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November 26, 2005

パンダ

先日、黒田さん夫妻が新宿御苑を散歩しました。散歩しただけでマスコミが追い回したりするのは滑稽で、まるで動物を追いかけるようにこの夫婦を報じるのにも疑問を感じます。結婚式当日は、テレビでも「幸せそうな笑顔ですねー」などとおべんちゃらを並べ、心から祝おうとするコメンテーターばかりでしたが、本心でそう思っているのか、本当はどうでもいいと思っているのではないのか、と疑いたくもなります。紀宮様もただの人になりました。そっとしてあげればいいじゃないですか。パンダじゃないのですから。

さて、皇位継承問題について、有識者会議において、第一子優先とする報告がなされました。そもそも有識者という定義そのものがあやふやです。様々な会議で有識者と位置づけられる学者と言う人種はかなりいい加減な立場で、現場経験などろくすっぽないのに、机の上で勉強したようなことを頭でっかちに述べる輩が多いような気がします。家で本を呼んでいるだけで選挙活動もせずに次々と選挙を勝ち抜いてきた青島幸男に似ています。
報告書に記された「社会の変化に対応しながら、多くの国民が支持する象徴天皇制の安定的継続を可能にするうえで大きな意義を有する」「女性の社会進出も進み、性別による固定的な役割分担意識が弱まる傾向にある。積極的に受け入れ、支持する素地が形成されている」という部分は、完全な形では絶対に存在し得ない男女平等の世の中を追い求める夢物語を描いているようなものです。少なくとも就労の場では、あれだけ機会均等をうたいながら、男女平等になっているかといえば疑問です。最も問題なのは、女性自身(雑誌ではない)が①男と対等にバリバリ働く②仕事は腰掛け程度でやがては家庭に入りたいという2つの相反する思考をそれぞれが持っているということでしょう。
教育が変わればそういうものも払拭できるという考えもありますが、動物の多くはメスが子育てをするということを踏まえると、完全な男女平等というものは極めて難しいといえます。ただ、男性と真っ向に仕事をしたいと言う女性には、参画の場を与えるべきだと思いますが。
報告書は、絵に描いた巨大な餅、はっきりとした根拠のない世論の追い風を受けようとしているかのようです。平等な世の中を追い求める一方、小さな女の子に大の大人が無茶苦茶な敬語を使って崇め奉るような構図を子供達にどのように説明しようというのでしょうか。支離滅裂です。

この問題は、「愛子様を将来天皇にしたい」ということが発端となったといっても過言ではありません。皇太子と雅子様の間に男子がいたならば、このような理論は起きなかったことでしょう。前にもここで述べましたが、だったら例外として認めればいいと思います。例外が前例となって将来、同じような問題になったときも窮地を切り抜けられることでしょう。
この報告書には、それ以外にも問題がありそうです。女性皇族を結婚後も皇族として残すということは、際限なく皇室を増やすと言うことになります。今の皇族は、未成年…つまり小学生のガキんちょにも300万円ぐらいの金が支払われています。これだけでも驚きですが、この報告書どおり皇位継承問題が進められると、女性皇族と結婚した相手にも皇族の半分の金が支払われます。これが中小企業の役員報酬に匹敵する1,500万円。その子にはまた、200万円以上の金が支払われます。ニートは気の毒です。
それでも予算としては、社会保険庁など官庁がスッた金に比べれば微々たるものですが、過剰に皇族を増やして、何の意味があるのでしょうか。ここにも形ばかりの男女平等という偽善の匂いがプンプンとしてきます。日本では天皇が国家の省庁であるように、日本人の多くは、天皇や皇族を崇め奉ります。天皇とはかなり遠い皇族でも大歓迎しますし、旧皇族の末裔とか、天皇の隠し子という言葉にコロッと騙されて金をむしりとられる詐欺事件は未だに後を絶ちません。それだけ皇族と言うものは品位が高いのです。
皇族の人数を増やすと言うことは、希少価値をなくすということでもあり、人数が増えるということでその中に犯罪者が出てきたりするというリスクも発生します。今までの制度では、女性皇族は臣籍降下し、男性の皇族しか残りません。皇族と言うのは、無菌状態で育てられますから、事件を起こすリスクは格段に低いと言えます。結婚する相手も同じように無菌に近い状態で育てられたような女性ばかりですから、妃殿下になっても事件を起こす可能性は低いと思います。
ただ、女性皇族と結婚する男性がそうとは限りません。どう考えても男女が同じように育つわけがないので、女性皇族が結婚して新たに皇族となった相手や、その子供たち、その子供が結婚した相手と連綿と続くなかで凶悪事件を起こしたりする輩も出てくるかもしれません。皇族に関わる男性の全部が全部、黒田さんのように草を食んで生きているようなタイプではないのですから。
「育ちが良い、悪い」という言葉は大嫌いなのですが、一般的に育ちが良いとされる子息令嬢は、本人の教育水準よりもむしろ「悪いことは出来ないな」という周囲のプレッシャーによるものが多いといえるでしょう。その部分が薄まれば、犯罪を起こすリスクが高まります。まあ、このことは、危惧に終わるだけかもしれませんが。
それ以上に問題なのは、身近に存在する「離婚」というものです。世間一般でも当たり前に存在するこの問題が、皇族が増えるということでリスクが高まるといえるでしょう。この問題が起こった時、国民が理解するかどうかが、皇族の拡大政策に対するポイントだといえるでしょう。これまではこの妾を囲ったりとかいう方法もあったでしょうが、さすがにこれから先はそうもいきません。現在の社会情勢を配慮するならば、この有識者連中、そして女性の皇位継承に手放しで喜ぶ一部の市民がやがて訪れる可能性が高い「皇族の離婚」という問題について、真摯に受け止める用意があるのか、そこを聞いてみたいものです。近所のヤリ手ババアのようにパズルのように結婚だけさせといて、いかなる問題があろうと離婚を許さないというのでは意味がありません。
皇族は動物園のパンダではないのですから。

ところで、旧宮家の皇籍復帰の問題も出て来ています。さすがに実現は難しそうですが、竹田宮の末裔としてちょくちょくテレビに登場し、タイミング良く本まで出版する竹田恒泰なる人物は、僕の記憶だと数年前に怪しいガソリン添加剤を売ろうとしていたような気がするのですが、これは気のせいでしょうか。どうやらプロフィールからは抹消されているようですが。数年ぶりにテレビを見て、学者のように振舞っているのでびっくりしました。祖父も父もご立派な方なのですが。やりたいことが何でも出来るというのは、うらやましいことですね。
karasumori

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November 23, 2005

最初の一手

建設物の強度偽造は、日本全国に波及しそうな勢いです。次々と問題が発覚するのは、ガードレールの突起物に似ています。まるで、水面下ぎりぎりで存在していた問題が、何かのきっかけで次々と浮上してくるような感じです。
この問題は、いろいろなところに責任がちりばめられているので、事件そのものの解決は長引きそうですが、少なくとも住民と最も近い住宅販売会社の対応においては、最初の一手に差が出ています。棟数の差こそあれど、シノケンは住民の引越し代金を負担すると表明すると矢継ぎ早で住民の購入金額で買い戻し、年内解体という対策を打ち出しました。そうかと思えば、ヒューザーは「おじまのおじゃま」など社長が不謹慎なだじゃれを言い、公的資金の注入を訴える始末。サン中央ホームは突然、引越し代金の上限を設定し「値切る」対応に出たようです。
僕は「性悪説」を支持しているのですが、さすがに引越し代金を水増ししてマンション購入費用の損害に宛てようというセコい住民はいないでしょう。
最初の一手のつまづきで、企業が受けた傷口は、ちょっとやそっとじゃ治せなくなり、やがては企業生命を左右します。例えば、数年前に雪印が引き起こした食中毒事件への対応は、社長の「寝ていないんだ!」発言をはじめグダグダ対応が遅くなり、牛乳のリサイクルなどもしかしたら出なくても済んだ問題まで暴露されてしまい、巨星が白色わい星に萎んでしまうが如く小さなチーズ屋に戻ってしまったことが記憶に新しいところです。
一方で、参天製薬の毒物混入の恐喝を受けるや否や、対策商品が揃うまで店頭から商品を引き上げたのは、見事な対応でした。これも仮に「従来品で充分対応出来る」などと言っていれば、ユーザーは離れていったに違いありません。ということで愛用しています、サンテFX。
負け逃げをした木村建設、開き直る姉歯建築士を許してはおけませんが、これらに対する損害賠償を前にとりあえず出来るだけの誠意を見せたシノケンは立派です。偽造を知っていたのなら話は別ですが、こういう絶妙の対応は、やがてはユーザーの信頼を勝ち取り、自らの利益へと繋がります。まさに「損して得取れ」です。
一方で目先の利益や損失を天秤にかけると、信頼は一気に失います。

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November 22, 2005

ソウ2

CinemaX第60回目。
メインサイトにCinemaX Guideというコーナーを新設したのですが、あらためてカウントしてみると数え間違いや2本立てを分離したりなんかして、結局今回で60回ということになりました。門田。

ソウ2
製作総指揮:ジェームズ・ワン、リー・ワネル 、ピーター・ブロックほか
監督:ダーレン・リン・バウズマン
脚本:ダーレン・リン・バウズマン、リー・ワネル
出演:ドニー・ウォールバーグ、ショウニー・スミスほか
上映時間100分
(公式サイトはここ

「大嫌いな六本木」

前作のSAWは、意外に面白くて、ユージュアル・サスペクツを髣髴をさせるダークホースのような映画でしたが、続編の評価やいかに。

まず、続編に対する僕なりの観点を申し述べなければなりません。
続編には以下の特徴があると思います。
①本来映画の前半で時間を割かなければならない登場人物やルールの説明があまり必要ない。
②観客にストーリーの展開の先読みをされやすい。
③手放しで作品を応援してしまうファンが過剰に良い評価をしてしまいやすい。
④第一弾を超えるような続編はほとんどない。

ということなので、僕が続編を評価する場合は、前作と続編を比較しつつも①の上げ底を取っ払って、前作を観ていない観客がどれぐらい楽しめるかを重視します。ちなみにCinemaXのソウの評価はこちら
前作に比べ、改善されたのは「テンポ」です。ソウでは、唐突に映像の早回しの場面が登場して「何だこのテンションは?」と戸惑うこともあったのですが、ソウ2では、是非はともかくとして、一貫して映像の早回し場面が登場します。
ちなみにソウ2は、ソウの監督は製作総指揮として参加していますが、実際は監督、ダーレン・リン・バウズマン
が「オレならこう撮る」といって作ってしまった感じのする映画です。早い話が、リングがウケたので続編を無理矢理作ったり、バトルロワイヤルを参考にネット上で素人がこぞってバトルロワイヤルの続編を書いたりするのと同じノリです。こういう映画は、元祖のしっかりとした設定(続編の話が持ち上がるほどですから)の上に成り立つ映画ですから当たれば大当たり、外れれば総スカンという状態です。人気の漫画を原作としてドラマ化するのに似ています。原作はヒットするような名作が多いので、当たれば大当たり、外れれば本来のファンから集中攻撃を受けますから。恐ろしい。

さて、そのソウ2ですが、前作に比べ現実感はなくなっています。あらすじは他の映画関連ブログをご覧になれば分かると思いますので割愛しますが、前作は自分も置かれかねない状況の中で、リアルタイムで話が進展するところに面白さがありました。特に密室の中で進むエピソードは秀逸でしたが、ソウ2では、同じ密室でも家の中へと範囲が広がっています。これがやや緊張感を薄れさせてしまいます。
例えば、ドラゴンクエストはたった一人ぼっちの旅からⅡ以降はパーティを組めるようになります。それにつれて一度に持ち歩けるアイテムは増え、ある意味楽しくはなりますが、ヤギのように薬草を食みながら敵と戦うような緊張感は薄れます。ましてや馬車などを引っ張るようになると、いろんなキャラがいるという楽しみはありますが、緊張感が全くない状態になります。映画で言えばアルマゲドン。死と隣りあわせで小惑星の上をさ迷う割には。キャラが多すぎて緊張感は皆無でした。

さて、キャラの魅力に触れてみましょう。前作は金がかかっていないのか、とりわけ魅力のある俳優はいませんでした。そういう場合はストーリーの良し悪しが映画を大きく左右します。アニメでいえば今、CSでやっているイノセンスや旧世代のアニメ、オネアミスの翼などは、それらの作品が製作された当時としては、第一級の映像技術によるものです。ただ、登場人物に魅力がなさ過ぎでした。大竹まこととテリー伊藤を足したような地味なおっさんが主人公のイノセンス、一条輝が初めて持った小隊のメンバーで、ノーマルカラーのVF-1Aでマックスの後ろを飛行中、爆発に巻き込まれて叫び声をあげながら死んでいった柿崎のような人物が主人公のオネアミスの翼…マニアックすぎますか?
今、CMや街頭販売が熱心なハウル…もそうですね。星にぶつかったという意味不明な青年の魅力はこれまでの宮崎作品の中でどれぐらいのものなのでしょうか。宮崎アニメ全て良しと手放しで評価するファンの後押しと声優の人気だけに頼ろうとしていなかったか、疑問に思います。特にキムタクの声優としてテスト(?)された時に宮崎駿は「この声しかない!」と思ったようですが、「これでストーリーがショボくてもなんとかなる」ということではなかったのかと疑いたくなることも。ところでキムタクは養老猛の本、本当に読んでCMでああ言っているんですかね?仮に台本があるにせよ、ああいう自然な演技は上手いですね。養老猛のヨタ話、バカの壁以降もいまだに発刊が続いていますね。

話が逸れました。ソウ2に戻ります。
前作と続編をタネを見破る難易度から評価すると、実はソウ2は見破ることが出来るシーンが一箇所だけあります。編集側が意図的に入れた映像なのですが、そこで犯人が分かります。一方でソウは全く予測がつかない。このあたりが前作を観た観客に話の展開を読まれやすいという続編の短所ともいうべき部分かもしれません。ただ、意図的という部分が重要で、おそらくこのシーンがなければ突然登場した逆転クイズに今までの設定をひっくり返される印象が余計強まるように思います…ということは、ソウ2の設定に無理があるということにもなりますが。

最終評価「B」

刑事が勘違いしてしまうトリックはなかなか見事でしたが、作品全体の評価を押し上げるほどではありませんでした。不必要に痛い映像とともに、登場人物の女性が不必要に薄着だったのは、ストーリーとは別の部分で映画に引き込もうという意図なのでしょうか。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年11月11日
劇場:ヴァージンTOHOシネマズ六本木ヒルズ
観客数:3/369席
感涙観客度数:不明

劇場内でハリポタグッズ(たぶん)を1万5000円分も買い込んでいるセレブ母娘がいました。娘は恐らく家事手伝いなのでしょうが、頭のてっぺんからつま先までいろんなブランドで固めていました。モノトーンでキメたり(色のセンスを放棄しているともとれるので決しておしゃれとはいえない)とか、全身を一つのブランドで固めるよりは100倍マシですが。
困ったのは買い物の長さ。あれも、これもと談笑しながら。そして、待たされるのは我々一般の下民。他の店員、ちゃんとフォローしろよ。ということで劇場込みでの評価は「C」とします。六本木って、僕には合わない(というより似合わない)街なんでしょうね。

ついでに紹介!

ソウ。おすすめです。

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November 20, 2005

なすりあい

建築士が耐震強度の偽造を行った「事件」があちこちで波紋を呼んでいます。反省の色無しの生え際が気になる建築士を取り囲み「反省していますか?」とか正義の味方ばりに問い詰めるマスコミ陣。大人数で押し寄せているのに、各メディアが特ダネのように取り上げるのが妙です。徒競走で手を繋いでゴールするいかれた運動会のようです。こどもたちは「僕、一番になったよ」と大騒ぎ。
「偽造」をめぐっては、件のそもそも規制緩和を行った国の責任だとか、自治体や審査を請け負った企業の責任だとか、議論が渦巻いています。一般紙には、審査を民間に委託できるようにした国の責任を問う意見もありますが、そういうことを未然に防げるよう問題提起を続けていくのがあなたたち巨大メディアの仕事ではないか、とも思えてきます。後になって後ろから石を投げつけるような意見が目立ちますし。
年金制度や消費税増税などの問題もさることながら、もっと議論が必要な障害者自立支援法についても生煮えのまま施行されようとしています。来年4月以降、どういう問題が起こるかわかっているはずなのに、メディアのトーンはちぐはぐ。同じ会社でも激しく制度の欠点を追求してみたかと思えば、一方で別の意見を述べたり、ダンマリを決め込んだり。外側から厚生労働省を批判しても、同じ会社の社員が記者クラブの中にいるわけですから、過激な取材はやりにくくなります。政治に対する批判も同じです。
まあ、世論を巻き込むような大問題が起きたら、どうせ事後調整で社会提起みたいなことをやるんでしょうけど。

さて、先日、ガンダム展に行ってきました。上野の森美術館で12月25日まで行われています。
公式サイトはここですが、こちらの取材でほとんど説明されています。入場料1300円。いつものように上野駅で前売券が売られていれば恐らく100円引き。僕は金券ショップで買ったので900円ですが、内容を知っていれば300円でも行かなかったでしょう。
中の展示は、若手アーティストによるファーストガンダムをモチーフにした「芸術」ですが、学芸会のようなノリの作品で1000円以上の金を取ることに少し疑問を感じました。そもそもコンセプトが学芸会のようなものなので仕方がないかもしれませんが。恐らく、音声ガイドを利用しないと寒めのパロディのような意味の分からない展示物群を素通りしてしまうことでしょう。ガンダムバズーカ型の筆は面白かったのですが、ワンワンスタイルの巨大セイラ・マスも意味分からず。少ない展示の祭儀には、これまた学芸会のようなノリでガンダムクッキーやTシャツが販売されています。そして、ここにあるのが唯一ともいえる目玉、限定プラモデルです。しかも144分の1で1260円。お一人様5個というのは、恐らくそれだけオークションに横流しする輩が多いということなのでしょう。
ちなみにオークションサイトでは、1500円程度で落札されています。ちょうど今、ヤフーオークションで出品している方は典型で5個全てが同じ値段で落札された場合、(1500-1260)×5=1200円。正規の入場料が1300円ですから、あまり効率が良くないですね。先日発売されたガンダムの雑誌だかの付録についていた初期バージョンのガンダムのブラモデル(144分の1)でも感じたのですが、ガンプラの中で人気の低いガンダムだけを復刻あるいは商品化することに「ガンダム世代の人が企画したものじゃないな」と思うのは僕だけでしょうか。
そういう僕も限定品ガンプラを一個だけ買って帰りました。そのうち作るでしょう。「初日は会場前に長蛇の列」「今も会場前に数人が待っている」「半日は楽しめる」などという評判と実際に行って感じた印象があまりに違いすぎるイベントでした。「感動しました」「面白かったです」と観客のコメントだけを流して集客しようとするクソ映画の宣伝のようです。
ところで封切前に既に暗雲がたれこめている「SAYURI」は、いったいどういう宣伝の仕方をするんだろうなと思いましたが、最近のCMを観ると完全にイメージ戦略に走っていますね。囲炉裏端で草履をはいたまま飯を食っているような映画を映画ファンはどのように評価するのか、映画の内容以上に気になるところです。
gundam

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November 13, 2005

TAKESHIS'

CinemaX第57回目。

TAKESHIS'
監督・脚本:北野武
音楽:NAGI
出演:北野武、ビートたけし、京野ことみ、岸本加世子ほか
上映時間107分
(公式サイトはここ

「結局は…」

「TAKESHIS'」です。「TAKESHI’S」ではなくて、「TAKESHIS'」です。今回は、賛否両論渦巻くこの「TAKESHIS'」を取り上げます。
ちなみに僕は、テレビで片鱗を伺わせる北野武の知識や教養は尊敬していますが、監督作品を全制覇しているわけでもなく、彼の作品に傾倒している訳でもありません。ここらへんのスタンスが、この映画の評価を大きく左右するのだと思うのですが…。

冒頭は、戦場のメリークリスマスをイメージさせる映像から入ります。坂本龍一に傾倒する相方は「こんなシーンはなかった」との賜っておりますが、もしかしたらそうなのかもしれませんし、こういうのは雰囲気だけでもいいのかもしれない、と思いました。おそらく、いわゆる北野武の原点というべき部分なのかもしれませんし…と最初は真剣に考えていました。
この映画は先に進めば進むほど、難解になります。シーン一つ一つの作りは丁寧だと思うのですが、これほどズタズタに切り刻まれると脈絡がなかなか掴めません。こういうのは映画だから許されるのでしょう。チャンネルをすぐに変えられてしまうテレビなら許されない構成ですし、少なくとも劇場に来ているのは「世界のキタノ」作品に触れようと思っている人たちのはずですから。

ターン1までの評価「C」

このもう一人の北野が、北野武の分身だと言う人もいます。ただ、この男は劇中のどこにもたけしという名前は名乗っていないんじゃないと記憶していますので、この北野という男は、深読みすれば「TAKESHIS'」の一人ではないということにもなります。この映画をまともに考えようとすると、北野武が売れない頃から今まで、周囲から受けてきた恩と仇、それを清算すべく贖罪を加えて映像にしようとしたのではないか、と「こじつける」ことも出来ます。それを強調するために、北野という男を引っ張り出していると「こじつける」ことも出来ます。
そもそも、北野武監督作品でストーリーを引っ張り出すことは難しいはずですし、多くの映画ファンは海外で評価されるまで北野武監督作品は意味が分からないと評価していたはずです。それがプロ野球のにわかファン(来年はマリーンズファンがさらに増殖しそうですね)のように増殖し、座頭市というとっつきやすい映画に触れたことで、普通の監督としてリセットされた訳です。その頭でこの映画を観ると余計混乱するでしょう。分かりやすい映画を観たいのなら、構成がしっかりとして外れがない井筒和幸監督作品を観ればいい。ただ、題材は別として全体的に枠をはみ出さないので大当たりもありませんが。
「TAKESHIS'」は、何も考えずに作っているのではないかという見方もあります。おそらくこういう論争をさせられるということ自体が、監督の術中にハマっているのでしょう。

ターン2までの評価「C」

いい映画というのは、観ていて「あー、そうなんだよなー」とか「え?そうだったの?」など、「考えさせられる映画」だと思います。一方、「考えさせる映画」というのは、僕は映画ではないと思います。言葉は同じようでも別物。長文でも小説と論文ぐらい違うものだといえるでしょう。楽しそうな小説の装丁で中身は延々と論文が収録されていては金返せということになります。「TAKESHIS'」はまさに考えさせる映画です。そのうえ答えがあるのかないのかすら分からないというのですから悪質(?)です。

この映画を、北野武の夢の中だという見方もあります。それも間違いではないのでしょう。夢の中というより、精神世界の中ということでしょう。例えば僕は、幼い頃から車に乗るとガードレールの支柱の間隔で乗っている車がウサギのように跳ねているようなイメージがありました。世の中いろんな人がいますから、同じイメージを持っている人もいるでしょう。インターネットは人間の頭の中のような部分もあるのでそういうマイナーなことを共有することも出来ますが、お金とって劇場で精神世界の中を見せようとするのなら、こんな横暴なことはないでしょう。駆け出しの若手監督の自主制作映画じゃあるまいし。

恐らく、北野武は「TAKESHIS'」で自分の作品に対する評価を崩したかったんだろうと思います。日本では、どんなデザインの悪いバッグでもブランドのロゴが入っていれば売れます。今のように芸人として名が通る以前は「日本一ファッションセンスの悪い芸人」として小馬鹿にされ、さらに恥ずかしい衣装を着させられていましたし、映画も海外で評価されるまでは、一部の映画関係者を除いて「芸人が映画なんか撮るなんて」と海外に飛び出す時の野茂英雄のような冷たい評価を受けていたのも嘘ではないでしょう。それが、評価が高まるにつれて掌を返したように人が付いてくる、慕ってくる。そのなかで無茶苦茶な映画を作って皆がどういう評価をするか楽しんでいるような気がしてなりません。ということで僕はこういう評価をします。

最終評価「評価なし」

だからと言ってキャシャーンのような映画とは同列と考えてはいけません。「TAKESHIS'」には、モンタージュなど巧みな編集技術が盛り込まれています。初期の北野武監督作品を観て、一部の映画関係者が感じたことは「この監督は相当に勉強をしているな」ということでした。多忙であるはずの今でさえ、最新の社会情勢を常に把握しているのをみると、寸暇を惜しんでいろいろなことを学んでいることが分かります。黒澤明が北野武を評価していたのは、恐らくそういう部分なのでしょう。逆にキタノ作品が海外で評価されると慌てて評価を翻した奥山和由はその対極に位置します。

この映画に対する評価で最も危険なのは、この映画をまともに鑑賞できる人だけが北野武に選ばれた人であるというような選民思想(?)のようなものです。この映画を観て「このぐらいも分からないの?」と見下すような感覚です。「TAKESHIS'」に対して、映画評論家は、難解な数式の解を得たかのように勝ち誇った書きっぷりで評論しています。しかも、北野武とこの映画を賞賛しながら。あたかもご機嫌をとりながら時流に乗り遅れまいと壊れそうな筏に必死にしがみついているような感じです。お金が絡んでいるので難しいとは思いますが、分からないなら、分からない、面白くないのなら面白くないって書けばいいのに。
鬼籍にいるので叶いませんが、「その男、凶暴につき」の脚本を徹底的に改ざんされ激怒し、北野武を全く評価していなかった(作品までかどうかは分かりませんが)、野沢尚の評価も聞いてみたかったような気もします。監督を降板した深作欣二や前述の野沢尚がいなければ、脚本から主演もこなす映画監督の北野武はなかったかもしれません。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年11月19日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:30/151席
感涙観客度数:不明

美輪明宏の「ヨイトマケの唄」はやはり迫力がありました。出来ればこの部分だけでもノーカットでやってほしかったです。ストライプスとどのように掛け合いをやろうとしたのかも気になります。DVD化に際していろんなオマケが付いてくるとおもいますが、ダラダラとシーンをくっつけるぐらいなら、この部分だけでも完全収録してもらいたいものです。

ついでに紹介!

ヨイトマケの唄、タイトルで混同されやすいイヨマンテの夜、ついでに…。

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November 11, 2005

差その2

アジアシリーズ、千葉ロッテマリーンズがサムスンライオンズに勝利しました。ここで触れたかもしれませんが「SUMSUNG」をサムスンと読むか、サムソンと読むかでジェネレーションギャップが生じます。「SUMSUNG」は昔、サムソンと読む人が多かったのですが、「SUMSUNGが」コンピュータ関連等の分野で台頭し国際化が進んでくるなかで「サムスン」と読む人が増えてきました。実際の発音は「サムスン」が近いですし。
このようにジェネレーションギャップが生じる言葉はいくつかあります。古いところでは「タイレル」と「ティレル」、少し前では日本で親しまれた「ネッスル」という読み方を捨て、オリジナルのフランス語読みに変更した「ネスレ」とか。他にも「コムロ」で連想する人物が小室等か小室哲哉かとか、「クラブ」の発音とイメージとか探せばいろいろとあります。
最近で顕著なのは「ヤバい」でしょうか。否定的に使うか、肯定的に使うかでジェネレーションギャップが生じます。それ以上の世代ではこの言葉自体、はしたないと使わない人が多いわけですが。

さて、小笠原航路への導入が期待されていたTSL(テクノスーパーライナー)について、国土交通省と東京都は予算計上を諦め、断念しました。結果として115億円の金が無駄になるわけですが、あいもかわらずテレビや新聞はそれだけで批判一色です。叩きやすいところから埃を出そうとする姿勢は変わりませんね。
TSLを導入した場合、年間20億円の赤字が出ると言われていますので、このまま先に進んで赤字を出すよりはよっぽどマシです。むしろ英断ともいうべきかもしれません。あちこちで採算度返しの保養施設を作りまくったのは無駄遣いとしかいいようがありませんが、それとTSLを同列に扱うのは筋違いです。
しかも過去の開発費にまで遡って無駄遣いだとか批判するのは愚の骨頂です。例えば企業などでプロジェクトが失敗すると、どこからともなく現れて「それみたことか」と失敗をネチネチと突付くおっさんに似ています。後から言うのは簡単なのですから。
TSL導入断念を批判する一方、多くのマスコミは民意に相乗りして高速道路を作るのをやめろと言っています。例えば諫早湾の干拓事業がもし今、中止され、水門が開けられたなら、正面切って「これまでの金がもったいないから水門を閉めろ」というマスコミがいるでしょうか。常に読者をあおって民意を合成し、それに支えられている例えば大手のマスコミがそんなことをするはずがありません。
マスコミが「批判」を展開する場合、真の批判なのか、苦し紛れの批判なのか、見極める必要があるでしょう。
owarimashita

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November 09, 2005

先々週購入したグラフィックボードが今日、半値になっていました。おそるべし秋葉原。
秋口から体調が良いような悪いような状態が続いているので病院に行ったところ、久々にフルタイドを処方されました。3年ぶりぐらいでしょうか。当時はディスクヘラーという拳銃のリボルバーのような吸入器でしたが、今回はその後登場したディスカスというカタツムリのような容器です。副作用(頭痛)に負けて使用を中止したフルタイドと並べるとキョーダインの変形のようです。
「フルタイドは勝手にやめちゃいけないよ」と数年ぶりに診察を受けた医者は言いましたが、ステロイド薬って医者によって解釈が分かれるんですよ。同じ病院でこれまで診察を受けていた別のお医者さんはステロイド慎重派。メプチンエアーを補助的に使いながらクソ高いキプレスを飲むことを勧められていました。
手が震えるテオドールを拒否し、フルタイドを勝手に(?)辞めて以降、僕が服用する薬は全て喘息の発作を抑え込む薬でしたが、実は炎症部分の治療薬は一種類も含まれていません。都心という空気の悪い場所で働き続けて5年目になりますが、夏場以降は体調が万全の日は数日しかありませんでした。この環境で仕事をするのはそろそろ限界かもしれませんね。

さて、全国小売酒販組合中央会の元事務局長が数億円にもおよぶ横領で家宅捜索を受けています。加えて海外の投資会社が破綻し預けた144億円が戻らないという状況になっています。酒販業者は「相談もなしに」などと怒っていますが、コツコツ払い込んだ年金が戻らない可能性があるのは気の毒ですが、発言が少し無責任なような気もします。
もっと無責任なのは組合の人間です。テレビのインタビューでもまるで他人事のように元事務局長を批判していますが、業務を他人になすりつけて普段はしらんぷりしていて、いざ失敗したら手のひらを返したように批判するというのは他人の前で身内の失敗を批判する典型的なダメ経営者と同じです。
それにしても逮捕前とはいえ、この元事務局長は何故これほどまでに身元が明かされないのでしょうか。49歳という年齢はいささか若すぎるような気もしますが、いまだに行政指導がまかり通るなど政府の息がたっぷりかかっているともいえる酒販業界ですから、もしかしたら天下りの役人なのかもしれません。

役人といえば、会計検査院の不正経理の指摘を受けて、厚生労働省の役人が大量処分されました。こちらは27億円にものぼります。5億円近く横領した可能性がある元事務局長は恐らく逮捕されるでしょうが、役人の方は大量処分とはいえ、懲戒免職1名というド甘な対応です。訓告や戒告は後の出世に響くかもしれませんが、黙っていれば老後までぬくぬくと働くことが出来ます。
このほかにも社会保険の設備費の過払いなど役人は湯水のように金を垂れ流す一方、消費税増税、定率減税廃止のほか道路特定財源の一般財源化が打ち出されています。道路を作らなければ「善」という風潮にあるため批判は少ないようですが、財源の一つであるガソリン税などは、本来の2倍の税率のまま長いこと維持されている状態であり、一般財源化してガンガン使うということは「もう、2倍のまま戻しませんよ」と言っているようなものです。
この「差」はなんなのでしょう。
sandf

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November 07, 2005

比率

今日は朝から自分宛のFAXが届いた、届かないでSさんが混乱しています。結局は届いていないんですが、挙げ句の果てにFAXを分解しようとする始末。以前もメールが届かないとパソコンを分解しようとしたことのあるSさんですが、仮に分解してデータが残っているとしても、それを解読できるのでしょうか、恐ろしいことです。
仮にFAXが届いていてもSさんの仕事には間に合わず失敗しているわけですから同情のしようもないのですが、こういう時のSさんはどこに責任を持っていこうと血眼になっているので無視するに限ります。何か言おうものなら言質をとられかねませんから。
言うだけ言って責任をとらない人、それがSさんです。最近は上司に叱責されると胃が痛いとか、納得できないとか不満をぶちまけていますが、面と向かって言う度胸もありません。近所に放火でもしないかと不安です…あれ、どっかで聞いたことありますね?

NHKの記者が放火未遂で逮捕されました。大津市内の連続放火についても自供していますから、おそらく罪状は未遂ではすまないでしょう。会社に不満があろうと、軽はずみに建物に火をつけることは一歩間違えば死者を出すことにもなり絶対に許すことは出来ない行為です。NHKの幹部は役員報酬を一部返上しましたが、どこか他人事ともとれるような発言といい、相変わらずお役所仕事だという感じが否めません。
母親へのタリウム投与事件における女子高生の行動は系統化できない極めて異常なもだと思いますが、この記者の凶行に関しては社会の歪が産んでしまったとみることも出来ると思います。この記者に限らず田中長野県知事の動向に関する記者のでっち上げのほか、最近でも確認ミスによる誤報、訂正など以前とは比べ物にならないぐらいの初歩的なミスが目立ちます。それは、社会情勢を背景にどのような層がこの仕事を希望しているか、その比率による影響が大きいのかもしれません。
いくら景気が良くなったといわれているとはいえ、現在でもバブル期とは違い、職業に対する絶対的な選択肢は減少しています。この記者は成績優秀だったようですが、学歴重視の採用がいぜんとして根強い日本では、このような人々はどのような時代も就職先は確保できます。ただし、絶対的な数は少ないので、安定した職種に集中します。大企業、公務員とか。
近年、国家公務員希望者が増加する中で大卒でもⅡ種はおろかⅢ種にまで流入するという現象が問題となっていました。結果的に本来、頑張ってⅡ種がやっと合格できるようなレベルの人はⅢ種に追いやられ、高卒を中心とした多くの人材はⅢ種からあぶれるという問題が発生します。この結果、成績に関しては全体のレベルアップにはつながるものの、人材が均質化してしまいます。
それ以上に問題なのは、成績は優秀だがその仕事を熱望した訳ではないという中途半端な人材が多く混じってしまうことです。こういう人材はエンジンがかかるといいのですが、職場全体に悪影響を及ぼす危険性があります。逮捕された記者が、仕事にどれほどの熱意を持っていたかは分かりませんが、不満がたまると会社を休み、その後数ヶ月も休職するというのはガキ以前のレベルです。
これは、近年、低下したといわれている教員のレベルにもつながるのかもしれません。父兄や地域が学校をあてにせず教師をバカにしているというのも問題かもしれませんが、不景気で安定志向が強まる中で教師にも前述の中途半端な人材が多数流れ込んでいるといえます。だからこそ「商品」であるはずの教え子に手を出したり、あっさりと辞めたりする若い教師が増えているのでしょう。
そもそも会社に不満があるから火をつけていいとか、自分を病気だと抜け抜けと言ってのけるような人間が大企業に入ること自体が問題です。学歴・学力以外にはっきりとした判断基準がないのは分かりますが、数ヶ月も休職させて放置するのも問題だと思います。その間、近隣の住民は放火の恐怖に怯えながら生活しなければならなかった訳ですから。
一記者が情報をスクープしてスッパ抜いても表立っては会社の手柄になります。例えば「NHKのスクープ」という感じで。一方で最近、問題を起こしたマスコミの記者に対する対応をみると、個人として処分をして、あとは出来るだけそっとしておくというものが目立ちます。「他人に厳しく、自分に甘い」という感じでしょうか。
ここが直らないと、こういう問題は今後も絶えることはないでしょう。
wanko051107

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November 06, 2005

ブラザーズ・グリム

CinemaX第56回目。

ブラザーズ・グリム
製作総指揮:ジョン・D・スコフィールド、クリス・マクガークほか
監督:テリー・ギリアム
脚本:アーレン・クルーガー
音楽:ダリオ・マリアネッリ
声の出演:マット・デイモン 、ヒース・レジャーほか
上映時間117分
(公式サイトはここ

「あれもいいわね…うーん、これもどうかしら」

18~19世紀に活躍した「赤ずきんちゃん」「白雪姫」「シンデレラ」「眠れる森の美女」などの数々の童話の作者、グリム兄弟を主人公にした映画です。といってもモチーフにしているだけであって実話ではありません。この辺の境目の曖昧さが気になる人とそうではない人では評価が二分されてくるような気もしますが…グリム兄弟って3人いるんですね、実は。
やたら楽しそうなCMも気になりますし、思い起こせば初夏、「バットマン」や「スターウォーズ」など怪物の公開初日に挟まれた宇宙戦争がそうであったように、行事が困って軍配を上にあげたような週半ば(ブラザーズ・グリムは11月3日木曜日、宇宙戦争は6月30日水曜日封切でした)の封切りが何を意味するのか…考えてみましょう。
本編は、豆のエピソードからスタートします。ここを上手く利用して「ここから幻想の世界に入りました」という風に説明すれば、多くの観客にも理解出来る名作になり得るような気もするのですが、せっかくの目玉品を手にとってもガサッと買い物籠の底に放り込むだけでした。そこから悪夢の数十分がスタートします。
「???」
「????」
「???????????????」
意味のないセリフ、かえって怒りを買うような小ネタ、不必要にハラハラさせるような演出…冒頭からこの映画を理解しようと感情移入を試みるつもりがない方や、早々にそういう作業を諦めた人、根っからのテリー・ギリアムファン以外の方は、前半は、苦痛に満ち足りた時間を過ごすことになるでしょう。
怒りがこみ上げる映画といえば、「キャシャーン」がおなじみです。映像的にはブラザーズ・グリムのほうがマシなのですが、空気が全く読めていない小ネタは共通するものがあります。吉本新喜劇には比べ物になりません(比べる人もいないでしょうが)
いい加減、この映画を理解しようという気が薄れてくると、僕は睡魔に襲われました。「寝てもいいよセンサー」が働いたためです。寝ている間中、グリム童話の数々のエピソードが登場したようでしたが、本編のストーリーとは殆ど関係は「ないような内容」だったようです(劇中の小ネタもこんな雰囲気です。しょーもない)

前半の評価「D」

そして、意識は後半にワープします。相変わらず現実なのか幻想なのかはっきりしないまま、グリム兄弟はドイツのある村に移動します。11人の行方不明になった子供を捜すために。あいかわらず中世のドイツというと、近代化が遅かったことをこれでもかと印象付られるような映像ばかりですね。
さて、ここからブラザーズ・グリムは少しだけ盛り上がってきます。「His eyes…」なんかセリフで言うな!という感じですが、主人公は事件を解決するという動機を得て、少し血の通った人物に昇格します。それでも無意味な喧嘩とか、恋愛でもめたりしています。余計なエピソードが多すぎです。
塔の謎解きはそれなりに面白いのですが、せっかく更正(?)しかけても横槍が入りすぎて話がぐちゃぐちゃになります。「そういえばこういう伝承がある」など突然飛び出す構成上の飛び道具満載で出来の悪いRPGのようです。こういうのは冒頭からこの手のエピソードが登場するかもしれないという予兆をみせておかないと何でもアリになってしまい多くの観客が混乱します。これまでの得点が無意味になる逆転クイズのようなもの。しかもテンションがまばらで幸楽でラーメン食って店を出たら宇宙だったみたいな突拍子さ。

最終評価「D」

鏡の女王の美しさ、泥人形の滑稽な走りあたりが数少ない見所といえますが、どいつもこいつも映画全体の不可解さを解消するほどのものではありませんでした。ブラザーズ・グリムを自分なりに更正させるならば、現実と幻想をはっきりとさせる必要がありました。あえてグリム兄弟にこだわる必要はないのかもしれません。そういうものもあえて覚悟して作ったのなら、それはテリー・ギリアム作品の分かり難さということにもつながるでしょう。
そういえば昔、キャメロン・ディアス出演作品を制覇しようとした過程でテリー・ギリアム監督作品「ラスベガスをやっつけろ」を観たのですが、鑑賞後の空虚感は全く同じです。誰かブレーキをかける人はいなかったのでしょうか。脚本家1人に対して製作総指揮が6人も名を連ねるというのも異常な感じがします。複数脚本(?)は誰かがリーダーシップをとらないとクソ映画にぶれたり、味気ない内容になってしまう危険性もありますが、成功すると厚みが出ます。黒澤映画の全盛時代を支えたのは、黒澤明自身が菊島隆三、小国英雄、橋本忍などの有能な脚本家をぶつけあっていたからだともいえます。これらの脚本家はそれぞれ個別に活動すると著しくパワーダウンしてしまうことからも黒澤氏の統率力がうかがえます。自身が一人で脚本を作ることが多かった初期や晩年の作品と比べると勢いが違うことが分かります。

無計画に買い物に行くと、いろんなものを買いすぎてしまうことがあります。あれもいい、これもいい、と。この映画はいろんなものを詰め込みすぎました。人間は思ったほど頭が良くありませんから、一時期に詰め込める情報は極めて少ないということを忘れてはなりません。あれもこれもとエピソードを詰め込むというのは、キャシャーンやスターウォーズ・エピソードⅢ(特に後半)も似たようなものですが。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年11月5日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:80/151席
感涙観客度数:しるか!

最後のシーンで笑う観客が多かったのですが、こんな子供だましの設定で笑いやがって!主人公が何で生きていたのかちっとも説明がついてないのに。自分の腹から大出血しながら平気で笑っているのと同じです。

ついでに紹介!

何をやっつけたいのか分からない映画と常に反面教師として扱われる映画。劇場売りプログラムの販売価格やDVDの定価は映画のつまらなさに比例するような気がするのですが…。

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November 04, 2005

ティム・バートンのコープス・ブライド

CinemaX第55回目、マツイ。

ティム・バートンのコープス・ブライド
製作総指揮:ジェフリー・オーバックジョー・ランフト
監督:ティム・バートンマイク・ジョンソン
脚本: パメラ・ペトラー、キャロライン・トンプソン、ジョン・オーガスト
音楽:ダニー・エルフマン
声の出演:ジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム=カーターほか
上映時間77分
(公式サイトはここ

「緊張感」

あの監督はどういうような映画を撮るとか、全く気にならないのですが、…チョコレート工場からそう時間が経っていないので今回は珍しく先入観がある状態で観ました「この監督は、イカレポンチな映画を撮る」という具合に。

それにしてもティム・バートンのコープスブライドというタイトルは如何なものかと思います。巨泉のクイズダービー、巨泉の世界まるごとHOWマッチみたいなノリです。まどろっこしいことをせず「コープスブライド」だけで良かったのかもしれません。上映時間も短いですし、シンプル・イズ・ベスト。

本編スタート。ストップモーション・アニメということもあり、映画そのものは独特な雰囲気ですが、導入部は…チョコレート工場と同様に見応えがあります。これから物語が始まりますよ…というようなドキドキ感すら感じられます。そして、主人公(ビクター)とヒロインであるビクトリア、コープスブライドが相次いで登場します。この映画はまどろっこしい説明は抜きで、テンポがいいのが最大の特徴です。物理的にダラダラとシーンを長くするのは命取りなので緊迫感もあります。

ターン1までの評価「B」

あえて短所を挙げるならば映像が暗くて観難いということなのですが、中盤まで観進めるとこれすら仕掛けであることが分かります。あの世とこの世の映像表現のちょっとした皮肉も監督の才能と言えるのでしょうか。そして、あの世のミュージカル仕立てのお祭騒ぎでこの映画のイカレ具合がピークに差し掛かります。テーマそのものが暗く、映像もダーティな部分が多いですが、お子様方もこの部分は大喜びするのではないかと。トロンボーンを拭いていてトランペットの音がするのが気になりますが。この手の音間違い(?)とか、実写によくある運指違い(?)はある意味定番なので目をつぶるしかありませんが、他の部分にリアリティを追求するのならどうしてここを邪険にするんだという気もします。楽器経験のある人間って結構多いはずですから…話が逸れました。

人間関係でいえば、研ナオコを連想させるコープス・ブライドをはじめ、ビクター、ビクトリアの主役級の人間のいずれもが決して悪人ではないところが秀逸です。真の悪人は3人ぐらいしかいません。不意に人を傷つけてしまうこと、傷つけざるをえないような展開は、西洋人よりもむしろ日本人に理解しやすいといえます。題材や見た目こそイカレポンチですが、案外王道を行っている映画ともいえます。

ターン2までの評価「A」

あっという間に訪れるクライマックスのシーンでは、ビクターがどちらをとるかという人生を左右するような問題に直面しますが、悩む間もなくここはあっさりと進んでしまいます。ビクターが主体的に動くようなシーンがあれば、もう少しストーリーに厚み出たのかもしれません。コープスブライドの行動は日本の古典芸能のよう。人形浄瑠璃とか、古典歌舞伎とか。

最終評価「A」

上映時間が短く、時間だけで判断すれば劇場が割引料金を設定してもいいような気がしますが、実写はもちろんのこと、アニメやCGより遥かに手間と時間がかかるストップモーション・アニメですから、スタッフの労力を考えれば2倍、3倍の料金が欲しいぐらいともいえるでしょう。前述のようにシーンの無駄撮りは命取りになる映画ですから、緊張感があります。これは、フィルムが高価だった頃の映画撮影に通じるものがあります。シナリオを書いて、シーンをバラバラにして並べ替えや削ってやっと撮影に入るような感じです。テレビドラマは時間の制約がありますが、映画は常識とされる時間内であれば特にありません。
それでいて3時間を超えるような映画の割に内容が水のように薄かったりする映画に出会うと腹が立ちます。監督の我侭で長くしているのも問題ですが、最近ではDVDの普及によりディレクターズカットという無駄シーンを盛り込んで水増しした映画も少なくはありません。時間的制約からやむなく削除したのなら別ですが、本来はゴミ箱に捨てられたシーンを入れて間延びしないわけがありません。最近の悲しむべき風潮です。
シーンを水増しして失敗した代表例は、ニュー・シネマ・パラダイス、泣く泣く削除した例は…愛のコリーダ?別の意味ですが。あと、映画ではありませんがドラゴンクエストⅡ。メモリの制限からシーンや背景、アイテムの多くが削除されました。それだけに内容が濃く、ドラゴンクエストシリーズで最も評価が高いゲームの一つとされています。関係ないですか。

テーマや映像が暗いのでお子様のために一本という感じではありませんが、どこかディズニーランドのホーンテッドマンションに共通する雰囲気、途中のミュージカル仕立ての映像は楽しいです。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年11月3日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:90/154席
感涙観客度数:不明(鼻すすり音ではほとんど検知出来ませんでしたが、じんわり感動している人が多かったような気がします)。

ワーナーマイカルシネマズ、予告編前の映像がポップコーン砲からシンプルなものに変わったようです。

ついでに紹介!

クリスマス商戦にぶつけたいのかわざわざDVD化を遅らせた感のあるポーラー・エクスプレスがついに発売。ついでにアラン・シルベストリのセンスが光るサントラもどうぞ。電車でも爆睡必至。

クリスマスと言えば、踊る…真下正義は公開は夏なのにクリスマスの話でした。きっと、今年のクリスマスにぶつけてくるんでしょう。大人の商魂見え隠れ。

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November 03, 2005

あるコーヒー豆屋の叫び

新橋駅前、いつも雑誌を買っていた露店(?)のおばさんが復活しました。ちょうどお盆ぐらいに姿を見せなくなったので気になっていましたが、昼のおじさん(といってもおばさんより若い)に聞いてみたところ「そろそろ戻ってくる」という話でした。
この店は、朝はおばさん、昼~夜はおじさんが店主という変わった露店(?)です。恐らく親子じゃないかと思うのですが、売る雑誌の管理も別々で不思議な感じです。ということで寒い雨の日におばさんが復帰しました。病気で手術したらしく幽霊のように痩せて青白い顔をしていましたが、最近は少しづつ元気になっていっているようです。
タイアップ記事ばかりでこれまで以上に読み応えがなくなった週刊SPA!を読むのを辞めようと思っていたところですが、当分買い続けようと思います。感情のない「いらっしゃいませ」語尾が上がる「ありがとうございました」という挨拶だけのコンビニで買うよりは人間味がありますし。

さて、僕は酒もタバコもやらない代わりにコーヒーを浴びるように飲む人間です。豆は近くのコーヒー豆屋さんで買うのですが、昨日「最近、コーヒー豆が売れるでしょう」の一言で普段は無口な店主のおじさんが機関銃のように話し始めました。面白かったのでここに収録します。
まず、「最近、コーヒー豆が売れるでしょう」の根拠は、ご存知の通り先日の「発掘!あるある大事典Ⅱ」でコーヒーを飲むと代謝が上がると紹介されたからでした。この番組はこれまでも健康オタクの人々に腎臓がおかしくなるぐらいニガリを消費させたり、スーパーの店頭から心太(ところてん)を一掃したり、食品業界にコエンザイムQ10特需をもたらしたという「前科」がありますが、コーヒー豆も例外ではありませんでした。しかし、店主は言いました。「もう少しコーヒーのことを考えた内容にしてほしい」と。
店頭で売れているのは、ハワイコナとマンデリンだそうです。特にマンデリン。ハワイコナは高価なのでマンデリンに流れるのでしょうか。ここから先は説明臭くなるので店主の言葉をそのまま掲載します。
「マンデリンは浅煎りにするとまずくなる。中煎りか中深煎りにしないと味が出ない。カフェインと言う意味では浅煎りだと少し多いかもしれないけど、味が落ちるよ」
「少なくともコーヒー業界の関係者が番組に関わっていたなら、マンデリンで浅煎りを勧めることはないと思う。ゲストが実際にマンデリンを浅煎りで飲んでおいしいと言っていたけど、あれは中煎りか中深煎りを薄めて飲まされているんじゃないかな」
「成分だけでまずいコーヒーの飲み方をされるのは悲しい。ああいう番組に取り上げてもらって、これまでコーヒーを飲んでいなかった人がコーヒーに親しむ機会が増えるのは嬉しいことだけど、まずくなるような飲み方をして、コーヒーはまずいと思われるのが悲しい」
まあ、切実な声です。というわけでこの店主は月曜日以降、「マンデリンの浅煎りをくださーい」とやってくるおばちゃんに「中煎りか中深煎りのほうがおいしく、カフェインの量も驚くほど落ちない」ことを説明しているとのことでした。それを一人一人に説明しているのですから疲れるはずです。それでもわざわざ浅煎りを注文して買っていく人も少なくないようです。イメージとしては、虎柄のカーディガンを着て、下は黒のスパッツを履いたブルドッグ顔に金縁の大きなフレームのめがねをかけたおばちゃんが、世の中に何の不満があるのか分からないままふてくされながら買っていく感じでしょうか。
店内で豆を焼いてくれる店はそんなにないはずなので、多くは既製品を店頭で買うことになるでしょうが、マンデリンの浅煎りなんてものはほとんどないはずです。どうしてないのかは、推して知るべし、です。例えば世の中、多くの穀物や果物が酒に加工されて飲まれています。おそらく醸造酒を経て蒸留酒に進化していったのでしょうが、とうもろこしだけを原料にした酒に関しては蒸留酒であるバーボンしか残っていないのは何故でしょうか?恐らく不味かったからでしょう。
あるある大事典も番組開始当初は今のような健康オタク番組ではなく、「家具とかに小指のカドをぶつけると腹が立ちません?」「あるあるー!」というような日常のあるある現象を取り上げるだけのしょーもない番組だったと記憶しています。それが何故淘汰されたのか?これも浅煎りマンデリンと同じです。

というわけで浅煎りコーヒーの話はここで終わりのはずだったのですが、つい浅煎りということで万博のプレビューで飲まされた劇的にまずいアラビアコーヒーについて切り出したところ、同じ香料系のトルココーヒーから何故かアメリカンに話が飛びました。これも説明臭くなるのでそのまま掲載。
「アメリカンコーヒーってね、日本でも少し前まで薄いコーヒーって言うイメージがあったけどね、昔のアメリカは豆を量り売りしていたから、浅煎りにするほうが重くて高く売れたんだ(煎った分だけ水分が飛んで量が減るので)」
「だから、アメリカ人はずっと浅煎りのまずいコーヒーを飲まされていたんだけど、40年ぐらい前にコーヒー豆の消費が落ち込んできて、コーヒー業者が美味いコーヒーを提供しようと言うことでやっと中煎り、深煎りのコーヒーが飲まれるようになったんだ」
「その一つの流れがシアトルのコーヒーで、スターバックスもその一つ。あれはエスプレッソをベースにいろんなものを混ぜるんだけど、今度は本場、イタリアのエスプレッソより苦くなりすぎてヨーロッパの人にはウケが悪いんだ。スターバックスがヨーロッパに進出したくてもできない(未確認です)のはそういうわけ」

ふーん、なるほど。シアトルのコーヒーはミルク混ぜたり甘くしたりとかするからパンチのあるエスプレッソが必要だったんでしょう。考えてみればスターバックスなどが進出してきてから、泡だったコテコテのエスプレッソに出会ったような気がします。それまでは量の少ない濃い目のコーヒーという感じでしたし。特にこの手のエセ(?)エスプレッソはJR系のコーヒーショップや軽食屋で売られていましたね。スタバなんかのエスプレッソより薄いということは、これが本場なのでしょうか。

ちなみにエスプレッソで一番好きなのは、セガフレードのやつです。本当に苦い。スターバックスは甘めでちゃんと味わうとミルクのような風味があります。薄めなのはドトール。もしかしたらこれがイタリア系のエスプレッソなんですかね。奥が深いです。

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November 01, 2005

概況(17年10月分)

ばかだなーフジテレビ。家計調査は総務省。経済産業省じゃないよ。

小泉改造内閣が発足しました。テレビや新聞はやれ麻垣康三だの、サプライズ人事だのお祭りのように取り上げています。政治評論家も「実力者揃い」と評価しているようですが、以前の派閥順送り人事に比べるとマシかもしれませんが、結局は増税路線の延長ということになります。
それにしてもマスコミは一斉に歓迎ムード。そりゃそうです、与党が変わると取材方法とかいろいろなことが変化して面倒なはずですから。長野県のように記者クラブを排除されたりする可能性もありますし。最も変化を望んでいないのは、マスコミ自身なのかもしれません。
たまに政治や官僚に噛み付くのは同じマスコミでも遊軍ともいえる人たちで、本来は記者クラブという温室を提供されてぬくぬくとしているわけですから、甘噛み程度で終わってしまいます。そのくせ全体の針が一方に触れれば、集中攻撃を始めると言う悪質さ。
小泉首相が打ち出した政府系金融機関の一本化は意外でしたが、他人が血を流すだけで政治家本人には痛みはありません。さすがに官僚は反発しているようですが。マスコミも諸手を上げて歓迎するぐらいなら、年金改革を本気でやる気があるのかを真剣に、継続的に監視していく必要があるでしょう。

さて、女性天皇の可能性が高まってきました。巷では論議が深まっていないと反対する人もいますが、男女平等の世の中を反映して賛成する人も多いようです。ただ、実際に男子が不足しているのですから、現実的に考えると「可」とせざるを得ないのだと思います。
既に多くの報道で取り上げられているのでご存知かとは思いますが、歴史上の女性天皇は、セットアッパーのような役割で世代間を繋ぐような即位が殆どでした。このことから男系というものが尊重されているわけですが、一方で平安時代の貴族や江戸時代の商人のように女系で世継ぎが行われてきたケースもありますので、一概にどちらか一方がいいとは言えない状況です。
ここで注意しなければならないのは、「男尊女卑」への反発や「男女平等」の肯定という考え方だけで女性天皇についての議論がなされないようにしなければなりません。平等いうものはこの世のどこにもない訳ですから。女性天皇を「可」とする世論の中にこうした現在の風潮というものが多く含まれるのが気がかりです(女性の社会進出を否定している訳ではありません)。
女性天皇を容認する中にも①男系優先(姉弟の場合は男子が皇位を継承する)②第一子優先(性別問わず早く生まれた子を優先する)という考えがあります。このことは行き当たりばったりで変えるわけにはいかない問題ですから有耶無耶には出来ません。歴史を振り返ると、豊臣秀次と秀頼、足利義視と義尚のように、付け焼刃の世継ぎが仇となって争いになったケースも少なくはありませんから。
個人的にはこのまま男子が生まれない場合、例外として継承権のある男子の理解を得て愛子さまに継承してもらうのがいいのかもしれません。たとえ例外でもこれが日本人の好きな「前例」となり、今後同様な問題が起きた時の指標になるはずですから。「男女平等」とか「女性の社会進出」という今の風潮だけに流されて簡単に結論を出すのが一番問題だと思います。気の遠くなるような長い年月を経て続いてきたものを変える訳ですから。

10月の重心指数
普段の仕事:35(+5)
シナリオ:40(+10)
その他:25(-15)
(カッコ内は前月比ポイント増減)

~10月の概況~
「普段の仕事」5ポイント上昇
11月に入りさらに忙しくなります。僕の仕事は、やることがありすぎてもなくても辛い職種です。Sさんはなくて苦しんでいますが「出来ない」とか「僕の仕事じゃない」と他の人に丸投げした結果であって自業自得です。その分、こっちはいい迷惑なのですが。さらに薄くなったSさんの頭頂部が最近、卵を落としたキーマカレーのように見えて気持ち悪いです。

「シナリオ」10ポイント上昇
シナリオライター志望者が最も重点を置く「フジテレビヤングシナリオ大賞」が10月末に締め切りられました。今年は締め切りが1ヶ月遅くなりペースが難しかったのですが何とか応募しました。応募総数が最も多い公募ということもあり、他のコンクールが締め切りをずらしたり、他の公募の選考経過の発表がヤングシナリオ大賞の締め切り後に行われるなど以前に比べ全体の連携がとられるようになっています(締め切り前に発表してしまうと丸のまま再応募してしまう輩が多いので)。そういう僕も改造して応募することもありますが(これもいいことではありません)。以前は多くのコンクールで認められていたペンネームの使用禁止も二重投稿防止策の一つです。
ちなみに頑なに現行路線を守り10月末に締め切りを設定した橋田賞の応募総数が気になります。意外に狙い目だったのかもしれません。11月末はテレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞です。原作者を失い声優も総とっかえして仮面ライダーのように変質しないか心配なドラえもんの脚本家などプロを殆ど輩出しない(出来ない?)日本テレビシナリオ登龍門とは逆にプロになる人が多いコンクールといわれています。頑張りましょう。

「その他」15ポイント反落
手話活動は皆無。どうやらスポーツクラブにろう(あるいは難聴?)の人がいるらしく、コンタクトしようと目論んでいますが、クラブ自体に通っていません。

~体位の変化(それは、意味が違います)~
「身長」±0cm
「体重」+1㎏
スポーツクラブに通ったのは2日。激減です。某巨大掲示板のスレッドが荒れているのと比例して会員やスタッフの心はおろか、店舗そのものも荒んでいっているようです…つまらん店になったなあ。
ちなみに僕が通っているのはコナミスポーツクラブというところです。エグザス、ピープル、ダイエーオリンピック某などを吸収しながら巨大化しているスポーツクラブの一大ネットワークですが、コナミ色が強くなる度に店舗毎の自由度が狭まり窮屈になっている感じがします。
コンビニやガソリンスタンドなどネットワーク性が強い業界では、サービスの均質化の一方で店舗毎のオリジナリティを引き出して付加価値とする相反する考えがあります。「どこでも同じサービスを受けることが出来る安心」ををとるか「マニュアル的でなく顧客に細かく対応出来る」ことを求めるかと言うことです。どちらも正解ですが。
コナミといえば幼い頃から慣れ親しんだゲームメーカーで、性能的にいっぱいっぱいだったファミコンの能力を引き出してビデオゲーム版に比べても遜色のないグラディウスを開発したという点でコナミ=挑戦者というイメージでしたが、最近ではコナミ=ケチという印象です。旧ピープルでは当たり前のように好成績を収めていた水泳選手が活躍しなくなったのも金をケチっているからではないかと勘ぐりたくなるほど。グッズを作りまくってバックアップしたイアン・ソープも不発でしたし、やることが裏目裏目になっているような感じです。
先日、JOCのナントカカントカに認定されたようですが、その式典には有名アスリートを並べてあたかも「我が社が育てた選手」とアピールしているような印象です。ちょっと講習を受けただけの生徒も卒業生としてカウントしてしまい、実績としてPRする学習塾のようなセコイ臭いがしてきます。スポーツクラブは群雄割拠の時代から急激に淘汰が進んでいます。コナミスポーツはその一角を成す大企業になりましたが、成長が早すぎたのかコナミという名前とスポーツクラブとしての実力が伴っていないような気がします。がんばれ。
話脱線しまくり。

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