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June 27, 2005

栄枯盛衰・伝え逃げ

先日、ふと、ゆりかもめのテレコムセンターで下車しました。久々にグリーンマルシェに行こうと思っていると…造成中でした。実は、今年の3月に人知れず閉館していました。
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ホームページにも閉館の旨が記載されていますが、今のところ、ロゴをクリックすると閉館前の状態になります。

そのなかから閉館までの経緯を探ると…

04.12.10 PM 1:00
グランドオープン !
記念イベント開催

05.01.22
CSフジテレビ739で
グリーンマルシェが紹介されました。

05.02.11
北海道ラーメンの
マルシェらーめんOPEN

05.03.10
日本テレビ "汐留スタイル"で
グリーンマルシェが紹介されました。
3月10日発売 "じゃらん増刊号
春の子供が喜ぶ!家族旅行"で
紹介されました。

05.03.17
買取業務を一時お休みさせて
いただきます。
ご迷惑をお掛けしますが、
よろしくお願いいたします。

昨年7月にオープンして、11月に改装、12月に何故かグランドオープンをしたことになっています。ただ、今年に入り店舗の撤退が目立ち、テレビ局の取材攻勢による集客効果の甲斐もなく、閉鎖しました。3月には一時的に買取業務を中止したものの、直前までキャンペーンを行っていたりとか、経営者が建て直しに奔走していたことがうかがえます。

かくして昨年7月以降、お台場のキー局をはじめ、テレビ局が相次いで取り上げ注目されたグリーンマルシェは、3月に閉館しました。一方、その惨状を見た同じ日の夕方、テレビでは8割引の店、激安の店などが紹介していました。メディアの都合のいい時だけ群がって「伝え逃げ」る姿勢をあらためて垣間見ることで、栄枯盛衰の厳しさが伺える一日でした。

グリーンマルシェの立地条件は、当初から疑問に思っていました。供給路がないからです。質流れでも古本でもビデオでも、リサイクルショップは商品が命。つまり買取です。リサイクルショップがオープン後だけ勢いがあるように見えるのは、品揃えがいいから。その後は買取によって店を維持していく必要があるのですが、ここの部分が弱いと、売る物の魅力がなくなってしまいます。かくして潰れたリサイクルショップの品は、別の店に流れ、その店は他の店から入ってきた商品も加えてオープンします。つまり、良質の買取が行われなければ、2コ1で商品を補充していっているわけですから、どこかにひずみが出ることになります。

最大の疑問は、わざわざお台場に物を売りに行くか?ということになります。もちろん、中に入っている店舗は、他の場所で店を出している場合も多いので、そこから供給することも出来ますが、やはり限界があります。オープン当初、「安いから交通費がかかっても来ます」「温泉がてら来ます」とニコニコしていたマダムたちの顔が浮かびますが、これらの層のハートをがっちりと確保することなく、グリーンマルシェは短い命を終えたことになります。

何度目かの再起をかけた社長はまた、次の再起をかけなければならず、夫婦揃って付け焼刃の屋台でバックアップしようとしていた社長の息子もまた、路頭に迷っているのかもしれません。大江戸温泉物語がいぜんとして健在なことを考えると、生き残る残らないは、「そこにある意味があったかどうか」ということになります。いかに泉質が疑問視されようが、都内に数少ない温泉施設であることは間違いないので、こちらは交通が不便であろうとも、そこにある必要は充分にあります。

グリーンマルシェは、田舎の自治体のコンサートホールや博物館のようなものだったのかもしれません。「とりあえず作っとけ」と。例えば、買取業務がしっかりしていないと、一年に一度しか定期船のない島に、とりあえず映画館でも作ってみるかぐらいのノリです。買取がしっかりしていないと、一年も同じ映画を観させられるわけですから、客も飽きるわけです。

こういう感じで後からは何とでも言えますが、経営者方々のチャレンジ精神は評価すべきかもしれません。場合によっては「当たる」可能性もあったわけですから。

ちなみに、旧DiaryXXXでも昨年7月、オープン当初のグリーンマルシェについて分析しています。当時の写真も加えて転載してみました。まあ、その頃からコケにしているようですが…。

2004/7/28(Wed)

お台場に行ったついでに先日オープンしたリサイクルモール「グリーンマルシェ」に行った。グリーン…というピンとこない名称も微妙なのだが、存在自体も微妙だった。
正式にはリサイクルモールではなくて、リサイクルコンプレックスというらしい。シネコンのコンからきていると思われるが、何だか「モノを捨てられない症候群」みたいでネガティブな響き。
お台場の新名所といわれるが、お台場ではない。青海。青梅ではない。ここにあってお台場というのは、東京ディズニーランドが千葉にあるというのと同じ。やや看板に偽りあり、である。

グリーンマルシェ。まず、立地が良くない。青海埠頭の手前、住宅地の寂れた公園のような場所にある。ということは、人々の動線上にないということになる。外観は、アルミのビニールハウスのような棟がいくつか並んでいるが、露店のように立ち並ぶ飲食店も動線上になかった。店の後ろをすり抜ける妙なスペースもあるし、全く通路を向いていない店もあった。みすみす客を逃している感じだ。
扱っている商品も微妙にかぶっていた。棟と棟を移動しながら商品を物色することになるのだが、一筆書きで進めないのだ。極めつけは一番奥の棟でラッセンの展示即売(入場料を取るようだ)をやっていて、それが出入口をふさいでいて(入場者は出入りできる)客は来た道を戻ることになる。
今さらラッセンという気もするし、エウリアンの増殖で地に落ちたリトグラフというものを買う人は今さらいるのかと思うが、そういう疑問を掻き消すぐらいここの動線はひどい。
オープン時はテレビで一斉に取り上げられたが、「お台場にわざわざ売りに来るか」という指摘もあった。確かにその通りだ。有名店も入っていない。源泉たった一本で奇跡の営業を行う大江戸温泉物語の客もそんなに金を落とすとは思えない。
客を増やすには買取とブランド品の品揃えを充実させて、ご婦人方のハエ取り紙にする必要があるのだが、わざわざ遠くまで来るようなメリットがないときついだろう。新橋からゆりかもめに乗るのなら有楽町のコメ兵に行けばよい。宝塚払い下げの場所で後発のこの店は宿主のソフマップを駆逐する勢い。
それでもグリーンマルシェの発展を願って止まないが、このモールで異色を放つフォーミュラニッポンRQの店の動向がこのモールの発展退廃の指標になるだろう。この店がなくなれば…だし、充実してくればモールは着実に発展していると判断することが出来るだろう。ちなみに、リサイクル本の量は結構多いが、品揃えが中途半端。経営者は本好きでないのかもしれない。
gmodaiba

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June 24, 2005

イン・ザ・プール

CinemaX連日の更新、第42回目。

イン・ザ・プール

監督:三木聡
原作:奥田英朗
脚本:三木聡
音楽:坂口修
出演:松尾スズキ、オダギリジョーほか
上映時間101分
(公式サイトはこちら

これまで直木賞を含めさまざまな賞にノミネート、受賞し「空中ブランコ」で念願の直木賞受賞を果たした奥田英朗原作「イン・ザ・プール」の映画化。実は原作本は「空中ブランコ」→「イン・ザ・プール」と読みました。空中ブランコの方が面白いと思ったんですが。

松尾スズキ演じる精神科医、伊良部一郎が、オダギリジョー、市川実和子、田辺誠一が演じる、悩める患者を治療するというもの。と、響きは普通ですが、治療方法がかなり強引で、そこが醍醐味でもあります。空中ブランコでも設定は同じ。患者の症状と治療法が違うだけ。ところがこの映画には、大きな落とし穴が…。

ということで、もう評価しちゃいましょう。
最終評価「D」

原作では、それぞれの患者の話がオムニバス形式で収録されているんですが、映画ではとにかく嫌というぐらいストーリーを交差させています。交差させるなら交差させるで、どこかで患者同士につながればまだいいんですが、それぞれのストーリーは全く関係ありません。いわば立体交差。これではテンポが悪くなり、僕のような頭の悪い観客はすぐに置き去りになってしまいます。個々では面白いストーリーを無理矢理混ぜて、一体何を狙っているんでしょうか。

例えば「ふぐちり」「松坂牛ステーキ」「最高級チーズケーキ」があったとします。いくらおいしいからと言って、どんぶりに全部ぶちまけて、混ぜて食べたらおいしいかといえば、NOです。「イン・ザ・プール」は、このやってはいけないことを見事にやっています。おまけにこの手の邦画にありがちな、生活観の全くない、妙にお洒落なセットや小物は、リアリティをさらになくし、怒りを増大させる素晴らしい雰囲気を醸しだしています。

ちなみにプログラムに掲載されていますが、監督の三木聡氏は映画化に当たり、プロデューサーに「原作とは少し違った形になるけど、いい?」と言ったようです。惨劇はここから始まっています。おまけに「原作ファンのみなさま、期待とちがっても許して!」と叫ぶ始末。自らの才能を信じて撮ったのなら、最後まで責任をとるべきだと思います。茶化されると余計腹が立つ(怒)

劇場で販売されているプログラムの中には、長いこと映画を観ていると、本編は駄作でもひたすら面白いと叫び続けているようなプログラムに出くわします。印象的なのは、「オール・アバウト・マイ・マザー」「キャシャーン」など。これらは、本編とは裏腹にプログラムだけは面白さをひたすらPRしています。おまけに高価。イン・ザ・プールのプログラムは、さほど高価ではありませんが、スカスカの行間とデカい字から考えると、通常のプログラムの2~3倍に匹敵する効率の悪さです。

登場人物の行動も簡単に先読み出来ますし、おまけにベタ。キャストから考えると、劇場の少なさが目立ちます。おまけに直木賞作品の映画化であり、本来は、もっと大々的に封切られるはずの映画ではなかったかと推測されます。制作年が2004年となっているあたり、どこかで何かがブレーキになってコケたとしか考えられません。ただ、ブレーキをかける人がいたことがまだ救いかもしれません。キャシャーンは…。

原作モノの映画化、テレビドラマ化のパターンは、映画は割と原作に忠実に製作して、アレンジを加えてテレビドラマ化をすることが多いようです。アレンジを加えると大概、面白くなくなる作品が多いんですが(リング、解夏、電車男?)、イン・ザ・プールはその逆を行くつまらなさ。ちなみに同じ精神科医を阿部寛が演じるテレビドラマ「空中ブランコ」が、イン・ザ・プールの封切直前に放送されましたが、同じ作品と考えると、イン・ザ・プールの駄作感がさらに増してしまいます。前売券も高い。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年6月18日
劇場:シネプレックスわかば
観客数:17/117席
感涙観客数:なし
※感涙観客数は観客の鼻すすり音で推定

駐車場しかなかった東武東上線若葉駅近くにできたモールに誕生したシネコンです。シートは革張り…おえっ。白いソニックと同じ臭いがします。そろそろ「革張り→高級」という連想はやめませんか?一昔前の「金持ち→ステーキ」のような時代遅れ感が寂しいです。

余談ですが、下妻物語を観ました。おもしろいですね。リアリティが全くないのに、何故か違和感がありません。それは、セリフが生きているから。ちなみに、この映画も生活感のないお洒落なセットや小道具が満載なのですが、それを扱いこなすキャラクターが劇中に生きているので、やはり違和感がないわけです。意味のないお洒落は、意味がありませんから。キャシャーンで、家族で写真撮影をするシーンは、画面中が花だらけでしたね。それはそれで綺麗なんですが、意味がないので僕にとっては目が疲れるだけとしか思えないわけです。下妻物語、ご覧になっていない方は、必見です。

キャシャーンばかりコケにしてすみません。

キャシャーン大好き!

…。

ついでに紹介!

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June 22, 2005

戦国自衛隊1549

戦国自衛隊1549

監督:手塚昌明
原案:半村良
原作:福井晴敏
脚本:竹内清人、松浦靖
出演:江口洋介、鈴木京香、鹿賀丈史ほか
上映時間119分
(公式サイトはこちら

「変なガメラ」

邦画が元気です。1、2週間後にはスターウォーズなどの洋画に飲み込まれる運命ながら、観客動員数上位3位が邦画という状態が続いています。そのなかでトップを走る、戦国自衛隊1549を観ました。
今回は鑑賞中のメモなし。忘れないうちに感想を書きとめるため、更新予定だった「イン・ザ・プール」をすっとばしてのアップです。「潜水艦映画に外れ(ほとんど)なし、タイプスリップ映画に当たり(ほとんど)なし」という強い確信を持っている僕ですが、果たして今回やいかに。ちなみに「変なガメラ」とは、一緒に鑑賞したA氏が述べた感想です。分かるような、分からないような…。

冒頭から、タイムスリップのシーンです。ここから、タイトルまでのテンポが実にいい。戦国…のロゴが登場する時は、是非、ゆーわーるどの看板「音符くんと音符ちゃん」を思い出してみてください。黄色い「ゆーわーるど」の文字が回転しながら登場するアレです。
タイトルまでは、実に小気味良く展開する割に、本編に入ると何故か映画全体がダメダメの沼に沈没していきます。それでいてその沼は、本当にダメな底なし沼でもない。どうして「元」自衛官でなければいけないのかとか、どっちの的場だよとか、細かいツッコミどころはありますが、何よりも用語がチンプンカンプン。Fユニット、MHD電池、D-3など。ロクな説明もないのにこういう用語が飛び交うと、観客は混乱します。観客だけではありません。俳優陣もセリフをいいながら頭にいくつも「?」「?」「?」が浮かんでいるのが分かります。キャシャーンほどではありませんが。

やがて、主役級の人物が、追っかけタイムスリップをしていきますが、現在に穴が開くとか、何時間後に戻ってこれるとか、こじつけともとれる設定はむしろ必要がないのかもしれません。要は、何をしにタイムスリップをするのか。この理由さえあれば、映画は成立するわけです。タイムスリップ映画の金字塔、バック・トゥ・ザ・フューチャーシリーズは、この理由が極めて明快だったわけで、この骨さえしっかりしていれば、あとは何とかなるような気がします。

ターン1までの評価「B」

追っかけタイムスリップ後、武将やお城やなんやらかんやらが登場しますが、この設定もかなりこじつけています。歴史が修復されるという、劇中を通じて言いたいことは分かりますが、それはあまりにもこじつけすぎではないかと。自衛隊員の中に三國陸曹長という人物が出てくるのですが、このエピソードもかなり強引。演じているのは嶋大輔ですが、ヘルメットを乗せた風船のような顔は、途中まで本人だとは気がつきませんでした。彼のイメージは、リーゼントとセットだということが良く分かりました。

展開は、クライマックス向かっていきますが、寂しいのは合戦のシーンが少ないこと。画面を観ているとCGにかなりのお金をかけているのではないかと予想できますが、そういう飛び道具に頼れば頼るほど、作品が陳腐になっていくような感じがします。オールスターキャストで登場人物が暴れまくった戦国自衛隊(1979年)に比べると、静かで勢いがありません。

ターン2までの評価「C」

この映画のヒーローとヒロインを考えます。ヒーローは誰かと聞かれると、江口洋介です。彼は、演技がワンパターンだと言われ、最近では何を演じても「里見先生」になってしまいますが、フライング洋介と違って、それぞれの役で意外に味が出てきます。年季が違うんですかね。一方、ヒロインはと聞かれると、鈴木京香のはずですが、これが危うい感じがします。女優としてはベテランの域に達した鈴木京香は、若い頃から主役を張れる数少ない女優の一人でしたが、やはり年齢が隠せない年頃になってきました。特に最終シーンの仏頂面はかなりギリの状態に思えました。
一方、濃姫を演じた綾瀬はるかは、演技力はともかく、若さという恐ろしい武器を持っています。そして、その風貌は若い頃の鈴木京香をイメージさせます。まるで狙ってキャスティングしたのではないかと思えるぐらい。鈴木京香は、息の長い女優になることは間違いありませんが、主役を張る若い(方の)女優としてのスタンスではなく、中年女性も兼務出来るような、本格的なギアチェンジがそろそろ必要なのかもしれません。そう強く感じました。

ストーリーは、最後までこじつけで展開します。敵方に回った自衛隊員が、いざ死にかけると、これまでとは全く正反対のことを言い始めたり、いきなりええかっこしいになったり、うかうかするとすぐに大団円の展開に走ってしまいます。これは、劇中を通して一貫していて、実は本当の対立がどこにもなかったりします。それをあえて狙ったのなら仕方ありませんが、どこかパンチのない、ダシのない味噌汁みたいな映画になってしまいました。ツッコミどころがあるようで、実は丸く凝り固まってどこからもツッコミようのない映画、そんな感じです。前作が現在の判断基準では、地上波で放映できないぐらい過激な表現が多いことを考えても、…1949は、良くも悪くもこじんまりとまとまってしまった映画のように思えてきます。

最終評価「B」

見応えはありますが、当たり障りのない、毒にも薬にもならない感じのする映画でした。無難な作品なので、ヒットするのも充分頷けますが、前作の戦国自衛隊とは別物と考えたほうがいいでしょう。「だったら続編みたいなタイトルにしなければいいじゃないか」と言う人もいるでしょうが、自衛隊が演習中にタイムスリップしてしまえば、それだけで戦国自衛隊の設定になってしまう訳ですから、このタイトルが最も無難なのかもしれません。

この映画のテーマは、福井晴敏氏の原作にありがちな「強い日本を目指せ」みたいなものだと考えられます。これはローレライにも通じますし、既に劇場で嫌というほど流れている亡国のイージスの予告編で中井貴一がブツブツと言っているセリフも同じことを意味しています。この強いメッセージ性で映画そのものの見応えが出てくるのは確かですが、食傷気味であることも確かです。おいしい料理も毎日食べれば普通の料理、難しいところです。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年6月21日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:17/296席
感涙観客数:僅少
※感涙観客数は観客の鼻すすり音で推定

ついでに紹介!

見比べるもよし。

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June 20, 2005

電車男

CinemaXの更新が行われなかった先週、前田有一の超映画批評のリンクランキングで5位になりました。10位前後をうろうろしていることが多かったんですが、ご期待にこたえるためにおくればせながら更新、CinemaX第41回目。

電車男

監督:村上正典
原作:中野独人
脚本:金子ありさ
音楽:服部隆之
出演:山田隆之、中谷美紀ほか
上映時間101分
(公式サイトはこちら?

「これもひとつのモニュメント」

2ちゃんねるの書き込みから一冊の本にまとめられ、ブレイクした「電車男」の映画化です。もとより出版化の際も多くの無茶苦茶な発言が削られ(あれだけスカスカにするなら、詰められたはずですが)個人的には、アキバ系キモヲタ君という、これまでマイナーだった存在の面白い部分だけ抽出して、毒気をなくし、大人の勝手な事情で「おいしいとこどり」した感もある映画のイメージがありますが、果たして感想やいかに。

冒頭は、ブラウザの「ような」画面からスタート、そこに実写の画面がかぶさります。面白いんですが、劇中に登場するものも含めてあんなブラウザもビューアもなかったりします。映像効果を引き立てるために仕方がない部分もあるのでしょうが、パソコンの操作方法といい、これも「大人の事情」で改ざんされるのはどこか引っかかるような気もします。あと、ITは万能ではありません。ケータイやPDAも万能ではありません。少なくともスタッフの中に2ちゃんねるのヘビーユーザーが一人でもいれば、一般的な利用者である僕でも見破ることができるそのあたりのボロを未然に防ぐことが出来るのかもしれません。

さて、前半はほぼ原作通りの展開で進行します。電車男の服のマジ具合や、チャットのように進む掲示板の書き込みのタイムリーな緊張感は、上手いこと表現されているような気がします。実際にご覧になれば分かりますが、掲示板の人間の一体感も見事に表現されています。チャットを扱う映画やドラマも多いですが、チャットは展開が速すぎて、ネット時間(何だそりゃ)を過ごした経験のない一般の人には追いつけない部分もあります。チャットを扱った映画に「(ハル)」がありますが、実際にはパソコン通信のフォーラムの話であり、今のチャットとはリヤカーとF1ぐらいの差があります。

ターン1までの評価「A」

さて、映画は予想以上のスピードで進行します。そして、あっという間に原作の設定を飛び越えてしまいます。原作は確か、エルメスと付き合うまで。自分がヲタであることを告白するのは、事後報告としてさらっと電車男が書き込む程度のはずです。原作通りに作れば無難に終わったものを、多くの時間を残して想像の領域に入ってしまうということはある種の冒険ともいえます。

原作を飛び出した話で特に面白いのは、掲示板の住人たちのエピソードです。2ちゃんねるの、しかも電車男のスレッドは、ヲタだけではなく、いろんな人が出入りしていることは、書き込みの内容からも明らかですが、それを上手くあらわしている。それでいて匿名性が高いことも上手いこと表現されています。これ以上書くとネタばれしてしまうので避けますが。

ターン2までの評価「A」

原作を離れた電車男は、いつの間にか普通の恋愛映画に変貌してしまいます。さえない男と、セレブで奥手な女の恋の物語。これをどう考えるかで、映画の評価は変わってきます。単なる恋愛ドラマを是とすれば、見応えはあります。特に掲示板の「中谷美紀風」という表現で本当に採用された中谷美紀の演技と、セリフ。脚本は金子ありさ。第8回(1995年)フジテレビヤングシナリオ大賞受賞者。佳作ながら前年の浅野妙子、前々年の橋部敦子とともに今のテレビドラマ(特にCXの)を支える女性脚本家を輩出した黄金時代の脚本家の一人なので、セリフは彼女の底力ともいえるでしょう。ただ、設定の上では何でもかんでも秋葉原というのはいささか安直で、パソコンは都内や郊外の量販店でも買えますし、百式Tシャツで爆走する電車男とエルメスが秋葉原で偶然、出会えるというのは、偶然にもほどがあるという感じもします。偶然でもそこに至る必然が必要。偶然の偶然は、シナリオを書く上で飛び道具にすぎませんから。

逆に、この恋愛ドラマの部分を非とするならば、前半に随所で見られた2ちゃんねるの長所が、全く活かされていないことが分かります。早い話が、ストーリーが変質しているのです。電車男が世の中に受けたのは、携帯電話もなく、好きな女の子の相手の実家に電話をして、親父が出てしまったらどうしようとか、そういうピュアな恋愛が今時味わえるという新鮮さと、掲示板の住人が一体となって電車男を励まし、叱り、盛り上げていくという緊張感にあると思います。ということは、一番の盛り上がる部分は、電車男はエルメスとの恋愛を成就させ、やがてその掲示板から卒業していくという部分になります。その後、戦いが終わって、主役が去って寂しくなった時の「あーあ」感でしんみり感動するという構図です。「ドラえもん のび太の宇宙開拓史」や「バック・トゥ・ザ・フューチャーⅢ」のラストシーンで感じる感動にも似た。

ターン3までの評価「A」

掲示板の緊張感みたいなものは薄れてしまいましたが、原作の面白さ、中谷美紀の演技、セリフに支えられました。その後、電車男のようなスタイルの出版も相次いでいますが、2番煎じは著しくパワーダウンしてしまうのは何事も同じ。内容的にいくら勝っていようと、元祖を超えられないものです。たとえばワンアイデアであそこまでブレイクした「リング」も続編やその他大勢のホラー映画も元祖の足元に及びませんし(作者・鈴木光司自信にも当てはまりますが…)。

願わくば、後にも先にも「電車男」のようなスタイルの映画は作ってもらいたいものです。そうすることで、前述の「(ハル)」のような時代の一つのモニュメント的映画として存在価値が増すような気がします。とはいえ、まだまだおいしい樹液がつまっているお金のなる木ですから、下手に続編を作って荒されてしまうことは充分、予測できますが。世の中は恐ろしいスピードで流れていて、電車男の連載(?)が始まった1年前(2年前?)も既に一昔という感もあります。その間にはブログが急激に普及し、2ちゃんねるなどの掲示板で電車男と同じような現象は発生することはないといわれています。この映画も「こういう映画もあったなー」と思える時代が早晩、来るでしょう。

最終評価は、2段階あります。まずは、ラストシーンで定期を拾うところ。このシーンは2度目の登場。「偶然」のイメージを植えつけたいのでしょうが、一体何を説明したいのかが分かりません。ということで、ここまでで評価すると一段階下がって「B」

その次、よせばいいのにテレビドラマ版の出演者が登場します。おいしい樹液をちゅうちゅうと吸おうとする大人たちが群がるようないやらしさを感じます。幻滅。テレビドラマ版はエルメスが主人公のようですが、一体何をどう扱おうとするのか。オリジナルのテレビドラマで視聴率がとれなくなったテレビ局は、漫画原作を物色してさんざん荒らした挙げ句、最近は原作モノでもまず映画化させ、ヒットしたところで2番煎じのようにドラマを作ります。まるで、ビデオゲームを次々と移植して暴利をむさぼった後期のファミコン業界のよう。最も恐ろしいのは、東映が忘れた頃にブームを先取りしたように自信満々に映画を作ってしまうこと。純愛ブームに遅れること数ヶ月で登場した「四日間の奇蹟」はその最たるもの。警戒が必要です。ということで最終評価は「C」です。

どこまでを本編とするかは、観客の個々の判断によりますが、僕の場合は「終わり悪ければ全て悪し」と評価しました。あまりにも印象が悪い。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年6月18日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:約200/262席
感涙観客数:かなり多い
※感涙観客数は観客の鼻すすり音で推定

ついでに紹介!

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June 19, 2005

優先すること、されるべきこと

JR福知山線が全面復旧しました。早朝にはJR西日本社員らが黙祷を捧げ、一番電車には垣内社長が運転席に乗車して、敬礼して事故現場を通過しました。敬礼じゃなくて、手を合わせたり、頭を下げるべきだろうという感じは強くしますが。それよりも異様なのは、沿線でキリンの首のように伸びるクレーンでした…マスコミ各社が調達したクレーンです。こういう時はスクープもクソもありませんので、一社に代表させて、同じ画を撮ればいい。あれではまるで、物見遊山でもしているかのようです。それにしてもあれだけの事故が起きていながら、墓石のような石碑一個を立てるだけで運転再開というのは解せません。

ここ数日はやっと航空業界の異変を問題視する報道が相次ぎましたが、いくら面白おかしいとはいえ、兄弟喧嘩を優先するあたりに問題を感じます。航空機による事故は、一旦起きると大惨事を免れない特殊なものですから、兄弟喧嘩の行方に激論を交わしているような暇はないことが分かります。という間にも、例えば、いわゆる「花田勝さん」が登場したりなんかすると、一斉にそちらに報道が傾いてしまうんでしょうね。どうでもいいじゃないですか。

航空業界による一連の事故は、業界再編・合理化と価格競争による効率化による影響が大きいといわれています。特にJASと合併したJALの事故が多いことからも、両社の連携と合理化による人の削減が問題視され、先日起こったカートを出したままの着陸や、機長による計器の復旧ミスのように、明らかに理由が解明できるような初歩的なミスも出てきています。この一つ一つが大惨事につながりかねないわけです。

JALとの競争激化で効率化を余儀なくされているANAだって同じ。内側からの浄化に時間がかかるようなら、外から突っついていくしかないわけです。マスコミの存在価値はそこにあります。とはいえ、多くのマスコミは一企業として、営利を目的にしなければならない部分もありますが、経営上、優先されることと、人命がかかっている重大案件などマスコミの使命として、優先されるべきことを線引きしていく必要があります。これがあいまいだと、そのうち重大事件はテロップで下のほうで小さく流しながら、テレビショッピングを延々と垂れ流し続けるキー局が出てくるかもしれません(そんなことないか)。

数年前、各地の工場などで事故が相次ぎましたが、あれも合理化・効率化による影響が大きいといわれています。それまでの流れだと、作業を行う際は、人件費が抑制できるなどの理由で外注することが主流でしたが、それでは安全管理が出来ないと、今では出来るだけ社内で行う風潮にあるようです。下請けが自社でやるとも限りませんし。それまでは、事故が起きて蓋を開けてみると知らない会社の社員が出入りしていたなんてこともあったと聞いています。これも、経営上優先するべきことと、人命はもとより企業生命にも関わるような大事故を未然に防ぐという優先されるべきことの線引きが進んできているあらわれともいえます。

ただし、何度も言うように企業のコンプライアンスに対する考えは、やっと日本に浸透し始めたばかりであり、単なるパフォーマンスのように叫んでいるような企業も少なくないようです。いざ「安全は最優先されるべき」とあれこれ取り組みの能書きを垂れながら、実際にどのように取り組んでいたかは、事故が起こった時にしか分からなかったりするのが一番の問題といえるでしょう。

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June 17, 2005

手のひら返し

野茂英雄投手の日米通算200勝達成に本人以外はやんややんやの盛り上がりでした。特にマスコミ。彼らは、野茂がメジャー挑戦を表明した時、球界関係者とともに「どうせ無理だ」という論陣を張り、彼を寂しく米国に旅立たせた、いわばA級戦犯です。ところが、いざ活躍し始めると「やっぱり成功すると思ったんだよ」と、成功したプロジェクトの最後にだけ顔を出す上司のように手のひらを返す。きっと逆の展開で挑戦が失敗していたなら、打ちのめしていたことでしょう。ジーコジャパンも同じ。くるくる舞の海のようにめまぐるしく変更されるフォーメーションなど迷走しているかのような戦略で何故勝つのか、何故負けるのかが誰にも解明できそうにない状況でも決まって批判が出るのは負ける時です。勝てば官軍、世論は一気に追い風に転じます。勝手なものです。

野茂の成功の立役者は、言うまでもなく彼の特異なトルネード投法をあえて修正しなかった仰木彬監督、そして、日本{古式)野球の真髄を植え込もうとして、嫌気がさした野茂を追い出してしまった鈴木啓示監督です。特に仰木監督は、他にもイチローの特異な振り子打法もあえて修正しませんでした。いずれもこれまでのセオリーを覆すようなフォームですが、あえて手を加えようとしなかったのは、彼らの潜在能力をさらに伸ばす結果につながりました。足腰に負担のかかりそうな投法やインサイドの球をよけられないほど突っ込む打法は、ちょっとこだわりのあるアマチュアゴルファーのように、球界のコーチ陣が見たら直したくて仕方がなかったはずですから。両者とも既に以前のようなトルネード投法も振り子打法もやっていませんが、今の下地になったのはいうまでもありません。

いずれにしても、野茂がメジャーに挑戦していなければ、あと5年、10年は日本人のメジャーへの開拓が遅れていたことでしょう。先駆者であることは大いに評価すべきです。いずれはイチロー級のような選手はメジャーリーガーになっていたことでしょうが、野茂があのタイミングで道を開拓していなければ、新庄は今も阪神でくすぶっているかもしれませんし、現役を引退した水野がメジャーに挑戦するなど、かつては遠い星のような存在だったメジャーリーグに誰もが安易に挑戦するような「夢を壊す」(野村克也)ような行動もなかったでしょう。阪神もFAでせっかく獲得したベテラン好打者・松永をみすみす垂れ流すこともなかったでしょうし。

新撰組による池田屋事件で、明治維新は一年遅れたといわれていますが、野茂の行動はその逆です。こうなったら晩年は日本に帰ってボロを出すようなことなく、骨を埋めてもらいたいものです。そんなこと、言われる前に分かっていることでしょうが。

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June 14, 2005

是非の裏にあるもの

山口県内の高校で爆発物によるテロがありました。「高校爆弾事件」などと表現されていますが、爆発物で何もかもうやむやにしてしまうというのは、テロ行為と同じです。爆弾テロは、一般的に中東やアフリカで多く、草食動物化した日本の、しかも高校で、高校生自らが起こすと言うのはかなり異常なような気がします。

テレビや新聞では、偉い先生方が、教育のあり方について熱い論調を繰り返されることでしょうが、こういうのはいくらやっても同じこと。堅い言葉を並べてメディアそのものの格式を高く見せるだけです。真面目な生徒が突然切れて大事件を起こしてしまうという、これまでの学校関連の事件と傾向が全く同じわけですから。

さて、事件を受けて、その高校では「いじめがなかったか」を調査しはじめていますが、学校側は「広い意味でのいじめはあったかもしれない」という中途半端なコメントを行いました…どういう意味?しかも続けて「そういう判断をせざるをえない状況にあった」と。これだけ言葉をつないでややこしい表現をされるとさっぱり意味が分かりません。使い方を誤った最大尊敬語のようです。それで頭を下げる校長…謝る気はあるのかと問いたくもなります。いじめがあったなら「あった」不覚にも把握できなかったのなら、素直にそう認めればいいのに。中途半端が一番いけない。

そもそも、いじめというものは、学校側が把握できなくて当然だと思います。歴史的に徹底的に校内暴力を封じ込めた結果、見えないように水面下に沈んだのがいじめですから。ただ、余波、余震のようなものは必ずあるはずですから、教職員がそのあたりの異変を察知してどのように対応するかで状況は変わってきます。指導要領にも参考書にもない方法を考えて実践する教職員がどれだけいるかは疑問ですが。

件の高校生は、インターネットで爆弾の作り方を調べて作ったようです。これにより、耳タコになりつつあるインターネットの是非が問われることでしょうが、これを規制しても意味がないような気がします。第一、規制のしようがありません。どういう情報を得ようが、受け手の咀嚼して消化する能力にかかっていますから。将来有望な子供たちが情報を収集する手段を封鎖してしまうより、取捨択一してどう応用していくか、基本的な行動が求められています。

警察庁は興味本位で爆弾を作った少年による事件を受けて昨年、「興味本位で爆発物を作ることがないよう、家族のだんらんの際に、爆発物の危険性について、子供と話せ」と呼びかけていますが、こういう呼びかけをしなければならない状況は、何だか情けないような気がします。父親が夕食時に「おい○○(子供の名前)、おまえ興味本位で爆弾を作ってはいないだろうな」なんて唐突に話題を持ち出すような家庭は、イチから出直したほうがいいような気がしますし。

ところで、高校周辺のコンビニでは、花火が撤去されたようです。このことは一部のマスコミからしか報じられていませんが、「当然だ」とする雰囲気が感じられます。個人的には、花火を見たことによる高校生たちのトラウマを避けるために、見えないところに隠すと言う意味合いがあるのなら、ある程度の意味があるでしょうが、模倣犯があらわれるといけないので、とりあえず花火を撤去したということなら、無用な感じもします。撤去するなら、日本国内の店頭から花火をなくさなければ意味がありませんから。

事件や事故を受けた周辺の対応は、何もやらなければ世間から「事件があったのに何事か」「無神経だ」と批判されますし、やりすぎると僕らのような人間に「偽善行為だ」と批判されます。ただ、JR西日本の事故に対するテレビ局の対応を見ると、いい加減なことが分かります。NHKは、鉄道での旅番組の放送を「電車がいっぱい映るから」という考えようによっては理解し難い理由で延期されましたが、鉄道(地下鉄)によるスリリングな展開が話題の交渉人なんちゃらかんちゃらは、特に延期論が出ませんでした。これまでの過剰ともとれる対応を考えると、この映画に対してだけ、向かい風も吹かず無風状態だったのは、何か大きな力が働いているような気がするのは僕だけでしょうか。ちなみにこの映画は、シリーズの続編(?)が待機するなど後が詰まっているので、公開待ったなしの状況にあったことは確かですが。

世間を我が物顔で歩くサラリーマンのおっさんの多くが「○○新聞はこう書いてあった」と新聞の論調をそのまま持論として展開するように、世論はマスコミに左右されがちです。そのマスコミ自身が、こうした事件や事故における姿勢の根拠となる基準についていい加減なことも、問題といえるでしょう。

最近、ちょっとこじつけすぎですかね?

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June 13, 2005

どうでもいいこと

若貴兄弟の確執にかんする報道が花盛りです。巷では多くの人々が、「お兄ちゃんが悪い」「貴乃花はそこまで言うべきではない」とお白州に2人を引っ張り出して、裁きを与えているような感じです。どうでもいいじゃないですか、そんなこと。

裁きの行方は、各人にお任せするとして、問題なのはマスコミの対応です。見るからに気難しそうな貴乃花がこれまでの沈黙を破って語り始めた途端、ハエのように殺到する取材攻勢。テレビに出て、週刊誌に記事が掲載され、たまたま部屋の前でロングインタビューを行った展開に味を占め、翌日にはさらに多くのマスコミが貴乃花部屋に殺到するという始末。小学生の新聞部員でも思いつきそうな取材方法です。こういう時こそ人脈とかを駆使して当人に近づき、ネタをスッパ抜くというのが、マスコミのあるべき姿のような気がします。今はマスコミ全体でそういう能力がなくなっているせいか、公式の会見の場で本来の筋とは関係のないことをグダグダと聞いてしまうわけです。JR西日本の件が思い出されます。こちらは重大事故であり、兄弟喧嘩と同列にしてしまうのは問題があるとは思いますが。

小泉首相にぶら下がりで質問する「特権」を与えられている大手紙、キー局記者のとんちんかんな質問を聞いていると「何じゃこりゃ?」とお思いの方も多いかもしれません。先日、マスコミの追撃をかわすため都庁内を走る浜渦副知事(当時)に「どうして走るんですか?ここは都庁ですよ」と走って追いかける記者の方々を見ても「?」と考えてしまいます。「ここは都庁内ですよ」にの後に何の言葉が続くのか、疑問です。学校の廊下を走る生徒を「走ってはいけませんよ」とたしなめる風紀委員のよう。僕が出会った人が偏っているかもしれませんが、泥臭い業界紙の記者に比べ、一般紙の若い記者の方々は、根拠のない自信のようなものを持っていて、正義の味方のように勘違いしている人が多いような気がします。

その自信は、猛烈な競争率の試験をかいくぐってきたという自信のあらわれかもしれませんが、マスコミというものは、もっともっと泥臭い仕事のはずです。企業の例で考えると、例えば成長を勝ち取った中小企業なんかは、知名度が増す度に高学歴の人材が集まります。その比率がある時点で逆転する時が勝負となる訳です。これまでの成長は、高学歴の人々によってもたらされた訳ではありませんから。これまでも高学歴の人々に支えられてきたマスコミ業界ですが、右だ左だと議論を交わすことなく、平和ボケしたまま学歴だけを武器にする人が一定数を超えた時が勝負時だといえるでしょう。

本題から大きく逸れました。若貴関連の報道ですが、今は貴乃花に対する同情が強くなっているように思います。これまでは洗脳されているだの、部屋を乗っ取っただの弟側を批判する風潮が、一転「人に見かけはよらないなあ」「そんなに浮気三昧だったの?やっぱり」と。逃げ出した母親や兄を恨む気持ちのあらわれともとれますが、二子山親方の年寄株の行方についても多くの報道で、「貴乃花が持ち出した」と言う疑惑の部分を端折っているため、彼自身が「どこにあるかは見当がついている」という発言で一見の視聴者は「兄と母親が持っていったんだな」と判断してしまいます。これが意図的だとすれば問題ですが。かつての逆風から一斉に追い風に転じるという、極端なブレがあると視聴者は混乱してしまいます。万が一、弟が「洗脳されている」とするならば、また逆風に転じてしまうでしょうし。

結論からすれば、これは本当にどうでもいいことです。母親が社会経験云々を言うのなら、中卒で角界入りした多くの力士は「未熟者」ということになってしまいますし、兄が弟の嫁を罵倒しようが、部屋の批判をしようが、弟が兄の浮気をバラそうが、どうでもいいことです。せめて、部屋に在籍する力士が稽古に打ち込めるようにしてもらいたいものです。何より一財団法人が元締めとなっているようなスポーツを何故か「国技」と称する日本にとっても、ためになりません。
hanabuild

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June 12, 2005

マナーの根拠

昨日、テレビでエスカレーターの駆け上がりの是非について取り上げられていましたね。過去の日記で取り上げたことを懐かしく思いました。番組によると、1990年代に大阪で地下鉄などで「左側空け」を呼びかけ、その後90年代半ばに東京に浸透、自動車の走行方法に合わせたのか、何故か「右側明け」が定着して現在に至ったようです。ただ、エスカレーターは今も昔もやはり駆け上がりに耐える構造になっていないことに変わりはありません。

番組では、東京のサラリーマンは、右側を空けないことを「マナー違反」と言っていましたが、使い方に誤りがあるように思いました。タバコとか、割り込みとか、明らかに相手の迷惑をかけるような行為をマナー違反というべきであって、本来、立ち止まるべきエスカレーターで立ち止まることは当然の行為といえるでしょう。つまり、相手に「負」の影響を与えるか否かがマナー違反の規準といえます、。エスカレーターの場合は、駆け上がる側の「駆け上がる」という欲望を満たすための行動であって、その行為によって、無理に歩かなければならなかったり、よけなければならなかったり、身体と身体がぶつかったりと立ち止まっている人が迷惑を受けるわけです。

例えば、歩きタバコは、タバコの吸う側の欲望を満たす行為ですが、これによって周囲の人々は受動喫煙などの迷惑をこうむります。この場合は、吸う側が「そんなに嫌な顔をしたり、小走りに逃げたりするのは、不愉快だ。ルール違反じゃないか」と逆ギレする人は、まずいないでしょう。エスカレータで右空けしないことを「マナー違反」ということは、この論理に通じるものがあるように思います。

世の中、根拠のないものを「当然のことだ」と主張する人があまりにも多いことが分かります。マナーとかルールを主張する場合は、根拠がどこにあるかを考えてから行動するべきでしょう。根拠もないのに「100円札はもう使えない」とか、かつて「リングプルを集めれば、車椅子と交換してもらえる」とかいう話を自信満々に話をしたりするように(わざわわリングプルを集めるのなら、アルミ缶を集めて車椅子と等価交換すればいい)。昔、スウォッチを「将来値段が上がる」と踊らされて集めた人はいませんか?これもコレクターの裾野が意外に狭いことや、デザインのバリエーションが多すぎることを考えれば、猫も杓子も値段が上がるなどということは夢幻であるということが分かります。

世の中、ルールやマナーがないと成り立たない部分も多いです。これらが何を根拠に、どのように成立しているのか、あらためて考えてみると新しい発見があるかもしれません。

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June 10, 2005

個人情報うんこ

キプレスって高いですね。14錠で1820円です。処方箋をもらうのに420円。保険がかかってなければ、1錠いくらなんでしょう?薬剤師さんは「それでも並になったのよ」と言っていました。どういうこと?キプレスは、2、3年前に登場した新しい薬で、僕の体質に合っているのか、喘息に対して劇的に効果があります。ただ、この薬代は痛い。飲み続けると長屋に横たわって借金の形に娘を連れていかれそうな勢いです。

いつも書こうと思って忘れるんですが、最近のお気に入りを4つ。
①おにぎり「ツナコーン」⇒セブンイレブンのおにぎりです。ツナとコーンのぐちゃぐちゃ感がGOO!
②紅茶が香るカルピス⇒カルピスゲテものシリーズの新作。ミルクティーの飴みたいな味。お気に入りという割には微妙。
③カール「チキンスープあじ」⇒1968年発売当時の復刻版。おかずとお菓子の中間のような味。元祖がこの味なわけですから、関東で主流の「チーズあじ」より、関西でメジャーな「うすあじ」のほうが本流だということが分かります(そう信じたい)
④ペプシX⇒ガラナエキスを加えたペプシ。クスリっぽいテイストを残しながら、甘い。コーク派の人も安心して飲めるコーラ。全体の味わいは、ペプシコが白旗を上げて、サントリーがペプシを扱う前に売っていた「ブラジリアンガラナ」を彷彿とさせます。あれは美味かった。

さて、個人情報保護法っちゅうつまらん法律で日本がおかしくなっています。
同業者の話だと、会社が移転して、移転後の取材先の人の直通番号を聞こうと代表番号に電話をしたら「個人情報を伝えるのは差し控えたい」といわれたそうな。部署も名前も分かるのに、いちいち代表電話を通して、部署の代表電話に電話して、それでやっと本人にありつくというありさま。その人に「直通電話は?」と聞くと、ほいほいと教えてくれたそうです。まるで世の中が「面倒くさいことは、個人情報保護っちゅことを理由にして断れ」という風潮に飲み込まれているかのようです。
僕のウロ憶えかもしれませんが、まとまった名簿なりの個人情報を、他人に横流しした場合が問題になるわけで、過去の顧客データ流出やカード会員情報の漏洩は、ストレートに個人情報保護にひっかかってくるわけです。お隣さんの電話番号を教えたというぐらいで違法だというのなら、NTTの番号案内は悪の巣窟ということになります。そのなかで官庁など役所は例外で、情報は集めるだけ集められて、流せるだけ流せるわけです。要するに日本という身体の中に情報がビュンビュン流れる血管と、ドロドロ血の血管が混在するという、欠陥だらけの法律と言うことになります。

教えてgooの中で「携帯電話を無くしたが、友人に電話番号を聞こうか迷っている。世の中が個人情報とかに神経質になっているので、友人関係が悪化しないか心配だ」という質問がありました。質問者には悪いですが、あほか。たかが携帯電話。拾った人が悪用して電話番号をかけても、出なければいいこと。電話番号を変えるとそれなりに面倒ですが、自分の電話番号の入った携帯電話を落としただけで関係が悪化する友達と言うのもどうかと思いますね。
今では、学校でもクラス名簿と言うものを作らない学級が増えているようです。かつて通っていた手話講座で名簿を作った時も「私の個人情報が載っている!」と慌てていた人がいましたが、メールアドレス(しかもヤフー)と携帯電話番号だけで大慌て。かつて電話帳にはご丁寧に世帯主と住所、電話番号までしっかりと記載されていました。
個人情報を全てシークレットにすることは、愚の骨頂です。ポストに名前も記載しない連中が、いざ郵便物が遅配されたり、送り主に返送されたりすると目くじら立てて苦情を寄せるのは、呆れてものも言えない事態です。

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June 09, 2005

病気の話

サッカーというのは、サポーターの声援がないと、変な感じがしますね。

さて、昨日、一昨日と会社を休みました。仕事がぽっかりと空いた隙に確信犯的に休むことはあるんですが、今回は本当に身体が言うことをききませんでした。激しい頭痛と喘息です。

頭痛との因果関係は不明ですが、先月から喘息薬を変えています。子供の頃からこれまで、アルデシン、テオドール、ベコタイド、フルタイドなど錠剤、吸入薬を使用してきました。いずれもステロイド系のクスリです(のはずです)。ただし、上京して一度、救急車で運ばれてからは、メプチンエアーという劇的な効果のあるβ刺激薬というクスリを手に入れました。後にノンフロン化によりアルコール臭のする微妙なクスリになってしまいましたが、今でもお守りのように持ち歩いています。ただし、使いすぎると心臓に負担がかかる両刃の剣です。

メプチンエアーは、いくつかの転職を経て、都心で働くようになって使用頻度は明らかに増えていますので、いずれは今の仕事は続けられなくなる予感がします。クスリの切れ目が縁の切れ目。父方の祖先は喘息で死んでいる人も多いので、侮れません。

ステロイド系の薬剤は、傷ついた気管支を修復するという効果がありますが、僕の場合は錠剤を飲むと手の震えがひどく、吸入薬の場合は使い続けるとバットで頭を殴られたような痛みが出ます(医者は、そういう副作用は少ないといいますが)したがって、メプチンエアーを使ってだましだまし生き延びているわけです。

喘息薬というものは、日々進歩しています。パウダーの吸入ステロイド薬は、90年代後半に登場し、リボルバー式(?)の4回使用のものから、今は60回使用可能なカタツムリ状のディスカスも登場しています。根性で直せというのは前時代の発想ですが、未だにそう考える人が多いのも残念ながら、少なくはないような気がします。発作が出ていない時ならまだしも(ストレスに起因することも多いので)発作時まで気の持ちようで治せなんて…殺す気ですか。

先月から使用しているのは、「キプレス」という錠剤と「フルタイド」という吸入薬です。いずれもステロイドを使用していません。長時間気管を拡張する作用があるらしく、試しに1週間分処方されたキプレスは劇的に効果がありました。ただ、狭まった気管に無理矢理つっかえ棒をするような薬なので、気管の傷の根治にはなりません。きっと、その間の自然治癒力に任せるというアナログ的なクスリなんだと思いますが。そう考えると完全なクスリというのは、ないことが分かります。

さて、激しい頭痛が2、3日続いたため、初めてCTを経験しました。あわせてレントゲンも。自分の頭の断面を見るのは、不思議な感じでした。いくつかの断面図が並ぶのですが、やはり目の部分が気持ち悪いですね。オエッ。幸いにも脳に異常はなかったようですが、飲むと次第に眠くなるクスリを処方されました。クスリを飲んで眠る時はこのまま死んでしまうような感じになります。

気がついたのは、最近の医者は良く説明してくれることです。初めて処方されたキプレスとフルタイドの時は、ステロイド系のクスリが合わないことを伝えると、選択肢として示してくれました。これで副作用が出ても自己責任なのだなという不思議な重圧みたいなものも感じましたが、きちんと説明してくれたので納得して使うことが出来ました。前時代のように、味噌でも糞でもステロイド薬を山ほど処方されるということは、まずありません。

頭痛の時もそうでした。脳に異常がないので、基本的に薬は出さないと言われましたが、気休め程度にその眠くなるクスリを処方してもらいました。その際は、「今日の医薬2005」とかいう本をペラペラとめくり、副作用を説明してくれました。一見、医者としては頼りなくとれますが、自分の記憶を断固信じて言われるがままに処方されるほうが怖いような気がします。その本には投薬時の禁忌なども記載されているはずですから。

当たり前のようにその本を見ながら懇切丁寧に説明する医者を見て、世の中、変わったのだなという感じがしました。ただ、行き過ぎると副作用など何か問題があった時の「逃げ」ともとることが出来ますので、何事もさじ加減が難しいですね。

そのうち元気になります。
daibapoppy

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June 08, 2005

不思議な北朝鮮戦

日本が北朝鮮戦を制し、ワールドカップ出場を決めました。
終盤こそ前々回のような産みの苦しみはありませんでしたが、長い道のりでした。と、他人事のように。
それにしてもサポーターの声援のない試合と言うのは異様でしたね。場外から聞こえてくるサポーターの声援には気合を感じましたが、モニターなどで試合を見ることは出来たのでしょうか?そうでなくて声援だけ送っていたのなら、もの凄い執念です。何のために行ったの?ということは決して言いません。口が裂けても。

さて、北朝鮮戦は地上波はテレビ朝日、BSはNHKの独占放送でした。2つの局は試合が終わった後もニュース番組でバカ騒ぎなのですが、他局はどこかしらけ気味。そんななかで日本テレビは11時過ぎまで映像を出さずにニュースを扱っていました。どうやら、テレビ朝日などに時間単位での独占権みたいなのがあったことが推測されます。なので、日本テレビは、とあるサポーターの一日なんぞを追いかけて、彼らが応援する時も絶対に中継映像は映さず、試合の決定的なシーンは通信社の写真を出すと言う、噂の奈良テレビの甲子園県予選の野球中継みたいなことをやっていました。TBSのニュース23は、鼻から日中問題を扱い、フジテレビやテレビ東京は極めてマイペースに通常の番組を放送し続けていました。独占権(ほんとに?)が切れたと思しき11時半前後からは、各局とも堰を切ったようにワールドカップ一色…変なのー。

この勝利でテレビ朝日はホクホクでしょうが、どこかちぐはぐなような気もします。日本全体で祝えばいいのに。「サッカーは国と国の戦争だ」とは、ラモス瑠偉の言葉。本物の戦争は勘弁ですが、平和的(?)な戦争に勝ったのですから、もっと国をあげて祝うべきだと思うのは、僕だけでしょうか。レッサーパンダは一斉に扱うくせに。

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June 06, 2005

昇華/消化

語感の極めて悪いクール・ビズ、政官財がやけくそになってPRしているせいか、目にする機会は増えましたが、要は着こなしているかどうかなんですね。特に政治家のクール・ビズがひどい。どこかだらしなさが残る感じがする一方、日曜日のおじさんほどだらしなくはないので、クール・ビズ(土曜日のおじさんルック)つまり、「半ドンルック」とでも名づけましょうか。ズズズと詰まる語感は最悪ですから。
昨日のテレビでメトロセクシャルなんちゅうのも紹介されていました。あれは一種のアンチエイジングといえますが、なかなかカッコいいなあと思ったビジネスマンも早い話が社会人デビューの一種だと分かり少しがっかりしました。これも着こなしです。かっこよく着こなしているおっさんもいれば、そうでない人もいる。金をかければある程度のレベルにはなりますが。これが、センスと感性の違いなのでしょうか。

さて、電車男が封切られました。舞台となった2ちゃんねるの現在の反応はさまざま。あちこちの板に飛び火しているため「総じて面白いといっている」「反応は良くない」など全体の傾向を掴むのは難しいようです。前売券を買い、今週末あたりに観に行く予定ですが、その前にひとこと。

2ちゃんねるにある日突然登場し、いわゆるアキバ系の人々に支えられながら、エルメス子さんと結ばれた電車男は、その顛末を単行本にしたことで「昇華」しました。どんな男にもチャンスがある。そう勇気付けられた男性も多いはずです。その後も波紋を呼び、ついに映画化、テレビドラマ化も決定しました。
ただ、疑問に残るのは、電車男と同様に重要なキャストである、掲示板の住人はどう思っているのか、と。劇場版で電車男を演じる山田孝之はいわゆるイケメン、テレビドラマで演じるのはチビノリダー、伊藤淳史でともにキモオタ君とは程遠い男性。ぬぁんと舞台では武田真治という顛末。彼らがアキバ系のファッションを無理に着こなしてキモオタ君を演じるのは「彼らをバカにしてんじゃねーの?」と思えるぐらい失礼な感じがします。
電車男をおもしろおかしく商品化していくのは、人知れずせっかく咲いた野の花を大人が勝手に摘み取り、部屋に飾って枯れたらポイッと捨てるようなものです。きっと、当事者の方々で映画やテレビドラマを観て「ああ、俺も頑張ろう」と気持ちを昇華させる人は少ないのかもしれません。
たいがいの映画やテレビドラマは、より多くの人々が楽しみ、共感を呼ぶことが大前提となりますので、仕方がありませんが、こういう話こそ、簡単に映画やテレビドラマで消化してもらいたくないのは僕だけでしょうか。人は、珍しいものに好奇心を寄せるもの。アキバ系キモオタ君がクローズアップされているようですが、どうも一般庶民は一歩離れて見ている感が強く、まるで檻の外で動物でも見ているかのような雰囲気です。レッサーパンダでも見るかのように。電車男のキャストが「きっかけは~」なんて楽しそうにやっているのを見ると、何でも使い捨てなのだなと心なしか寂しくなってしまいます。
テレビドラマはエルメス子さんが主役と言う変化球です。好評なら骨の髄までしゃぶるように映画やテレビドラマで「電車男2」なんていうのも出てくるかもしれません。大人の世界っていやらしいものですね。

nenneko

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June 05, 2005

急げ!

2日続けて神宮球場の楽天戦に行ってきました。
金曜日はごっちゃんと。奇しくも分割で新生オリックスに拾われず楽天に流れた高校OBの金田が登板しました。「金田が負け投手にならず、かつスワローズが勝つように」と欲張って応援していましたが、楽天に打ち負けてしまいました。おまけに金田の勝ち投手もつかず。翌日の「古田デー」にも行きました。息詰まる投手戦も岩隈の前に敗北。2日続けて窮鼠に噛まれてしまいましたが、不思議とここ数年は、スワローズファンは古田が絡んで負けると「仕方ねえな」と変に納得する部分があるので今日勝てばチャラにしときましょう。ちなみにもう一人の高校OB、田崎はトレードで西武に移籍したらしいです(業務連絡)

さて、更新が数日止まっている間にいろいろなことがありました。まずは、動物ネタ。
レッサーパンダの次はアリクイの家出、オランウータンの綱渡り。決してしょーもないニュースとは言いませんが、毎日のように脱線事故に関するあら捜しをしていた頃に比べてあまりにもトーンが違うことに戸惑ってしまいます。突発的に起こるからこそニュースなんですが、脱線事故の影でプチ事故が相次いて、大惨事の予感がしていた航空業界の失態が封殺されてしまったことは残念でなりません。そういう意味では今はニュースの閑散期、きっと、犬や猫が立っても大々的に報じられることでしょう。
次に、旧日本兵生存か、という情報です。現在でも十分、あり得る話です。今の世の中、60年前の終戦を知らないというほど情報が封鎖される環境は考えにくいので「軍事裁判を恐れて」というのは疑わしいですが、「日本に帰りたくない」という人は大量にいる(あるいは、いた)のかもしれません。今のところ、仲介者や現地の人々に振り回された感じが強いですが、今回はマスコミも過去の批判を教訓にしているのか、情報に乗って行動してしまった外務省を「軽率な行動」と批判することはなかったようですね。結局のところ自分たちも振り回されているわけですから。ちなみに僕の祖父は、終戦間際にミンダナオ島で戦死しています。うろ憶えですが、当時は、戦死者は遺骨もなく桐箱にリンゴ一個入れられて帰ってきた場合も多かったようです。「戦線に向かったが、帰ってこなかった」場合でも戦死になるわけですから、生存者がいることは充分、考えられます。今、祖父が生存していて帰国してきたら…混乱しますね。
3つ目は、ガードレールの謎の突起です。これは、僕が工場労働者時代、原付での通勤途中に何回か見かけていました。走行しながら飛び出している突起を足で蹴って「修正」したこともあります。当時は「何かの嫌がらせなのかな?」と思った程度でした。全国に2万箇所以上はあるようですから、目にした人は多いと思いますが、見えていても気付いていない人が大半だったのでしょう。一種の錯覚みたいなものだといえます。出だしこそ謎に満ちたニュースのように取り上げられ、「誰にも知られていない大きな集団による仕業か」などと興味を持ちましたが、結局のところ車がぶつかった場合に残った車体の一部ではないかという説が有力です。「年間一万九千件もこんな事故が起こるのか」と疑問を呈したマスコミもありましたが…バカですね。ここ一年の出来事じゃないことは普通に考えれば分かることですし、自爆でガードレールをこすったぐらいでは事故として届ける人は少ないでしょう。破損したガードレールの弁償をさせられると考えればなおさらです。
問題は、何故いま、この問題が出てきたかということです。おそらくガードレールなどを整備する人々は過去、何度も確認していたはずです。それが個々の情報にとどまり、全国的に起こっている事例だと把握するような機能がなかったことが問題だと思います。今後は軽量化、材質の変更など車の構造上の変化との関連性や、ガードレールの構造上の問題の検証を急ぐ必要があります。もちろん人為的なものもあるかもしれませんが、一般市民が犯人探しやオカルトちっくな報道に興味を寄せる間にも、まだ確認されていない場所の突起で重大事故が発生する可能性があるわけですから。
時間がありません。

furutakaneda

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June 01, 2005

概況(17年5月分)

概況(17年5月分)

5月の重心指数
普段の仕事:40(±0)
シナリオ:35(+5)
その他:25(-5)
(カッコ内は前月比ポイント増減)

~5月の概況~
「普段の仕事」増減なし。
これから忙しくなります。S氏の仕事が回ってきそうですが、その分別の仕事を抜いてもらいたいものです。上流の川はあるものの下流に流れ出る川がない湖のようです。摩周湖?バイカル湖?

「シナリオ」5ポイント続伸。
仕事中、タッチアンドゴーのようにシナリオと小説を書き続けています。数年ぶりにシナリオ・センターの合宿に参加するのではないかという雰囲気もありますが…果たしてどうなるか。

「その他」5ポイント続落。
スポーツクラブに通ったのは16日です。前月比2日減。
順調に通っています。ちょっとしたグループみたいになっているので、なかなか楽しかったりします。沖縄の空に消えた(死んでません)某氏などこの店舗がオープンした頃の楽しみ方に近い状況です。いよいよ衣替え。昨年買ったスーツを少しづつ着ていますが、まだまだきついです。がんばらねば。

~体位の変化(それは、意味が違います)~
「身長」±0cm
「体重」-1㎏

momiji3

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