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April 29, 2009

グラン・トリノ

監督:クリント・イーストウッド
製作総指揮:ジェネット・カーン、ティム・ムーア、ブルース・バーマン
音楽:カイル・イーストウッド、マイケル・スティーヴンス
脚本:ニック・シェンク
出演:クリント・イーストウッド、ビー・ヴァン、アーニー・ハー、クリストファー・カーリーほか

「優等生」

クリント・イーストウッド監督がここ数年産み出す作品は鬼気迫るものがあります。歳を重ねたからこそ描ける世界もあるのでしょうが、逆に考えるとあと20年若ければと思います。ただ、少なくとも10年前に観た「トゥルー・クライム」は面白くなかったので、やはり年齢と経験によって生み出されたものなのでしょう。80歳を目前にして最も脂の乗った監督による「グラン・トリノ」、CinemaXの評価やいかに。

グラン・トリノは観れば観るほど緻密に仕上がった作品です。まずは、主人公、コワルスキーの偏屈ぶり。人物の性格を周囲の人に言わせる手法は、記憶違いでなければ「欲望という名の電車」へのオマージュでしょうか。脚本で悪い人や偏屈な人を主人公にするのはかなり難しいのですが、セリフや行動でこれだけひねくれた性格を見せられると、どこか愛嬌すら感じてしまいます。「恋愛小説家」の主人公もそうでしたね。ひねくれ者。

グラン・トリノは隣人に越してきたモン族とのふれあいを通じた物語です。1970年代までの映画なら、白人の世帯が暮らす静かな街が、移民によって変化する状況を上手く描いています。時代を切り取ったような映画なのですが、それをひけらかすようなあざとさは感じられません。

「ドラマは変化である」(新井一氏)とあるように、良い映画の多くが主人公の心の変化を巧みに描いています。グラン・トリノもそうです。差別用語を連発していたコワルスキーもモン族と触れ合うことで心が変化し、下心みえみえの息子やその家族よりも身近な存在として受け入れるようになります。脚本のセオリーの中には登場人物の性格をあらわすために喧嘩をさせる手法があるのですが、偏屈なコワルスキーもしっかりと喧嘩させています。

グラン・トリノの秀逸なところは、ストーリーの本筋に絡む登場人物が少ないというところにあります。主人公のコワルスキーとモン族の姉弟、スーとタオです。本編では弟のタオの心の変化をしっかり描くことでストーリーの重厚感が増しているのですが、実は姉のスーの存在が、トロい弟との対比とコワルスキーの心の変化を生むタネになっていることに注目すべきでしょう。

グラン・トリノが優等生たる所以はまだまだあります。モン族のチンピラという、分かりやすい悪役を使っていることです。ストーリーが秀逸でも悪役が出ないために大団円の二流作品になった映画も少なくないのですが、グラン・トリノではこれでもかというぐらい悪い奴が設定されています。シンプルな悪役なので、観客が揃ってこの連中への憎しみを共有することが出来ますし、コワルスキーが長く心の中に抑えていた朝鮮戦争時代の心の傷を引き出す要素ともなります。

また、このチンピラはタオを巻き込もうとすることでトロいが真面目な性格と、スーの勝気で頭の回転が早い特徴を上手く引き出すエッセンスにもなっています。

グラン・トリノの秀逸な点はまだまだあります。例えばイタ公の床屋のシーン。コワルスキーと床屋の店主がタオに妙な修行させるシーンは笑えるのですが、ストーリーも後半に入りいきなりこの床屋が出てきたのではご都合主義と受け取られかねません。ところが、この床屋は前半にさらっと紹介されています。しかもコワルスキーの偏屈ぶりを補強する意味のあるシーンとして、さりげなく伏線を仕掛けているわけです。

この床屋のシーンでは、コワルスキーが「俺が大人のやりとりを教えてやる」とタオを連れて行くわけですが、コワルスキーがこの床屋に行けば店主と悪口の言い合いになることを観客は学習しているので、しっかりとした笑いを拾えるわけです。おまけに、このシーンに限ったことではないのですが、良い意味で期待を裏切られます。床屋のシーンでは「コワルスキーと店主が言い合いになってタオには参考にならない」という予想を裏切るシーンになっていました。

ベターよりもベストのシーンを繋いでいくことが良い映画作りの絶対条件ともいわれますが、恐らく私や多くの観客の方が予想していたシーンはベター、でも実際にはクリント・イーストウッド監督は苦労しながらベストの選択を見出したのでしょう。グラン・トリノは、あちこちに観客の喜怒哀楽の感情を発揚させてくれますが、そういった感情の繰り返すうちに我々は映画のストーリーに惹き込まれ、コワルスキーやモン族の姉弟などに親しみを感じるようになるのです。これはストーリー作りの王道ともいえます。

観客が映画に感情移入できるからこそ、最後のシーンにもコワルスキーと一緒にその場に行くことが出来るわけです。ただし衝撃のラストという説明もありますが、個人的にはそんなに衝撃的でもありませんでした。裏を返せば、コワルスキーが生身の人間として実在するならば、自然な行動であったということかもしれません。登場人物の心の変化を描くとは綱渡りのようなものです。怖いからといって綱を進まなければ映画としての魅力も薄れ、逆に人格が変化するほどの心の変化を遂げてしまえば、別人ということで観客の心は離れ、綱から落ちてしまいます。

きちんと着地したからこそ、衝撃のラストと感じられなかったのかもしれません。

【基礎点】

一般の洋画(15点)

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・10点
偏屈な白人至上主義のじいさんが、隣人の少数民族の子供を守る話。見事な対位法。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・8点
多民族国家、人種の坩堝といわれる米国だが、融和はまだまだ。人口が減少に転じた日本でも例外ではない問題。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
モン族という存在。これを期にベトナム戦争のモン族の立場を調べてみるとあまりにも悲しかった。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・8点
モン族は華やかな民族衣装が特徴のよう。本編にもきちんと出てくる。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
コワルスキーが隣人を守ろうとするのはストーリーでの必然的な流れ。貫通行動は朝鮮戦争での心の傷を清算するほうにウェイトが置かれているのかもしれない。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・10点
スーの勝気で頭の回転の早さは魅力的。コワルスキーが心を開くのは理解出来る。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・9点
コワルスキーが医師に診断してもらい、家族に電話をするシーン。セリフで診断結果を言うこともなく、カルテも遠巻きに移すので結果は分からない。だが、シーンを観ていれば観客にも通じる。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・8点
個人的には衝撃のラストとは思わなかったが、このシーンは心が泣いた感じ。むしろ葬式に参列するスーの派手な民族衣装が対比されているようで泣けた。グラン・トリノは誰にあげるかは分かっていたし、そういう意味ではニュー・シネマ・パラダイスは衝撃だった。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・9点
偏屈なコワルスキーの行動はかなり笑える。もはや絶滅してしまった感のある身内や町内に必ず1人はいた近所の頑固なおじさんを見ているよう。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・8点
モン族のチンピラは分かりやすい悪なので、シンプルに怒りを抱くことが出来る。

【減点項目】

・減点なし。
ただし、神父の存在は微妙だった。個人的な立場だったら復讐(チンピラをぶっ殺す)も辞さないという神父は斬新だったが、そこまでストーリーに絡む設定は必要ではなかったのではないかとも感じた。

基礎点(15)+技術点(42)+芸術点(44)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(123)

「A」評価(120点以上)

シナリオを勉強している方々にとっては、お手本のような映画と言えるでしょう。クリント・イーストウッドの渋い演技と声も魅力です。

ちなみに、スーがコワルスキーにモン族の特徴を説明するシーンで「相手と視線を合わさない、叱られるとニヤニヤする」と言っていますが、これは日本人のアルカイックスマイルにも共通するものです。欧米では今にも死ぬという緊迫した場面でもニヤニヤする日本人を理解出来ないので、アジア人共通の行動パターンなのかもしれません。

2009年4月29日/シネプレックス新座
Torino

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April 27, 2009

消されたヘッドライン

監督:ケヴィン・マクドナルド
製作総指揮:ポール・アボット、ライザ・チェイシンほか
音楽:アレックス・ヘッフェス
脚本:マシュー・マイケル・カーナハン、トニー・ギルロイ、ビリー・レイ
出演;ラッセル・クロウ、ベン・アフレック、レイチェル・マクアダムス、ヘレン・ミレンほか

「GOEMON」

「消されたヘッドライン」を観て来ました。原題は「STATE OF PLAY」ヤホーで翻訳すると「遊びのありさま」と出るのですが、「報道のありよう」という感じなのでしょうか。「STATE OF PLAY」をそのまま邦題にする方法もあったのでしょうが「消されたヘッドライン」のほうが意味が通るのかもしれません。

ヘッドラインとは、大見出し、つまり新聞のトップ記事やニュース番組のトップニュースです。トップを飾る情報は、マスメディアが無作為に選んでいる訳ではなく、その日その時点で入手しているニュースのうち、最も話題性のあるものをトップに並べます。同業他社を出し抜いた情報だと特ダネやスクープ、スッパ抜きなどと言いますが、例えば全国紙の場合は大手企業のリークが多いといわれる経済紙を除いて、横並び報道が中心なので一年のうち目にするのは数回といったところでしょうか。逆に同業他社から一社だけ情報が抜け落ちてしまうことを特オチと言います。

この映画では「巨大権力vs.新聞社」をうたっていますが、実際にはそんなに単純ではなく事件の背景がゴチャゴチャしすぎていて理解出来ませんでした。前半20分のアメリカンジョークを並べたような退屈な時間を乗り越えると、やっと本編に突入します。主人公、カル・マカフィーの相棒になったデラ・フライが鋭い視点でセリフをはき始めるとやっと見応えが出て来るのですが、それでも本格的に感情移入をするまでに至らないのは、事件の背景を知っているのが作り手だけということにあるのかもしれません。

例えば、刑事コロンボでは、視聴者に先に事件を見せておいて、刑事と一緒に謎解きを楽しむ方法をとっています。ここまでやれとは言わないのですが、少なくとも序盤で殺されてしまう女性の行動を含めた周囲の人物の行動を整理すべきだと思います。記者が主人公の映画ですが、謎を解く主体が刑事でも探偵でも同じです。作り手だけが分かったような設定になっているので、記者が「ああ、もしかして」と行動をしても、観客は「何で?」と理解出来ないまま次のシーンに強制的に移動させられてしまうのです。映画そのもののテイストを壊してしまうのかもしれませんが、記者と観客が一緒に謎解きをするような設定にしなければ、この映画の言いたいことを観客は一生理解することは出来ないでしょう。

中盤は緊迫するシーンもありますが、基本は鬼ごっこなので緊迫するのが当たり前。後半はさらにひどく、事件が二転三転してしまい、観客はポツンと取り残されたまま、エンドロールが流れるような感じです。

「消されたヘッドライン」は、2003年に英国でテレビドラマとして放映されていたものが元ネタとなっています。テレビドラマと映画の差異は分からないのですが、どちらも同じ事件を扱っているとすると6年も経てばニュース性もドラマの制作手法色あせます。この映画の難点は展開が二転三転して観客が置いてけぼりをくらうところにあるのですが、もしかするとテレビドラマのもともとの設定(二転三転する設定)をそのまま映画に持ち込んでしまったのではないかと勘繰ってしまうほどでした。例えば「24」をそのままの設定で2時間の映画にしたらこんな感じになってしまうのでしょう。

作り手の独りよがりのような展開は「GOEMON」に共通します。キャストにも魅力があり、マスメディアの習性とかを扱えば面白くなったであろう映画のはずなのに、無茶な展開が全てを台無しにしてしまいました。

ちなみに、マスメディアの習性をよくあらわしている映画に「クライマーズ・ハイ」があります(実は映画よりもNHKが制作したテレビドラマの方が緊迫感に溢れているようです)。「クライマーズ・ハイ」の舞台は地方紙の新聞社ですが、締め切り時間や取材、記事の伝達方法、編集を巡る社内での攻防など緊迫する雰囲気がよく描けています。映画に登場するワシントン・グローブにも締め切りという概念はあるのですが、実際には誰も何時だとか説明しないので、登場人物がいくら「あと6時間待つ」とか「4時間も待ったのに」とカリカリしても観客には緊迫感は伝わってきません。

時間が命の新聞社を扱いながら、時間の概念が全くないので、全体で3日経った話なのか、1週間経った話なのか、最後の日は今何時で、締め切りは何時なのかがさっぱり分からないのが残念でした。最後の原稿を送ったのは、感覚的に朝方かな?と思いきや、画面の中にちょっとだけ写った時計は1時40分頃でした(多分)。この差が作り手と観客の差なのかもしれません。

余談ですが、新聞には締め切り時間があります。日本では全国紙朝刊の場合は確か午前2時前(1時50分?)で同じ日付の新聞でも離島などに配達するために早めに作っておかなければならない1版から、都内の一部しか届かない13版ぐらいまであり、特ダネで同業他社を出し抜く場合や、ぎりぎりまで粘らなければ分からないニュース(WBCの結果など)は遅い版に掲載されることがよくあります。

Web上でも特ダネは午前2時に更新される場合が多いようなので、午前2時に新聞社などのホームページにアクセスしてチェックしてみると楽しいかもしれません。

評価に移ります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・2点
事件の謎を解こうとする新聞記者の話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・1点
ペンの力で権力に立ち向かうというのは、今の日本社会では葬られた理想的なマスメディアの姿ではあるが、この映画は二転三転し過ぎて意味不明になってしまった。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・0点
どういうシステムで新聞が発行されるのかとか、ディティールを説明すれば観光要素になったのかもしれない。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・4点
真実を伝えようとする姿勢に貫通行動はあるが、伝えるニュースの内容が二転三転し過ぎてぶち壊しになってしまった。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・4点
主人公の助手、デラ・フライは本編に絡む登場人物の中で人格がブレなかった唯一とも言うべき存在。時に鋭いセリフを吐くので、主人公に取り立てられる能力があることが充分、伝わる。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・2点
公聴会で議員が軍事企業の疑惑を指摘するシーン。この時は面白くなりそうな雰囲気もあったのだが。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
主人公は親友の妻を抱いたという過去があるので、周りからそのことをつつかれるシーンは笑えるが、そればっかりなのでだんだん飽きてくる。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・1点
軍事企業の存在は怒りの対象だが、本編では活かしきれていないので効果は薄い。

【減点項目】

減点ゼロ。ハリウッドお得意の恋愛の要素がこの映画には全くないという、ある意味挑戦的な映画。題材は映画を面白くさせる可能性はあったのに、料理人がまずかった。「スラムドッグ$ミリオネア」とは対極にある映画といえるのかもしれない。


基礎点(15)+技術点(7)+芸術点(10)×1.5-減点=CinemaX指数(37)

「F」評価(59点以下)

ちなみにケヴィン・マクドナルド監督は「ラストキング・オブ・スコットランド」の監督でもあります。ドキュメンタリーに造詣の深い監督のようで、ラストキング・オブ・スコットランドもドキュメンタリー風のタッチが魅力でもありました。それなのに「消されたヘッドライン」は、あってもおかしくないような事件を題材にしたにもかかわらずウソっぽい印象を受けます。最後の二転三転の展開をみると、策に溺れたのかと勘繰ってしまいます。

見所をあえてあげるならば、油断したように太り「LOST」のハーリーのような容姿のラッセル・クロウが、ドタドタ走ったりするあたりでしょうか。太ったり痩せたりが激しい俳優なので「グラディエーター」「シンデレラマン」あたりを観て劇場に向かうと楽しいかもしれません。

5月22日ロードショー!

2009年4月26日/スペースFS汐留
State

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April 26, 2009

スラムドッグ$ミリオネア

監督:ダニー・ボイル
製作総指揮:ポール・スミス、テッサ・ロス
原作:ヴィカス・スワラップ
音楽:A・R・ラーマン
脚本:サイモン・ボーフォイ
出演:デヴ・パテル、マドゥル・ミッタル、フリーダ・ピントほか

「料理人の腕」

アカデミー賞を席巻した「スラムドッグ$ミリオネア」です。

この映画は、インドの身分制度がベースになっています。未だ残る身分差別、宗教の対立、貧富の格差、その後の高度成長期の到来などを鋭く描いています。この時代背景をベースに一方で主人公、ジャマールのひたむきなまでのラティカへの想い、時に反目しつつ、時に助け合う兄、サリームとの兄弟愛がストーリーに常に影響し続けているという、レールがしっかりした映画です。

恐らくジャマールが恋愛を貫いた部分だけをストーリーにして映画を製作しても、内容自体は重みがあるのでまずまずの映画になっていたのかもしれません。恐らく日本でも恵比寿ガーデンプレイスで上映されるような単館系映画になっていたことでしょうが、そこにクイズ$ミリオネアを絡めたのが、この映画の成功の肝と言えるわけです。

クイズ$ミリオネアは、英国発のクイズ番組で世界各地に広がりました。日本でもみのもんた司会で放送されましたが、日本人が一攫千金を夢見るということを忘れたのか、タレントばかりが出演するクイズ番組に変貌し没落、今は特番のみで放送されるようになっていますが、インパクトのある番組ではあります。

いきなりインドの話をされても、日本でもピンと来ないのですから、欧米ではなおさらです。そこにクイズ$ミリオネアを絡めることで親近感とストーリーに厚みが増すわけです。ジャマールが番組に出ることで身分差別がさらに浮き彫りになりますし、知識は学校でなくとも学べるというメッセージ、そして問題と絡めてジャマール自身の人生を振り返るという、一見複雑なようで実はシンプルな構成が可能となるわけです。

ジャマールと警察との駆け引きもクイズ$ミリオネアがないと成立しませんし、最後のシーンも番組なしに成立させるのは無理ではないでしょうが、著しく困難でしょう。例えば、インドの時代背景や人間関係など、さまざまに絡んだストーリーを1つのビルとするとそこに登る(観客が理解する)のは非常にややこしくて困難かもしれませんが無理なことではない。でも、クイズ$ミリオネアという非常階段を作ることで、ストーリーを理解するのが容易になったというイメージです。

クイズ$ミリオネアを除いた部分のストーリーはしっかりと作られていますが、目新しいわけではない。そこにクイズ$ミリオネアを持ち込んだ料理人(製作者)の勝ちともいえる映画でしょう。

【基礎点】
一般の洋画(15点)
・15点
インド映画のようだが、製作国は英国・米国。

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・9点
スラム街出身の子供がクイズ番組に出演し全問正解する話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・8点
小が大を食うことに人間が爽快感を感じるのは永久不変のことかもしれない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・10点
インドのスラム街。真逆だが「ローマの休日」のローマの街にも似た観光要素。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・9点
映像が美しい。音楽と合わせた編集も相乗効果を高めている。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
ジャマールは意固地なまでにラティカを想い、追い続ける。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・9点
ジャマールの兄、サリームとジャマールの取調べで彼の言い分に耳を貸す刑事。刑事の心の変化は地味なようで実は大きな見所。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・7点
サリームが、ジャマールが手に入れた俳優のサインを売り飛ばしてしなうシーン。兄弟の性格と後の運命の縮図になっている重要なシーンといえる。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・7点
ジャマールのクソ真面目さにも泣けるが、ラティカのジャマールへの想いはあるものの、自分の運命を受け入れて諦めている一連のシーン。ラティカはそれでも結局、ジャマールのクソ真面目さに心を動かされていく。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・8点
ジャマールやラティカ、ジャマールが街角で再会する子供など、健気で正直で笑えるシーンはあるが、これは一方で泣けるシーンでもある。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・6点
貧者を食い物にする人々。いつの時代も変わらない。

【減点項目】
・減点なし。
ただし、CMなどで放映されている映像は、ストーリーと直接的に関係がなかったり、あまり重要でないものが多かったりする。

基礎点(15)+技術点(46)+芸術点(37)×1.5-減点=CinemaX指数(117)

「B」評価(100~119点)

「諦めなければ夢は叶う」みたいなメッセージもあるので、教育映画として使えるかもしれません。たったフレンチキス程度でもキスシーンが云々とかガチャガチャ言われそうな時は、最後の数秒をカットすればいいのですから。

他にもエンドロールの踊りはインド映画のテイストがあって興味深く、オープニングやエンドロール、途中のPVのような映像、見たこともない製作会社などのロゴなど目新しいものばかりでした。

2009年4月24日/ワーナーマイカルシネマズ板橋
Slumdog_millionaire

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April 25, 2009

おっぱいバレー

監督:羽住英一郎
原作:水野宗徳
音楽:佐藤直紀
脚本:岡田惠和
出演;綾瀬はるか、青木崇高、仲村トオル、大後寿々花ほか

「ウソをつかない映画」

「おっぱいバレー」です。実話をもとにした原作があるので、原作を読んだ人と、読んでいない人では感想が異なるかもしれません。CinemaXでは原作を読んでいない立場で評価を行います。原作はいつのどの時代かは分かりませんが、映画では設定を1970年代の北九州に変更したようです。

この映画を知ったのは、昨年の27時間テレビでした。夜中の時間帯に電話に出た綾瀬はるかが「おっぱいバレーの撮影をしています」とさらっ答えて、明石家さんまが混乱していたのが印象的でした。後に明らかになるのですが「おっぱい」という、口にするには恥ずかしい単語は、ロケ現場では慣れてくると挨拶のように使われていたようなので、綾瀬はるかが臆面もなく答える理由はここにあったのかもしれません。

冒頭は、弱小バレー部の5人(後に6人になる)が当時の中学生なら恐らく誰でも知っていたであろう、時速100キロで走って手をかざす試みからスタートします。他にも「道程」(高村光太郎)の響きだけで興奮したり、部室に穴を開けて女子の着替えを覗こうとしたり、典型的な中学生ぶりを発揮します。そこに赴任してきたのが綾瀬はるか演じる女教師、寺嶋です。バレー部員は、大会で1勝すれば教師のおっぱいを見せてもらうという約束を取り付けて、発奮します。

予告やレビューを見るとスポ根もののようですが、バレー云々のくだりはだいたい4割ぐらい。例えばバレーだけで全編通してしまうと、無駄撃ち邦画の1つになっていたかもしれません。ポイントは残りの6割です。何故、寺嶋が教師を志したか、何故、バレー部員の約束をするはめになったのか、枷や伏線がたっぷり敷かれた見応えのある映画に仕上がっています。

良い映画の条件の1つには、主人公が追い詰められて、そこでどんな行動に出るか、どんなことを言うか、観客の期待を一心に集めるというものがあります。寺嶋は、クソ真面目という性格が常に影響して、教師になり、この学校に来て、約束をするはめになるわけです。その後もこれまでの枷や伏線が影響していて、最後の最後まで人格として際立った映画になっています。

一言でいえば、丁寧な映画です。

序盤で寺嶋に喧嘩をさせたり、しかも理由がクソ真面目故の理由だったり、生徒と教師で乗り越えてはいけない壁(恋愛とかではない)についてどう考えるべきかとか、実はメッセージ性の強い堅い映画なのです。一見、おっぱいというオブラートにくるんでいるのでコメディととられがちですが、油断して観ると良い意味で痛い目に逢う映画でした。

この映画では、誰もが共通して持っている想い出を引っ張り出して共有するという、恐ろしい隠し玉を秘めています。「自分の人生で影響を受けた先生」です。小中高あるいは大学でも何でもいいのですが、影響を受けた先生というのが必ずいるはずです。どっぷり付き合った担任かもしれませんし、ある教科だけを教える先生、部活の顧問、あるいは接点はほとんどなかったものの、ある期間だけ大きな影響を受けた先生など、この映画を観ると必ず誰かが頭の中に浮かぶことだと思います。

これは、ラジオドラマのように、音声だけの情報で聴取者それぞれの頭の中で映像を再生し、共有化するということにも共通します。鉄板です。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・6点
おっぱいを目的にバレーに青春をかけた中学生たちの話。
(裏テーマ:今度こそウソをつかないと決めた女教師の話)

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・6点
頑張ることに、理由なんか関係ない。
(裏テーマ:どんな仕事も信念がないと必ず狂いが生じる)

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・4点
中途半端に古くて泥臭さが残る北九州(特に八幡)の街を見ることが出来る。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・3点
北九州の泥臭い雰囲気はあるが、東京とは少し違うので懐かしいという感じはしないかもしれない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
女教師、寺嶋の人格は全くブレがない。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・9点
女教師、寺嶋の中学時代の回想シーン。教師、原田の行動はわずか1週間で荒んでいた寺嶋の心を変化させ、教師の道へと導くきっかけとなる。この1週間の回想のくだりは、大後寿々花を起用。1週間の後日談を含め、このシーンがないと映画全体の魅力は半減すると言ってもいい。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・10点
女教師、寺嶋の中学時代の教師、原田との1週間。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・10点
1週間のくだりの後日談。冒頭で寺嶋が登場するシーンにも繋がるので、是非本編を見て欲しいところ。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・10点
教師という立場と、生徒にウソをつきたくないという立場で葛藤する寺嶋のクソ真面目さはかなり笑える。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・4点
何でも頭ごなしに決めつめる学校現場の陰険さには怒りを覚える人が多いと思う。

【減点項目】

筋違いのPRが行われている(-10点)
・-2点。
序盤はテンポ良くおっぱいで釣って、中盤以降はしみじみと泣かせる映画。おっぱいは肝だが、かこつけてテレビなどでおっぱいグッズなどを引き合いに出して観客を集めようとしたあざとさが感じられたのは残念だった。口コミでも必ず高評価を得られる映画になると思う。

基礎点(20)+技術点(29)+芸術点(43)×1.5-減点(-2)=CinemaX指数(112)

「B」評価(100~119点)

実話をもとにした映画は、殆どが実話負けしてしまう中で「おっぱいバレー」が面白く仕上がったのは、実話=無難に面白いと安心することなく、オリジナル作品のようにキャラ設定をしっかり行い、丁寧な構成を心がけた賜物といえるでしょう。バレー部員はオーディションであえて冴えない雰囲気の役者を選んだようですが、見ていて段々とかっこよく見えてくるのが不思議です。丁寧な設定は、脚本がオリジナルドラマ全盛の頃から活躍を続ける岡田惠和氏ということもあるのかもしれません。

2009年4月23日/丸の内TOEI1
Opv_4

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April 21, 2009

GOEMON

監督:紀里谷和明
音楽:松本晃彦
脚本:紀里谷和明、瀧田哲郎
出演:江口洋介、大沢たかお、広末涼子、ゴリ、要潤ほか

「2ミリ前進」

史上最悪の映画「CASSHERN」を生み出した紀里谷監督が帰ってきました!何の因果か試写会が当たってしまい、行ってきました「GOEMON」CinemaXの評価やいかに。

まずは気になった点をあげると…。

・シナリオが悪い。
とにかく何もかも喋りすぎ。「さてと」「あいつ遅いな」など喋らずともすむものをいちいち喋る。こんなにセリフに詰め込むのなら映像を隠して音声だけにしてもいいぐらいです。CASSHERNに引き続き陳腐なセリフばかりで俳優も感情移入がしにくいのか、大沢たかおや平幹二朗など演技派の俳優を除きみんな広末涼子みたいになっちゃってます。劇場でご覧になる方は、いちいち喋る登場人物たちのセリフに注目してください。

・ストーリーが悪い。
とにかく意味が分かりません。人物相関図を頭に入れておいたほうがいいかもと言われても、ほとんど役に立ちません。信長を光秀が殺して、三成と家康が戦うことぐらい。あとはキャシャーンと同じく行き当たりばったりで思いついた映画のストーリーを寄せ集めたような展開です。光秀と秀吉が結託して信長を殺したという陰謀説も目新しくもなく、映像にしろストーリーにしろ、目新しさは全く感じられない映画でした。パンドラの箱なんか意味が全く分かりませんし、最後もさっぱり分かりません。最初の30分と最後の30分は不要で、1時間弱の内容を水で薄めたような映画です。

・カットが悪い。
カットに一貫性がありません。カットやシーンを変えると観客は大なり小なり衝撃を受けるので、出来るだけスムーズにしなければなりません。一方でショックを意図的に与えるために奇抜なカットを入れるなどの方法もあるのですが、GOEMONのカットは計画性があるとは思えず、いちいち中途半端に電気ショックが走るような衝撃を受けてしまいます。ほかにもカットの前後で突然、登場人物の髪の色が変わっていたりとか、自主映画でも気をつけるようなミスを平然と繰り返す素人仕事も大いに気になりました。

・シーンが悪い。
シーンの繋ぎも最悪です。カットと同様にシーンの繋ぎは観客に衝撃を与えます。これはちょっと早めだった、もう少し遅い方がよかったなど、バラエティ番組のディレクターでさえ気にするような大事なことをあまりにも適当にやっつけてしまっています。まるで鼻くそをほじりながら適当に繋いでいるような粗い仕事で感情移入が出来るはずもありません。

・CGに艶がない。
紀里谷監督はプロモーションビデオで売り出した人なので、SAKURAドロップスばりのCGがウリといえばウリなのですが、のっぺりした映像になるので、高所から落ちたりしてもサッと血の気が引く感じにもなりません。アニメなのにジェットコースターに乗っているかのような感覚をともなう宮崎アニメよりもリアルさに欠けるということになります。CGのくせに情けない。お金がかかるので仕方がないのかもしれませんが、グーグルアースで詳細な航空写真がない地方の画像を無理矢理拡大しているようなピンボケの背景も気になりました。綺麗なのか誤魔化されているのかは分かりませんが、やはりPVはPV、CASSHERNと同じく2時間以上も見続ける類の映像ではないのかもしれません。

・デザインに品がない。
滝とか、ホタルとか、天守閣とか、数が多けりゃいいってものではありません。街もそう。これで創造性溢れると思っているのかもしれませんが、架空の街にせよ、人が暮らしているわけですからどこにどのように誰が生活しているかぐらいは考えないと、全くリアリティのない街になってしまいます。例えば「戦国自衛隊1549」では、現代人が戦国時代の人々に文明を伝えてしまったため、天守閣などが奇異な発展を遂げてしまうのですが、前述のバックボーンがあるからこそこういう光景になるのだということが観客にも伝わってきます。ところがGOEMONはやっつけもいいとこ。こんな街に行きたくも住みたくもない。

・らしさがない。
CASSHERN、GOEMONの両方に共通するのですが、どこかで見たような映像やストーリーを寄せ集めたような映画になってしまうのが気になります。阿修羅城の瞳?スパイダーマン?300?さらば宇宙船間ヤマト?セブン?ナルニア国物語?スターウォーズ?パロディ映画と思えるようなシーンもあります。おまけに登場人物の着物も庭も建物も鎧も街並みも何かの映画で見たようなものばかり。綺麗といえば綺麗ですが、目新しさはありません。ストーリーも同じく目新しさゼロ。せっかくお客さんが高いお金を出して劇場に足を運んでくれるのですから、そろそろ本気になって紀里谷監督「らしさ」を出すことを考えた方がいいのかもしれません。。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・0点
パンドラの箱は何だったのか。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・0点

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・1点
武将それぞれに忍者がついていて代理戦争のようになっている設定は面白かったが、あまりにも構成が悪く台無し。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・0点
生きろと言ってみたり、強くなれといってみたり、これで最後にしろと言ってみたりGOEMONの別人格ぶりが気になったが、これでもCASSHERNよりはマシ。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・5点
大沢たかお演じる霧隠才蔵。

印象に残るシーンはあったか(10点)
・5点
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
大沢たかお演じる霧隠才蔵のかまゆでの刑での演技は見物です。一瞬で終わる中村橋之助演じる織田信長の舞と並んで本編中で数少ない見所のあるシーンかもしれないので、前後のストーリーがグチャグチャじゃないかとか、一体何を言いたいシーンなのかとか、細かいことを気にせず楽しむのがコツです。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
霧隠才蔵やその妻が死ぬシーンでズルズル泣いている人がいたが、言うまでもなく人が死ねば悲しいもの。その場限りの泣かせはCinemaXでは評価の対象にならない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
クスッと笑いかける部分が2ヵ所ほどあるが、その場限りの笑いなので評価外。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・1点
霧隠才蔵の子供までかまゆでにする秀吉に怒りを感じるが、それまでの積み重ねがほとんどないので評価は低い。

【減点項目】

今回は宇多田ヒカルの援護射撃もなく減点ゼロ。CASSHERNより若干我慢できる映画にはなっているので寝ることもありませんでした。

基礎点(20)+技術点(1)+芸術点(11)×1.5-減点=CinemaX指数(38)

「F」評価(59点以下)

GOEMONの「こんな時代劇、見たことない。」というコピーはその通り!こんなの時代劇じゃありませんから!

どうか、これでもう最後にしてください。

2009年4月21日/九段会館
Goemon

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April 19, 2009

レッドクリフ PartⅡ―未来への最終決戦―

監督:ジョン・ウー
製作総指揮:ハン・サンピン、松浦勝人、ウー・ケボ、千葉龍平ほか
音楽:岩代太郎
脚本:ジョン・ウー、チャン・カン、コー・ジェン、シン・ハーユほか
出演:トニー・レオン、金城武、ヴィッキー・チャオ、リン・チーリンほか

「今さら羊頭羊肉」

レッドクリフPartⅠから半年、PartⅡが帰ってきました。赤壁の戦いを扱いながら、PartⅠでは戦いすら始まらなかったレッドクリフです。よほど観客動員を稼ぎたいのか、各球場のバックネットに広告を出して封切日から「大ヒット上映中」とか、「女と女の戦い」とか、半ばヤケクソのような内容でローズマリー兄弟がぐちゃぐちゃ話すだけのCMとか、見境のないPRが目立つレッドクリフですが、極めつけは「PartⅠを見なくてもOK」というコピー。素直に解釈すると「こんな映画、観ても観なくても一緒」という風にとれるのですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

PartⅠが上映された昨年10月はリーマンショックで世界的な経済危機が始まった時期でしたが、それから半年、PartⅡが公開される現在はさらに深刻な状況にあります。おそらく映画館に足を運ぶファンも減少しているはずで、損をしない製作委員会方式でクソ映画を量産していた邦画も製作のスピードが鈍り、これは経済危機の震源地である米国も例外ではありません。テレビ朝日を中心にレッドクリフⅡを血眼になってPRするのは、興行成績がDVD化やテレビでの放映権で大きく影響することも1つの要因なのですが、見境のないPRが行われるほど「大ヒット上映中」という言葉が嘘っぽく聞こえてきます。

ところが、意外や意外、PartⅡはきちんとした映画なのです。

PartⅠのイメージで観にいくと、良い意味で期待を裏切られるかもしれません。観客をおちょくるようなイントロのテーマ曲が、一転して壮大な物語の序章であるように感じるぐらい、この映画のイメージが変わりました。

PartⅠでは、ズームを多用する昭和40年代っぽいカメラワークと、人がバッサバッサ殺されるばかりの映画でしたが、PartⅡではちゃんとした脚本で映画が撮影されているようです。伏線もきちんと張られていて、例えば急に登場人物が死んだりとか、そのシーンだけで泣かせるのではなく、それまでのシーンの積み重ねで観客を泣かせるという脚本のセオリーも守られています。喜怒哀楽もきちんと用意されていて、映画の体を成しているのです。

バレバレのワイヤーアクションが気になったり、女性が戦場に向かうというナンセンスな設定もありますが、そういう無理矢理さも脚本のテクニックや丁寧な人物設定であまりボロが目立たなくなっています。PartⅠとPartⅡの撮影が同時だったのか、少し時間が空いたのかは分かりませんが、脚本やカメラワークなど明らかに別の人が絡んだような映画に仕上がっています。何度も繰り返しますが、これは本当に意外でした。

ところが、時すでに遅し。PartⅠの時に大々的なPRに乗せられて劇場に足を運んだ割に無駄なシーンが多く、人の手足がちぎれるような過激な映像を延々と見せられ、結局は入門編のような状態で「PartⅡ」に続くというような映画を観た観客の中には、PartⅠを羊頭狗肉のような映画と感じた人も少なくはなかったのかもしれません。

ところが一転してPartⅡは映画の基本を抑えていて、羊頭羊肉の映画なのですが、PartⅠで狗肉を喰らって騙されたと感じた観客は、PartⅡを観ようとなかなか劇場に足を運ぼうとはしないでしょう。見境のないPRが繰り返されればなおさらです。

これと同じことが邦画全体でも起こっています。テレビ局や広告代理店はスポンサーが減ってアップアップですから、映画での集金に走る傾向が強まる可能性があります。ただ、クソ映画ばかり作っていると、騙されたと一度離れた観客はなかなか戻らないことを肝に銘じるべきといえます。

【基礎点】

日本・アメリカ以外の映画(25点)
・25点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
3つの国の武将が命をかけて戦う。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・8点
戦争は決してなくならないものなのでいつの時代にも当てはまる。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・0点
PartⅠでの多彩な陣形は目を見張るものがあったが、PartⅡでは戦場での生活や戦闘は多くの戦争映画で見慣れたものであり、中国の三国時代「らしさ」もほとんど感じられなかった。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・0点

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
周瑜や孔明を主人公とするならば、約束を守り、君主に仕え続ける行動は一貫している。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・10点
地味だけど実は主役だった周瑜。PartⅠでは役者の顔が趙雲と似ていてさらに地味だったが、今回は主役らしさが感じられた。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・10点
最後に周瑜が「この戦争の勝者はいない」というシーン。戦争は日常生活で築き上げた人間の倫理観が往々にして崩壊してしまうため、善悪を突き詰めると答えが出ないことを一言で表現している。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・10点
孫権の妹、尚香がスパイとして乗り込んでいた時に出会った兵士と戦場で再会し、死別するシーン。尚香が「おバカさん」と呼ぶ見た目の通り純朴な兵士があざといまでに描かれていて、伏線は丸見えなのだが、単に死ぬというその場限りのイベントだけでなく、きちんと組み立てられているので泣ける。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・6点
笑えるシーンはいくつかあるが、前述の兵士の純朴さは、悲しみを帯びた笑いだった。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・6点
・疫病で死んだ自軍の兵士を敵に贈りつけるなど曹操の血も涙もない行動は一貫している。

【減点項目】

筋違いのPRが行われている(-10点)
・-10点
女と女の戦いというPRの意味が分からなかった。「―未来への最終決戦―」というサブタイトルもいらない。

基礎点(25)+技術点(26)+芸術点(42)×1.5-減点(10)=CinemaX指数(104)

「B」評価(100~119点)

2009年4月18日/シネプレックス新座
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April 14, 2009

フロスト×ニクソン

監督:ロン・ハワード
製作総指揮:ピーター・モーガン、マシュー・バイアム・ショウほか
音楽:ハンス・ジマー
脚本:ピーター・モーガン
出演:フランク・ランジェラ、マイケル・シーン、ケヴィン・ベーコンほか

「森喜朗」

物心ついた頃の米国大統領はニクソンでした。ロンパールームは酒井ゆきえ、おかあさんといっしょは、トムトム、チャムチャム、ゴロンタでした。

「フロスト×ニクソン」は、ニクソン元大統領のウォーターゲート事件を探ろうとした英国テレビ司会者、デビッド・フロストとのトークバトルが中心の映画です。事件を探るといってもといっても政治的に切り込むのではなく、成り上がり精神溢れるフロストがスポンサーも決まっていないままに米国に乗り込んで、ニクソン大統領との会談に挑むというものです。

実話をもとにした映画は、実話負けしてしまうことが多いのですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

そもそも私はウォーターゲート事件自体をよく知らなかったので、おさらいしてみると…1970年代、ニクソン大統領が野党、民主党に盗聴マイクを仕掛けたことなどを発端に大統領辞任に至った事件のようです。政権闘争はいつの時代でも、どこの国でもある話です。それは現在の日本も例外ではなく、政敵潰しの疑いのある動きもみられます。

フロスト×ニクソンは、ニクソン大統領の辞任から話がスタートします。英国のテレビ司会者、フロストがニクソンに会談を申し込むとあっさりと承諾されます。政治家というのは本来、自分にとって不利になる場には決して出てこないのですが、フロストの挑発に乗ったのは、人気司会者の番組で自分の功績を語ることが出来れば混乱の責任を取って大統領を辞任した自身の復権が図れると踏んだからです。

見せ場はインタビューにおけるトークバトルなのですが、それ以前にもニクソンのケチな性格や、ウォーターゲート事件について触れることのない退屈なディナーショーなど、ニクソンの不人気ぶりの一方、女好きのフロストの軽さ、行動力、そして、何も考えていないようでしっかりと考えているというアンバランスさゆえの雰囲気が人々を惹きつける魅力など、両者の違いを徹底的に描き出しています。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点。

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
英国の人気テレビ司会者が、元大統領のスキャンダルを引き出すべくインタビューを挑む。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・10点
・権力闘争にマスメディアが切り込む動きは、今の日本には皆無なので貴重。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・6点
この頃も米国は契約国家なのだなということ。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・4点
むしろ奇異に感じる。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
フロストはニクソンからスキャンダルの真相を切り出そうとする。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・10点
フロストとニクソン。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・8点
インタビューの核心のシーン。言い合いになるかと思いきや、逆に静かに淡々と進行していたのが印象的。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・2点
何をやっても人気が出ないニクソンは、フロストとの対比もあって気の毒な感じがした。だからこそ、大統領時代は疑心暗鬼になって政敵潰しに奔走したのかもしれない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
ニクソンのセコさをあらわすいくつかのシーンは面白い。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・2点
一見、フロスト=善、ニクソン=悪なのだが、見ているうちに善悪で判断することが出来なるところは怒りにも似た無情さを感じる。

【減点項目】

・減点なし。

基礎点(15)+技術点(38)+芸術点(25)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(91)

「C」評価(80~99点)

フロストの人気とニクソンの不人気は、小泉元首相は何をやっても人気が出るのに、森元首相は何を言っても揚げ足を取られて批判されるのと似ています。ただし、国民の人気と権力は関係なく、森氏は一昔前の政治家に比べて小粒といえどキングメーカーとして暗躍しているようです。
2009年4月2日/TOHOシネマズシャンテ
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April 05, 2009

ヤッターマン

監督:三池崇史
製作総指揮:佐藤直樹、島田洋一
原作:竜の子プロダクション
音楽:山本正之、神保正明、藤原いくろう
脚本:十川誠志
出演;櫻井翔、福田沙紀、生瀬勝久、ケンドーコバヤシ、阿部サダヲ、深田恭子ほか

『秀忠』

ヤッターマンの映画化です。アニメのリニューアルや1年かけて深田恭子のダイエットだの種を撒き続けた甲斐あって春の映画では好調な観客動員を記録しているようです。一方で面白くない映画を無理に売りたい時や観客動員が落ちてきた時に「大ヒット上映中」というカンフル剤的なCMも早々に打ちはじめました。ハリー・ポッターの新作が半年以上も延期されて、昨年末から上映作品の組み立てが崩れてしまっている日本の映画業界ですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

私がこの映画を観ようと思ったきっかけは「タイムボカンシリーズ」に思い入れがある…それだけです。

映画化に当たってはアニメのリニューアルがきっかけとなったのでしょうが、個人的には①過去のアニメや映画のリニューアル②アニメの映画化やドラマ化などは知的財産の二次使用、三次使用のようなもので、いわば「枯れた技術の水平思考」(横井軍平)だと思います。それでも強行するのなら、強行するなりの「意味が必要」ということになります。

例えば、藤本弘(藤子・F・不二雄)亡き後、「ドラえもん」は声優を総入れ替えしたり、若手の脚本家を入れて新たな展開を試みたりと迷走しています。関係者はサザエさんのようなずっと食えるメシの種にしようと考えているのかもしれませんが、映画が三発連続してリニューアルという、最近の野放図な方針に閉口してしまいます。

「のび太の恐竜」をリニューアルして公開した「のび太の恐竜2006」は、映画ドラえもん25周年というこじつけに加えて、声優を総とっかえした後の再スタートという意味がありました。まあまあ意味としては納得出来るのですが、驚くことに2匹目のドジョウを追いかけて、そのドジョウに何を思ったのか「のび太の魔界大冒険」をリニューアルした「のび太の新魔界大冒険~7人の魔法使い~」を選びました。

2匹目のどじょうを追うこと自体が、「枯れた技術の水平思考の再利用」というダビングを繰り返したカセットテープのようなものですし、あえて追いかけるなら当「のび太の宇宙開拓史」が相応しいはずです。その理由は今回の「ヤッターマン」にも共通します。

歴史上、幕府や政権が長続きするかは、2代目将軍や執権にかかっています。現在に当てはめると、オーナー企業の2代目社長にも共通するのですが、突然変異のように現れた初代の才能や強運を、2代目がいかに堅実に守り、3代目に伝えるかにかかっています。

例えば、江戸幕府が長らく維持出来たのは、秀忠の存在が大きいと言われています。長兄が殺され、次兄は養子に出されて廻ってきた将軍の座を引き継ぎ、歴史上の評価は可もなく不可もなく、生まれながらの将軍、家光に引き継ぐことで、江戸幕府は磐石なものとなったといえるでしょう。

2代目が重要なのです。

ドラえもんで考えると、2作目の「のび太の宇宙開拓史」が、キーとなります。ストーリーも分かりやすく、本編の仲で出逢いがあって別れがあるという、構成も秀逸な映画です。「のび太の恐竜」は東宝では鉄板といえる「モスラ対ゴジラ」を再登板させて同時上映するという、補助ロケットを要した一方、「のび太の宇宙開拓史」は怪物くんの同時上映があったにせよ、事実上、ひとり立ちした初めてのドラえもん映画と言えるでしょう。

「のび太の宇宙開拓史」でコケていれば、映画ドラえもんは現在まで続くことはなかったかもしれません。

他の事例で考えてみます。

例えば仮面ライダーは、地味な1号、2号をひとまとめとして考えて、事実上の2代目、V3で人気が爆発したと考えると、この成功がシリーズをストロンガーまで導き、その後も数年おきに細々とシリーズが誕生し、日本人に定期的に仮面ライダー免疫を植え付け、石乃森章太郎の死後、弾けまくってしまった平成シリーズが受け入れられる地盤が整ったといえるでしょう。

また、ウルトラマンは、ずっとウルトラQのような暗い内容のままだと絶滅していた可能性が高いといえます。シリーズ2作目のウルトラマンで巨大な宇宙人が地球人の代わりに怪獣や宇宙人と戦うスタイルが確立したことでウルトラマンレオまで一連のシリーズが続き、その後は仮面ライダーと同様に現在までさまざまなバリエーションに繋がったと言っても過言ではありません。

そう考えるとゴジラも第1作を観た中村真一郎、福永武彦、堀田善衛ら錚々たる作家が「面白い、俺にもアイデアが浮かんだ」と食いついて「モスラ対ゴジラ」が生まれていなければ、ゴジラはずっと第1作の暗い雰囲気を引き摺っていた可能性があり、その後のゴジラシリーズはおろか、ガメラ、ガッパなど大手映画会社の怪獣映画ブームも存在し得なかったかもしれません。

ヤッターマンは、タイムボカンシリーズの方向性を生み出したキーとなるアニメです。正義の味方は2人の男女、悪玉は3人組というスタイル(シリーズの中には例外もある)を確立したのもヤッターマンで、後半には小型メカ対小型メカなど無尽蔵にアイデアを駆使できるシステムも生み出しました。

個人的にタイムボカンシリーズで面白いのは、オタスケマン、イッパツマンなのですが、もちろんヤッターマンがなければ存在し得なかったでしょうし、シリーズも視聴率低迷で朽ち果てたイタダキマンまで8年に及ぶことはなく、物理的に今回のアニメのリニューアルも映画化もあり得ないことになります。

ただし、タイムボカンシリーズが秀逸なのは、第1作目のタイムボカンでかなりのスタイルが固まっていたというところにあります。ここにヤッターマンを遺作に45歳の若さで亡くなったタツノコプロ初代社長、吉田竜夫氏の非凡な才能が伺えます。

さて、本編なのですが、アニメの話を3つぐらい束ねた話で、三池崇史監督のヤッターマンに対する思い入れが伝わってくる内容でした。たてかべ和也、小原乃梨子らドロンボーの声優2人と演出家としてタイムボカンシリーズを支えた笹川ひろし氏を引っ張り出したり、オリジナルの主題歌を歌っていた山本正之氏を引っ張り出したりと様々なこだわりが感じられました。

特にアニメのリニューアルの主題歌に関してひと悶着あった山本氏の「ヤッターマンの歌2009」は感動モノです。この歌に相応しいのは、山本氏の明るい声以外考えられません。

また、監督のこだわりは、短い本編の中でヤッターキングまで登場させる点にあります。ヤッターゾウはあまり愛着がないので、その点も共感出来たりします。「ヤッターキング」は山本氏が自身を慕う甲本ヒロト氏に「ヤッターキング2009」として譲りました。原曲を崩してしまうほどのアップテンポですが、この歌をうたえる甲本氏の嬉しさが伝わってくるようでした。

さらにさらに監督のこだわりは、2曲のドロンボーの歌を含めてこれら4曲をフルコーラスで観客に押し付けるところにもあらわれていますが、ここまでこだわりを見せるなら、昭和の名声優、富山敬氏の音源を使用して欲しかったように思います。アニメのリニューアルや今回の映画でもナレーションなどを務めている山寺宏一氏は頑張っているのですが、ちびまる子ちゃんの2代目おじいちゃんの声優を務める青野武氏同様、やはり物足りなさを感じてしまいます。

ほんの少しでも富山敬氏の声が流れれば、「ヤッターマン」がいくらストーリーが間延びして面白くなかろうが、泣いてしまうでしょう。

【基礎点】

アニメーション(ジブリ以外)(5点)
・5点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・5点
正義の味方と悪玉3人組がドクロストンを奪い合う。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・2点
よく分からない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
海上を移動するヤッターワンの横で水しぶきを浴びるヤッターマン1号、2号はいかにもリアル。他にもヤッターキング内部の回転するスペースで乗り物酔いを起こしたり(アニメではグー子とチョキ子、パー子が回るスペースと思われる)、当時感じていた疑問を丁寧に映像化していたのはある意味目新しかった。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・6点
当時、オリジナルのアニメを観ていた世代には魅力的に感じるかもしれない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
ドロンボーを主人公と考えると、ドクロストンを集めるという貫通行動はある。
(こんなことを真面目に考えている自分に何となく違和感を感じる)

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・5点
海江田博士(阿部サダヲ)。海江田博士と娘のエピソードは本編においてクソのような設定だが、博士とドクロベエの一人二役を演じる阿部サダヲの演技力は見所。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・6点
アニメの声優2人とオリジナルアニメの演出家が出演していたシーン。小原乃梨子(ドロンジョ)とたてかべ和也(トンズラー)の両氏は、ドラえもん(テレビ朝日版)の初代のび太、ジャイアンのため顔出しするのは珍しくないが、八奈見乗児(ボヤッキー)氏は顔出しNGなので3人目にボヤッキーの声を期待すると普通の声(笹川ひろし氏)なので観客が拍子抜けする演出は面白かった。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
山本氏の歌声は懐かしさで泣いてしまいそうだが、ストーリーとは関係ない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
「ヤッターマン」に瞬間的以外の笑いを求めるのは酷なのかもしれない。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点

【減点項目】

無意味なシーンが多すぎる(-10点)
・-10点
海江田博士のエピソードは間延びしすぎ。


基礎点(5)+技術点(29)+芸術点(11)×1.5-減点(-10)=CinemaX指数(41)
「F」評価(59点以下)

「ヤッターマン」は、思い入れが強すぎるせいか、ストーリー自体は面白くありません。特に終盤のドクロベエとの対決。ヤッターマン1号とドロンジョの恋は、オリジナルアニメでもエッセンス程度に盛り込まれているのですが、引っ張りすぎたことで全体のバランスが破綻しています。海江田博士と娘のエピソードも間延びしすぎです。

恋愛とか、親子愛とかのエッセンスを織り交ぜて映画っぽくしたかったのかもしれませんが、オリジナルの雰囲気に不釣合いな味付けをしてしまったことで、一度は見たいが二度見るまでもない映画になってしまいました。

くれぐれも、ドラえもんのように調子に乗って他のシリーズも映画化しないことを祈るばかりです。

2009年3月28日/シネプレックス新座
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