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March 23, 2005

さよならではないけれど

TBSのウォッチ!が今週で終了します。これまで何度か出演者の入れ替えが行われ、ほとんどが局アナになった安上がりのメンバーに加え、視聴者が感じている素朴な疑問をサラッと言うラサール石井のコメントが軽妙でした。
特に彼の微妙な問題にも周囲に配慮しながらも突っ込んだ意見を言う姿勢は見事でした。東南アジアの警察官のように交差点の真ん中で指図するだけの司会が多い中で、見ていてあれこれ考えることの出来る番組でした。
朝のメインキャスターはみのもんた。この人も突っ込んだ意見を言いますが、裏表がある感じがするのでおそらく番組は見ないと思います。まるで、朝も○○おもいっきりテレビ。ちなみに、午後は○○の最初の司会は山本コータロー&海老名泰葉でしたね。小朝の妻。パッとしない番組をあれだけの人気番組に持っていくだけに、やはり彼には人気番組にするだけの手腕はあるようですが。
TBSの昼の番組は、恵俊彰の番組の時間を拡大、降板するといわれた古瀬絵理は続投するらしいです(未確認)。NHKローカルのキャスターとして人気が出て、2ちゃんねるで早くから話題になり、夕刊紙でスイカップというニックネームをつけられてしまった彼女は、決して喋りが達者ではなく、それでいて一番の武器を使おうとしないので話題性の高さは続くでしょうが、長続きするのはよほどの努力が必要でしょう(話術とか、頭のキレとか)。コスプレを連発すれば当時のアキバ系の若者の心をグッと掴む可能性があったにもかかわらず、インテリゆえか水着をあっさり卒業して守りに入ってしまった眞鍋かをりに似ています。後にブログの女王として活躍していますが、逆にブログがなければどうなっていたか分かりません。時代が彼女を呼んだ…強運なんですね。TBS昼の枠は依然として苦戦しそうです。
ラサール石井は、夕方の番組に移ります。夕方のニュース枠は、ニュースとはいえどかつての午後のワイドショー枠がそのまま降りてきたような状況です。ただ、芸能人のゴシップが少なく、生活に密着した話題が多いように思いますが、長いスパンで見てみると、各局が同じような話題を順繰りに取り上げているだけのような気もします。このなかで彼がどのように存在感を示すかが注目ですが、ニュースステーションから夕方のニュース枠に移り、傍目には苦戦しているようにみえてしまう小宮悦子を見送るような心境です。
好調な部分までわざわざメスを入れる番組改編は、ダメな会社の人事異動みたいですね。成績が良くても悪くてもフロントが思いつきのように首脳陣を入れ替えてしまう阪神タイガースのようです。TBSの変、「改変」ではなく、「変な改編」だったといわれないことを祈ります。ウォッチのスタジオの明るい雰囲気は朝のひと時にあっていました。ラサール石井の軽妙なコメントは夕方に移っても聞くことは出来ますが、残念です。さよならではないけれど。

さて、ずっと書こうとしていた「さよならではないけれど」がもう一つ。JRのダイヤ改正で東京発の寝台特急がいくつか姿を消しました。「あさかぜ」と「さくら」が消え、「はやぶさ」は「富士」と連結…最終日の2月28日には、長崎、東京のそれぞれの駅に鉄道ファンが押し寄せて…郷愁が漂いますが、僕にとっての問題は、富士とはやぶさが連結してしまったことです。ブルートレインといわれる寝台列車は、鉄道のスピード化が至上命題だった戦後に登場しました。列車方式の高速鉄道から電車方式の鉄道に注目が集まり、静岡あたりで国鉄がどう見てもロマンスカーの車体を借りて高速運転試験を行ったのもこの頃。やがて新幹線へとつながっていきます。
そんななかで東京発の寝台特急は、文字通り避けては通れなかった関西の有効時間帯(つまり昼)を無視して走行するというコロンブスの卵的なアイデアで誕生しました。その存在を知ったのは保育園の頃。東京-西鹿児島間を26時間26分(確か)で走行するはやぶさでした。ブルートレインという不思議な響きは、子供たちの憧れでした。特に大分側を走行する富士に乗ることが僕にとっての夢でもありました。
初めて乗ったのは小学校に上がるか上がらないかの頃、宇佐から大分までのわずか数十分間でした。母親と立席特急券で当時連結していた食堂車でハンバーグ定食を食べました。起伏・横揺れともに激しい日豊本線で食べるイシイのハンバーグ(?)は今でも忘れられませんが、それは乗っただけのこと。宿泊など夢また夢でどこか鉄郎母子のような侘しさが感じられました。
実際に寝台特急に宿泊するのは、それから10年以上経過した、大学受験での上京、帰郷の時でした。当時は大分県民の迫害(?)が激しく実家のある横浜に戻り別の大学に再挑戦すると言う某大生と、女性が宿泊しているベッドを覗いてばかりいる名門・上野丘高校のバカ受験生が一緒でした。このバカ受験生の奇行でずっとイライラさせられましたが、途中、サーッと目の前に現れた富士山の美しさは今でも忘れられません。
ちなみに、大学入学で上京する際も富士に乗りました。吹奏楽部の何人かの後輩に見送られ、上京しましたが、少し離れたところにもう一つ人影がありました。これが彼女だとロマンチックなんですが、親友Hでした。見送るとは聞いていなかったのでこの時は友情というものをホロリと感じました(今だから明かす)

富士に関するエピソードはまだまだ続きます。もう少しお付き合いを。

大学入学後も何度か寝台特急で帰郷しました。決してそうではないんですが、両親は僕が寝台特急でしか帰らないと疑っていたほど。そんな時、母親にお店(理髪店)のお客さんが一枚の地図と時刻表をくれたそうです。「息子さんが帰ってくるのが待ち遠しいだろうから、時間とこの地図を見るといい」と。今の時間、どこを走っているのかを時刻表で見て、地図で確認しろということらしいです。面倒くさがりの母親もその時だけは確認していたらしいです。これも飛行機や新幹線のようなスピード時代では出来ないことですね。ちなみにそのお客さんは、その後事故でなくなりました。地元のお稲荷さんで鳥居が落ちてきたあの事故です。このエピソードを聞いたのもその方が亡くなった後でした。この方は東京の大学に進学した人なので、東京と故郷の遠さを知っているからこそ進めたことなのでしょう。
大学を卒業してからは、寝台特急には乗っていませんが、再会したのは今の職場で働き始めてからのことでした。富士は、東京-西鹿児島から終点が南宮崎、大分へと短縮され、短い編成で細々と走っていました。かつては電化されていない宮崎以南をディーゼル車を使ってまでも引いていた寝台特急が、です。大分以南ではびっくりするぐらい短い編成で走っている姿が痛々しくて涙が出たこともあります。
ちなみに、今回のダイヤ改正前の富士は、他の寝台特急に比べ発着時間が早く設定されていました。東京発4:55という普通のサラリーマンの仕事帰りに帰郷するには使えない時間帯ですが、別府の温泉客などの需要はあったようです。多くの寝台特急が姿を消しましたが、富士が生き残っているのはこういう特性があったからこそかもしれません。もちろん、東京到着も早い時間帯です。ただ、この時間帯が僕の仕事の時間帯と妙にマッチしたりしていました。
例えば、出勤時間が早い月曜日、ブルーな気持ちで新橋駅に降り立つと、向こうのホームでは富士が失踪します。仕事で失敗したり、疲れていて新橋駅のホームにいても偶然、富士が通過します。帰りもそうでした。5時前に就業することの多い僕は、東京駅まで回送される富士や、これから大分に向かう富士に何度も出くわしました。疲れていれば疲れているほど、富士の青い車両と「大分」という行き先を見てホッとしていました。「俺はこんなに頑張っているんだぞ、お前も頑張れ」といわんばかりに。故郷と線路が繋がっていると思いどんなに勇気付けられたことか。統合を知った最近は、新橋を通過する「ピーッ」という警笛で慌てて駆け上がって富士を見送ったこともありました。

さよならではないけれど、富士ははやぶさと統合され、鉄道マニアには「富士ぶさ」と呼ばれる寝台特急に生まれ変わりました。出発時間は廃止されたさくら・はやぶさ(さくぶさ)に合わせて遅くなり、下関以南は6両編成の富士として走りますが、寂しさは残ります。「富士が引退する時は、故郷に帰ろう」と思った頃もありましたが、まさかこんな中途半端な状況になるとは思ってもみませんでした。どうしてくれる、JR。
このエピソードは、将来万が一、自伝を書くような時に絶対に使おうと思っていた話ですが、つい書いてしまいました。ちなみに同じような郷愁を未公開(応募はした)のシナリオの題材に使いましたが、箸にも棒にもかかりませんでした。こういう郷愁は特殊なものなのかなと思いました。自分の力不足を棚に上げると。
fujibusa

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Comments

 たった今、「ニュースの森」の新しいキャスターラサール石井さんと三雲孝江さんが「来週からよろしく・・・」とご挨拶をされました。

 「めざまし派」の私は評判は聞いていたものの習慣は変えられず、「ウォッチ!」はほとんど見たことがなかったのです。
 今回の改編はむしろ嬉しい出来事です。
 加えて三雲さんは中学の時1年間だけ通っていた横浜のプロテスタント系の「蔦の絡まる」女子校の・・・しかも花のバレーボール部の先輩で(ミミ先輩!きゃわいかった~~~)・・・
 アナウンサーフリークのワタクシ・・・大好きだった松原耕二キャスターがおりられてから離れていた「ニュースの森」に戻りそうです。

 鋭い、それでいてただ煽るだけではないコメントを語るラサールさんの、気負わないジョッキー振りを信じ、期待しています。

 それにしても、ウッチャンが、遂に女子アナと結婚を決めましたね。
 念じれば通ず・・・何とかの一念、岩をも通しちゃいました!お相手はかわゆいし、認めます!(へ? 変?)
 
 いえ・・・ちょっとアナウンサーつながりで思い出したもので・・・お邪魔しました。

Posted by: REE | March 25, 2005 at 07:13 PM

夕方のメインは三雲さんなんですよね。ちなみにウォッチのメインキャスターは土井アナでした。ラサール氏は夕方に移ってもご意見番的存在のようです。多忙なはずなのに何故か世間の動きもちゃんと押さえているのは、ビートたけしと共通する部分があります。2人とも頭の回転が速い。
ウッチャン&徳永アナは、念願叶って結ばれました。多くの女子アナと浮名を流してきたウッチャンですが、今後浮気なんぞしたら縛り首ものでしょう。

Posted by: yuworldmaster | March 25, 2005 at 11:56 PM

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