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March 30, 2006

指針

教師が教え子の女子高校生に「合体しましょうか」「会いたいな~、愛しちゃってます」など900以上のメールを送っていたことが発覚しました。超合金か、おんた。メールの内容を拾い集めてみると、「おやすみなさい愛しています心から」「抱き締めて愛してるってささやきたい」と川柳風のものから「ぎゅっと抱きしめたい」「愛しています女性として」」「明日6時にレストラン予約してあるんだ」もうメチャクチャ。「メールは、架空の世界の話をしたもの。誤解を与えたことは申し訳なかった」という弁解をしているようですが、50を過ぎた男が屁理屈もいいところ。ただし、問題はこれから。

神奈川県教育委員会は、今回の事件を踏まえ、教師と生徒のメール交換に関する指針を示す方針を固めました…あほか。超合金教師も幼稚ですが、何でもかんでもマニュアルを作って手取り足取り教えようとする教育委員会の行動も安易です。教師だって社会人、自分で何が悪いかぐらいの脳味噌があります。それを指針なんか出して…PTAへのパフォーマンスですか?それとも手取り足取り尻の拭き方まで教える気ですか。これではさらに教師という職業のステイタスを下げてしまうことでしょう。

IT化に完全に乗り遅れている職種の一つに、教師があげられます。携帯電話やパソコンがなくても仕事が出来る業界であるので仕方がないのかもしれませんが、教師それぞれのIT関連のスキルは、世代間格差もさることながら、個人差があまりにも大きいのが実状です。積極的にホームページを作成したり、成績管理に表計算ソフトをチャチャッといじるような教師がいれば、下手にインターネットを憶えたばかりに、マスターベーションを憶えたサルのように出会い系サイトなどにハマって問題を起こす教師もいます。

教師と教え子が結婚するというのは、決して珍しいことではありません。表向きは卒業後に再会して交際が始まったことにはなっていますが、疑わしく思っている人も多いはず。合コンで出会ったのに、お堅い家同士の結婚式では、「友人の紹介で出会いました」と紹介するぐらいの怪しさです。合コンだって、れっきとした出会いの場のはず。学校においても、教師と生徒が恋愛関係に陥っても不思議ではありません。ただ、そこでブレーキがかけられるのが教師、そうでないのがエセ教師。雑念を取り払い、教育者として尽力するのが、聖職者のあるべき姿でしょう。だからこそ安定した身分を約束されているともいえます。

さて、朝日新聞の秋山社長のご子息が大麻所持で逮捕されました。自称フリーテレビディレクター。大手紙幹部の子息なら、コネでテレビ局のディレクターぐらいなれたでしょうに。それにしても不可解なのは、10日に逮捕されて明るみになったのはつい最近、例えば警視庁の記者クラブなどでは情報を掴むことは出来たはず。それなのに、何故今頃まで引っ張ったのか。誰が?何故?

事件が明るみなった時、タイミング良く秋山社長のコメントが出ました。しかも、新聞やテレビはこの事件を積極的には扱わず、司会者がことあるごとに問題に噛み付く朝ズバッ!でも事件を淡々と報じ、コーナーの途中にも関わらずいきなりCMを挟み、何事もなかったように次のニュースを報じるという、思いやりに溢れた対応が行われました。この番組は信じていたのに。そんな疑惑の2週間を誰も追及せず、秋山社長の進退を問う、とんちんかんなマスコミの行動。息子とはいえ30過ぎ。関係あるか、あほか。

情報化社会の中で、特定の人間が起こした事件をもみ消すということは、難しくなっているのかもしれませんが、逮捕から報道までの2週間に何があったのか。冤罪の可能性があるとでも踏んだのか、大手マスメディアがより影響の小さい報道の仕方を検討したのか…それともバレないと思ったのか、大麻所持ぐらいたいした罪ではないと考えていたのか。どこも判を押したようにコメントと事実関係を並べるだけの姿勢に、きな臭さを感じた方も多かったことでそう。

ただ、この問題は恐らく、突き詰めても個人情報保護という壁に阻まれることでしょう。現に秋山社長も「家族のプライベートな問題にかかわる」とコメント以外の言葉を差し控えています。「個人情報」とか「プライベート」という言葉を持ち出されると、及び腰になるのが今の日本のマスコミですが、それは権力のある人々に対してのこと。弱くて、どうでもいい人には辛く当たります。例えば、テレビや新聞などでは、堀江メールの西沢氏について、証人喚問する、しないとか、やれ、やるなとか、実名を挙げながらニュースを垂れ流しています。

その実名公表も永田氏が口に出した途端に右に倣え。週刊誌では見切り発車の感は否めませんが、数週間までに名前が公表され、写真まで掲載されていたというのに。おまけに永田氏に対しては、一斉に持ち上げたり、落としたり。まるで指針でもあるかのように同じような報道を繰り返すのでは、新聞社やテレビ局は何社も存在する意味がないのかもしれません。
Saru

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