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February 23, 2009

少年メリケンサック

監督:宮藤官九郎
音楽:向井秀徳
脚本:宮藤官九郎
出演:宮崎あおい、佐藤浩市、木村祐一、勝地涼、田口トモロヲほか

「面白くなくしたのは誰か」

少年メリケンサック(SMS)です。主演は宮崎あおい。篤姫の放送終了に合わせたかのように、街のあちこちで見かけるようになったパンクなポスターは衝撃ともいえます。監督・脚本の宮藤官九郎は、宮崎あおいが可愛いからとダメもとで出演交渉をしたところ、意外にも快諾されたようです。

宮崎あおい本人は宮藤官九郎のファンということもあったのでしょうが、本人や事務所は決して安売りをしないというスタンスなので、得るものがあると感じて出演したのでしょう。その意気込みは演技の随所にみられます。

さて、ストーリーですが、いろんな話が詰め込まれているはずなのに、シーンやセリフのテンポが良くて頭の中にスイスイ入ってくるのは、宮藤官九郎の天才たる所以なのかもしれません。

youtubeやニコニコ動画などのインターネット上の動画サイトというのは、宝箱であり、過去の映像が飛び出してくるタイムマシンともいえます。目当ての動画に遭遇した時の「あっ!」感を間接的にかんな(宮崎あおい)は表現しています。

また、パンクという、一部の人にはどストレートに身体の中に入ってきた音楽に対して、全く興味のないかんな。彼女はそれでいて、何となくその音楽に引き込まれ、ディレクターとして少年メリケンサックのメンバーの母親的存在になっていきます。「好きです!パンク!嘘です!」はなかなかいいセリフです。

多くの視聴者にとって叫んでいるだけと感じるパンクを扱っているので、このかんなの視点は違和感なく受け入れられます。恐らくこの女性がパンク好きという設定だったら、この作品はただのドタバタ映画として一瞬、注目されるだけで終わったことでしょう。

このバランス感覚こそが、宮藤官九郎が天才といわれる所以なのかもしれません。

アキオ(佐藤浩市)の壊れ具合も見ものですが、何といってもポイントはジミー(田口トモロヲ)です。最近はプロジェクトXをはじめナレーターとして活動する田口トモロヲがボーカルを務めるのですが、このキャラクターは、25年前のSMS解散コンサートでの事故の後遺症で今は車椅子に乗り、言語障害という設定です。

並みの作り手なら、この設定で尻込みして、他の方法を考えるかもしれませんが、これではSMSが歌う「ニューヨークマラソン」というメチャメチャな歌のオチがなくなってしまいます。

思えば、一昔前はこうした批判を浴びそうな設定やセリフを多用した映画はごろごろあったわけで、それが娯楽として当然のようにまかり通っていました。それが今ではあらゆるものが後ろ向きになっています。決して差別や偏見を助長するのは問題ですが、最近は何か不具合が起きた時の言い訳として用意しているかのように、番組テロップから身近に手にする商品まで、手取り足取り注意書きが施されるのは行き過ぎだと思うのですが。

最近特に気になるのは、テレビで通行人にまで丁寧にボカしを入れるのが主流になりつつあるということです。ちょうどテレビ朝日が50周年を振り返って番組を放映していると、当時の人々の顔、しかも通行人にまでモザイクがかかっていましたが、これは本当に意味があるのでしょうか。

一方でBS放送20周年のNHKは通行人の顔はそのままだったように、対応はテレビ局によってバラバラ。同じ局内でも番組によってモザイクがあったりなかったり。出演者がちょっとでも個人的な意見を述べると「意見は個人によって差があります」と過剰反応。もううんざりです。

SMSのジミーの設定は、方々から抗議を受けているかもしれませんが、差別を助長するのと、過度に神経質になって面白さを削るのは全く意味合いが違います。全くかかわりをもたずシャットアウトすることが差別や偏見をなくすことではありません。きちんと波紋を起こし、議論を呼ぶことでこうした問題は解決していくのだと思います。

テロップや注意書きばかりでテレビを面白くなくしたのは、批判に対して臆病になった作り手ですが、彼らを萎縮させ、無難な番組を求め、容認している我々にも責任はあるのかもしれません。その結果、作り手は無味無臭で無難なものを好む視聴者をそこそこに楽しませるため、金と手間のかからないバラエティ番組ばかりを提供するようになったのかもしれません。

それはパンクなど異端の音楽が下火になっていったのと似ています。それらを面白くなくしたのは、私たちでもあるのです。そういう意味では、ジミーの設定、そしてSMSは、こうした萎縮の流れに一石を投じるものだといえるでしょう。

【基礎点】

一般の邦画(20点)

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・8点
25年前のバンドがインターネット上の動画をきっかけに再結成される話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・10点
youtubeやニコニコ動画で思いがけず懐かしい映像に出会うことはある。そういう映像に出会った時の「あっ!」を巧みに題材として取り入れている。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
パンクという異文化。私は個人的にはよく分からないジャンルだが、作品を通してそれにこだわる人々の熱意は伝わってくる。ということは、この映画そのものに実力があるということ。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・8点
何故パンクやへヴィメタルなどのジャンルの音楽は日本に突然変異のように現れて、下火になったか。プロデュースする側や作り手への批判も込められているよう。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・8点
主人公をかんな(宮崎あおい)とするならば、最初から貫通行動は存在しないが、次第に魅力を感じるようになる。バンドをコーディネートするディレクターが母親のような感じというのは、伝わってくる。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・9点
主人公のかんな。常に視聴者の視点で感情移入が出来た。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・9点
アキオ(佐藤浩市)の「面白くなくしたのは誰だ」「だからやってる音楽も無臭になるんだ」と言う2つのシーンは、この映画のテーマのように思う。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・7点
かんなが広島に戻るシーン。かんなが「無臭音楽」彼氏、マサル(勝地涼)の元を去るときに「行かないでー」という歌をかぶせるのは、米国のドラマの手法に共通する。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・8点
アキオとハルオ(木村祐一)の二人羽織のようなギター演奏は、ちゃんと伏線がある。冒頭、若き日のSMSのニューヨークマラソンは録音が悪い(という設定の)せいか歌詞が聴き取りづらい。ジミーも言語障害で最初は聴き取りづらいが、これも最後はオチがある。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・1点
マサルの優柔不断さに腹が立つが、後のシーンできちんと昇華しているので怒りにはならない。怒りの要素が少ない映画。

【減点項目】
・減点なし。

基礎点(20)+技術点(42)+芸術点(34)×1.5-減点=CinemaX指数(113)

「B」評価(100~119点)

体感は「C」ぐらいなのですが、点数の積み重ねで思いがけず評価が高くなってしまいました。見かけ以上に実力のある作品といえます。

2009年2月21日:ワーナーマイカル板橋
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February 15, 2009

誰も守ってくれない

製作:亀山千広
制作統括:杉田成道、島谷龍成
監督:君塚良一
音楽:村松崇継
脚本:君塚良一、鈴木智
出演:佐藤浩市、志田未来、松田龍平、石田ゆり子、佐々木蔵之介ほか

「半生のポークソテー」

「誰も守ってくれない」です。踊る大捜査線のスタッフとシリーズの脚本を務めた君塚良一氏がメガホンを取った作品です。

この映画の肝は、警察が加害者家族を守るということ。警察側は公には存在を認めていない仕事のようですが、かねてからマスコミが被害者家族の報道に偏ってきた(大マスコミは記者クラブが垂れ流す情報をそのまま報じるだけなので)流れから、警察側は何らかの方法で加害者の家族を守ってきたことは容易に想像できます。今回はその仕事に従事する刑事役に佐藤浩市と松田龍平を起用しました。

加害者の妹には、テレビドラマ「14才の母」のイメージが強く、どちらかといえば影を背負ったような役が続いていると錯覚させる志田未来です。マイナスイメージから出発した女優ですが、目力が鋭く若くして存在感ある大人の女性の雰囲気を漂わせるようになりました。

マイナスイメージから出発した女優といえば、「君の名は」のリメイクが大コケして数年間、役柄とともに低視聴率という暗いイメージが染み付いてしまった鈴木杏香がいますが、志田未来は彼女に匹敵する女優になる可能性を秘めているといえます。

さて、加害者家族を守るということは、罪を憎んで人を憎まずという考えに似ています。罪を憎んで…というのは、犯人に対しての考え方ですが、当事者に対してこのような考え方があるのですから、加害者家族に対してはなおさらといえます。ですが、そうと分かっていても、凶悪事件が発生すると、親の教育はどうだったのかとか、周囲の人々はいろいろと問い詰めながら、加害者家族も連座で責任を取らせようとする感情を抱くのも事実です。

この作品では、加害者家族を守る刑事を通じて垣間見ることが出来る様々な問題を「最初は」描こうとしたのかもしれませんが、次第にストーリーがぐちゃぐちゃになっていきます。特に主役の2人がペンションに移動して以降は、棒読みのようなひどいセリフが飛び交い、冒頭でせっかく移入した感情が冷めきってしまいます。

それでもこの作品は、いくつかの問題を投げかけています。税金(警察)で加害者家族を守ることを認めていいものか否か、そして、事件を裁こうとするその他大勢の人々の行動。特に後者は、例えば秋葉原連続殺傷事件でケータイのカメラを向ける人々のモラルが問題になりましたが、インターネットを介して1億総評論家、あるいは1億総マスコミとなる中で、これらの人々にどう対処するかを投げかけようとしています。

ただし、この作品ではこれらの問題を投げかけても拾うわけでなく、どれも生煮えに終わった感もあります。記者クラブだけが独占して、警察が垂れ流す情報をそのまま書き写してきた大マスコミ報道に対して、行き過ぎはあるにしろインターネットを介してスピードと真実を追い求めようとする人々に対する見解についても何も示していません。これでは映画として何の意味もありません。

例えば、一方通行の路地をウロウロするような大マスコミの報道には限界があり、ハイウェイを暴走するインターネット社会に対して歯が立たないことも多くなりました。問題なのは、その暴走をコントロールする存在がないからで、大マスコミもそれを「暴走」とだけ判断して、誤った方向に暴走しても欲しい情報だけ取り出して黙殺することにあります。

残念ながらこの事件を中途半端にしか追いかけなかった佐々木蔵之介が演じる新聞記者は、最後に「ボールをキープしていたのは俺だよな?いつのまにか坂道になって、転がり始めたボールは誰にも止められなかった」というようなセリフを吐きます。このキャラクターにそう言わせたいのだったら、少なくとも観客にそう思わせるストーリー展開にしなければ、製作側の苦し紛れの言い訳にしか聞こえなくなります。

例えば、刑事と新聞記者が見えない大勢の相手に対して共闘するようなエピソードを盛り込むと、この作品はぐっと厚みを増すと思うのですが。

「誰も守ってくれない」では、インターネットを介した大勢の人間による「裁き」もストーリーに織り込まれています。折りしもスマイリーキクチの一件が重なり天下のNHKでさえも炎上という単語を使い始めましたが、立件された人々はその時の勢いで行動した部分も多いはずです。集団心理では、大災害などに遭遇した人々が一度暴走すると食い止められなくなるということを教えられますが、インターネット上では、実際の行動は伴わないまでも大規模な暴走が発生することが多いと言って過言ではないでしょう。

終盤、あれだけ加熱していたネット上の人々の「裁き」は、あっさり別の事件に向かいます。株取引や先物取引にも似たバーチャルなものに対する人々の行動を上手く描いているといえます。「情報を知る人間が崇拝される」ということも上手く表現されているのですが、残念ですが、インターネット上の体感スピードを、映画やドラマで表現するような手法はまだ発見されていません。

事実、インターネットのスピード感や恐ろしさを描こうとした作品のほとんどは、キーボードを打つシーンなどに終始してしまい、かえってストーリー展開が停滞してしまうというジレンマに陥っています。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・9点
加害者家族を守らなければならない刑事の話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・9点
今の世の中だからこそ生まれたといえる仕事。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・9点
警察が加害者家族をを守るということは、警察は公には存在を認めていないが、存在するに疑いの余地のない話。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・9点
もっと知りたい仕事でもある。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・7点
刑事は加害者家族を守ろうとするが、多少ブレたのが残念。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・7点
主役の2人(刑事と加害者の妹)は存在感はあったが、途中でブレるのが残念だった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・10点
裁判所、市役所の職員がやってきて加害者家族の苗字を変える方法は興味深い。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・0点
ストーリーの割には感情を揺さぶられることはなかった。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
主役などが時折吐くセリフ「背筋が凍るな」は、結局、本編が進んでも観客の心が受け入れる言葉にはならなかった。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・3点
加害者、被害者どちらかにも肩入れする話ではないため、怒りを感じる部分は少なかった。

【減点項目】

筋違いのPRが行われている(-10点)
・-2点
この作品は予告が秀逸であり、ほんの数分間で観客の心を揺さぶっていた。予告は本編とは関係ないようなPRではないが、完全に本編が負けているので敢えて減点。

基礎点(20)+技術点(43)+芸術点(20)×1.5-減点(2)=CinemaX指数(91)

『C』評価(80~99点)

脇役にも良い役者を揃えていますが、上手く料理が出来ていないように思えます。特にセリフ。冒頭の数分間は、恐らく凡庸な監督から20分ぐらいかけてタラタラと説明するところでしょうが、スパッと一刀両断にしています。それだけの素晴らしいテンポでスタートしたのに、中盤のペンション以降はだらだら牛歩のような展開になってしまいます。

この作品は、2人の脚本家が絡んでいます。プロデューサーが複数の脚本家が持ち寄った内容を吟味してまとめていく方法は、ハリウッドや全盛時の黒澤映画にも採用されていますが、「誰も守ってくれない」に関しては、きちんと吟味が行われていないのか、性格の違う2人の脚本家のつなぎ目が見えてしまう雑な内容になっているように思えてなりません。

この作品には、声が高くて少女と間違えてしまいそうな冨浦智嗣を起用していますが、これが物凄く違和感を感じます。演じるキャラクターそのものが中性的な役柄ならともかく、そんなこともありません。本編中のこんなところに爆弾を仕掛ける理由はどこにもないわけで、甲高い声と少年の青臭さは微塵も感じられない風貌に引っ掛かりを感じながら映画を観なければならない自分に怒りすら感じてしまいます。

中性的なキャラクターが流行っていますが、中性とはいえど男か女か、どちらかにブレいていることで人々は安心するのだと思います。かつて中性的な俳優の代名詞だった藤原竜也もそう。彼は男臭い部分を見せるからこそ、中性的な魅力を発揮するのだと思います。逆にあまりにも中性的だと生身の人間に思えず気持ち悪さすら感じてしまいます。

中性的な男性に魅力を感じているのは当事者(芸能界の人々)だけなのかもしれません。逆に言えば、希少価値が高い存在ともいえるので、冨浦智嗣を起用するなら、こんな脇役で普通の少年を無理して演じさせるのではなく、主役として思う存分、演じさせたほうがいいと思います。

「誰も守ってくれない」は、題材がいくら素晴らしくても、料理次第でぶちこわしになる、半生のポークソテーのような映画でした。

2009年2月14日:シネプレックス新座
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February 14, 2009

ザ・ムーン

ザ・ムーン

監督:デヴィッド・シントン
出演:バズ・オルドリン、マイク・コリンズ、デイヴ・スコットほか

「奇跡」

アポロ11号の月面着陸から40年、当時の映像とアポロ計画の宇宙飛行士たちのコメントをただひたすら流すだけの映画です。

サターンⅤ型ロケットの発射や月面に浮かぶ地球など御馴染みの映像に加えて、これまで陽の目をみることがなかった映像も大画面で観ることが出来ます。これらの映像を題材にNHKにドキュメンタリーを作らせたら、壮大なものになるのでしょうが、本編はCGもなければ解説も至ってシンプルに字幕だけ。

ひたすら地味ですが、淡々としているからこそ、宇宙の静けさ、その宇宙空間に浮かぶ地球、そこに生命体が誕生した奇跡を肌で感じることが出来ます。

時は1960年代、冷戦の時代において代理戦争のように宇宙開発の成果が競っていた米国とソ連、常に先手を奪われていた米国は、月面着陸で巻き返しを図りました。スペースシャトルやソユーズなどで宇宙飛行士は数え切れないぐらい誕生していますが、円形の地球を見た宇宙飛行士は、アポロ計画に参加した20人程度の人間だけです。

歴史というものは、初めてのことを成し遂げた最初の人間あるいは出来事だけ人々の記憶に残るという残酷な性格を兼ね備えています。最初の宇宙飛行士はソ連のユーリ・ガガーリンですが、それから1ヵ月足らずで人類二番目の宇宙飛行士となったアラン・シェパードは、多くの人々の記憶から消えています。

アポロ計画でも、初めて月面着陸を果たしたニール・アームストロングばかりが人々の記憶に残っていますが、この作品では、同じアポロ11号で二番目に月面に降り立ったバズ・オルドリンや、月周回軌道にある司令船で二人の帰還を待ち続けたマイケル・コリンズが登場します。

他にも、アポロ計画に参加した多くの宇宙飛行士が、訓練の概要やその時に感じたことなどを次々と語りますが、内容は興味深く、少なくともアポロ計画というのは、遠く離れた場所から、遠隔操作で針の穴に糸を通すよりもさらに困難なことをやっていたのだなと実感出来ます。

アポロ計画では、地上での試験中に死亡事故が発生していますが、トラブルで帰還した13号を含めて宇宙での死者を出していないというのは奇跡という一言では片付けられないほどの出来事だったといえるでしょう。

地球および人類は、地球温暖化や人口問題、食糧問題を抱えていますが、アポロ計画の頃の世界は良くも悪くも拡大均衡の絶頂期で、人々は真に夢や希望を抱き続けながら生きていたのだなと羨ましくもなります。

オルドリンは言っています。「帰還後に世界の国々を回ったが、どこに行っても皆、口を揃えて『俺たちはやった』と言うのだ」と。月面着陸という偉業を人類で共有していたのです。

アポロ12号で月面着陸を果たしたアラン・ビーンはこう言っています。「宇宙から見た地球は、美しくて儚い存在に見える。人々はどうして不平を言うのか、エデンの園にいるというのに」と。

また、常に捏造が疑われるアポロ計画についても、アポロ10号と17号に登場したジーン・サーナンはこう言っています。「(捏造だったのなら)人間はたった二人の間でも秘密が守れないというのに、何千人が秘密を守れるはずがない」と。

どれも重みがあります。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
・15点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・9点
いま一度、宇宙飛行士にアポロ計画を振り返ってもらう。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・9点
拡大均衡で夢と希望を抱いていた当時の人々の行き方は、縮小均衡で生きなければならない今の時代を見つめ直す題材になり得る。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・10点
他の宇宙飛行士がフライトする時は、地球にいる飛行士は管制センターでサポートしていたこと、11号の船長の決め方、失敗して飛行士が死亡した場合の大統領コメントがあらかじめ用意されていたこと、など。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・10点
幼少時代、宇宙に思いを馳せた人なら誰しも興味深い内容のはず。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・9点
老齢の元飛行士たちが宇宙の美しさ、素晴らしさをひたすら語り続ける。
【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・9点
オルドリンの鋭い視線もさることながら、とにかくオーバーアクションで楽しそうに語るビーンが印象的だった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・8点
アポロ11号の着陸船が月に降り立つ間のやりとり。針の穴を通すよりも難しい作業は機械制御でも何でもなく、人間の勘が頼りだったということ。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・3点
月面に浮かぶ地球。映像は決して鮮明ではないが、大画面で観ると迫力がある。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・0点
元飛行士たちの喋りはウィットに富んでいるが、ここでは評価外。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・0点


【減点項目】
・0点
厳密に言えば映画の部類ではないかもしれないが、存在価値のある作品。孤立無援で過小評価され過ぎともとれる。テレビ局が絡んだ無駄な邦画を垂れ流すよりは、よっぽど意味のある映画だといえる。

基礎点(15)+技術点(47)+芸術点(20)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(92)

『C』評価(80~99点)

2009年1月30日:シネマメディアージュ
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February 01, 2009

そして、私たちは愛に帰る

監督:ファティ・アキン
音楽 シャンテル
脚本:ファティ・アキン
出演:バーキ・ダヴラク、トゥンジェル・クルティズ、ヌルギュル・イェシルチャイほか

「丸投げ」

シネコンが登場した1990年以来、息を吹き返している日本の映画業界ですが、特に都内では単館系と呼ばれる映画が上映されています。DVDでの売り上げを前提にしたような興行実績を付けるための邦画のモーニングショー&レイトショーはともかく、恵比寿ガーデンシネマや今回鑑賞したシネスイッチ銀座では、映画通が買い付けたようなマイナーな作品を上映しています。それが時に、台風の目となることも多いわけですが、外れもある。果たして「そして、私たちは愛に帰る」の評価やいかに。

物語の舞台は、トルコとドイツです。この映画を観るにあたり、それぞれの国情を理解する必要があるのかもしれません。EUの中枢の1つであるドイツと、加盟申請中のトルコ。トルコはその位置が物語っている通り、中東とヨーロッパの境目にある国です。イスラム社会とヨーロッパ社会とを繋ぐ架け橋のような役割を期待されています。

トルコは現在、EUへの加盟に向けて国内が揺れています。EUに加盟すれば経済が活性化するとの期待が集る一方、先進国と肩を並べるため、背伸びをしようとしているため、さまざまな問題が起こっています。それは明治維新以後の日本や北京五輪を前にした中国にも似ているようです。つまり国全体が豊かになるのではなく、外見だけを良くしようとしているので、さまざまな歪が生まれているわけです。

登場人物は、トルコ人でドイツに住む男と息子、トルコ出身でドイツで娼婦として働く女とその娘です。息子は異国の地で大学教授という地位に這い上がる一方、娘はトルコに残り反政府勢力に属して活動しています。その後、ドイツ人の母と娘が加わり、偶然が重なりながらこの3組の親子は直接的あるいは間接的に関係を持つのですが、それぞれの嘘、偶然は至って自然に展開していきます。

これだけ人間関係が複雑に絡み合えば、ご都合主義のようになりかねないのですが、恐らく丁寧に構成を行っているのでしょう、ストーリーラインに関しては違和感はほとんど感じられませんでした。これは仮説ですが、伏線を張るには、少なくとも1つの異なるシーンあるいはエピソードを挟んでその前に置くようにすると、自然な流れになりやすいと言われるのかもしれません。

この作品は人々の心あるいは関係の「すれ違い」が大きなテーマになるようなのですが、そのすれ違い方も絶妙です。例えば、本名前を出せば、人探しのポスターに気付けばそのストーリーは解決してしまうのですが、スーッとその要素を取り払う自然なエピソードを織り込まれています。レールは確かに敷かれているはずなのに、誰が敷いているのかは見えません。逆に作り手の意図がみえみえになると、ご都合主義と呼ばれてしまうわけです。

この映画の問題点は、エンディングです。とんでもないところでエンドロールが流れてしまいます。もともとなだらかな上り坂を登るような展開なので、この先、放っておいても話は解決するというのは分かるのですが、ここで観客に丸投げしてしまうのはいかがなものかと。エンドロールの後にシーンがあるのかなと思って待っても何もありません。それ以前に、こんな終わり方なのにエンドロールが流れると何の疑問もなく退席する観客の方々の神経を疑っていしまいます。

評価に移りましょう。

【基礎点】

日本・アメリカ以外の映画(25点)
・25点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・5点
人間のすれ違い。ありきたりといえばありきたり。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・3点

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
EUに加盟しようとするトルコの背伸びを描いている。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・3点
日本から遠く、身近には感じられない問題のように感じられた。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・7点
人探し。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・4点
際立って印象に残る人物はいないが、無駄な人物もいなかった。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・3点
棺桶が行ったり来たりするシーン。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・2点
泣けるシーンはほとんどない。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・4点
伏線の敷き方、引き上げ方の巧さは笑えるといえば笑える。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・6点
登場人物で唯一、男(息子の父親)は救いようがない。男としての身勝手さには怒りを覚える。

【減点項目】

・減点なし。
シーンが足りないという点で減点したいが、項目が設定されていないのでゼロ。

基礎点(25)+技術点(26)+芸術点(19)×1.5-減点(0)=CinemaX指数(80)

「C」評価(80~99点)

2009年1月28日/シネスイッチ銀座

シネスイッチ銀座は、今は募集を停止している「ほぼ日センサー会員」割引がある映画館です。どちらかというと高尚な作品を買い付けてきて上映するシネスイッチ銀座やB級ホラーなど挑戦的な作品を上映する銀座シネパトスなど銀座周辺の映画館は渋谷と肩を並べる映画天国といえるでしょう。ちょっと歩けばシネカノン有楽町もありますし、東映系、東宝系の総本山とも言うべき映画館も集中しています。

原題はAUF DER ANDEREN SEITE/THE EDGE OF HEAVENです。向こう側とかいう意味のようですが、原題を踏まえると、最後に登場人物を融合させずに終わるのは、意図的なもののように思えてきます。でも、観客に丸投げするにも程があります。評価基準に当てはめると「C」評価ですが、実際に鑑賞すると体感温度はもっと低いという印象があるかもしれません。

今流行り?のちょいレズのテイストも。
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