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January 31, 2005

私的ラーメン論

各地でラーメン屋花盛りです。失敗するという声も多かった
新横浜ラーメン博物館の成功の後、各地にテーマパークが
誕生しました。ご当地ラーメンのブームも訪れ、その他にも
若者が財産を叩いてスタイリッシュなラーメン屋を建て数々
の創作ラーメンを世に生み出しています。最近、品川駅近く
に品達というラーメン屋を集めたコーナーが誕生しました。
オープン前には、駅構内にはデカデカとした広告が登場し
盛り上げていました。きっと、サラリーマンがゴロゴロと網に
かかってしまうのでしょう。僕は、決してラーメンが嫌いでは
ないのですが、やれ達人だの、やれ老舗だのと崇めるのが
物凄くバカバカしく思えたりします。特に東京は人口が多い
ので、よほど不味かったりしなければたいがいの店は生き
残ることが出来ます。これが大問題。僕は九州出身でとん
こつラーメンで育ったクチですが東京にあるとんこつラーメン
はニセモノが多く、なかには豚骨を情け程度に使ってコクも
なく白く着色しただけのラーメンが「博多ラーメン」として堂々
と売られています。例えばラーメンとは縁遠い「天神」という
地名を使ったチェーン店は、店員もエセ博多弁を使う悪質さ
(笑)ちなみに博多ラーメンではなく一般的には長浜ラーメン。
僕の地元のシンボル的なラーメン屋だった来々軒は久留米
ラーメンでした。今では店を閉め、暖簾分けの店があちこちに
残っていますがどれも問題外。関東でも鶴見に地元の人が
ラーメン屋を出しているのですがこれも違う(すみません)
ただ、この店も関東では、雑誌の人気店ランキングの上位に
入ってしまいます。来々軒…今は久留米で再出店したという
情報もあります。死ぬまでにもう一度食べたいラーメンです。
ほんとに美味かった。

話が逸れました。
ラーメンは、嗜好を変えた丼のようなものだと考えています。
そこそこのスープを作り、具を入れれば簡単に出来る。丼と
違い麺のタイプを変えることでバリエーションを増やすことも
出来ますが、基本的にはスープを具と麺を一緒に口の中に
入れることで調味される食べ物です。だからこそ奥が深いと
いう見方も出来ますが、裏を返せば誰でも出来るということ
にもなります。手打ちといっても大概は自分で打つわけでは
ないですし、スープは出来合いのものでも結構美味く作る
ことが出来ます。味覇を入れたりとか。本来は手軽で安価に
楽しむようなラーメンを神格化するのは奇妙な感じがします。
具にこだわっても往々にしてその分価格が高くなりますし。
なかには奇をてらいすぎて「麺にそば粉を入れました」という
「じゃあ蕎麦じゃねえか」と突っ込みたくなるようなものとか
「スープの味に合わせて、かんすい無しの麺にしました」と
「そりゃうどんだろう」と文句をいいたくなる麺もあります。
人の好みはそれぞれですが多くの人がびっくりするぐらい
不味いと感じるようなラーメンも、一度テレビや雑誌で紹介
されれば長蛇の列です。例えば近所のラーメン屋にあった
「牛骨ラーメン」という不気味なラーメンは、味はそこそこな
ものの人糞のような強烈な匂いがしてとても食べられる
ようなものではありませんでした。ところがこんなラーメンも
雑誌に紹介されると人気ラーメンに大変身。犠牲者が沢山
罠にはまるわけです。狂牛病騒ぎで消えてしまいましたが
ひょっとしたらクセになる人もいたかもしれませんが。

ラーメン…美味けりゃいいんでしょうが、最近のラーメンは
決して安くはありません。不景気のなか、サラリーマンは
少ない小遣いをはたいて、例えば、黒を貴重にしてデザイン
性が高いように「見せかけた」ようなスタイリッシュな店で
頭にバンダナを巻いて不味いラーメンを食わせる妙に若々
しい店長なんかを見ていると犯罪者のように思えてきます。
加えて鼻にかかった甘ったるい声で「チャーシューめんで
よろしかったですか」と無茶苦茶な敬語を使う女子高生の
アルバイト定員なんかがいたら怒り倍増です。マニキュア
落とせっちゅうの(フィクションです)

castle

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January 29, 2005

私的アナウンサー論

これも、2、3日前に更新予定だったものです。

今日、通勤電車でふと隣を見るとチノパンらしき人が
座っていました。本人だとすれば、地味~な雰囲気。
ルーキー(?)の頃は脚光を浴びた感もありますが
その後は語呂もクソもないアヤパンに番組を奪われて
すっかり影が薄れていました。それにしてもテレビの
中の人を実際に見ると、予想以上に小さいか、物凄く
デカいかのどちらかですね。地下鉄で見かけた日テレ
の真山さんは小さな小さなおじさんでした。
ところで最近、朝観る番組が変わりました。ここ数年
はめざましテレビ一辺倒だったのがTBSのウオッチに。
綾小路きみまろのようなスタイルはどうかと思いますが
ラ・サール石井の小気味いいコメントが心地良いです。
新人の小林(姉)がカミまくるとチャンネルを変えたく
なりますが、喋くりの上手い土井アナと中堅どころに
なって安定さを増してきた用稲アナは観ていて安心感
があります。TBSは実力派の男性アナに比べ、女性
アナはとらえどころのない人が多く、新人の頃はチヤ
ホヤされてもすぐに辞めてしまったり番組紹介や深夜
早朝など過酷な時間帯の番組に飛ばされてしまうこと
が多いような気がします。気のせいか、傾向と細面の
人はすぐに辞めて、丸っこい顔の人ばかり残っている
ような感じもしますが。中堅どころといえば、テレビ朝日
にはいい女性アナが沢山います。ちょこっとした番組に
ひょひょっと引っ張ってこれそうな人たちが(貧弱な表現
ですみません)揃っています。ホームページを見れば
分かるように、新人もベテランも同じような雰囲気が
します。見てみると、主力は98~00年入社に移って
きているような気がしますが、一方で92~93入社の
3人をはじめとするベテラン組も安定感があります。
バラエティにもニュースにもつぶしがきく人が多いという
ことは、それだけ頭の回転の早い人を揃えているから
ともいえます。他局にはニュースが全く読めないアナ
ウンサーも沢山いる中で、これは高く評価できます。

<補足>
ラ・サール石井は、次の改編で夕方に移動することが
決まったようです。ニュースによると彼のコメントが評価
されているようです。朝の番組のチャンネルを変えた僕
の行動も大勢の視聴者の大きな流れの中にあったこと
が分かります。夕方のニュース番組はバラエティ性も
強く週・月単位で各局の番組を見ていると、例えば特集
は同じようなネタを、各局が時期をずらして放送している
だけだったりします。ちなみに『ラ・サール石井は“下町
のおじさん”のように身近な存在で」というコンセプト。
これって両津勘吉のことですか?

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January 28, 2005

タイミング

本来はおとといあたりに更新予定だった日記です。

NHKの海老沢会長が辞任。「これからは時間があるので
クラブ(記者クラブですな)の人々とゆっくり懇談したい」と
視聴者の感情を逆なでするような発言を表情ひとつ変えず
するあたり、この人は本来、そんなに悪い人ではないので
はないのかと思いました。ただ、NHKへ恋々とする思いは
人一倍のようで、海老沢会長を始め辞任した幹部が顧問
に就任するという世間を全く見ていない構想も上がっている
ようです。先ほど、海老沢氏は悪い人ではないと述べまし
たが、あなたの周辺を思い起こして見てください。手を焼く
人はことごとく「悪い人じゃないんだけどね」という冠詞が
つくはずです。例えば、気の会う仲間でそんな友人の悪口
を言う時も、合の手を入れるように誰かが「悪い人じゃない
んだけどね」という言葉を挟むはずです。世の中、何から
何まで悪質で見るからに極悪な人ってそんなにいないわけ
ですから「悪い人じゃないんだけど」困った人というのは
実は一番曲者なわけです。こういう人は、得てして聞く耳を
持たず、誰も手を付けられない雰囲気をかもし出している。
たぶん海老沢氏もその側近もそういう人たちなのでしょう。
部下がいくら変だと思っても注意できる雰囲気ではない。
最近、タイミングがいいのかBS/CSチューナーを取り付
けました。最近のBSは、どうしても取り付けたことがバレる
システムなので、早速、雪の日にNHKのおじさんが料金
徴収に来ました。支払い拒否したいのはヤマヤマですが
こうした熱心な人々の生活を支えているのも受信料です。
トップのエゴでこうした人々が苦しめられているのは見て
いてつらいです。NHKは、どこに行ってしまうのでしょうか。

タイミングが悪いといえば、銀行がキャッシュカードの不正
引き出しへの補償に重い腰を上げたことに続き森ビルの
森社長が初めて謝罪しました。事故放置の直接的な関与
はないようですが、そういう重大な情報がストレートに伝わ
らない体制というのも問題です。あまりのタイミングの悪さ
に当面「キルビル」という称号は消えそうにありません。
タイミングが良かった例としては、数年前に目薬に毒物を
入れるといって即座に対応した参天製薬の例を思い出し
ます。一斉に商品を回収。数週間、参天製薬の製品は
店頭から消えました。数週間後、見るも鮮やかに厳重に
梱包された商品が戻ってきました。こういう良い例は人々
の記憶から消えてしまうものなんですね。悲しいかな。
タイミングの良い悪いって、運や実力、才能に近いもの
なのかもしれませんね。

ちなみにこの日記は、明らかにタイミングを外しています。

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January 25, 2005

噛み砕く

金券ショップでコナミスポーツの株主優待券を見かけました。
例年とは明らかに流通量が落ちているのですが、それもその
はず、ひと綴りの枚数(1枚500円)も12枚から9枚に減って
いますし、以前はコナミスポーツは2枚(つまり1000円分)
少しグレードが上のグランサイズは4枚(2000円分)で利用
できたものが、今回からビジター利用料に相当する額という
ことになり、グランサイズは6300円という暴挙になりました。
僕も通っているスポーツクラブなので批判するのは気が引け
ますが、露骨に買収・出店攻勢をかけ、集客効果の高いBTS
を国内で独占し、この会社は一体何をしようというのでしょうか。
経済が低迷するなかで経費削減は企業にとっての宿命ですが
末端のスポーツクラブでは会員の目から見ても明らかに経費を
削った(つまりケチ)ような運営が感じられるようになりました。
恐らく、他のサービス業と同じように最前線の現場スタッフには
サービス向上を強いながら、一方で営業(商品の売り込みとか)
を強化しているのだと思いますが、かつて高級スポーツクラブと
称され、三枝の国盗りゲームの商品ともなっていたエグザス
ほのぼのとした雰囲気とは裏腹に強い選手を育てるピープル
地元の憩いの場であったフライツァイトなどを源流とするコナミ
そのものの歴史は浅いものの由緒あるスポーツクラブなのです
から。特に僕は在籍期間が戦略の転換が露骨に見え始めた
頃と重なるため見ていてどうしても悲しくなります。例えば
コナミの戦略が見事に的中し一部のマニアの方々が熱狂的に
キャーキャー言うBTSトレーナーの人たちも知らない人にとって
はただの人ですから。某マルチまが…ネットワークビジネスの
人々がN氏を崇拝するのに似ています。内輪から批判するのは
気が引けますが(といいながらイベントには参加したりもします)

さて、やたら長い前フリを経て本題です。YAHOO!でこんな
ニュースを見かけました。
『長崎県佐世保市の小6女児殺害事件を受け、県教委が県
内の小中学生約3600人を対象に「生と死」について尋ねた
意識調査で、15・4%が「死んだ人が生き返る」と回答した。
テレビや映画の影響をうかがわせる答えもあり、県教委は
「子供たちは生死に直接、接する機会が減り、様々な情報の
影響を受けている」と分析している。「生き返る」と思う理由
では、「テレビや映画などで見たことがあるから」が29・2%
「ゲームでリセットできるから」が7・2%だった。自由記述で
は「人は死んでも心の中で生きている」「医学や科学が進歩
すれば、生き返ることも可能」の意見もあった(読売新聞)』

うわー、このまま鵜呑みにしてはいかんな、と思いました。
佐世保市がこういう調査をする根拠は十分にありますが
分析した教委と報じるマスメディア、受ける一般市民が果た
して的確に受け入れられるかどうかが問題です。核家族化
や高齢化社会で死に接する機会が減っています。家族だけ
でなく周辺でも近所づきあいの現象などにより、人の死を
経験することが少なくなっているといえるでしょう。だからと
いって、テレビや映画、ゲームの情報とリアルな世界とを
混同するほど子供はバカばかりではない。例えば小学校
時代、希望を募って定期的に文房具や本を買う機会があり
ました。今思えば奇妙なことですが、レアものだと信じた
子供たちは、それらの商品を手に入れることが夢でした。
特にデラックス鉛筆なる白い鉛筆は人気で、使うに使えず
筆箱(5段とか6段とか収納箇所にやたらこだわった)の中
で真っ黒になったり、消しゴムの成分が付着してネチョーと
なるまで置き去りになっていたものです。その中に「謎の
百科事典」というものがありました。ミイラの作り方などを
書いたその事典は子供たちを夢中にさせました。おまけに
素人製本で写真が不鮮明なこともリアリティを増し、当時の
子供たちのバイブルだった学研のひみつシリーズを上回る
怪しさがありました。例えばそれを読んでミイラを信じて
止まなかった頃に同じ質問をされれば「生き返る」と思うで
しょうし、親が輪廻転生を教義とする新興宗教に熱心だった
らその影響も受けるかもしれません。薄々「生き返らないな」
と思いながら、生き返ると回答したことを拾い上げている
可能性もあります。テレビや映画で見たことがあるからとか
ゲームでリセットできるからという回答が多かったからと
いって、リセット世代、テレビや映画が悪影響と短絡的に
結びつけて考えるほうが危険だと思えますが、残念ながら
ニュースソースを並べただけの記事だとそういう風にも解釈
できてしまいます。こういうソースこそ、垂れ流すだけでなく
マスメディアなりの両論併記で噛み砕いて報じてもらいたい
ものです。自由記述の「人は死んでも心の中で生きている」
「医学や科学が進歩すれば、生き返ることも可能」は、短絡
的に現代社会の影響と結び付けるには問題があるような気
もしますし。ニュースを受ける側も噛み砕く能力が必要です。

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January 24, 2005

泥仕合

朝日新聞とNHKの泥仕合が続いています。双方が徹底抗戦
であるにも関わらず、周囲が段々白けはじめたのは何故なの
でしょうか。新潮社対某宗教団体の構図に似ています。
さて、朝日新聞はこの件で大きなミソをつけてしまいました。
週刊新潮が朝日を批判する「魔女狩り」記事を掲載した号の
広告掲載を拒否したのです。かつて読売新聞が渡辺恒雄氏
の批判記事を掲載した現代、アサヒ芸能の広告を掲載しな
かったことと全く同じことが行われました。言論の自由を振り
かざす大マスコミですが、親分の参考人招致を放送しない
NHKなどを含め、言論の自由という言葉は都合にいい時だけ
主張する道具であることが分かります。自分のメディアを批判
する雑誌の広告を掲載するのとしないのとでは、どっちがマイ
ナスなのでしょうか。一般の読者は大して気にかけることは
ないでしょう。これはNHKの場合も同じ。過敏なのは社内の
一部の人々だけで、我々周囲は彼らの思ったほど大きなこと
とは思わず、逆に隠蔽にも似た行動が批判を集めてしまうとも
いえます。それは、どこか番組のスポンサーに共通している
部分もあるかもしれません。例えば、ドラマにはいろんな制約
があります。映画「ラヂオの時間」ほどではありませんが確か
某安達祐実が出演した超有名ドラマで交通事故のシーンは
音だけに置き換えられたという逸話があります。スポンサーが
車メーカーだったから。交通事故は避けたいスポンサー側と
話が壊れるからと譲らない脚本家の落としどころは「キーッ」
というブレーキ音だったとか(違ってたらすみません)例えば
このシーンで「この車メーカーのスポンサーはけしからんな」
などと思う視聴者は少数としか思えないわけで、たったこれ
だけでイメージダウンするのなら、何のために車作って来た
んですかと問いたくもなります。ほかにもバラエティ番組の
ロケの中でスポンサーの競合企業の商品が映っていたり
なんかするとモザイクがかけられたりします。ドラマの筋を
変えてしまったり、見ていて違和感のある映像を放送させて
しまうほうがよっぽど滑稽なような気がします。社会保険庁
の年金流用に批判が集まっていますが、自分の身を守ろう
とする体質は批判する側もされる側も目糞鼻糞のようにも
思えてきます。泥仕合の結果はもうどうでもいいので、これ
らのメディアが「報道の自由」をどう考えているのかについて
もっと主張して欲しいものです。都合がいい時だけでなく。

genkanneko

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January 23, 2005

カンフーハッスル

CinemaX第27回目。

カンフーハッスル
監督:製作:脚本:チャウ・シンチー
出演:チャウ・シンチー、ユン・ウー、ユン・チウ
(公式サイトはこちら
(計測時間115分)

「ある意味、ありえねー!」

チャウ・シンチー監督・主演作品。殆どノーマークで放映
され口コミで話題が広がった少林サッカーの人です。
前回とは違い、期待MAXで封切りのカンフーハッスル。
正月映画第一弾というところからもどれほど期待が込め
られているかが分かります。果たして、その期待に応え
られたかどうか…考えてみましょう。

長い予告を追えいよいよ本編スタートです。予告の時間
は最近少し短くなったような気もしますが、気のせいで
しょうか。予告は、次の参考になるという人もいますし
何を観に来たのかわからん時間がもったいないとご立腹
のお方もいます。一番腹立たしいのは、予告を見越して
遅れて入場する奴。ちなみにアレキサンダーの予告は
2度流れました。詳しいことは分かりませんが、ワーナー
マイカルの場合は最初のロゴが出る時の映像と音楽が
激しく痛んでいて、その後のロゴ(ポップコーンミサイル?)
はそうでもないことを考えると、予告映像には館ごとの
ものと本編にくっついたものがあると推測できます。
ま、どうでもいいですかね。

本編はずっと痛い映像です。幼い頃ブルース・リーの
映画を観て「ああ、映画って本当に人を殺しながら作る
んだ」とショックを受けた記憶があります。カマが尾骨の
上をえぐる映像でした。カンフーハッスルも暴力的な映像
が随所に出てきます。それでも直接的な表現を避けて
いるのは時流に合わせたのかもしれませんが、カンフー
というのは、視聴者側の暴力に対する嫌悪感をある程度
寛容にする材料にはなるようです。相手の顔をボコボコ
殴るシーンもカンフーなら許される部分があります。いくら
やられても生き返りそうという雰囲気があるからかもしれ
ません。そういう部分では、少しプロレスに似ています。
あれだけ相手を痛めつけるのに、暴力を助長するなどと
いう論調に発展することはまず、ありませんし。

冒頭は、蝶ががひらひらと舞います。フォレストガンプの
オープニングを思わせる優雅さです。豚小屋砦(あって
ますか?)までのシーンは立体的で、引き込まれます。
CGやワイヤーによるアクションはかなり見所ですが少し
度が過ぎた感じもします。少林サッカーの時は数週間も
空中に飛んだままの立花兄弟などキャプテン翼による
派手なサッカーアクションの土壌があるのか、ある程度
無茶苦茶なことをしても「もしかしたら、出来るかもな」と
思ったものですが(そんなことないか)カンフーハッスル
は少し飛躍しすぎている感じもします。

主人公は、最初は善悪で言えば悪の立場にいます。
あまり喋りすぎるとネタバレしてしまうので避けますが
ここから善の立場に変わるところがドラマなわけです。
少林サッカーには薄かった要素です。きっかけは少女を
救った経験なのですが、この重要な部分を端折ってしま
います。アメ、ラムネなど小道具が利いているだけに
もったいない。その他のエピソードも話の流れはよく
分かるのですが、どうしても説明不足が目立ちます。
主人公は何故、ケガをしてもすぐに治るのか、達人に
よる修行であるにしろ短期間にどうして強く慣れたのか
そのあたりを説明する要素がないと観客はなかなか話
の中に入り込めないのではないかと感じました。

アクション以外の見どころは、前述ですが豚小屋砦まで
のシーンに代表される立体的な重なりや、後半に出て
くる蝶の脱皮、羽ばたき、花など小道具を巧みに使って
折り重なるシーンは見物です。特に蝶はモンタージュに
使われていることに加え、冒頭のシーンを思い起こさせ
ます。僕は「へえ、モンタージュか…蝶?あっ、冒頭の
シーンか」とノリツッコミみたいな思考プロセスを辿って
しまいましたし。映像の作り方は上手い、でも構成は…
といった感じでしょうか。

カンフーハッスルは、眺めるだけだと非常に楽しい映画
ですが、そういう観方をするのなら少林サッカーのほうが
もっと楽しめます。幼い頃に救った少女のエピソードなど
感動させる要素のほか、達人の経歴など話を盛り上げる
要素がたくさんあるのに、そういうものをバラまくだけで
拾おうとしない。これだけ派手な映画なので、泣かせる
要素があれば効果絶大です。例えば、個々のエピソード
を膨らませたり、対立の構図をもっと早い段階で濃く取り
上げるなど描き方は沢山あるように感じました。なのに
肝心なところを端折って、派手なアクションに時間を割き
すぎるように思いました。この間のゴジラとは逆です(笑)

最終評価「B」

もったいないなあ、の一言です。チャウ・シンチーは男の
魅力に溢れる人物なので、決して消えることはないで
しょうし、この映画も外れてはいないので、少なくとも日本
では、アクション映画の監督としての知名度は確保して
いるといえます。このままでも観客を集めることは出来
ますが、もう少し上を狙うことも出来るでしょう。カンフー
ハッスルは、アクションをウリにした映画ながら、それが
仇となって期待を裏切られた感もあります。例えば熱狂的
なジブリファンの方々のように「チャウ・シンチー全て良し」
とする人なら別ですが、アクションに足元を救われた感が
しなくもありません。極端に言えば、「レオン」に日本中が
感動しリック・ベッソン全て良しという風潮が確立しようと
した中で放映された「フィフスエレメント」を観て、何じゃこれ
と劇場で口を開けて観ている観客の心理です。カンフー
ハッスルの観客は、派手なアクションを期待して来たはず
ですが、僕にとってはアクションが荒唐無稽すぎて派手に
やればやるほど取り残される感じがしました。思えばいつ
の時代の話かも分からないまま話が進んでいましたし。
盛り上げどころや散らばりすぎたエピソードの取捨など基本
的な部分を整理するだけで監督としてのチャウ・シンチーは
大化けしそうな感じもします。これだけの追い風を受けて
いる人ですから、人材を揃えてアドバイスを仰ぐぐらい容易
いことだと思うのですが。逆に追い風を受けているからこそ
難しいといえるかもしれませんね。今後に期待します。

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年1月23日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:39人/182席
感涙観客数:検出不能
※感涙観客数は観客の鼻すすり音で推定

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January 21, 2005

見極め

NTTは、ICカード公衆電話の廃止を決定しました。僕は外回り
の仕事が多いため、この盛衰を目の当たりにしてきましたが、
携帯電話が爆発的に増加して公衆電話全体の数が激減する
なかで誕生したICカードはある意味タイミングを逃していたの
かもしれません。偽造防止のために誕生したICテレホンカード
は、旧来の磁気式に敗北したことになります。ただ、このまま
赤字を垂れ流しても仕方がないわけで、僅かの間に行った投資
を思い切って見切るという姿勢は納得できます。例えば、介護
ビジネスに巨額を投じたコムスンは、僅か1年で縮小しました。
今の勢いを考えると、縮小しなくても盛り返していた可能性も
考えられますが、早い段階での損切りが会社を救っているとも
いえます。それぐらい引き際というのは大切なわけです。退路が
なくなるまで戦うと全滅してしまいますから。古今伝授とか特殊
な事情がない限り(?)

一方で、JR東日本は、磁気式のイオカードを廃止することを
決めています。今後はICカードのスイカの利用範囲を拡大する
などNTTとは正反対の状況となっています。この2つの問題は
いくら機能が良くても、時代の波に乗ることが出来なければ敗北
してしまうことを物語っています。VHSより遥かに性能がいい
はずのベータが完敗したり、性能的に極めて貧弱なファミコンの
前に性能のいいテレホビー機がいくつも立ちはだかり完敗して
いった状況に似ています。JRの例に関しては、抱き合わせの
クレジットカード発行枚数の多さと稼働率の高さに魅力を感じて
いるようで、関東の都交・私鉄各社で使える磁気式のパスネット
もやがてスイカのようなものに置き換わることになっています。
パスネット陣営にとっては、これまでの設備投資と利用者がJR
だろうが私鉄だろうが見境なく「2枚投入」してしまうという悪しき
習慣を残す形となりますが、こうした動きで経済が活性化する
のなら、それはそれでいいのでしょう。

さて、日本列島は偽造ブーム。架空請求、オレオレ詐欺、振り
込め詐欺に続きあちこちで偽造紙幣が流通しています。法律で
追い込まれた犯罪グループが次々に新しいことを考えることに
より、日本国内は嘘が満ち溢れるようになりました。後手後手に
法律を作り追い込むだけでは対応しきれない世の中になって
きているともいえます。ついには新紙幣の偽造券まで登場して
使われています。5千円札のつるんとした樋口一葉の肖像は
現在の偽造防止技術があるからこそ実現したといわれています
が、実際に使用される場で食い止められなければ意味があり
ません。お店で紙幣をちゃんとチェックしたり、カードのサインを
しげしげとチェックされることには抵抗がありますが、利用する側
はこうしたことも素直に受け入れる必要が出てきたのかもしれ
ません。手形や掛け、ツケなど特に顔だけで商売が出来る日本
ではなかなか難しいことかもしれませんが。

もう一つ、見極めなければならないものがあります。それは
新紙幣の蚊帳の外に置かれている「2千円札」です。見た目は
美しい紙幣なのですが、紫式部というとらえどころのない肖像と
日本人にはなかなか浸透しない「2」という数字もあいまって
全く流通していません。以前は金融機関の人々の財布の中に
山のように入っていましたが、今も強制的に使わされているので
しょうか。それにしても使う側もつり銭として差し出す側も申し訳
なく思う貨幣がこれまであったでしょうか。いっぱしに流通して
いるのに、待遇は記念コイン並みです。これまで手にしたのは
ほとんどがピン札だったことを考えると、いかに流通していない
のかが分かります。これだけ人の目に触れないし紙幣なので
偽造しても分からないような気がしますが、どういうわけか日本
全体がこの2千円札の存在について触れないようにしている
ような気がしてなりません。アイデアを出した人がいれば終止
宣言のようなものも出せそうですが、そうもいきません。元上官
の谷口少佐に任務解除されるまで戦地を離れなかった小野田
少尉みたいです。どれもこれも遺言を残した小渕元首相の呪い
のようにも思えてきますが、そういうあいまいなものがいつまで
も残るのが、日本なのかもしれませんね。良くも悪くも。

今日の本題、何でしたっけ。

ginzafternoon

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January 19, 2005

挑戦

今回の大学入試センター試験は、ネット社会を反映して事前の
漏洩疑惑も持ち上がるほど。一方で国語では本来は避けられる
はずの現行の教科書の素材を使ってしまったり、時間設定を
間違えたりとアナログ的なミスも目立ちます。僕たちの世代は
ちょうど受験システムの過渡期にあり、2年前に共通一次が
終了し、センター試験の2回目にあたりました。当時は今のよう
に私立大学の参加は数校で、国公立大学は前・後期、ABC
日程というややこしい選択肢の中から受験校を選ばなければ
なりませんでした。ちなみに今回の試験の平均点は…
<国語>(200点満点)
国語1   115.67
国語1・2 117.12
<地理歴史>(100点満点)
世界史A   45.35
世界史B   63.92
日本史A   54.15
日本史B   59.50
地理A    65.86
地理B    70.18
<公民>(100点満点)
現代社会   70.65
倫理     67.58
政治・経済  65.00
<数学(1)>(100点満点)
数学1     49.37
数学1・A   70.12
<数学(2)>(100点満点)
数学2     40.08
数学2・B   53.22
工業数理    51.38
簿記      51.79
情報関係基礎  54.98
<理科(1)>(100点満点)
総合理科    48.98
物理1A    68.59
物理1B    60.10
<理科(2)>(100点満点)
化学1A    64.94
化学1B    66.27
地学1A    58.47
地学1B    64.08
<理科(3)>(100点満点)
生物1A    56.58
生物1B    52.56
<外国語>(200点満点)
英語     116.54
ドイツ語   134.96
フランス語  134.32
中国語    175.71
韓国語    157.38

つーかですね、科目多すぎです。僕らの頃は、以前の受験戦争
をなくそうと科目を出来るだけシンプルにして、ゆとり教育なん
ちゅう日本人を骨抜きにする教育方針にまっしぐらだったのです
から、週休2日制も導入されて実際の現場では授業時間を確保
するあまりに正課のクラブ活動を削ったり、授業に負けないぐらい
必要なプログラムを犠牲にして対応していました。おまけに私立
大学は2、3科目飛び抜けていればいい大学に入れた時代なの
で、漢字が全く読めなかったり、例えば自発的に一度も本を読ん
だことのない学生が文学部に入ってきたり、それはそれは滅茶
苦茶な時代でした。特に受験はテクニックだったので、古文だか
現代文でナントカ式とかいう解答方法を使う連中は、シャッシャッ
と線を引きまくるので気が散って仕方がありませんでした。
ちなみに、僕のセンター試験は惨敗だったわけで、自己採点の
後にどよーんと沈んだのを今でも鮮明に覚えています。
国語147点(200点満点)、英語121点(200点)、日本史65
点(100点)、生物75点(100点)…不得意な英語はこれでも
健闘なんですが、もっと稼げるはずの国語と日本史が振わず。
しかしなんといっても、数Ⅰ25点、数Ⅱ24点は目も当てられず。
しかも2つあわせて200点満点で。特に数Ⅱは、「確率・統計」
の問題のレベルが低いといわれていたので、毎日のように学校
に残って勉強していましたが、一気に問題のレベルが上がると
いう惨状。今までに経験しないほど勉強して得たのは、学校内
では活発に恋愛が行われているということ。長いこと連れ添った
彼女がいるはずの友人が放課後、毎日のように別の女と逢瀬
を繰り返していたり…今にも喋りそうな勢い。あぶないあぶない。
そんなわけで選択肢が狭まった僕は結局、迷うことなく一校だけ
合格した大学に進学するわけです。まかり間違えば沖縄の大学
に進学した可能性もあったわけですが、物価が安いこととか寒く
ないとか魅力はあったものの、親の一言「沖縄県庁に入れば
一生安心じゃわえ」に人生の全てが封印されそうで複雑に思っ
ことを憶えています。そういう紆余曲折があって今ここにこうして
いるわけです。人生って分からないものです。
文部科学省は、子供達の学力低下を踏まえて、今までのユル
路線から方針転換しそうですが、子供達は実験台ではないの
ですから首尾一貫した教育を行ってもらいたいものです。成人式
の時も似たようなことを言いましたが、少子化とはいえ、子供が
いなくなることはありません。ただ、時代は流れているので子供
はずっと子供ではないわけです。「ああ、失敗した。じゃ、逆で」
というのでは、失敗した教育を受けてきた大人達が浮かばれ
ません。小学校からやり直せとでも言うのですか。

さて、先日の脱北者から提供された写真は、拉致被害者では
ない可能性が高まりました。TBSのスッパ抜きにヒヤヒヤした
マスコミ業界内では、腹いせのように一部で批判も出てきて
いるようですが、こういう動きも愚かです。未知の国、北朝鮮
から手探りで情報を集めているわけですから、こういったリスク
は避けられない。例えば地村さんら拉致被害者が帰ってきた
後、横田めぐみさんらの死亡情報を鵜呑みにした政府を、マス
メディアがこぞって批判しましたが、鵜呑みにした政府の情報を
丸呑みして報じたのも彼らです。独自の動きは、せいぜい一部
の通信社が勇み足で全員帰国の誤情報を流した程度でした。
今回の件で特定失踪者問題調査会は、被害者家族に対して
お詫びをしていますが、これもやるべきではなかった。安易に
謝るのではなく、次に繋げるような対応を求めていけばいいの
だと思います。また、こうした情報を集め、報じる側も今回の件
を特ダネを求めたテレビ局の愚行とあざ笑うことなく、果敢に
未知の国に挑戦していってもらいたいものです。足の引っ張り
合いは何の意味もありません。

YokohamaLMT

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January 17, 2005

難しい問題

久々の更新となりました。
昨日のTBS「報道特集」は、北朝鮮に拉致された可能性の
高い2名と思われる写真の流出を報じていました。
放送終了後の19時に特定失踪者問題調査会がこの旨を
発表、各メディアが一斉に報じるという状況でしたが、恐らく
タイミングからして、TBSの極めて有効なスクープに調査会
が仁義をきった形になっていたのでしょう。脱北者などの
ソースをあたり専門家の鑑定を交えて少しづつ証拠を固める
構成も見応えがありました。そういえば埼玉で起こった愛犬
家殺害や女子大生刺殺事件など闇に葬られようとした事件
を掘り出したのも新聞やテレビでした。これこそがマスメディア
の使命だといえるでしょう。その一方で同じマスメディアでは
連日、ノロウィルスの話ばかり報じられています。珍しくもない
ウィルスを突然変異の奇病のように報じるのは疑問です。
今ではエスカレートしてかつてのレジオネラ菌やスギヒラタケ
のように日本中がウィルスまみれのように報じる始末です。
数千人が感染といわれますが1億人以上という分母を置き
去りにしているのも問題。これ以上犠牲者を増やさないよう
注意喚起する目的なら責任を持って報道を続けてもらいたい
ものです。一次のブームのように扱うのなら、HIVや結核の
感染問題を定期的に扱ったほうがよっぽど有効です。

さて、先週は青色LEDの訴訟について8億円で和解が成立
しました。内容についてもう説明する必要はないでしょう。
東京地裁の200億円の判決も話題となりましたが、苦渋の
決断で半キレ状態の中村氏の様子も印象的でした。不謹慎
ながら、人はキレるとこうなるという意味で勉強になりました。
これも説明する必要はないかもしれませんが、青色LEDの
発明で世界は大きく変わりました。これで光の3原色が揃い
モニターがより色鮮やかになりましたし信号機などにも順次
導入されています。初めて見る信号の色はセンセーショナル
ではありますが、何よりも街角で見かけるイルミネーションが
強烈に印象に残ります。暗いのに明るい青色は人間が見た
こともない経験なわけですから。ちなみに僕は最初に入った
会社でLEDを扱っていました。青色登場前なのでオレンジと
緑しかなく、小さな電球程度にしか思っていませんでした。
一方で日亜化学工業は、8億円での和解に胸を撫で下ろし
ました。確かに、発明は中村氏自身の功績ですが、環境を
与えたのは企業ですし、失敗のリスクを負うのも企業です。
ただ中村氏がいないとこういう発明はなかったかもしれない
のも事実。この議論はあちこちでさんざん行われたことなの
で今さら取り上げるのすら恥ずかしいのですが、結果的に
いくら議論を続けても解決しないように思います。一つだけ
いえることは、発明当時、企業が研究者をきちんと評価して
おけば問題はこじれなかったのではないかということ。
中村氏のように積極果敢に対価を求める研究者もいれば
島津製作所の田中氏のように、ただただ研究を続ける環境
を求めているだけの人がいるのも事実です。そう考えると
決して中村氏の意見が大勢ではないのかもしれません。
問題なのは、訴訟国家といわれる米国に右に倣えでケチな
企業を批判したり、大御所の裁判官が判決を下したことを
天の声のように評価したり、問題とは離れた場所で議論を
してしまうことです。同様に中村氏が「日本の司法は腐って
いる」と言うので「ああ、腐っているのか」と短絡的に判断
するのも問題ですが。
研究部門を持つ多くの国内企業ではこの問題を機に発明
などに対する対価の見直しを行う動きが活発化しているよう
です。一見、積極的なように見えますが、意地悪な見方を
すれば、明日はわが身と畏れて同じ傘の中に隠れようと
するパフォーマンスのようにも思えます。考えだけを改めても
ノーベル賞受賞後の田中氏に慌てて国内のあちこちで賞の
「追い討ち」が行われたように国内の研究機関や企業は人
の能力を見出す力がないのですから。前述の通りこの問題
はまだ解決していません。この動きが一時期の流行や企業
のパフォーマンスに終わらぬよう祈るばかりです。

長くなりましたが難しい問題をもう一つ。水戸市内の病院
に勤める医師が、自分のホームページに患者の中傷や
診療内容を記載していたことが問題となりました。世間では
医師の愚考として厳しく非難する声もありますが、これも一方
に立って断罪するのは難しいと思われます。例えば、貧乏人
の僻みのように「医師のくせに」と感情的に批判するのは
全く意味がありません。ニュースだけを題材にすると、この
医師は身元を明かしてはいなかったようです。ただ、居酒屋
の場所など特定できる要素は多く、それで身元が判明した
のかもしれません。この場所もそうですが、ブログの発達で
個人のいろいろな考えは一層露出されるようになりました。
表現の自由を盾にいろんなことをゴリオシする人もいますが
僕は限られた範囲の中で自由に書くというのが自分なりの
「表現の自由」だと考えています。このDiaryXXXもそう。
例えば個人をターゲットにしたS・Reportは、内容を柔らかく
したり個人を特定できないよう配慮しているつもりです。
この医師の軽はずみな行動は問題視されるべきでしょうが
中途半端な報道や議論についても考えるべきでしょう。
病院名のみを公表し医師の名前を伏せたりするのも疑問に
思いますし、この問題を一人の医師の愚行として簡単に
処理するのも危険だと思います。Web上で検索してみれば
分かるように患者が医師を批判するホームページや掲示板
は数多くあります。それなら逆の立場で医師が患者を批判
するような表現があってもいいのかもしれません。医師という
だけで表現を封じ込め、一方の表現だけを認めることのほうが
よっぽど危険なように感じます。この医師の一番の問題は
「表現の仕方」だったということが分かります。

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January 11, 2005

恒例のニュース

成人式の騒動、待ってましたとニュースやワイドショーが
こぞって取り上げています。陳腐ですね。自分達が煽って
いることに罪悪感を感じないんでしょうか。確かに成人式
はどんな偉い人が来て話をしても聞きません。そりゃそう
です。中学、高校を卒業して初めての同窓会みたいな
ものですから。企画する自治体も御苦労なことですが
馬を水飲み場に連れてきているだけなのだと思います。
馬を水を飲ませたければ、それなりに頭を使う必要があり
ますし、頭を使わないのなら馬が水飲み場で暴れようが
糞をしようが交尾をしようがほっとけばいい訳です。
それをマスコミが「暴れろ、暴れろ」と煽らんばかりに面白
おかしく報道する。例えば人間は台風中継でカメラを向け
ただけでケータイ片手にピースをするしがない生物です
から、ただでさえ舞い上がった状態の成人式でカメラを
向けられるとそりゃ興奮しますって。おまけに成人式は
自分たちが主役の日なわけですから。

ここで報道を受ける側が錯覚してはならないのは時間は
流れているということ。例えば去年、成人式で暴れた若者
は今年の成人式には出席していません。当たり前のこと
ですが、これを考えないと新成人という動物が毎年毎年
騒動を起こすと錯覚しがちです。何も考えない大人は自分
も一年づつ年を重ねていることを棚に上げて「最近の若者
はけしからん」と立腹するわけです。最近の女子高生を
見て分かるように、ガングロはいません。計算が違うかも
しれませんが、今年の新成人の多くは中学生の頃、病的
に日焼けした高校生をあざ笑って成長した年代だと記憶
しています。たった一年の積み重ねですが、それだけ時代
は流れている訳です。おまけに新成人の多くが過去数年
の先輩たちの愚行を目の当たりにしています。むざむざと
同じことを繰り返すほどバカな成人だらけではないでしょう。
何となく騒動のニュースが少なくなったような気もします。
見方によっては最後のマヨネーズを絞り出しているような
感じもします。多分、目立った騒動が少なくなったか報道
する側もされる側も飽きてきたかのどちらかでしょう。
そんなことでニュースの軽重の判断材料にするのは問題
だと思いますが。ちなみに、マスコミはうま味がないのか
なかなか取り上げませんが少年犯罪も結構減っているよう
です(違いますか?)それでも凶悪事件や「振り込め詐欺」
「偽造通貨行使」など昔では考えられなかったような事件
も起こす若者ですが、だからといって「新成人は暴れる。
怖い」と早合点してしまう方がなお怖い。見た目が怖くても
筋が通ったやつとかもいます。忘れてはならないのは暴れ
る新成人を見て「怖いわねえ」と思っている親もその新成人
の親もみんな親だということ。性悪説を信じる僕ですが
人間生活のなかで悪人はウジ虫のように簡単に沸いて
くるものではないと思います。突然失踪する家族と同じで
必ず原因がある。この場合も親や残された家族が現実を
把握出来ていないという点が共通しています。ちなみに
実際のウジ虫は親が卵を産んで孵化するわけですが。

どうか、惑わされませんように。

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January 10, 2005

ゴジラ FINAL WARS

CinemaX第26回目。

ゴジラ FINAL WARS
監督:北村龍平
脚本:三村渉、桐山勲
出演:松岡昌宏、菊川怜、宝田明
(公式サイトはこちら
(計測時間140分)

ゴジラです。劇場で観るのは1984年の復活ゴジラ以来
約20年ぶり。通算でものび太の恐竜の恐竜(’80)と
同時上映で再上映されたモスラ対ゴジラを含め3回目。
当時はドラえもんは単独で公開できるほど信頼感が
なかったのか、藤子不二雄作品などを加えた同時上映
という形がとられていたと記憶しています。僕はガンダム
世代ですがおそらく僕らの世代はドラえもん世代ではある
もののウルトラマンや仮面ライダーの世代とは微妙にズレ
ているようです。個人的にウルトラマンはレオまで、仮面
ライダーはストロンガー、ガンダムは百歩譲ってZまでと
いう線引きですが。僕はゴジラ世代ともずれているようです。
ゴジラはメカゴジラの逆襲(’75)以降、復活まで約10年
を要します。当時は2~3歳でその後、リアルタイムでは
知らないものの、周囲の親兄弟や上級生から少なからず
ゴジラの刷り込みが行われたはずですが復活後のゴジラ
はスタート時の怖いゴジラに近く、人間を積極的に救うわけ
でもなく話が進みます。「こりゃちょっと違うぞ」と思った中学
生時代の僕たちは、ビオなんとかとか、デスト某というケバ
い怪獣にもついていけませんでした。実際に盛り上がった
のはもっと下の世代なわけで…僕らの世代がガンダムや
マクロスの続編に「こんな部品が一杯ついたのはガンダム
じゃねえよ」とか「何でバルキリーの中でギター弾くんだ?」
と難癖つけるのに似ています。

これだけコケにしておいて観にいったのは「FINALWARS」
だからです。巨大な不動産屋に成り下がって(上がって?)
しまった東宝は、洋画を放映して時折、時流に乗った映画を
出涸らしになるまで作ってボロ儲けしています。ホラーとか
最近では純愛とか。パワーダウンは否めないものの「100
%良い物だ」と信じて止まない熱狂的なファンが多い宮崎爺
を担いでくればとりあえずはヒットするわけです。この手の
ファンのみなさんは「ジブリ」と言うだけでネコのように耳を
立てる訳ですから(言葉が過ぎました)その中でもゴジラは
ドル箱。どうみても恐竜でしたが、ハリウッド進出も果たして
いますのでガメラ、ガッパだの怪獣映画華やかかりし頃の
中では松井級のキャラクターだといえます。そんなゴジラが
終わるわけですから観ておかなければ。そのほかシナリオ・
センター時代の二人の講師が初代ゴジラに関わっていた
ということも理由の一つです。当時の話もさんざん聞かされ
ましたし。

さて、ポケモンショックを起こしそうなビリビリのオープニング
から本編に入ります。フセインとかスキャットマン・ジョン風
な風貌のドン・フライが吹き替えで登場します。陳腐な吹き
替えは、昔の日本映画そのままでこの間観た映画では
千葉真一がどこかの作戦会議に出ていて、思い切り日本
語で喋るのに向こうは英語に日本語をかぶせる。こういう
時は日本語は不利ですね。例えばどんな未来の話でも昔
の設定でも宇宙人が出てきても、英語を話していれば違和
感は不思議と感じない。それは、英語が世界共通語の要素
が強いからといえます。逆に宇宙人が日本語を話すと非常
に違和感を感じます。まあ、ゴジラに出てくる宇宙人もバリ
バリの日本語を喋るわけですが。次のシーンでは松岡昌宏
とケイン・コスギが格闘技みたいなことをやっています。訓練
のようですが、意味不明です。それで負けた松岡に「これが
実戦なら死亡だ」と注意する上官、ところが勝ったケインにも
「調子に乗るな」と叱る。世界から精鋭を集めた地球防衛軍
ですが精神はずぶずぶの日本人です。そこに登場する隊員
がミュータントだとか彼らが地球にはないDNA(?)を持って
いるだのいきなり話されてもついて行けない設定が次々と
出てきます。最近のゴジラシリーズを観ていないのですが
これは定番の設定なのでしょうか。ここで置いていかれると
後の話がさっぱり分からなくなるので必死に頑張りました。
ケインはもう少し日本語が上手くなればなあ…カタコト日本
語では役柄が限られてしまいますね。

懐かしい怪獣が出てきます。ラドン、エビラ、ヘドラ、クモンガ、
カマキラス、アンギラス、変化球でミニラなど。一番嬉しかった
のは個人的にゴジラに出てくる怪獣の中では一番強いと信じ
て止まないキングシーサーが出てきたこと。ドアラのような
細身の不気味なアンバランスな姿は健在。当時の作品では
確か穴に落ちて動けなくなりましたが。右目で光線を受けて
左目で返すという恐ろしい特技も持っています。本編では
残念ながら彼の強さは発揮できませんでしたが、頭の中では
ずっと歌が流れていました。「キ~ング、シ~~~サ~~~」
ところで、FINALWARSにはキングコング、メガロ、ガバラ、
ジェットジャガー、メカゴジラなどは出てきません。これは多分
話がぶち壊しになるからだと推測できます。メカゴジラはそれ
を操る悪い人が必要で宇宙人とキャラがかぶりますし、キング
コングとかジェットジャガーを出してしまえば絵的に何が何だか
訳が分からなくなります。ジェットジャガーの存在を知った時は
幼心にもショックでしたから。せいぜい設定によって姿を現した
り消えたりするワイルドカードのようなジャイ子的存在のミニラ
を出したのが精一杯でしょう。もちろんモスラも出てきます。
モスラは作品によって敵や味方になるゴジラやアンギラスなど
と違って一貫して人間の見方です。なので痛めつけられると
最も心が痛みます。ザ・ピーナッツの配役で有名な小美人は
長澤まさみと大塚ちひろ。赤の他人なのに良く似ていましたね。
一瞬マナカナ?と焦りましたが。Diaryで何度か触れましたが
モスラは中村真一郎、福永武彦、堀田善衛という著名な作家
(文学者)が原作です。ゴジラに出てくる怪獣のなかでモスラ
だけがエピソード付きで多くの日本人が強烈に印象を残して
いる理由の一つともいえます。聞いたところによると、ゴジラを
観て面白いと感じた3人が「俺たちも面白いのを考えるよ」と
言い本当に話を考えて来たのがモスラだったとか。従って
モスラだけがはっきりとした原作者つきというわけで昔の関係
者は現在のゴジラでモスラを扱っても原作者を表記しないこと
に「原作者に失礼だ」と残念に思っているとか。FINALWARSの
冒頭に箔をつけたいのか田中友幸、円谷英二、本田猪四郎
に捧ぐとテロップを流している場合ではないんです。

ちなみに、ハリウッド版ゴジラと思しきジラという怪獣も出て
きます、エリマキのついたジラースではありません。見た目も
そのまんまですし本編でもハリウッド版であることを想像させ
るようなセリフが出てきます。ハリウッド進出で小躍りしながら
も、どこからどう見ても恐竜にしか見えないゴジラの風貌に
東宝の関係者が「せめて背びれはつけてくれ」と泣きついた
とかいないとか。本編でも圧倒的に弱かった「ジラ」ですが
版権の問題もあるかもしれませんが、ハリウッド進出の実績
だけを残して存在そのものを抹消したい思惑も見え隠れします。

なかなか話が進みませんね。この映画の欠点は、人間ドラマ
の部分になるととたんに陳腐になることです。登場人物が
「何故こんな時に?」というようなセリフを吐いたり、ロイヤルの
社長が歯を出すような微妙なタイミングで余計なリアクションを
します。しかも意味不明。加えてメカニックデザインもどこか
安直な感じがします。主役級の人々がアルマゲドンみたいに
ごっそりと乗り込む轟天号なる戦艦は、ヤマトの波動砲の穴に
エッチな感じで突っ込んだドリルミサイルを彷彿とさせるメカ。
普段飛んでいる時までドリル回さんでいいだろうとツッコミを
入れたくなります。人間ドラマの部分にはこういうところが
いっぱい。反面、怪獣のシーンは迫力があります。もともとCG
のなかった頃の怪獣ですから、ラドンが飛ぶとどれぐらい衝撃
があるのかとかがよく分かりました。今更ながらゴジラが吐く
火炎も迫力です。最初のゴジラは工夫してもエクトプラズムに
しか見えませんでしたし。
さて、冒頭には少し出てくるんですが、1時間以上が経過して
やっとゴジラが登場です。鳴き声は迫力があります。日本まで
の長い道のりで数々の怪獣と戦いますがこれも面白いと思い
ました。実はバカげた戦い方もあって「少林サッカー?」と思う
ような部分もあります。このあたりの部分は「ゴジラらしくない」
と反発する味方もあるようですが以前はシェーまでやっていた
ゴジラです。ゴジラシリーズには笑い話のような内容もありま
した。初代の怖い怖いゴジラを神格化する味方もありますが、
こういうユニークな部分も決して棄ててはならない部分だと
思います。それに対比して人間ドラマの部分がやはりひどい。
マトリックスやスターウォーズを彷彿とさせる映像も出てきます
が、こちらは何故か役者の陳腐な演技と意味不明のセリフが
融合して不快感を醸し出してしまいます。

最終評価「B」

人間ドラマの部分のみでは「D」です。これだけ意味不明な
わけですから話をややこしくせずに「どういうわけか今までの
怪獣が甦って、ついでにゴジラも甦って、あちこちで戦い始め
ちゃった」ぐらいの設定でもいいのではないでしょうか。キン肉
マンみたいですが。劇場内のあちこちで子供に自慢げに解説
している父親の姿を見ましたが、確かに子供にとっては今の
怪獣のようにドギつくないシンプルな怪獣は新鮮でしょうし、
大人にとっては懐かしい怪獣が次々と最新の技術も加わった
迫力ある映像で再現されているわけです。観客は人情とか
そういうものではなく怪獣がドッタンバッタン暴れるのを期待
しています。その期待に応えられなかった部分では残念な
映画でした。これでゴジラはFINALWARSのはずですが主役
は最後の最後まで「これが始まり」とか意味不明のセリフを
吐きます。今回、ゴジラは浅間山に沈んだわけでもなく南極
で凍り漬けになった訳でもありません。海に帰っただけです。
一方でアルマゲドンのように大勢の無駄なキャラクターが
ゾロゾロと動きまくる地球防衛軍の作戦はFINALWARS作戦
だったような気がします…詐欺?そういえば東宝は数年前
にも「ゴジラ死す」とぶちあげながら姑息に続けた前科があり
ます。ゴジラがなくなるのは寂しいですが、僕のように最後の
ゴジラということで劇場に駆けつけた人も少なくはないはず。
約束を守ってゴジラは封印してください。でなければ原作者
の松本零士から権利を奪い「さらば」「永遠に」「完結編」とか
ぶちあげながら、逮捕直前まで「またヤマトをやる」と嘯いて
いた西崎義展と同じじゃないですか。もうヤメテ~!

~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成17年1月10日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:100人程度/130席
感涙観客数:若干
※感涙観客数は観客の鼻すすり音で推定

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January 07, 2005

進む技術、追いつかぬ知能

正月の行楽地の人出は、TDRが37万人で1位。前年に比べ微減
ながら圧倒的な強さを見せつけました。一方USJは14万人、微増
ながら3位。では、2位はというと…日テレプラザの15万人でした。
確かにゆりかもめの始発である新橋駅のすぐ近くにある日本テレビ
はお台場に流れる人間を食い止める地の利はあります。だからと
いって2位は眉唾です。TDRやUSJのように入場者数がカウント
できるわけでなく、陸の孤島にあるフジテレビのように境界線が
はっきりしているわけでもない。汐留(というより東新橋)を歩いて
いるだけの人をカウントしたり、はたまた六本木ヒルズのように毎日
出入りするビル内に入居している会社の社員や住人を来場者数に
カウントし続けるような奥の手もあります。なぜここまでボロカスに
言うかというと、日テレは本来、一般人を呼ぶようなビルの構造
だとは思えないからです。敷地も狭く、フジテレビのように社屋に
客を招き入れない。せいぜい圧力に負けて平日のみロビーを開放
しているのがやっとのようです。これだけ他人行儀な対応なのに
ホイホイと我々一般人が「楽しいね」「面白いね」と錯覚しながら
高い金を払ってどうでもいいグッズを買っていくわけです。麹町の
頃のように申し訳程度ならまだかわいいのですが、移転を機に
商魂たくましくなったような気がします。最近はさすがにほとぼり
が冷めたようですが、やたらしょっぱいラーメンに長蛇の列を作る
人々を見ると涙がとまりません…言葉が過ぎました。

さて、初詣などの混雑に紛れてあちこちでニセ札が使用されました。
新札切り替えのタイミングにあわせたという見方もありますし、もう
少しいじわるな見方をすれば、これまでは放置されていた問題を
マスコミが大きく取り扱うことで「だから新札に切り替えなければ
いかん」という追い風にしたい日銀の思惑なんぞも見え隠れします
…というのは考えすぎでしょうか。
事実、ニュースとして取り扱われなかったニセ札事件も多いです。
「使われた」というだけで、犯人を特定するのが困難な事件は地味
なネタとして敬遠されがちです。これを日本全国であたかもニセ札
だらけとして取り扱うと、一般の人々の注目を浴びるようなネタに
「昇格」するわけです。新札の偽造も時間の問題といわれますが
日本の造幣技術の水位を集めた紙幣です。おもちゃのように見える
のがかえって偽造しにくい…というのも考えすぎですか。
ニセ札を賽銭に使われたお坊さんとかが「バチがあたるでしょう。
もしこけてケガでもしたら、ひっかかるものがあるはず」という類の
ことを言っていました。何て平和な国なんでしょう。日本では外国人
がらみの犯罪が目立っています。仮にこういう人たぢがニセ札を
使っても「バチガアタルヨ」何て考えは頭のどこにもないでしょう。
もしろ、度々報道されるように、ニセ札事件に少年が関っていると
いうことが問題だといえます。
紙幣の偽造の場合は、例えば、昔のように職人技で版を起こしたり
する必要はありません。一番簡単な方法はスキャナーやカラー
コピーで複製する方法です。例えばコンビニのカラーコピー機には
「紙幣をコピーしてはいけませんよ」というような確認を行わせる
ものもありますが、こっそりコピーしても電気が流れるわけでもあり
ません。あくまで確認なので「あなたは、砂漠で一万円拾いました。
交番に届けますか?」と聞かれるようなものです。YESと答えても
届ける届けないは本人の勝手。これだけモラルが低下している
わけですから、回答を守る人ばかりでないことは容易に推測でき
ます。パソコン、インターネット、携帯電話など数年前に比べ社会は
格段に便利になっていますが、利用する側の知能は必ずしも追い
ついていないようです。大人や子供問わず安易に紙幣をコピーして
使ったり、携帯電話やメールを使って詐欺を働いたり。加えて最近
は小型化したビデオカメラや携帯電話のカメラ機能を使って日常の
あらゆる場所で盗撮が行われています。手鏡なんか超アナログな
アイテムではなく、靴にカメラを仕込んだりする小型カメラが使われ
ています。何よりも驚きなのは、秋葉原に行けば防犯グッズとして
誰でも買うことが出来るということです。
今や、司法を守る立場になろうとする司法修習生が女子トイレに
ビデオカメラを仕込む時代です。一方、教育現場では、急速にIT化
する世の中で、生徒にパソコン操作を教えられる先生が圧倒的に
少ないことが問題になっています。これは、少なくともインターネット
が両刃の剣的な面を持つことなど生徒にIT化の功罪を教える土俵に
すら立っていないことになります。結果としてIT化の波に見事に乗り
切った子供たちばかりが好き勝手に暴走し、あちこちで事件の種を
ばら撒く結果になっています。
アイザック・アシモフは、ロボット三原則で①ロボットは人間に危害を
加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に
危害を及ぼしてはならない。②ロボットは人間にあたえられた命令に
服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に
反する場合は、この限りでない。③ロボットは、前掲第一条および
第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
…と説きました。人間がいつか、自分たちのように自由に動くロボット
を手に入れた時、この原則が絵空事に終わらないよう祈るばかりです。


toranomonnight

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January 04, 2005

いちテレビ視聴者の書き殴り

年末年始はテレビ漬けでした。今年の特徴は、お笑いブームの
せいか、若手芸人がテレビに出まくっていましたね。
それにしても1月も3日、4日になろうというのに未だに「初笑い」
という言葉が使われます。そりゃあねえだろうと思うのですが
幼い頃は「これは何日も笑わない頑固な人のための番組なんだ」
と変に納得していました。そのくせ決して大爆笑できないベテラン
芸人ばかり出てくるのがものすごく疑問でした。どうせなら2月
ぐらいの番組に使ってみるとインパクトがあるんじゃないでしょうか。

さて、先日、ボキャ天を観たのですが、当時出ていて生き残って
いるのは、海砂利水魚、キャイーン、爆笑問題、山崎、出川ぐらい
でしょうか。江頭2:50の相方、名前なんていいましたっけ…キンタ
コンテ?コンタキンテか。芸能界に生き残る芸人は決して面白さ
だけが問われているわけではないことが分かります。理不尽です。
金谷ヒデユキは今のはなわのノリににていますね。他人をいじって
歌うだけのはなわは今年が正念場。本人はそういう自覚はないの
でしょうが人気を鼻にかけたような行動をみると一層しらけてしまい
ます。お笑いを忘れ、高尚なアーティスト風を吹かせて素人に毛の
生えたような絵を高い値段で売る片岡鶴太郎をみるよう。

日テレがせっせと蒔いてきたお笑い芸人の種は、フジテレビなど
他局に見事にさらわれた感じがします。大晦日は紅白の沈没に
歯止めがかからず格闘技を扱ったTBSとフジが躍進しました。
日テレは格闘技を続けるよりはマシだったかもしれませんが決して
自分たちが育てた若手芸人の恩恵を満足に受けられない状況に
あったといえます。日テレが火をつけたお笑いブームの申し子とも
いえる波多陽区は、大晦日のゴールデンタイムから元日まであら
ゆる局に出没し斬りまくっていました。

「今の若手芸人は面白いよ」とは何かの番組で大物芸人が言った
言葉。確かに漫才ブームからボキャブラ天国などの頃のプチお笑い
ブームの頃は、今の笑いとは質が違います。オレたちひょうきん族
を今観ても、懐かしいだけであまり面白くないのもブームに乗った
だけの芸人が多かったことを裏付けています。逆にひょうきん族の
前に砕け散った8時だよ!全員集合が今観ても面白いのは、作り
こまれた笑いだからといえます。箱根駅伝と同じように勢いがあれ
ば予選会下位選出のチームでもシード権もとれますし、その逆も
あります。芸人もネタが尽きた時、観客に飽きられそうになった時
が勝負です。その点では昨年の年末年始にテレビに出まくった
テツandトモは演芸体質になり息の長い芸人路線に乗りました。
歌唱力もあり大爆笑はないながらも確実にお客を笑わせることが
出来る芸の構造もポイントです。波多陽区も芸人としての心を忘れ
なければ、ギター侍は一生モノの芸といえるでしょう。牧伸二や
堺すすむのように。

踊る大捜査線THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!やって
いましたね。僕は劇場で観たので何となく観なかったのですが
安心して観ることの出来る映画です。ただ、以前の日記でも述べた
通り、青島と室井の対立の構図はテレビシリーズで崩壊している
ので口コミでブレイクした最初のテレビドラマよりは緊張感が欠けて
いるといえます。放送開始当初は視聴率も振わず室井、すみれの
恋愛ドラマへの路線転換も検討されていたと聞いています。
当時の記憶が定かではないのですが、決して派手な番組宣伝も
なく滑りそうな番組に何故か織田裕二を引っ張ってきていたり
やることなすこと異例ずくめのドラマだったといえます。ただ、決して
不世出のドラマと崇拝するだけでなく、もっともっと面白いドラマが
出てくるよう祈りたいものです。それにしても踊る…シリーズで扱わ
れているサウンドトラックの一つ、ドビュッシーのパクリですよね…。
テレビシリーズで真下が刺された翌週の回とか、MOVIE2は終始
流れている「パラーラ、パラーラ」という音楽です。伝わっていないと
思いますが、ドビュッシーの交響的素描「海」よりⅢ.風と海の対話
の最後の部分で全く同じフレーズが2回繰り返されます。踊る…は
このフレーズを何度も繰り返す…違いはそれぐらいです。そういえば
SMAPが出ていたクリスマスのドラマの音楽も限りなく似ている曲
があったような気がします。曲は…思い出せませんでした。かなり
マイナーな曲。「虎とライオンと五人の男」は人気CMプランナーに
企画・脚本をやらせるという限りなくキャシャーンに似た作り方の
ドラマ。脚本経験はある人のようですが、結局はSMAPが出ている
というだけで数字はとれてしまうわけです。ただ、人間はPVやCM
のような映像を延々と観るだけの能力が備わっていないことは確実
なようです。

最後は、箱根駅伝です。伝統ばかりを重視する路線は今年も変わ
らず。アナウンサーは「日本最高の駅伝」を連呼していました。ただ
関西の大学に進学した友人の話では「あれは東京の内輪ウケだ。
正月の駅伝はニューイヤー駅伝を観る」と言っていました。確かに
山梨学院はかなり微妙ですが、東京を中心とした関東に所在する
大学が一堂に会して行われる駅伝です。全国の大学が出場する
出雲、全日本でも上位は関東の大学が占めることが多いわけです
から、日本最高レベルの大学駅伝とはいえます。ただ、涙や伝統
ばかりを持ち上げるテレビには正直、うんざりとしてしまいます。
出場校は以前の15校から20校に増加、毎回が記念大会のような
状況になっています。少子化による受験数減少の対応策として
スポーツに力を入れる私立大学も増えており、実力は以前に比べて
確実についているといえますが、絶対的に箱根は広き門になって
いることは確か。おまけに学連選抜というドリームチームもあります。
中継点の繰り上げスタートで「伝統のタスキが途絶えた」とアナウン
サーが絶叫しますが、今は10区は自校のタスキで走ることが出来
ます。いかにも日本風な幅広い(なあなあ?)対応が行われている
のに、テレビだけが負けたら地獄にでも堕ちそうな緊張感をプンプン
と匂わせながら放送しています。テレビ関係者に多い早稲田ひいき
の報道は相変わらず。隣町ぐらい離れた距離を目の前にいるかの
ように報道するんですからたいしたものですわ。
ちなみに、法政の茶髪結束は少し緩んできているようですね。茶髪
でも軽め、黒髪にサングラスも黒い地味なものを着用している選手
もいました。当時の徳本選手のスタイルを真似たものなんですが
シードに入ったからいいものの弱いと本当にバカみたいに見えます。
(少し言葉が過ぎました)

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January 03, 2005

概況(16年12月分)

12月の重心指数
普段の仕事:45(+5)
シナリオ:5(±0)
その他:55(-5)
(カッコ内は前月比ポイント増減)

~12月の概況~
「普段の仕事」5ポイント続伸
12月は多忙でした。1月以降は3月頃にヤマがありますが
夏場まで閑散期に入ります。当面は賀詞交歓会や新年会が
続きます。

「シナリオ」増減なし
時間配分を考えます。

「その他」5ポイント下落
12月中、スポーツクラブに通ったのは5日です。
前月比8日減。ウエイトの調整に失敗してボディパンプで初め
てつぶれてしまいました。筋肉は確実に落ちています。
「はんどまいむ」のビデオ編集は越年してしまいました。
やるべきことが後に詰まっている状態です。順序立てて消化
しなければなりません。

~体位の変化(それは、意味が違います)~
「身長」±0cm
「体重」±0㎏

kumapan

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January 01, 2005

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます
 本年もゆーわーるどをご愛顧賜りますよう
  お願い申し上げます

ということで前回の日記からわずか数時間が経過しました。
やはり今日も元旦に当たったというだけで特別な日になるわけです。
年末のピリッとした雰囲気に比べ、だらんとした新年の空気はあまり
好きではなかったりします。テレビを見ても霞がかかったような感じ。
作り置きの番組が多く緊張感が欠けるからでしょうか。
特に田舎でのCMは殆どが門松、振り袖女、奴凧などの固定画像に
春の海が流れる全く動きのないものばかり…そんなに挨拶しなくても
正月だということは分かりますって。

最近、日記らしい日記を書いていないので、少しかいつまんで。

『スマトラ沖地震、死者12万人超える可能性も』
未曾有の大災害となりました。特に津波の影響は大きく、青空の下
で人や物が次々と波に飲み込まれていくさまは、天国と地獄を一度
に見るようです。日本のメディアは相変わらず、日本人の被害者が
いると分かるや目の色を変えて報道合戦を繰り返しています。
気象庁の津波の危険を知らせるCDロムの問い合わせが増えている
ようですが、そのことを裏付けるべく気象庁に電話インタビューを行う
と役人が「スマトラ沖地震後から問い合わせが多く、(少し噴き出し
ながら)特にマスコミの方の…」生放送じゃなければカットされたん
じゃないですかね。まるでマッチポンプじゃないですか。恥ずかしい。
それにしても最初に報道された日本人犠牲者の女性、当初は家族
の強い要請で氏名年齢も公表されない状況のはずでしたが数時間
後にはその禁が破られています。被害者のプライバシーというのは
どうしても軽視されてしまいがちですね。他にも犠牲者には親子や
新婚旅行に来ていた新婦もいるようです。被害者の素性など災害と
は関係ないことばかりを集めてお涙頂戴のドラマにでっちあげること
のないようにして欲しいものです。

『奈良の少女誘拐殺人事件で容疑者逮捕』
「不審人物の事情聴取へ」第一報は毎日新聞でした。そして逮捕
されたのは毎日新聞の販売員…販売店を撮影した映像は一部の
局でビデ倫以上の強烈なボカシが入っていましたが、青い看板で
バレバレでした。新聞社が自社の系列の販売店員の情報をスッパ
抜くのは「消防署で火事」にも似たノリです。いや、スッパ抜きとも
言い難い状況です。それにしても容疑者の逮捕状請求の段階で
一部のテレビ局は「犯人」と決めつけて周辺の住民にコメントを求め
ていました。松本サリン事件の勇み足を経験しても全然懲りていな
いんですかね。金正日のような風貌のこの男の不自然な言動をどう
とるかがポイントとなりますが、願わくばこの男が犯人で、被害者
家族や近隣住民の気持ちが少しでも休まることを祈ります。

『踊る大捜査線見ました』
あくまで私的な行動ですが…一気に放送していましたね。とにかく
完成度の高いドラマです。未だに再放送で高い視聴率を獲得する
のも頷けます。ドラマ以降は青島と室井の対立の構図が崩れるの
で映画も亜種のドラマも本編ほど面白くはなくなります。なのに…
真下と室井で2本、映画を作ろうとしているらしい。東宝の「リング、
ゴジラの次は踊る…」という目論見が見えなくもない感じがします。
いかりや長介が他界したので個人的にシリーズは封印してもらい
たいもの。織田裕二抜きの亜種ドラマが伸び悩んだ実績から2本が
どういう結果を残すかが見物です。「踊る…」というだけで集客力が
あるのも事実ですが観客はそんなに馬鹿ではない。ブランドの威を
借りた安っぽい映画を作ったりすると必ず見破られます。ハウルの
動く城のように。君塚良一氏のドラマは面白いので、そうでないこと
を祈りたいと思います。

それでは今年一年、よろしくお願い致します。

snowfuji

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