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January 31, 2006

逆ギレ

ヒューザーが、耐震構造偽装を見過ごした自治体を相手取り139億円の損害賠償訴訟を起こしました。賠償金が入れば、住民の救済に充てるとのことですが、これは逆ギレもいいところ。ガキ大将が子分から「借りた金を返せ」とせがまれて「お前らの親の財布から金を盗んでから返してやる」と言っているも同じ。いずれにしたって税金ですから。ただし、ヒューザー自体も今さらながら八重洲の一等地から郊外に移転し、自力で少しでも返済しようという姿勢はみられますから、マスメディアはこの部分を切り離して、ヒューザーがわざわざ国民の怒りを買うように仕組んだ報道のやり方はあらためましょう。
ヒューザーの耐震偽装建築に対しては、連立与党による高度な政治的判断により一部救済が決定し、補正予算に組み込まれているはずですが、ゆくゆくは確認検査機関も相手取り訴訟を起こすという小嶋社長の醜い行動は、マンション住民に対する必要以上の厳しい批判を与えかねません。それにしてもこの問題については、大手マスコミは誰も異を唱えないというのが不思議です。下手に批判して、広告収入がなくなってしまうのがそんなに怖いのでしょうか。

禁止されている牛の背骨が堂々と海を渡って輸入された件について、農水省が輸入再開にあたり現地調査を行っていないことが発覚しました。調査をやっていたとしても、抜き打ちでやらない限り周到な準備により問題のある部分は隠蔽され、何も見抜けなかったことだと思われますが、行動すら起こさなかったというのはあまりにもお粗末です。「まず、輸入再開ありき」という流れが、思わぬところで露呈されてしまいました。
農水相になって日が浅い中川昭一氏は、とんだとばっちりで面白くはないでしょうが、そこは金と地位をかなぐりすててさえも辞任するのが懸命だと思われます。調書にサインしないホリエモン、証人喚問で発言拒否を繰り返したオジャマモンなど、何事も黙るが勝ちという風潮は絶対に変えなければなりません。

ネットで殺害依頼をして、実際に実行したとして、依頼者である被害者の息子と、実行犯が逮捕されました。ネットでの殺人依頼は、先日の自衛隊員の一件をはじめ、既遂・未遂を含め頻繁に起こっています。殺害でこれだけ話題になっているということですから、殺人とはいかないまでも少なくとも世の中に明るみになっていない傷害事件は数多くあるのではないかと思えてなりません。今までの流れからすると、依頼者・被害者はそれぞれの親子、配偶者や恋人というケースが多いですから、万が一発覚しても内々に留めておく事例も必ずや存在することでしょう。
それにしても何でもかんでも金の世界になりました。売り切れ状態が続くニンテンドーDSは、中古品が倍近い価格で売られています。人気のあるチケットも即完売ですぐさまネットオークションにかけられます。なかには、会場から程遠い地域の人も出品していたりして、何でもかんでもマネーゲームになってしまうという世の中です。昨日ニュースでやっていたカブトムシやクワガタの乱獲もマネーゲームの影響も一因といえますし。
ライブドアショックで巻き込まれた大損をこいた人には、デイトレーダーのほかに、初心者が多く含まれているとの噂もあります。みずほ証券の誤発注で数十億円設けたという20歳台のデイトレーダーが話題になったり、株価上昇が至上命題とばかりに執拗に世論に火をつけまくった大手経済紙に踊らされて株を始めた人が多いようですが、口座開設までに2週間ぐらいかかりますから、年末に手続きをして、年初めに「まずはライブドアを買って、1000円になったら売る」といった輩もいたようです。その後の顛末は皆さんの知るところですが。
株価も反発し、損失を補填できた個人投資家も多いことと思いますが、確か弁護士によるライブドアショックの影響を受けた投資家の相談窓口も設けられているようです。ただ、それだけのリスクを覚悟して始めたはず。一生かかっても払えないような損失を蒙ったとしても、安易に自己破産で逃げるようなことは許されないと思うのは、僕だけでしょうか。

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January 28, 2006

善意

世の中、ご意見番という人種がいます。あれだけ嫌われていた渡辺恒雄も、ホリエモンの没落で息を吹き返したようです。というより、メディアが彼を蘇生したという感じですが。まだこの人は、慣用句やことわざ、例えを出して話をするので、割とご意見番としてはスタンダードな存在です。曲者なのが、松山千春。なんでこの人がご意見番なの?
この人の発言を観ると、個人的見解でいいか悪いかを言うだけ。ホリエモンを銭ゲバと表現し、頭ごなしに否定してしまいましたが、ホリエモンの行動により社会において活性化した部分もあるはず。とりわけプロ野球に関しては、ホリエモンがいなければ今頃は1リーグ10チームになっていて、セ・パ交流戦の興奮も味わえなかったかもしれませんから。
松山千春をご意見番って、誰が言い始めたのでしょうか。ご意見番には「なるほど」と思わせるような説得力が必要なのですが、彼のトークでそう思ったことがありません。テレビに報じられる範囲内なので、コンサートなどでは世のご意見番が尻尾を巻いて逃げるようなトークを展開しているかもしれませんが。
松山千春といえば、鈴木宗男です。四面楚歌状態の彼を擁護し続けた松山千春の行動は今振り返ると男気があったなあとは思いますが、この時の彼の発言も「鈴木宗男はそんな男じゃない」と万人を納得させるような部分はほとんどありませんでした。ファンの方々、ごめんなさい。そもそも彼の発言をご意見として取り上げるメディアに問題があるのですね。
鈴木宗男といえば、ホリエモンの拘置所生活について取材され、自らの体験に基づいて回答をしています。疑惑の総合商社と言われた彼も、すっかり親しみやすい人になってしまいましたね。

さて、東横インで完了検査後に身障者向けの設備を撤去し改造していることが発覚しました。ホームページでは「耐震構造偽装はありません!」と胸を張っていますが、命に関わる問題ではないにせよ、やってはいけないことをやってしまいました。しかも一般市民の感情を逆撫でするような社長の会見での態度…女性を積極的に登用し、安くてサービスの良い駅前ホテルとして人気のあるホテルですが、これでは全てが台無しです。社長の態度も傷口に塩を塗るようなもの。ペコッと首を突き出して「すみませんでした」では済まないでしょう。
環境問題への取り組みや、身障者への配慮は、それ自体がなかなか稼ぎに繋がらないため、企業としての取り組みは「善意」として自発的な部分が大きくなります。放って置くと切り捨てられかねない部分であるためか、条例などで強制的に定められるようになっています。それをあえて切り捨ててしまった訳です。完了検査終了後に「偽装」する悪質さ。
ビジネスホテルとしての性格が強いために身障者の方々が利用することは少ないかもしれませんが、駅前にあるということで充分、身障者の方々の需要はあるはず。法律や条例を守ってこそその土地に立地できるわけで、偽装に関していかなる理論もまかり通るはずがありません。とにかく社長の態度は何だ!あれは!
…興奮しすぎました。
全国各地の道路に点字ブロックが敷かれていますが、あれとてメチャクチャに蛇行していたり、景観を損なうとして目立たない色にしてしまったていたりと機能そのものを果たさず「身障者の方々に配慮していますよ」というPR目的に設置しているだけというようなケースも少なくはないのかもしれません。手すりなどに付いている点字を記した金属のプレートも内容がメチャクチャなものもあるということですし…「善意」というものは個人の腹づもりでどうにでもなってしまうものだということをあらためて知らされた東横インの「事件」でした。
hen

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January 27, 2006

メディアのおもちゃ

連日のようにライブドア関連の話が続いています。ところが横道に逸れてどうでもいい情報まで、広報の広報として入社した運の悪い元アイドルが退社するという話も「あの美人広報が退社」と、100%誤解を招くような見出しで面白おかしく報じられます。もううんざり。そろそろ他の情報を報じてくれよと思っていたところで、メディアの格好のおもちゃが登場しました。

「一夫多妻風男」

連日、テレビなどで面白おかしく報じられることでしょう。正体不明の粉で地球のあらゆるものを救おうとしたオヤジや、白装束で全国キャラバンを行っていたあの団体と同じように。一夫多妻「風」男は、占いを通じて知り合った何人もの女性と一緒に住んで、紐の胴元のような生活を送っていたようです。そのなかで拒否した女性に対し脅迫をしたとして逮捕されました。今のところそれだけです。一緒に生活していた女性は、自ら進んで男の家に転がり込んだようですし、中には子供をもうけた女もいるようです。
ハーレムのような淫靡な生活をきっと、マスコミはこぞって取材し面白おかしく報じることでしょう。確かに、我々にとって興味がある話ですが、今のところ集団生活自体に違法性がないことを忘れてはなりません。同居するほとんどの女と婚姻関係にあったようですが、重婚はではないようです。宗教じみた集団生活ですが、日本では思想や信教の自由は保証されています。ローカルなカルト宗教にありがちな死者を甦らせるため死体を放置していたとか、バラバラにしているとか、少女に手を出したというのは別ですが、大人の男女の行動です。「怪しい」というだけで取材を続け弾圧するような身勝手が許されるのか、と問いたくもなります。
白装束の集団の時もそうでした。道路を不法占拠しているのは問題ですが、数年前からキャラバンは発覚していたわけですから、その時に報じればいいのに、他社が取材の先陣を切って「怪しくて面白い」と分かるやいなや、白装束の人々をからかって、キャアキャアはしゃいで逃げてくる始末。怪しい粉末オヤジは、学歴詐称や少女の命綱である透析を受けさせなかったという部分に問題はありますが、あの粉を売る行為そのものは犯罪ではありません。「怪しいから何でもかんでもつぶせ」は、子供のいじめと同じです。
ライブドア、一夫多妻風男をマスコミが追い回しているうちに、耐震構造偽装疑惑は、当事者を除く国民の脳裏からは薄れてしまいます。今思うと、発言の多くを拒否した小嶋社長の行動は、印象をさらになくす作戦だったのかもしれません。連日のように報じられる関係のないニュースを見ながら、政治家など疑惑の水面下で息を潜めている輩はほくそえんでいるのかもしれません。
政治家、ホリエモン、小嶋社長、「黙るが勝ち」がまかり通る世の中は問題です。
taiyo

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January 26, 2006

仕事ごっこ

H2Aロケットが打ち上げ成功しましたね。失敗続きの印象があった日本の宇宙開発事業ですが、最近は成功率が高まっています。まずはめでたい。今回、発射前のH2Aロケットが何度かテレビで見ることがありましたが、でっかいエコマークに「?」と思ったのは僕だけではないかもしれません。どうやら今回打ち上げる観測衛星を通じた宇宙航空研究開発機構(JAXA)の環境保全活動を応援するために、日本環境協会が認定したようです。方や独立行政法人、方や財団法人。双方とも官僚の天下り先ですから、上様の仕事ごっこのイメージがしなくもないような気もします。そもそも、あんなでかいステッカー(塗装?)をすること自体に意味があるのか、と。

JAXAは、宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団(NASDA)が一つになって誕生した組織です。一つになって変わったことは、ロケット発射の成功率が上がったぐらい。統合前の2000年、NASDAのH2Aロケットの打ち上げ失敗の弔い合戦として発奮したものの宇宙研のM5が打ち上げ失敗。同じ国で同じようなことをしているのは効率的でないのは明確です。ソニーでさえ、部署の独立性を強めすぎてあちこちで似たような商品を出していたのを改めたのに。JAXAのホームページには、日本の推移を結集したような雰囲気で紹介されていますが、3団体の違いは縄張りの違いだけ。失敗続きで意味あるのかという世論の後押しと政治的判断により統合されたといっても過言ではないでしょう。
民間企業の合併は、1+1が2にならず、効率化・合理化によって限りなく1に近づいていきますが、公益法人などの場合は、2に近い状態で終わっていることも少なくはないようです。焼け太りといわれても仕方がないぐらい。JAXAの組織図をみると、同じような場所に観測センターがあったり、事務所が設置されたりしています。ロケットに変なマークをつけるぐらいなら、もっとやることはあるでしょうに、と言いたくもなります。税金を使っているのですから。

エコマークも同様です。最初のうちはあちこちで見ることが出来たマークですが、最近は少し影が薄くなったような気がします。多額の登録料や使用料が必要なこともネックになっているようです。環境への取り組みというものは、企業への直接的なメリットが小さく、企業PRのため、いわば余力で取り組んでいるような部分ともいえます。認定作業に労力が発生しますし、野放図にするとエコマークそのものの価値が下がってしまうので難しいところですが。ロケットにエコマークを貼ることで、PR効果を狙っているのでしょうが、残念ながらテレビでは発射の際の映像が多く、煙幕に隠れてしまいました。さらに効果なし。
その一方で、家電製品などにここ数年、省エネのラベルが貼り付けられているのを観ることが多くなりました。「e」と描かれた風船みたいなマーク。これは、縄張り違い(日本環境協会は環境省所管)の経済産業省所管の省エネルギーセンターというところが行っている事業です。もちろん、重要な天下り先です。組織が2つなら、人件費も2倍かかります。同じような事業を別の団体が行っているのは探せばいくらでもあります。政府が打ち出す公務員の削減に世論は一様に歓迎するムードですが、結果的に公益法人の人数が増えてしまえば、根本的な解決とはいえないでしょう。

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January 25, 2006

リアル信長の野望

ホリエモンの逮捕により、あちこちで「いい気味だ」「裏切られた」という批判論が飛び出しています。一方で「頑張って」と後押しする声も。確かにホリエモンの頭の回転や行動力は一流だといえますが、今受けている批判も支持も、彼が行ってきた積極的過ぎる行動の上に成り立っているということを忘れずに。
頭から彼の存在を否定する人には「あなたにはあのような行動力がありますか?」と聞いてみたいですし、支持する人には「犯罪まがいの手法も彼の人気の土台の一つなんですよ」と聞いてみたいような気がします。感情論だけに振り回されることのないように。

光栄(現コーエー)に信長の野望というシミュレーションゲームがあります。一人の大名になって、隣国に攻め入りながら領地を広げ、全国統一を目指すというゲームです。ライブドアの拡大路線は、このゲームに似ているな、と以前から思っていました。信長の野望では、隣国を占領すると、君主以外(確か)の武将は召抱えたり、切り捨てたり、野に下らせたりすることが出来ます。
敵国と隣接した最前線は危険ですが、四方を自分の領地に囲まれた国なら、占領後も同じメンツに統治させることも可能です。ライブドアの手法は、株式交換で対象会社を傘下に置き、社長はそのまま起用することも少なくはなかったようです。そのままで金だけ入ってくる…多くの社長がその場限りの甘い話に諸手を挙げて喜んでいたのが伺えます。社員を差し置いて。そういう状態でどうやって収益を上げるのか、外から見て無意味な手法を繰り返してまでどうして時価総額を上げようとするのか、今回の事件発覚まで、その点にずっと疑問を抱いていました。
信長の野望では、占領した国が敵国と面していない場合は戦争をする可能性が低いので、軍資金を吸い取って最前線に回すことが出来ます。ゲーム上は数値としてしか表せませんが、その土地の民衆…つまり、傘下に置いた会社の社員やライブドアグループ全体の株主をバカにした政策こそ、ライブドアが行ってきた戦略に似ています。軍資金が少ないと、農地の開拓や治水が行えないので、民衆の忠誠度も下がってしまいますから。
例えば、傘下に置かれた会社は、業績が良ければまず軍門には下らなかったはずで、業績が停滞あるいは低迷していた状況を、そのままの体制で改善しようとしても実現は難しいことが分かります。自力で出来ればやっているはずですから。事実、傘下に置いた信販会社などそのまま腐ったような状態になっている会社もあるようです。それでも放置するということは、多くの企業がホリエモンにとってどうでもいい企業だったということかもしれません。時価総額さえ引き上げられれば。
そこには「とにかく、金が集められればいい」という考えが見え隠れします。それを狙いすぎたために、違法(というより脱法)な行為を繰り返していたといえます。ただ、時価総額だけではまずいと思ったフシもあります。今振り返ると、近鉄バファローズやニッポン放送の買収などは、インターネット以外のコア事業を立ち上げて、安定的な収支を上げようとしていたのではないでしょうか。
ホリエモンは逮捕直前まで身に覚えがないと言っていましたが、ライブドアは収益を上げ、社長は高給取りを露呈する一方でゼロ配当を続けたりするところに、ねずみ講の最終局面のような行き詰まりを感じていたのではないでしょうか。後からだと何でも言えますが…ちょっと書きすぎですかね。

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January 24, 2006

あくまで仮定ですが

ホリエモンがとうとう逮捕されました。自殺者まで出した一連の事件は、大きなヤマを迎えたといえますが、その一方でマスコミ各社は自殺した元側近の父親を引っ張り出して恨み節を言わせて、それを報じることに何の意味があるのかと思えてなりません。不謹慎な表現かもしれませんが、死人に口なし。亡くなった方の責任にする場合にも使う慣用句ですが、亡くなった方が悪いことをしても、周囲の誰もがそのことを明らかにされなければ、命を落とした気の毒な方ということになります。
亡くなった元側近がどれほどまで事実を知っていて、絡んでいたかは分かりませんが、自ら命を絶っているとしたら簡単な理由ではないはずです。父親は「ホリエモンが悪い」とか「ホリエモンに殺された」と言いますが、もしかしたら自分の息子も何らかに関わった可能性もゼロではないかもしれません。父親なら感情的になっても仕方がありませんが、マスコミがそういう可能性を放置して、お涙頂戴のストーリーだけ選りすぐるのは公共性に欠ける行動なのかもしれません。

東京証券取引所が、小刻みに能力増強をしています。マスコミ各社はこぞって取引状況を報じており「処理能力を下回っていて、ああ、安心だね」というような内容のニュースを垂れ流しています。時間の無駄。トラブル目当てなのがミエミエです。何か起きないかと集団で口を開けて待っているハゲタカのようです。
東証は、取引停止から信用が失墜し、今では東京にあるという証券取引所という位置づけでしかなくなっているようです。ニューヨーク証券取引所の能力の高さを引き合いに出していますが、これも戦法の発表を鵜呑みにして報じているだけですから、事実ではないとは言い切れません。
セコセコと東証が能力増強を小出しにしていることをみると、既に今年中の目標である処理能力800万件だか900万件は達成していて、もったいぶって小出しにすることで能力増強に日夜努力していますというパフォーマンスを行っているのでは?と勘ぐりたくもなります。あくまで仮定ですが。

さて、大学入試センター試験で、今年から取り入れられた英語のリスニング試験で、機器の不具合が発生しました。もとから壊れているヤツ、落っことして壊したヤツなどさまざまですが、何人かは「聞き逃したからもう一度」という輩もいるかもしれません。こういう連中は再試験になる(あるいは、なった)ようですが、徹底的な再発防止策を講じないと無意味になります。そもそも、この試験自体が無駄なような気がしますが。
あの機器、見ましたか?一度再生されたら終わりの特注品です。次の年も利用できますが、誰がこんな使い道の極めて狭い機器を使おうとしたのか?文部科学省の天下り先である大学入試センターが高い金を使って妙なものを作う意味があるのか、不思議に思います。環境の差があるとのことですが、だったらFM波で飛ばせばいいのに。各教室のテープレコーダーから飛ばせば充分です。受信機はその辺のFMラジオを使えますし。
もう一つ気になるのは、そこまで英語を教科として勉強しなければならないのか、ということです。6年間やってもさっぱり喋ることが出来ないと批判の多い日本の英語教育ですが、教科として成り立っていたのは国際化する前の日本のこと。今のようにあちこちに帰国子女がいる世の中では、英語を話せるというだけで、ゼロから勉強しているド日本人とは大きな差が生じます。そういう子供達を一緒くたに「英語」という基準で成績の優劣をつけるというのは、身分差別に近いような印象を受けます。
学校で、教科として、英語を教える時代はもう終わったのかもしれません。
kozou

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January 23, 2006

火事場泥棒

栃東が優勝しました。ここ最近続いていた朝青龍の独壇場が崩されました。横綱は腕を痛めていたのは残念でしたが、千秋楽はどちらが横綱だか分からないほどの栃東の貫禄。ごくたまに、呪われたように強くなった大乃国を髣髴とさせる取り口でした。黒いまわしは、尻の大きな力士が使うとオヤジの黒いブリーフみたいで微妙ですが、栃東がケガをする前に使っていたのが、黒いまわしです。来場所も黒いまわしで、横綱を狙って欲しいものです。

さて、ホリエモンの逮捕が近づいているといわれていますが、マスコミの一転ぶり、ウォッチしていますか?特に業務提携を結ばざるを得なくなっていたフジテレビの豹変振りは見物です。業務提携解消に始まり「北の国から」取締役引き上げを行ってライブドアと決別し、積極的にライブドア関連のニュースを報じています。
ただ、フジテレビは不本意ながらも業務提携によりホリエモンをテレビに引っ張り出しやすくなっていたはずで、それで視聴率を稼いでいるフシもありましたが、ライブドア、ニッポン放送問題ではニュースが消極的に伝えられていたのに、今は連日トップニュースとして報じられています。おまけに、今朝の番組ではライブドア役員2名の名前と映像を取り違えるボーンヘッド。そんなに事情を知らない僕でさえ「あほだなあ」と分かるミスを堂々とするのは、決別のあらわれなのでしょうか。
確かに、不本意ながら株を買わされ、それでもいい値段が付いていたのに、持っている間にみるみる腐ってしまった訳ですから、毒食らわば皿までという気持ちも分かります。
kokugikan

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January 21, 2006

今さら

南関東は雪が降っています。今年は厳冬といわれ、九州南部や四国ですら雪が積もりましたが、東京だけは雪はおろか雨もほとんど降っていません。冬も温暖で晴れの日が多いことを考えると「こりゃ発展するわな」と思ってしまいます。夏場も台風の直撃も少ないなど都市が作られていく過程で障害となるものが少ないですから。歴史的に地震と火山という爆弾を抱えていますが。

ライブドアに捜査のメスが入っています。時代の寵児といわれ、テレビや雑誌に登場し続けたホリエモンですが、風貌や服装からみてヤリ手だなあと思っていた側近の方々も一連の事件が明るみになってくると裏社会の方々のように見えるのが不思議です。視聴率や部数が稼げるとホリエモンを持ち上げていたマスコミが一転して批判を始めました。当然と言えば当然ですが、彼らをいい気にさせていたのもマスコミです。
捜査の動向次第では、かつて経済界の巨頭として畏怖しマスコミがあえてマイナス報道を避けていた堤義明氏のように、不正が明らかになると一転して総攻撃を加えるような風見鶏的報道になるかもしれません。ライブドア関連の捜査に関する報道と共に、そのあたりのマスコミの落差もチェックしてみるといろいろなものがみえてくることでしょう。

ライブドアの錬金術は、「ルールがないからやっていい」という考えのもとに行われていたようです。これは、「合法ドラッグ」という発想で国内で規制されていないクスリは使っていいという発想に似ています。だからといって国が認めている訳ではないので「合法」というよりは「脱法」です。明確なルールがないからといって、ライブドアグループが行っていた手法も、合法というよりは脱法ということになります。
それにしてもホリエモンの境遇といい、ガサ入れに感づいていたかのようにホリエモンから離れていった元彼女の鼻の利き具合といい、一時の人気だけに飛びついたとしか思えないビジュアル系バンドのボーカルと結婚・スピード離婚し若くしてバツイチとなっている、ホリエモンの自家用ジェットで海外旅行に出かけたと噂される新恋人の運の悪さといい、「禍福」という言葉がぴったりと当てはまる今日この頃です。

輸入再開された米国産牛肉の中に禁止されている脊柱が入っていることが明らかになりました。輸入再開に当たっては月齢など判断基準が曖昧な部分が心配されていましたが、結果的に目視でバレていしまうほどのお粗末ぶり。ルールを理解していなかったということですが、そんな甘い対応で大丈夫なのかと思いたくもなります。アメリカ人は絶対に謝らないので「後悔している」「残念だ」というだけで怒りすら感じます。日本をナメているのか。即刻輸入禁止とした日本としては珍しく速い対応といえます。
こうなると米国産牛肉の安全性に関する検討を行ってきた食品安全委員会の責任が問われそうですが、何よりも責任が重いのは同委員会の報告書に付帯された米国のBSE対策に疑問の声があることなどを旨とする意見をろくに報じずに本文だけを取り上げ、輸入再開に向けた世論の追い風を作ってしまったマスコミです。安全性に対する疑問を横槍の意見として黙殺し、まず輸入再開ありきとして検討作業を行ってきた事務局、つまり役人にも責任がありますが、彼らもアメリカ人以上に誤りを認めない人種ですから、責任をとるつもりなどさらさらないでしょう。
それで今さら「脊柱入っていました、どうでしょう?みなさん」と即刻輸入禁止したことを手柄のように発表し、そのことを新聞やニュースで報じられるあほらしさ。振り回されるのはいつも我々一般人。小なる理解力しかない我々を操作するのは簡単だとでも思っているのでしょうか。
仮に今回の件が「本格的な」輸入再開の地固めに向けた安全対策の徹底をPRするための出来レースだとしたら、一般庶民は不買運動でもして対抗するしかないでしょう。それでも、あの店にサラリーマンは並ぶとは思いますが。確かに、つゆは他の店とは比べ物にならないほど美味いのは認めます。
yukinohi

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January 18, 2006

ほころび

太陽石油四国事業所で死亡事故が発生しました。この会社は事業所と呼びますが製油所です。ちなみに東燃ゼネラル石油という会社は製油所を工場と呼びます。石油元売とは、新日本石油、エクソンモービル、昭和シェル石油、コスモ石油、ジャパンエナジー、九州石油、九州石油などを指しますが、石油元売と言う定義自体は少し曖昧で、合理化による廃止などで製油所を持っていない会社もありますし、周囲には極東石油工業、東亜石油、昭和四日市石油、富士石油、日本海石油など製油所だけの会社もあります。一方でガソリンスタンドも石油元売の経営はごく一部であったり世間一般からみてややこしい構造になっています…豆知識。
事故は、タンクの清掃中に発生しましたが、実はこういう事故は過去の事例をみても少なくはありません。タンクを空にしても部分的に気化したガスは残ることがあります。タンク自体は巨大なので状況によっては爆発を起こすには充分な量のガスが充満することもあります。温泉地での有毒ガスしかり、見た目では判断しにくいのがこうした事故の要因の一つですが、人の命を奪うほどの大事故です。作業方法を含め石油業界全体で再発防止に向けた徹底的な対策が求められます…亡くなった方のご冥福をお祈り申し上げます。

海外ドラマ…というより、カタカナ名前を憶えるのが苦手な僕がいま、LOSTにハマっています。日本ではERなど海外ドラマをパクったようなテレビドラマもありますが、LOSTの作り方、金の掛け方は、パクれるものならパクってみろとあざ笑っているかのよう。秀逸な脚本、演出、場面転換、物凄い緊迫感です。今のところCSでしかやっていませんが、機会があったら是非、見てください。ポイントはエンディングの前の数秒。この「間(ま)」が強烈です。

さて、日本テレビ「ニュースプラス1」のやらせに続き、サラリーマンが好んで試聴する「ガイアの夜明け」でも演出上のやらせがあったことが発覚しました。一般人がテレビなどで取材を受けても、時間的・時期的な制約で取り上げられなかったり、意図しない内容に編集されたりしてトラブルになることもありますが、そういうなかで自らが都合のいいように作り上げた情報はそのまま流してあたかも特ダネのように報じていたわけです。政財界に尻尾を踏まれ、まともな批判が出来ない日本のマスコミにはもう、無冠の帝王という誇りはなくなってしまったのでしょうか。
昨日はヒューザーの小嶋社長の証人喚問がありましたが、宮崎勤の判決、阪神大震災の11年目にあたるこの日にぶつけたこと、前夜からライブドアの家宅捜索というフルコース…連立与党が一般人の関心を分散させようという意図がミエミエの状況で、横に弁護士を置いて準備万端の状況で証人喚問が行われました。それにしても小嶋氏は保護者のような弁護士に相談して拒絶、拒絶、拒絶。このまま真相を明かさずに黙っていると小嶋氏そのものの存在が拒絶(抹殺)されてしまわないか心配になります。
今回の証人喚問も民主党議員が気を吐いていましたね。かつてはこういう場は自らの高名の場として自己PRすることだけが目的であるかのようなバカ議員が多かったのですが(今も少なくはないですが)、情報化社会の中では知名度向上よりも、どんなことをやっているかをしっかりとPRしないと淘汰されてしまうような時代になっています。これは、国会議員の能力の有無の「ふるい」の一つにもなるので、いい傾向だと思いますが。
ところで自民党は早川議員が出てきましたね。上田埼玉県知事が民主党議員時代の頃は同一選挙区のため、苦汁を味わってきた早川議員ですが、頻繁に街頭に立って演説や挨拶をしていた上田氏とまったく同じ事をやって比例区で復活当選、今回は小選挙区で当選しました。ただし、自らビラを配り汗を流していた上田氏と違って、ビラ配りや名前のPRは秘書や小姓にビラやらせて、自分は手ぶらで頭を下げ、政策を何も訴えないのでは、市民は納得しません。今回は連立与党の結束で当選したようなものですが、頑張らないと落ちますよ、と警告。
昨日、友人とちょっと話したのですが、「証人喚問の日に宮崎勤、阪神大震災、ライブドアの話が関わろうと、今の市民はダマされないのではないか」と言っていました。先ほどのテレビのやらせといい、かつては伝えたいところだけをクローズアップしても市民にはそれが演出されたニュースだと判断することが出来ませんでしたが、今はネットという武器があります。少々のことは見破られますし、外だけでなく内部告発で風穴を開けられることもあります。大手マスコミは早く気付く必要があるでしょう。自分たちだけが情報を牛耳っている訳ではないということを。
kozou

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January 17, 2006

ある子供

CinemaX66回目。
ネタばれも含むため、希望する方は映画を観終わるまでこのブログは読まないほうがいいでしょう。

ある子供
製作総指揮:オリヴィエ・ブロンカール
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演:ジェレミー・レニエ、デボラ・フランソワほか
上映時間:95分
(公式サイトはこちら
PG-12(規制する理由が見当たらないのですが)

「問題作」

「ある子供」は、いわゆる単館系の映画です。恵比寿ガーデンシネマは、「17歳のカルテ」以来5年ぶりぐらいでしょうか。当時は交替制の仕事場で働いていたり、無職だったりしたので、当時通っていたシナリオ・センターに行く前に映画を観たり、上野動物園でボーッとパンダを見ていたりしたものでした。17歳のカルテで主演をしていたウィノナ・ライダーはすっかり存在感が薄れてしまいましたが、和風高見知佳のような印象だったアンジェリーナ・ジョリーはその後、ブレイクして今や有名女優として日本でも名が知られるようになっています。

冒頭から暗い雰囲気の映画ですが、晴れた日もどこか暗いムーミン谷のような暗い映像は最後まで続きます。冒頭からブリュノという主人公のあぱずれな行動が目を惹きます。とにかく金のために盗みを働き、その場限りの嘘をつき続ける。金といってもヒルズ族がこだわる大金ではなく、その日が暮らせる程度の小銭です。
小悪党のブリュノを愛し続けるのが、ソニアという女です。この男のどこがいいのか分からないのですが、先日も清純派というイメージを捨ててまでも男とハワイに蜜月旅行に出かけた女優がいるように、好みは人それぞれなのでしょう。それにしてもブリュノの行動が凄い。

ターン1までの評価「A」

そんな2人に子供が産まれますが、ブリュノが子供に関心がないことは、いろんな行動にあらわれます。「興味がない」とセリフで言ってしまえば手っ取り早いのですが、間接的なセリフや小さな行動で積み上げられていきます。その一方でソニアはブリュノにぞっこんなわけですから、こういう関係で女に連れ子がいたら、その子が男に虐待されても女は何もいえなくなるんだろうな、と変に納得してしまいました。不謹慎な表現ですが、それだけリアリティのある設定だということにもなります。
シナリオの作法に、リトマス試験紙という考え方があります。一つのイベントを通じて、登場人物の反応に差が出てきます。例えば、冗談を言っても起こる人と笑う人がいるように。子供というリトマス紙を通じて、ソニアとブリュノの行動に差が出てくるわけです。
ブリュノは、相変わらず小銭を稼ぐために小悪党となり、その行為がばれそうになると嘘で塗り固め、嘘がばれそうになると、さらに嘘をついていきます。さらにブリュノは、金欲しさと子供への無関心な気持ちが重なって、子供を売り飛ばしてしまいます。そんなとんでもない行動に出ても、これまでの積み重ねがありますから、「こいつならやるな」と納得できます。
平然とソニアのもとに帰ったブリュノはぬけぬけと「また出来るさ」というセリフを吐きますが、彼の愚かさを象徴する物凄いセリフです。この行動も大きなイベント…つまりリトマス紙となり、後半の登場人物たちの行動を大きく左右します。

ターン2までの評価「A」

さらにネタばれをしますが、ブリュノは子供を買い戻します。それは、ショックで入院したソニアを気遣うのではなく、うっかり彼女に子供を売ったと話してしまったことで警察にバレるのを恐れたからでした。肝の小さな小悪党ぶりが見事に描かれています。その時の言い訳もその場しのぎの連続で、やがてソニアの行動にも反映されていきます。ここも見事です。
糸の切れた凧のように右往左往するブリュノの行動もみどころですが、後半はソニアの行動にも注目です。セリフなしの無言の演技も見所。デボラ・フランソワという女優は若いながら魅力のある演技をします。その一方で犯罪や嘘で自分を塗り固めながら自らの傷口を広げるブリュノ。ところが、そんなにたいしたことではないことで気が変わります…おいおい、雲行きが怪しくなってきたぞ。
気が変わったブリュノは、自ら警察に出向き、捕まります。これまでの行動がリアリティがあっただけに、この行動はあまり難得できませんでした。そしてそのまま問題のラストシーンに繋がるわけです。

「ええっ?」

思わず乗り出してしまうようなエンディング。音楽のないままエンドロールが流れ、映画は終わります。これはいろんな意味で問題作です。産地からいろんな高級食材を集めておいて、何も作らずシェフが逃げてしまうような物凄い映画です。

最終評価「C」

一転して「C」評価ですが、それでも必見の映画といえます。特にシナリオや小説を勉強している人は、人物の描き方が大いに参考になることでしょう。映画やテレビドラマの主人公は、完璧な人間よりどこか出っ張っている人間のほうが魅力が出てきます。主人公とはいえ善人である必要はありません。ところが簡単なようでアマチュア脚本家(?)にとってこういう人物を描くのは至難の業だったりします。
ブリュノの行動は観客に嫌悪感を抱かせますが、完璧な極悪人ではなく、どこか気の弱い小悪党であるところがポイントです。この辺りのバランスは絶妙で、それに対するソニアの心理や行動もリアリティがあるのですが、やはりクライマックスが雑すぎました。このもやもやは言葉ではなかなか説明できませんので、とにかく実際にご覧いただくことをおすすめします。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年1月10日
劇場:恵比寿ガーデンシネマ
観客数:40/116席?
感涙観客度数:不明

ついでに紹介!

本当についでに、17歳のカルテ。当時問題だった17歳の少年らによる犯罪に迎合したような邦題は納得できませんが、現在のように原題をカタカナで表記するばかりになってしまったひねりのない映画のタイトルよりは100倍マシです。例えば「スタンドアップ」「フライトプラン」「オリバー・ツイスト」「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」どんな映画かイメージ出来ますか?

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January 16, 2006

THE有頂天ホテル

CinemaX65回目。

THE有頂天ホテル
監督・脚本:三谷幸喜
音楽:本間勇輔
出演:役所広司
上映時間:126分
(公式サイトはこちら

「花やしき」

三谷幸喜の出づっぱりで前評判を無理矢理高くしたような「有頂天ホテル」が公開されました。スピルバーグ監督作品、ジブリ作品と同じように「全て良し」という信奉者の多い三谷幸喜作品ですが、果たしてCinemaXの評価やいかに。

そうそうたるキャストが登場する有頂天ホテルは、その顔ぶれからみても失敗が許されない恐ろしい映画といえます。ということで冒頭から様々な登場人物がドタバタを繰り広げます。見た目の面白さが大好きな人には大爆笑の内容のようで、劇場内のあちこちで大笑いをしている人もいますが、ツボにハマらない人はウンともスンとも言わないのが印象的でした。
この映画は、ワンシーンワンカットという方式を取り入れているので、終始、舞台の様な雰囲気が漂っています。舞台は、取り直しがきかないという緊迫感がありますが、逆に小道具や俳優の表情などをクローズアップできないという欠点があります。そのいいとこどりをしたような映画なのですが、例えばカメラの背後の登場人物の存在、音でしか表現出来ないなど少し混乱する部分もあります。
映画は映像と音声を合わせた総合芸術と表現されます。その一部を放棄しているという感じもなくはない映画ですが、そのせいかややテンポが悪いような気がします。

ターン1までの評価「B」

本編中に「グランドホテル」という映画が紹介されるように、シナリオにはグランドホテル形式という作法(?)があります。同じ時間帯にそれぞれの人間のエピソードを紹介していくという作法(?)ですが、有頂天ホテルそのものがそういう形式で作られています。ストレートにグランドホテルを紹介するあたりが、三谷氏らしいといえます。
三谷作品の特徴は、脇役でもあるレベルなら主役のように存在感があるように描かれているということです。米国からわざわざ呼び戻した漢字に弱い梶原善などもチョイ役のようで実は主役並みに存在感があります。ただ、話の本流ともいえる副支配人や議員のエピソードが霞んでしまうのも残念なような気がします。特に役所広司演じる副支配人の新堂のエピソードは、周りの話に振り回されすぎて彼や元妻がその時点で何を知っていて、何を知らないのかを把握するのが難しいような感じがしました。
観客が全てを知っていて、登場人物が少しづつ真相を知っていくというパターンは、刑事コロンボを源流とする三谷氏の代表作とも言える古畑任三郎シリーズに通じる部分かもしれませんが。僕自身の理解力の問題なのかもしれませんが、主役級の人間のエピソードが埋没してしまったのが残念なような気もします。

ターン2までの評価「B」

映画を評価するブログの殆どは、恐らく諸手を挙げて評価するものと仮定して重箱の隅をつつくようなダメ出しをしていますが、巧みな部分もあります。例えばキャビンアテンダントのエピソード。ああ、なるほどなと思える部分です。その時点まで観客はすっかりダマされてしまいます。それでタネを明かされても前半にヒントを出すエピソードがあるから納得出来る。これがダメな映画だと唐突にキャラクターを出してネタばらしをしてしまいます。
シナリオを書く上でヒントになる部分が多い映画といえますが、中でも観客が思わず笑ってしまうようなセリフやエピソードを登場人物が真顔で演じていると、さらに笑いが増します。例えば寅さんが真顔で明らかにとんちんかんなことを言っていると思わず噴出してしまうのと同じです。これが逆に、笑えないような内容で劇中の観客だけが大笑いしていると観客は「?」となってしまいます。この手法はセリフやエピソードを丁寧に作り上げる必要があるので簡単なようで難しい方法といえます。
不思議と周りを気にすることなく物を食える映画です。家でテレビを観たり、舞台(例えば歌舞伎)を観ているような映画なのかもしれません。眺めているだけでも何となく楽しめる…これでは映画ではないような気もしますが、昭和30~40年代には社長シリーズのように娯楽を中心とした映画は多いわけで、まあ、こういう映画もアリかなという気もします。
「やりたいようにやれ」がテーマの映画なのでしょうか。松たかこ扮する客室係のセリフがテーマに即しており観客の心を最も動かしそうなのですが、それ以前の積み上げがほとんどないためセリフの良さに響いてくるものがありませんでした。こういうテーマをわざわざ作らなくても、何となく終わってしまってもいいのかなと思うのですが。

最終評価「B」

探偵を筆頭にリアリティはこれっぽっちも感じない映画でしたが、浮世感(?)もこの映画の魅力なのかもしれません。典型的なドタバタです。アマチュア脚本家(と名乗ろうと考えています)歴が長い僕は、駆け出しの脚本家志望者が「ドタバタを描きたい」と言うと「ハァ?」と眉間に皺を寄せたくなります。トタバタとは、簡単なようでこれほど難しいものはありません。有頂天ホテルを観て、こんなドタバタを描きたいと思わないほうがいいでしょう。それこそ三谷氏のこれまでのキャリアの積み上げがこの映画を実現し、これだけのキャストや観客を集め、ツボにハマった人を笑わせるわけですから。
遊園地のような楽しい映画ですが、一回観ると暫くはいいかと思わせる内容でもありました。まさに、いつも行きたいとは思わないものの、たまに行くと楽しい花やしきのような映画です。上島竜兵のような凄まじい壊れっぷりの西田敏行の演技が最大の見所ともいえます。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年1月14日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:400/549席
感涙観客度数:若干

客室係の長セリフあたりが感涙ポイントなのですが…伏線のないその場限りのシーンで泣けない人にはあまり響かないと思います。

ついでに紹介!

文中で紹介のグランドホテルです。

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January 15, 2006

お祭り騒ぎ

先日、さだまさしのコンサートに行ってきました。3回目です。コアなファンでもないのに1階の良席で観ることが出来るのは、お誘いいただける友人様がいらっしゃるからです。だからといって、いやいや行っているわけではありません。もちろん曲もほとんど知りませんが、間のトークに共感できる部分がかなりありますので。
例えば、寝台特急「さくら」のエピソードとか。さだ氏は長崎の生まれなので寝台特急といえば「さくら」なのですが、僕にも共感出来る部分があります。僕の原点は受験や上京にも使った寝台特急「富士」です。以前ここにも書いたエピソードですが、もし、「富士」が廃止されたらそれは田舎に帰る時だと思っていたほどの存在です。ただし、結局は「さくら」の廃止で不本意ながら相方の「はやぶさ」と合体してしまい本州内は「富士・はやぶさ」という中途半端な状態で走っています。これで廃止されたら、どう判断していいのか迷うところです。まさに行事が軍配を上に上げたような中途半端な状態で戸惑っています。
九州の田舎の駅にも停車する「富士」は、故郷との繋がりを感じる数少ない存在で以前はダイヤの関係でタイミング良く新橋駅を通過するので、走っているだけで励まされた事数限りないのですが、今は目撃しても感動半分。上りの場合は前半分がはやぶさですから。このモヤモヤをどこにぶつければいいのやらと思ってしまいます…話が逸れました。
この日のコンサートは、楽屋参りというおまけがついていました。加えて警備員時代に愛聴(?)していたラジオのアナウンサーが一緒にコンサートを観ていたというのも非日常的でしたが、加えて舞台裏でさだ氏が目の前で頭を下げています。この状況で「気後れ」という現象を久しぶり…もしかしたら初めて経験しました。
コアなさだファンなら失神しそうな状況ですが、奥の部屋には有名人が多数いましたが、僕らのような一般人を中心とした舞台参りの人間はその部屋まで行けないような雰囲気が漂っていました。別世界の奥にさらに別世界が存在するような。やはり社会というものは平等ではないのだなということをあらためて感じました。

さて、スキーのジャンプ、岡部選手が札幌シリーズ(?)3連覇を果たしました。いつの間にか引退してコーチになっていた斎藤(浩哉)氏と二人三脚で荒波を乗り越えてきたのですね。前にも述べたとおり、レギュレーションの変更は岡部選手のような身長の低い選手に最も不利なものですから。
絶好調の岡部選手ですが、好調と話題性に相乗りしてマスコミが過度な期待をかけすぎるのが心配です。五輪に何度も出場した選手ですし、リレハンメル、長野の団体でメダルを獲得したメンバーなのですが、原田、船木選手などの陰に常に隠れてきた存在です。長野での団体金などは、原田選手の功績でもなんでもなく、2回目のジャンプで流れを変えた岡部選手の存在なくしては語れないでしょう。
王佐才という言葉があります。本来は王を支える能力を示す言葉のようです。岡部選手のこれまでの活躍の場面を考えると、ジャンプ陣の切り札としてプレッシャーをかけすぎて潰れてしまわないか不安です。ここは大きな不調もなく競技を続けてきた同じくリレハンメルのメンバーだった葛西選手を表に立てるのがいいのではないでしょうか。
せっかく吹いてきた追い風…いや、向かい風です。マスコミのお祭り騒ぎに巻き込まれないことを祈るばかりです。丸顔と耳の大きさからかつては(今も?)怪物くんというニックネームだった岡部選手ですが、減量で細くなった顔がプレッシャーでさらにゲッソリすることのないように。

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January 11, 2006

中途半端

成人の日が終わりました。数年前に比べ騒ぎが小さくなっているような気がします。毎年のように成人の愚行として面白おかしく取り上げるマスコミは空振りだったのでしょうか。そういわれれば、昨日の夕方のワイドショー風ニュース番組などでは、偶然にも別のチャンネルでスーパーやドラッグストアでの万引きを見張る保安員を取材したネタが重なりました。各地で成人式が大荒れだったらこの暇ネタ?もすっ飛んでいたことでしょう。
ここ数年は派手にマスコミが報じるお陰で新成人は毎年悪さをするというイメージが染み付いてしまいましたが、成人式は毎年同じ人間が出席している訳ではありませんから、上の連中の愚行を恥ずかしく思う新成人もいるはず。変わらないのは、愚行を待ち望むマスコミの方々だけなのかもしれません。

スキーのジャンプで原田選手が5度目の五輪代表に選ばれました。スキー板のルール変更により日本選手は沈没したままですが、同じ不調でも船木選手は落選しました。過去の実績で原田選手は選ばれましたが、船木も実績は充分のはずです。確か今期は、海外遠征組を選出する際にマラソンのように曖昧な選考を行わずに、一発試験で代表を決めたはずです。それなのに五輪代表はまたグダグダの選考に戻ってしまった感があります。
老兵が晴れ舞台に立って活躍するのは日本人が大好きなパターンですが、同じく不祥事で首を跳ねられかかっていたモーグルの里谷選手が過去の実績で選ばれた件といい、あまりにも曖昧な感じがします。三国志(KOEI)で軍師がこう言いそうです。「ほかにやることはないのですか?」
それでも選ばれたからには頑張って欲しいもの。スピードスケートの岡崎選手は泣きながら橋本聖子の後ろを追いかけていたいわば生き字引ですし、ジャンプの岡部選手は、レギュレーション変更の影響をモロに受けて長く低迷していたベテランです。同じく代表に選ばれた細く長く活躍する葛西選手とともにリレハンメル団体のメンバーだったりします。ちなみに残る1人は西方選手。長野では代表に選ばれませんでしたが、風による流局(とはいわないでしょうが)を防ぐために危険な条件でも平然と飛び続けたテストジャンパーの一人。原田選手は代表に選ばれなかった岡部・葛西選手のゴーグルとシャツを身に着けて競技に望みました。
ジャンプといい、ノルディック複合といい、どれも勝てなくなると有利なレギュレーション変更を行う欧州勢が問題をややこしくしているわけですが、ジャンプも変更されたその年は日本勢は好成績を残しているのですから、クラップスケートへの転向のタイミングを逃した堀井選手のように、レギュレーション変更に対する対応も甘かったのかもしれません。

さて先日、うっかり西遊記を観てしまいました。月9では異例の雰囲気の番組ですが、アジア何カ国かで同時放映という、何かと話題を作り上げ…いや、話題の多いドラマのようですが、中途半端という印象が残る内容でした。ある一定の世代から上は、日本テレビ、つまり夏目雅子主演の西遊記の印象が強烈で、後にリメイク(?)された宮沢りえや牧瀬理穂を主演に担ぎ出した西遊記(新・西遊記)などは印象すら薄れてしまっています。
しかも今回は、フジテレビの西遊記。フジテレビらしさを出したいという雰囲気は、中途半端な筋斗雲や現代に迎合した編集が物語っていますが、そもそも女優を玄奘にした時点で負け。いくら個性を主張しているようでも一時期の渋谷に浜崎あゆみのコピーが溢れかえっていたのと同じです。誰かに似ているという印象を持たれた時点で負け。何もないのに土俵上でズッコケた行事の改名のように。
そもそも1クールで西遊記をやろうということ自体が間違っているのかもしれません。玄奘と悟空の出会いの場から大きく端折られ、河童と豚は既に仲間というスタート。音楽は当時感じたゴダイゴの斬新な印象を超えるものでもなく、明らかに女・女している深津絵里にも違和感を感じます。他のキャラクターの違和感は数知れず。夏目雅子は声を低くして出来るだけ男を演じていましたし。
今の子供があのドラマを観て「これぞ西遊記だ」と思うかどうかはそれぞれの勝手ですが、こういう古典(?)を番組にする際は、視聴者が「面白いから、原作も読んでみようか」という気を起こすか否かが存在意義の有無であると思います。ストーリーを端折って、ドタバタとアクション(これもドタバタ)に終始する西遊記をみて、そんな気は微塵も起こらないのだろうなと危惧する西遊記でした。その場限りで登場人物に無理矢理いいことを言わせる展開が極めてわざとらしく、それ以上に面白くないのでもう観ないとは思いますが。
考えてみると制作会社が噛んでいたとはいえ、昔の日本テレビのドラマは輝いていましたね。それが今では…昨日のハチ公の中途半端なドラマといい(特にエンディング…マドンナって?)。安易な設定で視聴者を小馬鹿にするようなドラマばかり。ただし、今回の西遊記に関しては「日テレが作った?」と思わせるものでしたが。
wankoo

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January 09, 2006

キング・コング

CinemaX64回目。

キング・コング
監督:ピーター・ジャクソン
脚本:ピーター・ジャクソン、フランソワ・ウォルシュほか
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
声の出演:ナオミ・ワッツ、ジャック・ブラックほか
上映時間:188分
(公式サイトはこちら

「大福袋」

キング・コングは、チキン・リトルと同じ日に鑑賞しました。つまり、ダブルヘッダー。チキン・リトルのユルユル感に疲れて3時間の長丁場を耐えられるかなと思いましたが、やはり耐えられませんでした。3時間ということは、テレビドラマで言えば80分とか90分拡大版という感じなわけで、バラエティを含め拡大版がレギュラーに比べ大味でつまらなくなるのは世の定めです。3時間のキングコング、どこに無駄があるのかを考えてみましょう。
…と思いましたが、冒頭からいらないシーンの連続でした。脚本家を船から降ろさない方法も陳腐、無駄なシーンが多すぎ。とにかく、キングコングが登場するまでにありとあらゆる無駄が駆使されています。無駄の見本市。
個人的には綺麗な顔の割に女優としての魅力を全く感じないナオミ・ワッツと面長のアランプロストのようなエイドリアン・ブロディの恋物語を描くという時点で魅力が半減していますから、わざわざ映画を上手くみせようとするようなセリフを登場人物が喋ったりするのはかえって映画のテンポが悪くなります。加えてあちこちで使われている意味のないスローモーション。アルマゲドンのあちこちで挿入されているリブ・タイラーのショット並みにテンポが悪く、意味不明です。
単なるあらすじの説明だけなら、多くのブログに掲載されていますのでそちらをご覧頂くとして、とにかく前半のまどろっこしさがこの映画の評価を下げているといっても過言ではありません。下らない状況説明は抜きにして冒頭から「映画を撮影しようとしていた一行が偶然島を発見する」というのでいいのでは?と思います。この映画は、開演時間に喫茶店に入りコーヒーでも飲んで、少し昼寝でもしてから劇場に入るといいでしょう。

ターン1までの評価「C」

キング・コングは、撮影の一行が島に入ってから、少し見所が増してきます。CGにさんざん金をかけたようですから、ここが面白くなければ無用の長物になりかねません。ただでさえキングコングという重い看板を背負っているわけですから。東宝のゴジラ、東映のガメラ、日活のガッパみたいなものです。相変わらず意味のないスローモーションは使われていますが、それ以上に迫力のあるシーンがあるのがせめてもの救いといえるでしょう。
中盤あたりになって、やっとキング・コングが登場しますが、これに呼応するようにさらにCGの迫力が増します。すると…酔うわけです。グラグラ揺れる画面で乗り物酔い状態。臨場感を出したいのは分かりますが、これはERじゃないつーの。スローモーションはここでも健在。おまけに登場人物たちの寸劇がテンポを悪くしています。何よりも不味いのは、キング・コングがただのすばしっこいゴリラにしか見えないことでしょう。
本編中のCGは、絵柄こそ迫力はありますが、重量感が感じられません。キング・コングの動きをもっと遅くする必要があるのかもしれません。このほか、恐竜の群れから人間が逃げるシーンがあるのですが、CGの技術は認めますが、どうしてあんなにデカくてすばしっこい恐竜と同じ速さで人間が走れるのか。この辺りの行き当たりばったりの設定がリアリティを殺しているような気がします。CGは、実写では撮影が困難なシーン…つまり、非現実的な世界や危険な場所での撮影に代わるものとして使われる側面もありますが、そのシーンに登場する人間は、生身の人間という設定ですから、スケールを無視した映像製作をすると違和感が出るのは当たり前のような気がします。単に技術をひけらかしているという感じです。

ターン2までの評価「C」

何しろツッコミどころが多い映画なので「そんなわけねーだろ」といいながら観るのも楽しみ方の一つかもしれません。顔を出す恐竜に一人だけ気付かない設定は全員集合でオバケに気付かない志村けんに観客が「シムラ!シムラ!」と叫ぶ場面に似ていますし、恐竜の頭にうっかり乗ってしまうシーンは、アッガイの上を歩いてしまうカツ・レツ・キッカを連想させます。そういう楽しみ方をしようとしても、やはりスローモーションと無茶な設定のおかげで現実に引き戻されてしまいます。製作者のご都合主義でみすみす死んでいくキャラクター、目の前にもっとおいしそうなエサがあるのにわざわざ小さくて食べにくそうな人間を狙う恐竜…ケーキと金平糖が落ちていたら、ケーキを捨てますかね?
この映画でもう一つ、無駄なのが虫のシーンです。さまざまなグロテスクな虫が登場しますが、それも技術をひけらかしているだけ。気持ちの悪い虫をおやつ程度に登場させるのは、未開の島を表現するうえで効果があるかもしれませんが、これでもか、これでもかと登場させます。おやつどころかステーキを食わせようとしているようです。
主人公達の虫の危機を救うのは、船長です。それ以前のシーンでも突然現れて危機を救ってくれる船長ですが、これもご都合主義。キング・コングを襲うコウモリも普段から同居しているはずなのに襲うのはこの日だけ。広いような島でも意外に狭く、探している人と意外に簡単に出会えてしまう…ツッコミどころ満載です。

ターン3までの評価「C」

やがてキング・コングは捕獲され、ニューヨークに連れ去られてしまうわけですが、その過程でナオミ・ワッツの魅力をさらに失くすような主人公の行動が気になります。主人公、アン・ダロウがキング・コングに惹かれていくのが見所であり、最後の別れの悲しさを強調する重要な要素となるのですが、このクソ女の行動も支離滅裂。さんざん他の男を振り回しておいてキング・コングにひかれながら、あの脚本家が助けに来ると躊躇なく抱きついてしまうわけです。それで山を降りてキング・コングが追いかけてきたら今度は自分が残るという。このお陰で周りの人間はまた振り回されるわけです。
主役級の人間の迷いや安易な行動が裏目に出て周りの人間が死んだりすると観客は「ああ、余計なことをして」と思いますが、これは映画では重要なエッセンスです。ただし、アン・ダロウの行動はこういうレベルを逸脱して人間の範疇を超えた動物に近い突拍子のない心の変化を示します。おまけに街に突然雪が降っていたり…何だこれ?
ニューヨークは、これまでのキング・コングとほとんど同じ設定のようですが、相変わらずアン・ダロウが登場するシーンなどでスローモーションが使われています。少なくともこのスローモーションを失くせば、数分は短縮できるかもしれません。未開の島とニューヨークでのシーンはとってつけたような感じもしなくはないですが、エンパイア・ステート・ビルに登る名シーンは、CGのお陰で迫力がありました。宮崎アニメ並みの高所恐怖症映像も下半身がスッとするような迫力です。

最終評価「C」

ニューヨークのシーンは悲しく、やはりキング・コングは傑作なのだと思い知らされます。ただ、このキング・コングは技術は高いものの並みの映画として多くの映画と共に埋もれていく運命にあるのでしょう。主役の男を船員から脚本家に代えた効果も感じられませんでしたし。映画は登場人物やストーリーなどが重なって、掛け算のように効果が増していくのが理想的だと思いますが、このキング・コングは足し算の映画。CGなど金をかけた分だけしか効果がない映画…値段相応の品物しか入っていない福袋のような映画だといえるでしょう。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年12月24日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:130/156席
感涙観客度数:多数

別れのシーンは、やはり悲しいものですが、そのシーンのシチュエーションだけで泣かされてはいけません。そのシーンまでの積み重ねがあればもっと効果があったことでしょう。前の席の中年男性は号泣状態でした。

kingkong

ついでに紹介!

元祖キング・コングと最初のリメイク版。

キング・コングは日本にも来ていますだ。

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January 08, 2006

チキン・リトル

CinemaX63回目。

チキン・リトル
監督:マーク・ディンダル
脚本:スティーブン・ベンチック、ダン・ガーソンほか
音楽:ジョン・デブニー
声の出演:ザック・ブラフ、ゲイリーマーシャルほか(字幕版)、山本圭子、中村雅俊ほか(吹替版)
上映時間:81分
(公式サイトはこちら
★今回は、吹替版を鑑賞しました。

「福袋」

遅ればせながらの更新です。
明日の更新で登場するキング・コングとダブルヘッダーで映画を観てから既に2週間が経過しようとしています。こういう場合に最も困るのは、自分のメモ書きが解読できなるということです。時間がそんなに経っていない間に更新する場合は、実はメモ書きを殆ど見なくても大丈夫なのですが、時間が経てば脳の中に散らばった記憶を手繰り寄せるキーワードのようなものが必要になりますから。長々とした前置きですが、早い話キーワードがどれだか分からなくなっているということですので、いつも以上に見当違いの内容になってしまうかもしれないことを予め申し上げておきます。本編のあらすじや内容については、多くのブログに掲載されていることと思いますので、そちらもあわせてご覧下さい。

チキン・リトルの声優は、声優を本業とするメンバーで固められています。唯一、中村雅俊が入り込んだ程度。この辺りは期待が持てます。ここで何度も触れたことですが、タレントなどが「声優初挑戦」というのは話題性だけで実力が伴っていない場合が殆どです。タレントや俳優などは、免許も資格もいりませんから、運や事務所や親の力によって実力がなくてもある程度の仕事は出来ます。一方で声優というのは、個人的には技術職のようなものだと思っていますから、その場を糞タレントなどが荒らしてしまうことに憤りを感じてしまいます。
多くの声優は、専門学校などを卒業後、さまざまな下積みを続けてやっと仕事を得ています。俳優でも声優を中心にやっていた人もいますが、戸田恵子のように下積みの時代とほぼリンクする俳優もいます。彼女は俳優として食っていけるようになってもアンパンマンなどの声優も務めていますが。ルックスも重視した萌え系の声優が声優=技術屋と言うイメージを少し変質させた感もありますが、彼女達の多くも下積みを経験しているようです。そう考えると、ちょっとだけ話題性のあるタレントが声優に挑戦するなんぞは、壷作りの職人を押しのけてロクロを回すようなもので、やはり声優業を営む方々に対して失礼にあたるといえるでしょう。
だれそれが俳優に初挑戦といって、振り回されるのは大人だけです。子供にとってはどうでもいい話ですから。そう考えると、明らかに子供にターゲットを絞った映画の吹替で本業の人々を声優として起用するのは、裏を返せばタレント声優のレベルの低さを露呈しているといえるでしょう。
ちなみに萌えといえば秋葉原。電車男が話題になるまで一般人には見向きもされなかった秋葉原にスポットが当てられ、金儲けのためにメジャーを含めたあちこちの業種が参入して、以前のような怪しさが消えてしまったのは残念なような気がします。お台場で萌え系のタレントを集めたイベントが始まっているようですが、やはり金の匂いがするところに秋元康あり。ジャパニーズホラーといい、彼のやっていることは時代の先取りでもなんでもなくて、タイミングをやや遅くして動き始めます。金儲けが出来るという確信を持ってから動いているということでしょう。後だしジャンケンのような姿勢は評価に値しませんが、この辺りのしたたかさはお見事です。

冒頭部分を観て判るとおり、吹替版(字幕版はどうか判りませんが)は日本の観客のために一部の絵が入れ替えられています。ちょっとしたジャパニーズバージョンという感じでしょうか。日本の観客用に悲劇の結末にしたバージョンを準備した「フランダースの犬」ほどではありませんが、これは、少なくともアメリカ国外において、日本の市場の重要であることを意味しているともいえるでしょう。その一方で、日本人はディズニーやスピルバーグという単語だけで映画をヒットさせてしまう傾向にありますので、わざわざバージョンを変えるほどの手間や金をかけても回収できるという皮算用が出来るのかもしれません。

ターン1までの評価「B」

主人公のチキン・リトルの声優は、山本圭子氏。サザエさんの花沢さんです。お陰で安心して観ることが出来ました。その父親役は、中村雅俊。俳優はこの人だけなのですが、最後のキャストの紹介では冒頭に登場します。しかも特別扱い。仕事そのものは違和感はほとんどありませんでしたが、やはりこの辺りの扱いに違和感を覚えます。
絵は楽しいチキン・リトルですが、ストーリー展開はかなり怠惰です。日常生活を切り取ったような話ばかりで、ピントのズレた笑い、主人公の貫通行動もありません。製作している人々から「お前らこの程度で笑ってれば気が済むだろ?」というメッセージが伝わってくるようです。くだらないものまでたっぷり詰め込んだ福袋のよう。あまりの退屈さに寝てもいいよセンサーが働きそうになるのを必死でこらえていました。

ターン2までの評価「C」

メモ書きは、ここら辺りで書きなぐったような文字に変わっていましたので、そのまま掲載してみます。
・父子関係が陳腐
・偽善臭たっぷり
・カドがないだろ
・親にとっては子供には安心してみせられるかもしれないが、逆につまらない
・無菌室
まあ、面白くないということですね。

最終評価「C」

内容はストレートで、突出して悪い人も出ない。親子の信頼というこれまた直球のテーマを掲げて、吹替版ではそのイメージにふさわしい俳優を使う…何から何まで出来レースのような映画でした。観客は子供が多く、キャラクターの動きは楽しいので笑いは出ていましたが、明らかに子供に目線を落としたような映画を観て、一部の子供は「バカにするな」と思うのかもしれません。当時のメモ書きには、「大人のアニメと子供のアニメは違う」とありますが、先般の志村けんの発言「子供に迎合しようとすると子供は絶対笑わない。子供は早く大人になりたいんだから、自分が面白いと思うことをやらないとダメ」で価値観が少し変わりました。アニメの基本は、絵柄はともかく、内容は大人が観ても面白いものでないと傑作にはならないといっても過言ではないでしょう。
子供に目線を落としすぎたこのチキン・リトルを子供に安心して観せられる映画と思う親がいるとすれば、それは親のエゴに過ぎないのかもしれません。子供の頃を思い出せば、意味が分からない部分があっても、全体が面白い映画なら子供はその部分をすっとばして必死に付いてきます。それが子供の頭の柔らかさというものなのかもしれませんが。逆に大人はそういう小さな部分が障害となって全体の整合性がとれず、僕のような評価をしてしまうのかもしれません。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年12月24日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:200/296席
感涙観客度数:不明

大騒ぎする子供も何人かいましたが、注意する親は皆無。物凄い状況です。

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ついでに紹介!

マイク・マイヤーズ、キャメロン・ディアスなどに対抗して、浜田雅功、藤原紀香などを起用したタレント声優暴れまくりのアニメ。アメリカも似たようなものか。他に山寺宏一、デスラー伊武、モビット竹中なども声優を務める。

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January 06, 2006

概況(17年12月分)

更新が滞っています。2度目のダブルヘッダーとなったCinemaX、チキン・リトル、キングコングの更新も放置状態。テレビや新聞をみていて「あ」と思っても数日経てばネタの新鮮度も落ちますし、何より忘れてしまいます。やはり年を重ねるごとに物忘れが多くなっていっているんですが、そういう時でもあえて思い出そうとしないのも良くないのかもしれません。
書こうとして書けなかったのは、年末に「個人投資花盛り」のような記事を書いておいて、実際に個人投資家がアクセスしすぎてナスダックだかジャスダックがパンクしまい、その日の夕刊で他人事のように報じた大手経済紙のマッチポンプぶりも印象に残っています。特ダネをスッパ抜いたときは、朝毎読にしてやったりという感じで、他紙にスッパ抜かれた時やネタがない時は、経済紙の顔をして「経済関係のネタだけ報道していればいいもん」という日経の世渡り上手ぶりはいつもながら感心させられます。
今年は株価だけを根拠にした景気が良くなるという話と、どこが総仕上げなのかわからない構造改革&小泉首相とポスト小泉のネタばかりが目立ちます。仕事始めの日、テレビ各局は東京駅…しかも丸の内口から出てくるサラリーマンに「今年は景気が良くなりますか」という愚問をしていました。彼らの殆どは勝ち組の企業のサラリーマンですから「良くなる」という人が大いに決まっているじゃないですか。こういう場合は、新橋駅の噴水に鳩と一緒にたむろする中小企業のサラリーマンに聞いた方が世相を反映しているのかもしれませんが、まず、好景気ありきで取材をしようとしているのですから、丸の内を選んだのは正解かもしれません。
ホリエモンが歌手デビューするようです。空手形になりかねない地方競馬への参画から宇宙観光事業への進出、そして社長自らがCDを出す…お盛んですが、一方でライブドアは無配を継続しています。ホリエモンは株主の利益といいますが、デイトレーダーなど頻繁に株を売り買いする人には関係ないかもしれませんが、株というものは長く持ってもらうというのも企業の良し悪しの判断材料になるといえます。継続的に配当を行って利益を株主に還元することにより企業の魅力も増します。言っていることとやっていることが伴わないホリエモンなどヒルズ族の行動を見ていると、単に時価総額が巨大なだけで、中小企業のダメ社長に典型的な会社の金も自分の金だと公私混同して浪費しまくり、会社を傾かせてしまうのと似ているような気がします。こういうダメ社長はこういう場合、往々にして社員の責任にしてしまうわけですが。10年後の六本木ヒルズやヒルズ族ってどうなっているんでしょうね。

さて、12月の概況です。

12月の重心指数
普段の仕事:35(-5)
シナリオ:50(±0)
その他:15(+5)
(カッコ内は前月比ポイント増減)

~12月の概況~
「普段の仕事」5ポイント反落
仕事は落ち着き、3月ぐらいまで比較的平和な時期が訪れます。この時期にサボると後々大変になるのですが、どうしても自分に勝てず気が緩んでしまいます。まあ、100%全力投球で仕事をするつもりはさらさらないのですが(秘密)

「シナリオ」増減なし
来年は始動を早めるつもりです。シーズン入りの5月以降に向けて、2月あたりに脱稿、推敲を重ねてみるつもりです。全てつもり、つもり、ですが。11年目に入る今年は、どういう部分であれ手応えを得ようと思う今日この頃です。

「その他」5ポイント反発
調整といったところでしょうか。

~体位の変化(それは、意味が違います)~
「身長」±0cm
「体重」+1㎏
スポーツクラブに通ったのは5日、体重増に危機感を感じて1月以降に本格的に運動を再開する予定です。2月末には寒い寒い夏用スーツ(今はこれしか入らない)を脱却したいところですが…。あまりの寒さに10年前のバーゲンで買って以来、一度だけ着てそのまま眠っていたベージュのコートを着ています。買った当初は「M?」と思うほど大きかったのですが、今はぴったり♪
yuki

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January 04, 2006

超長文・年末年始テレビ三昧

正月3が日が終わろうとしています。行く1月、逃げる2月、去る3月と今年もあっという間に月日が経つことでしょう。年末年始はテレビ三昧だったのですが、観たもので感想をいくつか。テレビネタはあちこちのブログでさんざん書かれていることでしょうが、少し観点を変えたものも踏まえて。

「紅白、視聴率42.9%」
今年の大晦日は紅白VS格闘技という構図になりましたが一応、紅白に軍配が上がったようです。多くのテレビドラマが20%を超えられないという時代の中で、視聴率50%を超えなければ紅白ではないという考えは捨て去ったほうがいいでしょう。そのなかで、今年の紅白は、他局を意識した「挑戦」という言葉があてはまるものだといえるでしょう。
1月2日には紅白の裏側を報じるものもありました。ここで分かったのですが、今年の紅白の製作統括は「石原真」…なるほど、そういうことだったのか。昔、石原氏に直接話を聞いたことがあります。その頃の意志が変わっていなければ、この人は民放との競争を意識して番組を作る人のはずです。石原氏は、「トップランナー」のスタート時のプロデユーサーだったはずです。さまざまな方面からゲストを迎える番組として注目を浴びた番組であり、バラエティには滅多に登場しないような人もゲストで出演しました。例えば、再放送を絶対にしないという条件で出演した織田裕二もその一人です。
トップランナーとは番組の雰囲気が違うのですが、石原氏は情熱大陸を常に意識していました。テレビ各局は確か、新聞のテレビ欄だか雑誌だかに間に合わせるように事前に番組の内容を公にすることになっているそうですが、NHK、つまりトップランナーは決まりに則って正直にゲストを発表するのに対し、TBS(毎日放送)は空欄にしたまま直前まで粘ることを批判していました。今回、紅白での曲順発表は前日まで行われませんでしたが、これも民放対策…比較的人気のない歌手が歌っている時間帯にCMをぶつけられたりとかいうことを防ぐために行ったとされています。
民放の顔とも言えるみのもんたを臆面もなく採用したり、氣志團のバックには明らかに裏番組…格闘技を題材としたキャラクターが踊っていたり。出演者ともども挑戦的な紅白だったといえます。ただし、この紅白についても「民放に迎合しすぎ」だとか「NHKらしさがない」という批判の声もありますが、様々な不祥事が噴出したNHKにとって、とりあえず変化するという姿勢は伺えました。ただし、NHK自身が思っているより、一般人は決して「NHKは変化した」とは思っていないはずですが。
みのもんたの司会で印象的だったのは、ラジオの実況席で「ラジオの紅白は、働く人のための紅白です」確かにその通りだと思いました。故郷で、家庭で紅白を楽しむ人がいる一方、初荷などという言葉は仕事なったように、その時も日本の道路を血液となって荷を運び続けるトラックの運転手がいる訳ですから。恐らく当のNHKが思っているほど、一般人にはみのもんた起用による効果はなかったと思いますが、見応えがあったことは確かです。
「私はNHKの異端児」「こんな人間でもNHKで生きていけるんだ」とは、数年前の石原氏の言葉。不祥事が明るみならず、相変わらず演歌中心の古臭い紅白が珍重されるNHKのままだったら、彼はどこかで小さな番組を作っているだけのプロデューサーだったのかもしれません。何故か「平時の羽田、乱世の小沢、大乱世の梶山」という言葉を思い浮かべました。
それにしてもモーニング娘。をはじめとするハロプロの沈没が印象的でした。よく分からんモビルスーツがはびこるガンダムシリーズを嘆く真のガンダム世代の人間の気分です。お前誰?っていうのが沢山。近藤や五十嵐弟の時代のキャプテンとでも表現できますか。

「日本レコード大賞視聴率10.0%」
もはや役割を終えた感もあるレコ大ですが、小室ファミリーが幅を利かせていた2000年ごろから「音楽業界はこれから斜陽の時代を迎える」と言われた通りの顛末です。浜崎あゆみは自らの身を案じるように最前線から一歩引きました。まるで長命の道を選んだように。あゆ時代(?)の数年間に対抗馬がいればよかったのですが、それ以前にアムロは結婚で自滅、アミーゴは事務所のゴタゴタで数年間在野に下っていましたから、一人横綱だけの大相撲のように超停滞時代に入り、コピーコントロールやレーベルゲートなど音楽ファンを犯人扱いするような音楽業界の愚行も音楽離れを加速したような気がします。
レコ大が倖田來未というのも、役者がいないのだなあという気がします。ここで何度も触れた通り、彼女がデビューシングルがコケて以来、再起に向けた動きを応援してきた僕ですが、キューティーハニーの頃から過度な露出路線に追いつけなくなり現在に至ります。歌唱力は高く評価していいとは思いますが、そこまで露出する必要があるのかと危惧しています。12週連続のシングルリリースといい、エイベックスも他にやることがないんだろうなあと思います。使い捨てにされないか、何だか心配です。

「格闘技20%下回る」
TBS、フジは恐らく、国民に「おせちもいいけどカレーもね」ならぬ「大晦日は格闘技」という習慣を植えつけたいことだと思いますが、素人目には何が違うのかがいまいち分からないK-1、プライドの視聴率はいずれも下回りました。曙VSボビーはともかく、飯を食いながら殴り合いを見るというのは一般視聴者には馴染まないのかなと思います。ファンにはたまらないカードもあったことと思いますが、こういうのも一種の宗教みたいなもので全国的に広がるかといえば疑問です。TVタックルも息切れ感がありました。紅白の路線転換が進めば、バ○の一つ覚えのように毎年同じ内容の「年忘れにっぽんの歌」がお年寄りを心を惹きつけるダークホースとなるかもしれません。
ちなみに、格闘技よりプロレスのほうが考えようによっては難しいんだそうです。プロレスはエンタテインメントですから、挑発されてもいかに怒らず、我を忘れることなく最後まで競技(場合によっては演技)が出来るかがポイントになります。K-1やプライドなどの格闘技は、ゴングが鳴れば相手を殺さんばかりに立ち向かえばいいわけですから、肉体的にはキツいと思いますが、プロレスのほうが高度だということが分かります。
プロレスは娯楽性が高く、子供が観た場合も暴力的な行動との因果関係は少ない、とどこかの専門家が言っていましたが、格闘技はこの見解に必ずしも当てはまらないような気もします。

「年の初めはさだまさし」
これ、なかなか面白かったです。巷で感じる年末のピリピリした雰囲気から一転、正月のだらりんとした感じが嫌いで「男はつらいよ」なんか放映されたら、ひょっとしたらこのまま死ぬんじゃないかという怠惰な気持ちになるのですが、生放送という緊迫感、普通の音楽番組だと絶対にやらない曲を歌ったり、さだ氏の持ち味であるトークの面白さが全面に引き出された番組でした。これこそ、毎年の習慣にしてほしいものだと思います。

「正月~クソ番組目立つ」
相変わらずお笑いタレントを使う安易な番組作りが目立ちました。昨年はほとんど雑用だったカンニング竹山が少し格上の扱いになったり、去年は超売れっ子だった波田陽区がギターを抱えていても歌わなかったり、それ以前のダンディ坂野の姿をほとんど見なくなったり。いつの間にかサングラスを取ったり、住谷という単語もタブーとなってしまったHGといい、盛者必衰の理をあらわしているようです。HGは無茶苦茶やっているようで実は器用で場の空気が読めるので生き残るような気もしますが。
最大のクソ番組は、出演者をホリプロで固めた1月2日のテレビ朝日系「細木数子が平成18年を緊急大予言!!アナタの将来を幸せにするSP」でした。肝心の話は細木氏に「他局でやる」と言われるナメられた展開の上に、同じ内容を繰り返しまくりやっとの思いで3時間引っ張る編集…視聴率を稼ぎたいのは分かりますが、最近はあたかも霊能力者のような振る舞いもみられる細木数子をここまで重用する意味があるのか?と怒りすら感じます。我々視聴者もなめられていることを忘れてはなりません。
その後、フジで放映されたクイズ・ミリオネアもそうでした。裏番組の里見八犬伝を潰すべく、渡哲也を引っ張り出して編集も引っ張りまくる…明らかにレベルの低い問題を出して、スタッフが総出で気を使いまくっている雰囲気がバレバレでした。渡哲也は確かに魅力はありますが、1000万円からドロップアウトして750万円を寄付に回す…行為は立派ですが、まるで台本が用意されているような周到な展開でした。個人的には面白ければ場合によってはヤラセもアリかなと思うのですが、この番組は面白くもなんともなくて、最低でした。
友人として応援席に座っていることに渡哲也が明らかに戸惑いの表情を見せていた細木数子が、みのもんたに交通遺児の団体に金を寄付すれば手術が成功するだの、胡散臭さ満点で番組をかき混ぜていたのを見ると、もうこの人はいいでしょ?と言いたくなります。占いは統計によって結論が出されるものですが、この人の行動はそれを超えています。巨万の富を蓄え、芸能界に信奉者が多く、元夫が裏社会に通じる(ヤクザではない)人だったからかは分かりませんが、テレビ局が腫れ物を触るように彼女を厚遇したりするのを見ると、他にやる番組はないの?と思いたくもなります。本気で社会に牙をむくようなキャラクターがいないので存在意義はあるとは思いますが、彼女は万人ウケするような当たり前のことを言っているだけなのですよ。いい加減、この人を神格化するのはもうやめませんか?

「子供は大人になりたいんだから」
「志村・鶴瓶のあぶない交遊録」という番組の1コーナー、中村獅童との対談で出た言葉でした。志村けん「子供に迎合しようとすると子供は絶対笑わない。子供は大人になりたいんだから、自分が面白いと思うことをやらないとダメだ」これを聞いた鶴瓶「今、すごいこといったでー」
なるほどなあ、と思いました。よく子供の視点といいますが、早く大人になりたいと思っている子供にとってはバカにするなと思うのも当たり前。医者がお年寄りに「おばあちゃん、だめだよー」と子供をあやすような口を利くのも同じ。宮沢賢治の童話を子供の童話として評価しようとするのと同じ。
ちなみに獅童という名前が洒落ていると言っていた出演者ですが、先に改名した行事の「木村一童」は自ら現代風な雰囲気も取り入れて改名したとのことですが、≒獅童とイメージされてしまうことで既に失敗。たまごっちにあやかって「たまごっちタクシー」と名付けたタクシー会社ぐらい安易な感じです。この会社、たまごっちが商標にひっかかって「ひよこっち」という中途半端な名前にしましたが。

「強豪という悲しい響き」
箱根駅伝は、亜細亜大学が初の総合優勝を果たしました。駅伝やラグビーなどのスポーツは、金をかけて選手を集めれば手っ取り早く強くなるわけで、その金の掛け具合が最近の大学の強さの度合いとなっているといっても過言ではないでしょう。一時期早稲田が強かったのも同じ。同じ条件だと有名な大学に入るのは当たり前ですが、最近は他の大学も良い選手を獲得できるのをみると、さまざまな面でそれ以上の条件が提示されたり、入学する選手達がメリットを感じて入学しているともいえます。
例えば、大学の付属高校からエスカレータに乗らず他の大学に進学した選手がいたりとか、不必要に外国人選手が多かったりとかいうのもバロメータの一つといえます。少子化の時代、大学の知名度向上が生き残りに際して大きな課題となりますから。
ちなみに、どんなに下位を走っていても定期的に「強豪」早稲田の動静が中継されるのは、知名度の高さというのもありますが、テレビ関係者に早大卒が多いことも理由のひとつとされています。今年は明治も出ていましたが、6大学出身者の親近感という超個人的な思惑も含め、母校を愛するという素晴らしい配慮で公共の電波が消費される訳です。それ以前にアナウンサーは出場している大学の名前ぐらい正確に伝えて欲しいものですが。「順天大学」「大東大学」「城西文化大学」一応常連校なのにこれはあまりにもお粗末でしょう?
ちなみに、関東地方以外の陸上関係者は冷ややかな目でみる人が多いのも箱根駅伝の特徴です。所詮内輪ウケですから。全日本など全国の大学が出場する駅伝でも箱根組は上位に食い込むので日テレが誇張する「大学駅伝最高峰の闘い」であるとは言えますが、この閉鎖的なイベントのお陰で実力のある選手が関東に偏ってしまい、長距離男子の全国レベルの向上を妨げている可能性があるといえるかもしれません。関東の大学だけに限定することはないのに。「首都圏」の山梨学院も入っているわけですから。

良くも悪くも大味の番組が目立つ2005-2006でした。
yukigeshiki

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January 01, 2006

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

今年もゆーわーるどならびにDiaryXXXを宜しくお願い申し上げます。

昨年は、結婚という人生における重大イベントがありましたが、それ以外は何も変わらず、自然体を心がけてこれまでも、これからも生きていこうと思う所存です。

DiaryXXX、CinemaXは、従来通り更新を続けてまいります。
シナリオは、11年目に突入した今年も応募を続けてまいります。
固有名詞を使いますが、猫組(手話サークルの残党集団)やはんどまいむ(手話パフォーマンス)等のバックアップも続けていこうと思いますが、何よりも数年来の懸案であったクレイアニメの製作を、今年こそはまともにやろうと考えております。今、使っているバイオは、そのために買ったようなものですから。

古くからご愛顧頂いている方、最近、ここに足を運ぶようになった方、たまたま通りがかったみなさん、今年のゆーわーるどにご期待下さい。
yuhidakedo

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