ヤッターマン
監督:三池崇史
製作総指揮:佐藤直樹、島田洋一
原作:竜の子プロダクション
音楽:山本正之、神保正明、藤原いくろう
脚本:十川誠志
出演;櫻井翔、福田沙紀、生瀬勝久、ケンドーコバヤシ、阿部サダヲ、深田恭子ほか
『秀忠』
ヤッターマンの映画化です。アニメのリニューアルや1年かけて深田恭子のダイエットだの種を撒き続けた甲斐あって春の映画では好調な観客動員を記録しているようです。一方で面白くない映画を無理に売りたい時や観客動員が落ちてきた時に「大ヒット上映中」というカンフル剤的なCMも早々に打ちはじめました。ハリー・ポッターの新作が半年以上も延期されて、昨年末から上映作品の組み立てが崩れてしまっている日本の映画業界ですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。
私がこの映画を観ようと思ったきっかけは「タイムボカンシリーズ」に思い入れがある…それだけです。
映画化に当たってはアニメのリニューアルがきっかけとなったのでしょうが、個人的には①過去のアニメや映画のリニューアル②アニメの映画化やドラマ化などは知的財産の二次使用、三次使用のようなもので、いわば「枯れた技術の水平思考」(横井軍平)だと思います。それでも強行するのなら、強行するなりの「意味が必要」ということになります。
例えば、藤本弘(藤子・F・不二雄)亡き後、「ドラえもん」は声優を総入れ替えしたり、若手の脚本家を入れて新たな展開を試みたりと迷走しています。関係者はサザエさんのようなずっと食えるメシの種にしようと考えているのかもしれませんが、映画が三発連続してリニューアルという、最近の野放図な方針に閉口してしまいます。
「のび太の恐竜」をリニューアルして公開した「のび太の恐竜2006」は、映画ドラえもん25周年というこじつけに加えて、声優を総とっかえした後の再スタートという意味がありました。まあまあ意味としては納得出来るのですが、驚くことに2匹目のドジョウを追いかけて、そのドジョウに何を思ったのか「のび太の魔界大冒険」をリニューアルした「のび太の新魔界大冒険~7人の魔法使い~」を選びました。
2匹目のどじょうを追うこと自体が、「枯れた技術の水平思考の再利用」というダビングを繰り返したカセットテープのようなものですし、あえて追いかけるなら当「のび太の宇宙開拓史」が相応しいはずです。その理由は今回の「ヤッターマン」にも共通します。
歴史上、幕府や政権が長続きするかは、2代目将軍や執権にかかっています。現在に当てはめると、オーナー企業の2代目社長にも共通するのですが、突然変異のように現れた初代の才能や強運を、2代目がいかに堅実に守り、3代目に伝えるかにかかっています。
例えば、江戸幕府が長らく維持出来たのは、秀忠の存在が大きいと言われています。長兄が殺され、次兄は養子に出されて廻ってきた将軍の座を引き継ぎ、歴史上の評価は可もなく不可もなく、生まれながらの将軍、家光に引き継ぐことで、江戸幕府は磐石なものとなったといえるでしょう。
2代目が重要なのです。
ドラえもんで考えると、2作目の「のび太の宇宙開拓史」が、キーとなります。ストーリーも分かりやすく、本編の仲で出逢いがあって別れがあるという、構成も秀逸な映画です。「のび太の恐竜」は東宝では鉄板といえる「モスラ対ゴジラ」を再登板させて同時上映するという、補助ロケットを要した一方、「のび太の宇宙開拓史」は怪物くんの同時上映があったにせよ、事実上、ひとり立ちした初めてのドラえもん映画と言えるでしょう。
「のび太の宇宙開拓史」でコケていれば、映画ドラえもんは現在まで続くことはなかったかもしれません。
他の事例で考えてみます。
例えば仮面ライダーは、地味な1号、2号をひとまとめとして考えて、事実上の2代目、V3で人気が爆発したと考えると、この成功がシリーズをストロンガーまで導き、その後も数年おきに細々とシリーズが誕生し、日本人に定期的に仮面ライダー免疫を植え付け、石乃森章太郎の死後、弾けまくってしまった平成シリーズが受け入れられる地盤が整ったといえるでしょう。
また、ウルトラマンは、ずっとウルトラQのような暗い内容のままだと絶滅していた可能性が高いといえます。シリーズ2作目のウルトラマンで巨大な宇宙人が地球人の代わりに怪獣や宇宙人と戦うスタイルが確立したことでウルトラマンレオまで一連のシリーズが続き、その後は仮面ライダーと同様に現在までさまざまなバリエーションに繋がったと言っても過言ではありません。
そう考えるとゴジラも第1作を観た中村真一郎、福永武彦、堀田善衛ら錚々たる作家が「面白い、俺にもアイデアが浮かんだ」と食いついて「モスラ対ゴジラ」が生まれていなければ、ゴジラはずっと第1作の暗い雰囲気を引き摺っていた可能性があり、その後のゴジラシリーズはおろか、ガメラ、ガッパなど大手映画会社の怪獣映画ブームも存在し得なかったかもしれません。
ヤッターマンは、タイムボカンシリーズの方向性を生み出したキーとなるアニメです。正義の味方は2人の男女、悪玉は3人組というスタイル(シリーズの中には例外もある)を確立したのもヤッターマンで、後半には小型メカ対小型メカなど無尽蔵にアイデアを駆使できるシステムも生み出しました。
個人的にタイムボカンシリーズで面白いのは、オタスケマン、イッパツマンなのですが、もちろんヤッターマンがなければ存在し得なかったでしょうし、シリーズも視聴率低迷で朽ち果てたイタダキマンまで8年に及ぶことはなく、物理的に今回のアニメのリニューアルも映画化もあり得ないことになります。
ただし、タイムボカンシリーズが秀逸なのは、第1作目のタイムボカンでかなりのスタイルが固まっていたというところにあります。ここにヤッターマンを遺作に45歳の若さで亡くなったタツノコプロ初代社長、吉田竜夫氏の非凡な才能が伺えます。
さて、本編なのですが、アニメの話を3つぐらい束ねた話で、三池崇史監督のヤッターマンに対する思い入れが伝わってくる内容でした。たてかべ和也、小原乃梨子らドロンボーの声優2人と演出家としてタイムボカンシリーズを支えた笹川ひろし氏を引っ張り出したり、オリジナルの主題歌を歌っていた山本正之氏を引っ張り出したりと様々なこだわりが感じられました。
特にアニメのリニューアルの主題歌に関してひと悶着あった山本氏の「ヤッターマンの歌2009」は感動モノです。この歌に相応しいのは、山本氏の明るい声以外考えられません。
また、監督のこだわりは、短い本編の中でヤッターキングまで登場させる点にあります。ヤッターゾウはあまり愛着がないので、その点も共感出来たりします。「ヤッターキング」は山本氏が自身を慕う甲本ヒロト氏に「ヤッターキング2009」として譲りました。原曲を崩してしまうほどのアップテンポですが、この歌をうたえる甲本氏の嬉しさが伝わってくるようでした。
さらにさらに監督のこだわりは、2曲のドロンボーの歌を含めてこれら4曲をフルコーラスで観客に押し付けるところにもあらわれていますが、ここまでこだわりを見せるなら、昭和の名声優、富山敬氏の音源を使用して欲しかったように思います。アニメのリニューアルや今回の映画でもナレーションなどを務めている山寺宏一氏は頑張っているのですが、ちびまる子ちゃんの2代目おじいちゃんの声優を務める青野武氏同様、やはり物足りなさを感じてしまいます。
ほんの少しでも富山敬氏の声が流れれば、「ヤッターマン」がいくらストーリーが間延びして面白くなかろうが、泣いてしまうでしょう。
【基礎点】
アニメーション(ジブリ以外)(5点)
・5点
【技術点】
テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・5点
正義の味方と悪玉3人組がドクロストンを奪い合う。
そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・2点
よく分からない。
観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
海上を移動するヤッターワンの横で水しぶきを浴びるヤッターマン1号、2号はいかにもリアル。他にもヤッターキング内部の回転するスペースで乗り物酔いを起こしたり(アニメではグー子とチョキ子、パー子が回るスペースと思われる)、当時感じていた疑問を丁寧に映像化していたのはある意味目新しかった。
観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・6点
当時、オリジナルのアニメを観ていた世代には魅力的に感じるかもしれない。
主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
ドロンボーを主人公と考えると、ドクロストンを集めるという貫通行動はある。
(こんなことを真面目に考えている自分に何となく違和感を感じる)
【芸術点】
印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・5点
海江田博士(阿部サダヲ)。海江田博士と娘のエピソードは本編においてクソのような設定だが、博士とドクロベエの一人二役を演じる阿部サダヲの演技力は見所。
印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・6点
アニメの声優2人とオリジナルアニメの演出家が出演していたシーン。小原乃梨子(ドロンジョ)とたてかべ和也(トンズラー)の両氏は、ドラえもん(テレビ朝日版)の初代のび太、ジャイアンのため顔出しするのは珍しくないが、八奈見乗児(ボヤッキー)氏は顔出しNGなので3人目にボヤッキーの声を期待すると普通の声(笹川ひろし氏)なので観客が拍子抜けする演出は面白かった。
泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
山本氏の歌声は懐かしさで泣いてしまいそうだが、ストーリーとは関係ない。
笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
「ヤッターマン」に瞬間的以外の笑いを求めるのは酷なのかもしれない。
怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点
【減点項目】
無意味なシーンが多すぎる(-10点)
・-10点
海江田博士のエピソードは間延びしすぎ。
基礎点(5)+技術点(29)+芸術点(11)×1.5-減点(-10)=CinemaX指数(41)
「F」評価(59点以下)
「ヤッターマン」は、思い入れが強すぎるせいか、ストーリー自体は面白くありません。特に終盤のドクロベエとの対決。ヤッターマン1号とドロンジョの恋は、オリジナルアニメでもエッセンス程度に盛り込まれているのですが、引っ張りすぎたことで全体のバランスが破綻しています。海江田博士と娘のエピソードも間延びしすぎです。
恋愛とか、親子愛とかのエッセンスを織り交ぜて映画っぽくしたかったのかもしれませんが、オリジナルの雰囲気に不釣合いな味付けをしてしまったことで、一度は見たいが二度見るまでもない映画になってしまいました。
くれぐれも、ドラえもんのように調子に乗って他のシリーズも映画化しないことを祈るばかりです。
2009年3月28日/シネプレックス新座



Comments
よ、横井軍平って!グンペイかよっ!!と。
Posted by: | August 10, 2009 at 05:56 PM