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May 31, 2006

おおーっ

今朝の通勤電車、心なしか混雑していましたね。恐らく、殆どの人々の活動が2時間ぐらいフリーズしていたからだと思います。で、7時からドッと動き始める。そうです、サッカー日本代表の親善試合です。結果は2-2。「本番じゃないし、ドイツ相手にドローだから、まあいっか」と片付ける雰囲気が大勢を占めているのがいかにも日本的ですね。そういえば最近の日本代表の試合は「おーっ、おーっ、あ~」から「おーっ、おーっ、おおーっ!」というような展開が多くなりましたね。以前は唯一の得点パターンといってもよかったセットプレーではなく、豪快なゴールも増えましたし。逆にセットプレーで点を取られたのはたまにキズですが。

誰がダメだ、あの選手は良かっただのという評価は、もっともっとサッカーに詳しい人々に任せるとして、今回の日本代表の試合は楽しみが多そうです。下手をすれば暴走ともとれるぐらいの川口選手のプレッシャーはいつみても楽しいですね。おまけに時折、神がかり的なセーブを見させられると「これで得点されたら仕方ないな」と諦めることも出来ます。今日はヘディングも見ることが出来ました。

さて、芸術選奨受賞者の絵画の盗作疑惑が持ち上がっています。東南アジアのコピー商品のようにバレバレなのに、疑惑の渦中にある画家は、ピカソだって盗作をやっているとか、模倣されたイタリア人画家への当事者に敬意を示すものだの言い訳もさまざま。もし、イタリア人画家のもとを訪れて訴えないよう懇願し謝罪をしていたとなれば、大問題でしょう。リスペクトやオマージュなど、芸術にはややこしい部分がありますが、パクりとは完全に異なります。

例えば、「スターウォーズ(エピソードⅣ)」で砂漠を歩くドロイドのシーンは、「隠し砦の三悪人」の2人の農民のシーンに重なることはあまりにも有名な話。ジョージ・ルーカスの黒澤明氏に対するオマージュということですが、例えば、これを件の画家が監督をしたとなると、スターウォーズに藤原釜足たちが登場することになるわけです。メチャクチャ。それに、この画家の言う「専門家に見せれば構図が違うだろう」と言うというのは、一般庶民の目をあまりにも見下した発言です。実際、そっくりなわけですから。口元にご飯粒をいっぱいつけておいて「つまみ食いなんかしてないよ」と言っているのと同じです。

昔の日本人は、潔く非を非と認めるようなことに美徳を感じる部分もあったようですが、現代では嘘でも罪でも交渉でどうにかなることもある欧米流に社会が染まっていったのか、明らかに嘘であるはずなのに、交渉次第で嘘が掻き消される世の中になっています。最近起きた数々の凶悪事件でも、加害者は被害者を惨殺しているにもかからわず殺意はなかったとか、心神耗弱状態にあったなどという主張ばかり。弁護士もそれが仕事なのでしょうが、これほど安っぽい主張を繰り返されては、今後、実際に加害者が心神耗弱状態にあったケースまで嘘として黙殺されたり、当の弁護士の方々が問題視する冤罪の土壌を作りかねない状況にあるといえなくもありません。

例えば、嘘が歪められて掻き消されるような世の中になると、少年への性的虐待に対し限りなくクロの米国のあの超大物歌手のように、堂々と来日出来るわけです。そして、子供相手にパフォーマンスを繰り広げ、それを見てキャーキャーとわめくファンたち。神経がどうかしています。殺人事件で限りなくクロのあの超有名アメフト選手も、人種差別という歪んだ論点で無罪を勝ち取っていますね。これこそ、嘘が交渉次第で掻き消される典型だといえます。

日本では間もなく、裁判員制度が始まります。米国などの陪審員制度とは趣が異なりますし、隔離された社会に生きている故に世間知らずの人間も少なくはないといわれる裁判官の思考回路に新風を吹き込むということではいいのかもしれませんが、裁判員に指名された一般市民が公平中立に物事を考えることが出来るかといえば疑問が残ります。例えば選挙だって、収賄事件で有罪判決を受け失職した人間が、仮釈放中にもかかわらず出馬し、当選することすらあるわけですから。
Kuroneko

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May 29, 2006

明日の記憶

CinemaX弟91回。

明日の記憶
監督:堤幸彦
出演:渡辺謙、樋口可南子、坂口憲二、吹石一恵ほか。
上映時間:122分
(公式サイトはここ

「長嶋巨人」

予告編を観た時、「東映がまた、しでかした」と思った「明日の記憶」です。セカチュー以降乱発された不思議系感動モノの映画の最後塵を拝した「四日間の奇蹟」、アカデミー賞にノミネートされ箔のついた渡辺謙と吉永小百合を担ぎ出して、セカチューの監督を起用してどうにかなるだろうと思ったものの、どうにもならなかった「北の零年」など、最近の東映は周りに迎合して映画を作り、後追いである故に時期外れに公開する傾向にありました。それでも大失敗と批判されないのは、空前の映画ブームだからといえるでしょう。分母が大きければ、ダマされて観る人も増えるわけですから。

明日の記憶も同じです。不治の病に侵されて、周囲の人間とのやり取りを通じて観客を感動させる…韓流映画を含めて最近の流行の一つといえるでしょう。それを今?何故?という疑問ばかりが残ります。おまけに渡辺謙を起用し、監督は職人、堤幸彦です。キャストと監督をそれなりの人にすれば、どうにかなるだろうという安易さが見え隠れするのでさらに腹が立ちます。とはいえ、使い難い株主優待券を使い切るには、この映画を観なければなりません。

映画の内容は予告編そのまま、若年性アルツハイマーに襲われた中年サラリーマンと、妻を中心とした周囲の人間との関わりを描くものです。それ以上は何もありません。ただ、このシンプルさが、意外な効果を発揮してしまいます…キャストの演技力です。特に、渡辺謙の鬼気迫る演技はあまりにも強烈です。どうして安易に告知してしまうのかという点は少し疑問ですが、それを知った時の渡辺謙の壊れようには驚かされます。生死の境をさ迷った人だからこそ、こういう演技が出来るのかなと思いました。叫ぶだけなら誰だって出来ますが、それにずっしりと重みが加わる…とにかく凄すぎます。

渡辺謙までとはいかないまでも、香川照之、大滝秀治など周囲の俳優の演技力も目立ちます。特に妻を演じる樋口可南子は、こんな良い女優だったかなあと悩んでしまうほど。観る前からボロカスにこき下ろしていた自分に反省です。少しだけ。

ターン1までの評価「B」

広告代理店でバリバリ働いていた主人公は、若年性アルツハイマーを煩ったばかりに最前線から少しづつ後退していきます。自分の責任ではないのに、病気になったばっかりに仕事の失敗を繰り返し、閑職に飛ばされ、退職を余儀なくさせられます。この凋落があまりにも痛いです。何故、すぐに辞めなかったのか、娘の結婚式で訪れる難題をどう克服するのか、決して派手な展開ではありませんが、見応えはあります。渡辺謙の演技はもちろん、クライアントの社長(?)を演じる香川照之の演技もかなり渋いです。

この映画は、堤監督独特の職人的な映像が出てきます。CGを使いすぎるという批判もあるようですが、精神世界を表現する必要のある映画ですので、全く問題ないといえるでしょう。ナレーションに頼ることも出来ますが、あえて使わなかったのも評価できるでしょう。主人公のナレーションはナンセンスですし、妻のモノローグを入れてしまっては単なる介護日記になってしまいますから。

ターン2までの評価「B」

終盤の見所は、大滝秀治が2度目に登場するシーンです。「あれは何だったんだ」ということをしつこく考える人もいますが、あえてどちらでもいいやと放っておいてもいいのかもしれません。その後、エンディングなのですが、この映画はあちこちにバラまいた問題がちっとも解決していません。泣きながら夫の後を歩く妻の行動が、これからの終わりの始まりを意味しています。

このような道徳の教育放送のような終わり方で同じ悩みを抱える当事者や家族が救われるかは分かりませんが、若年性アルツハイマーを多くに人に認知してもらうという意味では、存在価値のある映画といえるでしょう。「明日への記憶」は、キャストの演技力に大いに支えられた映画です。何故今の時期にこういう映画を?という疑問は残りますが、一度観たら印象に強く残る映画の一つになることは間違いありません。

最終評価「A」

流行りモノを手当たり次第集めたのは、金と巨人というブランドにモノを言わせて選手を掻き集めた長嶋巨人のようです。ただ、強い選手が集っても、結局は首位独走とはいかないのが不思議なところ。明日の記憶も話題性を追い、強い俳優やスタッフを集めたものの、伝説の邦画になるとは限らないのに似ています。東映は大奥も映画化するようです。恐らく視聴率だけを観て、時代劇ならうちだと飛びついたのでしょう。懲りませんね。

ただ、明日の記憶は、この手の映画としては時期外れで内容も地味であるために「絶対に観よう」という気にはなれない人が多いかもしれませんが、観ると意外に収穫のある映画です。例えば、吸引力はないけれど、迷い込んだゴキブリはイチコロで殺す捕獲器のような感じ。親子や夫婦などで観るといいでしょう。きっと、家族に優しくしたくなるはずです。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成18年5月26日
劇場:丸の内TOEI
観客数:240人/262席
感涙観客度数:不明
※各ターンは個人的に設定、感涙観客度数は場内の鼻すすり音で推定。

ついでに紹介!

原作本など。

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May 28, 2006

ダ・ヴィンチ・コード

CinemaX第90回。ダビンコ。

ダ・ヴィンチ・コード
監督:ロン・ハワード
出演:トム・ハンクス、オドレイ・トトゥ、イアン・マッケラン、アルフレッド・モリナ、ジャン・レノほか。
上映時間:150分
(公式サイトはここ

「Windows95」

今回は、期待度が異常に高いダ・ヴィンチ・コード(以下ダヴィンコ)です。おまけにA.I.やら宇宙戦争など微妙な映画が多いような気がしなくもない世界同時公開です。国内でも原作本がバカ売れして、まさに猫も杓子もという状態ですが、CinemaXの評価やいかに。

冒頭からいきなり、予告編でさんざん観させられたシーンです。そのシーンが何を物語っているか、出演している人物がどういう人間で、どういう関係なのかは、この辺りではアンテナを張り巡らせていれば、どうにかこうにか理解出来る様な気がします。ただ、原作本を読んでいないなど予備知識が全くないような方が観ると、この先に難関がいくつも立ちはだかることでしょう。

ターン1までの評価「B」

ダヴィンコは、キャスティングの濃さも特徴です。トム・ハンクス、ジャン・レノと灰汁の強い俳優のほか、アメリでの挑戦的な笑顔が妙に癇に障るオドレイ・トトゥ、ガンダルフのイアン・マッケランなど濃いメンツで塗り固められていますが、話をぶち壊しにするほどの存在感がないのは、テーマやストーリーそのものの灰汁が強いということになるのでしょう。

中盤あたりまでは、事前情報なしでもある程度楽しめると思います。特に、最後の晩餐の解釈などは、実際に目で観ることが出来るので、なるほどなと思うことも出来るでしょう。ただ、この先が大変です。あちこちに宗教の分子みたいな連中がはびこっていて、誰がどう裏切っているのか、さっぱり分からなくなってしまいます。

ターン2までの評価「B」

暗めの落ち着いたトーンの画面は、ダヴィンコ特有の重苦しいムードを醸しだしているといえますが、ここで問題が…ケータイからのアクセスです。僕は上巻しか読んでいないので、原作にこのシーンがあるかは分かりませんが、ケータイからデータベースにアクセスしてあっさりと情報を引き出してしまうのは、あまりにも短絡的過ぎるだろうと思ってしまいました。主人公に安易な超能力を持たせたばかりに話を軽くしてしまった劇場版リングのようです。

最後の展開にも「?」でした。よく分からない土地で、よく分からない老婆が「あなたの祖母よ」と名乗り出て、そのまま抵抗なく居座ってしまうところが理解できませんでした。ダヴィンコに総じていえることですが、あまりにも端折りすぎて、話を軽くしてしまっているような気がします。だったら、今流行りの3部作にでもして、切り売りしてもいいのかなと思いました。

最終評価「C」

ダヴィンコは、①原作本を読んでいる②テレビで関連する特集を観た③やたら宗教に詳しいの3点に当てはまらない方には、辛い映画かもしれません。特に中盤から後半にかけてのダラダラ。実際にはいろいろ話を詰め込んでいるのですが、余りにも端折りすぎて平坦になってしまっているから、観客にはダラダラと感じられるのでしょう。評価が二分されるのは、この事前情報の差もあるのかもしれません。

ちなみにCinemaXでの評価は、①原作モノの場合は原作を読んでいない状態②続編の場合はそれ以前の設定を無視するという方針で行っていますので、フラッと劇場に立ち寄って楽しめるかどうかを基準にしています。映画を観るにあたって予め観客に準備を強いるのは、映画を製作する側の驕りでしかありませんから。

良い映画とは、親子や夫婦、恋人や友人同士が、「ちょっと映画でも観ていこうか」とフラッと立ち寄って、「良い映画だったね」と余韻を共有し、噛み締めることが出来るものだと思います。かといってテーマやストーリーを出来るだけ多くの観客の趣向に迎合する必要はないのですが、最低限、設定の説明から感情移入、クライマックスまで一本の映画で完結する必要があると思います。

そういう観点からすると、原作を読まなければなかなか楽しむが出来ないダ・ヴィンチ・コードは、極めて観客に不親切な映画だと言えます。最近の洋画は、3部作だのシリーズものやコミックに頼る映画が多く、最近ではスターウォーズのダース・ベイダーやバットマン、今度はスーパーマンまで、ヒーローになるまでの物語が主流になりつつあります。これらの全ては既にキャラが立っていて、往々にして設定の説明が省かれる傾向にあるわけですから、全く先入観のない観客にとっては、極めて不親切な流れともいえます。邦画もこの傾向に追随する雰囲気があるのも気がかりですが。

1995年秋、Windows95が発売されました。折りしもパソコンというものがやっと一般庶民にも浸透した頃で、猫も杓子もこのソフトを買いあさりましたが、その後、買ったはいいものの「どうやって使うの?」と途方に暮れた方が山ほどいました。特にサラリーマン。何となく買っておこう、何となく並んでおこうと横並び意識が強い日本で、ダ・ヴィンチ・コードのブレイクはある意味必然的な現象だったといえるでしょう。とりあえず読んでおこうとか、とりあえず観ておこうということで。本に例えるならば、猫も杓子も呪われたようにダディやサラダ記念日を買いあさって読んでいたのにも似ています。そういえば、間もなく4年に1回の猫も杓子も熱狂するイベントが始まりますね。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成18年5月27日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:240人/262席
感涙観客度数:不明
※各ターンは個人的に設定、感涙観客度数は場内の鼻すすり音で推定。

宗教の分子が様々な階層や職業に入り込んでいて、裏切り、そのまた裏切りを繰り返す構図は、イベント程度にしか信心していない殆どの日本人の感覚からすると、どうしてそんなに宗教にこだわるのか、理解出来ない部分も多いことでしょう。日本版ダ・ヴィンチ・コードを作るのなら、古今伝授を題材として扱っても面白いかもしれませんね。

ついでに紹介!

文庫本も切り売り。

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May 25, 2006

ごまかし

久々なので盛り沢山です。

銀行の好決算がテレビや新聞で話題になっています。預金者をバカにするような超低金利を強いた影響も大きかったようですが、社員の報酬をピンハネする悪徳社長のようなもの。これで収益が上がったとか、公的資金を返還予定ですと胸を張るのは筋違いです。特に某経済紙は大騒ぎですが、銀行の体力が回復すると経済界に勢いが出て、巡り巡って購読や広告が増加するのでしょうから、色めき立つのも当然といえます。それなのに、ただ記事だけを鵜呑みにして「銀行もなかなか頑張るなあ」と思うサラリーマンがいかに多いことか。思考停止することなく、自分の頭で考えましょう。

またも凶悪事件ラッシュです。殺人事件といわれても「どこ事件?」と聞き返さなければ特定できないほど。特に子供が被害にあった事件が相次いで起こっています。こういう事件に神経質に対応しようとするならば、集団登下校を強化するぐらいしか出来ないわけで、これも多くの子供にとっては気の毒です。道草一つ食えず、親に隠し事一つ出来ず、上に伸びるしかないもやしのような人間が増えてしまうことが心配です。加えて学校や塾などで画一的な教育を強いられて、これで個性を尊重しろというのはどだい無理な話のような気がします。

安全神話の崩壊といいますが、誰がそんな神話を作ったのでしょうか。最近起こっている凶悪事件は、手口からすると決して珍しい事例ではありません。ただ、全く関係のない犯人からある日突然、命を絶たれてしまうというケースは確実に増えているような気がします。抗うつ薬の関連性が指摘されていますが、これをクローズアップし過ぎると、うつ病に悩む人がいつ事件を起こすか分からないという、偏見にも繋がりかねないので、注意が必要です。

問題なのは、薬漬けにするしか方法がない医療と、人権だか何だか分かりませんが、事件を起こす危険性の高いような人までもが、一般の人に混じって生活していることだと思います。見た目だけではさっぱり分からないわけですから。もちろん、人と関わり合いを持つことは治療効果もあるのでしょうが、安易に薬を処方して、明らかに危険と思われる人までもを社会に野放しするだけでは、表向きだけの解決にしかならない集団登下校と似ているような気がします。

社会保険庁で、納付率の偽装が発覚しました。奇しくも違法な契約や不払いなどが問題になり営業停止が確実的な損保ジャパンから起用された長官が、納付率向上を目指した妙案とされていますが、本来、45分休んで15分休んだり、業務に当たってさまざまな苦痛手当てを既得権益として得ていたり、仕事が疲れるからとマッサージ器を勝手に購入したり、役人以上の役人といえる社会保険庁の職員に民間のような営業手法が通じるはずがない訳で、動けない(むしろ動かない)職員を評価するためには、結局は納付免除というからくりで見た目の納付率を上げるしかなかったのでしょう。国民をバカにするな、と言いたいです。

今回の一件で幹部が更迭されていますが、クビにはなりません。当事者は出世の可能性がある場合はその芽が立たれるというデメリットもありますが、むしろ任地を離れたりその職場を離れることで逆に保護されてしまいます。閑職にあっても給料は出ますし、外郭団体の幹部として天下りすることも充分可能です。形だけの処分なんか単なる誤魔化しに過ぎません。川崎厚生労働大臣は「社会保険庁は解体的出直しを」と言っていますが、解体したって、社会保険庁は再三にわたる名誉回復のチャンスを踏みにじってきたわけですから、いくらそんな出直しをさせたって無駄だということは誰でも分かります。

ただ、解体するにしても、結局は、例えば独立行政法人ナントカ機構という名前に衣替えされるだけのような気がします。真面目に仕事をする職員が気の毒ですが、社会保険庁そのものはもうクズです。厚生労働省が独自に、しかも職員を増やさずに業務に当たるのが一番まともなような気がします。このほか気がかりなのは、NHKの受信料不払いと同じように、便乗してさらに保険料の未払いが増加することです。大勢に反発するのは、チョイワルにも似たある種の快感のようなものがありますが、ブームやファッションのように金を支払わない連中が増加するのは問題です。つくづく、真面目に生きている人間がバカを見る世の中になってしまいました。
Komaneti

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May 23, 2006

ピンクパンサー

CinemaX第89回。王。

ピンクパンサー
監督:ショーン・レヴィ
出演:スティーヴ・マーティン、ケヴィン・クライン、ビヨンセ・ノウルズ、ジャン・レノほか。
(公式サイトはここ

「導火線バカ」

お馴染みのピンクパンサーです。日本では豹のキャラクターが一人歩きしていますが、もともとはクルーゾー警部が同名の宝石を追うという実写映画だったりします。リメイクものは、変えすぎると「やりすぎ」と批判を浴びますし、変えないと「能がない」と評価されてしまいます。さじ加減が難しいのですが、果たしてピンクパンサーの評価やいかに。

ピンクパンサーは、冒頭からドタバタな展開が続きます。特に威張った親戚のおじさんのような風貌のクルーゾー警部は、その風貌とは裏腹に堂々と失敗を繰り返します。ストーリーそのものは、巨大な宝石、ピンクパンサーの所有者が大観衆の面前で殺され、宝石が消えたという事件を解決するものです。どうして無能なクルーゾーを抜擢するのかは、本編をご覧になれば分かります。旧日本海軍で言えば、栗田艦隊に対する小沢機動部隊みたいなものでしょうか。つまり、おとりです。

ターン1までの評価「B」

ピンクパンサーは、ドタバタまみれの映画ですが、いわゆる見せるだけのドタバタではないことが、注目されます。昔、行ったシナリオ・センターの合宿の自己紹介で「私が書きたいものは、恋愛コメディのドタバタが描きたいです」という連中が山ほどいて辟易したものですが、上っ面のドタバタが続いてしまっては、観ている側が疲れてしまうだけだったりします。高度なのは「導火線のあるドタバタ」です。

持論ですが、良い笑いとは、そのシーンだけで笑いをとらないということだと思います。導火線がしっかり張られていて、笑いのシーンの直前で観客の口元を緩ませる、あるいは後のシーンにまで入り込んでも、観客をほくそえませるようなものが高度な笑いだといえます。導火線があるからといって、バナナが落ちていて、次のシーンで術って転ぶほど単純ではありません。

ターン2までの評価「B」

シーンの切り替えのテクニックに、コメディリリーフという手法があります。笑いでシーンを締めるというものです。ピンクパンサーは、まさにコメディリリーフまみれです。ただしこの手法は、少々ならテンポが良くなるのですが、あまりに連発するとくどくなります。ピンクパンサーが評価されない要因の一つに「笑いがなじめない」というものがあるようですが、本編中の笑いよりもむしろ、コメディリリーフの連発がこうした評価に至った要因になっているのかもしれません。

ピンクパンサーで難しいのは、言葉の壁です。フランスの話なので、クルーゾー警部は都合の良いタイミングでフランスなまりになります。でも、普段は普通の英語なので、違和感を感じます。あちこちでツール・ド・フランスみたいなことが行われていたり、フランスをコケにしているような内容ですが、このフランスなまりは、笑いをとる以外にストーリーの伏線にもなっているので、いっそのことならクルーゾー以下、フランス警察のキャラクターだけでもフランス語を話せばいいのになあ、と思ったりします。

遠い宇宙でも遥か遠い未来でも英語が使われるほど、英語は万能なのですが(英語圏で製作されるので当たり前なのですが)、あまりにも都合良くなまりを出されると、ちょっとご都合主義かなあという感じもします。字幕版なら、独特のフランスなまりの英語のニュアンスが伝わってくるのですが、吹替版の場合はどうなるのでしょうか。既にダヴィンチ・コードのスクリーン占拠により、同時期の新作のほとんどが劇場公開末期のように上映時間、回数とも不利な状況に追いやられていますが、字幕、吹替のどちらも選択出来る状況にあったら、字幕版を選ぶことをお勧めします。

最終評価「B」

フラッと立ち寄って、笑い飛ばせる映画です。特筆すべきは、ジャン・レノの壊れた演技。ダヴィンチ・コードにも出演していますが、メガネに無精ひげというトレードマークをあえて取り去り、妙な踊りを披露したりもします。実は「似ている俳優がいるののだなあ」と思いつつも、最後の最後でジャン・レノ本人だと知りました。ジャン・レノは、独特のニヒル(?)な雰囲気ゆえ配役のイメージを邪魔することが多いのですが、こういった崩れたキャラクターを演じることが出来るのなら、これからも楽しみな俳優といえるでしょう。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成18年5月20日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:60人/122席
感涙観客度数:不明
※各ターンは個人的に設定、感涙観客度数は場内の鼻すすり音で推定。

ついでに紹介!

ピーター・セラーズ主演の旧作。古くからのファンは、今回のスティーヴ・マーティン扮するクルーゾー警部に違和感を感じるんでしょうね。でも、新作のほうが気高いフランス警察の雰囲気が良く出ていると思うのですが。


ピンクパンサーに影響を大いに受けていることを確信できるオースティン・パワーズ。シリーズ3作全てが負けず劣らず無茶苦茶なのですが、辛うじてつじつまが合うのがこの第1作。ヒロインが最も地味なのも特徴です。ちなみにピンクパンサーにも出演しているビヨンセは、最初と最後のシーンだけ観れば充分の第3作、ゴールドメンバーに出演しています。

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May 19, 2006

GOAL!

CinemaX第88回、パッパッ。

GOAL!
監督:ダニー・キャノン
出演:クノ・ベッカー、スティーヴン・ディレイン、アンナ・フリエルほか。
上映時間118分
(公式サイトはここ

「海外の切手」

FIFA初公認という、恐らく凄いのでしょうが、どれだけ凄いのかがピンとこない映画です。カンヌ映画祭招待上映とか、東洋太平洋ストロー級チャンピオン、みたいな(あるの?)。封切りまであと一週間ほどあるんどえ、試写会が各地で開催されていますが、今回はジャパンプレミア、国立競技場での試写会でした。

国立競技場でどうやって試写会やるのかなあ。とあれこれ想像しましたが、期待度が高いものから①ピッチ上に巨大なスクリーンを作る②テレビ画面付きのトラックを数台チャーターする③スコアボード(?)のビジョンを使う…でしたが、もっとも期待したくなかった上映方法でした。

当日はジョン・カビラの司会で主役の俳優と監督などが登場しましたが、クノ・ベッカーが「こういう美しいスタジアムで試写会が開催できて光栄です」とおべんちゃらを言うその向こうのバックスタンドは、座席が工事中で取っ払われ、開催前のオリンピックスタジアムみたいな殺伐とした雰囲気でした。

上映前のイベントでは、正面がキャーキャー言う若い女性で溢れていると思いきや、ゲストで登場したW-indsのファンで占められていました。モニターに彼らが映し出される度にキャーキャー言いまくりで、歌のトップテンの客席のような収拾のつかない状態でした。

かつて春の選抜でジャニーズの何かのグループが生出演するのを見るためだけに甲子園球場に若い女性が殺到し、開会式が終わった途端、試合に興味のない彼女らが出入り口に殺到したというイメージがあるので、「どうせこいつらも帰るんだろうなあ」と思いきや、試写会が始まると大人しく観ていました。感心、感心。

映画は、メキシコから家族と一緒に密入国した主役、サンティアゴのサクセスストーリー、そういう説明で完結してしまうほど単純明快です。ロサンゼルスのサッカーチーム(とはいっても草サッカーに近い)にいるところを偶然、元プレミアリーガーのグレンという男に見出され、プレミアリーグ、ニューカッスル・ユナイテッドに入団し、活躍する…詳しいあらすじは、他の映画批評系ブログにさんざん書かれているので割愛しますが、このストーリーに、小さな伏線や主人公の葛藤、登場人物間の対立などが散りばめられています。サンティアゴとグレンの関係は、大空翼とロベルト本郷みたいな感じでしょうか。

ターン1までの評価「B」

前述の通りストーリーの中に伏線や葛藤、対立が散りばめられているといますが、出来合いのものという感じが否めないのが気になります。サンティアゴの能力がグレンがほれ込むほどのようには感じられませんでしたし、一目ぼれのようにイングランドに引っ張ってくるのも唐突過ぎるような気がしました。

イングランドにやってきたサンティアゴは、紆余曲折しながらニューカッスルのレギュラーの座を獲得していくのですが、途中、病気によるテスト失敗、スキャンダルなどで何度もクビにされかかりますが、「どうにかなるんだろうなあ」と観客が思ったとおりに何とかなってしまいます。他にも彼に立ちはだかる父親の死や友人のケガという壁も、タイミング良く父親を殺したい、友人にケガをさせたいというように、ピアノ線が丸見えの状態です。横槍が入りまくっているところから想像すると、共同脚本なのかもしれません。

ターン2までの評価「B」

サンティアゴは、GOAL!スカラーシップでイングランドへの留学が決定した高校生(試写会前のイベントで目録が贈呈されていました)並みに「そんなアホな」と思えるぐらいストレスのないトントン拍子でストーリーは進んでいきます。確実に面白いのですが、あまりにも良い話過ぎて味気ない感じもします。喉が痛いぐらい甘くて、まろやかさがないアメリカのチョコレートみたいな感じです。

GOAL!は、だからといって決してクソ映画ではありません。映像のテンポの良さもこの映画の長所なのでしょう。エニイ・ギブン・サンデーに似ているなと思いきや、この映画を参考に撮影したようです。エニイ・ギブン・サンデーに比べれば、テンポの良さは半減すると思うのですが…野郎ばかりの映画なので、サンティアゴの恋人がやたら綺麗に見えるのが不思議ですね。エニイ・ギブン・サンデーで以前のような若々しさが消えたキャメロン・ディアスがやたら輝いて見えるのとにています。

最終評価「B」

後半に登場するベッカム、ジダンらの演技も見ものです。「ベッカムがベッカム役で出演!」というのもこの映画のウリですが、ベッカムが別の俳優を演じたら恐ろしいです。スーパーなどで売られていた「まんがアニメ大行進」などというカセットテープのように、赤の他人が歌っているようなもの。似ても似つかぬ俳優を起用すれば、それはそれで話題にはなるでしょうが。ベッカムがとっとも出てこない「ベッカムに恋して」という凄い映画もありますし。ちなみに、GOAL!2は、レアルに移籍し、大物達が次々と出演するらしいです。どれぐらい金がかかっとるんじゃ?

GOAL!は、海外の切手みたいな映画といえるでしょう。サッカーに興味がある人は面白いでしょうし、そうでない人も眺めて楽しむことは出来ます。また、海外の切手には、写真のように鮮やかなものもありますが、鮮やかではないけれどデザインなどで勝負していたかつての日本の切手を好む人からすれば、逆に物足りなさを感じます。良く出来た映画なのですが、泣くまでには遠く及ばず、まあ、可もなく不可もない映画でした。サッカーファンの方なら、劇場で鑑賞することをお勧めします。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成18年5月16日
劇場:国立競技場
観客数:10,000人?
感涙観客度数:不明
※各ターンは個人的に設定、感涙観客度数は場内の鼻すすり音で推定。

Goal

メインスタンドに座って、殆どの人が身体を左にひねって鑑賞するという、不思議な試写会でした。文字が読めないぐらいスクリーンの解像度が荒く(だから吹き替え版だったのでしょう)、音声は右から、左は外で片づけをする連中の金属音がこだまする…試写会のレベルとしては最低ランクでした。カビラ氏は「初めての試みです!」と叫んでいましたが、到底、誰も真似しないでしょう。GOAL!の続編でやるかもしれませんが。貴重な経験であることは確かでした。

ついでに紹介!

僕が観た中で最も素晴らしい映画の一つ。登場人物の魅力、心の変化、オチも秀逸!そして何よりも、テンポの良さは他の映画を寄せ付けません。日本での上映は空振りに終わった感もありますが、アメフトファンの方、そうでない方も必見の映画です。観たことがない方は、借りてでもご覧下さい。おすすめ!

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May 17, 2006

よくわからん

古田スワローズが、交流戦に入って投打にわたり爆発しています。師弟対決として注目された昨日の楽天戦は、激しい打ち合いの末、10-9で辛勝、序盤の湿りっぱなしの打線から一転、外国人選手を中心としに爆発していますが、同じく序盤に必死に抑えながらも湿った打線に苦しんだ投手陣も爆発、敵味方ともビッグイニングを乱発する大味なゲームを展開しています。打線は水物といわれますが、まさしく良く分からないものです。古田スワローズに期待された多種多様な戦略は、ラロッカの補強で既に放棄したようなもので、無策という感も否めませんが、これだけ激しい野球をやられると見応えがあるもの。出来れば是非、球場に足を運びましょう。

さて、世の中、良く分からないことが沢山あります。それをいくつか。

日テレの男性アナウンサー、盗撮で書類送検。横浜駅構内のスカートの中を隠し撮り…2月20日?は?同社広報は「プライバシーにかかわることなのでコメントできない。社としてすでに適切な対応をとっている」は?盗撮といえば、盗撮(疑惑?)で社会的地位を失ってしまったミラーマン植草氏が思い出されますが、この時は、日テレを含めたマスコミ各局がステイタスの高い人間が凋落するさまをこれでもかと報じていましたね。おまけに、自宅にエロビデオ所有だの、明らかに事件に関する報道とは筋違いのネタも面白おかしく報じていました。その張本人が同じような事件を起こすとこの甘さです。過去も視聴率改ざんもんだいなどに対する報道の手ぬるさが指摘されていた日テレですが、これで公正な報道をしていることになるのでしょうか。全くもって良く分かりません。

景気回復、バブル期抜き史上2位に…月例経済報告で11月まで回復基調が続くことになれば、戦後最大の景気になるそうです。とはいえ、僕にはガスのないコンロに一生懸命マッチをすっているような光景しか浮かばないのですが。これも良く分かりません。確かに、大手企業の決算は好調ですし、ボーナスも増額と経済界の大本営発表である大手経済紙は伝え続けていますが、これはいわゆる勝ち組の話。仮に本当に景気が回復していても、どこかで搾取されているということになるのでしょう。どちらにせよ多くの庶民には実感は全くありません。

国家公務員にフリーター枠…は?第三種国家公務員にフリーター枠を設けるとのことですが、フリーターをどう定義するのでしょうか。例えば、公務員志望者で採用試験の勉強に明け暮れる人間が「フリーターです」と言えば、門戸を開放するのか、微妙です。子育てが終わった主婦の中途採用というのはいいかもしれませんが。もともと中央官庁には、アルバイトの人間が溢れかえっていて、部署によってはほとんど仕事がないのにそこらへんの街中よりは優遇された給与と、賞与が出ていると聞きます。
話によるとアルバイトの多くは女性で、出会いのない男性公務員の花嫁候補として投入されるとか。公募ではなく紹介で働き始めるケースが多いようなので、送り込む側、採用する側、娶られる側、娶る側それぞれが安心することが出来るという構図のようですが、これも立派な癒着です。フリーター枠を採用するのなら、これらのアルバイトの方々を一掃するのがまず先決でしょう。でなければ、経費削減にもなりませんし。
もう一つ気になるのが、フリーターとはいえ、働けば国家公務員ということです。国家公務員の総数をこれから減らそうというのに、増やすとはどういうことでしょうか。「フリーター枠を含めた」総数を減らすというのなら、効果は見込まれるでしょうが。そのまま公務員として居座ることになれば、その先の雇用(つまり天下り)も必要になります。先のことはどうでもいいから、フリーター対策をせよという偽善っぽい考えに反吐が出そうです。

低年齢期の子供を持つ家庭への経済支援検討…ただし、財源は何も示されていないようです。偽善者の臭いがプンプンする猪口邦子少子化担当相が示したものですが、以前は出産費用の無料化を打ち出して周囲に叩かれたことから、今回は政府お墨付きの方針なのでしょう。ただし、財源は未定。クレイジー・キャッツの「だまって俺についてこい」の世界です。
♪金のない奴は俺んとこへ来い~俺もないけど心配するな~見ろよ青い空~白い雲~そのうち何とかなるだろう~。国政に関わる連中がこぞって…アホか。
自民党はただでさえ派閥争いがあって意見がまとまりにくいというのに、連立与党になるといろいろなことに横槍が入りまくってもはやグチャグチャです。それでいて、選挙の時になると某連立与党は「これだけ公約を達成しましたー!」と高らかに自慢するわけですから、全くもって良く分かりません。
Furuta

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May 16, 2006

火中の栗

サッカーW杯メンバー23人が決まりました。有楽町や新橋界隈の家電量販店のテレビ前には、力道山戦の街頭テレビさながらにサラリーマンがたむろしていました。そして、さすがに髪をきちんとセットしたジーコ監督が「…マキ…」と読み上げると、記者会見会場と同様に「おおーっ」とどよめきの声。思うところは同じなんですね。
新聞、雑誌、テレビなどもいよいよW杯モードに。「にわか」を含めサッカー系芸能人の活躍の場が4年ぶりに訪れました。そんな僕もにわかファン。だからこそ、テレビの前で「お前ら絶対勝てよ電波」を出すことなく、純粋にプレーを楽しもうと思います。昨夜の報道ステーション、凄かったですね。滅多に見れない中田英の生出演。

さて、6月から駐車違反取り締まり業務の民間委託が始まります。あちこちで研修が行われていますが、テレビでは、淡々とニュースを伝えながらもわざわざ太って鈍そうな人や弱っちいおっさんばかり映して、「これで大丈夫なの?」と印象付けたいかのような映像を流しています。ただ、本当に心配です。警察では駐車違反の取り締まりにかかる労力を他に振り向けることが出来るなどのメリットを謳い、マスコミはルール改正の問題点だけを訴えますが、そういう事実だけでなく、今回の法改正でどこが潤うのかを検証するべきなのかもしれません。

その民間委託の受け皿の一つが、警備会社のようです。警備業者を束ねる各都道府県の警備業協会というのは、もともと警察官僚の重要な天下り先なので、業界が潤うことは、警察にとってもいいことなのかもしれません。免許の更新などで一般市民から半強制的に会費を搾取している交通安全協会よりはよっぽど仕事をしているのかもしれませんが。警備業界は、昨今の治安悪化を繁栄して機械警備も需要が伸びているようですし、9.11テロ以降、警備員そのものの需要も増加しているようです。確か、主要箇所の警備を大量受注している会社はあの警察官僚OBで大物政治家のあの人のファミリー企業のはずですから、一部の政治家もさぞかし恩恵を受けているのかもしれません。

駐車監視員で研修を受けている人の多くが、一般の人であるということにも注意が必要でしょう。例えば、交通誘導などの警備員は、仕事の内容上トラブルを抱えがちなのですが、駐車監視員も警察官という威圧感がないことから、一般市民になめられてトラブルに陥ることが充分考えられます。新制度導入にあたり役人が得意とする新たな公益法人が作られるのかは分かりませんが、少なくとも警察OBは事務方として関わるケースが多いものとみられています。つまり、火中の栗は一般から募集した駐車監視員に拾わせるという構図です。

彼らがどこでどのように「事務」をするのかは分かりませんが、本来の事務作業に加え、例えば大手の警備会社に天下って、普段は朝は朝刊、昼飯、午後は夕刊を読んで帰宅する毎日で、新聞を読んでトラブルが起きたら処理をするということもやるのでしょうか。新制度導入後は、そのあたりの雇用状況にも注意すべきでしょう。所詮、民間企業のこととタカをくくっていてはいけません。例えばこうした出費が警備料金に上乗せされ、巡り巡ってあなたの家計に影響してくることも考えられる訳ですから。ただ、真面目な警察OBもいるはずで、きちんと仕事をする人まで怒りの矛先を向ける必要は全くないと思いますが。

ちなみに、巷では暴力団対策と銘打って、警察OBなどで構成される業者が企業などと契約しトラブルを仲介するというケースもあります。きちんと解決してもらうのなら便利なのでしょうが、こうした出費を合法的みかじめ料として考えている企業も少なくはないと聞きます。総会屋が減り、大手企業が用心棒として警察OBなどを雇用する必要がなくなった今、新たな天下り先を模索しているのかもしれません。折りしも治安回復のために警察官の増員が叫ばれる現在ですから、OBの雇用確保は、明日はわが身という危機感も含め、彼らにとっては避けては通れないことのかもしれません。

火中の栗を拾わされる駐車監視員も心配です。警備員の中には、自分が警察と間違っているかのような高圧な態度をとる人もいます。こうした人が駐車監視員になった場合、トラブルは避けられません。その逆も心配です。警察官は、警察であるという威を借りて仕事をしていたのですが、そういうものがなく駐車違反の取り締りが成立するのか、結局は日本人の良心にかかっているといえるでしょう。新制度導入で最も影響が大きいとされるのは配送業に関わる方々ですが、それにしても一般市民にこうした混乱を強いておきながら、誰かの懐が温まっているかもしれないということを考えると、何だか腹が立ってきます。
Saitama2002

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May 14, 2006

隠された記憶

CinemaX第87回。

隠された記憶

監督:ミヒャエル・ハネケ
出演:ダニエル・オートゥイユ、ジュリエット・ビノシュほか
上映時間:119分
(公式サイトはここ

「スローフード」

劇場公開はユーロスペースのみ(2006年5月14日現在)。典型的な単館映画です。以前にも触れましたが単館映画のパターンには①意外なところから掘り起こされてきた名作②面白くないから結果的に単館映画になった③配給会社が弱い④映画の内容が日本での劇場公開にそぐわない…などの傾向がみられます。それでも、カンヌ映画祭、ヨーロッパ映画際などで多くの賞を受賞した映画。「衝撃のラストカット その真実を見逃してはいけない」というコピーは、いったいどういうことなのか。CinemaXが斬る…かも。

隠された記憶は、冒頭から同じ風景が数分間続きます。かなり挑戦的な映画ということを強烈に印象付けるスタートです。冒頭シーンが全く動かないといえば、未知との遭遇ですが、得体の知れないものを扱っているぞということを強烈に印象付けるような必然性は、隠された記憶の冒頭シーンからは感じられませんでした。

ちなみに未知との遭遇は、当時の関係者向けの試写会で、真っ暗な画面が数分間続いて、「映写ミスか?」とザワザワしはじめたときにやっと小さな窓が映り始めたそうです。歴史上、実際に行方不明になった戦闘機を題材に扱うなどリアリティも抜群だったこの映画は、冒頭のたった数分のシーンだけで「凄い映画が出てきたな」と関係者たちを一気に惹きこんだというエピソードがあるようです。例えばモノクロ画面といい、思い切ったシーンを使うときは、それなりの意味が必要です、絶対に。

ターン1までの評価「C」

変化のないシーンが延々と続き、タイトルがあらわれます。とにかく何でもかんでも超スローテンポ。これだけ引っ張って面白くなかったら許さんぞと怒りすら覚えるぐらい、無駄な時間が経過します。おまけに、フランス語のまったり感も手伝って、極めて緊迫感のない展開が続きます。

ちなみにストーリーは、自分の家や生家を撮影したビデオテープが、主人公、ジョルジュの家に送りつけられるというものです。謎解きをしようとあちこち動き回るのですが、その度ごとに裏を返したように新たなビデオテープが送りつけられるという、冒頭はサスペンス的な要素が少しだけする映画です。ただ、別に緊迫感があるわけでもなく、観客が謎解きをしているような楽しみもないので、ただ眺めているだけ…という感じです。

ターン2までの評価「C」

とにかく展開がトロすぎます。ジョルジュがビデオテープに撮影されていた母親のもとに足を運んでのやりとりや妻、アンととの夫婦喧嘩、幼なじみであり後の義兄弟となる男との数十年ぶりの再会、そしてやりとり…全てが超スローテンポです。シーンの両端に無駄な時間をかけすぎです。例えば、カップ焼きそばのソースで、上下のギザギザがついている余白部分が、通常は数ミリなのに、数十センチもの長さに間延びしているような感じです。これだと開けるのも大変ですし、材料費の無駄です。原油価格も高騰しているのに。

映画は省略の技術といいますが、隠された記憶に関しては、無駄だらけです。その雰囲気がいいという人もいるかもしれませんし、ハリウッドのような活劇はお子様が見るものだとのたまう映画通の方々には満足な映画かもしれませんが、僕には極めて退屈な映画に感じられました。その後、僕は「寝てもいいよ光線」を感じてしまい寝てしまうのですが、寝なくても内容をかみ締めることは出来なかったことでしょう。所詮、お子様ですから。

最終評価「判定不能」

映画を観ながら寝てしまう時は、器用にも「ここで寝てしまっては話の筋が分からなくなるぞ!」というシーンでパッと目覚めてしまうのですが、僕は本当に最後の最後まで目を覚ますことがありませんでした。森林公園行き急行で言えば、東松山を過ぎたあたりで目覚めたことになります。疲れていたのか、最後まで寝ても大丈夫だよという自分の才能の賜物かは分かりませんが、衝撃のラストシーンの手前で目が覚めました。

そして、衝撃のラストシーン…これは、ある意味衝撃的でした。相変わらず長回しのシーンが続いて、エンドロールが流れ始める「えっ?これでおわり?」という感じです。穿った見方をすれば、あえて衝撃のラストシーンと説明しなければ、暴動が起こると思ったのではないかと疑ってしまうほど。

スローフードもたまにはいいなあと思う人は多いとは思いますが、365日そればっかりだと飽きてしまう人も多いはず。過ぎたるは猶及ばざるが如し、隠された記憶は、ちょっと度が過ぎたスローテンポな映画かなあと思いました。もしかすると、もう一度見直せば、面白さが見出せるかもしれないという期待を込めて、判定不能とします。ただ、二度と観ることはないでしょうが。フランス映画、やっぱり苦手です。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成18年5月9日
劇場:ユーロスペース2
観客数:30/144
感涙観客度数:不明
※各ターンは個人的に設定、感涙観客度数は場内の鼻すすり音で推定。

ついでに紹介!

未知との遭遇…レビュー中で持ち上げて何ですが、僕はあまり好きではありません(笑)

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May 11, 2006

タイヨウのうた

CinemaX第86回。

タイヨウのうた
監督:小泉徳宏
出演:YUI、塚本高史、麻木久仁子、岸谷五朗ほか
(公式サイトはここ

「ベクトル」

最近、試写会に応募をしまくっていると、くじ運の悪い僕でも少しだけ当たるようになりました。今回の場所は九段会館です。試写会というのは会場全体が安かろう悪かろうという妙な雰囲気になってしまい、映画そのものに集中出来なくなるのですが、今回は意外と劇場っぽく楽しむことが出来ました。ひどい場所になると体育館にパイプ椅子、プロジェクターでダビングしまくったアナログテープみたいなボケボケの映像の時もありますから。タダなので文句は到底、言うことは出来ないのですが。

ちなみに僕は、たとえ試写会でも真剣に見てもらうのなら、何百円かでもとったほうがいいと思っています。その方が真面目に観てくれる人も多くなるはず。例えば、たとえ抽選でもタダの題名のない音楽会とチケットを購入して鑑賞する音楽コンサートとの違いに似ています。収録が終わっていないのに演奏が終わった途端、観客が物音を立てながらゾロゾロ帰っていく光景は異様です…話が逸れました。

「タイヨウのうた」は、XP(色素性乾皮症)という病気の主人公、薫(YUI)と孝治(塚本高史)を中心に進んでいきます。日光に当たることが出来ず、神経障害などが進むこともあるXPは、数万から数十万人に一人という難病でのようです。比率からするとマイナーな病気ともいえますが、「タイヨウのうた」で初めて扱ったわけでもないようです。

ただ、こうした病気を扱うからには、難病に苦しむ人々に希望を与えるような要素も必要ではないかと思いました。先ごろは主人公の記憶が失われていったり、視力が低下する映画がいくつも公開されましたが、単に病気を置き換えて健康体の人々を泣かせるだけでは、映画そのものの存在価値は薄れてしまうといえるでしょう。タイヨウのうたは、そういった期待に応えることが出来るのか、果たしてCinemaXの評価やいかに。

アヴァンタイトルの部分は、かなり退屈です。扱う病気の性質上、映像は夜が中心で、田舎(江ノ電沿線らしい)ということもあるのでしょうか。主人公がXPだという事前情報がなければ、感情移入が難しいかもしれません。病気の話がきちんとなされるのはかなり後の医者のシーンからです。少なくとも序盤に薫のモノローグでもあればすっきりしたような気もするのですが。このほか、映像は綺麗なのですが、ありきたりの邦画の粋を脱することなく、例えばこの先、テレビで放映されようものなら、チャンネルを変えられてしまわないか心配に思いました。

ターン1までの評価「B」

「タイヨウのうた」の長所は、薫、薫の家族、孝治、観客のそれぞれの情報レベルが上手くコントロールされていることです。例えば、病気のことは孝治だけが知らない、薫と孝治の関係は当初、薫の家族は知らない、など。どういう情報であれ、知っているのと知らないのでは、行動パターンが変わってきます。このあたりを巧みに使い分けています。観客は殆どのことを知ることが出来るので「あーあ、そうやっちゃったか」「そうだよな、うんうん」と神の目線で登場人物を眺めることが出来ます。

例えば「北の国から」の原点は、母親の浮気を知っている蛍と、知らずに母親の姿を追い続ける純の対比にありますが、「タイヨウのうた」は、その情報レベルのコントロールに似ています。「北の国から」では、この交わることのない平行線が、姉弟のその後の行動に大きく影響しています。もちろん、観客は全てを知っているわけで「どうしてそんなことしちゃうのよ」「そう思うのも無理ないよな」と神の目線で物語を噛み締めることが出来るわけです。

逆に「タイヨウのうた」の短所は、夜だけど何時だかさっぱり分からないこと、登場人物たちがあまりにも良い人過ぎることだといえるでしょう。観客が映画にのめりこむためには、リアリティというものが必要なのですが、「タイヨウのうた」には、この部分が欠けているような気がします。そのくせ設定がしっかりしているので、クソ映画とも評価しにくい、映画そのものの雰囲気にも似て、掴み所に苦慮します。終盤で大きな意味を持ってくる薫の歌のシーンも、前半から中盤までは、単なる時間稼ぎのようにしか感じられませんでした。

ターン2までの評価「B」

「タイヨウのうた」は、設定がしっかりしているだけにワンアイデアのやっつけで一本作るような邦画とは明らかに一線を画しているのですが、終盤は設定まかせの展開に頼りすぎたのか、ちょこっとしたアラが垣間見えました。ネタばれは避けますが、孝治の告白に素直に応える薫、薫の家族のアイデアにすんなり乗る孝治、孝治の好意に素直に甘える薫の素直さが、ちょっとご都合主義じゃないのかなあと思いました。

例えば、薫にもう少し強情っぱりな部分があったりとか、孝治に猪突猛進的な行動力があったりしたら、登場人物に魅力が一層、出てくるのかなと思いました。特に生きていくことにあまり意味を感じていない薫が素直に「うん、うん」と首を縦に振り続けるのは、もったいないような気がしました。

ターン3までの評価「B」

「タイヨウのうた」は、終盤になるにつれて不思議な力が働いてきます。「良い映画になるためのベクトル」とでもいいましょうか。自らの病気の進行を自覚する薫のシーンとか、薫のレコーディングシーンも映像だけで、他の登場人物はおろか観客にすら歌声を聞かせなかったりとか、「これは、良い映画かもしれないぞ!」と思わせる演出が数多くみられました。

その極めつけは、砂浜のシーンでの薫の父親と薫のセリフです。これまでの行動とは裏腹のことを言う父親と、それに反応する薫の心の変化…「主人公の心の変化」という良い映画における最重要の要素。このシーンには本当に不意をつかれました。

さて、問題は、どういう終わり方をするか、です。これについては、実際にご覧いただければと思います。レコーディングの時に聞かせなかった音声も生きていますし、薫の友人たちが言っていた通りの展開…ラス前のシーンは薫の歌声だけで登場人物のセリフは全くないのですが、映像を見ているだけで薫の存在感、力というものがひしひしと伝わってきます。クライマックス後の後味の良い余韻…良い映画の要素が揃ってしまいました。

最終評価「A」

全体的に薄味なのですが、ドタバタだけに頼ることのない良い映画といえるでしょう。ただ、最初と最後のシーンが同じなのは、ちょっと作りすぎかなと思いましたが。YUIというシンガーの歌声も魅力的でした。

しっかりとした設定で作られた映画の強さを感じましたが、果たして、難病に苦しむ方やその家族の方々には、この「タイヨウのうた」にどのような印象を持っているのでしょうか。XPという病気に光をあて多くの人々に理解してもらうという意味では、存在意義がある映画なのかもしれません。真面目に作られたことを強く感じる映画だけに、そう評価したいと思います。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成18年5月10日
劇場:九段会館(試写)
観客数:不明/1112
感涙観客度数:40%
※各ターンは個人的に設定、感涙観客度数は場内の鼻すすり音で推定。

ついでに紹介!

薫を演じるYUIの歌声を聴いて何となく雰囲気が似ていると思ったsweetbox。歌詞はメチャメチャなものが多いですが、御一聴あれ。

内田有紀「幸せになりたい」も雰囲気が似ていますね。バイト漬け時代にコンビニで散々流れていた曲の一つ。1996年辺りにヒットした曲を聞くと、当時の苦労が思い出されてちょっと辛かったりします。

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May 10, 2006

みさかいなし

久々の更新です。ゴールデンウィーク中は、議員が積極的に海外に遊び…いや外遊に出かけたり、経済活動が鈍くなるからか、政治や経済のネタが極端に少なくなります。そのため、マスコミはおもちゃを探し始めます。最初におもちゃにされかけたのは、あの白装束の集団でした。3年ぐらい前にマスコミで大々的に取り上げられたあの集団は、それ以前から存在が確認されていました。

ところが、一部のマスコミがあの集団の中途半端な凶暴性と怪しげな教祖を抱えるという、お手ごろ感のあるいじりやすさを発見すると、マスコミ各社がこぞって押しかけ、まるで鬼ごっこのようなことをしていました。最近、報じられたのは、白い集団がカラスの餌付けをしているというものでした。白い集団が黒いカラスを何故?という興味本位の取材の域を脱しない範囲のないようでした。繁殖したカラスの被害に頭を悩ませる近隣住民は気の毒ですが、他に報じるネタはないの?と問いたくもなりました。この後に何も事件が起こっていなかったら、白装束の集団と黒いカラスを追い回すマスコミの醜態を見ることが出来たのかもしれません。

その話題を吹き飛ばしたのは、平塚で起こった事件でした。年の離れた異母兄弟の禁断の恋だの、ワイドショーを中心にさかんに取り上げられましたが、結局のところは母親が娘を殺したことを自供したのみで、情報収集能力のないテレビや新聞は一気にトーンダウンしてしまいました。未だに「平塚5遺体事件」などと歯切れの悪い名称で呼ばれていることからも、真相が未だに分かっていないことが分かります。幼少時のいじめの仕返しに殺害に及んだ事件や、ストーカーによる殺人事件も発生しましたからなお一層、存在が霞んでしまいましたが。

さて、テレビ局ではTBSの大暴れが目立ちました。亀田兄弟の試合を独占し、試合の後は数日間、同じような映像をこれでもか!と使いまわしていました。それにしても、話題性のある人が活躍したり、金の匂いがする場所には、いろいろな人が集まってくるものです。先日の試合には「え?こんな人が?」という人も沢山いましたね。サッカーW杯が間もなく開催されますが、その時も恐らく、「え?こんな人が?」という人々の露出度が増してくることでしょう。ちなみに職業不詳のあの姉妹ですが、特に姉のほうは嗅覚が発達しているようで、バブル期に使い切れないほどの金を動かしていたある人は「当時は付きまとわれて大変だった人が多かった」と証言しておりました。

話が逸れましたが、TBSは亀田兄弟だけでなく、他局の内容をパクったような番組が目立ちました。アスリートを応援する番組は、お笑い芸人がアスリート達をいじり倒す他局のあの番組とテンションがほとんど同じでしたし(ゲストと司会者の並びが逆なのは、パクリじゃないよという意思表示なのでしょうか)、ゲストも両方の番組でかぶっている人も多かったので、大変だったのではないでしょうか。

白いんげん騒動で早速つまづいてしまったあの新番組も、他局の健康系番組と極めて似通っていました(放送が前日というのは、後追いじゃないよという意思表示なのでしょうか)。他局の番組の総集編といった感じで、後追いのいいとこどりの内容は、さまざまな健康に関する情報を再確認するうえでは良い番組なのかもしれませんが、白いんげんだけで番組を引っ張りまくった挙げ句、日本中の楽して痩せようとするダイエッターの方々にゲロさせたりと散々でした。

TBSは朝ズバッ!のヒットで勢いに乗っていますが、明らかに威を借りた感のある「2時ピタッ!」は同じ局なのでいいとして、前述の番組のように見境なく視聴率稼ぎに走るような番組作りは、あらためるべきなのかもしれません。夫婦荒稼ぎ状態の日曜劇場はある意味仕方がないのかもしれませんが、他局と足並みを揃えたように原作頼みのドラマまみれの状態といい、各局の番組作りに対する独自性というものが薄れてきているのかもしれません。そりゃ、ジャニーズと吉本興業のタレントや芸人ばかりしか使えないような状況では、どこにチャンネルを合わせても同じような雰囲気なのは仕方のないことなのかもしれませんが。
Mtfuji

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May 03, 2006

グッドナイト&グッドラック

CinemaX第85回。

グッドナイト&グッドラック

監督:ジョージ・クルーニー
出演:デヴィッド・ストラザーン、ロバート・ダウニー・Jr、パトリシア・クラークソンほか
上映時間:93分
(公式サイトはここ

「アンデルセンの犬」

前評判が良いのか悪いのか分からない「グッドナイト&グッドラック」です。オーシャンズ某で金を稼ぎ、自分が作りたい映画を作って金を食いつぶすシステムを確立しているといわれるジョージ・クルーニー監督作品。平成18年5月1日現在、TOHOシネマズ六本木ヒルズしか放映されていません。単館映画の一種ともいえますが、今までの経験で単館映画とは①意外なところから掘り起こされてきた名作②面白くないから結果的に単館映画になった③配給会社が弱い④映画の内容などを理由に単館上映せざるをえなかったの4つに分類できるようです。

①は、少し古い映画なのが難点ですが「ククーシュカ」など。「シュリ」も当初は「こんな映画当たらない」と大手の配給会社に見向きもされなかったという点から、ここに当てはまるでしょう。②は、そこらへんにゴロゴロしています。③は、邦画系に多いようです。名作はあまり多くないような。④は、「ホテル・ルワンダ」こういう映画を抹殺しようとすた大手の配給会社は猛省すべきでしょう。単館系では、アメリのように面白いか否かはともかく宣伝方法により大化けした映画もありますが。イッセー尾形が昭和天皇を演じた「太陽」がもし、日本で上映されるとするならば、④のような単館上映になるでしょう。

果たして、グッドナイト&グッドラックはどのタイプの単館映画なのか、考えてみましょう。

グッド…は、全編モノクロです。カラーが主流の今、あえてモノクロにするにはそれなりの意味が必要になります。彩色を観客に一任するモノクロは、今の映画においては飛び道具のようなものですから。ラジオは視聴者それぞれが頭の中に映像を再生するため、ドラマにいては究極の表現方法といえますが、モノクロはそれに近いものがあります。黒澤映画もカラーになってかえって迫力を失ったとの見方もありますし。もちろん、自主映画のように「何となく」というのは理由になりません。

映画の舞台は、赤狩りが全盛だった1950年代のアメリカです。共産主義者や彼らと少しでも関わりのあった人間を次々にあぶり出すという恐ろしい時代は、今も様々なところでシコリを残しているようです。ハリウッド関係者の赤狩りもしかり。今でこそ信じられませんが、当時は共産主義というものが恐れられていたことが分かります。僕は冷戦時代の末期しか知りませんが、あの頃の日本でもソ連は何を考えているか分からない怖い国だという印象がありました。

治安警察の取締りにも似たマッカーシー議員の行動に疑問を抱いたテレビマンたちが彼を糾弾するという内容の映画なのですが、周りのテレビ局はタッチーな問題に出来るだけ関わらないように娯楽番組の製作に終始したり、スポンサーの広告収入を気にして及び腰になるという、今の日本にも共通するような問題を提起しています。インターネットの普及で、一般市民は様々な情報を入手できるようになりました。その結果、報道に偏りがあると「おかしいぞ」と疑問を抱く人も増えました。

公平中立な報道を目指すマスコミも多いのですが、良く考えてみると、広告収入に頼る部分がある限り、果たして本当にそんなことが実現するのだろうかと疑問に思います。バラエティで競合するメーカーの製品が映るとボカシが入っていたり、「ラヂヲの時間」で誇張されていましたが、スポンサーの顔色を伺ってドラマの内容を変えるというのは、結構あるようです。例えば、脚本では「家なき子」で車に跳ねられるシーンがあったのが、スポンサーが自動車メーカーということで交通事故は不味いということになって、結果的に「音だけ」ということになったと聞いたことがあります。視聴者はそんなシーンが入ろうと気にする人はごく僅かでしょうから、もはやスポンサーがケチをつける部分を探しているだけとしか思えない状況です。これで報道は公平中立というのは…大丈夫なのですかねえ。

ターン1までの評価「B」

映画は、テレビ局の中、家の中、バーなど常に密室で展開します。それだけに、モノクロというのは慣れないので疲れます。観客にそこまでの苦痛を強いるほどの内容があればいいのですが、どうも展開が薄っぺらいような気がします。議員を批判する放送を「考え直せ」という連中もいるのですが、放送を強行するとどうなるかとかをシーンなりをセリフで説明しておかないと、なんだか締まらないような感じがします。

当時は大統領よりも影響をもっていたともいうべきマッカーシー議員を糾弾するというのは、勇気ある行動だといえるでしょう。日本のマスコミに置き換えると、果たしてそこまでの意気込みがあるかどうか。最近は中央官庁や公益法人などの無駄遣いを糾弾していますが、これは、相手の顔が見えないので簡単なことです。一般会計と特別会計のいびつな構造なんか、以前から分かっていたくせに、今さら鬼の首をとったように取り上げ、庶民の味方の振りをするのは調子が良すぎるような気がします。糾弾するのなら、これからどうすればいいのか、少なくとも問題を提起すればいいのに、そんな面倒くさいことはやりません。

最終評価「B」

扱っている問題は大きいのに、限られた空間で映画が展開するからか、「ちっちぇー!」という感じが否めません。途中自殺する人物がいるのですが、主人公はこのことを最後まで悔やんでいたという割には、なあなあに話が流れてしまいます。映画を面白くする要素である「あーあ」感が観客の側に微塵も感じられないのが残念です。シリアナもそうですが、面白いところに目をつけるのに、掘り下げが足りずに中途半端に終わってしまう…グッドナイト&グッドラックも同じような印象です。欲張りな犬が肉を加えたものの、水溜りに自分の姿を観てしまい、肉を落としてしまう感じに似ています。いろいろなものを追いすぎているのかもしれません。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成18年5月1日
劇場:TOHOシネマズ六本木ヒルズ
観客数:260/265席
感涙観客度数:不明

ほぼ満席!ファーストデー恐るべし!

目の付け所はいいものの、掘り下げが足りないシリアナ。CinemaXレビューはこちら

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May 02, 2006

概況(18年4月分)

テレビでは今日もホリエモンの動向が詳細に報じられています。それも、本人の肉声ではなく、山に登りたいらしいとか、パソコンは使っていないらしいとか、母親とは連絡をとったらしいとか、伝聞ばかり。今日もヒルズ周辺ではマスコミ各社の張り込みが行われているようですが、そういう努力をしているのはご苦労なことですが、その努力を認めてももらいがためにどうでもいいことを報じるのはいかがなものかと思います。

そんなことに時間を割くよりも、未だ逃走中の山小屋での強盗事件の続報や姉妹殺害事件の初公判の被害者遺族の声などを報じたほうがマスコミとしてまともな行動だと思うのですが。ちなみに情状の余地のない被告の弁護士は、またしても心神耗弱を訴えています。彼らは、それが仕事かもしれませんが、いつものように正義とはどこにあるのかと問いたくなります。護送中の車内で笑みを浮かべる被告が不気味ですが、あれも演出なのでしょうか。

ホリエモンに関して、戸塚ヨットスクールの戸塚宏校長にコメントを求めるテレビ局もありました。同じ塀の中ということなのでしょうか。バッカみたい。戸塚氏は「僕と同じスケープゴートにされたんでしょう」と質問したTBSが意図しなかったであろう微妙な(戸塚氏にとっては絶妙な)回答をしています。夕方のニュースではきちんと報じていましたが、噛み砕き難いコメントであるため、夜のニュースでは報じられないかもしれません。だからいわんこっちゃない。

戸塚氏は、体罰をもって教育するという方針は変えないようです。体罰で死亡者を出したという責任は重大ですし、戸塚ヨットスクールの教育方針には賛否両論あるようですが、義務教育の公立学校等とは違い、親が体罰があることを容認して子供を入校させるという、重要な手順を経ている訳ですから、周囲がとやかく言う資格はないように思います。他人の家に上がりこんで「あんたの家の味付けはしょっぱい」と文句を言っているようなものです。

戸塚氏の発想や行動は、事件当時の時代背景からするとやはり早すぎたのかなと考えてしまいます。むしろ現在のほうが存在意義があるのかもしれません。今の世の中、教師が頭を小突いただけで親が怒鳴り込んでくるように、建前ではみんな仲良しでなければならない妙な世の中です。痛みが分からない子供が喧嘩をする時に加減が分からなくなるのは当然です。体罰で生徒が亡くなったりすることは二度と許されませんが、体罰というものは、時と場合によっては必要なものだと思います。ホリエモンの動静を追いかけるより、体罰について問題を投げかけるほうがマスコミとしてよっぽど健全なのではないでしょうか。

さて、4月の概況です。
3月の重心指数
普段の仕事:50(+10)
シナリオ:20(-5)
その他:30(-5)
(カッコ内は前月比ポイント増減)

~4月の概況~
「普段の仕事」10ポイント続伸
夏場に向けて多忙になっていきます。今年は、一昨年あるいはその前の年ぐらいの忙しさになりそうです。社員のテコ入れみたいな感じで小さい会社では珍しく異動みたなことになるかもしれませんが、結局は「やらない得」となることが多い風潮がどう影響するか気になります。ゴールデンウィークは8連休を獲れる社員もいる一方で、僕のように不可抗力に近い予定が散りばめられていて自由に休むことが出来ない社員もいます。結果的に長期休暇を獲れるのはいつも同じ人ばかり…理不尽ですねえ。

「シナリオ」5ポイント続落
日本テレビシナリオ登龍門が2005年をもって休止となりました。日テレは「数々の新人シナリオライターを世に輩出して参りました本企画ですが、10年と言う一区切りを迎えその役目を果たしたということもあり、この度一旦休止する運びとなりました」と説明していますが、僕の記憶を辿ると、まともにプロになった人が思い浮かばないのですが。系列のシナリオスクールを卒業したライターが一人ぐらいはいたような。ちなみに、登龍門で佳作だかを受賞し、らちがあかないとフジテレビヤングシナリオ大賞に応募して芽が出たライターなんていう人もいます。

NHK、フジテレビは受賞者をきちんと育てると評判の一方、日テレは一年間だか有効の入場パスだけ渡されて「いいアイデアがあったらいつでも持ってきて」と放置されるだけの人もいるとかいないとか。ただ、最近はベテラン回帰の流れも目立ちます。連続ドラマのほとんどが原作モノという、シナリオライターにストーリーテラーの要素が求められないなかで、巧みに脚色できるベテランが重用されているということなのかもしれません。ということは、連続ドラマのライターは、時代劇のそれのように頭打ちということになるのでしょうか。最近、異常に増えたように感じるバラエティ番組などの構成作家の多さを考えると、何もかもが頭でっかちになっているような気がするのですが…気のせいですかね。

ちなみに、TBSは今年から講談社と共催でドラマ原作大賞なるものを始めました。大昔は独自のシナリオコンクールを持っていて、現在は橋田賞に間接的に関わっているTBSが何故?という感じもしますが、ちょっと面白い試みかもしれません。裏を返せば「ライターは面白いストーリーを考える能力がない」と言っているようなものですが。安易に原作の力を借りると、そういう能力が余計退化しそうですが。

「その他」5ポイント反落
相変わらずブログまみれの状態です。振り返ると3月中に映画を12本観ているんですね。狂ってます。4月は5本。腰痛がなければどうなっていたか恐ろしくなります。数年前まではほとんど映画なんか観ていないのですが、良い映画、悪い映画問わず、いろいろ観ていると話を考える時に役に立つのかもしれません。説得力があるかどうか疑問ですが、かの鈴木光司氏は「面白い話を考える秘訣は?」との問いに「つまんないテレビドラマなんか観ないことです」と答えていますし。

スポーツクラブに通ったのは3日。前月比4日減。腰痛を契機にサボること3回目…ゴールデンウィーク明けあたりに復帰でしょうか。日常生活でスポーツクラブを最優先していた時期があったことが信じられません。ちなみに3日は全てHIPHOP。4月限定でPUNKINGというものを習いました。これは奥が深い。先月とっかかったクレイアニメは専用ソフトを買ったものの手付かず。頑張ります。
ちなみに買ったのは、これ。

~体位の変化(それは、意味が違います)~
「身長」±0cm
「体重」-1㎏
Tsutsuji

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May 01, 2006

Vフォー・ヴェンデッタ

CinemaX第84回。

Vフォー・ヴェンデッタ
監督:ジェームズ・マクティーグ
出演:ナタリー・ポートマン、ヒューゴ・ウィーヴィング、スティーヴン・レイほか
上映時間132分
(公式サイトはここ

「MOTTAINAI」

マトリックスのスタッフが送る、異色のアクションエンターテインメントという触れ込みで話題となったVフォー・ベンデッタです。脚本のウォシャウスキー兄弟といえば、マトリックス。マトリックスで話題になった超スローモーションで流れる弾やワイヤーアクションは、後の映画で少しでも似た部分があると「マトリックスを真似たな」と観客に感じさせてしまうぐらい、センセーショナルでした。

ただし僕は、映画でもアニメでも、「××のスタッフが再結集」という言葉は、あまり信用していません。良い映画を製作した時と同じメンバーが集っても、グレードの高い作品になるとは限りません。ましてや、映画制作に必要不可欠な監督や脚本家が変わっているのに、何が再結集だと言いたくなる映画も多数あります。話題づくりの一環なのかもしれませんが。

冒頭は、17世紀頃のヨーロッパのシーンです。これは、本編にどのように関わっているのかがさっぱり分からないのですが、少なくとも途中までは、効果的な伏線のように感じられました。ただ、後半は見事に置き去りにされてしまいますが。

舞台は、第三次世界大戦後のイギリスのようです。かつてのフィフス・エレメント、最近ではキャシャーンなどのように、現在と接点の少ない、近未来という設定の映画は、スベる場合が多いような気がします。Vフォー…も危険な橋を渡っているのですが、主人公のVの不思議な魅力が欠点を覆い隠しているような感じがしました。少なくとも前半までは。「面白いキャラクターが現れたな」と思いましたし。ちなみに、チャイコフスキーの序曲「1812年」に合わせた爆発シーンは、見物です!

ターン1までの評価「B」

期待が大きかったVフォー…ですが、段々と展開が退屈になっていきます。ただ、監視カメラに囲まれ、政府の情報操作が当たり前になった歪んだイギリスは、現代の世の中を皮肉っているように思えました。まるで現在のアメリカのよう。日本の場合は、情報操作こそないようですが、テレビや新聞の偏向的な報道で時に、情報操作に近いようなことも行われているような気がします。ただ、この場合は政治的なものというより、話題性を高める(煽る)ということが目的なような気がしますが。ちなみに、日本のマスコミが煽りまくったファミレス教祖のような人物も登場します。

もう一人の主役は、ナタリー・ポートマン演じるイヴィーです。彼女は、レオンでの小娘役に始まり、スター・ウォーズでクイーン・アミダラを演じるなど子役から大人の女優へと変貌を続けていますが、ここに来てちょっとギアチェンジが必要かなという感じもしました。実際に本編中のロリコンファッションはかなり厳しく、かといって大人の女性としての魅力も少なく、ギアチェンジに失敗すれば、ブルック・シールズのように消えてしまうような気がしてなりませんでした。加えて、ストーリー展開の不味さが原因なのか、本人が思い切った割に効果が薄いような気がした剃髪シーンにおいても、シガニー・ウィーバーのような不思議な新鮮さも感じられず、一休さんのような緊張感のないキャラクターになってしまっただけのような気がしました。

ターン2までの評価「C」

Vフォー…は、後半になるとイヴィーの行き当たりばったりな行動、Vの理解不能な行動が、話をさらにややこしくしていきます。登場人物が笑っているのに、観ている側は特に笑えない。登場人物が泣いているのを観客が口を開けて観ているのでは、既に映画として成り立っていないといえるでしょう。きっと、頭の中に「???」「????」「?????」とシーンを重ねるごとにクエスチョンマークが増えていく辛い時間に感じることでしょう。僕は、そうなる前に眠ってしまいましたが。ちなみに、アクションシーンは、Vフォー…でもそれなりに健在です。もしかすると「ははん、今度はこうなんだ」とほくそえむ程度かもしれませんが。

最終評価「C」

最初のシーンが何の意味だったのか、もはや考えることすらバカバカしくなってきますが、もっとあのシーンを活かして、Vが人間じゃないかもしれないということを全面に押し出すべきではなかったかと思います。本当はそういうつもりなのかもしれませんが、仮にそうだとしても伝わっていないので同じ。冒頭のチョイ見せで期待したアクションも、引っ張って、引っ張って後半に見せる程度。これではまるで美人局です。

Vという人間の奇妙な風貌やセリフが面白かっただけに、それを活かしきれなかったことが残念でなりません。特に中盤の間延びが致命的でした。原作があるようなので、ストーリーより外になかなか踏み出せないという点があったのかもしれませんが、話を付け加えないまでも、もう少しシーンを削ったりしてシンプルにすることは出来たはず。ちょっと欲張りすぎたことが逆効果になったのかもしれません。過ぎたるは及ばざるが如し。

後半の唯一の見どころといえば、前半に引き続き、序曲「1812年」のショーが見物です。この曲は、侵攻してきたフランス軍をロシアが蹴散らすさまをダイレクトに表現した分かりやすい曲で、最初は威勢が良かったフランスの国歌が段々と弱っていって、最後は当時のロシア国歌が盛大に流れてフィナーレを迎えます。終盤のチャイムとバスドラムは、教会の鐘と大砲をあらわしているので、Vフォー…の過激なショーは、行き過ぎてはいるものの、チャイコフスキーの遺志をリアルに表現したとみることも出来るでしょう。

ちなみにチャイコフスキー作曲の序曲「1812年」は、中学から吹奏楽を始め、高校、大学と指揮者をしていた僕にとって、一度やってみたかった曲の一つでもあります。終盤までは本当に退屈な曲ですが、最後の派手さはストラヴィンスキー、レスピーギには及ばないまでも、彼らにない上品さが漂っています。終わりそうで終わらないことで、観客の拍手を誘うという古典的な手法も盛り込まれた、温故知新を地で行く曲です。Vフォー…のショーも必見ですが、機会がありましたら曲も是非、聴いてみて下さい。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成18年4月25日
劇場:丸の内TOEI②
観客数:20/360席
感涙観客度数:不明

Vって、友人に似ている人がいるんですよね(笑)

ついでに紹介!

イッパチ×シェーラザード×カラヤン×ベルリンフィル、素敵な組み合わせ♪

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