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June 13, 2005

どうでもいいこと

若貴兄弟の確執にかんする報道が花盛りです。巷では多くの人々が、「お兄ちゃんが悪い」「貴乃花はそこまで言うべきではない」とお白州に2人を引っ張り出して、裁きを与えているような感じです。どうでもいいじゃないですか、そんなこと。

裁きの行方は、各人にお任せするとして、問題なのはマスコミの対応です。見るからに気難しそうな貴乃花がこれまでの沈黙を破って語り始めた途端、ハエのように殺到する取材攻勢。テレビに出て、週刊誌に記事が掲載され、たまたま部屋の前でロングインタビューを行った展開に味を占め、翌日にはさらに多くのマスコミが貴乃花部屋に殺到するという始末。小学生の新聞部員でも思いつきそうな取材方法です。こういう時こそ人脈とかを駆使して当人に近づき、ネタをスッパ抜くというのが、マスコミのあるべき姿のような気がします。今はマスコミ全体でそういう能力がなくなっているせいか、公式の会見の場で本来の筋とは関係のないことをグダグダと聞いてしまうわけです。JR西日本の件が思い出されます。こちらは重大事故であり、兄弟喧嘩と同列にしてしまうのは問題があるとは思いますが。

小泉首相にぶら下がりで質問する「特権」を与えられている大手紙、キー局記者のとんちんかんな質問を聞いていると「何じゃこりゃ?」とお思いの方も多いかもしれません。先日、マスコミの追撃をかわすため都庁内を走る浜渦副知事(当時)に「どうして走るんですか?ここは都庁ですよ」と走って追いかける記者の方々を見ても「?」と考えてしまいます。「ここは都庁内ですよ」にの後に何の言葉が続くのか、疑問です。学校の廊下を走る生徒を「走ってはいけませんよ」とたしなめる風紀委員のよう。僕が出会った人が偏っているかもしれませんが、泥臭い業界紙の記者に比べ、一般紙の若い記者の方々は、根拠のない自信のようなものを持っていて、正義の味方のように勘違いしている人が多いような気がします。

その自信は、猛烈な競争率の試験をかいくぐってきたという自信のあらわれかもしれませんが、マスコミというものは、もっともっと泥臭い仕事のはずです。企業の例で考えると、例えば成長を勝ち取った中小企業なんかは、知名度が増す度に高学歴の人材が集まります。その比率がある時点で逆転する時が勝負となる訳です。これまでの成長は、高学歴の人々によってもたらされた訳ではありませんから。これまでも高学歴の人々に支えられてきたマスコミ業界ですが、右だ左だと議論を交わすことなく、平和ボケしたまま学歴だけを武器にする人が一定数を超えた時が勝負時だといえるでしょう。

本題から大きく逸れました。若貴関連の報道ですが、今は貴乃花に対する同情が強くなっているように思います。これまでは洗脳されているだの、部屋を乗っ取っただの弟側を批判する風潮が、一転「人に見かけはよらないなあ」「そんなに浮気三昧だったの?やっぱり」と。逃げ出した母親や兄を恨む気持ちのあらわれともとれますが、二子山親方の年寄株の行方についても多くの報道で、「貴乃花が持ち出した」と言う疑惑の部分を端折っているため、彼自身が「どこにあるかは見当がついている」という発言で一見の視聴者は「兄と母親が持っていったんだな」と判断してしまいます。これが意図的だとすれば問題ですが。かつての逆風から一斉に追い風に転じるという、極端なブレがあると視聴者は混乱してしまいます。万が一、弟が「洗脳されている」とするならば、また逆風に転じてしまうでしょうし。

結論からすれば、これは本当にどうでもいいことです。母親が社会経験云々を言うのなら、中卒で角界入りした多くの力士は「未熟者」ということになってしまいますし、兄が弟の嫁を罵倒しようが、部屋の批判をしようが、弟が兄の浮気をバラそうが、どうでもいいことです。せめて、部屋に在籍する力士が稽古に打ち込めるようにしてもらいたいものです。何より一財団法人が元締めとなっているようなスポーツを何故か「国技」と称する日本にとっても、ためになりません。
hanabuild

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