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September 29, 2006

日本以外全部沈没

CinemaX第104回目。

監督:河崎実
原作:筒井康隆
原典:小松左京
脚本:右田昌万、河崎実
音楽:石井雅子
出演:小橋賢児、柏原収史、藤岡弘、村野武範ほか
上映時間98分
(公式サイトはこちら

「失速」

日本以外全部沈没が映画化されました。先にリメイクされた日本沈没に便乗して堂々と封切られました。映像化は不可能…というより誰も手をつけないだろうといわれていた筒井康隆の名作ですが、CinemaXでの評価やいかに。

筒井康隆の作品は、かなりまともに書いたもの、ふざけているもの、の2つに分かれます。大阪万博を思い切り茶化した「深夜の万国博」やカミュの「ペスト」に対抗して書かれたノーパンの女性がウンコを漏らしてしまう凄い話「コレラ」などふざけた話が大半なのですが、それでいてどれも大真面目に書かれているので読み応えはあります。
たまにみかけるまともな話…「時をかける少女」や「七瀬ふたたび」などのいわゆる七瀬三部作は映像化されています。小説の多くがSFの部類に入るのでしょうが、星新一のような真っ当なSFとも違います。なかなか映像化されにくいのは、一説には筒井氏本人が小説を書き進めていくうちに「この話は映像化されてしまうかもしれない」と思い、エンディングをメチャメチャにしてしまう癖があるとかないとか。いずれにしても短編小説を90分以上もどうやって引き伸ばすことが出来るのか、注目したいところです。

具体的なストーリーは、例によって公式サイトや他の映画批評サイトをご覧頂きたいのですが、日本以外全部沈没は、一言で説明すれば日本以外の殆どが沈没した地球(ヒマラヤなどの一部高山は残り野蛮人が住んでいる)において、アメリカなどから大挙して避難民が押しかけるという話です。欧米に対し劣等感が強い日本人がこの世界ではやたら威張っていて、事あるごとに戦争責任だのと叫んでいる中国、韓国も、映画の中では「ソンナコトハワスレタヨ」と言いペコペコしています。ある意味「太陽」より過激なのかもしれません。それでも笑い飛ばせるのが、筒井マジックなのでしょう。

ターン1までの評価「A」

この映画において、欧米が日本にひれ伏すという普段とはあべこべの設定は、笑いをもたらします。寅さんが家族や近所の人々、はたまたお偉方を説教する構図に似ています。このあべこべを活用して、この映画は序盤はグイグイ飛ばします。セリフなどで仕掛けられた笑いも筒井テイストに近く、アメリカ人妻が風呂に沈めばアメリカが沈んだ、ラーメンが川に落ちれば中国が沈んだ、フランスパンが落ちればヨーロッパが沈んだ、など巧みなモンタージュ(?)が用いられ、大掛かりなCGを使わずに日本以外が沈没していることを説明しています。音楽も打ち込みのようなチープな雰囲気で、安上がりな映画だなと感動すら覚えます。

日本以外全部沈没には藤岡弘、と村野武範が出演しています。藤岡弘、は1973年の日本沈没の主人公、総理大臣の村野武範はテレビ版の主人公という、2人の主人公を脇役で引っ張り出すあたりは、リメイクされた日本沈没よりも正当な流れを汲むのではないかと錯覚してしまいそうです。ちなみに、リメイク版の日本沈没は草なぎ剛と柴咲コウに焦点を当てすぎて沈没してしまった印象が強いですが、オリジナルの日本沈没をいざDVDで観返してみると、実はオリジナルのほうが無茶苦茶で、エンディングに向かってストーリーが破綻していくという物凄い映画でした。

ターンBまでの評価「C」

さて、本編は中盤あたりから失速してきます。センスが感じられた笑いもゴリ押しのようになって、食傷気味になってきます。銀河鉄道999に潜り込んだものの、環境の変化に耐えられず全滅したミュータントの子供達みたいです。物事にはやはり限界があります。特にドラマの部分は極めてチープで、恐らく全編30分ぐらいで充分なところを90分以上も引っ張るのですから、相当に無理があります。それを田所博士を演じる寺田農の怪演や外国人タレントの奇妙な歌で引っ張りまくっているので、かえって痛々しさすら感じられました。

最後は、ロウソクの炎で強引に終わらせます。ウクライナの絵本を引っ張ってきたのは、作り手の努力を感じますが、ネット上の映画批評で「感動した」「泣いている人が多かった」というのは、どうしても信じがたいのですが。日本以外全部沈没は、劇場で観ても特に迫力があるわけではないので、DVD化されてから観ても充分ですが、前半のバカさ加減はかなり面白いので、興味のある方はどこかのタイミングでチェックしてみるといいでしょう。小橋賢児、柏原収史は何だか久々に見るような気がしますが、意外にいい顔になっていますね。特に最近、グラビアアイドルとの熱愛が噂された柏原収史は兄以上にいい味出してます。

最終評価「C」

映画としてまあまあですが、やはり邦画の乱発が気になります。最近の映画人気を反映して、製作委員会方式で映画を作ろうとすると、作る前から資金が容易に集まります。ファンドもしかり。それをモーニングショーやレイトショーで短期間でも上映されれば、劇場公開作品として箔がつき、DVD化されます。それはたとえ個人が買わなくとも、レンタルDVDチェーンなどは無理矢理でも買わざるを得ないので、一定の収入が見込まれます。最近の邦画は、この安易な金儲けに走るケースが多いらしく、供給過剰の状態にあります。

未見ですが「通勤電車で座る技術!」というハウツー本まで映画化され、間もなく封切られようとしています。長く斜陽の時期にあった邦画が元気になり、本当に面白い映画が供給されるのは歓迎ですが、テレビドラマで済むような映画や韓流映画も真っ青の下らない映画を乱発しすぎて、せっかく劇場に足を運ぶお客さんを騙すようなことはしてもらいたくありません。それはマイナーな映画だけでなく、大御所の息子である素人監督が作ったアニメ映画などメジャーな映画も同様です。本当に心配です。

鑑賞日:平成18年9月25日
劇場:シネセゾン渋谷
観客数:30/221席
感涙観客度数:不明
※各ターンは個人的に設定、感涙観客度数は場内の鼻すすり音で推定。
最後は泣けたという声も聞きますが、個人的に泣けるシーンは皆無だと思います。

ついでに紹介!

「日本以外全部沈没」原作とイチオシ「革命のふたつの夜」こちらは入手困難か。

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September 27, 2006

平和な国

安倍新内閣が発足しました。総裁選から首班指名、内閣発足まで、マスコミは今までにない豪快な煽りっぷりでした。あたかも国民が投票しているように錯覚するよう演出されたような総裁選でしたが、実は国民は間接的に国会議員を選出しているだけで、総裁選挙には指一本触れてないのが実状です。それでも、密室ならぬ病室で誕生した森首相に比べれば遥かにオープンだといえますが。

国民が安倍新内閣に期待している最も大きなことは、拉致問題です。これは積極的に取り組まなければなりません。他にも社会補償問題などが挙げられていますが、これは、医療負担の増加や年金保険料の引き上げ、給付水準の引き下げが可決され、役人や自民党議員の間では既に完結している話なので、当分は見直しの「み」の字もないでしょう。これも「小泉さん可愛そう」と自民党を圧勝させてしまった我々の責任でもあるのですから、不平不満を訴えたところで何を今さらという感じがします。本当に悔しいのですが。

日本中のバカ騒ぎを見ていると、国民の大半が政策なんかどこ吹く風で、風呂に入りながら新しい政治バンザイ、バンザイと叫ぶ一方で、役人や国会議員は風呂釜に薪をくべて必死にふいごを吹きながら、火の勢いを増しているような構図が思い浮かびます。国民、特に一般庶民は「あたたかいなー」と思いながら、上がり続ける税金で財産を搾取され、知らない間に湯船は沸騰して死んでいく訳です。恐ろしい。

さて、総裁候補に立候補した途端、安倍首相の口からは「再チャレンジ」という言葉がやたら使われるようになりました。これ、気がかりではありませんか?あまりにも当たり障りがなく、国民生活に実害がないように思われる政策を全面に出すこの手法を見て、一つの言葉が思い浮かびます。

国民は、小なる理解力しか持ち合わせていない。

再チャレンジは、小泉政権が打ち出した郵政民営化という言葉が、そのまま置き換わったものだといえるでしょう。万人に理解しやすいテーマを掲げると国民を踊らせることが出来る…これが小泉政権の数年で自民党が学んだことです。安倍さんといえば拉致問題なのですが、こちらをメインに掲げなかったのは、この問題はパフォーマンスとして取り組むが(拉致担当相を置いたりとか)、根本的な解決は難しいということを意味しているように思えてなりません。

再チャレンジとはおめでたい言葉なのですが、これを打ち出す国会議員が、再チャレンジとは恐らく無縁の二世、三世議員ばかりだというのが気になります。既に中央官庁では、19年度予算の概算要求で再チャレンジを意識した安易な政策が流行り病のように打ち出されていますが、具体的な政策は今後、いろいろな場面で審議会や検討会などが開かれ「まず予算獲得ありき」の方針のもと、学識経験者による意見を総合して答申がとりまとめられ、独立行政法人ナントカ機構とか、公益法人に予算をバラまきながら、どうせろくでもないことに税金が投入されることになるのでしょう。この学識経験者や、出来レースを演出する官僚も、おおよそ再チャレンジとは縁遠い身分の人々です。こんな人たちが机上で論議を交わして何が出来る、というのが正直なところです。

再チャレンジで少しだけ関連がありそうなのが杉村議員なのですが、彼は新婚生活にのめりこみ過ぎているのか、ブログも放置したまま、若者を集めた座談会も少しだけ食いついたままほったらかし、公募した秘書の選考すら行っていないようです(これはそのうち問題になるでしょう)。週刊SPA!では連載が始まりましたが、当たり障りのないことばかり書き並べて、本当に国民をバカにするなと言いたくなります。

民主党など野党は今後、安倍新内閣が掲げる再チャレンジ政策の曖昧さを突いてくるでしょうが、盛り上がれば盛り上がるほど喜ぶのはマスコミだけ。本来なら国民に再チャレンジをけしかけながら、税金や社会保険料、国民健康保険料などが上がり続けることの矛盾点をテレビや新聞などのマスコミは突くべきなのですが、政治は盛り上がりながらも、自民党が与党にあり続けるのが彼らの理想のようです。その証拠の一つが、小泉内閣の偉業(?)を讃えるドラマだといえます。きっと、政権与党=自民党のニュースソースも既得権益として守りたいのでしょう。

新しモノ好きの日本ですが、諸手を挙げて安倍新内閣発足を祝う街頭インタビューを聞くと、なんだかもううんざりです。これじゃ5年前と同じ。5年後の我々の生活を考えると、そら恐ろしくなるのは、果たして僕だけなのでしょうか。
Shinzo

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September 26, 2006

時代のうねり

先日のNHKスペシャル「東京カワイイ★ウォーズ」 は、NHKっぽくないタイトルにも驚きましたが、内容も非常に興味深いものでした。一方は東京ガールズコレクションに代表されるリアルクローズというものの台頭、他方、マンネリ化が目立つ従来のファッションショー、東京コレクションの変貌に向けての動きを取材していました。僕はファッションに特に興味があるわけではありませんが、アパレル業界におけるこれだけの大きな動きを全く感じていなかったので、ちょっとショックで、老いすら感じてしまいました。

リアルクローズといっても、若い女性がその辺で着ているもので、それを東京ガールズコレクションなどの会場で人気モデルが着て、歩いて、それを見ながら携帯電話でその服を直接購入出来るという激流のような物流システムです。一方で従来のファッションショーは、業界関係者やマスコミを集め、披露された商品の中から好評だったものを数ヶ月から一年後に商品化されるという流れです。開発技術が後に実用車に反映されるF1みたいなものでしょう。一見、リアルクローズとは対極にあるように思えます。

番組には、アルバローザのオーナーも登場していました。ハイビスカスの柄が特徴で90年代頃から人気が爆発したアルバローザは、2000年以降に下降線を辿り始め、その後ヤマンバギャルが好んで着るようになり、最後はセンターガイと呼ばれるセンター街周辺に出没する若い男が好んで着たことでイメージダウンに拍車がかかったといわれています。ショップも閉鎖されていましたが、リアルクローズのブランドとしてインターネット上で販売を開始しました。

アルバローザのオーナーは「服は、仕立ての良さで選ぶものだが、今の流れは違うようだ」といった旨の発言をして戸惑いを隠せずにいました。仕立て云々より、今着たいものをすぐに着る、そういった女性が、渋谷109周辺に、そしてネットを通して全国に広がっています。一方で旧来のデザイナーはこの流れに苦い顔をする人も多いようですが、それも当然といえるでしょう。過去の歴史からみても、新たな流れに乗って成功した例、そのまま遭難してしまう例もありますから。

それは、アパレル業界のみならず、例えばスピードスケートのスラップスケートとか。1998年の長野五輪で採用されるかされないか注目されましたが、見事にスラップスケートに乗り換えた清水宏保選手が金メダル、一方で堀井学選手は後塵を拝してしまい涙を呑みました。新たな流れに対し、選手やコーチの先見性が問われた例の一つといえるでしょう。

リアルクローズは、同年代の女性がデザインをして商品を売り、それを同年代の女性が着るケースが多いようです。つまり、自分たちが着たいものを作って着ているという状態に近く、売れるのも当然といえるのですが、業界は必ず成長し老齢化します。街に蛯原友里、押切もえなど人気モデルのコピーで溢れかえってしまえば、別のセンスを追い求めるようになるでしょう。また、今後、リアルクローズに関わる人々も適当にリフレッシュされていかなければ、このブームも終わってしまうでしょう。何よりも人間は歳を重ねています。20代の女性はいつまでも20代ではないのですから。

出演者のほうが一方的に増えることも心配です。リアルクローズでは、次々と登場する人気モデルが着た服は即、完売するそうです。一昔前は、街に浜崎あゆみのようなメイクやファッションをした女性で溢れかえっていました。好みのタレントにリスペクトして、その先は自分でアレンジするならまだしも、そっくりそのまま、誰が見てもあの芸能人に似ているというようなファッションに徹するのはあまり意味がないような気がします。例えば舞台は、観客に比べ圧倒的に少ない出演者が舞台に立ち、演技をすることで成立します。観客の大半が舞台に上がってしまえば、成立しません。最近、アイドルがチープになっているのは、この構造に似ています。誰にでもチャンスがあるのは素晴らしいことなのですが、基準が緩すぎると緊張感が欠けてしまいますから。

リアルクローズのこの大きな流れは、同じような服を着た女性で街が飽和状態になる前に、適当にデザインをゆさぶり続けられるかというところがポイントになりそうです。女性たちはセンスで「かわいい」とか「ダサい」と感じながら服を選ぶのですが、このデザインのゆさぶりを産んでいるのは、実は旧来のデザイナーだったりします。デザイナーがファッションショーなどで発表したデザインが後に商品化され流行を産み、その流行に乗るかたちでリアルクローズが開発され、売られる。新旧のファッションの流れは、相反するようで実は切っても切り離せない関係だということが分かります。

一方、旧来のファッションショー、東京コレクションは今年から開催時期を前倒ししました。ここ最近、世界に評価されるような若手のデザイナーが育っていないことに対し、国がバックアップする動きもあるようです。これは、デザイナーが飽和状態になったり、若いデザイナーが生煮えのまま裏原宿なんかに店を出してしまい、それ以上才能を発揮しようとする土壌が少ないということも考えられます。都内に店を出すとそこそこ売れてしまうのも問題なのかもしれません。あるいは、業界全体の老齢化を意味するのかもしれません。今後、業界に必要なのは、リフレッシュ、ゆさぶり、そして、スピードなのかもしれません。

ちなみに先日、デパートにスーツを買いに行きました。ここ数年は同じブランドのスーツを着ているのですが、前回に買った3年前に比べ、販売形態が著しく変化していました。以前は、既製品をアレンジするにはせいぜい胴回り、裾などの長さを変える程度なのですが、今では出来合いの商品を買おうとしても、胴回りからポケットの形態、ズボンの太ももの太さなど微調整が可能です。しかも価格は以前とほぼ変わりなし。

もちろん以前から、既製品をベースに微調整が加えられるイージーオーダーというものが存在しましたが、まだまだ一般的な買い方ではありませんでした。それが数年でイージーオーダーそのものがスタンダードになったということになります。僕は、この変貌振りに少し戸惑ってしまいました。

その背景には、1万円台、あるいはそれを下回る価格水準で勝負してくる紳士服チェーンの台頭があるのでしょう。一方で最近は紳士服チェーン同士の敵対的買収などが話題になりましたが、この先、少子高齢化、そして団塊世代の退職ということでパイは減少してきます。価格だけでなくサービスを含めたデパートの紳士服売場の高級化戦略は、紳士服チェーンに対し差別化を図るという意味があるのでしょう。

新たな流れが発生した時、流れに乗るか乗らないかで運命は変ってきます。前述のスラップスケートのほか、V字ジャンプなども導入時どのタイミングで流れに乗るかで選手の明暗が分かれたのも記憶に新しいところです。一方で流れに乗るばかりが良いわけではありません。偽計疑惑が発覚する前にライブドア株を購入した人が大損したような例もありますから。

いずれにしてもリアルクローズは、興味のある動きだといえます。

NHKスペシャルは、本日深夜にも再放送されるようです。
Marukyu

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September 18, 2006

横並び

間もなく午前11時、吉野家が牛丼の販売を復活させます。1日限定で、それ以降、暫くは数日間の限定のようですが、店頭で牛丼を扱うのは、日本中の残り肉を掻き集めて限定販売して以来のことになります。テレビでは恐らく昼のニュースから、新聞も夕刊からこのことを大々的に報じるかもしれません。今日は休日なのでサラリーマンの姿は少ないとは思いますが、恐らく、有楽町駅前の吉野家などでは、テレビカメラがウロウロしていて、サラリーマンを掴まえては「この日を待っていました」というコメントを引っ張り出し、郊外の店では、家族連れから「多少の不安は残るけど、食べたいものは食べたい」などのコメントを放送するのでしょう。そして、売り切れた店舗で客が暴れただの、超だの行列でトラブルなど、日本列島が牛丼一色に染まったようなまとめ方をするのかもしれません。確かに、吉野家の牛丼は他を寄せ付けない美味さはありますが、だからといって日本中がフィーバーするわけがありません。テレビなどがこのことをどう扱うか、注目してみるのもいいでしょう。

牛丼に関して一つ忘れてならないのは、吉野家以外の牛丼チェーンのほとんどは、牛丼販売を中止せず国産牛に切り替えて販売を続けたり、大手チェーンでも中止後間もなく販売を再開しているということです。テレビや新聞では恐らく、このことに触れることはないでしょう。自分たちが煽るフィーバーに水を差してしまうことになるからです。これまでBSEの危険性を挙げ、米国からの牛肉輸入再開の曖昧なプロセスを批判しする一方、別の顔で、さんざん煽りながら牛丼フィーバーを演出する…その二面性がどうも理解できません。「改悪」された年金問題など様々な政策の欠陥を指摘する一方で、その制度を生み出した根源である小泉内閣を面と向かって批判しないことに似ています。おまけに、小泉首相を扱ったドラマまで放映する…消費者金融に対する手厚い保護が問題になり、「誰のための改革か」と吼えた新聞もありましたが、大手マスメディアのこうした支離滅裂、腰抜けの行動を見ていると「誰のための報道か」と問いただしたくなります。

最近では、麻原彰晃の死刑確定に絡み、テレビ各局はアーレフの上祐史浩代表を引っ張り出しました。中には生中継でインタビューするニュース番組もありましたが、一つの節目とはいえ、何故こうも横並びに上祐氏を引っ張り出したのか、疑問を感じずにはいられません。「一区切りでもあるから、代表からコメントを出したい」というアーレフからの申し出があったのなら少しは理解できますが、テレビ各局からアプローチしたのではないかというのが自然な考えでしょう。そうでなかったにせよ、これまでアーレフを隠れ蓑になおも活動を続ける教団を批判してきた訳ですから、未だに広告塔ともなり得る彼を引っ張り出すことで、信者やその家族に対する差別や偏見の目を助長させたり、信者らの士気(?)を高めたり、入信しようか迷っている人の背中を押したりすることに加担してしまうかもしれないことを考えなかったのでしょうか。

同じく死刑確定に絡み、公安調査庁が全国の教団施設で一斉立ち入り検査を行いました。このことを淡々と報じる辺り、かつてマスメディアで過熱した公安調査庁不要論や、今回の検査の根拠となる団体規制法の危険性をしてきしたのが嘘のようです。今回の検査も何を目的にやったのかは我々一般の人間でも理解し難く「とりあえず何をするか分からないから、調べちゃえ」「怪しいものは封じ込めてしまえ」「公安調査庁の存在感を示してやれ」という意図が見え隠れします。もちろん、そのことにマスメディアが触れる気配なし。これもまた「誰のための報道か」と大いに疑問が残る事件でした。
Cp06

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September 10, 2006

X-MEN:ファイナルディシジョン

監督:ブレット・ラトナー
製作総指揮:スタン・リー、ジョン・パレルモ
脚本:ザック・ペン 、サイモン・キンバーグ
音楽:ジョン・パウエル
出演:ヒュー・ジャックマン、ハル・ベリー、パトリック・スチュワートほか
上映時間105分
(公式サイトはここ

「名捕手」

最近のアメコミ実写化ブームの元祖ともいえるX-MENの第3弾です。2000年、アメリカで試しに作ってみたみたいなノリで封切られたX-MENは、思わぬヒットを記録したのでした。恐らくこの映画がなければ、デアデビル、スパイダーマンなども実写化されなかったかもしれませんし、もしかしたらバットマンをはじめとする、いわゆるビギンズモノの全盛の流れも変わっていたのかもしれません。日本でも原作がマイナーな割にX-MENがヒットしたのは、サイボーグ009など石ノ森(石森、あるいは石乃森)章太郎をはじめとする超人(?)モノが浸透している土壌も影響していることでしょう。ファンタスティック・フォーと超神ビビューンが激似ということもありますし。

X-MEN:ファイナルディシジョン(以下X3)は、X-MENとX-MEN2を観ていないと「これ、誰よ?」という感じになってしまうのですが、いつもの通りCinemaXでは、シリーズものでも対象作品を初めて観るものと判断して評価することにします。

アヴァンタイトルでは、2つのエピソードが示されています。第2弾で死んだ(はずの)ジーンがプロフェッサーXと初めて対面するシーン、そして、インパクトはあるものの恐らくこれまでストーリーに絡むことがなかったエンジェルの幼い頃のエピソード。そこからタイトルへ。タイミングは自然ですが、この唐突なテンポでの入り方は、観ている側をドキドキさせてくれます。アヴァンタイトルのエピソードを後にどのように拾うか、これもポイントになります。

ターン1までの評価「B」

冒頭から、ストーリーはちょっとややこしいのが気にかかります。説明の内容も中途半端ですし、かなり後になってその真相が説明されたりなんかします。ストレートに話が展開する映画も退屈なのですが、これはX3から初めて観る観客にとっては、ちょっと不親切な映画なのかもしれません。ちなみに、プロフェッサーXが学園の子供達に講義を行うシーン、これは無駄なシーンではないので、しっかりと記憶にとどめておく必要があるでしょう。

X3のポイントは、ジーンの二重人格にあります。行動で二重人格なのかなと分かるシーンはあるのですが、最初はプロフェッサーXがジーンは二重人格だの、凶暴な人格は封じ込めただの口で説明するだけだったりします。ジーンは、目の色や表情で人格の違いを表現するのですが、服や肌の色が変わるとかいう、もっと分かりやすい表現であれば、観ている側ものめりこみ易くなるのかもしれません。

ターン2までの評価「A」

いろいろゴタゴタ、グチャグチャしているなかで、エロいようで実はそうでもないキャラクター、ミスティークが人間に戻り、マグニートーに見限られてしまいます。このシーンは少しドキドキします。ひっくり返すと水着の女性が裸になるエロボールペンみたいです。噂では監督が変わり、それまで封じ込められていたエロが解禁されたといわれていますが、ジーンに挑発されるウルヴァリンのシーンといい、やや大人の映画という感じがします。ついでに見限られたミスティークのエピソードをどう拾ってくれるのかにも気を留めておきましょう。

冒頭にも少しあるのですが、中盤からはドカドカと派手なアクションシーンが増えてきます。実はこれらのシーンの多くが必然性のあるシーンではなく、観客を楽しませるかのようなタイミングで挿入されています。まるで10分に1回は絡みを入れるという暗黙のルールがあるらしいピンク映画のようにムリムリにミュータントが大暴れしています。つくづく、ハリウッド映画って金がかけられるんだなあと思います。

終盤は、恥ずかしいコスチュームに身を包んだマグニートーが、ゴールデンゲートブリッジを持ち上げ、アルカトラズ島に直結してしまいます。東京でいえば、レインボーブリッジを持ち上げて晴海ふ頭にぶつけてしまうような無茶苦茶さです(余計ややこしい?)。率いるミュータントの数が尋常ではないのですが、船を使えよと言いたくなるほどCGに金をかけています。

最終評価「B」

内容は特にない映画なのですが、ストーリーについていけなくなっても何も考えずにアクションだけを楽しめる映画です。ミュータントはそれぞれ俗世、浮世の名前があってややこし過ぎるので「火を出すやつ」「凍るやつ」「嵐を吹かせるやつ」「傷が治るやつ」という覚え方が出来るので単純明快です。本編のクライマックスは無理矢理お涙頂戴の話にしてしまって鼻につきましたが、ストーリーの持って行き方としては、こういう終わり方しかないのかなと思いました。ようやくストーリーに絡めたエンジェルもタイミング良く登場します。主役級ミュータントと絡まない登場の仕方は、彼の能力がストーリーに大きく影響することがないので、評価が高いといえます。

ちなみにミスティークのその後も控えめながらきちんと拾われています。人間になるか迷ったローグのその後もきちんと拾っています。蒔いた種がきちんと拾われている映画なので、X3緻密な計算をもとにストーリーが組み立てられていることが予想されます。構造的に駄作になりようがない映画だといえるでしょう。クライマックスの盛り上がりに物足りなさを感じますが、ヒットするも頷けます。ちなみにCinemaXでは最低ランクのF評価だった「日本沈没」は韓国に進出し、「ゲド戦記」は興行収入のトップを驀進し続けています。逆立ちして観るとか、片目をつぶって観るとか、何か面白い観方が出来る方法が見つかったのでしょうか。いずれにしても恐ろしいことです。

ラストシーンは、普通のおっさんになってしまったマグニートーが、オープンカフェで詰めチェス(?)をしています。ラストシーンで指差すのは、アルカトラズ島で無駄死にさせてしまったポーン(兵)なのか、キングなのか、その答えと思われるシーンは、エンドロールの後に待っています。僕が観た日でもエンドロールで半数以上は席を立ってしまいました。これを観ないと、全てが台無しになってしまうといえます。最後の最後のシーンは、プロフェッサーXが学園での講義で行った内容から繋がっています。ほんの十数秒のシーンですが、これを観てしまうと、ファイナルデシジョンといっても、そうではないかもしれませんし、コミックは続くよということを示唆しているようにもとれます。いずれにしても思わずほくそえんでしまうような、洒落た終わり方でした。

この終わり方があまりにも小気味良いので、本編の最終評価はBの映画ですが、+評価としてAに格上げしてもいいぐらいの映画です。DVD化されてからご覧になるのも良いですが、アクションシーンを楽しむなら劇場で鑑賞されることをお勧めします。

鑑賞日:平成18年9月9日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:220/549席
感涙観客度数:若干
※各ターンは個人的に設定、感涙観客度数は場内の鼻すすり音で推定。
個人的に泣けるシーンはないと思います。

演劇界出身で映画出演はX-MEN以降、ロード・オブ・ザ・リングシリーズやダ・ヴィンチ・コードなどヒット作に恵まれたイアン・マッケランの老骨に鞭打った演技も見ものです。
ついでに紹介!

劇場鑑賞前にまとめて予習しておきたいあなたに。

いろいろあってややこしい原作本の一つ。

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September 09, 2006

執拗

お昼のFNNニュースを見てびっくりしました。婦女暴行未遂、酒気帯び運転、接触事故、婦女暴行未遂などなど、公務員の不祥事を立て続けに報じていました。週に数日、歯科医として勤務する非常勤職員の酒気帯び運転まで混ぜこぜにして報じるのは、執拗ともとれます。プールでの女児死亡事故をきっかけにひところは全国のプール事故が急増しているかのように報じられていました。あのような煽り方は、自治体の安全管理の徹底を訴えるうえでは多少意味があるかもしれませんが、利用者を混乱させる危険性が高いといえます。ただ、今回の執拗な報道は、公務員の皆さん、いま一度気を引き締めなさいよ。と警告するうえでちょっとだけ意味があるような気がします。

地方自治体では、先般の福岡市職員の酒酔い運転で3人の子供が死亡した事故や岐阜県庁の裏金作りなどが大きな問題になっています。片や事故後も逃走しようとしたり、友人に身代わりを頼んだり、水を飲んで証拠隠滅を図ろうとしたり、片や組織ぐるみで裏金作りをしていたのに、当時のトップは何も知らなかったとシラを切る…それでも、監督責任はあるでしょうに。こういうモラルが全くない役人に対して民間人の多くがペコペコする世の中が理解できません。中央官庁でも最近、来年度予算の概算要求が行われましたが、くだらない項目に予算をつけてもらうため、理不尽な行政指導などを避けるため、万が一問題を起こした時のために穏便に済ませてもらうために(?)親子のような歳の差の役人にペコペコ頭を下げる民間の人々をよく見かけます。人間性など関係なく、階級だけでこういう格差がついてしまう世の中はやはりおかしいような気がします。

もっと不可解な面が多いのが政治の世界です。最近では、貸金業規制法改正案に関して、不可解な動きがありました。グレーゾーン金利を解消することが目的のはずなのに、改正案ではややゾーンを狭めただけで合法化してしまうという、議員年金も真っ青のバレバレの誤魔化しが改正案として打ち出されました。さすがにこれは国会議員の中にも反対論が多く、金利は多少引き下げられそうですが、それでも貸金業優遇の法案と批判されても仕方がないでしょう。

利用者が自殺に追い込まれるほどの状況の中で、何故、貸金業に配慮してしまうのかは、国会が世論の反発を受けながらも住専処理や銀行支援のために巨額の資金投入を決めてしまったこと、一昔前と違って大手消費者金融の多くが銀行の傘下にあることなどがヒントになるでしょう。バブル期に自分たちが大暴れしたツケを銀行に背負わせた負い目からか、それとも政治献金に対する見返りかどうかは分かりませんが、貸金業規正法改正案は、恐らく銀行に対する優遇であり、ひいては国会議員(もちろん一部の人間でしょうが)自らを優遇したいのだろうということが予想されます。ちょこっと変えたふりをして、根本的な解決にはなっていない議員年金廃止と同じ発想なのでしょう。国民はそんなにバカじゃありません。

この問題に関しては大手メディアも世論の追い風を感じたのか珍しく、激しい批判を繰り返していますが、こういう理不尽な法案も衆議院で自民党が圧勝し、自公が結束している状態なら、簡単に可決されてしまうのが現在の国会です。郵政民営化YESかNOかは、自民党の政策にYESかNOかという考え方に摩り替わっているのですから。天引きがみるみる増えていく毎月の給与明細をみていると、本当に腹が立ちます。公明党はこの先もし、自民党との連立を解消した場合、現在のこの無茶苦茶な政治をどう評価するのでしょうか。「公約は守り続けた」と言われても嘘っぽく聞こえますし「あれは間違っていた」だけでは済まされないと思うのですが。
Sora_1

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September 07, 2006

おめでたい

秋篠宮妃紀子さまが男子を出産しました。まずはおめでとうございます。昨日のテレビは、うんざりするほど皇族方の映像を見ることが出来ました。紀子さまの身体を張った壮大なプロジェクトは、超高度な男女の産み分けが試されたのかもしれないなということが推測されます。それ以上に微妙な空気が感じられるのは、現在の皇室典範では将来的に系図が少しズレてしまうこと(天皇家から弟宮=つまり秋篠宮家に皇位継承権が移動してしまうこと)、皇室典範改正に関する騒動に釘を刺すという、何だか政略的ともとれるようなタイミングで男子が誕生したことなどが挙げられるでしょう。

仕組まれたようなタイミングで皇室に男子が誕生したことに少し引っかかるものを覚えた人も多いかもしれませんが、皇位継承権が兄弟や親族の間で異動するのは歴史上、ありふれたことですし、政略的に男子を誕生させるということも珍しいことではありません。たまたま何代か続けて長兄が皇位を継承してきたまでのことで、我々一般庶民が皇位継承とはそういうものだと思い込んでいるだけに過ぎないといってもいいでしょう。今回は特に、国内の盛り上がりも最高潮です。愛子さまが誕生した時は、皇室にお子さまが誕生したという点では国内ではお祝いムードにシフトしましたが、微妙な空気が流れていたことは確かです。当時、男女平等の社会といいながらもこの空気は何だ?と疑問に感じたことを思い出します。

今回のお祝いムードも偽善の香りがプンプンしていました。今回こそ男子誕生に間違いなかろうという雰囲気で溢れていたので、こいのぼりまで準備する商店街まであらわれましたが、パンダの出産ではないのですから、生まれた子供に過度な期待をかけられるのが何だか気の毒に思えてなりません。産まれたのは男子なので、彼は国民がギリギリと押し付けている重圧を背負いながら育っていかなければなりませんし、仮に女子だったとしたら、微妙なエピソードを背負って生きていかなければなりません。仮に魂が順番に肉体に詰められてこの世に生を受けるようなシステムなら、前後の魂はそのへんの家にポンと産まれ、とある魂だけが24時間公務という物凄い運命を背負って産まれてくる…この差は何なのだろうと考えれば考えるほど、夜も寝られなくなりそうです。

女性天皇、女系天皇を目指す皇室典範改正はこれでクールダウンすることと思われますが、前にも日記で触れたとおり、女性の社会参加という流れに乗って、なにが有識なのかが分からない有識者の皆さんを集めて行われた、たった数回の会議によるとりまとめを契機に長らく父系で継承されてきた天皇家の流れを変えてしまうことは、時期尚早の感が否めませんでしたから、先送りすることも悪くはないでしょう。ただ、内親王は結婚すると臣籍降下するというルールでは、将来的に皇族そのものが減少してしまいます。

そこで、あらためて旧宮家を皇族に戻すという考えが浮上しています。皇族の男子誕生でこの話題は立ち消えになるかと思いきや、テレビでは最近でも両論併記ということで時折、持ち上がります。最も注目されるのが旧皇族の家系で育ったあの若者です。ここで何度か触れましたが、彼はいろいろなエピソードを持っていて、父親から「お前には職業選択の自由はないと言われた」というものの、様々な肩書きを背負って社会に登場しては消えていたのを目撃した人が大勢います。そんな僕も、ガソリン添加剤を売る彼に出くわしたことがあります。職業が選択出来ずに、あの仕事をやっていたのかなあと首を傾げてしまいます。まあ、どうでもいいことですが。

偽善といえば、山口の高専生殺害容疑で指名手配されていた少年と思われる遺体が発見されました。指名手配しても名前や顔すら分からず、一般市民も情報提供のしようがないなかで、こうした結末になる可能性があることを予想していた人は少なくないはずです。少年法という壁があるにせよ、バイクや服装の特徴を小出しにして情報提供を求めるとは、山口県警は一体何がやりたかったのでしょうか。少年は事件発生直後に自殺した可能性が高いとみられていますが、何があっても少年犯罪者の人権を尊重するという偽善的な判断だけで身内だけで捜査を進め、殆どないと言っていい情報で一般市民から情報を募る…それで警察が説明するように最大限捜査に努力したといえるでしょうか。

少年が仮に数日間逃走して、手段がなくなり自殺したとするならば、捜査の手をこまねいている間に自殺してしまった桶川女子大生ストーカー殺人の主犯の男のケースに酷似しています。秋田での2児殺害事件でもそうでしたが、警察の初動捜査の手ぬるさが事件を大きくするケースが多発しているように思います。殺害された高専生の両親は「同級生には20歳の人もいる」とコメントしていました。仮に容疑者があと数ヶ月早く産まれていれば、公表された情報をもとに即座に逮捕され、動機が判明し、一生をかけてでも罪を償うことを求めることが出来たはずです。犯罪と年齢に関する問題は、度々クローズアップされます。日付変更線のようにどこかに線引きをしなければならない問題なのですが、今回のような特殊なケースでも頑なに実名や顔写真の公表を拒み続けた山口県警の頑固さ、偽善的な態度、そして硬直的ともいえる少年法の考え方そのものに疑問を感じます。

マスコミにも不信感を抱いてしまいます。和歌山毒物カレー事件などによる行き過ぎた報道を反省して、凶悪事件に関する報道では横並び精神が一層強まったとされる大手メディアですが、秋田2児殺害では加害者を追い回しながら、彼女が逮捕されるまで一切報道せず、逮捕されるや否や、映像を残り一滴まで垂れ流すという陰険さが目立ちました。今回もそうです。容疑者の遺体が発見され、実名や顔写真が公表されるや否や、写真からモザイクを外し、実は分かっていたんだよとばかりに今まで蓄積していたことを一滴残らず垂れ流そうとしています。これで少年法の矛盾を突く資格はあるのでしょうか。

ジョンベネちゃん殺害容疑で男が逮捕されましたが後日、無関係であることが判明されました。いかにも怪しげな風貌も手伝って、アメリカのマスコミはこの男の過去の履歴から素性まで細かく報道する一方、ジョンベネちゃんの家族までも容疑者扱いにした当時の過熱報道を自ら批判していました。当時からアメリカからのニュースソースを鵜呑みにしてしまっていた日本のマスコミは今回も同調していましたが結局、当時と同じ轍を踏んでしまいました。大手メディアの方々は、こういうのは横並びだから大丈夫と思うかもしれませんが、今はインターネットで個人間で情報がやりとり出来る時代です。与えられたソースを料理するだけでは、そのうち存在価値そのものがなくなる可能性があることを肝に銘じるべきでしょう。
Himawariri

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September 06, 2006

キンキーブーツ

CinemaX第102回目。

監督:ジュリアン・ジャロルド
脚本:ジェフ・ディーン、ティム・ファース
音楽:エイドリアン・ジョンストン
出演:ジョエル・エドガートン、キウェテル・イジョフォー、サラ=ジェーン・ポッツほか
上映時間:107分
(公式サイトはここ

「半端もの」

話題になっているキンキーブーツです。情報誌やテレビなどで紹介されたからか、シャンテシネでは土日水曜日に9時台の上映を追加したほか、事前に2週間分のチケットを発売するという異常事態です。映画評論家もプロアマ問わず諸手を挙げて評価する人が多いなか、そんな面白い作品だったら全国で4館のみの上映(9月5日現在)にはならないような気もするのですが、一方で単館系の映画はごく稀に珠玉の作品が突然変異のように出てくることもありますので、十把一絡げにも出来ず…果たしてCinemaXの評価やいかに。

キンキー…の一番の特徴は、シーンの切り替わりやカットのテンポの良さです。これは、映画の冒頭から既に味わうことが出来ます。おまけに、冒頭の何分かのシーンでああなって、こうなって、こういうオチ…そして、父が急死して靴工場を継がざるを得なくなった主人公、チャーリーが必死に工場を立て直そうとするという映画の筋を最初の段階で簡略に説明しています。これで、映画の冒頭に必要な5W1Hが揃いました。

ターン1までの評価「A」

ゲイのローラが登場し、彼女(?)のためにチャーリーはキンキーブーツを作り始めます。心は女性でも身体は男性のため、女性もののブーツではヒールの強度に限界があるので、チャーリーは彼ら(?)向けのブーツを作ろうと考えます。ニッチな分野に潜り込むことは生き残りには必要なわけで、大手商社と製紙会社がどうして北越製紙を争奪していたのかというと、あの会社は高級紙に特化したメーカーだからです。紳士服販売チェーンのシェア争いもそうでしたね。アオキとコナカが争ったフタタは九州に特化した会社ですので、これもニッチな会社といえるでしょう。

詳しいストーリーは、いつものように公式サイトや他の映画系ブログなどを参照いただくとして、冒頭に示したとおり、キンキー…は、テンポの良さを特筆すべきでしょう。ミュージカル映画とはいかないまでも、少なくとも監督や実際に編集を行ったスタッフなどは、自分で音楽をやっていたのかな?と思いたくなるほどです。例えば、資生堂TSUBAKIで、ようこそ日本へ~(以下歌詞が分からない)ホニャララララ~ホニャララ~ホニャ~ラ~ラ~ラ~ラ~●●●←この部分」テンポに併せて特徴的な商品のボディが素早く切り替わります。これも「ああ、面白いな」と思うのですが、キンキー…も同じような上手さが感じられるカットが随所に出てきます。

TSUBAKIで分かりにくければ、エヴァンゲリオンのオープニングで、だ~け~ど、き~み~は、き~づ~く、でしょ~お、そ~のせな~か~には~の後のシロフォンっぽい音が5つ重なるのですが、そのテンポに併せて画面が切り替わる感じです…なおさら分からないか。起動戦士ガンダムのオープニングで「うてよ~うてよ~うてよ~」の部分で画面が切り替わるのも遠からず、です。

ターン2までの評価「A」

ローラが抱える宿命というか、悲哀などで周囲のお客さんは涙ズルズルの人も多くなってくるのですが、この映画には何かが欠けていることに気付きます。それは、「人物の心の変化」です。はっきりと変わるのは、ドンという従業員の男だけで、主人公のチャーリーも後半は頼もしくはなりますが、どうも製作者サイドが無理にそう設定したという「あやつり糸」が見え隠れしてしまいます。ローラもそうです。クズ置き場にいて「心が休まる」と言ったのはなかなか良いなとは思ったのですが、実際にはこの人も特に心が変化することはありません。

最も問題なのは、チャーリーとローラの喧嘩のシーンです。クライマックスに向かう前の曲がり道的なシーンなのですが、チャーリーは別人格が憑依したように突然、ローラをののしり始めます。そのきっかけは婚約者の浮気なのですが、婚約者に対する情熱も感じられなかったため、どうしてそんなに火がついたように怒り始めるの?と不思議でなりませんでした。チャーリーは後になって「あの時は無用な男だと思った」と告白するのですが、それだったら間男や婚約者が「お前は無用な男だ」などとチャーリーに印象付けるようなセリフを直接的でも間接的でもぶつけるようなシーンを入れておけば、その後の荒れ狂う姿も説得力が出てくるのですが。

ターン3までの評価「C」

曲がり道の部分は大いに疑問でしたし、ドンの改心(?)を皮切りに従業員が戻ってきて夜の工場で働くのは、プロジェクトXを100倍誇張したような設定で少し現実的ではないように感じました。加えて、ローラがミラノに登場するまでの過程は、例えば、チャーリーからローラへの留守電を後にもってきたりとか並べ替えを駆使したにも関わらずそんなに効果的であるとは感じられなかったこと、冒頭のシーンとかぶせるのはいいのですが、どこでどうやってローラが喧嘩をしたチャーリーを許し、ミラノに乗り込むことを決心するのかの説明も弱かったような気がします。おまけに留守電のメッセージもごく普通。それでいて周囲からは鼻をすする音…なんか、騙されてない?と首を傾げてしまいました。

とはいえ、最後のショーは見ものです。恐らく、この映画で一番の見所でしょう。そこまでひっぱる前説(?)もちゃんとありますし、しっかりオチも組み込まれています。以前のシーンと重ねるというのも作り手の巧さを感じます。クライマックス後の締めもなかなか余韻のあるものでしたから、あの曲がり道の雑さが悔やまれてなりません。

最終評価「A」

終わり良ければ全て良しということでA評価ですが、どうもストーリーの中にエピソードをごちゃごちゃ入れすぎているような気がします。実話をもとにした映画は、実話に振り回されすぎてしまう一方で、無理にオリジナルのエピソードを混ぜようとするので支離滅裂になってしまう映画が多いような気がします。キンキーブーツは空中分解は免れていますが、107分の映画にするならば、もっとエピソードを削る必要があるのではないでしょうか。特に工場の従業員やチャーリーと婚約者とのエピソードなどは不必要に多いような気がします。

A評価でも、もっとエピソードを取捨選択すれば、もっともっと上に行ける映画だと思います。そういう意味から「面白いが、半端もの」というレッテルを貼ってみます。前述の通りシーンの繋ぎやカットのタイミングは巧みで、ショーも見ていて楽しいので必見の映画といえるでしょう。特に親から会社を継いで、辛い営業も経験せず革張りの椅子にふんぞり返っているような社長さんなどにお勧めしたいと思います。

鑑賞日:平成18年9月5日
劇場:シャンテ・シネ
観客数:200/224席
感涙観客度数:多数
※各ターンは個人的に設定、感涙観客度数は場内の鼻すすり音で推定。
数字上は空席がやや残っていますが、自由席の時はクソ混雑している状況でも荷物の座席まで頑なに確保し続けるおばちゃんが多いため、体感的には満席でした。きっと、レディスデーである水曜日はさらに恐ろしい状況になっていることでしょう。

Kinky
ロビーには、文化服装学院の学生さんたちによる「キンキーブーツ」を展示。実際に履いてウロウロしているわけではありません。

ついでに紹介!

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September 02, 2006

みそくそだね~

9月1日から高速道路のガソリン価格が大幅に値上げされました。昨日のニュースなどで何度も取り上げられていましたね。高速道路のガソリンスタンドの価格は、「地べた」の価格動向を見て決定されるため、一ヶ月のタイムラグが発生します。一昔前は原油価格は現在ほど乱高下することもなかったので、価格差はさほど目立ちませんでしたが、今年8月のような大幅な価格差もここ数年、何度か発生しています。

8月の逆転現象は、地べたのガソリンスタンドの大幅値上げと夏休みのガソリン需要が重なったことで、テレビで派手に取り上げられました。その影響で本来、高速道路上でガス欠を起こさないために燃料供給をすることが目的のはずのSAのガソリンスタンドは長蛇の列。まるで非営利団体がガッポリ儲けているという不可思議な構図でした。一方で地べたのガソリンスタンドは閑古鳥。この状況だと、どういうわけか業界の悪しき習性(消費者にとっては悪いことではありませんが)である価格競争が発生してしまいます。

某大手経済紙などを中心にレギュラーガソリン価格が140円に乗ったと大騒ぎしていますが、140円台の価格表示をしても実際には値引きが横行しているのが現状です。まさに「看板に偽りあり」の状況です。それはいいとして、昨日の報道のひどいこと。高速道路のガソリン価格がどうして値上げになるのかは触れずに、消費者にはまるで市場原理で値上げになったかのように受け止められかねない伝え方が気になりました。道路公団は民営化され、通行料金はさまざまな割引が適用されて、以前のお役所仕事の頃に比べると随分と利用しやすくなりましたが、いっそのことガソリンも自由価格にしてはどうかぐらいの問題提起はしてもらいたいところです。

それは百歩譲って、高速道路のガソリン価格の値上げに続けて、タクシー会社の燃料費節約の工夫を取り上げていました。これこそミソクソです。タクシー(特に会社タクシー)の大半はブタンなどのLPガスを燃料としていますが、ガソリンと一緒くたにしてしまうのは無理があります。LPガスは、製油所で原油処理をして生産されますが、大半はLPガスそのものの輸入に頼っています。その輸入価格は原油価格に影響を受けますが、必ずしも直接的な関連があるわけではありません。

恐らく僕の予想では…「高速道路のガソリン価格が上がっている」→「それだとタクシー会社はきついだろう」→「タクシー会社が燃費節約の取り組みを進めている」→「面白そうだから取材しよう」→「でも、タクシーの燃料はLPガスみたいだ」→「似たようなものだから、一緒に扱ってしまえ」ということなのではないでしょうか。タクシーの取り組みも昨日からいきなり始めたことではないでしょうし。テレビや一般紙は影響が大きいのですから、煽るなら、煽ると世間にどういう影響があるかぐらいは予想して、煽ってもらいたいものです。

煽るといえば、米国産牛肉です。持ち上げたり、落としたり。吉野家が牛丼を再開すればテレビや新聞は「牛丼復活」とバカ騒ぎをするでしょうが、吉野家以外の牛丼チェーンは豪州産や国産の牛肉を使用して牛丼を復活させていて(らんぷ亭は中止すらしていない)、「牛丼が店頭から消えた」という見方は形骸化しています。吉野家の牛丼復活は近いようですが、この状況を踏まえて、テレビや新聞がどれだけ誇張しながら報道するのか、注目してみるのも面白いかもしれません。

誇張といえば、高校生クイズです。関東大会の収録でお笑いタレントが赤坂御用地に緊急着陸してしまったという、今年はまさに風向きが怪しい感じがしましたが、意味不明の「世界決戦」でそれが現実のものとなりました。高校生クイズの優勝校が、米国、韓国の同種の番組の優勝校と対戦するという、亀田兄も真っ青の超でっちあげ「世界決戦」です。しかも先日のテロ計画騒動で米国の出場校は不参加。日韓で決戦をして勝てば世界一という、極めて微妙なルールを押し通したのは、立派だと錯覚してしまいそうです。

日本テレビは何年間も視聴率3冠、5冠の座を守り続けたものの、麹町を離れた途端に転げ落ちてしまいました。ひょっとしたら汐留は風水的に良くなかったのかもしれません。それ以降は、視聴率のドル箱だった巨人戦も低迷、延長は愚か、シーズンど真ん中で放送すらされない怪現象も見受けられました。プロ野球人気の低迷が一番の要因とみるむきも多いようですが、日本テレビの野球中継は、巨人のチーム力を悲しいまでに誇張しながら、アナウンサーがやたら絶叫するだけ(例えば、平凡な外野フライでもホームラン一歩手前のような勢い)なので、視聴率が低迷するのは当たり前のような気がします。加えて、内容の全くない中畑氏を解説に起用したり、もっと工夫したほうがいいんじゃない?と思ってしまいます。

工夫といえば、巨人の応援です。半1軍の選手まで丁寧に歌詞までつけた応援歌を作り、必死に歌っていた一昔前の応援はガラリと変わり、ここ数年は他球団の応援をそのまま引用(早い話がパクり)しているのが目立ちます。オールスターゲームでは他球団の応援が本当に楽しかったのですが、巨人だけはサッカーのサポーターそのまんまの応援をするので、恥ずかしくてたまりませんでした。オールスター後は巨人の連敗のドン底の状況で東京ドームでは延々と原監督の現役時代の応援歌が鳴り響きました。あんな良い曲を作ることが出来るのですから、巨人は巨人らしい応援を貫いて欲しいものです。ほんとに。
Kaeru

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September 01, 2006

概況(18年8月分)

冥王星が惑星から矮小惑星に降格しました。これにともなうあちこちでの影響が針小棒大に報じられていましたね。冥王星は、1930年にアメリカのトンボー氏によって発見されました。僕の記憶違いでなければ海王星の軌道に影響する惑星がある可能性が指摘され、海王星の軌道から逆算して位置を割り出し、トンボー氏の予告通り発見されたのが、冥王星でした。小惑星を挟んで外側の木星型惑星である木星、土製、天王星、海王星はおおむねガスで構成されているのに比べ、冥王星は岩石(氷?)で構成されるなど地球型惑星や衛星に近いこと、衛星には冥王星よりも大きな天体が数多くあることから、太陽系のいずれかの惑星の衛星が飛び出して惑星のような軌道をまわり始めたなどの説があり、もとより惑星としての定義がグレーでした。

今年の国際天文学連合の総会では、冥王星に加え、冥王星の衛星であるカロンや2003某という名もなき星を惑星として加えようという動きもありましたが、だったら冥王星の位置づけをはっきりしろという論法に摩り替わってしまい、哀れにも冥王星は矮小惑星に降格してしまいました。歌詞をつけて大ヒットした「ジュピター」の原曲であるホルストの組曲「惑星」は、1915年ごろに作曲されたため、幸いにも(?)海王星までしか収録されていません。その後、近年になって別の作曲家が冥王星を加えた組曲「惑星」を発売し、今回の騒動で売り切れ状態のようですが、原曲を聞いても分かるとおり明らかに海王星で完結している曲なので、何故このCDが売れるのかがさっぱり分かりません。

ちなみに、組曲「惑星」の演奏はいくつか聴きましたが、マゼール指揮のフランス国立管弦楽団のものが、派手で面白いかもしれません。跳ねるような演奏が特徴的な水星、胸があつくなる金星、火星では5本足の火星人が更新するおどろおどろしさ、ホルンが吠える木星、電子楽器の大音響で必ず目を覚ます天王星、静かにエンディングを迎える海王星、印象がいまいちの土星。是非、ご一聴下さい。

Himawari

さて、8月の概況です。

8月の重心指数
普段の仕事:60(-10)
シナリオ:15(+10)
その他:25(±0)横這い
(カッコ内は前月比ポイント増減)

~8月の概況~
「普段の仕事」10ポイント反落
9月にまた1人減り、またしても補充なし。増えた仕事の分給料をアップするという案もありましたが「そういう条項はみんなでカバーするもの」という平等好きな偽善者様のお陰で有耶無耶に。言っている張本人が仕事を周りに丸投げしているだけだというのに。Sさんのように金の話をしたくはないのですが、とばっちりで増えた仕事ぐらいの分はどうにか補償してもらいたいものです。10月のイベントに目がくらんで動けずにいますが、いざというときは全てを捨てて会社を去る…かも。

「シナリオ」10ポイント反発
シナリオシーズンに入ったということもありますが、もしかしたら節目になるかもしれない時期にさしかかっているかもしれません。

「その他」横這い
クレイアニメでちょこっと作品をこしらえて応募してみようと思ったものの、キャラクターを歩かせるのが精一杯の状態で締め切りの9月20日が迫っています。もう一度仕切直しです。スポーツクラブに通ったのは12日。前月比10日増。1日1プログラムなので運動量はたいしたことはありませんが、日数だけでみれば大躍進です。

~体位の変化(それは、意味が違います)~
「身長」±0cm
「体重」-1㎏
意外に締まって1年ぶりに1サイズ小さいスーツが入ったのですが、5㎏減は無理でした。スポーツクラブに通うこともさることながら、豆腐や納豆を食べ、酢を飲んでまずは内臓脂肪を減らしたいところです。

ついでに紹介!

噂の惑星(冥王星付き)。

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