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November 23, 2008

ハッピーフライト

ハッピーフライト

監督・脚本:矢口史靖
音楽:ミッキー吉野
出演:田辺誠一、時任三郎、綾瀬はるか、寺島しのぶ、岸部一徳ほか

「道端の花」

ハッピーフライトです。スウィングガールズを劇場で見逃しているので観てみました。矢口史靖監督は、サラッととんでもない映画を作るので、注意が必要ですが、サラッと観たハッピーフライトも、とんでもない映画でした。

ハッピーフライトは、航空業界の日常を描いている映画です。広告のノリがドタバタっぽいのですが、全く印象が異なっていました。バナナが落ちていて、次のシーンで簡単にこけるような看護婦のドタバタ映画とは趣が異なります。

飛行機の機内を扱った映画やドラマは数多くありますし、CA、昔で言うところのスチュワーデスを扱った映画やドラマも数多くありますが、かつては飛行機に乗ることすら憧れだった1970年代のエアポートシリーズや、スチュワーデスが女性の花形職業の象徴だったスチュワーデス物語の頃と今はずいぶん変わりました。

航空料金はディスカウントされ、CAという職業は契約社員が当たり前の時代になりました。整備士やパイロットは安全に関わると言うことで、給与面では今も優遇されているようですが、CAは仕事に対する情熱がないと続けられない職業になりました。

このように我々の身近になった航空業界ですが、裏側は見えません。もしろ見せてはいけない職業といえるでしょう。ハッピーフライトはその裏側を見せる映画なのですが、絶妙なのは、表側と繋がっている部分もきちんと描いているところです。

空港内をグランドスタッフが走り回っている姿、整備士が滑走路で手を振っている姿、離陸地点に向かう時に主翼のフラップが上がったり下がったり、まるで準備運動をするようにいろんな動きをしていたり、ランプが付いたり消えたりしているのは、飛行機を利用した人なら誰もが見ている光景ですが、その裏で何をやっているのかも描いていて面白いです。

他にも水平飛行になりランプが消え、CAがさっとエプロン姿になってサービスをしている裏に何があるのか、どうやって乗客の容貌に応えるコツなど、注文を覚えているのか興味のあることばかりです。

多くの人が一度は憧れたであろう航空業界を扱って、しかもその中にごくありふれたドラマを織り込む。「ありふれた」というのがポイントで、ありふれた日常を目指し、安全管理を徹底するというのがこの業界の特徴といえるでしょう。

ところで、道端に咲いているこういう花(映画のタネ)をどうして誰も気にとめなかったのか。気付いていた人は多いはずなのですが、恐らく「どうせできっこないだろう」という先入観が壁となっていたのでしょう。確かに一昔前の航空業界なら、映画にすることなど面倒くさいと蹴飛ばしていた話かもしれません。

それが今や過当競争に入り、ふんぞりかえっているだけではいられなくなりました。そこに作り手の壁を破るんだろいう心意気が、映画化を実現させたのかもしれません。そこには、矢口監督の過去の実績というものも含まれているのしょうが。

ハッピーフライトはほかにも、面には絶対に現れることがない、航空管制官や航空会社のオペレーションセンターの日常も描いています。他にもCAとグラウンドアテンダントの縄張り意識とか、細かいポイントがちりばめられていますが、情報を押し付けられるような感じがしないのが不思議です。

恐らく映画を作るうえでもっともっと多くの情報を蓄えていて、その中から厳選した「なるほど」と思える情報だけを使ってストーリーを組み立てていることでしょう。その中には泣く泣く削除した情報もあるはずです。

例えば、周防正行監督は、いろんなことを調べて、もったいないから全部詰め込むような感じです。だから数少ない作品の多くが、コメディなのにドキュメンタリーに毛の生えたような雰囲気がして「俺が調べたことを教えてやる」みたいな恩着せがましい雰囲気になるのだと思います。

一方、三谷幸喜監督の場合は、ドタバタを織り込んで、その場は笑えるものの鑑賞後の印象がない。笑いの中に少しだけ泣けるシーンが入れば際立つのですが、その泣けるシーンそのものは、泣きの要素としては不十分であるため、印象に残らないのかもしれません。

さて、評価に移ります。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
  ・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
  ・10点
  空の安全を守る航空業界の人々の日常。

そのテーマは時代にマッチしているか
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
  ・9点
  日本人のクソ真面目さを長所として考えようという点では素晴らしいと思う。

観光要素はあったか
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
  ・9点
  航空業界のどっぷり裏側から、表との接点まで、裏という裏を美味しくチョイスしている。

観光要素は魅力的だったか
(その観光要素は魅力的なものだったか)
  ・10点
  誰しも目にしている光景の裏側が分かるという点にカタルシスがある。

主人公に貫通行動があるか
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
  ・7点
  どちらかといえば綾瀬はるか演じるCAは、存在感はあるがおまけ。パイロット、チーフパーサーなど周囲のキャストがかなり良い味を出している。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
  ・9点
  岸辺一徳演じるIT化で行き場を失ったオペレーションセンターの中年男性。いざと言うときにはアナログの能力が頼りになると言う設定の典型だが、伏線に女性職員が「最初の頃はシュッとしていたんだけどな」と油断しまくりの背中を見るシーンをさらっと入れるなど描き方が秀逸。  

印象に残るシーンはあったか
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
  ・9点
  岸辺一徳演じるオペレーションディレクターが、停電によるシステムダウンを機にアナログの力を発揮するところ。

泣けたか
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
  ・10点
  CAが緊急時に「頭を下げて!」と連呼するシーン。テレビなどで見ているが、CA本人たち、裏方で支える多くの人々の努力の積み重ねの上に成り立っているから印象的になる。

笑ったか
(ストーリーの流れで笑えた部分はあったか=主人公の行動とかで笑いを誘った場合は評価外)
  ・9点
  航空業界は、ひとくくりに出来ないほどの専門性の高い職業の集団ということが分かる。それぞれにプライドと職業病みたいなものを抱えているのが笑える。特に面からは見えない航空管制官のエピソードは面白く、整備士の厳しさは納得出来る部分も多い。

怒りを覚えたか
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
  ・8点
  基本的に怒りを憶えるシーンはないが、我々乗客は、日頃から乗務員に勝手な注文をしているなあと思った。

【減点項目】
  ・特になし。
  登場人物の多い作品ではあるものの、それぞれのランク(主役・脇役・端役)に沿ったトーンで描かれているので煩雑には感じない。もしろちりばめられた小さなエピソードも最後にはしっかり拾い終わるので、すっきりしている。

基礎点20+技術点45+芸術点45×1.5=133点。減点ゼロ。
CinemaX指数133、「A」評価(120点以上)。

ストーリーも分かりやすく悪役も出ないし誰も死なない。それなのに感情を揺さぶられるのが矢口史靖監督作品といえるでしょう。今年は10作あまりしか鑑賞していないのですが、ハッピーフライトは、CinemaXでは今年最高ランクの映画です。

2008年11月21日/ユナイテッドシネマ豊洲

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November 21, 2008

デス・レース

デス・レース

監督:ポール・W・S・アンダーソン
製作総指揮:ロジャー・コーマン、デニス・E・ジョーンズほか
音楽:ポール・ハスリンジャー
脚本:ポール・W・S・アンダーソン
出演:ジェイソン・ステイサム、イアン・マクシェーン、ナタリー・マルティネスほか

「有効」

デス・レースです。1975年に公開されたデスレース2000のリメイク版?続編?です。オリジナルがマニアックなのと、アクション映画は意外と触手が伸びないので、試写会でなければ恐らく見なかったであろう映画です。この監督はエイリアンVSプレデターも作っていますが、このバッタモノみたいなこの作品が意外に面白くて、CSで見入ったことがあります。そう、侮るなかれ、このデス・レースも…。

舞台は近未来の米国。不景気で刑務所は民営化され、収入を得るために囚人にいろんなことをさせていました。主人公が収監されたのは、命がけの自動車レースを強いる刑務所。いろんなマシンが登場して、命がけでレースをするという設定は特に珍しくもなく、刑務所が舞台という映画もそこら辺に転がっています。

ブルース・ウイリスみたいな主人公の隣に座るのが、スカーレット・ヨハンソンっぽい感じもする女性、メカニックは、アル・パチーノを太らせたような男とアメフト映画の脇役のような男、そして、ラッセル・クロウを中学生にしたような男。刑務所を経営するのは、キャメロン・ディアスを管理職にしたような女性。よく見れば誰かに似ているようなキャストがずらっと揃っているところもB級臭を強めることになっているようなのですが、見た目に反してストーリーはきちんとしていました。

まずは、観ている側が感情を揺さぶられるということ。主人公が何故、収監されているかは、もしかするともっともっと端折ってもいいのかもしれませんが、家族を殺した濡れ衣を着せられるという流れを丁寧に書くことで、この主人公の貫通行動が際立つ結果となっています。その部分を根拠とした「怒り」があるからこそ、後で繰り広げられる残虐な行為も納得出来るものとなっています。むしろレッドクリフPartⅠの必要以上に盛りだくさんの殺戮シーンのほうが残酷なように感じます。

さて、評価に入ります。デス・レースはオチがしっかりしていますが、もう一歩手前で終われば「鮮やか」な映画になったことでしょう。

【基礎点】

一般の洋画(15点)
  ・15点

【技術点】(各10点)

テーマははっきりしているか
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
  ・8点
  命知らずの凶悪犯たちが自動車レースで勝とう(勝てば出獄出来る)とする話。

そのテーマは時代にマッチしているか
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
  ・3点
  不況で刑務所が民営化され、エスカレートし過ぎてしまうというのは、米国ではあり得ると思う。

観光要素はあったか
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
  ・2点
  刑務所での自動車レースが観光要素となりそうだが、それ自体に目新しさはあまり感じられなかった。

観光要素は魅力的だったか
(その観光要素は魅力的なものだったか)
  ・2点
  あまり感じられなかった。

主人公に貫通行動があるか
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
  ・8点
  子供に逢いたい。妻の仇を討ちたい。その思いが主人公をさらに強くする。

【芸術点】(各10点)

印象に残る人物はいたか
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
  ・5点
  主人公の感情の動きは飛び抜けている。主人公の助手席に乗る女性も魅力はあるが、印象は薄い。 

印象に残るシーンはあったか
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
  ・3点
  アル・パチーノを太らせたようなメカニックが、最後に爆発の前で笑うシーン。ここで終われば鮮やかな映画だった。

泣けたか
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
  ・2点
  主人公が子供にこだわるシーン。写真をちぎる映像は人によっては泣けるのかもしれない。  

笑ったか
(ストーリーの流れで笑えた部分はあったか=主人公の行動とかで笑いを誘った場合は評価外)
  ・3点
  終盤、アル・パチーノを太らせたようなメカニックが大爆発の炎の前で笑うシーン。これは面白いと思ったが、この先も映画が続いてしまったのが悔やまれる。

怒りを覚えたか
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
  ・9点  
  妻を殺され、子供を奪われた主人公の怒りは大きい。しかも設定倒れになるところを、あちこちのシーンできちんと拾うことで怒りは増幅されている。

【減点項目】

余計なシーンやキャラクターが多すぎる。
  ・-2点
  本当にもう一歩手前で終われば鮮やかだった。そこで終わっていれば、柔道の一本勝ちのような鮮やかなエンディングになったと思う。その後のシーンがだらだらしているために、技をすかされて有効にとどまってしまったような印象を受けた。

暗すぎる映像が見辛かった。刑務所の陰湿さやCGのボロを隠すための効果なのかもしれないが、快晴でデス・レースをやったほうが残虐性はさらに強まるかもしれない。
ポスターやチラシには、黒い服を着たヘソ出しのお姉さんの写真があるが、主人公の助手席に乗る女性。客寄せの雰囲気が漂うが、きちんと話に絡む重要なキャラクターなので許せる。
ちなみに、チラシの裏などに掲載されている白い下着のようなものを着た女性は話には絡まないので、この写真が前面に出てくるようなPRをしていれば、CinemaXでは減点対象となっていた。

【総合判定】

基礎点15+技術点22+芸術点22×1.5=70点、減点は-2点。
CinemaX指数68、「E」評価(61~69)。

CinemaXの評価基準を満たさない要素が多いため評価は低いが、個人的にはおすすめ。一昔前なら、もっともっと評価されていたであろう作品。

2008年11月17日/科学技術館

11月29日、有楽座ほか全国ロードショー

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November 19, 2008

252 生存者あり

CinemaX新評価基準スタート!容赦なくネタばれしているので、ご注意ください。

「252 生存者あり」

監督:水田伸生
製作総指揮:島田洋一
原作:小森陽一
音楽:岩代太郎
脚本:小森陽一、斉藤ひろし、水田伸生
出演:伊藤英明、内野聖陽、山田孝之、香椎由宇、木村祐一ほか

「バロック音楽」

252生存者ありです。主人公は元東京消防庁ハイパーレスキュー。ハイパーレスキューといえば、新潟県中越沖地震のトンネル崩落事故で、まさしく命懸けで子供を救出した人々を思い出します。252とは、生存者ありという意味らしいです。暗号としても使いながら、遭難者が何かで2・5・2と叩けば、生存していますよという信号にもなります。

252の由来はよく分からないのですが、確かSOSのモールス信号が、単音3回、長音3回、単音3回です。これはモールス信号以外では光などで表示出来るのですが、例えば何かを叩いて単音と長音の区別をつけるのは難しい。この辺りにも関連性があるのかもしれません。

さて、本編はダラダラしたスタートから始まります。途中のシーンを冒頭に持ってきたり、登場人物の軽い説明を行ったりしているのですが、どうしてこのシーンが必要なのか、意味が分かりません。最初の10分ぐらいは寝ていてもいいぐらいです(実際に退屈で眠くなります)。

目が覚めるのは、地震により海底から噴出したメタンハイドレートに起因する上昇気流で巨大台風が発生したという設定。今夏のゲリラ豪雨を考えるとリアリティがあるのですが、メタンハイドレートを引っ張ってくるとは。ピンと来ないものなので、題材としては扱いやすかったのかもしれません。

メタンハイドレートとは、シャーベット上になったメタンガスのことで、日本近海で埋蔵量は日本のエネルギーの100年分以上という見方もあります。ただし海底に埋もれているので利用するには高度な技術が必要で、おまけに慎重に掘削しないとメタンガスが噴出して地球温暖化に影響を及ぼすという短所もあります。

メタンハイドレートが実用化されれば、GTL(ガス・トゥー・リキッド)などに加工されて自動車や家庭用燃料への利用も期待されています。最近、このメタンハイドレートが話題になり、政府も再び開発に力を入れ始めたのは、原油価格の高騰による新エネルギー重視の流れが影響しているかもしれませんが、経済産業大臣の選挙区の沖にもメタンハイドレートが眠っているから…それだけです。「再び」というのは、この大臣は前にも経産大臣に就任したことがあるから…それだけです。

さて、本編では見慣れた街が洪水や高波に呑まれてメチャメチャになっていきます。中でもひどいのが台場と新橋で、フジテレビの本社ビルは壊滅し、球体展望室がプカプカと海に浮かぶという破壊ぶり。ちなみに252は、日テレ製作の映画です。日テレタワーはというと、ザーッと水が流れてくるシーンだけ。

一方、新橋は東京メトロ新橋駅を中心に洪水に呑まれていきます。地下鉄のホームが逆とか、普段使っているだけに細かいことが気になるのですが、日本映画にはあまり感じられなかった迫力はあります。そして、現存する幻の新橋駅も登場します。幻の新橋駅は、知られていないようで実はかなり有名になっているのですが、なかなか面白いところに目を付けたと思います。

主人公と行動を共にするのは、娘と研修医、韓国人ホステスと大阪の中小企業の社長です。この研修医が序盤からかなりヒール役に徹していて、見ている側はかなり感情を揺さぶられます。この研修医は、恐らく登場人物の中で最も心が変わり、それにつれて笑いが加わり、成長とともに医者が抱える重く泣けるエピソードを披露するのですが、いかんせん脇役。それに、主人公がこの男が研修医であることを知るというシーンが抜け落ちているという致命的な欠陥があります。これは、上映までに修正されるかもしれません。

他にも、大阪の社長、韓国人ホステスもいい味を出しています。ストーリーに絡む登場人物が多いとアルマゲドンのようにぐだぐだになりがちなのですが、252の場合はきちんと描き分けているので煩雑な感じはしません。アルマゲドンのロシア人飛行士なんかは、最後に機械をぶったたくだけのためにずっと主人公の周りをウロウロしていただけですから、あの状況と比べると天と地ほどの差です。


なんやかんやあって、映画は終わりに近づきます。ここで、エンディングが2重にも3重にも折り重なっていることが分かります。まずは、主人公を救出するシーン、二次災害に遭うシーン、兄だけが助けられるシーン、主人公が地面の中から出てくるシーン。恐らくどのシーンもシナリオをまとめる段階でエンディングとして考えられたシーンなのでしょう。結局、もったいないから全部入れちゃえということになったために、こんなだらだらとした終わり方になったのかもしれません。

252のエンディングは、終わりそうで終わらない、バロック音楽のような感じです。バロック時代の音楽は、「ザザザザッ、ドッ、ドッ、デッ、ドドー、ドドー、ドー、ドー、ドー」などのように、ぐだぐだと引っ張ることで、我慢し切れなくなった観客の拍手が次第に増えていき、最後は拍手喝采を集めるという、独特の終わり方をする曲が多かったりします(もちろんそれだけの目的ではないと思いますが)。ただし、ビシッと終わらないので、ずっと聴いていると飽きてしまいます。

252は、だらだらとした終わり方であるうえに、誰もが予想出来る大団円で終わります。その場では気持ち良いかもしれませんが、これでは平凡な映画として歴史の中に埋もれてしまいます。数ある潜水艦映画の中でどうしてUボートが上位に上がってくるのか、伝説巨神イデオンがどうして機動戦士ガンダムとは全く異質なインパクトのあるロボットアニメとして語り継がれているのか、それは全てエンディングによるものと言って過言ではないでしょう。殺すだけが全てではありませんが、ひねった終わり方をすることで、後世に語り継がれる名画となる可能性は充分にあります。

252は、主人公を殺す、殺さないは別として、もう少しひねるのあるエンディングにして欲しかったように思います。普通の味付けだと、食べたことすら忘れてしまいそうです。

【基礎点】

一般の邦画(20点)
・20点

【技術点】

テーマははっきりしているか(10点)
(一言で説明出来るか/魅力的だったか)
・7点
巨大台風の中でも家族を思いながら生き抜こうとする人々の話。

そのテーマは時代にマッチしているか(10点)
(今の時代に当てはまるような要素があるか)
・7点
温暖化、都市災害という点では、考える部分があるかもしれない。

観光要素はあったか(10点)
(何か目新しく感じられる要素はあったか)
・8点
252という言葉。
幻の新橋駅(東京高速鉄道新橋駅)は意外と知られているので観光要素としては不充分。

観光要素は魅力的だったか(10点)
(その観光要素は魅力的なものだったか)
・8点
細かいディテールにも使われていた。我々も万が一のときに役に立つかもしれない。

主人公に貫通行動があるか(10点)
(主人公の目的=欲望がはっきりしているか)
・10点
何が何でも生き残る。極めてはっきりしている。

【芸術点】

印象に残る人物はいたか(10点)
(多くても1、2名に限る。それ以上いたら逆効果なので減点)
・7点
研修医と主人公の子供。登場人物の多い映画だが、それぞれがきちんと描き分けられていた。

印象に残るシーンはあったか(10点)
(多くても1、2シーンに限る。それ以上だと逆効果なので減点)
・4点
あらぶるハイパーレスキューの男たちのシーン。

泣けたか(10点)
(ストーリーの流れで泣けた部分はあったか=単に人が死んだとか、物理的な悲しさは評価外)
・5点
身内びいきと分かっていても、命懸けで弟を助けようとする兄の行動はそれなりに胸を打つ。

笑ったか(10点)
(ストーリーの流れで笑った部分はあったか=主人公の仕草とかで笑いを誘った場合は評価外)
・3点
研修医が輸血を通じて少しづつ心を開くシーンは笑えるが、このキャラクターは脇役。

怒りを覚えたか(10点)
(ストーリーの流れで怒りを覚えた部分はあったか)
・7点
研修医は序盤かなりのヒールぶりで、観客の心をグラグラ揺さぶりまくる。ただし脇役なのが残念。

【減点項目】

無意味なシーンが多すぎる(-10点)
・-8点
エンディングがとりとめもなくダラダラとし過ぎた。

【総合判定】

基礎点20+技術点40+芸術点26×1.5=99点、減点は-8点。
CinemaX指数91、「C」評価(81~99)。

2008年11月4日/東京国際フォーラム

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November 15, 2008

パンダフルライフ

CinemaXは評価方法の見直しなどを行い、次回「252」から再開します。

「パンダフルライフ」
監督:毛利匡
撮影:金沢裕司     
音楽:鈴木さえ子 with TOMISIRO
キャラクターデザイン:くらもちふさこ
ナレーション:菅野美穂

「客寄せパンダはもういない」

ドキュメンタリー映画です。ドキュメンタリーといえども撮影した映像をそのまま垂れ流すわけではなく、多くのこの手の映画は、構成を考えて恣意的な演出もするので、ドキュメンタリー風映画といったほうが正しいのかもしれません。

主人公は、アドベンチャーワールドで産まれた秋浜と隆浜という双子のパンダ。世界で初めて、母親が双子を一度に育てたことで知られるパンダです。弟の秋浜が主役。この双子が中国に戻る過程と戻ってからの葛藤、やがて兄弟の間にも縄張り意識が芽生え、大人の階段を上る姿を描いています。

日本には、神戸、和歌山の動物園にパンダがいますが、いずれも日本国籍ではありません。研究目的のレンタルということになっているので、一定期間を過ぎると、中国に帰らなければなりません。ちなみに今のところ最後の日本国籍のパンダはリンリン。今年4月、中国の国家主席が来日する絶妙のタイミングで死去したので、当時は暗殺説も飛び交いました。

この時の首脳会談で上野動物園へのパンダのレンタルがほぼ決まっているはずなのですが、年間一億円という高額なレンタル料と石原都知事の思想信条でこの人が知事である限りは実現しないでしょう。全盛時はフェイフェイ、ホアンホアン、トントン、リンリンが暮らしていた上野動物園のパンダ舎は、同じパンダということでレッサーパンダに占領されています。

まさに客寄せパンダを失った上野動物園は、北国の小さな小さな旭山動物園に来場者数でも敗北するほど。旭山動物園の人気の秘密である動態展示を積極的に導入して巻き返しを図っていますが、やはりパンダがいないと挽回は厳しいでしょう。都営地下鉄で見かける東京案内のポスターにもいまだにパンダの写真を使っていますから、ちょっとした詐欺みたいなものです。

さて、映画の本編ですが、双子パンダが中国に帰ってからは、成都にあるパンダ繁殖基地が舞台となります。地震で混乱する前は、こうした基地が何箇所かあって、テレビでよく出てくるのは、別の繁殖センターです。ドキュメンタリーそのものは、過去テレビなどで取り上げられた内容と大差なく、可愛いパンダにこそ見入ってしまいますが、話そのものの面白みは全くありません。あたりさわりなく、良く言えば子供も安心して見られるような内容です。

「最終評価C」

秋浜と隆浜に絞れば、もっと面白い映画になったのかもしれません。尺が余るのなら、双子パンダが子供の頃の映像を集めるとか、いろんな方法があったはずです。一番の見所は、中国に帰った直後に秋浜に「シュウヒン」と呼ぶと振り返るのと、後に「シュウヒン」と呼んでも振り返らず、中国読みの「チュウバン」で呼ぶと反応するところ。このあたりは恣意的な演出といえるのですが、他の部分はテレビのドキュメンタリーなどと大差ない以上、面白みがあるのはここぐらしいかありません。

パンダの映像は文句なく可愛いのですが、中国でのパンダの人工繁殖が進むのと比例するように日本でも映像が氾濫したため、パンダを取り上げても、かつてのような客寄せパンダの効果はないのかもしれません。その証拠に、初日だというのに劇場はガラガラ。途中でフィルムが切れて映写が止まっても、スタッフが気付くまで結構時間がかかりました。お詫びに無料鑑賞券をもらいました♪

2008年8月/ワーナーマイカルシネマズ板橋

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November 11, 2008

俺たちダンクシューター

CinemaXは評価方法の見直しなどを含めて近く再開しますが、ここで休止直後から現在までに鑑賞した映画をいくつか紹介していきます。

「俺たちダンクシューター」

監督:ケント・オルターマン
製作総指揮:ローレン・シュラー=ドナー、トビー・エメリッヒほか
音楽:セオドア・シャピロ
脚本:スコット・アームストロング
出演:ウィル・フェレル、ウディ・ハレルソン、アンドレ・ベンジャミン

「凡庸と奇抜のあいだ」

ウィル・フェレル主演、俺たちフィギュアスケーターの続編のようなネーミングですが、原題は「SEMI-PRO」ストーリーを踏まえるとなるほどなという感じもしますが、適当にネーミングしたようにもとれる微妙なタイトルです。

1970年代、ABAの弱小チームであるフリント・トロピックスというチームを率いるプレイングマネージャーの主人公が、資金のやりくりをしながらチームをある目標に導くストーリーです。チームの成績と同じように衰退する町の寂れ方がいい味を出しています。

このままだと単なるお話になってしまうのですが、曲者なのが実話を嘘の中に織り混ぜていること。個人的な感想として、実話をもとにした映画は実話負けする傾向にあるのですが、実話を織り交ぜたストーリーは、鉄板のような感じがします。

実話の部分は、NBAに吸収されたABAというリーグがあったこと、そのABAリーグでダンクシュートが登場したことの2点のようです。野球だけでも女性リーグや黒人リーグなど、米国は短い歴史の中でさまざまなリーグが存在していました。それだけに興味深い要素といえます。

もう1つが、ダンクシュート。今でこそ当たり前のような得点方法ですが、3歩以上歩くとトラベリングになる中で、空を歩くというのは、カウントするべきかどうか。例えば、スキージャンプでV字が登場した時は衝撃でした。当時のルールでは飛型点は減点されるが、飛距離は伸びる。これをどう受け入れればいいのかと選手やコーチだけでなく、審判も混乱しました。

スピードスケートに革命をもたらしたスラップスケートもそう。長野五輪の直前にスラップスケートは、導入する・しないで選手やコーチが混乱し、いち早く導入して金メダルを獲得した清水宏保選手に対し、導入が遅れ惨敗した堀井学選手などそれぞれの選手にドラマを産み出す要素となりました。

スポーツだけでなく、新しいものが登場した時は必ず世の中の混乱を招きます。人類はこれだけ近代化しているので、新しいものは出てこないだろうという見方もありますが、それでも新しいものは登場します。音楽もそう。新しいものに魅力を感じるのは、人間の習性なのかもしれません。

最終評価「B」

「俺たちダンクシューター」は、良い終わり方をしないところが評価出来ます。映画の終わり方は、良い終わり方と悪い終わり方があります。ストーリーの内容にもよりますが、良い終わり方をすることで凡庸な映画となり忘れ去られるケースも少なくないようです。その場では「ああ、良かったね」と思っても、印象に残る映画というのは悪い終わり方をするケースが多いような木がします。

例えばUボート。あれはひどい終わり方ですが、あのシーンがなければ、他に語る部分がない凡庸な映画として埋もれていたのかもしれません。ただし奇をてらえば逆効果。さじ加減が難しいのです。

2008年9月/新宿ミラノ座

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November 09, 2008

俺たちフィギュアスケーター

CinemaXは評価方法の見直しなどを含めて再開に向け作業中ですが、ここで休止直後から現在までに鑑賞した映画をいくつか紹介していきます。

「俺たちフィギュアスケーター」

監督:ウィル・スペック、ジョシュ・ゴードン
製作総指揮:マーティ・ユーイング
音楽:セオドア・シャピロ
脚本:ジェフ・コックス、クレイグ・コックスほか
出演:ウィル・フェレル、ジョン・ヘダー、ウィル・アーネットほか

「シーレックスのイチロー」

CinemaX休止直後、かれこれもう1年前に鑑賞した「俺たちフィギュアスケーター」です。記憶違いでなければ300(スリーハンドレッド)をトップから引き摺り下ろして興行収入全米No.1となり、長らくトップ10を維持した映画です。

米国ではウィル・フェレルとフィギュアスケートが後押しした感もあるようですが、新作が次々と公開され入れ替わりの激しい米国の映画において、トップ10を維持し続けると言うのは面白い要素があるからだといえるでしょう。ジブリというだけで内容がつまらなくてもトップ1に居座ることが出来る日本映画界のパイの小ささとは比較にならないのかもしれません。

面白い要素というのは、フィギュアスケートのルールに目を向けたところです。男子ペアの規定がなければ、男子シングルで出場停止になっている男も出場出来る。合法というより脱法に近い考え方で、しかも反目しあってちっとも仲良くない2人の男が努力して、失敗すると首が折れたり取れたりするという幻の演技を目指すという5W1Hのはっきりした映画に仕上がっています。

これにウィル・フェレルのくだらない(褒め言葉)演技が加わります。ウィル・フェレルを最初に見たのはプロデューサーズなのですが、ジーコを貧乏臭くしたような風貌はかなりインパクトがあります。

最終評価「B」

これだけ面白いのに、日本では劇場の数も期間も限られ、まるで単館映画のような扱いでした。バリバリのメジャーが、イースタンリーグの補欠扱いされるようなもの。フィギュアスケートはもはや日本そしてアジアのお家芸になりつつありますが、まだまだフィギュアスケートはテレビで観るスポーツであり、高い金を払って会場に行くのは限られた人ということなのかもしれません。

ちなみに原題は「BLADES OF GLORY」大げさな感じもしますが、かなりかっこいいです。

2007年12月ごろ/池袋東急

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November 05, 2008

ICHI

「ICHI」

監督:曽利文彦
原作:子母沢寛
音楽:リサ・ジェラルド
脚本:浅野妙子
出演:綾瀬はるか、中村獅童、窪塚洋介ほか

「寄せ鍋」

女版座頭市です。主演は綾瀬はるか。写真より動いている方が絵になる人です。一方で新垣結衣は写真の方が絵になる感じがします。女優としてギアチェンジの必要がない長澤まさみはどっちでもいいんですが、最近は下積み時代とは打って変わってテレビにあまり出なくなったような気がする綾瀬はるかのほうが女優っぽい感じがしてきたのは気のせいでしょうか。

さて、女版座頭市とはどのようなものかと思いきや、完全無欠でないヒロインでした。かつては金髪の座頭市もいたぐらいですから、もう何でもありなのでしょう。座頭市があまり強くないという設定は面白いのですが、むしろ周りが気になります。侍の癖に刀が抜けないという典型的なトラウマ落ちの男と一緒に、七人の侍と用心棒を足したような設定で、池袋ウエストゲートパークみたいな村人が、マッドマックス2みたいな相手に戦いを挑む。もしオリジナリティを重視して作ったのなら問題ありです。

ただし、いろんな面白い要素を取り入れて、エンタテインメントということで作ったのならありなのかもしれません。綾瀬はるかの演技も酷評されるほどではないですし。やっぱりこの人の表情は不思議な魅力がありますね。非の打ち所のない美女というでもなく、街を歩いていて埋もれるような顔でもない。微妙なバランスで保たれている危なっかしさが魅力なのかもしれません。かつてはグラビアもやっていたのですが、別に露出なんかどうでもいいので、もっと映画に出て欲しいと思います。

と、ここまではいいのですが、脇を固める俳優が通り一辺倒なのが気になります。大沢たかおはともかく、もういい加減飽きてきた中村獅童の「デヘヘ」演技、久々に見る窪塚洋介は、この配役(宿場の元締めのボンボン)は見事にハマっているのですが、息継ぎなしに一度に山を登って下るようなセリフ回しは懐かしいようでもあり、またこれかよという感じもしなくはありません。ほかにも柄本明の時代劇のお手本のような演技もあり、いろんなところからいろんなものを持ってきて、無難にまとめたなあという映画です。

ただし、トラウマ落ちの侍が、刀を抜くきっかけが極めて弱く、せっかくここまで持ってきた展開が台無しになっています。後半に進めば進むほど話の展開が雑になっていくのがもったいないと思うのですが、おしんの夫役を演じた並樹史朗が出ていて懐かしかったり、ベッタベタの竹内力の演技は楽しかったりもします。特に竹内力の夢に出て来そうなベッタベタの死に顔は一見の価値があります。最高の死に顔です。

「最終評価C」

2008年10月30日/新宿ミラノ座

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November 03, 2008

宮廷画家ゴヤは見た

CinemaXは評価方法の見直しなどを含めて再開に向け作業中ですが、ここで休止直後から現在までに鑑賞した映画をいくつか紹介していきます。

「宮廷画家ゴヤは見た」

監督:ミロス・フォアマン
製作総指揮:ポール・ゼインツ
音楽:ヴァルハン・バウアー
脚本:ミロス・フォアマン、ジャン=クロード・カリエール
出演:ハビエル・バルデム、ナタリー・ポートマン、ステラン・スカルスガルド

「セリフのない主人公」

原題は「GOYA’S GHOST」です。邦題は「家政婦は見た」を彷彿とさせますが、本編もそんな感じです。ゴヤはレポーター役といったところ。18世紀末のスペインでゴヤの目を通じて見た神父と女を描き、イデオロギーが変われば立場が逆転する人間関係のもろさを浮き彫りにしています。

宗教に抑圧され、救いの手を差し伸べたはずの神父にも犯されて廃人同然となってしまった女、その神父も宗教に抑圧されるものの、侵略者に便乗してスペインに舞い戻り、立場が逆転したかと思いきや、侵略者が去って再び宗教に抑圧されてしまう。コロコロ変わる後ろ盾によって他人を裁くという矛盾を見事に描いています。

見所は、ナタリー・ポートマンの演技です。裕福な商家の娘として何不自由なく暮らす艶やかな女と、異端審問という無意味な裁判にたまたま引っ掛かり、何年も地下に閉じ込められてしまった後の落差は壮絶です。激痩せ、顔はストレスでねじ曲がり、精神的に病んでしまう女の演技は鬼気迫るものがあります。

加えて、その女の娘の役も演じるのですが、これがつかみどころのない娼婦。見た目は母親の若い頃と同じように艶やかなのですが、全く別の人格という女を見事に演じています。

登場人物もさることながら、映画の舞台であるスペインも翻弄され続けます。周囲の国に好き勝手に侵略され続けます。この点では、宗教とイデオロギーに翻弄され続ける神父や女に共通するものがあります。世の中に絶対などないのに、絶対と思えるようなもの(でも絶対ではない)を見つけ、それを盾にして人と争い、裁き、侵略する。当事者は命をかけているはずなのに、少し離れた場所から見ると滑稽にすら感じてしまうのが不思議です。

何も演じない、何も喋らないスペインが、この映画の主人公なのかもしれません。

最終評価「B」

2008年10月7日/新宿ミラノ座

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November 01, 2008

レッドクリフPartⅠ

CinemaXは評価方法の見直しなどを含めて再開に向け作業中ですが、ここで休止直後から現在までに鑑賞した映画をいくつか紹介していきます。

「レッドクリフPartⅠ」

監督:ジョン・ウー
製作総指揮:ハン・サンピン、松浦勝人ほか
音楽:岩代太郎
脚本:ジョン・ウー、カン・チャンほか
出演、トニー・レオン、金城武、チャン・フォンイーほか

「銀幕の北京五輪」

三国志の中の赤壁の戦いを扱った映画です。赤壁=レッドクリフというそのまんまのタイトルです。思えば中国には長い歴史と三国志や西遊記、金瓶梅、水滸伝とバリエーションあふれる壮大な作品があるので、そこに経済力が加われば、このような時間と金と人を存分に使った作品が出てくるのは必然的といえます。ネタ切れに苦しむハリウッドもこうした海外のソフトに触手を伸ばす傾向にあるので、米中日台韓による壮大な大同団結により実現したレッドクリフは、銀幕のAPECとでもいった感じでしょう。

レッドクリフは三国志の山場の1つともいえる、赤壁の戦いを扱っています。本編はというと、戦いのシーンが多くボッコボコの人殺しまくり。これで何の規制もないのが不思議なぐらい、身体がちぎれたり血しぶきが飛び散ったりします。孔明が繰り出す戦術だけに目を向ければ面白いのですが、無駄に長い殺戮シーンは観ていてくたびれてしまいます。もう少し人間ドラマを観たいと思うのですが、恐らくそういった部分は劉備が仲間を集める序盤に集中していること、映像では戦いのシーンのほうが盛り上がることなどでこんなことになったのでしょう。

時間配分という概念があるのか分からないぐらいのゆったり感や、撮影中に人の1人や2人死んでいても分からないぐらいの壮大なスケールは、まさに北京五輪の開会式を彷彿とさせます。あの時もいつ終わるんだろうとくたびれながらテレビを観ていましたし、出演者はちゃんとトイレに行ってるんだろうかとか、花火で1人や2人死んでいるんじゃないかとか、余計な心配をしてしまいました。

レッドクリフPartⅠは、赤壁の戦いの前で終わります。物足りないことこの上ないのですが、曹操が別の女と勘違いしている美女は一体どうなってしまうのか、金城武演じる孔明はPartⅡも存在感ある演技を見せるのか、食傷気味になってきた中村獅童の「デヘヘ」演技はPartⅡでも観なければいけないのか、不思議な不安と期待をばら撒きながら、レッドクリフはPartⅡへと続きます。

最終評価「C」

ちょっと面白いのは、配役です。日本では三国志のキャラクターのイメージについて、古くは吉川英治の小説でイメージを膨らませたり、、横山光輝の漫画、恐らく最も影響を与えたであろうNHKの人形劇、もう少し時代は下ってKOEIのシミュレーションゲームからアクションゲームまで、いろいろな方法で固定化することが出来たのですが、多くに共通するのは劉備は凛としてハンサムな男、孔明は色白で聡明、顔立ちが整っているというつきまといます。

レッドクリフでもたいがいのキャラクターがそのイメージ通りのような気がしますが、劉備だけはただのおっさんのようなキャストです。ただ、前漢の皇帝の血筋を汲みながら、野に下っている武将という点で考えれば、こちらのほうがしっくりきます。恐らくこれが、中国の一般的な劉備像なのかもしれません。

合作映画でありながら、意外と金城武が孔明を演じているのが意外でしたが、彼は日本と台湾のハーフであり、もはやアジアの架け橋な俳優なので、妥当なのかもしれません。ちなみに孔明は俗に臥龍と呼ばれ、中国四川省の地名でパンダ飼育施設の名称でも知られるようになりました。三国志ではこの臥龍と鳳雛と呼ばれた龐統のいずれかを召抱えれば天下を取れると言われ、劉備は2人とも召抱えるのですが、天下は取れず、しかも曹操、孫権も天下はとれず、漁夫の利のように曹操に仕える司馬懿の子孫が天下統一を果たします。

主要な武将が次々と死んでいって、だんだんと小粒になっていく三国志のストーリーは、谷口から丸井、五十嵐兄、近藤、五十嵐弟と主人公が段々と小粒になっていって人気が低迷し終了していったキャプテン(ちばあきお)に共通するかもしれません。三国志で主要な武将が揃っているのは赤壁の戦いあたりまでなので、その点を踏まえると、横軸である壮大な時代を追うのではなく、ピンポイントに赤壁の戦いをターゲットにしたレッドクリフの戦略が見えてきます。

鑑賞日2008年10月7日/よみうりホール

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