎて伝わってこなかった。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・8点
仕立て屋の老女。脇役だが主役人級の美容サロンのキャラクターを食いかねない存在。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・8点
仕立て屋の老女が化粧を落とすシーン。この作品には数少ない伏線を張っているので印象的なシーンとなった。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・8点
印象に残るシーンと同じ。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
登場人物たちはキャッキャキャッキャ笑うが、観客には何で笑っているのか通じなかった。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
感情を揺さぶるシーンはほとんどない。

【減点項目】

原題も同じ「キャラメル」は、筋違いのPRにも繋がりかねないかなり減点スレスレのタイトル。

基礎点(25)+技術点(16)+芸術点(24)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(77)

「D」評価(70~79点)

2009年2月24日:ユーロスペース
Caramel

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February 23, 2009

少年メリケンサック

監督:宮藤官九郎
音楽:向井秀徳
脚本:宮藤官九郎
出演:宮崎あおい、佐藤浩市、木村祐一、勝地涼、田口トモロヲほか

「面白くなくしたのは誰か」

少年メリケンサック(SMS)です。主演は宮崎あおい。篤姫の放送終了に合わせたかのように、街のあちこちで見かけるようになったパンクなポスターは衝撃ともいえます。監督・脚本の宮藤官九郎は、宮崎あおいが可愛いからとダメもとで出演交渉をしたところ、意外にも快諾されたようです。

宮崎あおい本人は宮藤官九郎のファンということもあったのでしょうが、本人や事務所は決して安売りをしないというスタンスなので、得るものがあると感じて出演したのでしょう。その意気込みは演技の随所にみられます。

さて、ストーリーですが、いろんな話が詰め込まれているはずなのに、シーンやセリフのテンポが良くて頭の中にスイスイ入ってくるのは、宮藤官九郎の天才たる所以なのかもしれません。

youtubeやニコニコ動画などのインターネット上の動画サイトというのは、宝箱であり、過去の映像が飛び出してくるタイムマシンともいえます。目当ての動画に遭遇した時の「あっ!」感を間接的にかんな(宮崎あおい)は表現しています。

また、パンクという、一部の人にはどストレートに身体の中に入ってきた音楽に対して、全く興味のないかんな。彼女はそれでいて、何となくその音楽に引き込まれ、ディレクターとして少年メリケンサックのメンバーの母親的存在になっていきます。「好きです!パンク!嘘です!」はなかなかいいセリフです。

多くの視聴者にとって叫んでいるだけと感じるパンクを扱っているので、このかんなの視点は違和感なく受け入れられます。恐らくこの女性がパンク好きという設定だったら、この作品はただのドタバタ映画として一瞬、注目されるだけで終わったことでしょう。

このバランス感覚こそが、宮藤官九郎が天才といわれる所以なのかもしれません。

アキオ(佐藤浩市)の壊れ具合も見ものですが、何といってもポイントはジミー(田口トモロヲ)です。最近はプロジェクトXをはじめナレーターとして活動する田口トモロヲがボーカルを務めるのですが、このキャラクターは、25年前のSMS解散コンサートでの事故の後遺症で今は車椅子に乗り、言語障害という設定です。

並みの作り手なら、この設定で尻込みして、他の方法を考えるかもしれませんが、これではSMSが歌う「ニューヨークマラソン」というメチャメチャな歌のオチがなくなってしまいます。

思えば、一昔前はこうした批判を浴びそうな設定やセリフを多用した映画はごろごろあったわけで、それが娯楽として当然のようにまかり通っていました。それが今ではあらゆるものが後ろ向きになっています。決して差別や偏見を助長するのは問題ですが、最近は何か不具合が起きた時の言い訳として用意しているかのように、番組テロップから身近に手にする商品まで、手取り足取り注意書きが施されるのは行き過ぎだと思うのですが。

最近特に気になるのは、テレビで通行人にまで丁寧にボカしを入れるのが主流になりつつあるということです。ちょうどテレビ朝日が50周年を振り返って番組を放映していると、当時の人々の顔、しかも通行人にまでモザイクがかかっていましたが、これは本当に意味があるのでしょうか。

一方でBS放送20周年のNHKは通行人の顔はそのままだったように、対応はテレビ局によってバラバラ。同じ局内でも番組によってモザイクがあったりなかったり。出演者がちょっとでも個人的な意見を述べると「意見は個人によって差があります」と過剰反応。もううんざりです。

SMSのジミーの設定は、方々から抗議を受けているかもしれませんが、差別を助長するのと、過度に神経質になって面白さを削るのは全く意味合いが違います。全くかかわりをもたずシャットアウトすることが差別や偏見をなくすことではありません。きちんと波紋を起こし、議論を呼ぶことでこうした問題は解決していくのだと思います。

テロップや注意書きばかりでテレビを面白くなくしたのは、批判に対して臆病になった作り手ですが、彼らを萎縮させ、無難な番組を求め、容認している我々にも責任はあるのかもしれません。その結果、作り手は無味無臭で無難なものを好む視聴者をそこそこに楽しませるため、金と手間のかからないバラエティ番組ばかりを提供するようになったのかもしれません。

それはパンクなど異端の音楽が下火になっていったのと似ています。それらを面白くなくしたのは、私たちでもあるのです。そういう意味では、ジミーの設定、そしてSMSは、こうした萎縮の流れに一石を投じるものだといえるでしょう。

【基礎点】

一般の邦画(20点)

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
25年前のバンドがインターネット上の動画をきっかけに再結成される話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・10点
youtubeやニコニコ動画で思いがけず懐かしい映像に出会うことはある。そういう映像に出会った時の「あっ!」を巧みに題材として取り入れている。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
パンクという異文化。私は個人的にはよく分からないジャンルだが、作品を通してそれにこだわる人々の熱意は伝わってくる。ということは、この映画そのものに実力があるということ。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・8点
何故パンクやへヴィメタルなどのジャンルの音楽は日本に突然変異のように現れて、下火になったか。プロデュースする側や作り手への批判も込められているよう。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
主人公をかんな(宮崎あおい)とするならば、最初から貫通行動は存在しないが、次第に魅力を感じるようになる。バンドをコーディネートするディレクターが母親のような感じというのは、伝わってくる。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・9点
主人公のかんな。常に視聴者の視点で感情移入が出来た。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・9点
アキオ(佐藤浩市)の「面白くなくしたのは誰だ」「だからやってる音楽も無臭になるんだ」と言う2つのシーンは、この映画のテーマのように思う。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・7点
かんなが広島に戻るシーン。かんなが「無臭音楽」彼氏、マサル(勝地涼)の元を去るときに「行かないでー」という歌をかぶせるのは、米国のドラマの手法に共通する。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・8点
アキオとハルオ(木村祐一)の二人羽織のようなギター演奏は、ちゃんと伏線がある。冒頭、若き日のSMSのニューヨークマラソンは録音が悪い(という設定の)せいか歌詞が聴き取りづらい。ジミーも言語障害で最初は聴き取りづらいが、これも最後はオチがある。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・1点
マサルの優柔不断さに腹が立つが、後のシーンできちんと昇華しているので怒りにはならない。怒りの要素が少ない映画。

【減点項目】
・減点なし。

基礎点(20)+技術点(42)+芸術点(34)×1.5-減点=CinemaX指数(113)

「B」評価(100~119点)

体感は「C」ぐらいなのですが、点数の積み重ねで思いがけず評価が高くなってしまいました。見かけ以上に実力のある作品といえます。

2009年2月21日:ワーナーマイカル板橋
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February 15, 2009

誰も守ってくれない

製作:亀山千広
制作統括:杉田成道、島谷龍成
監督:君塚良一
音楽:村松崇継
脚本:君塚良一、鈴木智
出演:佐藤浩市、志田未来、松田龍平、石田ゆり子、佐々木蔵之介ほか

「半生のポークソテー」

「誰も守ってくれない」です。踊る大捜査線のスタッフとシリーズの脚本を務めた君塚良一氏がメガホンを取った作品です。

この映画の肝は、警察が加害者家族を守るということ。警察側は公には存在を認めていない仕事のようですが、かねてからマスコミが被害者家族の報道に偏ってきた(大マスコミは記者クラブが垂れ流す情報をそのまま報じるだけなので)流れから、警察側は何らかの方法で加害者の家族を守ってきたことは容易に想像できます。今回はその仕事に従事する刑事役に佐藤浩市と松田龍平を起用しました。

加害者の妹には、テレビドラマ「14才の母」のイメージが強く、どちらかといえば影を背負ったような役が続いていると錯覚させる志田未来です。マイナスイメージから出発した女優ですが、目力が鋭く若くして存在感ある大人の女性の雰囲気を漂わせるようになりました。

マイナスイメージから出発した女優といえば、「君の名は」のリメイクが大コケして数年間、役柄とともに低視聴率という暗いイメージが染み付いてしまった鈴木杏香がいますが、志田未来は彼女に匹敵する女優になる可能性を秘めているといえます。

さて、加害者家族を守るということは、罪を憎んで人を憎まずという考えに似ています。罪を憎んで…というのは、犯人に対しての考え方ですが、当事者に対してこのような考え方があるのですから、加害者家族に対してはなおさらといえます。ですが、そうと分かっていても、凶悪事件が発生すると、親の教育はどうだったのかとか、周囲の人々はいろいろと問い詰めながら、加害者家族も連座で責任を取らせようとする感情を抱くのも事実です。

この作品では、加害者家族を守る刑事を通じて垣間見ることが出来る様々な問題を「最初は」描こうとしたのかもしれませんが、次第にストーリーがぐちゃぐちゃになっていきます。特に主役の2人がペンションに移動して以降は、棒読みのようなひどいセリフが飛び交い、冒頭でせっかく移入した感情が冷めきってしまいます。

それでもこの作品は、いくつかの問題を投げかけています。税金(警察)で加害者家族を守ることを認めていいものか否か、そして、事件を裁こうとするその他大勢の人々の行動。特に後者は、例えば秋葉原連続殺傷事件でケータイのカメラを向ける人々のモラルが問題になりましたが、インターネットを介して1億総評論家、あるいは1億総マスコミとなる中で、これらの人々にどう対処するかを投げかけようとしています。

ただし、この作品ではこれらの問題を投げかけても拾うわけでなく、どれも生煮えに終わった感もあります。記者クラブだけが独占して、警察が垂れ流す情報をそのまま書き写してきた大マスコミ報道に対して、行き過ぎはあるにしろインターネットを介してスピードと真実を追い求めようとする人々に対する見解についても何も示していません。これでは映画として何の意味もありません。

例えば、一方通行の路地をウロウロするような大マスコミの報道には限界があり、ハイウェイを暴走するインターネット社会に対して歯が立たないことも多くなりました。問題なのは、その暴走をコントロールする存在がないからで、大マスコミもそれを「暴走」とだけ判断して、誤った方向に暴走しても欲しい情報だけ取り出して黙殺することにあります。

残念ながらこの事件を中途半端にしか追いかけなかった佐々木蔵之介が演じる新聞記者は、最後に「ボールをキープしていたのは俺だよな?いつのまにか坂道になって、転がり始めたボールは誰にも止められなかった」というようなセリフを吐きます。このキャラクターにそう言わせたいのだったら、少なくとも観客にそう思わせるストーリー展開にしなければ、製作側の苦し紛れの言い訳にしか聞こえなくなります。

例えば、刑事と新聞記者が見えない大勢の相手に対して共闘するようなエピソードを盛り込むと、この作品はぐっと厚みを増すと思うのですが。

「誰も守ってくれない」では、インターネットを介した大勢の人間による「裁き」もストーリーに織り込まれています。折りしもスマイリーキクチの一件が重なり天下のNHKでさえも炎上という単語を使い始めましたが、立件された人々はその時の勢いで行動した部分も多いはずです。集団心理では、大災害などに遭遇した人々が一度暴走すると食い止められなくなるということを教えられますが、インターネット上では、実際の行動は伴わないまでも大規模な暴走が発生することが多いと言って過言ではないでしょう。

終盤、あれだけ加熱していたネット上の人々の「裁き」は、あっさり別の事件に向かいます。株取引や先物取引にも似たバーチャルなものに対する人々の行動を上手く描いているといえます。「情報を知る人間が崇拝される」ということも上手く表現されているのですが、残念ですが、インターネット上の体感スピードを、映画やドラマで表現するような手法はまだ発見されていません。

事実、インターネットのスピード感や恐ろしさを描こうとした作品のほとんどは、キーボードを打つシーンなどに終始してしまい、かえってストーリー展開が停滞してしまうというジレンマに陥っています。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・9点
加害者家族を守らなければならない刑事の話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・9点
今の世の中だからこそ生まれたといえる仕事。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・9点
警察が加害者家族をを守るということは、警察は公には存在を認めていないが、存在するに疑いの余地のない話。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・9点
もっと知りたい仕事でもある。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・7点
刑事は加害者家族を守ろうとするが、多少ブレたのが残念。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・7点
主役の2人(刑事と加害者の妹)は存在感はあったが、途中でブレるのが残念だった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・10点
裁判所、市役所の職員がやってきて加害者家族の苗字を変える方法は興味深い。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
ストーリーの割には感情を揺さぶられることはなかった。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
主役などが時折吐くセリフ「背筋が凍るな」は、結局、本編が進んでも観客の心が受け入れる言葉にはならなかった。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・3点
加害者、被害者どちらかにも肩入れする話ではないため、怒りを感じる部分は少なかった。

【減点項目】

筋違いのPRが行われている(-10点)
・-2点
この作品は予告が秀逸であり、ほんの数分間で観客の心を揺さぶっていた。予告は本編とは関係ないようなPRではないが、完全に本編が負けているので敢えて減点。

基礎点(20)+技術点(43)+芸術点(20)×1.5-減点(2)=CinemaX指数(91)

『C』評価(80~99点)

脇役にも良い役者を揃えていますが、上手く料理が出来ていないように思えます。特にセリフ。冒頭の数分間は、恐らく凡庸な監督から20分ぐらいかけてタラタラと説明するところでしょうが、スパッと一刀両断にしています。それだけの素晴らしいテンポでスタートしたのに、中盤のペンション以降はだらだら牛歩のような展開になってしまいます。

この作品は、2人の脚本家が絡んでいます。プロデューサーが複数の脚本家が持ち寄った内容を吟味してまとめていく方法は、ハリウッドや全盛時の黒澤映画にも採用されていますが、「誰も守ってくれない」に関しては、きちんと吟味が行われていないのか、性格の違う2人の脚本家のつなぎ目が見えてしまう雑な内容になっているように思えてなりません。

この作品には、声が高くて少女と間違えてしまいそうな冨浦智嗣を起用していますが、これが物凄く違和感を感じます。演じるキャラクターそのものが中性的な役柄ならともかく、そんなこともありません。本編中のこんなところに爆弾を仕掛ける理由はどこにもないわけで、甲高い声と少年の青臭さは微塵も感じられない風貌に引っ掛かりを感じながら映画を観なければならない自分に怒りすら感じてしまいます。

中性的なキャラクターが流行っていますが、中性とはいえど男か女か、どちらかにブレいていることで人々は安心するのだと思います。かつて中性的な俳優の代名詞だった藤原竜也もそう。彼は男臭い部分を見せるからこそ、中性的な魅力を発揮するのだと思います。逆にあまりにも中性的だと生身の人間に思えず気持ち悪さすら感じてしまいます。

中性的な男性に魅力を感じているのは当事者(芸能界の人々)だけなのかもしれません。逆に言えば、希少価値が高い存在ともいえるので、冨浦智嗣を起用するなら、こんな脇役で普通の少年を無理して演じさせるのではなく、主役として思う存分、演じさせたほうがいいと思います。

「誰も守ってくれない」は、題材がいくら素晴らしくても、料理次第でぶちこわしになる、半生のポークソテーのような映画でした。

2009年2月14日:シネプレックス新座
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February 14, 2009

ザ・ムーン

ザ・ムーン

監督:デヴィッド・シントン
出演:バズ・オルドリン、マイク・コリンズ、デイヴ・スコットほか

「奇跡」

アポロ11号の月面着陸から40年、当時の映像とアポロ計画の宇宙飛行士たちのコメントをただひたすら流すだけの映画です。

サターンⅤ型ロケットの発射や月面に浮かぶ地球など御馴染みの映像に加えて、これまで陽の目をみることがなかった映像も大画面で観ることが出来ます。これらの映像を題材にNHKにドキュメンタリーを作らせたら、壮大なものになるのでしょうが、本編はCGもなければ解説も至ってシンプルに字幕だけ。

ひたすら地味ですが、淡々としているからこそ、宇宙の静けさ、その宇宙空間に浮かぶ地球、そこに生命体が誕生した奇跡を肌で感じることが出来ます。

時は1960年代、冷戦の時代において代理戦争のように宇宙開発の成果が競っていた米国とソ連、常に先手を奪われていた米国は、月面着陸で巻き返しを図りました。スペースシャトルやソユーズなどで宇宙飛行士は数え切れないぐらい誕生していますが、円形の地球を見た宇宙飛行士は、アポロ計画に参加した20人程度の人間だけです。

歴史というものは、初めてのことを成し遂げた最初の人間あるいは出来事だけ人々の記憶に残るという残酷な性格を兼ね備えています。最初の宇宙飛行士はソ連のユーリ・ガガーリンですが、それから1ヵ月足らずで人類二番目の宇宙飛行士となったアラン・シェパードは、多くの人々の記憶から消えています。

アポロ計画でも、初めて月面着陸を果たしたニール・アームストロングばかりが人々の記憶に残っていますが、この作品では、同じアポロ11号で二番目に月面に降り立ったバズ・オルドリンや、月周回軌道にある司令船で二人の帰還を待ち続けたマイケル・コリンズが登場します。

他にも、アポロ計画に参加した多くの宇宙飛行士が、訓練の概要やその時に感じたことなどを次々と語りますが、内容は興味深く、少なくともアポロ計画というのは、遠く離れた場所から、遠隔操作で針の穴に糸を通すよりもさらに困難なことをやっていたのだなと実感出来ます。

アポロ計画では、地上での試験中に死亡事故が発生していますが、トラブルで帰還した13号を含めて宇宙での死者を出していないというのは奇跡という一言では片付けられないほどの出来事だったといえるでしょう。

地球および人類は、地球温暖化や人口問題、食糧問題を抱えていますが、アポロ計画の頃の世界は良くも悪くも拡大均衡の絶頂期で、人々は真に夢や希望を抱き続けながら生きていたのだなと羨ましくもなります。

オルドリンは言っています。「帰還後に世界の国々を回ったが、どこに行っても皆、口を揃えて『俺たちはやった』と言うのだ」と。月面着陸という偉業を人類で共有していたのです。

アポロ12号で月面着陸を果たしたアラン・ビーンはこう言っています。「宇宙から見た地球は、美しくて儚い存在に見える。人々はどうして不平を言うのか、エデンの園にいるというのに」と。

また、常に捏造が疑われるアポロ計画についても、アポロ10号と17号に登場したジーン・サーナンはこう言っています。「(捏造だったのなら)人間はたった二人の間でも秘密が守れないというのに、何千人が秘密を守れるはずがない」と。

どれも重みがあります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・9点
いま一度、宇宙飛行士にアポロ計画を振り返ってもらう。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・9点
拡大均衡で夢と希望を抱いていた当時の人々の行き方は、縮小均衡で生きなければならない今の時代を見つめ直す題材になり得る。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・10点
他の宇宙飛行士がフライトする時は、地球にいる飛行士は管制センターでサポートしていたこと、11号の船長の決め方、失敗して飛行士が死亡した場合の大統領コメントがあらかじめ用意されていたこと、など。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・10点
幼少時代、宇宙に思いを馳せた人なら誰しも興味深い内容のはず。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・9点
老齢の元飛行士たちが宇宙の美しさ、素晴らしさをひたすら語り続ける。
【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・9点
オルドリンの鋭い視線もさることながら、とにかくオーバーアクションで楽しそうに語るビーンが印象的だった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・8点
アポロ11号の着陸船が月に降り立つ間のやりとり。針の穴を通すよりも難しい作業は機械制御でも何でもなく、人間の勘が頼りだったということ。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・3点
月面に浮かぶ地球。映像は決して鮮明ではないが、大画面で観ると迫力がある。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
元飛行士たちの喋りはウィットに富んでいるが、ここでは評価外。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点


【減点項目】
・0点
厳密に言えば映画の部類ではないかもしれないが、存在価値のある作品。孤立無援で過小評価され過ぎともとれる。テレビ局が絡んだ無駄な邦画を垂れ流すよりは、よっぽど意味のある映画だといえる。

基礎点(15)+技術点(47)+芸術点(20)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(92)

『C』評価(80~99点)

2009年1月30日:シネマメディアージュ
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February 01, 2009

そして、私たちは愛に帰る

監督:ファティ・アキン
音楽 シャンテル
脚本:ファティ・アキン
出演:バーキ・ダヴラク、トゥンジェル・クルティズ、ヌルギュル・イェシルチャイほか

「丸投げ」

シネコンが登場した1990年以来、息を吹き返している日本の映画業界ですが、特に都内では単館系と呼ばれる映画が上映されています。DVDでの売り上げを前提にしたような興行実績を付けるための邦画のモーニングショー&レイトショーはともかく、恵比寿ガーデンシネマや今回鑑賞したシネスイッチ銀座では、映画通が買い付けたようなマイナーな作品を上映しています。それが時に、台風の目となることも多いわけですが、外れもある。果たして「そして、私たちは愛に帰る」の評価やいかに。

物語の舞台は、トルコとドイツです。この映画を観るにあたり、それぞれの国情を理解する必要があるのかもしれません。EUの中枢の1つであるドイツと、加盟申請中のトルコ。トルコはその位置が物語っている通り、中東とヨーロッパの境目にある国です。イスラム社会とヨーロッパ社会とを繋ぐ架け橋のような役割を期待されています。

トルコは現在、EUへの加盟に向けて国内が揺れています。EUに加盟すれば経済が活性化するとの期待が集る一方、先進国と肩を並べるため、背伸びをしようとしているため、さまざまな問題が起こっています。それは明治維新以後の日本や北京五輪を前にした中国にも似ているようです。つまり国全体が豊かになるのではなく、外見だけを良くしようとしているので、さまざまな歪が生まれているわけです。

登場人物は、トルコ人でドイツに住む男と息子、トルコ出身でドイツで娼婦として働く女とその娘です。息子は異国の地で大学教授という地位に這い上がる一方、娘はトルコに残り反政府勢力に属して活動しています。その後、ドイツ人の母と娘が加わり、偶然が重なりながらこの3組の親子は直接的あるいは間接的に関係を持つのですが、それぞれの嘘、偶然は至って自然に展開していきます。

これだけ人間関係が複雑に絡み合えば、ご都合主義のようになりかねないのですが、恐らく丁寧に構成を行っているのでしょう、ストーリーラインに関しては違和感はほとんど感じられませんでした。これは仮説ですが、伏線を張るには、少なくとも1つの異なるシーンあるいはエピソードを挟んでその前に置くようにすると、自然な流れになりやすいと言われるのかもしれません。

この作品は人々の心あるいは関係の「すれ違い」が大きなテーマになるようなのですが、そのすれ違い方も絶妙です。例えば、本名前を出せば、人探しのポスターに気付けばそのストーリーは解決してしまうのですが、スーッとその要素を取り払う自然なエピソードを織り込まれています。レールは確かに敷かれているはずなのに、誰が敷いているのかは見えません。逆に作り手の意図がみえみえになると、ご都合主義と呼ばれてしまうわけです。

この映画の問題点は、エンディングです。とんでもないところでエンドロールが流れてしまいます。もともとなだらかな上り坂を登るような展開なので、この先、放っておいても話は解決するというのは分かるのですが、ここで観客に丸投げしてしまうのはいかがなものかと。エンドロールの後にシーンがあるのかなと思って待っても何もありません。それ以前に、こんな終わり方なのにエンドロールが流れると何の疑問もなく退席する観客の方々の神経を疑っていしまいます。

評価に移りましょう。

【基礎点】

日本・アメリカ以外の映画(25点)
・25点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・5点
人間のすれ違い。ありきたりといえばありきたり。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・3点

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
EUに加盟しようとするトルコの背伸びを描いている。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・3点
日本から遠く、身近には感じられない問題のように感じられた。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・7点
人探し。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・4点
際立って印象に残る人物はいないが、無駄な人物もいなかった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・3点
棺桶が行ったり来たりするシーン。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・2点
泣けるシーンはほとんどない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・4点
伏線の敷き方、引き上げ方の巧さは笑えるといえば笑える。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・6点
登場人物で唯一、男(息子の父親)は救いようがない。男としての身勝手さには怒りを覚える。

【減点項目】

・減点なし。
シーンが足りないという点で減点したいが、項目が設定されていないのでゼロ。

基礎点(25)+技術点(26)+芸術点(19)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(80)

「C」評価(80~99点)

2009年1月28日/シネスイッチ銀座

シネスイッチ銀座は、今は募集を停止している「ほぼ日センサー会員」割引がある映画館です。どちらかというと高尚な作品を買い付けてきて上映するシネスイッチ銀座やB級ホラーなど挑戦的な作品を上映する銀座シネパトスなど銀座周辺の映画館は渋谷と肩を並べる映画天国といえるでしょう。ちょっと歩けばシネカノン有楽町もありますし、東映系、東宝系の総本山とも言うべき映画館も集中しています。

原題はAUF DER ANDEREN SEITE/THE EDGE OF HEAVENです。向こう側とかいう意味のようですが、原題を踏まえると、最後に登場人物を融合させずに終わるのは、意図的なもののように思えてきます。でも、観客に丸投げするにも程があります。評価基準に当てはめると「C」評価ですが、実際に鑑賞すると体感温度はもっと低いという印象があるかもしれません。

今流行り?のちょいレズのテイストも。
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January 28, 2009

ミラーズ

監督:アレクサンドル・アジャ
製作総指揮:アーノン・ミルチャン、キーファー・サザーランドほか
音楽:ハビエル・ナバレテ
脚本:アレクサンドル・アジャ、グレゴリー・ルヴァスール
出演:キーファー・サザーランド、ポーラ・パットン、エイミー・スマートほか

「洗髪が怖くなる」

ミラーズです。
ホラー映画のジャンルになるのでしょうが、ホラー映画の一番難しいのは、オチです。ウソばかり並べても、単にお化け屋敷のような映画になるだけ。ホラー映画の中には、観客を怖がらせるのではなくて、驚かすだけのものも多いのですが、そうした映画はその瞬間は話題になっても、ゆくゆくは忘れ去られてしまいます。

SFだろうがホラーだろうが、どんな架空の話でも、名作と呼ばれる映画は必ず現在との接点があります。「ああ、あるかもな」と思わせるリアリティを産み出す要素がないと、観客の心は離れていってしまいますから、ホラー映画にも霊現象でもいいので理由が必要なわけです。ただし、怨念でも何でも、それを抱くまでの過程には必ず理由がありますから、そこもしっかりと設定する必要もあるのですが。

ミラーズでは、鏡での霊現象を取り扱っています。キーファー・サザーランド演じる心に傷を負った主人公は、廃墟となったデパートの鏡に注目する。そこには霊の気配…手形がペタペタついていくのは、小説「墓を見下ろす家」(小池真理子)を思い出させます。事実、鏡はもともとこの世には存在せず、人間が作り出した最初の人工物と言ってもいいものであり、古代では珍重されてきました。

そのせいか、鏡を割ってはいけないとか、合わせ鏡をしてはいけないという考え方が今でも残っています。僕の実家は理髪店で鏡だらけなのですが、夜中の店内はラップ現象が物凄かったりします。気温差で柱や壁が軋んでいるという見方もありますが、音の大きさや頻度はやはり尋常ではありません。

ちなみにストーリーに重要な要素として、核となる真実(あるいは真実っぽいエピソード)とそれをとりまくウソが挙げられます。真実が多すぎても結局は実話負けしてしまいますし、ウソばかりだと観客がついてこない。例えば、リングの作者である鈴木光司が、ファンタジー小説を書いても当たらないので結局、リングのスピンオフ作品を乱発しまくっている割に面白くないのは、リングの時にはしっかりと存在していた、真実や真実っぽいものを置き去りにして綺麗なウソばかり並べようとするからです。

逆にリングが面白いのは、真実を織り交ぜているからです。貞子さんのエピソードは元をたどれば実話ですから、あとがぐちゃぐちゃでも核がしっかりしているのでストーリーは成立します。劇場版では、監督の暴挙で登場人物がちょっとした超能力者というメチャクチャな設定になっていたのですが、それでも映画として成立していました。一方でらせん以降のストーリーは核がないのでグチャグチャです。

ミラーズの核は、「統合失調症」です。登場する女性の統合失調症の原因が霊だったという設定。ネタばれになりますが、この症状は、この世と鏡の向こうの世界の両方に感受性を持つ、特殊な能力によるものという設定になっているようです。ちなみに知能に障害のある方や精神病の患者さんは、こちらの人間の立場から見てイレギュラーなのであって、当の本人は全く違うことを感じていると考える人もいますが、僕はこの考え方は決して間違いではないと思っています。

例えば、LDと呼ばれる学習障害。学習に馴染めないという障害はあっても知能は優れているケースが多いと聞きます。日常生活にも支障はありません。思えば学習というものは、大多数の人が決めたルールのようなものなわけで、それに適合しない人もいるはず。特に近年の学習とは、自分の知識を高めて人々の生活を豊かにするという側面から大きく外れて、各々の人生を選別のためのふるいとして機能しているので、テクニック次第でいくらでも水増しすることが出来るようになっています。もはや学習というルールが絶対のものでなくなっているのです。

ものさしが当てにならなくなっている例の1つが知能指数です。かつては絶対的な頭の良さを評価するバロメーターのようなものでしたが、テレビゲームなどを通じて立体物の理解が得意になった子供たちの知能指数は相対的に高くなる傾向にあるようです。一昔前だと天才のレベルに達している子供も珍しくないとか。ちなみに学問としての英語も国際化が進み帰国子女が増える中で果たして成績として評価していいものか疑問に思えてきます…話が逸れました。

ミラーズは、とんでもなくグロいシーンがいくつか出てきます。主人公の妹の顎が裂けるシーンなど、テレビでは絶対に放映されない映像です。それでいて、心を病んだ主人公の情景がテンポを著しく停滞させます。霊現象の謎解きは面白いので、あちこちにエピソードを散らかすのではなく、一点もしくは二点に集中した方が、グロい映像に頼ることなく観客を怖がらせることが出来ると思うのですが。

終盤はもう最初の映画の雰囲気から外れて何でもアリの状況になっています。それはそれで観ていて笑えるのですが、何となくもったいない感じもしてきます。霊現象を封じ込める結末も衝撃的で、エンディングも機知に富んでいる感じがしました。

それでは評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・6点
主人公が鏡の謎を解く話?

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・2点
時代の鏡にはなっていない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・0点

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
鏡の謎を解こうとする。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・7点
無駄な登場人物はいなかった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・7点
主人公の妹の顎が避けるシーン。観ていて気分が悪くなる人がいるのでは?

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
泣けない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・10点
大笑い出来るようなシーンはないが、エンディングのオチは面白い。ネタばれになるが、鏡の中の世界の映像は、普通の風景を撮影して反転させているのではなく、標識とか街の風景を本当に反転させて撮影しているように思えた。無駄なこだわりに対して10点を献上。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
主人公は親族を殺されたり、殺されそうになるのだが、その根拠となる「霊」に人格は存在しないので怒りは感じられない。これはもったいない。

【減点項目】
・減点なし。

基礎点(15)+技術点(18)+芸術点(14)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(69)

「E」評価(69点以下)

ホラー映画は、採点基準では不利に働くようです。登場人物は絞り込まれていて、減点の少ないホラー映画といえるでしょう。この映画を観ると、目を閉じたまま髪を洗うのが怖くなりそうです。

2009年1月7日/有楽座
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January 12, 2009

ブラインドネス

監督:フェルナンド・メイレレス
製作総指揮:ゲイル・イーガン、サイモン・チャニング・ウィリアムズ
原作:ジョゼ・サラマーゴ
音楽:マルコ・アントニオ・ギマランイス
脚本:ドン・マッケラー
出演:ジュリアン・ムーア、マーク・ラファロ、アリシー・ブラガ、伊勢谷友介、木村佳乃

「何かが足りない」

あけましておめでとうございます…ですが、昨年末に鑑賞した映画を紹介します。
新橋のチケット屋で800円で投売りしていたブラインドネスの前売券。何故?と思う気持ちを抑えつつ購入しました。ところが調べてみると封切りからやや時間が経っているせいか劇場は少なく、やっとの思いで鑑賞することが出来ました。

ブラインドネスは、失明していく伝染病に襲われる人々を中心に展開されるストーリーです。最初の患者は、伊勢谷友介演じる日本人男性。あの悪名高いキャシャーンに出演していた俳優です。キャシャーンの時は作品そのものが酷すぎたのですが、やはりその時も気になった、出川哲郎とニャンちゅうを足したような押し出すようなセリフの喋り方は健在でした。これが非常に鑑賞意欲を殺いでしまいます。

「元モデルという割に演技が上手い」という評価もありますが、元モデルで今や俳優として活躍する人は数多くいます。ところか伊勢谷氏の出演作品数の数から観て、まだこのような評価をされるようなら、俳優には向いていないのでしょう。キャシャーンに対する評価を差し引いても作品をぶち壊しにしかねない俳優だと思います。

一方でその妻を演じたのは木村佳乃。ドラマでは主役を張るには厳しく、脇役ではもったいない不思議な位置付けの女優です。アイドルでもちゃんとしたモデルでもなく、歌やグラビアも失敗した感じがするので、とどのつまり、女優しか活路がなかったという感じの女性だといえるでしょう。それは言い方を変えれば、周りにあれこれ道を決められそうになっても、頑なに女優であるべきという人なのかもしれません。

ということで、木村佳乃演じる日本人女性は、脇役ながらかなりの存在感を示しています。日本人らしい美しさや細身の体型をしているので、もっと海外に進出してもいい人なのかもしれません。英語も出来るようなので、今後の進み方次第では日米の映画界の橋渡しのような存在になるのかもしれません。日本で著名で、海外で活躍する俳優、特に女優はいないといっても過言ではないですから。

さて、このブラインドネスですが、緊迫感のあるストーリーの一方で足りないものだらけです。この足りないものだらけという点が、観客の心を部分的に惹きつけるのに留まっているような気がします。決定的に足りないのは、この伝染病の正体は一体何なのか?原因が分からない映画は、大概が話題だけで果ててしまいます。首都消失も当時の邦画としては原作に後押しされて斬新な印象がありましたが、原因は「?」でした。ブラインドネスも原因は不明。首都消失もそうでしたが、その中であたふたする人々を描きたかったのなら、それはそれでアリなのかもしれませんが、何だかしっくりきませんでした。

世界中の人々が失明する中で1人だけ目が見える医者の妻が、収容所の中で何故主導権を握ろうとしないのかという点にももどかしさを感じました。この女性は後に主導権を握るのですが、もたもたし過ぎ。映画にとって「あーあ、余計なことをして」と思わせる要素は必要です。同様に「どうしてやらないの?」という部分もエッセンスとなり得るのですが、長引きすぎると観客は飽きてきます。まさに両刃の剣といえます。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・4点
世界中の人々が失明する話。あまり魅力的には感じられない。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・8点
人々の繋がりを見直す点ではマッチしているのかもしれないが、目が見えなければ差別は存在するのか否かなどもう少し踏み込んでもよかったのかもしれない。どのような状況でも結局、人間は対立するという部分は描けていたと思う。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・1点
ない。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点
ない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
主人公は医者の妻。夫や収容所で知り合った仲間を助けるという欲望。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・6点
主人公(医者の妻)

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・8点
収容所内の対立で別グループの女性を差し出させるシーン。人間の醜さが表現されていた。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
泣けない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
笑えない。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・10点
あちこちに発生する人々の対立、争い。

【減点項目】

筋違いのPRが行われている(-10点)
・-2点
橋の上を渡るような神秘的な映像が印象に残るが、本編とは関係ない。

話に絡むキャラクターが多すぎる(-10点)
・0点
あえて絡む人数を削る努力をするのが面白い。例えば後半に一行が街に出るシーン。これまで微妙に絡んでいたキャラクターがそれとなくはぐれていくのが分かる。これは逆に評価してもいいかもしれない。

基礎点(15)+技術点(23)+芸術点(24)×1.5-減点(2)=CinemaX指数(72)

「D」評価(70点以上)

大団円で終わるのではなく、何かしら変化球が込められていれば、もっともっと評価される映画になったのかもしれません。そのままのストーリーでも日本では過小評価されている感のする映画です。

2008年12月13日/ワーナーマイカルシネマズ板橋
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December 25, 2008

トロピック・サンダー/史上最低の作戦

監督:ベン・スティラー
音楽:セオドア・シャピロ
脚本:ベン・スティラー、ジャスティン・セロー、イータン・コーエン
出演:ベン・スティラー、ジャック・ブラック、ロバート・ダウニー・Jr.ほか

「ノーベル文学賞」

トロピック・サンダーです。全米で3週連続興行収入トップ。邦題に付けられた「史上最悪の作戦」という副題は、「史上最大の作戦」と名付けた故・水野晴郎氏へのオマージュか冒涜か。前にも言いましたが、全米で何週かトップに位置する映画は、必ず何らかの理由があります。日本のようにパイが小さく、例えば、クソ映画であろうともジブリと言うだけでトップに君臨し続けるような状態とは異なります。話題性があるとか、面白いとか。俺たちフィギュアスケーターのようなゲリラ的な面白い映画もあります。

トロピック・サンダーには、どのような要素が隠れているのか。面白いような感じもしますが、1つ気になる点がありました。「らんぷ亭のタイアップ」です。らんぷ亭がタイアップする映画は、面白くない映画ばかりです。確か、史上最悪の続編、マスク2もらんぷ亭がタイアップしていたはずです。無論、面白い映画なら他の企業がタイアップに踏み切っているはずなので、業界でも微妙なシェアのこうした会社がタイアップしている場合は、要注意といえますが、こうした映画が十把一絡げに面白くないと言えないのも曲者だったりします。

ちなみに、札幌から東京に向かう北斗星の車内では、マスク2と阿修羅城の瞳がひたすら流れていて、発狂しそうになって以来、マスク2に恐怖感すら覚えるようになりました。

本編は映画界に対する批判とブラック・ジョーク満載で、米国の映画関係者が見れば「あるある」という感じの内容のようですが、日本の観客に少なくとも米国の映画関係者はいません。したがって内容は大半は意味不明。猛獣のような大物俳優たちをなだめる一方、プロデューサー?にせかされながらヒット作を作ることを求められる監督の悲哀はよく伝わってきます。

この映画は、字幕ではなく英語を理解している人、もっと言うなら米国で暮らしたことのある人、一番望ましいのは米国人で、さらに映画関係者なら大笑い出来る内容なのかもしれませんが、前述の通り我々はそんなこととは縁も縁もない日本人。これで映画を楽しめというほうが間違いなのかもしれません。全米で3週連続トップを記録したほどの面白みがこちらには伝わらなかったことが残念でなりません。

ちなみに、トム・クルーズが禿げ親父に扮装して登場しています。彼はこれまで、いくつかの三枚目役に挑戦しています。オースティン・パワーズ・ゴールドメンバーの冒頭でオースティン・パワーズ役で登場したりとか。ただ、どれもが照れを隠せず中途半端にかっこいいものとなっています。トロピック・サンダーでの禿げ親父の役は、これまで照れで60%ぐらいしか自分を捨て切れなかったトム・クルーズが、65%ぐらい自分を捨てて演技をしています。たった5%ですが、彼にとっては大きな進歩といえるのかもしれません。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
  ・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
  ・2点
  よりリアルな映像を追い求めて大物俳優たちが本当の戦場に送り込まれる話…と書けば面白そうだが、主人公たちはそこにいって特に何かを思うわけでもない。そこにカタルシスはない。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
  ・2点
  ハリウッド俳優はプライドとステイタスに溺れて腐っている様子を描いているようだが、一般人の我々にはピンと来なかった。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
  ・0点
  ない。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
  ・0点
  ない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
  ・2点
  生きて帰ること。だが執念というほどまでは感じられなかった。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
  ・2点
  トム・クルーズ演じるプロデューサー。ぐだぐだなダンスは目に焼きつく。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
  ・2点
  トム・クルーズ演じるプロデューサーのぐだぐだなダンス。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
  ・0点
  泣けない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
  ・0点
  冒頭のいくつかのニセ映画の予告編は面白い。むしろこれだけで充分。主人公のスピードマン(ベン・スティラー)は際どい映画にも出演していて、これが密林の中で身を助けることになる。際どい映画とはいわゆるガンプもの(この映画は米国のその筋の団体に訴えられた)。脇役のラザラス(ロバート・ダウニー・Jr.)が「フォレスト・ガンプ、レインマンなど数あるガンプものに登場する人物は、何か抜きん出ている部分があるから救いがあり評価され、オスカーを受賞出来た」と説明するシーンがあるが、この点はなるほどと思った。ちなみにスピードマンがガンプもので演じたキャラクターはその理論から外れたキャラクターで、ラザラスも役作りのために白人から黒人に整形したという設定。ラザラスは黒人のキャストと絡むシーンがあるが、これも際どい。米国では映画界を皮肉って、さまざまなタブーに挑戦したという点で評価された映画なのだと思われるが、笑うに笑えない設定でもあるのが難しい。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
  ・0点
  ない。

【減点項目】

筋違いのPRが行われている(-10点)
  ・-2点
  「史上最低の作戦」という水野晴郎に失礼な副題をつけた。この副題はCMで世界のナベアツっぽい読み方をして「楽しい映画ですよー」ということをアピールしているかのよう。ただし、正面切って大々的に上映すると、各所からクレームの来る映画、あるいは配給側がそれを恐れて萎縮する内容の映画かもしれない。リンガー!★替え玉選手権の時も日本での上映に当たり後ろに妙な副題をくっつけてお茶を濁していたし、太陽の上映の時も右翼の抗議を恐れて上映を中止するなど過敏ともとれる反応がみられた。太陽の時は、上映に踏み切った銀座シネパトスには恐らく開闢以来の観客が押し寄せ、そのフィーバーぶりと意外と何も怒らないのを確認するようにシネコンなどが後追いで上映を開始するというヘタレぶり。必要以上に過敏になったり、そのくせ広告代理店が絡むなど都合が悪くなれば鈍感になったり、ろくに作品を観ていない人々が掻き乱しているように感じられてならない。

基礎点15+技術点6+芸術点4×1.5=27点、減点-2。
CinemaX指数23、F評価(59点以下)

全米No.1といわれてもこればかりは当事者でないと楽しめない映画だといえます。それはまさに、ノーベル文学賞のよう。論文や研究成果は言語を超えて理解しあえても、文学は別。受賞者の作品を本当に楽しめるのは、ネイティブだけでしょうから。

2008年11月22日/ワーナーマイカルシネマズ板橋
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November 23, 2008

ハッピーフライト

ハッピーフライト

監督・脚本:矢口史靖
音楽:ミッキー吉野
出演:田辺誠一、時任三郎、綾瀬はるか、寺島しのぶ、岸部一徳ほか

「道端の花」

ハッピーフライトです。スウィングガールズを劇場で見逃しているので観てみました。矢口史靖監督は、サラッととんでもない映画を作るので、注意が必要ですが、サラッと観たハッピーフライトも、とんでもない映画でした。

ハッピーフライトは、航空業界の日常を描いている映画です。広告のノリがドタバタっぽいのですが、全く印象が異なっていました。バナナが落ちていて、次のシーンで簡単にこけるような看護婦のドタバタ映画とは趣が異なります。

飛行機の機内を扱った映画やドラマは数多くありますし、CA、昔で言うところのスチュワーデスを扱った映画やドラマも数多くありますが、かつては飛行機に乗ることすら憧れだった1970年代のエアポートシリーズや、スチュワーデスが女性の花形職業の象徴だったスチュワーデス物語の頃と今はずいぶん変わりました。

航空料金はディスカウントされ、CAという職業は契約社員が当たり前の時代になりました。整備士やパイロットは安全に関わると言うことで、給与面では今も優遇されているようですが、CAは仕事に対する情熱がないと続けられない職業になりました。

このように我々の身近になった航空業界ですが、裏側は見えません。もしろ見せてはいけない職業といえるでしょう。ハッピーフライトはその裏側を見せる映画なのですが、絶妙なのは、表側と繋がっている部分もきちんと描いているところです。

空港内をグランドスタッフが走り回っている姿、整備士が滑走路で手を振っている姿、離陸地点に向かう時に主翼のフラップが上がったり下がったり、まるで準備運動をするようにいろんな動きをしていたり、ランプが付いたり消えたりしているのは、飛行機を利用した人なら誰もが見ている光景ですが、その裏で何をやっているのかも描いていて面白いです。

他にも水平飛行になりランプが消え、CAがさっとエプロン姿になってサービスをしている裏に何があるのか、どうやって乗客の容貌に応えるコツなど、注文を覚えているのか興味のあることばかりです。

多くの人が一度は憧れたであろう航空業界を扱って、しかもその中にごくありふれたドラマを織り込む。「ありふれた」というのがポイントで、ありふれた日常を目指し、安全管理を徹底するというのがこの業界の特徴といえるでしょう。

ところで、道端に咲いているこういう花(映画のタネ)をどうして誰も気にとめなかったのか。気付いていた人は多いはずなのですが、恐らく「どうせできっこないだろう」という先入観が壁となっていたのでしょう。確かに一昔前の航空業界なら、映画にすることなど面倒くさいと蹴飛ばしていた話かもしれません。

それが今や過当競争に入り、ふんぞりかえっているだけではいられなくなりました。そこに作り手の壁を破るんだろいう心意気が、映画化を実現させたのかもしれません。そこには、矢口監督の過去の実績というものも含まれているのしょうが。

ハッピーフライトはほかにも、面には絶対に現れることがない、航空管制官や航空会社のオペレーションセンターの日常も描いています。他にもCAとグラウンドアテンダントの縄張り意識とか、細かいポイントがちりばめられていますが、情報を押し付けられるような感じがしないのが不思議です。

恐らく映画を作るうえでもっともっと多くの情報を蓄えていて、その中から厳選した「なるほど」と思える情報だけを使ってストーリーを組み立てていることでしょう。その中には泣く泣く削除した情報もあるはずです。

例えば、周防正行監督は、いろんなことを調べて、もったいないから全部詰め込むような感じです。だから数少ない作品の多くが、コメディなのにドキュメンタリーに毛の生えたような雰囲気がして「俺が調べたことを教えてやる」みたいな恩着せがましい雰囲気になるのだと思います。

一方、三谷幸喜監督の場合は、ドタバタを織り込んで、その場は笑えるものの鑑賞後の印象がない。笑いの中に少しだけ泣けるシーンが入れば際立つのですが、その泣けるシーンそのものは、泣きの要素としては不十分であるため、印象に残らないのかもしれません。

さて、評価に移ります。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
  ・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
  ・10点
  空の安全を守る航空業界の人々の日常。

そのテーマは時代にマッチしているか
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
  ・9点
  日本人のクソ真面目さを長所として考えようという点では素晴らしいと思う。

観光要素はあったか
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
  ・9点
  航空業界のどっぷり裏側から、表との接点まで、裏という裏を美味しくチョイスしている。

観光要素は魅力的だったか
(その観光要素は魅力的なものだったか)
  ・10点
  誰しも目にしている光景の裏側が分かるという点にカタルシスがある。

主人公に貫通行動があるか
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
  ・7点
  どちらかといえば綾瀬はるか演じるCAは、存在感はあるがおまけ。パイロット、チーフパーサーなど周囲のキャストがかなり良い味を出している。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
  ・9点
  岸辺一徳演じるIT化で行き場を失ったオペレーションセンターの中年男性。いざと言うときにはアナログの能力が頼りになると言う設定の典型だが、伏線に女性職員が「最初の頃はシュッとしていたんだけどな」と油断しまくりの背中を見るシーンをさらっと入れるなど描き方が秀逸。  

印象に残るシーンはあったか
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
  ・9点
  岸辺一徳演じるオペレーションディレクターが、停電によるシステムダウンを機にアナログの力を発揮するところ。

泣けたか
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
  ・10点
  CAが緊急時に「頭を下げて!」と連呼するシーン。テレビなどで見ているが、CA本人たち、裏方で支える多くの人々の努力の積み重ねの上に成り立っているから印象的になる。

笑ったか
(ストーリーの流れで笑えた部分はあったか=主人公の行動とかで笑いを誘った場合は評価外)
  ・9点
  航空業界は、ひとくくりに出来ないほどの専門性の高い職業の集団ということが分かる。それぞれにプライドと職業病みたいなものを抱えているのが笑える。特に面からは見えない航空管制官のエピソードは面白く、整備士の厳しさは納得出来る部分も多い。

怒りを覚えたか
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
  ・8点
  基本的に怒りを憶えるシーンはないが、我々乗客は、日頃から乗務員に勝手な注文をしているなあと思った。

【減点項目】
  ・特になし。
  登場人物の多い作品ではあるものの、それぞれのランク(主役・脇役・端役)に沿ったトーンで描かれているので煩雑には感じない。もしろちりばめられた小さなエピソードも最後にはしっかり拾い終わるので、すっきりしている。

基礎点20+技術点45+芸術点45×1.5=133点。減点ゼロ。
CinemaX指数133、「A」評価(120点以上)。

ストーリーも分かりやすく悪役も出ないし誰も死なない。それなのに感情を揺さぶられるのが矢口史靖監督作品といえるでしょう。今年は10作あまりしか鑑賞していないのですが、ハッピーフライトは、CinemaXでは今年最高ランクの映画です。

2008年11月21日/ユナイテッドシネマ豊洲

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November 21, 2008

デス・レース

デス・レース

監督:ポール・W・S・アンダーソン
製作総指揮:ロジャー・コーマン、デニス・E・ジョーンズほか
音楽:ポール・ハスリンジャー
脚本:ポール・W・S・アンダーソン
出演:ジェイソン・ステイサム、イアン・マクシェーン、ナタリー・マルティネスほか

「有効」

デス・レースです。1975年に公開されたデスレース2000のリメイク版?続編?です。オリジナルがマニアックなのと、アクション映画は意外と触手が伸びないので、試写会でなければ恐らく見なかったであろう映画です。この監督はエイリアンVSプレデターも作っていますが、このバッタモノみたいなこの作品が意外に面白くて、CSで見入ったことがあります。そう、侮るなかれ、このデス・レースも…。

舞台は近未来の米国。不景気で刑務所は民営化され、収入を得るために囚人にいろんなことをさせていました。主人公が収監されたのは、命がけの自動車レースを強いる刑務所。いろんなマシンが登場して、命がけでレースをするという設定は特に珍しくもなく、刑務所が舞台という映画もそこら辺に転がっています。

ブルース・ウイリスみたいな主人公の隣に座るのが、スカーレット・ヨハンソンっぽい感じもする女性、メカニックは、アル・パチーノを太らせたような男とアメフト映画の脇役のような男、そして、ラッセル・クロウを中学生にしたような男。刑務所を経営するのは、キャメロン・ディアスを管理職にしたような女性。よく見れば誰かに似ているようなキャストがずらっと揃っているところもB級臭を強めることになっているようなのですが、見た目に反してストーリーはきちんとしていました。

まずは、観ている側が感情を揺さぶられるということ。主人公が何故、収監されているかは、もしかするともっともっと端折ってもいいのかもしれませんが、家族を殺した濡れ衣を着せられるという流れを丁寧に書くことで、この主人公の貫通行動が際立つ結果となっています。その部分を根拠とした「怒り」があるからこそ、後で繰り広げられる残虐な行為も納得出来るものとなっています。むしろレッドクリフPartⅠの必要以上に盛りだくさんの殺戮シーンのほうが残酷なように感じます。

さて、評価に入ります。デス・レースはオチがしっかりしていますが、もう一歩手前で終われば「鮮やか」な映画になったことでしょう。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
  ・15点

【技術点】(各10点)

テーマははっきりしているか
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
  ・8点
  命知らずの凶悪犯たちが自動車レースで勝とう(勝てば出獄出来る)とする話。

そのテーマは時代にマッチしているか
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
  ・3点
  不況で刑務所が民営化され、エスカレートし過ぎてしまうというのは、米国ではあり得ると思う。

観光要素はあったか
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
  ・2点
  刑務所での自動車レースが観光要素となりそうだが、それ自体に目新しさはあまり感じられなかった。

観光要素は魅力的だったか
(その観光要素は魅力的なものだったか)
  ・2点
  あまり感じられなかった。

主人公に貫通行動があるか
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
  ・8点
  子供に逢いたい。妻の仇を討ちたい。その思いが主人公をさらに強くする。

【芸術点】(各10点)

印象に残る人物はいたか
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
  ・5点
  主人公の感情の動きは飛び抜けている。主人公の助手席に乗る女性も魅力はあるが、印象は薄い。 

印象に残るシーンはあったか
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
  ・3点
  アル・パチーノを太らせたようなメカニックが、最後に爆発の前で笑うシーン。ここで終われば鮮やかな映画だった。

泣けたか
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
  ・2点
  主人公が子供にこだわるシーン。写真をちぎる映像は人によっては泣けるのかもしれない。  

笑ったか
(ストーリーの流れで笑えた部分はあったか=主人公の行動とかで笑いを誘った場合は評価外)
  ・3点
  終盤、アル・パチーノを太らせたようなメカニックが大爆発の炎の前で笑うシーン。これは面白いと思ったが、この先も映画が続いてしまったのが悔やまれる。

怒りを覚えたか
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
  ・9点  
  妻を殺され、子供を奪われた主人公の怒りは大きい。しかも設定倒れになるところを、あちこちのシーンできちんと拾うことで怒りは増幅されている。

【減点項目】

余計なシーンやキャラクターが多すぎる。
  ・-2点
  本当にもう一歩手前で終われば鮮やかだった。そこで終わっていれば、柔道の一本勝ちのような鮮やかなエンディングになったと思う。その後のシーンがだらだらしているために、技をすかされて有効にとどまってしまったような印象を受けた。

暗すぎる映像が見辛かった。刑務所の陰湿さやCGのボロを隠すための効果なのかもしれないが、快晴でデス・レースをやったほうが残虐性はさらに強まるかもしれない。
ポスターやチラシには、黒い服を着たヘソ出しのお姉さんの写真があるが、主人公の助手席に乗る女性。客寄せの雰囲気が漂うが、きちんと話に絡む重要なキャラクターなので許せる。
ちなみに、チラシの裏などに掲載されている白い下着のようなものを着た女性は話には絡まないので、この写真が前面に出てくるようなPRをしていれば、CinemaXでは減点対象となっていた。

【総合判定】

基礎点15+技術点22+芸術点22×1.5=70点、減点は-2点。
CinemaX指数68、「E」評価(61~69)。

CinemaXの評価基準を満たさない要素が多いため評価は低いが、個人的にはおすすめ。一昔前なら、もっともっと評価されていたであろう作品。

2008年11月17日/科学技術館

11月29日、有楽座ほか全国ロードショー

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November 19, 2008

252 生存者あり

CinemaX新評価基準スタート!容赦なくネタばれしているので、ご注意ください。

「252 生存者あり」

監督:水田伸生
製作総指揮:島田洋一
原作:小森陽一
音楽:岩代太郎
脚本:小森陽一、斉藤ひろし、水田伸生
出演:伊藤英明、内野聖陽、山田孝之、香椎由宇、木村祐一ほか

「バロック音楽」

252生存者ありです。主人公は元東京消防庁ハイパーレスキュー。ハイパーレスキューといえば、新潟県中越沖地震のトンネル崩落事故で、まさしく命懸けで子供を救出した人々を思い出します。252とは、生存者ありという意味らしいです。暗号としても使いながら、遭難者が何かで2・5・2と叩けば、生存していますよという信号にもなります。

252の由来はよく分からないのですが、確かSOSのモールス信号が、単音3回、長音3回、単音3回です。これはモールス信号以外では光などで表示出来るのですが、例えば何かを叩いて単音と長音の区別をつけるのは難しい。この辺りにも関連性があるのかもしれません。

さて、本編はダラダラしたスタートから始まります。途中のシーンを冒頭に持ってきたり、登場人物の軽い説明を行ったりしているのですが、どうしてこのシーンが必要なのか、意味が分かりません。最初の10分ぐらいは寝ていてもいいぐらいです(実際に退屈で眠くなります)。

目が覚めるのは、地震により海底から噴出したメタンハイドレートに起因する上昇気流で巨大台風が発生したという設定。今夏のゲリラ豪雨を考えるとリアリティがあるのですが、メタンハイドレートを引っ張ってくるとは。ピンと来ないものなので、題材としては扱いやすかったのかもしれません。

メタンハイドレートとは、シャーベット上になったメタンガスのことで、日本近海で埋蔵量は日本のエネルギーの100年分以上という見方もあります。ただし海底に埋もれているので利用するには高度な技術が必要で、おまけに慎重に掘削しないとメタンガスが噴出して地球温暖化に影響を及ぼすという短所もあります。

メタンハイドレートが実用化されれば、GTL(ガス・トゥー・リキッド)などに加工されて自動車や家庭用燃料への利用も期待されています。最近、このメタンハイドレートが話題になり、政府も再び開発に力を入れ始めたのは、原油価格の高騰による新エネルギー重視の流れが影響しているかもしれませんが、経済産業大臣の選挙区の沖にもメタンハイドレートが眠っているから…それだけです。「再び」というのは、この大臣は前にも経産大臣に就任したことがあるから…それだけです。

さて、本編では見慣れた街が洪水や高波に呑まれてメチャメチャになっていきます。中でもひどいのが台場と新橋で、フジテレビの本社ビルは壊滅し、球体展望室がプカプカと海に浮かぶという破壊ぶり。ちなみに252は、日テレ製作の映画です。日テレタワーはというと、ザーッと水が流れてくるシーンだけ。

一方、新橋は東京メトロ新橋駅を中心に洪水に呑まれていきます。地下鉄のホームが逆とか、普段使っているだけに細かいことが気になるのですが、日本映画にはあまり感じられなかった迫力はあります。そして、現存する幻の新橋駅も登場します。幻の新橋駅は、知られていないようで実はかなり有名になっているのですが、なかなか面白いところに目を付けたと思います。

主人公と行動を共にするのは、娘と研修医、韓国人ホステスと大阪の中小企業の社長です。この研修医が序盤からかなりヒール役に徹していて、見ている側はかなり感情を揺さぶられます。この研修医は、恐らく登場人物の中で最も心が変わり、それにつれて笑いが加わり、成長とともに医者が抱える重く泣けるエピソードを披露するのですが、いかんせん脇役。それに、主人公がこの男が研修医であることを知るというシーンが抜け落ちているという致命的な欠陥があります。これは、上映までに修正されるかもしれません。

他にも、大阪の社長、韓国人ホステスもいい味を出しています。ストーリーに絡む登場人物が多いとアルマゲドンのようにぐだぐだになりがちなのですが、252の場合はきちんと描き分けているので煩雑な感じはしません。アルマゲドンのロシア人飛行士なんかは、最後に機械をぶったたくだけのためにずっと主人公の周りをウロウロしていただけですから、あの状況と比べると天と地ほどの差です。


なんやかんやあって、映画は終わりに近づきます。ここで、エンディングが2重にも3重にも折り重なっていることが分かります。まずは、主人公を救出するシーン、二次災害に遭うシーン、兄だけが助けられるシーン、主人公が地面の中から出てくるシーン。恐らくどのシーンもシナリオをまとめる段階でエンディングとして考えられたシーンなのでしょう。結局、もったいないから全部入れちゃえということになったために、こんなだらだらとした終わり方になったのかもしれません。

252のエンディングは、終わりそうで終わらない、バロック音楽のような感じです。バロック時代の音楽は、「ザザザザッ、ドッ、ドッ、デッ、ドドー、ドドー、ドー、ドー、ドー」などのように、ぐだぐだと引っ張ることで、我慢し切れなくなった観客の拍手が次第に増えていき、最後は拍手喝采を集めるという、独特の終わり方をする曲が多かったりします(もちろんそれだけの目的ではないと思いますが)。ただし、ビシッと終わらないので、ずっと聴いていると飽きてしまいます。

252は、だらだらとした終わり方であるうえに、誰もが予想出来る大団円で終わります。その場では気持ち良いかもしれませんが、これでは平凡な映画として歴史の中に埋もれてしまいます。数ある潜水艦映画の中でどうしてUボートが上位に上がってくるのか、伝説巨神イデオンがどうして機動戦士ガンダムとは全く異質なインパクトのあるロボットアニメとして語り継がれているのか、それは全てエンディングによるものと言って過言ではないでしょう。殺すだけが全てではありませんが、ひねった終わり方をすることで、後世に語り継がれる名画となる可能性は充分にあります。

252は、主人公を殺す、殺さないは別として、もう少しひねるのあるエンディングにして欲しかったように思います。普通の味付けだと、食べたことすら忘れてしまいそうです。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・7点
巨大台風の中でも家族を思いながら生き抜こうとする人々の話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・7点
温暖化、都市災害という点では、考える部分があるかもしれない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
252という言葉。
幻の新橋駅(東京高速鉄道新橋駅)は意外と知られているので観光要素としては不充分。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・8点
細かいディテールにも使われていた。我々も万が一のときに役に立つかもしれない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
何が何でも生き残る。極めてはっきりしている。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・7点
研修医と主人公の子供。登場人物の多い映画だが、それぞれがきちんと描き分けられていた。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・4点
あらぶるハイパーレスキューの男たちのシーン。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・5点
身内びいきと分かっていても、命懸けで弟を助けようとする兄の行動はそれなりに胸を打つ。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
研修医が輸血を通じて少しづつ心を開くシーンは笑えるが、このキャラクターは脇役。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・7点
研修医は序盤かなりのヒールぶりで、観客の心をグラグラ揺さぶりまくる。ただし脇役なのが残念。

【減点項目】

無意味なシーンが多すぎる(-10点)
・-8点
エンディングがとりとめもなくダラダラとし過ぎた。

【総合判定】

基礎点20+技術点40+芸術点26×1.5=99点、減点は-8点。
CinemaX指数91、「C」評価(81~99)。

2008年11月4日/東京国際フォーラム

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November 15, 2008

パンダフルライフ

CinemaXは評価方法の見直しなどを行い、次回「252」から再開します。

「パンダフルライフ」
監督:毛利匡
撮影:金沢裕司     
音楽:鈴木さえ子 with TOMISIRO
キャラクターデザイン:くらもちふさこ
ナレーション:菅野美穂

「客寄せパンダはもういない」

ドキュメンタリー映画です。ドキュメンタリーといえども撮影した映像をそのまま垂れ流すわけではなく、多くのこの手の映画は、構成を考えて恣意的な演出もするので、ドキュメンタリー風映画といったほうが正しいのかもしれません。

主人公は、アドベンチャーワールドで産まれた秋浜と隆浜という双子のパンダ。世界で初めて、母親が双子を一度に育てたことで知られるパンダです。弟の秋浜が主役。この双子が中国に戻る過程と戻ってからの葛藤、やがて兄弟の間にも縄張り意識が芽生え、大人の階段を上る姿を描いています。

日本には、神戸、和歌山の動物園にパンダがいますが、いずれも日本国籍ではありません。研究目的のレンタルということになっているので、一定期間を過ぎると、中国に帰らなければなりません。ちなみに今のところ最後の日本国籍のパンダはリンリン。今年4月、中国の国家主席が来日する絶妙のタイミングで死去したので、当時は暗殺説も飛び交いました。

この時の首脳会談で上野動物園へのパンダのレンタルがほぼ決まっているはずなのですが、年間一億円という高額なレンタル料と石原都知事の思想信条でこの人が知事である限りは実現しないでしょう。全盛時はフェイフェイ、ホアンホアン、トントン、リンリンが暮らしていた上野動物園のパンダ舎は、同じパンダということでレッサーパンダに占領されています。

まさに客寄せパンダを失った上野動物園は、北国の小さな小さな旭山動物園に来場者数でも敗北するほど。旭山動物園の人気の秘密である動態展示を積極的に導入して巻き返しを図っていますが、やはりパンダがいないと挽回は厳しいでしょう。都営地下鉄で見かける東京案内のポスターにもいまだにパンダの写真を使っていますから、ちょっとした詐欺みたいなものです。

さて、映画の本編ですが、双子パンダが中国に帰ってからは、成都にあるパンダ繁殖基地が舞台となります。地震で混乱する前は、こうした基地が何箇所かあって、テレビでよく出てくるのは、別の繁殖センターです。ドキュメンタリーそのものは、過去テレビなどで取り上げられた内容と大差なく、可愛いパンダにこそ見入ってしまいますが、話そのものの面白みは全くありません。あたりさわりなく、良く言えば子供も安心して見られるような内容です。

「最終評価C」

秋浜と隆浜に絞れば、もっと面白い映画になったのかもしれません。尺が余るのなら、双子パンダが子供の頃の映像を集めるとか、いろんな方法があったはずです。一番の見所は、中国に帰った直後に秋浜に「シュウヒン」と呼ぶと振り返るのと、後に「シュウヒン」と呼んでも振り返らず、中国読みの「チュウバン」で呼ぶと反応するところ。このあたりは恣意的な演出といえるのですが、他の部分はテレビのドキュメンタリーなどと大差ない以上、面白みがあるのはここぐらしいかありません。

パンダの映像は文句なく可愛いのですが、中国でのパンダの人工繁殖が進むのと比例するように日本でも映像が氾濫したため、パンダを取り上げても、かつてのような客寄せパンダの効果はないのかもしれません。その証拠に、初日だというのに劇場はガラガラ。途中でフィルムが切れて映写が止まっても、スタッフが気付くまで結構時間がかかりました。お詫びに無料鑑賞券をもらいました♪

2008年8月/ワーナーマイカルシネマズ板橋

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November 11, 2008

俺たちダンクシューター

CinemaXは評価方法の見直しなどを含めて近く再開しますが、ここで休止直後から現在までに鑑賞した映画をいくつか紹介していきます。

「俺たちダンクシューター」

監督:ケント・オルターマン
製作総指揮:ローレン・シュラー=ドナー、トビー・エメリッヒほか
音楽:セオドア・シャピロ
脚本:スコット・アームストロング
出演:ウィル・フェレル、ウディ・ハレルソン、アンドレ・ベンジャミン

「凡庸と奇抜のあいだ」

ウィル・フェレル主演、俺たちフィギュアスケーターの続編のようなネーミングですが、原題は「SEMI-PRO」ストーリーを踏まえるとなるほどなという感じもしますが、適当にネーミングしたようにもとれる微妙なタイトルです。

1970年代、ABAの弱小チームであるフリント・トロピックスというチームを率いるプレイングマネージャーの主人公が、資金のやりくりをしながらチームをある目標に導くストーリーです。チームの成績と同じように衰退する町の寂れ方がいい味を出しています。

このままだと単なるお話になってしまうのですが、曲者なのが実話を嘘の中に織り混ぜていること。個人的な感想として、実話をもとにした映画は実話負けする傾向にあるのですが、実話を織り交ぜたストーリーは、鉄板のような感じがします。

実話の部分は、NBAに吸収されたABAというリーグがあったこと、