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October 24, 2006

風まかせ

シンドラー社のエレベータによるトラブルがその後も相次いでいたことが発覚、発表しなかったシンドラー社を非難する記事が一部の新聞で報じられましたが、暫くは発表にたよることなく自力で情報を引っ張ってきては針小棒大に面白おかしく煽っていたくせに何を今さら、という感じがします。話題性やタイミングによってニュースとしての扱いが変ってしまうのは問題だと思うのですが、北朝鮮の核問題やいじめなど一連の情報がマスコミにとって目新しさがなくなった今、もう一度シンドラー社のエレベータに対する批判がぶり返す可能性があります。ご注目ください。

さて、いじめによる青少年の自殺、介護を苦にした老人が配偶者を殺めたり自ら自殺したりする事件が相次いでいます。老人は今、増税や医療負担の増大に苦しめられています。社会保障制度の改悪が明るみになった少し前「これでは死ねというのと同じ」と嘆く老人の声も聞かれましたが、まさにその通りの出来事が発生しています。景気がいいとはいえ、優遇されるのは金持ちばかりで、成長しない日本経済において、限られたパイを一部の人間が占めるという異常な事態になっています。これでは好景気の恩恵が一般庶民にまで行き渡るはずがありません。それでも最高の好景気と大企業向けにごまをするだけの某経済紙は、いつまで我々をぬか喜びさせ続けるつもりなのでしょうか。

学校でのいじめに関して、都道府県ごとに実態調査が行われました。また、いじめ問題相談強化週間というものも設定され、多数の電話相談が寄せられたようですが、そもそも、いじめ対策というのは、教員レベルで大きな差が出る性質のものなので、風通しの悪い学校組織や教育委員会自体にやる気がなければ問題として取り上げることすら出来ないのでしょう。福岡県の中学校では、自殺した生徒のクラスで記名でアンケートをとったとのことですが、実名を書いて真実を伝える勇気ある生徒がどれほどいるか、まともに考えれば分かるはずです。あほか。

いじめは過去、社会問題にまで発展した校内暴力を徹底的に抑えこんだ結果、内向きな暴力として水面下に隠れてしまったという経緯があります。例えば結核やガン、エイズなどのように不治の病を根絶しても、必ず新たな不治の病が発生し人類の脅威となること、社会においても、ヤミ金を封じ込めた結果、オレオレ詐欺を蔓延させてしまうなど犯罪を表向きには抑え込んでも他のものに伝播してしまい犯罪そのものは残ってしまうことに似ています。

あらゆる問題に共有しますが、対策の過程で気をつけなければならないのは、徹底的に封じ込めるほど、奥深く潜り込んでしまい、見えない存在となってしまうことです。国家間の交渉ごとにおいては、抜け道を作ることが鉄則であるはずのに、教育現場では、相次ぐ自殺者を重く見て、今さらながらいじめの把握と根絶に立ち上がりました。実態把握はともかく、根絶しようというのは、真に平和で平等な世の中を気付こうとするのと同じく、不可能であるというのは誰でも分かることです。そもそも、いじめとは、大っぴらに行われるものではないので明るみにならないのは当然です。大っぴらでないからこそ、いじめとして問題になるともいえます。

いじめ問題に真剣に取り組もうとするならば、父兄の意識改革が必要です。いじめに関して「うちの子はいじめられていないだろうか」と心配するのが一般的のようですが、いじめが発生しているクラスの場合、いじめを主体的に行っている子供やそれに便乗している子供、見て見ぬふりをして親にも教師にも報告しない子供を含め大多数が加害者であることを忘れてはなりません。単に「うちの子は、いじめられていない」と胸を撫で下ろすだけなら、何の意味もないことが分かります。加えて、いじめの対策について、教師と生徒との信頼関係が必要です。福岡県の中学校で問題になった教師は、この信頼関係すらなく、教師が率先していじめの原因を作っていたことに驚かされます。

だったら信頼関係を築けばいいということになりますが、先生を小ばかにする父兄が多いなかでそのような関係を築くのは困難だといわざるをえないでしょう。加えて最近では不景気を反映して、聖職者としての意識や情熱もなく、単に公務員というだけで教員になった人も少なくないと聞きます。教師がサラリーマン化するなかで、就労時間外のプライベートな時間を削ってまで、問題に取り組もうという教師にめぐり合える確率は、かなり低くなっているのではないでしょうか。サラリーマン教師にとって、坂本金八や北野広大は変人に見えることでしょう。

いじめは、ほんの小さなことが原因となり、いじめる側の子供に何らかのストレスが溜まっていたりすると慢性化するように思います。「何もやることがないから」という理由も考えられるかもしれません。平和ボケで我先にという人間があふれて社会全体がおかしくなっているどこかの国に似ています。こういう場合は、何らかの目的があれば人間の意識は一つにまとまることが多いような気がします。乱暴にいえば戦争しかり。そうでなければ何らかの目的を持てばいいのですが、例えば、学校現場において、個性の名のもとにそれぞれが違う方向を向いている子供たちをひとまとめにするのは、今の教育システムでは絶望的といえるでしょう。

「学校が悪い」「社会が悪い」というのは簡単ですが、いじめ一つにとっても、複雑な問題が絡んでいることが分かります。いじめの被害者が躊躇なく自殺を選択肢に加える恐ろしい世の中になってしまいましたから、このまま放置する訳にはいきません。単に実態を把握したり、電話相談窓口を開設するようなパフォーマンスだけでは意味がないということを忘れないでいてほしいものです。学校現場の最前線にいる先生はもちろん、机上で議論するだけの学識経験者と呼ばれる人たちや官僚は特に。
Beach

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Peculiar article, just what I wanted to find.

Posted by: Francine | May 11, 2014 at 09:08 AM

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