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November 07, 2004

笑の大学

CinemaX第22回目。

笑の大学

原作・脚本:三谷幸喜
監督:星護
出演:役所広司、稲垣吾郎
(公式サイトはこちら
(計測時間121分)

「映画化のメリット」

これも前評判の高い作品。ラジオ、舞台、海外公演を経て
4番煎じとなる作品です。映画というフィールドでどこまで
作品の魅力が引き出せるのかに注目。

昭和初期、浅草がまだまだ賑やかかりし頃の話。そして
戦時色が次第に強くなる頃の風景が広がります。
そして当時は出版物や演劇などに厳しい検閲があった
時代。そういえば小学校の頃、近くの市立図書館に
「戦時不許可写真集」なんちゅう本があり、結構きわどい
写真が載っているのでどきどきした覚えがあります。
もちろん、当時の浅草の風景を肉眼で観たことはない
ので何ともいえませんが、もう少し派手なセットを組んで
もいいのかなと思いました。特に脇役であれだけの役者
を引っ張ってくるのなら、こっちにお金をかければよかった
のかもとも思いました…どうでしょう?

本編スタート。早速、主役級の2人が登場します。
登場人物の不思議なセリフ、やりとり。客席の周辺では
終始「クスクス」という失笑っぽい笑いが起こります。
ですが「大笑い」はありません。
同じ三谷作品でラジオの時間の時は、ツボにはまった
のか終始笑い転げていたおっさんが何人かいましたが、
この作品は最後まで「大笑い」はありませんでした。

ターン1までの評価「B」

シナリオには直しというものがあります。
僕は、プロではないので、本当の意味での直しの経験は
ありません(実は少しある…どっちじゃ)が、かつて通って
いたシナリオ・センターでは、次回までに練り直しを要求
されることが結構ありました。フォー・イグザンポー。

最低の評価を頂戴した拙作「招かれざる訪問者」より。
編集者の松岡とベテラン漫画家、大山のくだり。

松岡「少なくとも今の大山吉典の漫画は健全じゃない、
 俺の個人的意見だが、やっぱりあんた、かみさんが…」
大山「俺は漫画の内容に私生活を持ち込んだことはない!」
松岡「どうだか…あんたのように今までの名声だけで書こう
 とするようなセンセイはもういらないんだよ」
大山「何だと!もう一回言ってみろ!」
松岡「ああ、何度でも言ってやるよ、あんたみたいな頭ガチ
 ガチのセンセイにはもう用はないよ」
大山「漫画家を馬鹿にするな!よし、取手先生に報告して
 やる、あの先生が降りたら週刊レッツはおしまいだからな」
松岡「残念だったな、取手先生にはもう我々の主旨を理解
 して設定を変更してもらったんだ」
大山「ビッグジャイアントか?」
松岡「そうだ、あのロボットはでかいから、敵がどうしても
 小さくなる。だから今まで苦情が絶えなかったんだ」
大山「あんなベテランに苦情が来るのか?」
松岡「読者には新人だろうがベテランだろうが関係ない」
大山「どんな苦情だ」
松岡「(ため息)敵が小兵だとビッグジャイアントが悪者に
 見えて教育上良くないんだそうだ」
大山「そんな、ばかばかしい」
松岡「それでも人数が人数だから馬鹿に出来ない。
 今週からビッグジャイアントのサイズが小さくなるはずだ」
大山「それじゃ、ビッグジャイアントじゃないだろう」
松岡「だが、取手先生がどうしてもというから、名前だけは
 そのままにしたんだ」
大山「もうメチャクチャだな」

これを読むと周囲の人たちはクスクスと失笑していました。
僕はこの失笑が好きなのですが、、肝心の先生は「セリフ
のやりとりで笑わせているだけだ」とご立腹。
で、練り直すよう指示が出されましたが、僕は何かを勘違い
していたらしく、以下の場所だけを書き直して得意満面で
参上しました(中略)。

大山「漫画家を馬鹿にするな!よし、取手先生に報告して
 やる、あの先生が降りたら週刊レッツはおしまいだ」
松岡「残念だったな、取手先生にはもう我々の主旨を理解
 して設定を変更してもらったんだ」
大山「酔いどれピンチヒッターか?」
松岡「そうだ、あの登場人物はいつも酔っ払っているのに
 代打で打席に入ると活躍する話だ」
大山「あんなベテランに苦情が来るのか?」
松岡「読者には新人だろうがベテランだろうが関係ない」
大山「どんな苦情だ」
松岡「(ため息)教育上良くないんだそうだ。酔っ払って
 打席に入るとは何事だってな」
大山「そんな、ばかばかしい」
松岡「それでも人数が人数だから馬鹿に出来ない。今週
 から主人公はシラフで打席に入る」
大山「それじゃ、酔いどれピンチヒッターじゃないだろう」
松岡「だが、取手先生がどうしてもというから、名前だけは
 そのままにしたんだ」
大山「もうメチャクチャだな」

もちろん、本筋は変わっていないので評価は変わらず。
ですが、書いているときは自分でも吹き出しながら書いて
いたのでm本編中の座付き作家の気持ちは良く分かり
ました。ところが、百戦錬磨のシナリオ・センターの講師の
方々は、そういうものはシナリオではないという人が多い。
笑の大学においても「クスクス」をどうとらえるかで評価は
分かれてくると思います。

自分の書いたモノを無理矢理ねじ込むなんて、大学教授
みたいですね、失礼しました。本編に戻ります。

冒頭で触れたとおり、この作品は、初演はラジオ、続いて
舞台、海外公演と3回「煎じられて」います。海外公演は
別として、登場人物の少ない話はラジオにうってつけです。
舞台でも効果を発揮する芝居です。それゆえ映画にする
意味がどこにあるのか分からなかったりします。これまでの
作品を見ていない僕がこの点に触れるのは間違っている
かもしれませんが、映画の後半には映画化の際のつぎはぎ
みたいなものが見えます。変に話を盛り上げたり、お涙を
頂戴しようといういやらしさみたいなもの。そういう部分を
入れたあまりに登場人物の性格が破綻して話の筋がみえ
みえの作り話のようになっていると思いました。
座付き作家のモデルとなった菊谷栄の話を知っていれば
別ですが、少なくとも作品を見るまで知らなかった僕には
話が進むにつれストーリーが壊れていくように感じました。

ターン2までの評価「B」

「クスクス」の意味を考えてみます。
何故観客は大笑い出来ないのか。それは、映画だからです。
舞台では役者の息遣いが感じられて大笑い出来るでしょう。
そうした観客のリアクションが役者の演技に微妙に反映され
ます。よほど大規模でない限り、舞台は双方向の要素が強い
ものだと思います。ですが「笑の大学」は映画であり、いくら
笑おうがスクリーンの中の役者に届くことはありません。
では、ラジオはどうでしょうか。

ラジオでも舞台に負けないぐらい面白いでしょう。
ラジオには音声に加えて「想像」という強力な要素があります。
良くある例えですが、ラジオで「花子は絶世の美女であった」
というセリフやナレーションがあると、聴取者それぞれが自分
にとっての絶世の美女を思い浮かべるわけで、いわば完璧な
絶世の美女を話の中に登場させることが出来ます。
ところがテレビではそれが出来ません。まだまだ輝いている
松嶋菜々子を出しても、ど真ん中ストレートの人もいれば、
苦手な人もいます。分かりにくければ谷選手を例に…。

「笑の大学」には絶世の美女は出てきませんが、面白そうな
演劇が出てきます。主人公が書く演劇はさぞかし面白いの
だろうと期待します。ところが、笑っているのはスクリーンの
中の観客だけでこっち側はさっぱり笑えなかったりします。
我々素人にありがちな、ト書きに「太郎、笑う」と書いても
さっぱり笑えるシナリオになっていないのと同じ。大失点。
スクリーンの中の観客がそんなに大笑い出来るのなら、
我々にもその演劇を見せて欲しかった。脇役にそれなりの
人々を集めたのならなおさらです。主役級2人の名演、特に
役所広司の鬼気迫る演技はインパクト大ですし、彼らのやり
とりの内容が面白いのは確かですが、果たしてこの作品に
映画化のメリットがあったかといえば「NO」と評価します。

最終評価「C」


~鑑賞メモ~
鑑賞日:平成16年11月6日
劇場:ワーナーマイカルシネマズ板橋
観客数:50人程度/156席?
感涙観客数:10人程度
※感涙観客数は観客の鼻すすり音で推定

tojoline.JPG

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